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「Muv-Luv 小説」
第二部

欧州編 9話

 


 欧州編  かれの理想が今日も吹く



 2001年6月17日
 グリーンランド・ナルサルスアーク


<社 隆>


(・・・・・・なんだ?日本人がめずらしいのか?)


 幾つモノ視線に晒されそんな疑問が胸中に過ぎる。

 基地内を散歩中に見かけた人だかり、それがなんとなく気になって基地の外に出てみたのだが・・・・・・列を作って並ぶ人たちになんだか見られているような気がする。

 まぁここは北欧の更に北、現地の人間が極東に住む日本人を見ることなど殆ど無いのだろう、珍しがられても決して不思議では無い。

 向けられる視線を気にしないように務め、多くの人が並ぶ列の先に向かって歩き続ける。


「・・・・・・はぁ」


 歩きながら小さく溜息を付いてしまう、気にしないように平然とした振る舞いを心掛けるが・・・・・・向けられる幾つもの視線を完全に無視するのは不可能に近い。

 視線に含まれる感情を読み取れるわけではないが、横目で彼らの顔を見れば大抵は感じ取れる。
 ・・・・・・好奇、逡巡、虚無、憎悪あたりか・・・・・・そんな表情を浮かべている人たちを脇目に内心で肩を落として颯爽と歩く。
 
 列を作る人たちの殆どが老人と女子供、その姿を見ればこの列がなんの列ぐらいかは直ぐに予想できたが・・・・・・とは言え、今更引き返すのは何か気まずい、一目ぐらいは見ておくべきだと考えて歩みを速める。


(ん?・・・・・・配給にしては随分物々しいな)


 人だかりの隙間から見える光景に疑問を感じ、歩く速度を落としながら食料を配っているテントを眺める。
 
 列を作って並ぶ人たちが、テントの前でパンやスープの入った椀を渡されている、一見して難民に食料を配給している集団だと分かるが・・・・・・そのテントの周りを固める連中はなんだ?

 構えてこそいないが、小銃を肩から下げた歩兵が多数、強化外骨格を身に着けた重装歩兵が一個小隊、極めつけは基地入り口を警護しているはずの戦術機の姿まである。

 どう見ても、難民に食糧を配給しているだけのテントを護衛するには威圧感たっぷりの連中だ・・・・・・これではまるでどこぞの要人を護衛するSP、いやそれ以上の警護体制ではないだろうか?

 食料を求めた難民が暴動でも起こす危険性があるのかと、訝しげに列の並ぶ人たちに視線を送ると・・・・・・あっさりとこの物々しい警護の理由を見つけて納得してしまう。


「ああ、なるほどね・・・・・・姫様方がいるんじゃ頷けるわ」


 テントの下で食料を配る人の中に銀髪ポニーと金髪ツインテールの姿を見つけ、思わずそんな言葉が口から漏れる。


(わざわざ自分たちの手で配給か・・・・・・流石は『世界一開けた王室』の異名を持つデンマークだねぇ)


 元の世界で何度か聞いたデンマーク王室の話。

 王政や貴族制が失われつつある欧州の中で、今なお国民に支持されながら王政を貫く王国の一つ。
 先進国の一つとして括弧たる政治力を持った政党が幾つもあるにも関わらず、その何れもが共和制への移行を訴えることながないと言う。
 必要が無いのか、それとも王室の持つ影響力が脅威ではないのか、確かなことは分からないが国民に好かれる王族として有名だったことに変わりは無い。


(その辺りは・・・・・・この世界も元の世界も変わらないのかね)


 笑顔を浮かべて自らの手で配給作業を続ける二人の姿を見ると、昔聞いたそんな話も信憑性のあるものだと思えてくる。

 欧州に来た当初、部隊に王族の人間がいるなんて聞き、しかも多くの国民に好かれている王族の人間などと知っていれば、雲の上の人のような触ることすら憚れる人物かと何処かで思い込んでいた。

 だが、同じ部隊に組み込まれ、幾つものやり取りをする中で彼女たちへの先入観など当に消えている。


 二人とも、生まれや立場が特殊なだけで・・・・・・なんの力も無い普通の人間だと自然と知ることができた。


(ま、姉にはもう少しの愛嬌と・・・・・・妹には落ち着きが欲しいけどな)


 額に汗を作って働く二人の姫君を見ながら、内心でヤレヤレと嘆息する。

 だが臣民にパンを配り、スープを渡している二人の姿には何処か【華】がある。

 それまで疲れきった顔で並んでいた人たちが、二人の前では笑顔を作り何度も礼を言いながら食料を受け取っている。
 二人の姫が多くの人に声を掛けているようだが、流石に何を話しているのかここまでは聞こえてこない・・・・・・住む国を追われ、希望を無くして極寒の地で生きる人々には、二人の姫君の姿が唯一の救いなのかと思えてくる。


 年若い女性の身でありながら戦場で戦術機を駆り、一人の衛士として祖国を奪還すべくBETAへ立ち向かう雄々しき姿・・・・・・そして多くの民のために懸命に働くその姿は、確かに眩しく見える。


 それを王族の戯れ、もしくは政府のプロパガンダと揶揄した日には・・・・・・アザリー辺りに斬って捨てられてもおかしくはないだろう。
 事実、する必要のない行為を二人がしている裏にはそんな背景もあるのだろうが、臣民に食料を配る二人の顔は・・・・・・真剣そのものだ。


「大したもんだ・・・・・・日本のお偉いさんも似たようなことしてるのかねぇ」


 足を止め、そんな二人の姿を眺めて自分の国を考えていると・・・・・・


「タカシッ!!なにやってんだよ!!」


「ん?」


 自分を呼ぶ声がしたほうを見ると、姫様を守る警護集団の中から見知った人物が一人近づいてくる。

 衛士のくせに歩兵用のベストを着込み、肩から小銃をぶら下げ、茶色の長い髪を揺らして怒り顔の彼女は・・・・・・


「何してんだアザリー?」


 そう呼びかけた直後、反応する暇すら与えずに繰り出された彼女の拳が自分の頭を捉える。


「それはこっちの台詞だタカシ・・・・・・こんなとこで一人でなにやってんだよ!?」


「・・・・・・っ~・・・・・・なんだってんだよ」


 殴られて痛む頭を抑えながら抗議の声を上げるが、彼女は殴った拳を見せながら憤慨した様子で此方を睨みつけている。
 相変わらず、手が早いというか、猪突猛進というか・・・・・・自分を殴りつける女は後にも先にもコイツだけなような気がする。


「・・・・・・麻美はサブミッションだったからな・・・・・・あ、そういえば訓練でまりもさんにしこたま殴られたなぁ」


「なにブツブツ言ってんだよ、いいからこっちに来い!!」


 ちょっとした思案に入った瞬間、アザリーが自分の胸倉を掴んで歩き始める。
 彼女に引きずられるような形でテントの裏手まで連行され、周囲を警戒していた戦術機の脚部装甲に背中から叩きつけられてしまう。


「いてて・・・・・・なんなんだよ、相変わらず乱暴だなおい・・・・・・そんなんじゃ嫁の貰い手がいなくなる・・・・・・ん?婿かこの場合?」


「よ、嫁!?そ、そんなのどうでもいい!!それよりお前なんでこんなとこ一人でフラフラ歩いてるんだよ!!」


 憤怒の形相を一転させて真っ赤な顔で叫ぶアザリー、胸倉を掴まれたまま鼻息が掛かるほどまで接近してきた彼女に少々焦ってしまう。


「フラフラって・・・・・・いや基地からこの行列が見えたからさ、なにかな~と思って・・・・・・」


「興味本位で来るなよ!!死にたいのかお前は!?」


 ずいっと更に近づくアザリー・・・・・・視界に収まらないほど目の前に広がる彼女の顔、さ、流石にそれ以上近寄られる色々と不味い気がする。

 ほら・・・・・・キスするときって何気に眼鏡とか邪魔なんだよね、サングラスも同じだよ?


「死にたいって・・・・・・物騒なこと言うなよ」


 彼女の視線から逃げるように自分が背にしている戦術機を見上げる。

 搭乗している衛士も外部モニターで此方を見ているのではないだろうか?
 いや、それはないか・・・・・・恐らく正門傍にある機体と同じくコイツも自律機動でつっ立ているのだろう。衛士をこんなところで遊ばせておく必要はないだろうしな・・・・・・その場合、自分たちは棚に上げておく必要があるけど。


「物騒もなにも、自分の立場を考えろよお前は!!」


 戦術機・・・・・・確かA-10とかいったか、日本では見かけなかったが、欧州にはそれなりの数が配備されている機体らしい。

 熊蜂に付けられた即席の二つ名と違い、確固たる戦果と実績を持って『戦車殺し』の異名を得た機体。
 両肩に設置された可動式のガトリング砲は砲塔を下に向けて銃口にシールされており、両手で保持されたMK-57も銃口を空に向け、儀礼用の剣よろしく掲げていたりする。

 とまぁ、そんな物騒な戦術機(厳密に言うとA-10は戦術機ではないとか、まぁ人型なんだから戦術機でいいだろう)の足元で喚くアザリー・・・・・・折角後催眠で気分が落ち着いてきたというのに、子犬の甲高い声に似た彼女の喚きは自分の頭に容赦なく突き刺さる。


「ったく、お気楽にもほどがある・・・・・・そんなんだからお前はあんなにボロボロに・・・・・・ッ!?それよりタカシ!お前身体大丈夫なのか?」


 真っ赤な顔してたアザリーが、突然態度を変えてまじまじと此方の顔を見上げてくる。
 薄緑の瞳をまん丸に開き眉根を下げて自分を見上げる顔は、まるで主人を心配する子犬そのもの・・・・・・いやだからアザリー、ちょっと近いって・・・・・・


「さっき後催眠受けてきた、もう大丈夫だよ」


「いや、うん・・・・・・大丈夫ならいいんだよ、あんまり皆に心配掛けるなよ?」


 ほっとしたように、アザリーが微笑を浮かべて襟首を掴む手から力を抜く。

 ―――どうやらこの昔なじみにも心配を掛けたらしい、相変わらず素直じゃないその態度に苦笑しながら、ポンッと彼女の頭に手を置く。


「あいよ、今度はお前に殴られるような無様な姿は見せないさ」


「んなッ!?お、おい!!なにすんだよ!!」


 彼女の抗議の声を無視してぐしゃぐしゃと乱暴に髪を撫でてやる・・・・・・ちょっと見ないうちに随分と成長したが、自分の中では未だにコイツは騒がしいガキに過ぎない。

 それがこの世界を生きた彼女にとって侮辱以外の何者でもないことは知っている・・・・・・知ってるが、昔、彼女と一緒に過ごした時の記憶のせいか、どうにも彼女を子供扱いしたくなる。


(ヤレヤレ・・・・・・いい女になったかと思ったが・・・・・・成長してない胸と一緒で、中身もまだまだ・・・・・・)


