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「Muv-Luv 小説」
第一部

航空祭編 第5話

 
航空祭編  かれと雪風、そして修羅場


2001年2月10日18:30
帝国軍百里基地  PX



<社 隆>


「諸君達の惜しまぬ努力により、今年の航空祭も無事終了を迎える事ができた」


 大海司令が、PXに集まった基地隊員の前に立ち感謝の言葉を述べている。


「今帝国は苦しい佳境に経たされている。それは戦場に赴く君達もそうだが、国民もまた苦しい生活に身をおいているのが現状だ」


 隊員達は皆押し黙り、司令の言葉に耳を傾けている。


「だが今日訪れた人々の顔を思い出して欲しい、希望と期待に満ち溢れた彼らの表情を。彼らは我々に希望を抱いている、何時か過ごすことができる平和な日々を送ることを・・・・・・我らに託しているのだ」


 航空祭に来た来場客の表情を思い出す。
 この世界の日本の各地にあるという難民キャンプ。その現状を自分は見たわけではないが、幾つか聞いた情報の内容を鑑みても、そこでの生活が決して良いものでは無いと想像できる。


「我々の義務とはなんだ?BETAに打ち勝つ事、それは当然のことだ」


 そんな難民キャンプで苦渋の生活を過ごしている彼らが・・・・・・航空祭に来て楽しんでくれたのだろうか?


「何処かにいる誰かの明日を守るため、我らは剣を取って彼らを脅かす全てに立ち向かう。その自身の姿に誇りを持って欲しい」


 来場した彼らの多くは、最初明るい表情では無かった。
 だが・・・・・・祭りが終わり、家路につく彼らの顔はどうだったろうか?


「人々に平和と幸福を・・・・・・そのために我々は戦い続ける。その事を今一度胸に刻み込んでほしい・・・・・・・では、長くなったが私からは以上だ!!」


 笑顔だった・・・・・・それは間違い無い。
 だから、自分も胸を張ろう・・・・・・決して自分は間違った事などしていないと。


「敬礼!!」


 副司令の号令の元、全員が一糸乱れぬ姿で敬礼する。大海司令は見事な返礼を返し、PXに急遽仮設された壇上から降りていく。

 司令の言葉に余韻でもあったのだろうか、基地の隊員達は皆一様に背筋を伸ばしている。

 そんな緊張感溢れる中、再び壇上に立った男は・・・・・・・良い意味でも悪い意味でも、皆の緊張を解してくれた。


「あ~インパルスの松土だ。皆、大海の旦那の言葉でピリピリしてるようだが楽にしてくれ、どうせ今夜は無礼講だ」


 ポリポリと後頭部を手で掻きながら何時ものように眠そうな表情で彼は言い放つ。
 言葉の内容に目を剥く上級仕官が少数、笑いをこらえる隊員は多数といった所か。


「俺の言いたいことも司令と同じ内容だ・・・・・・・だから長々とは話さん」

 面倒臭そうに半目で言う男。
 そんな気だるげな姿を見て彼の事を知らない人間が、そんな男が帝国屈指のエースの一人だと思いつくことなど出来るだろうか?

 大抵の人間は無理だろう・・・・・・どう見ても、やる気の無いチンピラにしか見えない。

 だが彼は紛れも無くエースだ。飼い犬と、広告塔と上から揶揄され思われていても、その技量は誰もが認めざるえない。彼を見据える多くの敬愛に満ちた瞳が、口元に浮かぶ笑みが、彼に対する信頼が厚いことを雄弁に語っている。


ゆえに・・・・・・・


「さぁ、どんちゃん騒ぎの始まりだ・・・・・・・俺に抱かれたい奴は早くこいよ?」


 ニヤリと彼は笑い、その笑みで女性隊員の果たして何割がやられただろうか?


「では乾杯!!」


『乾杯!!』


 彼の号令の元・・・・・・・後夜祭ならぬ、打ち上げが始まったのである。





「少佐~!!お疲れ様でした~!!」

 直ぐに何人もの女性隊員が松土の下へ殺到する。傍にいる副官の杉原の姿を気にしつつも、彼のグラスに合成ジュースやら、この時ばかりは解禁になった酒の類を注ごうとしている。
 なかなかのモテ男っぷりだ。まぁあの機動を間近で見て、その上官らしからぬラフで気さくな振る舞い故に当然の反応とも言えるだろう。

 他の連中にも目を向けると、皆が皆楽しそうに談笑している。
 知っている顔もいれば、知らない顔も多々ある。当然といえば当然だろう、一基地の要員となれば軽く数千人になる、その全てを覚えていられるわけではないのだが・・・・・・・


「桐嶋中尉!!」


 知っている女性仕官が桐嶋の傍に駆け寄って行く。そう確か・・・・・・経理の若手だ。


「洋平さん!!」


 今度は川井に近寄っていく女性が目に入る。整備要員の女性だと記憶している。


(まるで学園祭ののりだな・・・・・・・)


 そんな様子に素直な感想を思い描く。
 娯楽も少なく、男の数も減っている状況では、もしかしたらこういった機会を利用して、お知り合いになるチャンスを狙っている人が多いのかもしれない。


 なんにしろ、自分には関係の無い話だが・・・・・・・


「ほら真奈美!いっぱいよそってきたわよ、た~んと食べなさい?」

 橘がトレイに大量の食料をよそって真奈美の前にドンっと置いて、満面の笑みでそう言った。
 真奈美は、折角橘が持ってきてくれた料理の山を何故か憂鬱そうに眺めていた。

 はて?半日見ないうちに、真奈美がすこし丸くなったのは気のせいだろうか?
 
 そう言えば・・・・・・先ほどテントに戻るやいなや、お腹辺りを必死に隠して逃げ出した彼女の姿が思い出される・・・・・・よく分からないが腹でも壊したのだろうか?
 だから橘がああまで真奈美の世話しているのか・・・・・・まぁ、仲良くしているようなのでこれは良い事だろう。


「う~~~もう食べられません栞さ~ん・・・・・・むがっ!?」


 そう呻く真奈美に、何を思ったのか橘が鷲掴みで口を無理やり開かせようとする。


「ほらほら、だったら私が食べさせてあげるから、あ~んしなさいあ~~~んって」


 前言撤回、止めたほうがいいような気がしてきた。


「ち、ちょっと栞さん!?貴女さっきからマナちゃんに何してるのよ!?」


 助けは自分じゃなくてもきちんといた。
 二人を見かねた葵が、真奈美を掴んでいる栞の手を止めに入った。


「邪魔しないでよ葵!!これはね、あんたと私のためでもあるよの!!」


「はぁ?」


 自分も意味が分からないと言った様子で、激昂している橘の様子に葵は首を傾げる。


「大丈夫、そのうちきっとわかるから!!今邪魔するときっと後悔するわよ!?」


「そんなのどうでもいいわよ!マナちゃん、お姉さんと一緒にこの暴食女から逃げましょうね?」


「う~動かさないで葵さ~ん、きぼちわるい・・・・・・・」


 なんとまぁ微笑ましい光景だ、どうやら真奈美には姉が一人増えたのかもしれない。


 そこに混ざれないのは寂しいが仕方が無い、人にはそれぞれ役割がある。


「み、三澤大尉、どうぞ!!」


 今度は静流の傍に若い女性隊員が近寄っていく。あの娘も知っている、いつも総務で世話になっている子だ。


「ああ、悪いな」


 差し出されたグラスを受け取って彼女は微笑む。
 なるほどなるほど、この世界では男も女も無いのかもしれない。考えれば軍隊だ、そういうこともアリだろう。


(はて・・・・・・・そういえば前にソレっぽい二人を見たのだが?)

