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「Muv-Luv 小説」
第二部

欧州編 15話

   欧州編  かれが唾棄した現実 後編



 グリーンランド・ナルサルスアーク
 難民居住区、銃器保管庫

<べアザリーミ・ブリュッケル>

「菅生さん・・・・・・でしたか?退避勧告が出ている中、身の危険を省みない貴方の協力に感謝致します」

「いやいや、何かあったときのために保管されてる代物ですから・・・・・・それに私らが扱うよりも、軍人さんが使ったほうが危険が少なくてすむ」

 手にしたM-16の動作チェックを行いながら、保管庫の出入り口で会話している二人を一瞥する。
 1人は所属している中隊長である三澤大尉。
 もう1人はこの難民居住区に身を寄せている初老の男性。

(最近・・・・・・日本人と縁があるな)

 バレルにクリーニングロッドをねじ込みながら、ふとそんなことを考えてしまう。

「ん・・・・・・よし、マガジン貰えるか?」

「はい、どうぞブリュッケル中尉」
 
 異物が詰まっていないことを確認した後、ロレンス少尉から5.56㎜NATO弾が詰まったマガジンを受け取って装填する。
 銃の状態から見て出来れば試射したいところだが、そんな場所もなければ時間も残されていない。

(こんなので・・・・・・BETAから身を守れか)

 手にしたM-16に視線を落とし思わず苦笑してしまう。
 小銃程度で相手に出来るBETAは兵士級か闘士級がいいところだろう・・・・・・同じ小型種である戦車級を相手にするのであれば重機関銃の類が最低でも欲しい。
 無論戦車級以上は小銃では無理だ、SMAW等の擲弾発射器が必須になってくる。
 だと言うのに保管庫の中にあるのは小銃が殆ど・・・・・・しかも使い古された粗悪品ばかり。
 今自分が手にしているM-16は、その中から苦労して見つけ出したそれなりに程度のいい代物だが、簡単な調整はしたもののどれだけ照準が狂っているか分かったもんじゃない。嫌、それよりもきちんと作動してくれるかどうか・・・・・・

 最悪な状況下では、こんな代物でBETAと戦えと言われる避難民。
 ナルサルスアークにある難民居住区には、こういった武器が保管されている場所が幾つかある。
 欧州でも最後方に位置するこの場所が戦場になるのは可能性として低いが、それでももしものことを想定すれば難民が自ら戦える手段があったほうがいい。

 無論軍としても、非戦闘員が戦う状況にならぬよう最善を尽くすが物事に絶対は無い。
 最後に自分の身を守るのは自分自身、そう言った心構えを人々に植え付けさせるのにも、こう言った場所は必要なのだろう。
 それでも保管庫の存在を実際に目の辺りにすると、守るべき彼らを見捨てることが前提になっているのかと憂鬱な気分になるが・・・・・・大戦中、中立を貫いた国家の民家には、自衛用の武器が保管されていたと聞く。その延長線上と考えば少しは気が楽になる。

「いけそうか・・・・・・アザリー?」

 菅生とか言う初老の日系人との話が終わったのが、三澤大尉が煙草を弄びながら気だるげな仕草で聞いてくる。
 それに黙って頷きながら、この状況でも自分のスタイルを崩さない上官の態度を垣間見て素直に感心してしまう。

「では・・・・・・私はこれで・・・・・・」

「ハティ、菅生さんを安全な場所まで送ってやれ」

「はッ!!」

 それでも絞めるところは絞めるようで、協力してくれた民間人の護衛をロレンス少尉に命令する三澤大尉。

 ロレンス少尉と男性の後姿を見送り、自分たちがいる保管庫の中を見回す。
 居住区に設置された銃器保管庫を開けるには、難民から選抜された代表者と軍属の人間が持つIDが必要になってくる。これは当然の措置と言えるだろう。民間人に無用に武器を渡すべきでは無い、もし渡せば・・・・・・今回のような騒ぎが起きる可能性が高まる。

 だから当初、少年が保管庫の場所まで案内してくれると教えてくれたのだが、民間人の代表がいなければどうにもならないと断ったのだ。
 だが少年は問題無いと一点張りしたので仕方なく少年に付いて行くと、保管庫の前に先ほどの初老の男性と従軍カメラマンの香月さんが居たのだ。
 退避勧告が出ているのに何をしているのかと問い詰めたが、初老の男性が保管庫開放のIDを持っていたことで有耶無耶になってしまい、仕方なく少年と香月さんに直ぐに退避するように言い聞かせるしかなかった。
 