「なに何時までやってんだよ!!」


 それまで成すがままにされて俯いてたアザリーが、突然顔を上げて噛み付いてきやがった、慌てて手を引っ込めて逃げたが・・・・・・本気で噛付かれるかと思った。


「危ねぇな・・・・・・お前は戦車級かよ?」


「誰が赤蜘蛛だ!!って違う!!そうじゃなくて何一人で暢気に出歩いてるんだって聞きたいんだよ!!」


「ん?不味いか?確かに静流さんには許可を貰ってないが・・・・・・散歩してくるとは葵経由で伝わっていると思うが」


「そうじゃない!!タカシ、お前【RLF】とか聞いたことないのか!?」


 言われて、はて?と首を傾げ、彼女が言う言葉の意味を理解してポンッと手を叩く。


「ああ、確かテロ屋の一つだよな?・・・・・・ったく、こんな荒んだ世界でテロする連中の気がしれないな、テロなんて所詮は利権絡みがバックにあるくせに、人類が滅んだら元も子もないのに何やってんだか」


 大きく肩で溜息を付きなら、この世界の自分がテロリストだったと思うと憂鬱になってくる・・・・・・ほんと、この世界の金谷隆は何を考えていたのやら。

 考えると、どんなテロ屋だったかは夕呼さんから教えてもらっていない。
 前線たる日本で活動していたのか、それとも後方の米国や豪州か・・・・・・どんな思想をもっていたのか?考えたくはないが宗教絡みだとは思いたくない。

 人と分かりあうのが信条の自分だが、生憎と宗教戦争が起こる考えは全く理解できない・・・・・・まぁこれは日本人の殆どが同じらしいが・・・・・・


「知っているなら、日本人が狙われるってことを理解してるんだろう?」


「・・・・・・なんで?」


「なんでって・・・・・・本気で聞いてるのかソレ?」


 呆れた様子のアザリーの態度に首を傾げてしまう。


(はて?何か理由があっただろうか?あれか日本が先進国だからか?・・・・・・ん、違う違う、米国よりだからだな、それなら納得できる・・・・・・元の世界と似たようなもんか)


「っても、G弾のせいで反米感情爆発中なんだが、そんなの他から見ただけじゃ分からないか・・・・・・アザリー大丈夫だ、なんとなく分かった気がするぞ」


「ホントかよ、絶対勘違いしてると思うんだけど・・・・・・まぁいいか、とりあえず一人でウロウロするなよ?この配給が終わるまで待ってろ、基地まで送っていくから」


 そう言ってアザリーは此方の襟首を離してテントの表側へと歩いていく。


「いや、そこまでしなくても、ここまで歩いて10分くらいだし、一人で戻るよ・・・・・・基地の周囲で何かあるわけないだろう?まったく、過敏過ぎるのもいいが疲れないか?」


 彼女の背を追いかけながらそう呆れた口調で言った瞬間、鼻先に硬い何かを押し付けられる。


「タカシ・・・・・・油断すると死ぬぞ?」


 底冷えする声で、小銃を自分の鼻先に突きつけたアザリーがポツリと呟く。
 その声と銃口に気圧されたのか・・・・・・背中に汗が流れたのを自覚しながら一歩後ずさる。


「じ、冗談だろ・・・・・・アザリー?」


「冗談なんかじゃない、今私がテロリストでこの小銃のトリガーを引けば・・・・・・タカシはヴァルハラに行けるかもな」


 生憎と俺は歴史に名を残した戦士じゃない、っと言いたかったがアザリーが放つ無言の圧力に竦んでしまって何も言えなかった。

 彼女は本気だ、切欠があればトリガーを引いてもおかしくは無い。目が、口が、雰囲気が、それを告げている。


 今、目の前にいる彼女は・・・・・・以前見た運転がちょっと上手い少女では無く、この世界を生き延びてきた本物の衛士だ。


「・・・・・・」


 ごくりと、銃口と彼女を見比べて喉を鳴らしてしまう。


「・・・・・・なんてな、冗談だ・・・・・・病み上がりなのに悪いことしたな」


 本当にそう思っているのか、小銃を下げて彼女は小さく謝罪の言葉を漏らす。

 その態度に安堵の吐息を漏らしながら握り締めていた手に汗を掻いているのを自覚し、脅えていた自分が少し情けなくなる・・・・・・もしかしたら銃を突き付けられている間は足が震えていたかもしれない。


(心臓に悪いぞ・・・・・・おい)


 前は彼女が操る車にビビらされ、今度は銃を突き付けられてビビらされた・・・・・・その事実に気づいて嘆息していると、アザリーは小銃を肩に掛け直しながら小さく呟いてくる。


「でもなタカシ、油断したら駄目だ・・・・・・私の母さんは私と一緒にドイツから逃げ出して・・・・・・アフリカのキャンプで死んだんだよ・・・・・・死んだ理由、なんだと思う?」


 此方を見ずにアザリーが言った言葉・・・・・・答えは、恐らく予想した通りの答えなのだろうがソレを口に出すことを思わず躊躇ってしまう。
 きっと、自分の口からは言ってはいけないことだと、頭の何処かが警告しているからかもしれない。


「私が11、2歳ぐらいだったかな・・・・・・キャンプで赤十字が作る配給の列に並んでいたときさ・・・・・・自爆テロが起きたんだ・・・・・何が起きたかなんてその時は全然分からなかったけど、気が付くと母さんは何処にもいなかったんだ・・・・・・それまで手を繋いで一緒にいたのに何処にもいないんだ・・・・・・・・・・・・手は・・・・・・あるのにさ」


 アザリーが小さく溜息をつく声が聞こえる。


「私に怪我一つなかったのは奇跡だって医者は言ってたよ・・・・・そんなこと、母さんが死んだことを理解するまで放心してた自分にはどうでもいいことだったけどさ・・・・・・落ち着いてから、きっと母さんが守ってくれたんだろうって思えるようになったんだ」


「・・・・・・そうか」

 
 それしか、自分が答えられる言葉はなかった。

 アザリーの母親が死んでいることはなんとなく予想できた、彼女は父親の話はするが母親の話はしなかったからだ。
 元の世界と同じように彼女の母親が死んでいるのだろうと何処かで予想していたが・・・・・・まさかテロに巻き込まれているとは想像もしていなかった。


 自分は彼女に慰めや労りの言葉を言えば良かったのだろうか?


 しかし、この世界の現実を知らず、テロに巻き込まれてることなどと無縁の生活をしていた自分がそれを言っていいのだろうか?

 元の世界でぬくぬくと今日まで生き、この世界に飛ばされて悲惨な現実を知った振りをしている自分に・・・・・・ソレを言う資格はあるだろうか?


(何が分かり合えだ・・・・・・分かって理解した自分に酔ってるだけで、何も出来ないだろうが)


 テレビの中では無い、目の前にある悲惨な現実・・・・・・それに触れるとなると、自分が以下に無知であったか思い知らされる。


「・・・・・・」


 それ以降二人の会話は無くなり、無言でテントの前に廻る。


 開けた視界に映るのは食料を受け取るために長い列を作る難民の姿、何故か彼らの姿が・・・・・・先ほどとは違ったものに見ええてくる。

 いるとは考えたくはないが・・・・・・劣悪な環境で生きる自分たちの現状を憂い、テロという行動で自分たちの主張を世に知らしめようとしている連中がこの列の中にもいるかもしれない。

 理屈は分かる・・・・・・BETAによって国を失った彼らが逃げた先、受け入れた多くの国の人々が避難してきた彼らに手厚い歓迎をするとは思えない。

 迫害や差別は当然としてあっただろう・・・・・・そして難民には抗議をしようにもソレを成すための術が無い。

 国を失い、国際的な駆け引きをすべき政府は政治力を失い、民を守るべき軍隊はBETAから祖国を取り戻すために外で戦う始末・・・・・・誰も自分たちを助けてくれないと分かれば、どんな手段を使ってでも自分たちの生活と家族を守るために立ち上がるのも無理は無い。


 だが、どんな手段を持ったとしても大衆が持つ心理をそうそう覆せるわけがない、暴動を起こし、テロを起こし、自分たちの主義主張を訴えたとしても、人が持つ考えは簡単には変わりはしないのだ。

 元の世界の日本でもそうだ、多くの国民が宗教戦争のなんたるかを理解せず、テロの起きる現実を人事のように考え・・・・・・マスコミに扇動されて、声を上げる弱者の言葉を無視していたのが現実だ。

 そして言葉を無視された弱者は、更に声を上げるために過激な行動に走る。

 結果、更に多くの人間が悲劇に晒され、自分たちが被害者になって初めて現実に気づく・・・・・・それが・・・・・・悲惨な現実を知らない元の世界での人間の姿だ。



(ほんと・・・・・人間ってのは何処に行っても変わらないか)


 内心で吐き捨てるように呟いて被りを振る。

 所詮、一個人でしかない自分に出来ることなどたかが知れている、こんなことを深く考えるだけ無駄なのだ・・・・・・出来ることがあれば手を貸したいが、こんな場所で自分が出来ることなど・・・・・・


「こんな私どもに姫様が自ら・・・・・・ああぁ恐れ多いことを・・・・・・」


「何を言うのです、あなたたちがいるから私はこうしていられるのです・・・・・・どうぞ、顔をあげてください」


 感謝する老婆の声と、慈愛に満ちた女性の声、そんな二つの声が耳に入ってくる。

 声が聞こえるほうへ視線を向ければ、パンを受け取り恭しく頭を垂れる老婆の肩をファーナ中尉が優しく抱いている。
 その隣では、いつものように無表情ではあるが、オルフィーナ中尉が同じように頭を下げる老人の手を取ってなにか声を掛けている。

 そしてテントの中で忙しく駆けずり回る給仕係の少女たち、見ればトゥルーリ少尉の姿まである・・・・・・そんな光景を見てしまったからには、自分の口が出す言葉は一つしかなかった。


「なぁ、アザリー」


「・・・・・・なんだよ?」


「・・・・・・んなとこで使いもしない銃持ってないで、向こう手伝うぞ」


「な!?お、おいちょっと待てよ!!」


 仏頂面で答えたアザリーの手を引っ張り、テントの奥へと二人で入っていった。












 一時間後


 難民キャンプ、食料配給所


<べアザリーミ・ブリュッケル>


「姫様から直接頂けるとは、本当にありがとうございます・・・・・・」


「しっかり食べて下さいね・・・・・・このようなことしか出来ない私を許してください」


 パンを受け取った老婆が深々と頭を下げ、渡したファーナ様が自分の無力さを嘆きながら言葉を返す・・・・・・もう何度、この光景を見てきただろうか?


 基地の外に設置された食料配給所、そこに並ぶ多くの人々の顔を見ていると気分が酷く憂鬱になってくる。


 祖国を失い、住む場所を追われ、極寒の地で暮らすことを余儀なくされた国民たち。
 立ち並ぶ人の多くは、年寄りと女子供だけ、身体の丈夫なものや男は皆戦場に駆り出されて戦っている・・・・・・後方にいる彼らが工場で作った物資が前線で戦う兵士に送られる。

 そんな日々の繰り返し、出口の見えない現状に晒される人々・・・・・・こうして姫様のお姿を見なければ彼らは絶望に押しつぶされてしまうのではないだろうか?