 
 思い出せない、なにやら記憶にロックが掛かっている気がする。


「あ、その三澤大尉・・・・・・・」


「なんだ?」


 なにやらモジモジと総務の子が彼女に質問しようとしている、見れば他の同僚の周りにも女性隊員が集まって質問しようとしていた・・・・・・・


『社中尉はどうしたんですか?』×6


 一様に皆声を揃えて言った内容に・・・・・・我知らず涙していた。


 だが無常にも、同僚達は吐き捨てるような口調で言い放った。



「『ロリコングラサンなら外』や」


 基地の外に吊るされ・・・・・・さんざん痛めつけられた自分が救助されたのは、それから30分もした後だった。





「社中尉、大丈夫ですか?」


 自分を救助してくれた総務の子が心配そうな顔で言ってくれる。
 そんな優しい姿を見せられて、思わず彼女に甘え(愚痴)たくなる自分がいるが・・・・・・ぐっと堪えた。


「・・・・・・」×3


 自分へ向けられている冷たい視線に、彼女まで巻き込むわけには行かない。


「ああ、大丈夫だよ・・・・・・ありがとう、そのうち礼でもするから」


「あ、はい・・・・・・そんなこと・・・・・・あ、社中尉?」


 適当に礼を言いながら、答える彼女の言葉も待たずにその場から離れる。


(やれやれ・・・・・・少しは休ませてくれよな)


 内心で嘆息しつつ、近くにあった空きグラスに合成ジュースを汲んでちびちびと飲み始める。
 周囲を見渡せば皆何かと疲れている筈なのだが、その表情に笑顔を貼り付けてこの宴を楽しんでいるように見受けられる。
 達成感、とでも言えばいいのだろうか、航空祭を無事終えることが出来た事に喜んでいるのだろう。


「ち、中尉・・・・・・その、城崎中尉の写真は残ってますか?」


「残念、完売だそうだ」


 苦笑しながら耳打ちしてきた若い隊員にそう答える。若い隊員はがっくりと肩を落として離れていくが、その知り合い達が笑いながらその肩を叩いて励ましている。

 平和だと思う・・・・・・少なくともこの瞬間は。
 BETAなんて化け物のせいで、人が楽しむ場所が少ないこの世界では、こういった馬鹿騒ぎは大切なことだと今は実感している。
 自分も、彼らと同じように楽しめばいいのだろうか?


「・・・・・・」


 無言で周囲の喧騒から離れ、PXの隅に下がって壁を背にして皆の様子を遠くから眺める。
 騒がしい雰囲気に馴染めず、協調性の無い人間だと自嘲するが、どうにも楽しむ気分になれない。

 沙霧にはああ言ったが・・・・・・悩みが解決できたわけでは無い。

 ただ、先延ばしにしただけ・・・・・・今更この世界が嫌になったと騒ぐような子供じゃない。大人だから・・・・・・そんな嫌な現実から目を背けて何かで気を紛らわす。それは遊びだったり仕事だったり、何かをすることで直面しないようにしてきた。

 今までそうしてきた、そう生きてきた・・・・・・それは間違いなのだろうか?

 元の世界でそんな人間は多くいるだろう、誰だって自分にとって嫌な現実を何時までも直視したいと思っている人間などいるはずもない。 


「・・・・・・はぁ」


 零れた溜息と共に、ずり落ちそうになったサングラスを指で持ち上げる。

 このサングラスにしてもそうだ・・・・・・いつまで掛けていなければならないのか?いつになれば元の世界に戻れるのか・・・・・・いつになれば麻美に会えるのか。

 不安で胸が押しつぶされそうになる。

 切欠は些細なことだったが、今はそんなことばかり考えてしまう。そんな心境で楽しめと言われても、土台無理な話だ。


「社中尉~?」


「・・・・・・杉原大尉、どうしたんですか?」


 いつのまにか床に落としていた視線を上げると、目の前に柔和な笑みを浮かべた彼女が立っていた。


「ん~?ちょっと疲れちゃって~」


 えへへ、と笑って彼女は此方と並んで同じように壁を背にする。


(これで・・・・・・戦術機の腕は松土少佐と並んでトップクラスだからな・・・・・・人は見た目じゃ分からんもんだ)


「どうしたの~?」


「いえ、なんでもありません・・・・・・こういう騒がしいの苦手ですか?」


「そ~ね~・・・・・・ちょっと苦手かな?」


 指を口に当てて彼女は力無く笑う。普段の仕草から見れば、彼女があまり活発ではないと感じていた。彼女はきっと・・・・・・物静かな場所で本でも読んでるほうが絵になる。


「そんなことより社中尉~その話し方どうにかして~」


「・・・・・・なんでしょう?」


 貴女こそどうにかして欲しいと思う。


「どうして私には敬語なの~?松土少佐や三澤大尉にはもっとフランクなのに~」


「いや、それは確かにそうですが・・・・・・杉原大尉は上官ですから、敬意を払わないと」


「え~だって社中尉は国連の人でしょう~?関係無いよ~それに年上なんだし~私が恐縮しちゃうよ~」


 彼女と話すたびに自分の緊張感と言うか、気構えというか、なんか精神の硬さを保つ部分がボロボロと崩れ落ちていく気がする。
 いや・・・・・・きっと気のせいではないだろう。


「あぁ・・・・・・まぁ気にしないでください、下手に馴れ馴れしいよりはいいでしょう?」


「うぅ~私だけ仲間はずれだ~瞳ちゃん泣くよ~」


(勘弁してくれ・・・・・・)


 えぐえぐと泣真似をし始める彼女を前に天井を仰ぐことしか出来ない。こうしてる間にも、此方をチラチラと見る視線が気になって仕方が無いのだが。


「・・・・・・分かりました、これから気をつけます」


「ほんと~?」


「はいはい、いいから泣真似とか止めてください・・・・・・これじゃ本当に俺が苛めてるみたいだし・・・・・・何か食べるものとってきますか?」


「大丈夫だよ~あんまりお腹は減ってないから~」


 ケロッと表情を笑顔に変えて彼女は答えてくる。


「そ、そうですか・・・・・・ならいいですけど」


 話す機会が今まで余り無かったせいか、どうにも彼女のパターンが掴めない。
 というか苦手なのだ・・・・・・感性で話す人種は特に。


(不思議っ子とか言うんだよな・・・・・・彼女見たいなのは)


 横目でチラッと彼女の横顔を盗み見る。


「なんですか~?」


 どうやらトロそうに見えるのは外見だけで、中身は結構鋭いのかもしれない。動揺を隠すためにも手にした合成ジュースを軽く口に含む。
 大きな瞳で不思議そうに此方を見上げる彼女、その容姿に不釣合いなボディに目が行きそうになるのを堪え、誤魔化す様に話題を振ろうと声を掛ける。


「え~っと・・・・・・杉原大尉は」


「瞳ちゃん」


「はい?」


「瞳ちゃんって呼んで?」


(貴女はいったい幾つですか?)


 半目で彼女を眺めるが、しっかりとした瞳で此方を見上げてる所を見る限り、本気でそう呼んで欲しいのかもしれない・・・・・・思わず、眩暈を覚えてしまう。


「まぁ・・・・・・かまいませんけど、気にならないんですか?」


「なにが~?」


 不思議そうに首を傾げる彼女に向かって、周囲に分からないように指で幾つかの地点を指す。

 真奈美を挟んで言い合いを続けつつも、しっかりと此方に冷たい視線を送る二人の女性。トレイにのった料理を貪るように食べながら此方を睨む関西人、その他・・・・・・好奇と嫉妬に満ちた幾つモノ視線。
 どうやら杉原大尉も、随分と基地で人気があるようだ。こんなことなら彼女のプロマイドも用意しておくべきだったと、己のマーケティング能力の不甲斐無さを恥じる。

 なんにせよ彼女と二人でいることを快く思っていない人間がいるようだ・・・・・・主に野郎が多い事が理解できないが。


「???なにかあるの~?」


「いや、気づいてないならいいです・・・・・・よくそんなんで今までやってこれましたね」


 かなり失礼な言葉だと思うが素直な感想だ、彼女自身も普通に話して欲しいそうだから問題は無いだろう。


「まかせて~これでも出来る女と評判なのよ~?」


 説得力が全く感じられないが、とりあえず頷いておく。
 実際、彼女の腕前は幾度か行ったシミュレーターでの模擬戦で体感している。衛士の腕に性格は関係無いのかもしれない・・・・・・


「さいですか・・・・・・松土少佐も大変ですね」


「なんで~?もうずっと長い付き合いだけど、そんな大変だとか言われたことないわよ~?」


「はぁ、すぎ・・・・・・瞳ちゃんは、少佐とはいつからの付き合いなんですか?」


 言おうとした瞬間、泣きそうな彼女の顔を見て慌てて言い直しながら、何気ない質問を聞いてみる。


「ん~私が訓練校を出てからずっとだから・・・・・・かれこれ5年かな~」


「へぇ、そいつはまた随分と長い付き合いなんですね・・・・・・」


「そうだね~昔は静流さんも一緒の隊に居たんだよ?聞いてる~?」


 それは初耳だった、静流が帝都の防衛部隊にいたとは聞いていたが・・・・・・そうなると彼らも元は帝都守備部隊の所属だったのだろうか?