 日系人の男性がIDを持っていることに疑問を感じたが、案内してくれた少年の態度から見るにどうやらこのあたりの取りまとめ役になっているので納得せざる得なかった。

「よっと・・・・・・ジャック、重いで?大丈夫かいな?」

「うっす、大丈夫っすよ川井の兄貴」

 武器庫にあった一番の長物、M82を川井中尉の手助けで背に背負い込むグーデリアン少尉。
 その姿を見て自然と溜息が漏れる。
 手にしたM-16といい戦術機を相手にするにはあまりにも脆弱な武器の数々、それでテロを鎮圧できる可能性・・・・・・まぁ犠牲に目を向けなければ可能かもしれない。

「・・・・・・どうしたブリュッケル中尉?何か問題でもあるのか?」

「いや、大丈夫だ・・・・・・アレ以外はな」

 配給施設方向を監視していた桐嶋中尉にそう答えながら、保管庫に設置された通信用のモニターを指差す。
 映っているのは現在の配給施設周辺の光景、撮っている高さから見てA-10の頭部カメラが撮影している映像なのだろう。
 データリンクを始めとする各種通信網は遮断されているはずなのに、何故か映し出されている映像。
 恐らくテロリストの連中が中継機を乗っ取っているのだろう、この光景を望む連中に送るために。

(・・・・・・馬鹿らしい)

 内心で吐き捨て、わざとらしく大きな溜息をついてソレを誤魔化す。

「どうしたアザリー?何か感じるところでもあるのか・・・・・・先ほどの話に?」

「ええ、大尉の国の言葉で言えば、迷惑千万、迷惑至極・・・・・・そんな気持ちですよ」

 答えながらそれは嘘だと告げる自分がいる。
 馬鹿らしいと思ったのも、溜息をついたのも、暴言を吐いたのも、全て嘘だと。

「そうか・・・・・・だが先ほどの話、随分と難民思いのテロリストのようだな。難民の心に仮初の光を射すために自分の身を省みない・・・・・・貴族様らしい言葉じゃないか?」

 まるでテロリストを擁護するような台詞を吐く三澤大尉、内心の動揺を悟られないように横目で彼女の顔を一瞥するが・・・・・・苦笑している表情から彼女の本心は分からなかった。

「だから武家とか貴族ってのは好かんのや、連中は下らない理想論ばかり掲げて本質を見失っとる・・・・・・」

「洋平、本音は出来るだけ隠せよ?部隊全員が不敬罪で飛ばされるなんて俺は困るからな」

 心底呆れた態度で吐き捨てる川井中尉に苦笑しながら忠告する桐嶋中尉。
 二人の本心が垣間見えた気がするが・・・・・・それが私の本心とは違った思いだと分かり小さく安堵する。

 先ほど聞こえてきたテロリストの物言い。

 ―――難民たちが望む光景。

 同じ難民でも優遇されているデンマーク人が苦しむ姿。
 それを見ることが彼らの癒しになる・・・・・・確かにそうかもしれないと納得してしまう自分がいた。
 テロリストの言葉に共感してしまう自分が確かにいるのだ。
 なぜなら・・・・・・自分自身がテロリストの言う【虐げられた難民】の1人だったからだ。

 10年ぐらい前、まだ欧州が完全にBETAに席捲される以前に、私は母と一緒にアフリカ・・・・・・ドイツの殖民地であったトーゴに疎開していた。
 日々情勢が厳しくなるドイツ国内にいるよりも海外に逃げたほうが安心・・・・・・そう親父が判断した結果だった。
 だが疎開先は・・・・・・地獄だった。祖国に残りBETAの脅威に奮えていたほうが遙にマシだと思うほど、あそこでの生活は過酷で苦しかった記憶しかない。

 第二次大戦で敗戦国となったドイツ。大国の冷戦構造に組み込まれ、その思惑に翻弄された国家。
 大戦中は欧州を支配し絶大な権力を誇った祖国だが、敗戦してからは衰退の一途を辿る始末。
 歴史の教科書や大人たちは資本主義の恩恵に預かり日々の暮らしがどんどん良くなったと叫んでいたが、私の父親は全く違うことを言っていた。
 同じ敗戦国でも日本とは違うと、民族の誇りを守り通した彼らとは違うと、酒を飲んだ親父がたまに呟いていた。
 確かに国際社会での発言権を取り戻したと言っても、それは国力からきているものではなく、バックに居る大国の恩恵があればこそだった。
 BETA大戦によって大国たちの余裕が無くなり、その恩恵に授かれなくなるまで皆そのことに気付かなかったのだ。
 国際社会での影響力の低下により植民地でもドイツ政府の発言力は低く、結果としてドイツ国民が身を寄せる難民居住区は満足な支援が行われることがなかった。