「・・・・・・どうぞ」


「姫様、ありがうございます!!」


 オルフィーナ様からパンを受け取った子供が元気の良い声で礼を言う、そんな姿を見ると自然と口元に笑みが浮かんでくる。


 デンマーク王室の第二、第三皇女が矢面に立っての食料配給・・・・・・背景を考えると怒りがこみ上げてくるが、これもれっきとした仕事だ、余計なことを考えるべきではないだろう。


 気を引き締めて列を作る難民に視線を向ける、考えたくはないがこういった難民の中にテロリストが紛れ込んでいる可能性があるのだ。

 難民開放戦【RLF】のような民衆を救う大義名分を掲げるテロ屋の主張、軋轢に苦しむ人々の生活レベルの向上、祖国への帰還、彼の主義は分かる、共感もできるが・・・・・・自分は衛士として、国民を守り、BETAと戦う覚悟がある・・・・・・少なくとも母さんを殺した連中と馴れ合う気はサラサラ無い。


(難民キャンプの現状は私も見てきた・・・・・・だからってテロで自分たちの言葉が叶えられるなんて私は思わない)


 幼い頃の記憶が脳裏に過ぎる・・・・・・少なくともアフリカ過ごした難民キャンプに比べれば、ここにいる人たちは恵まれている。

 極寒の地とは言え、この町にいる多くの人がデンマークを初めとする北欧から逃げ出してきた人たちだ。
 北にあるヌークにも、ドイツを初め数多くの国から来た難民たちが多く住んでいる。

 グリーンランドは自治権が認められているとはいえ元はデンマーク領、祖国を失った人へ住む場所をあっさりと提供したのはデンマーク王室の影響がかなり強い。
 臣民あってこその国、その言葉を掲げる王族が自ら戦場へ赴く姿からも、民を守る騎士として、為政者としての信念が根強いものだと感じ取れる。

 そんな恵まれた統治者がいる地に住める人たちは幸せだろう・・・・・・少なくとも、欧州より遠く離れたアフリカの地に住まわざる得ない人に比べればだが。


 BETAに追いやられアフリカに暫定政府が置かれたドイツだが、移住した国民の多くが差別と迫害にあっているのは聞いている・・・・・・アフリカの国々の多くが元は欧州列国の殖民地だったことを考えると、それは必然だったのかもしれない

 優秀な企業に在籍している者や、能力的に優れている者以外は、酷い扱いを受ける・・・・・・他所では欧州の企業がアフリカを支配しているとの話もあるが、そんなものが表に出ることなど殆ど無く、恩恵に預かれるのは一部の高所得者だけだ。


 国を失っても生き延びたとは言え・・・・・・難民が置かれている現状は過酷の一言ですら生ぬるい。


(BETAに勝っても、住む人がいなかったら・・・・・・それは勝ったって言えるのかな)


 自分にそう自問した瞬間・・・・・・


「おい!!こらまて!!パンは一人一個だ!!幾ら育ち盛りで腹減っててもルールは守れ!!」


「うっせぇ!!グラサン掛けた怪しい東洋人の言うことに従うかよ!!」


「あ、怪しい・・・・・・まてやクソ餓鬼!!俺だってなぁ好き好んでこんなグラサンしてるわけじゃないんだぞ!!素顔は営業で行った先の受付の姉ちゃんにお菓子貰えるくらいの好青年なんだぞ!!・・・・・・まぁ、お嬢さんと言わないと振り向いてくれない猛者ばかりだったが・・・・・・ぬぅ」


「ブツブツうるせぇな、じゃこいつは貰ってくぜ!!」


「あッ!!クソ餓鬼!!今度見かけたら説教してやるからな!!覚えてやがれぇ!!」


 などと・・・・・・年端も行かない少年と口喧嘩をしている同僚の姿に頭を抱えたくなる。

 突然、食料の配給を手伝うと言い始めたタカシなのだが、こうして現地の子供に馬鹿にされている姿を見ると、本当に衛士なのかと問いただしたくなる。

 帝国軍の衛士が全てこうだとは言いたくない(彼以外の衛士は揃って優秀だ。あの橘少尉も、戦場ではその並々ならぬ観察眼で各自にアドバイスを送っていた)が、こんな男に戦術機に乗る衛士としての資格を与えているあたり・・・・・・軍としての体質に疑問を感じてしまう。


(っても・・・・・・元は国連軍だとか言ってたか?となる極東国連軍の人事は何を考えているのやら)


 国連軍も一枚板ではない、認めたくは無いが米軍の影響が強い欧州国連軍、東アジアの諸外国が戦力となっている極東国連軍、中東各国の印ア国連軍等など・・・・・・方面によって特色はかなり異なる。

 それに極東国連軍には余りいい話は聞かない、甲22号目標があったヨコハマ基地・・・・・・何かときな臭い噂しか聞かない場所だ、まぁそれを考えると彼のような変わり者がいるのも多少は納得できる。


「はいは~い!!皆列は守ってね~!!おや?奥さんそのお腹は・・・・・・いえ、失礼なこと言ってすみません、栄養付けてくださいね~大盛りにしときますから~」


 ガンガンと鍋を叩いて注意を促していたかと思えば、目の前に現れた身重の女性にとびっきりの笑顔でスープを配るタカシ・・・・・・どうでもいいが、サングラスが怪しくて女性がかなり引いていたのをアイツは気づいているのだろうか?


「社中尉、気持ちは分かるけど公平にね」


「っとすまんなトゥルーリ少尉、勿論分かってるさ」


 それを見ていたのか同じく給仕係をしていたアルフがタカシを注意している。
 アルフは学卒の出身だと聞いているが、こうして配給などの作業には積極的に手を貸している・・・・・・彼女なりに何か思うところがあるのかもしれない。


「・・・・・・はぁ」


 とは言えもう何度目だろうか?小さく溜息を付いてしまう。

 テントへ許可も無く飛び込み、給仕係の少女たちが唖然とするのを横目に手伝い始めた日本人・・・・・・親父、日本人ってのは礼節を重んじる民族じゃなかったのか?少なくともコイツにそんな思考は・・・・・・あ、ファーナ様のこめかみに青筋が、オルフィーナ様は相変わらず無表情だからよく分からないけど・・・・・・そろそろ止めさせるべきだろうか。

 だが少なくともテントの中の空気は先ほどと比べ物にならない程、活気に満ち溢れたものになっている。

 声を張り上げ、喧しく叫ぶ何処かの阿呆のせいだとは分かっているが・・・・・・その姿を見て、つい先日まで目の下に隈を作ってうなされていた人間だと誰が思うだろうか?


(催眠処置によるバックトリップ?・・・・・・いや、たんに空元気なだけか)


「ん、相変わらず社君はいい絵を見せてくれるわね」


 気だるげな声と共にシャッターを切る音が耳に響く。
 被写体になっている本人は気づいていないようだが、カメラを構えている女性の姿を視界に収めて更に溜息を付いてしまう。


「香月さん、あんな怪しい男を撮っても絵にならないと思うが」


「確かにね、でも日本人が欧州の難民キャンプで働く姿・・・・・・それなりに絵になると思うわ」


 言って再びカメラのシャッターを切る香月さん、わざわざ日本から来た従軍カメラマンだと聞いているが・・・・・・随分と仕事熱心なものだと感心したくなる。


(あれ?でも確か・・・・・・写真に自分を写すなって隆が言っていたような・・・・・・まぁ後で検閲でもするのかな)


「ふぅ~けっこう配給作業ってのもキツイな・・・・・・航空祭のとき手伝わなくて皆に睨まれたけど、当然だったわけだな」


 被写体だった対象が、そんなことを言いながら私の傍に置いてあったパイプ椅子に座り込む。

 当番の交代なのだろう、先ほどまで休んでいた少女が変わりに鍋の前に立っている。
 彼が手伝い始めて一時間足らずだが、その間も配給を求める列は途切れることなく並んでいる・・・・・・傍目で見ていても感じるが、かなりキツイ仕事に見える。


「お疲ね、社君・・・・・・だけどその様子を見るに身体はもう大丈夫なのかな?」


「おっと、ミツコさんいたんですか・・・・・・ええ、見ての通りなんとか・・・・・・って写真撮ってないですよね?駄目ですよ!!俺が写ったやつを提出しちゃ!!」


「ふふ、どうでしょう?・・・・・・じゃ私は他にいい被写体がいないか探してくるわ」


「ちょ、ちょっと!!遠くに行かないでくださいよ!!それと気をつけてくださいね~!!」


 先ほど私が忠告したせいか、タカシが去っていく彼女の背に慌てて声を掛ける。
 だが彼女は幾つもの戦場を渡り歩いてきた従軍カメラマン。
 タカシには悪いが、彼女のほうがタカシよりも堂に入った態度を見せているのでさほど心配するほどではないと思う・・・・・・民間人であるはずの彼女なのだが何故かそんな風に思ってしまう。


「はぁ・・・・・・妹といい姉といい、香月家の人間は唯我独尊だねぇ・・・・・・はぁぁ、にしても疲れたな」


「ん、お疲れさん」


 背伸びして呻く彼に一応労いの言葉を掛けてやる。


「ん?あぁ・・・・・・まぁ姫様方ほどじゃないけどな」


 苦笑しながら彼は言って姫様たちへ視線を向ける。

 その言葉で知ったわけではないが、二人の姫君は先ほどから休憩も取らずに作業を続けている。
 お付の者が何かを具申しているようだが、二人はそれに耳を傾けることなく、手を休めずに絶えず民に言葉を掛けている。
 
 この基地に駐屯してから三日が過ぎたが、お二人は毎日休むことなく、こうして民への食料配給に手を貸している。
 正直、少しは休んで欲しいのだが・・・・・・二人とも頑固だからどうしようもない。
 戦場帰りで疲れているはずなのだが、自分たちの体力が続く限りはこの作業を続けるのだろう。


「ほんと感心する姫様だ・・・・・・ってかアザリー、お前も手伝えよなぁ」


「出来るか、これでも立場があるんだからな・・・・・・それよりもタカシ、お前はこういった仕事が好きなのか?」


 半目で言い返しながら、疑問に感じていた言葉を投げかけてみる。

 作業に手を貸すタカシの姿、配給を受けている人たちには悪いが、多くの人のために作業を続ける彼の姿からはとても生き生きとした印象を受けた。


「ん?ボランティアのことか?・・・・・・まぁ、しいて言えば嫌いだな・・・・・・純粋に善意だけで行ってるボランティアなんて数える位しかないだろうし・・・・・・なんだって小ざかしい利権が絡むもんだ、ボランティアを食い物にしているやつもいるし、貧しい人間を助けて優越感に浸る奴もいる・・・・・・まぁ中には純粋に人のためになるからやってる奴もいるけどな」


「・・・・・・タカシは、どっちなんだ?」


 ちょっと癪に障る物言いだったが、そう言うこともあるかもしれないと自分を抑えて質問を続ける。


「まぁ誰かのためになる仕事は個人的には好きなんだが・・・・・・利益上げてなんぼの世界にいたからな・・・・・・それだけじゃ社会が廻らないことも知ってるし・・・・・・難しいもんだな」

 
 曖昧な答えを言って彼は苦笑を浮かべる・・・・・・ようは好きだということなのだろう、ヒトミに限らず帝国軍の連中からはタカシがどうしようもない甘ちゃん野郎だとは聞いている。

 背伸びなんかをしていたせいかオルフィーナ様が彼に視線を向ける、表情に乏しい姫様の視線に彼は小さく会釈しながら話を続けてきた。


「っても人の笑顔を見るのは好きだぞ・・・・・・個人的にはな。誰かの役に立っているって一番実感できるからな・・・・・・まぁ心の贅肉ってやつだよ」


「贅肉か・・・・・・羨ましいな」


 小さく呟いた言葉に彼が首を傾げて此方を見上げるが苦笑して誤魔化す。


 羨ましい、そう私は彼が少し羨ましい。

 先日の戦闘でのストレスでまいっていたようだが、後催眠を受けただけでこうしてまた普段の姿を見せるタカシの強さが・・・・・・正直羨ましく思う。

 飄々とした仕草を絶やさずに人の間を渡り歩き、絶えず人との繋がりを大切にする男。


 少なくともタカシのようなタイプの衛士など今まで見たことは無かった。


 さきほど、どうして私は自分の母のことをタカシに教えたのだろうか?