「いや、聞いたことないですね・・・・・・皆帝都の守備隊だったんですか?」


「ん~その前かな?・・・・・・大陸にいた頃の話だから~」


「ふ~ん、そうなんですか」


 大陸と言うことは・・・・・・日本がBETAの侵攻される以前の話だろう。国際派遣の名の元、多くの日本の軍人が各国の戦線に参加したとは聞いている。
 結果多くの人命を失い、徴兵年齢を引き下げる原因になったとも知っている。


「・・・・・・あんまりこういう話興味無いの~?」


 気の無い返事を返したせいか、瞳は此方を覗き込むように見上げながら言ってくる。


「そう言うわけじゃないけど・・・・・・人の過去を人伝に聞いてもね」


 苦笑しながらそう答える。

 そう、自分は余り他人の事を人伝に聞きたいとは思わない。所詮それは噂話の域を出ることもないし、知らなくていいことを知ることにもなる・・・・・・それにダレだった人に知られたくないことの一つや二つは持っている筈だ。
 そんな人の心情を土足で踏み込む気は無い、ふとした切欠や話したくなった時、きっと本人から話してくれるだろう。

 他人の主観に囚われた人物像で相手を評価すると手痛い目に合う、これも人生で得られた経験だ。
 まぁ、昼間嫌な話を耳にしてしまったから過敏になっていると言えなくもないが。

 なんにしろ・・・・・・何事も自分の目で見てみたい。


「・・・・・・瞳ちゃん、一つだけお願いしていいかな?」


 少ししょぼくれた様子の彼女に一つの提案をして見ようかと思う。


「な~に~?」


 間延びしながら答えてくれる彼女に笑いつつ・・・・・・思いついた話を言ってみた。








2001年2月12日14:30
百里基地  野外第二演習場


<松土 礼二>


「いいか社、コイツは即応性がやたらと高い、踏みすぎのGでブラックアウトなんて真似はしないでくれよ?」


『了解です少佐』


 モニターに映った彼の声と表情に緊張感は無い。
 何かと扱いづらい機体なのだが、自然と奴なら大丈夫かもしれないような気がしてくる。


(俺の目も甘くなったのかね・・・・・・・)


 社から、先日行われた航空祭の打ち上げの最中に言われた頼み事を簡単に了承してしまった自分。
 モニターには自分の乗機である、01のマーキングが肩に描かれた雪風が映っている。

 もちろん乗っているのは自分では無い、あの歩くロリコングラサン国連兵こと社隆中尉がアレに搭乗している。
 本来なら他部隊へ機体の貸し出しなど聞いた事もないのだが・・・・・・・あっさりと基地司令、ならびに雪風の開発に関与している光菱からOKが出たのだ。

 大海の旦那はいつもの気まぐれ、光菱はあのお嬢さんの入れ知恵と言った所だろう。


「社中尉、もし壊したら光菱から貴方個人に請求書送りつけるから覚悟しなさい!」


 叫ぶ城崎の姿が笑える、彼女とてそのような事が起きるとは到底思ってはいないだろう。


『はいはい・・・・・・・主機起動、跳躍ユニット出力上昇』


 社の声が管制車に響く。

 管制車には、同僚であるドルフィンライダーの面々の姿と彼の部隊の連中が皆、食い入るようにモニターを眺めている。


「少佐は随分と隆さんに甘いんですね~?」


「そうか?野郎に甘くする気は毛頭無いんだがな。」


 副官の杉原の言葉にそう返答しながら、モニターに映る雪風の姿を一瞥する。


「いきなり乗せたわけじゃない。シミュレーターで試した結果、大丈夫だろうと判断しただけだ」


「なるほど~・・・・・・・彼を次のメンバーに加える気ですか~?」


 半目で言う彼女に苦笑する。
 魅力的な提案だが彼の立場がソレを許さないだろうし、何より今モニター越しに雪風を見ている彼の同僚が許さないだろう。

 まったくおかしな男だ。

 気遣いが過ぎると言うか、お節介と言うか、軍人らしからぬ彼の行動を予測することができない。そんな男だからこそ、周りに人が寄ってくるのかもしれないが。


「奴にまで、首輪を付けて飛ぶ苦しさを教える気はないさ」


「そう・・・ですか」


 聞かせた言葉に杉原は目を伏せる。彼女にも苦労を掛けているのは知っているが、ソレは本人が望んで受け入れた事だ。
 同じ師を持つものとして、その心情は大いに理解できる。


(アイツはどうなのかわからないがな・・・・・・・)


 腕を組んでモニターを見ている三澤の姿を見る。

 彼女は自分よりもある意味苦境だろう、ソレを感じさせないその姿には毎度の事ながら頭が下がる。


「・・・・・申し訳ありません松土少佐、うちの社が馬鹿な我侭をしてしまいまして」


 視線に気づいたのだろうか、三澤は言いながらペコリと頭を下げる。


(本心から思ってないくせによく言う)


「気にするな三澤。いつもの気まぐれだよ・・・・・・・」


「はっ」


 モニターに視線を戻す、雪風の跳躍ユニットが不規則に動いている姿が目に入る。
 彼の十八番のマニュアル制御だろう。
 相変わらず器用な男だと、自分も同じ事をやっているのでその手際には関心する。


(後は機体の慣性モーションを如何に上手く使うかだな)


 そうすれば彼もドルフィンの名を与えても遜色の無い腕になるかもしれない・・・・・・・


「いや、褒め過ぎだなコレは・・・・・・・」


「少佐?」


 口に出してしまった呟きに、傍にいた杉原が声を上げるが気にするなと応える。


『・・・・・・・ランサー05、雪風発進します』


 社の言葉と共に、青と白の機体は空へ舞い上がった。







<社 隆>


 後の整備のため、スロットルは7割までしか回すことを許されていない。
 全開で飛ばせば、即オーバーホールが必要な機体なので当然と言えば当然なのかもしれないが。


(出せるか・・・・・・・こんなん!!)


 強烈なGで意識が持っていかれそうになる。ただ噴射滑走しているだけなのに、自分の体が、魂が、機体から置いていかれそうな錯覚を覚える。


「ぐうぅぅぅぅ!」


 機体を空へと持ち上げ噴射跳躍、身体に圧し掛かる重力が重い。
 流石にシミュレーターとはわけが違うが、実機との差が此処まで離れているとは思ってはいなかった。

 元が第一世代の戦術機故、飛翔によって生ずるGへの対策が施されておらず、旋回や加減速時に発生するGで身体に掛かる負担が半端ではない。しかも管制ユニットのそこ彼処から、金属が悲鳴を上げる軋み音が響き渡り、それが不安を更に煽る。

 雪風は確かに化け物だった、だがコレを平然と駆る彼らは更に化け物と言えるだろう。


「・・・・・・・」


 一瞬気が遠くなりそうになる。松土にブラックアウトで落ちるなよと言われたが、コレでは現実のものになってしまう。

 スロットルを戻し速度を落とす、機体に浮遊感が生じ一息付く間が生れる。


(コレを日ごろから乗っていても、長時間の戦闘には耐えられないだろうな)


 速度を失い落下する乗機を冷めた気持ちで分析しながら、再度跳躍ユニットの出力を上昇させて機体を強引に持ち上げる。


「!!」


 信じられないようなGに言葉も出ない、こんなGに人間が慣れることなど出来る筈も無い。

 もしこんな機体で戦場に赴くことがあれば、それは自殺行為に等しいのではないだろうか?
 どれだけ腕が良くても、どれだけ優秀と称されても、戦術機に乗る衛士は所詮人間に過ぎない。超人でもなんでもない、少し優秀なだけな人間がいつまでも耐えられる代物では決して無いと感じる。

 元の世界のアニメや漫画では無いのだ、実際にこんな戦術機なんて兵器に乗って四六時中飛び回れば、遠からず中の人間が衰弱するのは目に見えている。

 そう、何かを乗り続けるという行為は決して容易では無いのだ。
 前に自動車の耐久レースにでた際、ほんの小一時間車に乗り続けただけで感じた疲労感は半端では無かった。

 たかが車でそう感じるのだ。命の危険性もある戦場で戦術機なんてものを乗り回せば・・・・精神的に肉体的に感じる疲労とソレを比べられる筈も無い。

 それを踏まえた上で、彼らに雪風を与えた人たちがいる。首輪、足かせとし、彼らを飼いならして、利用している連中がいる。
 その事が癪触り怒りを覚えるも、心の何処かで納得している自分もいる。
 インパルスの面々にどのような過去があるかは知らない、これからも聞く気は更々無い。