 グリーンランドは極寒ゆえに劣悪な環境かもしれなが、トーゴのようなアフリカはそれとは違った過酷さがある。
 年間平均気温が30℃、熱は体力の消耗を加速させ、食料を始めとする物資を腐らせる。
 空調も何も利いていない施設に押し込められ、満足な食事すら与えられない日々・・・・・・体力の無い老人や子供は早々に息絶え、処理されることなく放置された死体は腐り果て、沸いた蝿や蚊によって疫病が蔓延する死の連鎖。
 人間らしい尊厳なんて・・・・・・あそこには無かった。
 少ない食料を大丈夫と言って私に与えてくれていた母さんが、程なくして体調を崩し倒れてしまった。
 私は必死に助けを求めた。だが周りの人間に誰かを救う余力など残っているはずも無く、日々衰弱していく母のやせ細った手を握っていることしか出来ない無力な自分を呪った。
 
 そう呪った、難民居住区にやってくる現地軍の横暴なやり方に。居住区の外、現地住民や一部の富のある人間が暮らす世界に。
 呪い、憎み、母さんが亡くなった時・・・・・・きっとソレが絶頂を迎え、絶望に切り替わったのかもしれない。

 どうして自分たちと彼らの間にはこんな隔たりがあるのか?
 どうしてこんな場所で暮らすことを余儀なくされたのか?
 どうして・・・・・・母さんは死ななければならなかったのか?

 あの連中は・・・・・・笑っているくせにッ!!

 そんな難民だった経験を持つ私は・・・・・・テロリストの主張が理解できてしまうのだ。

 母さんが死んだ数日後、衰弱と絶望でボロボロになった私は、少しずつ腐っていく母さんの傍にいることで自分も死ねば母さんのところに行ける・・・・・・そう信じていた。
 だが居住区の監視にやってきた現地軍の連中は、私と母さんを見て侮蔑の視線を篭めた目でこう言ったのだ。
 
『臭ぇ部屋だな・・・・・・ん?・・・・・・おお磨けば光そうな餓鬼がいるぜ?金持ちの連中に売り飛ばすのコイツでいいんじゃないのか?』

『お前の変態趣味には付き合えねぇよ、こっちのほうが俺は・・・・・・って死んでるのかよ?勿体ねぇな・・・・・・』

『ぎゃはははッ、死にたてはいいが腐りかけは止めておけよ?・・・・・・おい、お前ちょっとこっちにこい。いいトコに案内してやるよ、なぁに不安がることはねぇ、変態な金持ちにたっぷり遊んで貰えるいい場所だよ・・・・・・まぁその前に俺が味見してやるからな・・・・・・ほら壁に手あてて後ろ向・・・・・・』

 卑下た笑みを浮かべたがそれ以上言葉を発することは出来なかった。
 汚らしい笑みのまま男は頭から血を流してその場に崩れ落ちたからだ。
 一緒に居た男も同じだった。母さんの体を無遠慮な手つきで触っていた男は、私の部屋に押し入ってきた人々の手で殺された。
 目の前で二人が殺されるのを見ても私は何も感じなかった。
 難民施設には死体が山ほどある、それが二つ増えただけだ。死体になるまでの過程に興味など・・・・・・あるわけがなかった。

 その日は配給が滞る事件が起き、今の生活に耐え切れなくなった者達の怒りがソレを切欠に爆発し、丁度近くを巡回に来ていた二人がその矛先になったのだ。
 難民施設では日々様々な犯罪が横行していたが、私はその犯罪から助かった。助かったと言う実感が無かったが今こうして立っていることが助かったと言う証拠なのだろう。

 二人を殺した人々はそのまま彼らの装備を奪い、施設を監視していた人間を次々と殺して施設を占拠し・・・・・・突入してきた治安維持軍によって惨殺された。
 実際に行動に移した人も、何もしなかった人も、多くが治安維持の名目で殺された。