 話す必要も無いし、そもそも思い出したくも無い記憶なのに、なんでこんな男に言ってしまったのだろうか?

 彼の暢気な態度が気に触ったから?それとも彼にもっと注意して欲しかったから?


 わからない・・・・・・わからないが、少なくとも知っていて欲しかったのかもしれない。



 この風変わりで私を子ども扱いする変な男に、私のことをもっと知って欲しかったのかもしれない。


 きっと彼なら・・・・・・理解して同じように悲しんで、同じ思いを持ってくれると・・・・・・何処かで期待したのかもしれない。


「なんだよ、難しい顔してからに・・・・・・何か考え事か?他の奴に言えないようなことなら、話ぐらい聞くぞ?」


 グラサンを掛けた顔が、怪しいながらもにこやかな笑みを浮かべて私を見上げてくる。

 その笑顔を見たからじゃないけど、以前から感じていた疑問が自然と口から出てきてしまう。


「なぁ、前から一つ聞きたかったんだ・・・・・・私さ、昔あんたに会ったことあったか?」


「・・・・・・なんだ、変な質問してくる奴だな・・・・・・俺みたいなカッコいいお兄さんにあったことあるのか?」


「はッ、言ってろよ・・・・・・で、どうなんだよ?私が忘れてるだけで・・・・・・お前が知っていたらちょっと悪いからな」


「ふぅん・・・・・・一つ聞くが、どうしてそう思ったんだ?」


 質問され、言い淀んでしまう・・・・・・上手く言葉に出せないが、私に対する彼の態度がそう感じさせるのだ。


「なんとなくだよ・・・・・・なんとなくだけど・・・・・・私と話すとき・・・・・・こう間の取り方っていうか、こう言えばあ~言うみたいな・・・・・・なんか暫く一緒にいないと出来ない話し方をお前は最初からしていたからさ」


 自分で言っていて恥ずかしくなってきた、これじゃまるで私とタカシが長年連れ添った相棒や、一緒に暮らしてきた家族みたいだと言っているようなものだ。


「まぁ・・・・・・実際一ヶ月ぐらい一緒に住んでいたが」


「ん?なんか言ったか?」


「いや、なんでもない・・・・・・まぁお前の気のせいだアザリー、俺はお前と話したこともなければ、会ったこともない・・・・・・それは事実だよ」


「そうか・・・・・・うん、そうだよな」


 返ってきた答えに納得しながらも、何処か空虚な気持ちで頷く。

 本当に自分は彼と出会ったことはないのだろうか?彼が嘘を付いているだけではないのだろうか?私が忘れてしまっただけではないだろうか?

 だが、それをタカシが隠す必要は何処にも無いはずだ・・・・・・まぁ親父の隠し子だった、なんてオチも考えられるけど・・・・・・それはないよな?タカシ?

 
 内心で隣に座る男に呼びかけていると、基地へと続く舗装された道を数台の大型トレーラーが走っていくのに気づいた。

 トレーラーのサイズは戦術機を搭載できるほどの大きさ、一瞬デンマーク陸軍所属の車両かと思ったが、トレーラーの側面には星条旗の国旗が描かれている。


 米軍所属、そんな車両がデンマーク陸軍の基地に行く・・・・・・となるとアレに乗っているのは・・・・・・


「あれ~?何やってんっすか旦那?それにアザ中尉も?」


「あ、アザ中尉などと、略して呼ぶな!!ジャックッ!!」


 トレーラーの窓から顔を見せた男が、自然と口に出した言葉に思わず叫んでしまう。

 どうにも調子が狂う、米軍の衛士など本来なら馴れ合うべき相手ではないはずなのに・・・・・・あのグーデリアン少尉の馴れ馴れしい態度を何処かで許している自分がいる。


「おうジャックお疲れさん、ハティも其処にいるのか~?」


(そうだ、そもそもコイツが原因なんだ・・・・・・コイツのせいで隊の規律というか、風紀が乱れてる違い無い)


 暢気な様子でトレーラに近づいていく男の背に殺意すらこめた視線を向ける・・・・・・まぁ鈍いあの男が気づくことなどないだろうが・・・・・・


「はい、中尉殿、何か御用でしょうか?」


 生真面目な優等生ぜんとした顔を覗かせるロレンス少尉・・・・・・考えると彼女も米軍の兵士には珍しいタイプだ。
 大人しい、わけではないが普段は寡黙を貫き、ここぞという場面ではきちんと発言してくる。 
 以前、タカシが毒舌娘と言っていたが、グーデリアン少尉への対応に限っては確かに当てはまるかもしれない。


「ん、丁度いい、二人ともちょっと手伝え」


「手伝う?・・・・・・もしかして中尉殿、あそこの難民キャンプの作業をでしょうか?」


「おお、話が早くて助かるなハティ、二人とも機体は基地の隊員に任せて向こうを手伝ってくれ、静流さんへの報告なんて後でいいからさ、書類仕事よりは身体動かしていたほうがいいだろう?」


「そりゃ確かに、ってか旦那?身体はもういいんですかい?」


「おう!!心配かけたな二人とも!」


 言ってトレーラーの前で屈伸運動を始めるタカシ、あの空元気は一体何処から・・・・・・いややっぱり馬鹿なだけか?


「は、はぁ・・・・・・中尉殿がそう仰るなら構いませんが、日本への報告は済ませたのですか?」


「はい?なんのことだハティ?」


「いえ、確か中尉殿が以前、基地に戻ったら日本に連絡を取る必要があると・・・・・・定時報告があると言っていませんでしたか?」


「・・・・・・・・・・・・しまったぁぁぁっぁぁぁぁ!!」


 何かを思い出したのか、タカシが突然叫び声を上げてこっちに戻ってくる。


「アザリー!!通信室だ!!通信室に案内してくれ!!」


「お、落ち着けよタカシ・・・・・・一体なにがどうして・・・・・・」


 眼前まで迫ってきた隆の気迫に押されて後ずさってしまう、にも関わらず隆は此方を追いかけるように近寄ってくる。


「お、俺の身元引き受け人に・・・・・・いや飼い主・・・・・・ちゃう横浜のお母さんに・・・・・・ああ、もうなんでもいい!!とにかく横浜に連絡とらなくちゃいけないんだ!!長距離通信ができる場所に案内してくれ!!」


「わ、わかったから!!近い、近いってタカシ!!」


 意味不明な言葉を吐きながらどんどん近寄ってくるタカシを抑えつけようとするが、鼻息を荒くして寄ってくる勢いを止めることができない。


「やばぁい・・・・・・ホウレンソウは必須なのに、それを怠るなんて・・・・・・社会人として俺は失格だ!!ってか霞にも怒られるかもしれない・・・・・・ど~しよう」


 今度は青くなり始めた・・・・・・忙しい男だ、本当に。


「基地の通信室に案内してもいいが、日本までの長距離通信の使用許可となると直ぐにだせるかどうか・・・・・・ん、まてよ」


 思案しながらふと護衛対象である二人へ目が行った瞬間、一つの名案が脳裏に閃き早速私は行動に移し始めた。













 基地内・通信室


<オルフィーナ・ブリュッケル>


「ち、ちょっと夕呼さん、そんな言い方ないでしょう?こっちとらマジで死ぬかと思ったのに・・・・・・え?ひでぇ、人をゴキブリ見たいに・・・・・・だからぁ」


 通信機を前に、日本にいる誰かと話をしている彼の姿が私にはとても奇妙な存在に見える。

 社隆、帝国軍から欧州国連軍へ派兵された日本人。

 F/A-18の改良型に乗りガンナーを務める衛士。

 自分よりも年上の男、階級は同じ中尉。


 ―――後は、それ以外に何かあっただろうか?


「そう、そうなんですよ、機体が遂にオシャカになって・・・・・・ええ、生憎とピンピンしてますよ?あれ、夕呼さん、もしかして心配してくれ・・・・・・あぁ冗談です、冗談です!!はい、ですんで代わりの機体を用意してくれると非常に助かるんです、はい」


 ペコペコと通信機越しの相手に頭を下げる彼。
 彼が話している相手は誰なのだろうか?私も日本語までは習得していないので、彼がなんと言っているかは理解できない。


「ああ、そういえば前にそんなこと言ってましたねぇ・・・・・・EF-2000かF-22とか、そうそう見ましたよF-22、ありゃ凄い機体ですね、流石はアメリカが作った機体ですよ・・・・・・へ?近くの米軍基地に行って一機ぶんどってこい?・・・・・・い、幾らなんでもそりゃ無理でしょう・・・・・・あ、夕呼さんがちょっと一言向こうに言ってくれればなんとかなるかも・・・・・・へ?面倒だから嫌だ?・・・・・・ですよね~」


 額に汗を掻いてお辞儀していたかと思えば、今度は薄気味の悪い笑みを浮かべて笑う彼・・・・・・本当に理解できない、それよりも彼はどうしてサングラスを外さないのだろうか?


「まぁなんにしろ、俺が乗る機体がないんですよ・・・・・・帝国軍に出向中とは言え、国連所属の自分に帝国軍の備品を使う権利が無いんですよねこれが、欧州国連軍に頼むのにも帝国軍に在籍しているせいで話が上手く進まないし・・・・・・だからやっぱり夕呼さんから一言言ってくれれば・・・・・・頼みますよ~・・・・・・ね?使える手ごまがいなくなっちゃいまうすよ?ほら、夕呼さんも少しは俺のために動く気に・・・・・・ならない?・・・・・・またまた、実は心のどこかで思ってるくせに・・・・・・ね?誰にも言いませんから、ほんのちょっとくらい夕呼さんの本音が聞きたいな~」


 彼の仲間が誰も気にしていないので、自分も気にしないようにしていたのだが・・・・・・通信室の隅、長距離通信用の端末がある場所は決して明るいとは言えない。


「そうそう・・・・・・なんでもいいですから・・・・・・へ?X29?XF108?・・・・・・どっちか選べ?なんですかその機体、聞いたことのない名前なんですけど・・・・・・はぁ米軍の試作機ですか、そりゃまた凄いですね・・・・・・いえ、そんなもんを引っ張ってこれる夕呼さんが凄いんですけど・・・・・・あの~できればF-4とかF-15とか、百里でも整備できる普通の機体がいいんですけど・・・・・・我侭いうな?我侭って・・・・・・少しは俺の身にもなってくださいよ~これでも色々難癖つけられるんですよ?あれ?夕呼さん?・・・・・・もしも~し・・・・・・あれ、もしかして切られたか?」


 しかし、考えてみれば彼は戦術機の中でもサングラスを外さなかった・・・・・・つまるところ、彼はそう言う仕様なのだろう。

 マナミも『隆さんのサングラスを気にするだけ無駄です』といっていたのを思い出して納得する。


「・・・・・・ん?・・・・・・もしかして霞か?・・・・・・おお、元気してるか?」


 声のトーンが変わった、それまでの騒がしい口調からまるで教会の牧師が如く優しげで自愛に満ちた声を彼は発して・・・・・・いるような気がする。


「ん、ならよかった・・・・・・ああ俺も元気だぞ・・・・・・本当だって、俺が霞に嘘つくわけないだろう?・・・・・・そっち皆元気にやってるか?・・・・・・ああ・・・・・・ああ・・・・・・ヤレヤレ、相変わらずだな水月は」


 先ほどまでの作り物めいていた笑顔が、とても優しげな自然な笑顔に変わっていく。
 カスミ、それを口ずさむ彼の顔は優しさに満ちている・・・・・・もしかしたらソレは人の名前なのかもしれない。


「へぇ遙が・・・・・・そうか、うん、皆元気そうだな・・・・・・はは、だから大丈夫だって、俺も元気だよ霞・・・・・・でも霞の顔を見てないからちょっと辛いかな・・・・・・へ?写真を送る?い、いやいや、大丈夫だぞ霞、そんな気にしなくて・・・・・・って傍に夕呼さんいるだろう!?そんな嬉しい台詞を霞が自分から言うはずがない!!きっと夕呼さんが吹き込・・・・・・あ、いや、そうじゃないぞ霞、うん霞は優しい子だからな、自分からもきっとそんな言葉を・・・・・・」


 今度はシドロモドロになってワタワタと両手を世話しなく動かし始めた・・・・・・


 相手は大切な人なのだろうか?