 沙霧の言葉から予想できることはある、ああ言った沙霧の気持ちを感じるためにも、今自分は雪風に乗っている。


 そう、この機体に乗って見える『空』に興味がある。


 本当の意味で首輪を付けられた身分では無いが、雪風に乗ることでソレを疑似体験出来るのではないだろうか?
 ただの自己満足だと自嘲する自分もいる。

 だが自分はこの世界の人間では無い、今回の航空祭はそれを更に意識付ける良いきっかけになった。


 この世界の人間が持つ心、国に対する愛国心とも呼べるモノ。

 形こそ違えど、この国に生きるものならば皆持っているのかもしれない思い。


(・・・・・・・聞いてみるかな今度)


 同僚達の顔が脳裏に過ぎる。あんな出鱈目な連中だが、彼らにも国を思う気持ちがあるのだろう。


 自分には・・・・・・・ソレが無い。


 流されて、必死に生きて行動して、今此処にこうしている。
 国を憂う気持ちなど入り込む余地が無く、また考える気持ちなど一切持ち合わせていなかった。

 それを考える必要があるのだろうか?この世界の今生きる者として、自身の胸中にソレを宿らせねばならないのだろうか?そして、こんな自分を麻美が見たらどう思うのか?


「・・・・・・・はっ」


 Gに寄って生じる重圧の中、口元だけ歪める。


 笑われるのがオチだろう。考え込むのは貴方らしく無いと・・・・・・好きなようにしてみろと。


 雲を付きぬけ機体が空へ舞い上がる。
 上昇禁止高度ギリギリ、もしここが戦場であれば、BETAに狙われ自分はあっさり死んでいることだろう。

 遥か遠くから死の光線を放ってくる奴らが忌々しい、自由な『空』は目の前にあるのにそれ以上先にはいけない。
 管制ユニットには警戒を知らせるアラームがひっきりなしに鳴っている、航空機でも無い戦術機をここまでの高度まで上昇させたのだから、機体にかなりムリをさせているかもしれない。
 脳裏に渋い顔をする湯田整備班長の顔を思い出しながら、跳躍ユニットの出力をカット、機体がゆっくりと地球の重力に引かれて降下していく。


 そんな降下していく中、しっかりと今目の間に広がる光景を脳裏に刻み込む。


 網膜投影越し、肉眼で見たわけではないが、何処までも続く青い空を。


 白い雲の地面を持つ広大な空を見つめながら・・・・・・地上へと降下していった。






<三澤 静流>

 ゆっくりとモニターの中を青と白の雪風が降下してくる。

 先程までの機体に振り回された乗り方から、自分に扱いきれる範囲を模索したのか、今までよりも丁寧な乗り方でモニターの中を雪風が奔る。

 彼が何を思ってインパルスへ機体の使用許可を希望したのかは分からない。
 何時もの気まぐれだとか、勢いだとか、そういった部分があるのかもしれないが・・・・・・本当の理由は分からない。
 もし、雪風を駆るドルフィンライダーの心情を理解しようとしているのであれば・・・・・・それは必要の無いことだ。

 人にはそれぞれ役割がある、人にはそれぞれ演じなければならない役がある。

 自身や松土を初めとする面々は、それを演じているに過ぎない。その仮面を彼が理解し、自身まで被ることは無い。


 彼は彼のままが良いだろう、あの何事にも精力的で楽観的な思考は今の時代には必要なものだ。
 その姿に助けられている人間は少なく無い筈だ。


(私も・・・・・・そうなのかもしれないな)


 内心で嘆息し、管制車にいる面々の横顔を見渡す。

 川井や桐嶋は、彼の行いに振り回されることで少しづづ変わりつつある。戦術機に乗って戦うこと・・・・・・そして普段の生活に張り合いが出来ているからだろうか。

 橘は彼のことで頭が一杯なのだろう、それは喜ばしいことだと素直に思う。こんな荒廃した世の中、人が人を好きになることは大切なことだ・・・・・・思い、悩み、苦しむことで人は人でいられる。ただ、戦闘と好色に溺れるだけではただの動物と変わらない。
 城崎と瀬戸は、その点でまだまだお子様と言えるが・・・・・・遠からず自分の気持ちに気づくだろう。

 その時に起こるであろう修羅場を楽しみにしている天邪鬼な自分がいる。


「不謹慎かな・・・・・・私も」


 そう独り言を呟き、地上へと降り立つ雪風を眺める。

 あの機体には自分も乗ったことがあるが・・・・・・それはそれはキツイ代物だった。とてもじゃないが、普段からあんな機体に振り回されていたら身体が幾つあっても足りはしないだろう。
 その当たりで松土や杉原は尊敬に値するが、もしかしてMなんじゃないかと思わず詰問したくなる。


(・・・・・・後で、見舞いにでも行ってやるか)


 強烈なGで身体を痛めたであろう隆の様子を予想しながら、一人で苦笑してしまった







<社 隆>


「う~体が痛い・・・・・・」


 呻きながら自室のドアを開ける。
 百里へと出向になってから早4ヶ月、与えられた士官用の個室の何にも無さに始めは辟易したが、元々私物にするようなものも無く、この空っぽの部屋にも慣れたものだ。
 ベットと机、それと着替えが少々、それだけしか自室には無い。

(あのじゃじゃ馬め・・・・・・)


 特に痛む腹部を押さえながら暗い部屋へと入っていく。

 雪風に乗った弊害は思いのほか酷かった。

 第二世代以降の戦術機には、高速域での戦闘を前提に設計されているので、様々なGへの対策が施されているのだが、雪風は元が第一世代の撃震のためにGを緩和する装置の数々が最初から存在していない。
 後付で簡易的な対策が施されているらしいが、自分の体調を鑑みるに気休めにしかなっていないのではないかと思う。


「・・・・・・いつつ」


 体中の痛みは、苛烈なGに耐えた筋肉痛の類だと分かっているが、それだけならまだいい。筋肉痛の痛みなどどうとでも耐えられるが、生憎と身体の中身の痛みには耐性が無い。


(横Gには、車の運転で慣れてると思ってたんだけどな~)


 この腹部の痛みは過度のGによって内臓器官を痛めたものだと理解している。
 ある程度の高性能車か、チューンされた車両に乗った経験で、通常生活では経験することのない高Gを経験したことがあるが・・・・・・やはり戦術機、兵器はそんな経験を簡単に凌駕してくれる。

 慣れない痛みに顔をしかめながら、上着を脱いでハンガーに掛け医務室で貰ってきた栄養パックで旨くも無い流動食を胃に流し込む。同僚達とPXで食事をする気になれなかったので貰ってきたのだが、やはりマズイ。

 備え付けのベットに腰を下ろして一息付く。
 
 雪風に乗った経験も、この痛みを堪える経験も、決して無駄では無い筈だと思いたい。
 未だ明確な答えなどだせていないが、いい気休めにはなった。
 焦る必要も無いだろう、いつかは直面する事実だ・・・・・・その時まで精々覚悟を決めておけばいい。


「ふぅ・・・・・・!?」


 ホッと気を抜いた瞬間、突然後ろから襟首を捕まれベットへと叩き付けられる。

 体中の痛みからか、それとも疲労からか、幾ら照明を点けていなかったとはいえ誰かが部屋にいたことに気づかないのは失態だった。

 国連兵は何かと帝国軍の兵士から目の敵になっている・・・・・・最近は目に見えて嫌がらせの類は受けてこなかったが、寝込みを襲われる危険性も無いわけではないことを失念していた。


(つぅ・・・・・・最近調子に乗りすぎたか?)


 内心でそう思うも既に遅い、侵入者へと抵抗も出来ないままベットに組み伏せられてしまう。
 これからリンチにでもあうのかと思って覚悟を決め、せめて相手の顔だけでも確認しようと闇の中目を凝らすと・・・・・・


「・・・・・・何やってんだ、橘」


「ふっふふふふふ、この状況でも相変わらず私の名前を呼ばないのね、あんたって人は」


 含み笑いをしながら半目で言ってくる橘の姿を、彼女と同じように半目で見返す。
 少しばかり命の危機を感じて覚悟して緊張感が霧散していくが・・・・・・他の覚悟を決めねばならないのかもしれないと内心で冷や汗を掻く。


「もう一度聞く・・・・・・何してんだお前は?」


「ん?体の調子が悪そうだったからマッサージでもしてあげようかと思って♪」


 暗闇の中、笑顔で言う彼女を睨みつける。


「電気も点けずに?」


「そう」


「俺のベットの中で?」


「ええ、危うく寝る所だったわ」


「・・・・・・しかもその格好でか?」


「へ?好きなんでしょ、この服?」


 くっきりと浮かびあがる体のラインを隠そうともせずに、彼女はあっけらかんと言い放つ。


(たまに思うんだが・・・・・・この衛士強化装備ってのは狙いすぎなんじゃないのか?) 