 カスミ・・・・・・響きがとてもいい名前、確か花の種類で同じ名前があったはず。


 だが、とふと疑問に思う。


 彼は部隊の同僚から好意を受けている、これは見ていれば幾ら鈍感だと妹に言われる私でも気づく。


 何かと言い寄るタチバナ少尉。


 私と同じ小隊マナミ。


 彼と同じ小隊のヒトミ大尉。


 CPのシロサキ中尉。


 それにドイツのブリュッケル中尉。


 なのに、彼は電話口の相手に今まで見たことのないような声と笑みを送っている。


 多くの好意を受けているのに、彼はそれに答えずたった一人しか見ていないとでも言うのだろうか?


 それが悪いことなどと言うつもりは無い、そこまで一人の女性を思う気持ちは素晴らしいものだとなんとなく理解できる。


 けど私には、そんな相手もいなければ、私がそうまでしたいと思う相手もいない・・・・・・だから少し、彼が羨ましい。


「おまたせ、無理言って悪かったなオルフィーナ中尉」


 考え事をしていた思考が彼の言葉で中断されてしまう。
 
 何時の間にか目の前に彼が立っている、話はどうやらすんだ様子だが・・・・・・そう、これもだ・・・・・・彼は私を特別扱いしない・・・・・・極々自然にこうして声を掛けてくる。


「もう、いいの?」


「ああ、用件は一応済んだ・・・・・・どうなるかチトわからんが・・・・・・まぁなんとかなるだろう」


 言って朗らかに笑う彼と並んで廊下を歩き出す。


「さて、確か西地区のリルフォートだったよな?」


 彼が問う場所、突然連絡があった三澤大尉が指示したブリーフィングを行う場所。

 でもそれが建前で、本当は戦場から皆が無事戻ったことを祝う会を催すと聞いている。ファーナには先に言って貰って店の確保と周囲の警護を頼んである。
 基地内のPXでもいいと思うのだけど雰囲気が必要らしく、ナルサスアークにある数少ない歓楽街でやることになった、ファーナが何か不満を漏らしていたけど・・・・・・マナミが立ち直ったと聞いて、嬉しそうだったのを私は見逃さない。


「ええ、皆、きっと待ってる」


「ん、だな、思ったよりも長電話しちまったか・・・・・・まぁ連中を待たせるのはどうでもいいけど、あんな何も無い場所で待たせて本当に悪かったよオルフィーナ中尉、正直、ファーナ中尉と先に行っててくれてもよかったんだが・・・・・・」


「貴方が場所、わからないと思って」


「ああ、それもそうか・・・・・・悪い、助かるよ」


 彼の謝罪に首を縦に振って答える・・・・・・そんな私の仕草に彼は小さく嘆息したかのように吐息を漏らした。

 きっと、私の対応に肩透かしを感じたのだろう、言葉が少なすぎると良く妹から言われているが・・・・・・母からは誠実な娘として生きろと言われている。

 そして第二皇女として、恥ずかしくない振る舞いと、絶えず影に隠れる生き方を・・・・・・母は望んでいる。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 無言で二人、廊下を歩く。

 彼はとても賑やかな人間だ、短い付き合いだが彼が楽しそうに部隊の仲間と笑い合っている光景は幾度と無く見てきた。

 そんな彼が、こうして無言で私と一緒にいる。

 やはり、私が言葉少ない人間だからだろうか?

 それとも私と話をすることを彼は望んでいないのだろうか?



 もしかして・・・・・・彼は私に合わせてくれているのだろうか?


 彼が無駄に周囲に気遣いが過ぎる人間だとはマナミから聞いて、短い間だけど彼を見てきてそれを理解した。


 だからきっと・・・・・・この人は私に一番負担が掛からない接し方を心掛けている・・・・・・そう思う。


「・・・・・・社中尉、ひとつ、聞いていい?」


「ん?なんだ?」


 珍しいものを見るような目で彼が私を見ている。

 その視線を真っ向から受けながら、先ほど聞いた会話で疑問に思ったことを彼に問いかけてみた。


「霞・・・・・・それが中尉の大切な人?」


 問いに彼は口を小さく開けて驚きの表情を一瞬だけ作り、直ぐに苦笑を浮かべてそれを誤魔化した。


「ああ、そうだな・・・・・・横浜・・・・・・いや日本にいる俺の妹なんだ」


「?」


 帰ってきた答えに再び疑問を感じる。

 大切な人、てっきり橘少尉が気にしている彼の恋人かと思ったが、彼は妹だと言う。

 妹が大切な人・・・・・・中世では近親婚は当然のことだったが、今のご時勢、幾ら男子の数が減っているとはいえ禁忌を犯すのは人としてどうかと思う。


「・・・・・・」


「その目、何か勘違いしてるだろうオルフィーナ中尉?」


 そんな目をしていただろうか?迂闊、自分としたことが・・・・・・軽く頭を振って否定するが、彼は歩きながら小さく溜息を付いた。


「一応、言っておくが橘が騒いでいる俺の婚約者とは違うからな・・・・・・まぁ霞が成長して大人になれば・・・・・・ゲフンゲフンッ」


「空調、動いてない?」


「いや、なんでもない・・・・・・それでだ、俺の婚約者はちゃんといる、麻美って俺なんかには勿体無い女がな」


「・・・・・・そう」


 正直、自分で聞いておきながらソレはもうどうでも良かった。 
 彼が言った妹、その彼女のことで頭が一杯になってしまった。

 彼は妹が大切な人だと頷いた。
 妹、私にとって妹はファーナ・・・・・・他にもいるけど、今まで身近にいて一番一緒にいたのはファーナ。

 
 妹が大切・・・・・・なぜ?継承権が高い兄や姉ならともかく、どうして下位の妹が大切なのだろうか?


 理解できない、妹は・・・・・・そして弟は、【予備】に過ぎないのに。


「・・・・・・オルフィーナ中尉はフェノンリーブ少佐の婚約者なのか?」


「???」


「なぜそこで不思議そうな顔をするんだ?・・・・・・違うのか?ファーナ中尉がそんなことを言っていたような気がするんだけど・・・・・・」


 即座に答えることは出来なかったが彼の言うことは間違いではない。

 デンマークの第二皇女の相手として相応しい男性・・・・・・欧州から多くの民が退避するにあたり、最後まで防衛線を守り通し多くの民を救ったドイツの英雄。

 デンマークとドイツの親友性もあるが、それを抜きにしても少佐の家柄と行いから見て王室に迎え入れるのに何ら不都合のない相手。既婚者ではあったが、奥様は既に先立たれているので何ら問題は無い。

 そして私との間に優秀な子供が生れるとことも望める・・・・・・陛下が認めた相手としてコレほど相応しい相手もいない。


「ええ、その通りです、私は少佐の伴侶となるべく決められています」


「ん?決められている?・・・・・・もしかして・・・・・・生れた時から決まっていたとか?」


「いえ、違います・・・・・・正確には8年前、欧州がBETAに占領された直後、デンマーク王室が血筋の保護と優秀な血統を生み出すために選びました」


「はい?ってことは何か?・・・・・・君は自分自身が好きだから少佐に言い寄っているわけじゃないと?」


「・・・・・・」


 肯定なので頷く、それを不思議そうな顔で見ている彼・・・・・・何が疑問なのだろうか?


「ああ、まぁ・・・・・・そのなんだ、王族だとか貴族にとって、血の繋がりだとか守るべき家柄ってのが個人の意思よりも大切にされるのは・・・・・・まぁわかる・・・・・・かな」


「?」


 言葉を詰まらせながら彼を言った言葉に首を傾げる・・・・・・当たり前のことを言う彼、何を疑問に思っているのかやはり理解できない。


「いやでも納得できん・・・・・・なんかさぁ、オルフィーナ中尉がどうにも霞と被るんだよな・・・・・・霞が仕組まれて好きでもない相手と結婚するなんて・・・・・・・・・・・・兄ちゃん絶対に許さん!!」


「ッ!?」


 突然声を荒げた彼に思わずビックリしてしまう。

 ただ、カスミ、という名の彼の妹はそんなに私に似ているのだろうか?



「っても俺にはそんな立場になったこともないし、背負ったこともない・・・・・・そんな俺が言うのもなんだけど。でもさ、好きでも無い人・・・・・・いや、違う、本当に自分が好きな人と一緒になるのを願うのが・・・・・・女の子の本音じゃないのか?」


「わかりません・・・・・・それに私が望むのは祖国の繁栄と、優秀な血脈を作ることです・・・・・・そう教えられました」


 国を引き継ぐのは兄か、姉だろう、私は二人の剣となるべく戦場に立ち、自分に続く優秀な剣を生み出したいだけ・・・・・・そのために私がいるのだ。


「ああああああ、その物事を理解してなくて、他所から得た知識に飲み込まれているあたり・・・・・・霞に通じる部分がある!!せめて本音では『愛しいあの人と結ばれたい』とかあればいいんだが・・・・・・いい、わかった!!俺がなんとかしてやる!!」


「なんとか?」


「ああ、まかせろ!!これでも何組ものカップルを作ってきた俺だ・・・・・・オルフィーナ中尉が少佐を好きになるように仕向けてやる・・・・・・ん?おかしいかこれ?まぁいい、君が誰かを好きになれるように俺が全力で教えてやる!!いいな!!覚悟しとけ!!」


 言って指を突きつけてくる彼・・・・・・本当に不思議な人だ、私にこんな態度を見せる人なんて今まで誰もいなかった。


「社中尉、そんな時間があるなら少しでもBETAに対抗する戦力を・・・・・・」


「そんなのは今は二の次だ!!どうせ暫く戦闘には出れないって静流さんも言っていたからな・・・・・・なぁに時間はある、ゆっくりと仕込んでやるぞオルフィーナ中尉・・・・・・いやオルフィーナ!!」