 内心で要らぬツッコミを入れながら、強化装備姿の橘をまじまじと見てしまう。そんな視線に晒された橘は、恥ずかしがる所かむしろニンマリと笑みを浮かべて此方の胸に引っ付いてくる。


「ばか、止めろ!胸が当たってるって!!」


「当ててんのよ、ほれほれ~」


 胸に押し付けられる柔らかい膨らみの感触に焦りつつも、なんとか両腕の拘束を外そうとするが、がっちりと彼女に押さえ込まれて何も出来ない。


「んふふふふ~体中痛くて力が出ないんでしょ~?いいから大人しくしてなさいよ~優しくしてあげるから~」


「お、お前の台詞かそれ・・・・・・」


「悲鳴を上げてもいいわよ~人払いはすんでるから」


「なんて用意周到な・・・・・・」


 もう呻くことしか出来ない。

 だが状況は非常にマズイ、今までの中で最高にマズイ。
 ベットに寝てる自分、それに覆いかぶさるように橘が何故か強化装備姿で此方に圧し掛かっている、両腕は彼女に捕まれ、助けを呼ぼうにも周りにはダレもいないと言う。

 今までのらりくらりと避けていたが、どうやら本格的に彼女と向き合わなければならないようだ。


「・・・・・・ったく・・・・・・逃げないし叫ばないから手は放してくれよ」


「ほんと?じゃあ放した瞬間襲ってくれる?」


「襲って欲しいのかお前は!?」


 そんな抗議もなんのその、彼女はニヤニヤと笑いながらも手を放してくれた。


「やれやれ・・・・・・急にどうしたんだよ?」


「別に~ただちょっとね~」


 体を起こしてベットの上に腰掛けると、彼女も向き合うように座る。一人用の手狭なベットだが、二人が座る分には十分過ぎる広さはあった。


(夜這いとか言うなよな・・・・・・マジな話)


 内心で嘆息しつつ、ようやく暗闇に慣れてきた目で彼女を見据える。
 橘は自分の髪の毛の先を弄びながら、ポツリポツリと言葉を漏らし始める。


「最近二人で話すことなかったでしょ?だからかな~」


「ああ・・・・・・なるほどな」


 頷きながら、背中に流れる冷や汗を自覚する。

 二人で話す機会が無い、その機会を作らず逃げ回っていたのは他でも無い自分自身だ。彼女の好意には流石に気づいていが、それを受け止める気も、向き合う気も自分には無かった。


 婚約者がいる、そう言えば諦めてくれると思ったのだが、その安直な思考が甘かったようだ。


 人からの好意には敏感だった、そうしむけるように振舞っていたのだから当然とも言える。
 嫌われるよりは好かれたほうが人生過ごしやすい、八方美人を心がけた自分の行いが要らぬ誤解を生んだこともあったので気をつけていたのだが・・・・・・人生とは難しいものだ。


「・・・・・・一応先に言っておくがな、俺には婚約者が」


「それが聞きたくて来たの」


(ふむ・・・・・・)


 話を遮られ、即答された言葉に腕を組んで考え込む。
 彼女の意図が理解出来ないが・・・・・・聞きたいことがあるなら、答えるぐらいならいいだろう。


「何が聞きたいんだ?」


「そうね、その彼女どんな人?」


「一言で言えば・・・・・・クーデレかな」


「クーデレ?」


 橘が首を傾げて聞き返してくるのを見て、慌てて首を横に振る。


「あ~すまん意味が分からないだろうな・・・・・・簡単に言えばだ、普段は冷静なんだよ」


 のような気がする、真面目な顔して素っ頓狂な言葉を投げかけてくるのには最初ビビッたが。


「ふんふん」


「でもな・・・・・・二人っきりと言うか、他にダレもいないと・・・・・・馬鹿になるんだ」


「バカ?」


 言った言葉をそのまま聞き返してくる彼女に頷く。


「ああ、バカになる、頭のネジが何本も抜け切ったように思考が馬鹿になって、行動がおかしくなる」


「そ、その人・・・・・・大丈夫なの?」


 額に冷や汗を流す彼女にびしっと指を突きつける。


「それがクーデレだ」


 自分で言っておきながら、なんと無茶苦茶な説明だと実感する。
 だって仕方が無いだろう、ありのままに言えばただの惚気にしか聞こえないだろうし。


「よく分からないけど、まぁいいわ・・・・・・その人何が好きなの?」


「食い物か?」


「なんでもいいわ、彼女の好きなものってなに?」


「ん~・・・・・・動物・・・・・・いや基本可愛いものなら全部か?俺は苦手なんだが子供好きなんだよな~後食い物はなんでも好きだぞ?とりあえず何か与えておけば大人しくなるし」


「ふ~ん、その人可愛いの?」


「ああ、まぁな。写真は・・・・・・あるけど見せられない」


 一瞬、携帯電話の画像データーを見せようと思ったが止める。霞はこちらの事情を知ってるから見せたが、橘はその事実を知らない。この世界の人間に、元の世界の風景を見せたら驚くどころか、合成データだとか、作り物じゃないかと要らぬ誤解を与えかねないので見せないほうが無難だろう。


「そう、まぁいいけどね」


(はて?)


 一言二言嫌味でも言われるかと思いきや、橘はやけにあっさりと引き下がった。
 何か、橘の雰囲気がおかしい・・・・・・明確に何かと聞かれれば答えられないが、雰囲気がいつもと違う。


「それで、その人って今何処にいるの?」


(それを正直に答えられたらどんなに楽なことやら)


 内心で答えながら苦笑する、正直なことを話すわけにも行かないし、無下に答えるのも失礼だろう。


「あ~遠いところだよ・・・・・・少なくとも国内じゃないかな」


「彼女って余所の国の人なの?」


「いんや、名前は前に言ったよな?中村麻美、れっきとした日本人だよ」


「なのに国外?・・・・・・あぁ、アメリカかオーストラリアあたりの移住したのね」


「そうだな、そんなところだ」


 勝手に納得してくれた彼女に、とりあえず同意する。


「・・・・・・彼女は軍人じゃないの?」


「ああ、違うな・・・・・・医療関係の職に就いてるよ」


 これは真実だ。嘘やはぐらかしは度が過ぎると何処かで綻びを生む、ある程度は真実を含ませたほうが信憑性は増すだろう。


「そう、安全な場所にいるのね・・・・・・いいことだわ」


「まぁな、彼女が安全で平和に生きてくれている・・・・・・だから俺はこうしていられるのかな」


 ポリポリと頭を指で掻きながら答える。


「・・・・・・隆には悪いけど・・・・・・私はその彼女を好きになれそうに無いわ」


 小声で、だがハッキリと橘が呟く。
 言葉の意味に面食らいながら呆然としていると、橘は顔を伏せながらポツリポツリと言葉を漏らしていく。


「婚約者が戦場で・・・・・・戦術機に乗って命張って戦っているのに、自分は後方で軍の仕事にもつかずに安全に暮らしている・・・・・・少なくとも私にそんな生き方は出来ない」


「橘・・・・・・」


「恋人を前線に残して・・・・・・自分は後ろでただ何もせず守られるなんて冗談じゃ無いわ!!そんなマネをのうのうと出来る人間なんて人として終わってる!!」


「橘!!」


 語尾を荒げた橘を止めようと叫ぶが、顔を上げた彼女の瞳を見た瞬間・・・・・・何も言えなくなってしまう。


「なによ!いつものご高説?人がなんでそうするのか考えろだっけ?だったら、コレが私が考えた結果よ!!」


 睨み付けられ怒鳴られ、黙り込むしかなかった。


「いい?私ねコレでも4ヶ月間貴方を見てきたの・・・・・・見てきたからこそ言わせて貰うわ」


「・・・・・・何をだよ」


 怒りで見開かれていた橘の瞳が、すうっと細められる。


「その人・・・・・・あなたのこと全然大切に思ってない」


「そんなの思い込みだろ?お前の・・・・・・」


「この部屋に入った時も思ったのよ・・・・・・隆、その彼女と連絡とってる?」


 此方の言葉を遮った橘の質問。


(とれるわけ・・・・・・ないだろう)


 ぎりっと奥歯をかみ締めて顔を伏せる。


「前に葵が言ってた、貴方が通信室を使用した際・・・・・・履歴に残っているのは横浜しかなかったって。手紙もそう、貴方宛の郵便物なんて見たことも無い」


 そこで彼女はこの部屋を見回すかのように視線を部屋中に巡らせる。


「この部屋に彼女の写真とか、二人の関係の繋がりを照明する明確な代物なんて何もないじゃない?婚約してるって言うのに手紙も贈り物も贈ってこない・・・・・・殺風景な自分の部屋で思い出だけ反芻してるって言うの?」


(証明ね・・・・・・まるで浮気調査でもされてる気分だ)


 肩を竦め、目を閉じる・・・・・・4ヶ月も会っていない彼女の顔。最近思い浮かべても、彼女の表情がすこしぼやけているのが分かっている。


「寂しく・・・・・・無いの?」


「どうだろう・・・・・・寂しいと言えば、寂しいかな」


 寂しいと思うだけ意味が無いと思うようにしていた。

 何時帰れるか分からない元の世界、それを考えはじめたら何も出来なくなる、だからこそその現実から目を背けて、いまの現実に流され忙しさにかまけることでそれを実感しないようにしてきた。
 子供じゃない・・・・・・それは子供のように現実を見ようとしていないからだ。


「私は・・・・・・自分の大切な人にそんな思いはさせない」


「お、おい・・・・・・」


 言いながら突然抱きついてきた彼女を突き放すことなどできず小さく抗議の声を上げるが、彼女はその頭を此方の胸に押し付けて離れようとはしない。


「寂しくなんてさせないよ・・・・・・絶対・・・・・・いつも傍にいてみせる」


 泣いて・・・・・・いるわけではないだろうが、その声は何時途切れてもおかしくないほどにか細い。


「大切な人が戦場で血を流しながら戦っているのに、自分だけがそれに甘んじて生きるなんて出来ない・・・・・・私もその人と一緒に戦う、何処にだって一緒に居て見せる」


「・・・・・・橘」


 声を掛けて彼女の頭に手を乗せると、一瞬彼女の体が震えたように見えた。


「俺はな・・・・・・その大切な人が戦う姿なんて見たくないんだよ」


 そう、こんな凄惨な世界で戦うのは自分だけで十分だ。


「大切な人が安全に生きてるからこそ・・・・・・俺は戦える」


 もし彼女がこの世界で戦っているとしたら、自分は耐えられないだろう。


「だから俺は、大切な人と一緒に戦うなんてことは望んで無いんだ」


「私と・・・・・・逆ね」


「そうだな、それに昔トラウマがあってな・・・・・・好きな人は少しぐらい放れていてくれたほうがいいんだ」


 今にして思えばくだらない過去を思い出しながらしみじみと言う。


「悪い・・・・・・誤解させるような真似したな・・・・・・これから気をつけるよ」


「別に隆が何かしたわけじゃないわよ・・・・・・そんなことされたらむしろ凹むわ」


 言って橘は身体を離して顔を上げる。瞳が潤んでいるようにも見えるが・・・・・・声音ははっきりしている当たり、自分の気のせいだろう。


「さっきの話を聞いて思ったのよ、隆は大切な人は傍にいて欲しくないんでしょ?」


「ああ、まあな・・・・・・ただの我侭だけど」


「なるほどなるほど・・・・・・ってことは隆が帝国軍への出向期間が終わって横浜に戻れば、晴れて二人は離れ離れ、これで条件はクリアね」


「おい・・・・・・だから俺には彼女が」


「だからなによ、こんな時代だし産めよ増やせよね。男が少ないんだから子供増やしてなんぼよ、優秀な男ならなおのこと子孫を残さないとね」


(優秀ね・・・・・・俺なんかこの世界じゃ足手まといもいいとこだよ)


 橘の言葉を内心で繰り返して嘆息する。

 橘はいい、彼女をなんだかんだと言うが本当に良い女だと思っている。そんな彼女ならば、遠からず彼女を本当に大切にする男が出来るのも当然と言えるだろうし、むしろ今いないほうが不思議で仕方が無い。
 幾ら戦争で男が少なくなっているとしても、探せば男の姿など見つけられるし、自分と違ってこの世界の男は確固たる意思を持っているに違い無い。

 自分は・・・・・・とてもじゃないが彼女に似合うとは思えない。


「俺じゃ無理だな・・・・・・いい相手を探せ、お前ならきっと見つかるよ」


「冗談、そんなこと言って逃がさないわよ?」


「はい?」


 声を上げた瞬間、がしっと両肩を彼女に掴まれる。


「私にはねきっと隆しかいない・・・・・・隆じゃなきゃ嫌なの」


「いやだから俺には婚約者が・・・・・・」


「今時操でも立てるっていうの?隆って思ったよりも古風ね・・・・・・だったら側室でもなんでもいいわ」


「おいおい・・・・・・」


 またもやとんでもない発言をされ、背中に流れる冷や汗の量が増えていくのを実感する。


「一緒にいるから戦える、大切な人が傍にいるから、守りたい人が目の前にいれば私はもっと戦える」


 そっと手を取られ、彼女の両手に包み込まれる。


「・・・・・・戦争だ、俺だって死ぬかもしれない」


「その時は・・・・・・一人にさせない、私も一緒」


 握られた手が自然に彼女の首へと伸ばされ、その首元に備え付けられた強化装備のレスキューパッチを自分の指で持って押し込こまれる。
 瞬間、強化装備の前面保護皮膜がその特性を失い、素手でも破れるくらい柔らかいものへと変わる。


「女に恥・・・・・・かかせないでよ」


 誘導されたのか、それとも無意識だったのか、先ほど押し付けられた時よりも遙に柔らかい感触が手のひらに伝わる。


「幸せだよ、私」


 彼女は微笑んでいる。念願の願いが叶ったとばかりの笑みを浮かべながらも、その瞳が何処か違和感を覚える。まるで盲目的に何かを見ているかのように・・・・・・瞳に宿る光が乏しい。
 そんな瞳に見入らされている中、何時の間にか掛けていたサングラスを彼女の手によって外されてしまう。

(幸せになるか・・・・・・)


 真っ白になりそうな思考の中、彼女が言った言葉を思い出す。

 幸せになる権利が果たして自分にあるのだろうか?元の世界でのうのうと生きてきた自分が、この世界で誰かを幸せにする権利などあるのだろうか?

 人並みの幸せを知らない自分が、彼女を幸せに出来るのだろうか?
 以前麻美に漏らしたことがある・・・・・・全うな家庭を知らない自分が、普通の幸せな家庭を作れるか不安だと。


 麻美は・・・・・・笑っていた、幸せは人それぞれ、貴方が幸せだと感じれば、何処だって幸せになると。


 昔聞いた・・・・・・幸せになりたければ何をすればいいのか教えてくれる言葉を思い出す。
 一日幸せでいたいなら髪を切れ、一週間幸せでいたいなら車を買えとか言う、それなりに感慨深い言葉。
 最後は一生幸せでいたいなら・・・・・・自分に正直でいることだとあった。


(正直・・・・・・か)


「・・・・・・ん」


 彼女が小さく声を漏らしながら体を震えさせる。

 正直・・・・・・いま目の前にいる彼女を抱くことが自分が今したい正直なことか?
 それともいつか会えるかもしれない麻美に嘘をつくことなく、正直に笑顔で笑いたい気持ちか?
 合判する気持ち、答えなんて直ぐには出ないが・・・・・・状況は早急な答えを要求している。


「・・・・・・ね、我慢しなくていいんだよ?」


 甘い声で囁く彼女、その誘惑に迷うことなく誘われることができたらどれほど楽だろうか?


「・・・・・・」


 自分を見つめる暗い瞳・・・・・・その闇の中に何処までも引き込まれていきそうになる
 すっと空いた手で彼女の頬を触ると、彼女は驚いたような表情を一瞬作ってから本当に幸せそうに微笑む。

 その微笑に・・・・・・自分はただ笑うしか出来なかった。








<橘 栞>

(堕ちた!!)