「・・・・・・呼び捨て?」


「ん?勢いで言ってみたがやっぱり不味いか?・・・・・・そ、そうだよな、一国の姫君を呼び捨てなんて流石に・・・・・・」


「構わない、好きに呼べばいい」


 そう、そこまで私を持ち上げる必要は無い。
 敬うべきは兄と、姉、私なんかにそこまで畏まる必要は無い。

 だが彼はそんな私のために何かをすると言う、だから私は・・・・・・目の前にいる変わり者の男の好きなようにさせることにした。












ナルサスアーク・西地区歓楽街

<三澤 静流>


「ちょっと遅いわよ隆!!」


 遅れてやってきた隆とオルフィーナ中尉に文句を吐く橘。
 それに苦笑で答える隆は昼に見たときと同じく大丈夫そうに見えるが・・・・・・背後にいるオルフィーナ中尉の表情が何処か普段と違う・・・・・・何がと聞かれると即答できないが、昨日までの彼女と何処が違う気がする。


(隆・・・・・・また何かやったな)


 手癖の悪い、その癖自覚症状の無い部下に呆れつつ、全員が揃った席を眺める。

 思い返せば、欧州へ来たばかりのときもこうして全員で席を囲んだ記憶がある・・・・・・ああ、瞳とアザリーは確かいなかったが。

そんな連中が、またこうして顔を付き合わせて笑っている・・・・・・BETAなんて化け物を相手にしながら、全員生きて帰ってきた自慢の部下たちに心の中で密かに感謝した。


「はいはい栞、隆さんはああ見えても病み上がりなんだから・・・・・・あら?隊長?どうしたんですか」


「いや、なんでもない・・・・・・さてブリーフィングと言って集まってもらったわけだが、見ての通りただの慰安会だ、以前少佐のご厚意で開いてもらったものに比べれば拙いが・・・・・・生憎と私の懐ではコレが限界なのでな」


 そう言うと全員が微笑を浮かべる。
 食事や酒などが二の次に過ぎないことくらいは全員もわかっているのだろう。

 ファーナ中尉が上等な食事を用意させると言ってくれたが、それではココでやる意味が無い。

 テーブルに並ぶのは簡単な食事と幾つかのワイン、姫君たちには物足りないかもしれないが、難民キャンプがある街でそうそう豪華な振る舞いをするわけにもいかないだろう。


「では皆、よく生きて帰ってきてくれた・・・・・・ありがとう、ささやかだが好きに楽しんでくれ」


 だから精々部下たちに楽しんでもらうとしよう、軍も階級も関係なく・・・・・・一個人として。





「なぁ橘、い、いいのか?ねぇ、これ飲んでもいいなかなぁ」


 早速、ワインの入った瓶を手に取りながらタカシが期待を孕んだ声で隣に座る橘へ聞き始める。


「ち、ちょっと隆、なに子供見たいになってるのよ・・・・・・思わずナデナデしたくなるじゃない」


 そんな彼の態度に身体をクネクネさせる橘・・・・・・たいしたことでも無いのに随分と幸せそうに見える。


「その様子じゃ、良くなったみたいだな隆」


「ああ、ってか久志、お前出歩いて大丈夫なのか?」


「まぁな・・・・・・折角楽しいことが起こりそうな宴があるって知ったんだ、なんとしてでも参加するのが俺だろう?」


 骨折した右腕を吊りながら桐嶋がニヤリト笑う、どうでもいいが隆は桐嶋と川井を名前で呼ぶようになったようだ・・・・・・私も今度からそうするかな。


「けッ、言ってろよ・・・・・・だけどなぁ・・・・・・冷静になって考えてみるとさっきまで配給作業してた俺がこんなに飯食えるなんて・・・・・・なんだか申し訳ない気持ちになってくるなぁ」


「辛気臭いこというなや、わいらはBETAと戦うことが仕事なんや、飯食って力蓄えるのは当然やろ?そないなことぐらいとっとと割り切れや・・・・・・むぐむぐ」


 確かにその通りだが、少々飛ばしすぎた川井・・・・・・一人で全部食べる気か貴様は?


「まぁ確かに・・・・・・それじゃ御呼ばれされるとしますか」


「旦那!!酒は飲める口なんだろう?こないだはどうにも盛り上がらなかったからな・・・・・・今回は大いに飲んでくれよ?」


「はぁい社中尉、お昼はご苦労様・・・・・・病み上がりなのに手伝いにくるなんて、ほんと貴方って変な人ね」


 意気揚々と隆がワインのコルクを空けようとした瞬間、ジャックが横手から瓶を奪い取りあっさりとコルクを開けてしまう。
 それを受け取ったアルフが隆のグラスに透明な液体を注ぐ・・・・・・ふむ、白ワインだったようだ・・・・・・私は赤がいいんだが・・・・・・


「ハティ、その瓶は赤か?」


「は、はい大尉殿・・・・・・ロゼですねこれは、お注ぎいたしましょうか?」


 隆なみに気が利くハティは言って私のグラスにワインを注いでくれる・・・・・・彼女の身長では私のいる場所は少し遠かったようだ、必死になって腕を伸ばすその姿に思わず苦笑してしまう。

 
「ちょ、ちょっとタカシ!!お前、何処見てんだよ!?」


「ッ!?な、なんのことだアザリー?」


 弛みきった顔でアルフの酌を受けていた隆がアザリーの言葉に身体を震わせる。


「お前・・・・・・いまトゥルーリ少尉の胸見てただろう?サングラスで目元が見えなくてもバレバレだぞ!!」


「な、何言ってやがる!!俺はこのワインに目を奪われていただけだ!!それ以上でもそれ以下でも無い!!」


 いや隆説得力ないぞ、どう見てもお前自分にしな垂れかかったアルフの胸見て鼻の下伸ばしていた・・・・・・だが、そうか・・・・・・ふむ、この脂肪の固まりも十分武器になるわけだな。


「あら中尉?ほんと?・・・・・・いいわよ、このままベットにいく?酔い過ぎるとタツものもタたなくなるっていう話だからね」


「ちょぉぉぉぉっと待ったアルフ!!生憎と隆はそんな色仕掛けに乗らないわよ!!私が今までどんなにその手を使ったか・・・・・・って隆!!なにその弛みきった顔!?・・・・・・待って、もしかして私に足りなかったのは色気!?胸じゃなくて色気なの!?ってことは無い乳娘はやっぱり隆の眼中にないわけね!!」


 そんな橘の発言に二人ほど・・・・・・テーブルに突っ伏して痙攣している娘がいる・・・・・・誰かは察してやってくれ。


「はい、あ~んなの隆さん」


 だがそんな空気をぶち壊す娘が一人。
 天然、THEゴーイングマイウェイ、何気に空気を読んでると噂の瞳が、フォークに突き刺したニンジンのソテーを隆に差し出している。

 そう、空気を読んだに違いない・・・・・・このままではアルフと橘に全てを持っていかれると判断し、自らが行動に出たに違い無い!!


「い、いや瞳ちゃん・・・・・・それはちょっと・・・・・・」


「瞳ちゃん?」


「ひ、瞳・・・・・・そのなんだ・・・・・・なんか積極さに磨きがかかってないか?」


 瞳に涙ぐまれた隆が慌てて言い直す・・・・・・自分から周囲の地雷を踏むとは・・・・・・やるな隆。


「がるるるるるるるるッ!!」


「し、栞さん、そんな唸らないでください・・・・・・あれ葵さん?どうしてそんな据わった目をしてるんですか・・・・・・あ、あははははは、なんだか久しぶりだなぁ、この緊張感」


「マナミも大変ね・・・・・・ん?このワインあまり美味しくはないわね・・・・・・姉さんもそう思わない?・・・・・・あれ?姉さん?」


 我関せずといった様子でグラスを傾けて喚く連中を見ていたファーナ、そんな彼女が問いかけた姉はと言うと・・・・・・


「・・・・・・ヒトミ大尉、一つ聞いていい?」


 いつの間にやら、瞳の傍に座っていた。


「なに~オルフィーナちゃん?」


「「ちゃん!?」」


 ファーナとアザリーが目を剥くが・・・・・・瞳に常識的なものを期待するだけ無駄だとまだ分からないのか?


「ヒトミ大尉は、社中尉が好きなの?」


 ガタガタガタッ!!
 いつも通り、抑揚の無い声で呟いた彼女の質問に幾つかの椅子が後ろに倒れる。


「うん、そうなの~好きなの~」


 ガタガタガタッ!!
 更に複数、椅子が倒れる。


 面白そうな顔で二人を見る私ほか数名・・・・・・焦り顔の隆と、驚愕を顔に貼り付けた娘たち。

 
 相変わらず、隆は場の雰囲気を面白いものにしてくれるものだ。


「そう、他にも好きな人はいるの?」


「ふぇ?うん、皆好きだよ~さっき真奈美ちゃんをギュッギュッしたの~小さくて柔らかかったの~」


「・・・・・・はぁ~」×複数


 続いてオルフィーナが漏らした質問の答えに何人かが深い溜息を付く声が聞こえる。


「なるほど・・・・・・そういう訳か、これではあまり面白くないな」


 そんな中、全てを見透かしたかの如く桐嶋が一人で頷いていたりする・・・・・・何処からか取り出したカメラを構えながら。

 何時もであれば、隆がすかさず突っ込みをいれるのだろうが・・・・・・隆は天を仰ぐようにして脱力している、周りにも似たような連中が多数・・・・・・隆、どうでもいいがグラサンがずり落ちてるぞ。


「なんだ・・・・・・短いやりとりだったくせにエライ疲れたぞ・・・・・・一瞬、修羅場に巻き込まれるぐらいなら戦場のほうが良いと思った俺がいる」


「旦那!!それはきっと酒が足りないからですって!!ほらどんどん飲んでくださいよ~!!」


「あ~ジャック~私も飲みたいの~」


「あ~馬鹿らしい・・・・・・真奈美、私にもそのワイン頂戴」


「ほんとね、マナちゃん私にもグラス取って」


「あ、はい!!えっと・・・・・・ワイン、ワイン・・・・・・何が違うんだろコレ?」


「瀬戸少尉、こっちがロゼいわゆる赤ワインですね、こっちヴェルモットと言われる白・・・・・・食前酒に使われる飲み口がいいワインです」


「あ、ハティ、私にも頂戴~ほら栞、どんどん飲んでぇ・・・・・・さっきはごめんなさい、私・・・・・・貴女一筋だから」


「ぶほッ!!」


「洋平・・・・・・突然噴出すのはどうかと・・・・・・飯を食うのが好きなのはわかるが、テーブルマナーぐらい守って欲しいのだが」


「ね、姉さん!!さっきの一体なに!?どうしたの突然!?」


「気になったから」


「な、なにが?」


「・・・・・・社中尉の考え」


「ッ!?」


 声にならない叫びを上げるファーナの様子が面白くて笑ってしまう・・・・・・どうやら何時の間にかオルフィーナも隆の影響を受けたようだ

 宴も加速してきたのか、部下が思い思いに楽しんでいるように見える。それは大いに結構なことなのだが・・・・・・


「いや~旦那!!いい飲みっぷりっすね!!こんなことならもっと早く一緒に飲んでればよかったっすよ!!」


 何やら不吉な話し声を耳にして、其方に視線を向ければ・・・・・・陽気な顔でジョッキを掲げるジャックの傍に顔を伏せて沈黙している酒乱が一人。


「た、隊長・・・・・・大丈夫ですかね、アレ?」


「知らん」


 恐る恐ると言った様子で聞いてくる真奈美にそう即答することしか出来ない。
 見れば、日本から来た連中以外は全員不思議そうな顔をしている・・・・・・いや、若干一名、暢気に首を傾げている娘もいるが・・・・・・


(流石に他国で日本人の失態を見せるわけにもいかんか・・・・・・)


 などと思い、隆のストッパー(この場合生贄とも言う)になろうと腰を上げた瞬間、店の外から何やら騒がしい声が聞こえてくる。


「?」

 
 部下達(グラサン除く)もそれに気づいたのか視線を店の出入り口に向けている。
 聞こえてくる声は、恐らく周囲を固めているデンマーク軍のSP達が上げる声だろう・・・・・・店に入ろうとしている誰かを止めているようだ。


「るせぇ!!他の店が満員なんだよ!!貸切だかなんだか知らないが戦場で疲れた衛士を労うって気がお前らにはないのか!?」


 などと喚きながら何人かの衛士が店に入ってくる。着ているフライトジャケットを一目見て、彼らが米軍の衛士であることは一目見て分かった。

 正直、またかと内心で嘆息してしまうが・・・・・・そう思ったのはどうやら私だけではないようだ。


「なんだよ、しけた連中のくせに貸しきりだなんて、いい根性してるじゃねぇか?」


「いやいやよく見ろよ、女のほうはけっこう上玉揃いだぜ?」


 ズカズカと店内に侵入してきた米衛士が下品な笑みを浮かべながら話し始める。
 どうでもういいが、自分たちの言ってることが国際問題になりかねないことを、この連中は知ってるのだろうか?
 
 日本から来た自分たちはともかく、デンマーク王室の二人に下衆な視線を向けての言葉・・・・・・王家の人間がいる場所に彼らの侵入を許したSPの不甲斐無さに舌打ちしたくなるが、幾らここがデンマーク領内とはいえ、米軍が持つ影響力を考えると彼らも強気に出れなかったのだろう。


「ん?お前らどっかで見た顔だな・・・・・・ああ、スカパ・フロー基地にいた腰抜けの仲間か?」


 しかも、どうやら以前絡んできた米衛士が混ざっているようだ。
 それとなく人数を確認する、全部で四人・・・・・・そのどれもがアメリカ人らしい、良い体格の持ち主だ。 


「は、こっちとら半島の防衛線に借り出されて死ぬ思いしてきたってのに・・・・・・いい気なもんだなぁ?こんな場所で優雅にパーティかよ」


 一人の漏らした言葉に・・・・・・私を含め、全員の雰囲気が剣呑としたものに変化する。

 こいつ等は今なんと言った?半島で命を掛けた?空母や戦艦からの十分過ぎる支援を受けて戦っていた連中が言う台詞か?


「ちッ、戦うこともできねぇ腰抜け連中なら、せめて俺たちの接待ぐらいしろってんだ・・・・・・おい、姉ちゃんちょっと付き合えや」


「な!?放しなさいよ!!」


 米衛士の一人が、手近にいた葵の肩を強引に掴む。


「そう邪険にするなって、なに悪いようにはしないからよ・・・・・・こないだの腰抜け野郎みたいな奴しか知らないんだろう?俺がきっちり仕込んでやるよ」


 下衆な笑みを浮かべて一人がそう言った瞬間、部下を含め全員が席を立とうとするよりも早く・・・・・・一本の酒瓶が宙を舞う。


「おっとッ!!・・・・・・てめぇ、なんのつもりだ!?」


 それでも流石は衛士というところだろうか、突然投げつけられた瓶をすんでのところで回避した米衛士が怒りを剥き出しにして投げつけた本人・・・・・・隆に向かって吼える。


 吼えられた本人はと言うと・・・・・・


「・・・・・・」


 無言で幽鬼のように立ち上がり・・・・・・ゆっくりとした足取りで、葵を掴んでいる米衛士へ近づいていく。


 誰もが隆の静か過ぎる態度を黙って見ていることしかできない。
 今までと明らかに違う隆の態度に私もどうすべきか逡巡していると・・・・・・


「ああ、てめぇこないだの腰抜け野郎だな?さっきのなんの真似だ?・・・・・・はッ!アレか?腰抜けなりに虚勢でも張ったってか?イエロー如きが何を偉そうに・・・・・・ほら、また頭下げたらどうだ?それとも土下座か?切腹か?」


 言ってゲラゲラト笑い出す男・・・・・・


「おい・・・・・・ド田舎ヤンキー、なに人のもんを無碍に扱ってんだ?」


「はぁ?人のモン?・・・・・・ははぁん、この女、お前のつれか?」


 隆の言葉にニヤニヤと下品な笑みを浮かべる男・・・・・・だが、そんな下品な男に掴まれた葵はと言うと・・・・・・


「た、隆さん・・・・・・それって私のこと・・・・・・」


 顔を真っ赤にして隆を見上げている、期待と希望に満ち溢れた瞳で・・・・・・それと裏腹に、橘が瞳から光を無くしてフラフラとしているのだが・・・・・・ナイフを片手に持って・・・・・・まぁどうでもいいか。


「酒が一本無駄になったろうが!!避けるんじゃねぇよ三下!!普通、この場合は脳天に直撃受けて気絶しろよ!!少しは空気読めやコラッ!!」


 激昂して叫ぶ隆・・・・・・ん、葵が崩れ落ちたか・・・・・気を落とすな・・・・・・それよりも橘、小躍りするんじゃない・・・・・・嬉しい気持ちは分からんでもないが。


「な、なんだてめぇ!?」


「うるせぇ!!見ろよこの雰囲気!!どうしてくれんだコレ!?全員やる気満々だったんだぞ!!てめぇが大人しく脳天に瓶食らってればそのまま開戦だったものを・・・・・・どうしてくれんだこの空気!?責任とれやこらぁ!!」


 どうにも筋が通ってないが・・・・・・まぁ酒入ってるから当然か・・・・・・それにしても隆の酒乱は手に負えんな。


「チッ・・・・・・ったく、これだから田舎もんが・・・・・・待ってろ、今新たな切欠を作ってやる」


 そう言って隆はテーブルに載った別のワインに手を伸ばす。


「田舎もんだぁ?極東でカタナ振り回してチャンバラやってるイエローに言われたかねぇなぁ?」


「その島国一つの土地代・・・・・・正確には東京都だけの値段で・・・・・・てめぇの国が丸まる買える価値があったのを知ってるのかねぇ・・・・・・少しは経済新聞くらい見ろよ、ド田舎ヤンキー・・・・・・ほんと天然記念物クラスだぞ?今時てめぇら見たいなのは」


(はて?・・・・・・そんな事実があっただろうか?)


 今一意味不明な隆が漏らした発言に首を傾げていると、ワインの入った瓶を開け・・・・・・おもむろに瓶を傾ける隆。
 重力に従い流れ始める紫色の液体・・・・・・天然物のワインなど次は何時飲めるかもわからないのに、勿体無いことをしてくれる男だ。


「な!?何にすんだ、てめぇ!!」


 まるでソレしか言えないのか、先ほどから何度も叫んだ言葉をまたもや叫ぶ米衛士。
 瓶を手にした隆の行動を見て、恐らくそれで殴りかかってくると思っていたのだろう・・・・・・だが、生憎と隆は全く予想もしていなかった行動に出た。


 すなわち・・・・・・


「ぷぷぷっ、その年でお漏らしですか僕ちゃん?ママに怒られちゃいますね~?」


 などと口に手を当てながら米衛士のズボンにワインを掛け続ける隆。


「子供の喧嘩かいな・・・・・・」


 川井が呆れたような言葉を漏らした直後、怒りで顔を真っ赤にした米衛士が葵から手を放して隆に掴み掛かって行く。
 

「ふざけやがって!!痛い目見ないとわかんねぇみたいだなぁ!!」


「ふん、田舎の餓鬼にはこれぐらいがいいんだよッ!!かかってこいやぁ!!相手してやる!!」


「・・・・・・餓鬼はお前も同じだ」


 意気揚々と構える隆に外野から野次が飛ぶ。
 確かにアザリーの言う通り隆の行動は餓鬼以外の何者でもないが・・・・・・それよりも、やる気満々なのはいいが隆の実力ではあの衛士にはとてもではないが・・・・・・


「へぶしッ!!」


 奇妙な声を上げて隆が殴られて吹き飛んでいく。
 わかっていたことだが、隆の格闘能力で体格の良い米衛士の相手が務まるはずが無い。


「隆さん、ちょっと大丈夫!?」


 椅子を何脚も巻き込んで床に転がった隆に葵が駆け寄る・・・・・・さて・・・・・・後は葵に任せておけば大丈夫だろう。


「さて・・・・・・尊い仲間が一人散ってしまったな、どうするお前たち?」


 小さな声で皆に意見を求めた直後、数人がガタッと音を立てて椅子から立ち上がり、米衛士の前に立ちふさがる。


「そりゃなぁ・・・・・・大事な仲間が殴られたわけや、しっかりとお返ししないといけないわなぁ」


 川井が獰猛な笑みを浮かべて答えてくる。


「ああ餓鬼臭い仲間だけど・・・・・・アイツを殴っていいのは私だけだ」


 自分が何を言っているのか理解しているのかと聞きたくなるが、アザリーがそう言いながら拳を鳴らす。


「・・・・・・この人たち、嫌い」


 オルフィーナも小さな声だがはっきりと意思を示す。


「ヤレヤレ・・・・・・こないだは見逃したってのに・・・・・・こうまで米軍の評判を落とすとなると・・・・・・修正が必要だなこいつ等には」


 ジャックが言って上着を脱ぎ始める。


「お、おい・・・・・・こいつ、グーデリアンだぞ?それにロレンスまでいやがる・・・・・・こいつら、もしかして半島で最後まで戦っていう国連軍の生き残りじゃ・・・・・・」


「あ、ああ・・・・・・俺も聞いた、米軍の衛士が所属している国連部隊・・・・・・なんでもドコゾの王室が絡んでるとかなんとか・・・・・・」


 漸く何かに気づいたのか、揃って浮き足立つ米衛士たち。


「いつっっ・・・・・・くそぉ!!やっちまえ!!俺のカプセル怪獣たち!!」


「た、隆さん、じっとしてて!!」







 まぁなんにしろ・・・・・・その一言で乱闘が始まった。







「ファーナ様!!ご無事ですか!?米軍の兵士が静止も聞かずに無礼を働いているとの知らせが・・・・・・」


「え、ええ・・・・・・大丈夫、気にしないでいいわ・・・・・・え?店の中?ちょっとはしゃいでるだけだから気にしないで・・・・・・ほんと、姉さんが自分から行くなんて珍しい・・・・・・え?な、なんでもないわ、気にしすぎると美しくないわよ」


「城崎中尉!!話は聞きました!!乱闘なら整備班総出て助太刀します!!米軍の連中に一羽吹かせるチャンスなんてないですからね・・・・・・ボコボコにしてやりますよ!!」