 私を見つめる彼の瞳の変化にいち早く察知し、内心でガッツポーズを挙げる。
 またもや彼はウダウダと言っていたが、ようやくその壁を突き崩すことができた喜びに心が躍る。


(よし・・・・・・私も気張らなちゃ)


 そう、後は自分の覚悟を決めるだけだ。
 生憎と、まぁそのなんだ・・・・・・経験とか云々は大切だと思うが・・・・・・きっと彼は婚約者もいたことだし、色々と知っていると思うし、ああでもなんか微妙・・・・・・って私は何を考えてるんだろう?

 悶々と想像を膨らませながら、彼に身を任せようと決心を決めた瞬間。


「隆さ~ん、調子悪そうだったから医務室で薬貰ってきたわよ~?大丈夫~」


「葵さん、電気点いてないみたいですよ?隆さん寝ちゃったんじゃないかな?」


 そんな能天気な二人の声が聞こえ、目の前に白い影が舞い踊った。





<瀬戸 真奈美>

 恐らく寝ているであろう彼に悪いと思いつつ、ドアを開けて室内へ葵と二人で入る。


「よ、よう、どうした姉妹揃って?」


(あれ、起きてる?)


 予想に反し彼はベットに腰掛けてにこやかな顔で私達を迎え入れてくれた。


「どうしたじゃないわよ・・・・・・雪風に乗ってから調子悪そうだったから心配したのよ?」


 不満そうな声を上げながら葵がずかずかと室内に入って彼に言い放つ。

 そんな文句を言っているが、先ほどまでは彼のことが心配で仕方がないとばかりに落ち着かない様子でいた姿を思い出して笑ってしまう。
 医務室で栄養パックを貰い、自室に戻っては自前の栄養剤を探してはどれがいいかと真剣に悩み、この部屋に来る途中でやっぱ迷惑だろうかと右往左往する始末。敬愛する姉には悪いが、その行動はどう見ても思春期まっさかりの乙女である。


(いいな~・・・・・・私もそんな気持ちになりたいな~)


 自分にはそんな経験も無ければ、夢中になった相手もいない。

 彼のことは自分も好きだが・・・・・・異性に向ける気持ちではなく、目の前の自称姉に向ける愛情と同じものだと思っている。
 姉が自分の気持ちに気づいて、もっと素直になって彼と向き合えば・・・・・・案外お似合いの二人だと思う。

 姉が取られるのは少し寂しいが、かわりに兄が増えるのだ、寂しさよりも嬉しさのほうが勝る
 だから応援したい、彼女には自分の事で色々と苦労を掛けた・・・・・・いい加減自分の幸せを見つけて欲しいと心から願っている。


(これでも出来た妹だと評判な私だからね)


「大丈夫?・・・・・・顔色が悪いわよ?・・・・・・マナちゃん電気点けて」


「ち、ちょっと!」


「は~い」


 抗議を挙げる彼の言葉を聞き流しつつ、部屋の照明を点ける。明るくなった室内には、顔を真っ青ににした彼が視線を彷徨わせながら震えて座っている。

 その様子におかしいと思いつつ彼の姿を注視すると、何時ものサングラスを掛けようともしないその姿に、更に疑問が膨れ上がっていく。


(・・・・・・どうしたんだろう?)


 まじまじと彼の顔を覗き込む。
 考えてみれば彼の素の顔を拝むのは初めて彼に会った時以来だ。あの時の事は、随分と失礼なことをしてしまったと今でも自分を恥じている。

 改めてその顔を見る・・・・・・似ている、ような気がしないでもないが、きっと気のせいだろう。


「本当に大丈夫?調子かなり悪いんじゃないの・・・・・・?」


 葵が心配のあまり眉を顰めて彼に声を掛けるも、彼は引きつった笑みを浮かべながら頷くだけだった。


「?」


 流石に様子がおかしいと思い、葵と顔を見合わせて首を傾げる。


「だ、大丈夫だから、心配するな・・・・・・も、もう寝るからさ・・・・・・出来れば早急に回り右して部屋から出て行って欲しいんだけど・・・・・・」


「む~」


「!!!!」×3


 呻き声が聞こえたのを聞き逃しはしなかった。
 彼に向けていた視線を、その背後に送る・・・・・・よくよく見ればベットの上に小山が一つ。人一人分くらいの大きさの塊がシーツに包まれて鎮座している。


「う~」


 しかもご丁寧に呻き声を上げながら、もぞもぞと動いている。


「・・・・・・」


 彼の表情がさっきよりも青く・・・・・・いや白くなっていく。


「・・・・・・お邪魔だったかしら、隆さん?」


「!?」×2


 底冷えするような声音で呟いた葵の姿に思わず視線を向けてしまう。


(ふ、増えた!?)


 ここ最近良く見るようになっていた・・・・・・あの気配。

 時折栞が垣間見せる、負のオーラというか暗黒面のフォースと言うべきか、瞳のハイライトを消し去って、手元に刃物があればブスっと行きますと全身で表現しているような気配が、隣にいる姉からも漂い始めている。

 もうどう見ても彼にちょっかい出した誰かに対して嫉妬アリアリの態度なのだが・・・・・・未だに自分の気持ちに気づいていない姉の態度には正直呆れてしまう。


「・・・・・・うぅ」


 だが今は別だ、早急にこの場から戦術的撤退を可及的速やかに行わなければ自分の身も危うい。

 じりっと体の重心を後ろに預けて、いつでも後方に・・・・・・部屋のドアへと飛び出せるように姿勢を作ろうとした瞬間、ベットの小山から見知った顔が出てくる。


「ぷはっ!・・・・・・う~なによ急に・・・・・・苦しいじゃ無い」


 ある程度予想していた、むしろ彼女以外はありえないだろうと確信めいた予感もあった。
 だが・・・・・よりによって何故今なのだろうか?

 コレも必然なのか、神様の気まぐれか、はたまた仕組まれたことなのか・・・・・・


「ふ~ん・・・・・・栞さん、姿が見えないから何処に行ったかと思っていたら・・・・・・ここにいたわけね」


 感情といったものが一切篭められていない、抑揚の無い声音で葵が言い放つ。


「別に、私が何処にても貴女には関係無いでしょう?」


 そう答えながら葵がベットの上で立ち上がる。


(な・・・・・・なんで強化装備なんか着てるの?)


 シーツで隠れていた姿が露になった瞬間、当然の疑問が脳裏に過ぎる。

 ベットの上で仁王立ちした彼女は、訓練中でもないのに強化装備姿で威風同等と立っていた。
 レスキューパッチでも押したのか・・・・・・若干、前面保護皮膜が緩んでいるようにも見えるが・・・・・・なんでだろう?


「隆さん・・・・・・これはどういうことかしら?」


「ひぃ?」


 葵に問いつめられ、彼が情けない声を出しながらベットから滑り落ちる。


「隆には関係無いわ、これは私がしたくてしたことだから」


 ベットから降りて、彼を挟んで栞と葵が向き合う。
 間に挟まれた彼は・・・・・・肩を震わせて小さく縮こまり、なんと言うか生贄の羊のようだった。


「それともなに?葵・・・・・・あんたには隆がどうなろうと知ったことでもないでしょう?」


 挑戦的な台詞を投げかける栞に一歩もひるむことなく、葵は言い放った。


「いえ、将来(会社的に)一緒にいるって約束した人よ・・・・・・隆さんは今後ともパートナー(会社的に)としてずっと一緒にいてもらいますから、彼に害悪のある行為をする人間を見逃せないわ」


(姉さん・・・・・・それはもう婚約してるようにしか聞こえません)


 天井を仰ぎながら姉に突っ込みをいれるが、瞳にハイライトを失くした彼女は、自分が言った言葉の意味する事実に一切気づいてない。


「なんですって・・・・・・隆・・・・・・あなたそんな約束したわけ?」


「ひぃ!?」


 すうっと栞の瞳からも光が消える。


(あぁ、ついに邂逅しちゃった・・・・・・)


 栞に見据えられた彼が悲鳴を上げるが・・・・・・気持ちはよく分かる。
 ここ最近夢にまで見る栞の眼光だ、あの瞳で見られたら決まってその日は悪夢を見る。

 そう、よく分からないウジウジした男の話だ。

(・・・・・・なんだか、二股どころか何股も掛けたあげく最後に変な小型の通信端末でメッセージが届いて・・・・・・内容が、さよならだったような)

 そして背後から包丁でぶすっと刺されるのだ・・・・・・正直何度見ても目覚めが悪いが、刺されたであろう男には同情する気持ちは一切無い・・・・・当然か。


 ハイライトが消えた二人の瞳に見据えられた彼はガタガタと振るえまくっている。
 そんな震えた彼と目が合ってしまう。


「ま、真奈美・・・・・・」


 助けを懇願する彼の声、今までに見たことがないようなその弱々しい姿に、母性本能がキュンキュン反応しそうになるが・・・・・・今そうなったら危険だ、きっと殺される。


「・・・・・・」×2


 無言で睨み合う二人。

 もし手元に獲物があるのならば、葵は鉈かもしくはチェーンソウ、栞は包丁が似合うかもしれない。だからといって絶対持たせるような真似はしない、もし持たせたら・・・・・・壮絶な死合いが始まるのが容易に想像できる。

 このまま巻き込まれるのは流石に冗談では無いので、少しずつ後ずさりしながら部屋のドアへと近づいていく。

 幸いにも、二人の女性の注意は睨み合う相手と、間に挟まれた彼に向けられている・・・・・・今ならば逃げられるだろう。


「私ね・・・・・・あんたに言いたいことがあったのよ」


「へぇ、何かしら?」


「そのお高くとまったお嬢様風ってやつが気に入らないのよね、しかも頭でかっちで自分の気持ちにも気づいてない鈍感なところとか」


「あらそう?奇遇ね、私も貴女のその軽々しい態度が気に入らなかったの、事あるごとに彼にちょっかいだして、彼が困っているのに気にせずずけずけと、少しは周りの空気ぐらい詠んだら?皆迷惑してるわ」


「はっ、ダレが?どうせあんたぐらいでしょう?私は周りなんてどうでもいいのよ、彼が私を見てくれるためなら何だってするわよ?」


「それが迷惑なのよ、彼がどれだけ迷惑してるか分かってるの?隆さんはね、貴女みたいな人より私みたいな静かな人間といたほうが安らぐのよ」


「どの口下げて言うわけ?ろくに書類も作れない無能OL風情が?」


「あら、発情期の猫宜しく人様のベットにもぐりこむよりはマシよね?」


 ドアノブに手が届く場所まで下がったことに安堵しつつ、未だ言い争いを続ける二人の様子を横目で見る。

 二人の周囲に真っ黒で静かなオーラがユラユラと立ち上っているのは気のせいだろうか?間に挟まれた彼は陸に打ち揚げられた魚のように、口をパクパクさせながら悶えているのは流石に同情せざるえない。
 一瞬助けるべきかと逡巡するが、すぐに思い直す。


 殺しはしないだろう・・・・・・多分、今は。


「・・・・・・」×2


 再び睨みある二人。

 こう言うのを昔の人は何て言っただろうか?前門の虎後門の狼だっただろうか?もし・・・・・・自分が二人の立場ならどっちになるのだろうか?


(狼よりは・・・・・・虎がいいかな?でも私小さいから・・・・・・手乗り虎とか言われるのかな・・・・・・手乗りタイガー?なんだろ、なんか可愛いかも)


 などと考えたのがいけなかった、何時の間にか床を這いずってきた彼が私の足首を掴んでいる。


「ひぃ!?」


「悲鳴あげることないだろ!?助けてくれ真奈美、俺は悪くない俺は悪くないぞ~!!」


「放せ!!この駄犬!!」


 両足を掴まれているので足蹴にすることも出来ない、前言撤回二人はこんな情けない男のどこがいいのだろう?
 なんにしろ危険だ、この状況を二人に気づかれたら・・・・・・私にもその牙が襲い掛かってくる。


(は、はやく逃げないと!!)


 最早なりふり構わず後ろのドアノブに手を掛けた瞬間、ノブを掴んだ手ががしっと誰かの手によって上から押さえ込まれる。


「真奈美ちゃ~ん、どこいくのかな~?」


「まなちゃ~ん、お姉ちゃんは悲しいわ~」


 万力のような力で二人に抑え込まれ、ガタガタと体を震わせながら二人に向き直ると、壮絶な笑顔に光の無い瞳を持った二人が床に這い蹲った彼を足で踏みつけながら、わざわざ屈んで此方を見上げてくる。


「このロリコンにはやっぱりお仕置きが必要ね~」


「そうね~マナちゃんも・・・・・・罪は無いけど仕方が無いわね・・・・・・」


 さっきまで睨み合っていた険悪な雰囲気は何処にいったのか、二人はそう言い合いながらにっこりと互いに笑みを浮かべる。


 相変わらず・・・・・・目は笑っていないが。


「た、助けもがっ」


「駄目よ~もう遅いんだから大声だしちゃ?」


 葵に口を押さえ込まれてベットへと引きずられる、見れば彼も引きずられて同じようにベットに寝かされる。


「隆さんも、わかってるわよね?・・・・・・大人しくしてれば大丈夫、痛くしないから・・・・・・きっと」


「隆・・・・・・真奈美・・・・・・あなた達が悪いんだからね?」


「ひ、ひぃ」×2


 彼と二人で身を寄せ合って震えるが・・・・・・そんな此方の様子を二人の魔女は心の底から面白そうに笑顔で見ている。


「ふ、ふふふふふふふふふっふふっふふふふふふふふふ」×2


 その日・・・・・・宿舎に響き渡った含み笑いは、聞いた隊員全てに悪夢を見せることになる・・・・・・はずだった。


「・・・・・・相変わらず、お前達は何をしているんだ?」


 ガチャっとドアを開けて入ってきた三澤が呆れた様子で此方を見ながら言ってくる。
 いつもどおり気だるげな雰囲気をかもし出しているが、今はそんな彼女が救いの女神に見えて仕方が無い。


「ふむ・・・・・・隆の調子を見に来たのだが・・・・・・お邪魔だったかな?」

「た、助けてください三澤大尉!!」


「よ、よかった・・・・・・」


「ちっ」×2


 安堵の声をあげる此方を尻目に、舌打ちする声を聞いたような気がするが、今はそんな些細なことは気にしてられない。
 
 葵と栞の包囲から抜け出して、三澤の下へと這いずりながら近寄ると、彼女が何か可愛そうなものを見るような目で此方を見下ろしている視線に気づく。


「あ、あの・・・・・・大尉?」


「いや、このまま何も見なかったことにして立ち去ったら面白そうだなと思ってな・・・・・・駄目か二人とも?」


「隆さんはいいですけど、少なくとも私は連れてってください!!」


「おいこら待て真奈美!!ってか静流さん、そんな薄情なこと言わないで!!」


「ふむ・・・・・・後ろの二人は満更でもないようだが?」


 懇願する言葉を聞き流しつつ、彼女の言った言葉が気になって背後を振り向き・・・・・・見なければ良かったと後悔する。


「ふふっふふふ」×2


 口元を三日月の形にした二人の姿が一瞬視界に映る、彼もどうやらソレを見てしまったようでガタガタと震えている。


「安心しろ・・・・・・見捨てはしない、折角だからちょっとしたマッサージを隆を教材にして皆に教えてやろう」


 三澤を見上げると、彼女もまた意地悪い笑みを浮かべている。


「これはな、昔の上官から聞いた技でな・・・・・・その上官の娘がかなり使い手で、色々と教えて貰ったものだ・・・・・・なに悪いようにはしないぞ」

「技とか言ってる当たり、絶対マッサージとかじゃないような気が・・・・・・」


「いやだ!!止めてくれ!!関節技だけは簡便してください!!マジで嫌だ、関節外すとか無しで!!動脈圧迫とかお花畑見える行為は断固反対する!!何が王者の技だ!!世の中獲物もった奴が一番じゃわれ~!!」


 変なスイッチでも入ったのか、彼がやたらと声を上げながら意味不明な言葉を喚いている・・・・・・何かトラウマでもあったのだろうか?

 だが何にしろ覚悟は決めないといけないだろう・・・・・・少なくとも自分が標的から外れたようだから、そこだけは安心できる。
 彼には同情するが・・・・・・今回は生贄になってもらうとしよう。


 考えてみれば・・・・・・航空祭のお仕置きを自分はしていない(あの時はお腹が一杯でそれ処じゃなかった)から丁度いいだろう。


「ふ、ふふふふっふふふふ」×4


「誰か助けてくれぇぇぇ!俺が悪かったぁぁ!!・・・・・・いや俺は悪くないよな?何かしたか?・・・・・・むしろ何もしてなくないか?・・・・・・なんだこの理不尽な修羅場はぁぁぁぁぁっぁぁ!!」








 次の日、詰め所には妙にすっきりした娘達と、枯れ果てた男の姿があったトカなかったトカ。







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