「ち、ちょっと皆落ち着いて!!そんな事実ないから!!店の中では・・・・・・そう、ちょっとしたお祭りを・・・・・・ほら隆さんの噂聞いてるでしょう?お酒を飲むと手が付けられないって・・・・・・そ、そうセクハラがね、そのせいでちょっと騒ぎが・・・・・・え?誰が被害に?・・・・・・えっと・・・・・・瞳大尉かな?・・・・・・ど、どうしたの皆!?そんな血走った目をして・・・・・・え?カメラとって来る?・・・・・・そ、そう気をつけてね」


「少尉殿、乱闘との報告を受けて来たのですが、どう言うことでしょうか?もし私闘をしているようでしたら、今夜は全員営倉に入って頂くことになりますが?」


「あら?それって脅し?へぇ、いい度胸ねMPの軍曹さん・・・・・・その前に私に骨抜きにされない自信、あるかしら?・・・・・・どうしたの?もう前かがみになちゃって・・・・・・可愛い坊やね」


 葵とファーナ、そしてアルフが店に集まってくるMPや関係者を必死に宥めている・・・・・・宥めている?誤魔化して脅していると言ったほうが正しいか・・・・・・



「こぉの!!チビが!!」


「チビ!?チビ言うたなお前!?確かに170はないけど、ワイにチビなんて言うとはええ度胸や!!」


「ぐはッ!!・・・・・・つ、つえぇ・・・・・・てめぇ!!一瞬女かと思ったが違うな!!その平な胸が何よりの証拠・・・・・・ごはっ!!」


「いい度胸だ貴様・・・・・・人が気にしていることを・・・・・・骨の一本や二本で帰れると思うなよ?」


「う、うう・・・・・・手を出したら物凄く不味い気がする・・・・・・ああぁなんでこんな貧乏くじを引いたんだ俺は?」


「こないの?・・・・・・じゃぁ・・・・・・さよなら」


「くそがッ!!なんでお前がこんな連中に肩入れすんだよ!!米国人としての誇りを売っちまったのかグーデリアン!?」


「そんなんじゃねぇよ・・・・・・ただてめぇらの態度が気に入らなかっただけだ、俺に言わせればお前らこそアメリカの面汚しだ・・・・・・大人しく星条旗に向かって土下座するんだな」


 とまぁ加勢するまでもなく、四人の米衛士を圧倒している部下たち。若干一名、同情の余地があるが・・・・・・運がなかったと諦めてもらうしかない。


「あ、ああああぁジャックの馬鹿が、こんなことがウォーケン少佐の耳に入ったら・・・・・・ふぅッ」


「あ、ちょ、ちょっとハティさん?なんで気絶してるんですか!?ってか皆落ち着いて~~~~このままじゃお店が滅茶苦茶になっちゃいますよぉぉぉ!!」


「いいのよ真奈美そんなの!!どうせ軍が・・・・・・ううん、姫様か葵の力でこんな店くらい新築にできるはずよ!!」


「皆~頑張ってなの~」


「いけぇぇぇぇ!!そこだ!!パンチだロボッ!!」


「隆、盛り上がっているとこ悪いが一ついいか?」


 一体誰に指示を出していたかは知らないが、勝手気ままに叫んでいた隆へ桐嶋が声を掛ける。


「ん?なんだよ久志?」


「素朴な疑問なんだが・・・・・・前回は及び腰だったお前が、なんで今回は自分から手をだしたんだ?酒のせい・・・・・・だけではないだろう?」


「確かに、それは私も気になるところではあるな」


 乱闘を続ける部下たちから離れてワインを飲んでいたが、桐嶋の質問に同意しながら隆へ近寄る。


「はぁ、なんでって・・・・・・俺の信条の一つに長いものには巻かれろって言葉があります」


「ほう・・・・・・それは殊勝な心がけだな、それで?」


「いえ、最初はねアメリカの顔色伺ってないと不味いかと思ってたわけですよ・・・・・・日本国内じゃないし、ここは外国で言っちゃ悪いけどアメリカの影響が強いですからね」


 それなりに酔っているくせに、きちんと受け答えする隆に満足して頷く。


「ですけどね・・・・・・気付いちゃったんですよ、ついさっき気付いちゃったんですよねコレが・・・・・・ぐふふふふ」


 言って不気味に含み笑いを見せる隆。


「なんだ?何に気づいたんだ?」


「ふふふ、静流さん、俺は偉大な上司を持ててよかったですよ・・・・・・あ、ちなみに言っておきますけど静流さんじゃないですよ?ってなんで、そんな残念そうな顔するんですか?似合わないからやめてくださいよ・・・・・・えっと夕呼さんですよ夕呼さん・・・・・・いや~流石は横浜基地の副司令ですね!!使う機体に困った俺に近くの米軍に言って強奪してこいって簡単に言ったんですよあの人!!」


「それが・・・・・・一体、なんなんだ?」


「へ?ほら考えてみてくださいよ、米軍にそんな真似しても構わないとあの人は思ってるんですよ?ってことは米軍に尻尾振るどころが利用する立場に夕呼さんはいるわけじゃないですか!!そんな人の直属の部下である俺が・・・・・・なんで米軍の三下なんぞにペコペコしないといけないんですか!!」


「ま、待って隆・・・・・・ってなると、もしかしてさっき強気に出たのはその夕呼って人の後ろ盾があったから?」


「ったりまえじゃないか橘!!バックに米軍すら凌ぐ恐ろしい魔女がいるんだ!!もはや米軍の雑魚にペコペコする時代は終わった!!今度からは俺が雇い主だ!!スポンサーだ!!使う立場になってやるわぁぁぁ!!」


「いや隆さん、絶対それ間違ってる・・・・・・」


「長いものには巻かれるのが社会での上手い生き方なんだよ!!真奈美もそこのところしっかり覚えとけッ!!」


 言って再び騒ぎ始める酒乱。

 もしかしたら・・・・・・権力を持たせると一番危険な男なのかもしれない・・・・・・この社隆と言う男は。


「はぁ・・・・・・と、なると・・・・・・お前の婚約者の女は、よっぽど長かったらしいな」


 呆れながら思わず呟いた言葉に、隆が肩を震わせて挙動不審な姿を見せる。

 その姿と、乱闘を続ける部下たちの姿を見比べて・・・・・・深く溜息を付くことしか私には出来なかった。























 同日
 アラスカ・ユーコン基地
 第参開発局用官舎施設
 

<奈華宮 麻美>


「クシュッ!!」


「お姉ちゃんどうしたの?風邪・・・・・・ひいちゃったの?」


 突然くしゃみをしてしまった私の身を案じたのか、マユが心配そうな顔で見上げてくる。


「ん、大丈夫よマユ、きっとどこかで誰かが私の噂話でもしてたんでしょ」


 碌な話ではないだろうがな、と内心で付け加えてマユの頭を撫でて上げる。


「うん、それならいいけど・・・・・・今から行くところって温かいところなんだよね?お姉ちゃんが風邪ひいてても直ぐに治るよね?」


 尚も心配そうに見上げるマユに頷いて荷造りを再会し始める。

 まったく、国連の広報官も何を考えているのやら・・・・・・環境試験にこじつけてのプロパガンダ作り、勝手にやるのはいいが自分たちを巻き込まないで欲しいものだ。


(弐型の開発が軌道にのった途端コレか・・・・・・まったく、日和見主義者に付き合うのは骨が折れる)


 嘆息しながら簡単な着替えと私物を詰め込んだバックのファスナーを閉める。


「・・・・・・~♪」


 先ほどまでの様子は何処にいったのやら、隣ではマユが自分のバックに自分と同じように荷造りを続けている。
 

「お姉ちゃん、私ね、温かい場所とか砂浜って初めてなの!!すっごい楽しみだなぁ~」


 心の底から楽しんでいる声でマユがそう言って、とびっきりの笑顔を私に見せてくれる。
 そんな笑顔を見ていると、この茶番に付き合うのも悪くはない気がしてくる。マユに楽しい思い出が作れるのなら・・・・・・大人しく国連と米国の思惑に乗ってもいいかとすら思ってしまう。


「そうね、向こうに行ってもどうせ私たちがやることなんて殆どないし・・・・・・マユとたっぷり遊べるわね」


「ほんとッ!?やったぁ!!うん、待っててねお姉ちゃん、急いで私準備するね!!」


 まだ輸送機が出るまでには随分と時間があるのだが、マユがバタバタと室内を走り回るのを見て思わず笑ってしまう。


 そんな・・・・・・微笑ましい気分だったはずが。


「ぶ、部長!!何処でこんなモンを仕入れたんですか!?」


「はっははははは、鳴海君、それは企業秘密だよ♪」


 騒がしい部下の声と、暢気に笑う上司の声が廊下から聞こえてきた瞬間・・・・・・頭痛を感じて頭を抱えたくなる。


「いや、それよりも部長・・・・・・一体、誰にそれを着せる気・・・・・・もしかして凛が着るのか?」


「た、平さん!!私はそんなお子様じゃありません!!」


 他、二名も一緒にいるようだ・・・・・・


「そうねぇ・・・・・・凛じゃちょっとねぇ・・・・・・胸のサイズがねぇ・・・・・・」


 ミースもいるらしい・・・・・・聞き逃せない言葉があった気がするが、今は気のせいだと思うことにしよう。


「ほんと・・・・・・何のために向こうに持っていくんですか?そ、そりゃ誰かに着てもらうためでしょうけど・・・・・・まさか!!大尉とマユじゃ!?マユは兎も角大尉にこの水着は・・・・・・ムグッ!!」


「止めろ!!孝之!!それ以上言ったら死ぬぞ!!」


「鳴海さん!!今度こそ輸送機の尾翼に括り付けられますよ!!」


「うんうん、皆元気でいいことだねぇ・・・・・・やっぱり南の島には夢が溢れてるみたいだね」


「部長、本当にそれをどうなさるお積もりですか?」


「いやねぇミース君、ちょっと頼まれちゃったんだよ・・・・・・向こうで必要らしいよ?まぁ、なんだか面白そうだったから二つ返事でOKしちゃったけどね♪」


「そ、そうですか・・・・・・麻美はこのことを?」


「まだ教えてないよ~大丈夫、きちんと麻美君とマユの分も用意してあるからね~」


 そんな・・・・・・暢気な会話が聞こえてくる。


(・・・・・・はぁ・・・・・・部長が来るまではこっちは順調だったのに・・・・・・来てからは調子が狂いっぱなしね)


 そう嘆息しながらバックを肩に掛けて立ち上がる。


「ねぇねぇお姉ちゃん・・・・・・さっき言ってた噂してる人ってもしかして・・・・・・お兄ちゃんじゃないのかな?」


 マユも荷造りが終わったようだ、小さなバックを背負って私の上着の袖を引っ張りながらそんなことを言ってくる。
 お兄ちゃん・・・・・・きっと百里にいる社とか言う男のことだろう。


「ん、そうかもね・・・・・・」


「きっとそうだよ~!!あ~あ、お兄ちゃん今頃何してるんだろう・・・・・・一緒に南の島に行きたかったなぁ~」


 適当に相槌を打ってマユに返事すると、マユはブツブツと何かを呟いているが正直そんなことはどうでもいい。


(鳴海には・・・・・・向こうでたっぷりと試験に参加してもらうことにしよう、まずは日差しで熱された装甲版の温度チェックか・・・・・・ふふふ、生身で直接計ってもらうか)


 などと、向こうについてからのお仕置きメニューを考えることで、私の頭は一杯になってしまっていた。








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