 実際、そんな事件は何度もあった・・・・・・だがその結果は全て更なる締め付けと差別を生んだのだ。一時の暴力によって気は晴れるが、更なる暴力が待つ絶望が施設には満ち溢れていた。
 難民たちにとって難民開放戦線を含むテロ組織は一時の救いにはなるが何の解決策にもならない存在、彼らが百害あって一利無しと断言できる。
 
 それがあのテロリストは分かっていないのだろうか?
 分かっていないに違い無い、貴族階級の人間は施設においても優遇される連中だ。
 恐らく偶然住民たちの姿を目の当たりにして、自分が持つくだらない矜持に火が付いたのだろう。

 どうして貴族と言う連中は自分の信念を曲げないのだろうか?
 二人の姫君も何処か歪んだ思考を持っていた。
 民のために自分を押し殺す二人・・・・・・そう言えば、真奈美が二人に何処か遠慮している理由はそんな部分を敏感に感じ取ったからなのかもしれない。
 正直に言えば私もあの思考は認めない。
 だがそれでも守護すべき対象なのだ。


 ―――彼女たちの存在そのものが難民たちの希望になるから。


(まぁ隆ならその前に・・・・・・仲間だッ!!とか恥ずかしいこと言いそうだけどな)

 内心でグラサン野郎の姿を想像して苦笑してしまう、あの変わりも者も変な思想を持っていそうだが・・・・・・まぁ貴族様が掲げる代物よりは共感できそうだ。
 デンマーク国民の苦しむ姿を見せて難民たちにひと時の気晴らしを与える・・・・・・テロリストの言葉に共感してしまったが、それは切り捨てるべきだと思考が判断する。
 自分は1人の軍人、守るのは国や民・・・・・・そう建前を掲げ、自分の仲間たちを守る。
 難民居住区に住まう人々のことは気の毒だと思い割り切るしかない。過剰な同情は・・・・・・今も、そしてこれからも必要無い。

「難民問題は何処にでもある問題っすからねぇ・・・・・・受け持った国にとって見れば正直頭の痛い話っすよ」

「流石はジャック、受け入れ大手の国出身だけはあるな?」

「姐さん、そう茶化さないで・・・・・・って川井の兄貴!!そんな睨まないでくださいよッ!!」

 三澤隊長の言葉と川井中尉の視線に動揺を見せるグーデリアン少尉、部隊で一番の大柄な彼が慌てている姿を見ると自然と笑みが零れてしまう。
 確かに二人の言葉通り彼の出身国はその手の問題を一番抱えた国だ、だがアメリカは独自の政策を敷いているせいかその手の問題が表面化することが余り無い。

「そうだぞ洋平、アメリカの移民政策には感心すべきだ・・・・・・実際、その例を活用することでオーストラリアと南米への移民が成功しているわけだからな」

「そ、そうっすよ桐島の兄さんの言う通りっす、日本人の受け入れだって熱心に・・・・・・」

「・・・・・・G弾」

「ぐわぁっぁぁぁぁッ!!姐さんッ!!何時かはソレ言われるとは思ってましたけど、よりにもよって今っすか!?もっとこう・・・・・・酒の席で冗談交じりに言いましょうよ!!ルシファーの件はほら、それ以前からの日米問題もあることだし・・・・・・それに俺っちらがそれで言い合うのってなんかキャラじゃないっすよッ!!」

 三澤大尉の言葉に身悶えして騒ぎ始めるグーデリアンの姿に嘆息してしまう、グラサンがいなくて静かだと思っていたが他にも騒ぐ要員がいたようだ。

(いや・・・・・・感染したのか?)

 などと下らないことを考えた矢先。

「・・・・・・F/A-18、いや熊蜂・・・・・・ッ!!隆かいなッ!?」

 モニターに映る光景を見ていた川井中尉が突然そう叫ぶ。
 全員が視線を向けると、A-10が映し出す映像の中に見慣れた機体の姿があった。

「・・・・・・以前のことを考えれば・・・・・・予想できたな」

 ポツリと三澤大尉が呟くが私にはその意味が理解出来なかった。
 だが彼女が浮かべる表情に何時もの余裕が欠けていることだけは察知できた。

「状況が変わった、今すぐ行動に移す」

 普段見せることの無い険しい視線で全員を見回しながら彼女が言った直後に、初老の男性の護衛に就いていたロレンス少尉が戻ってくる。

「ッ?ロレンス少尉、ただ今戻りましたッ!!」

 室内の雰囲気を敏感に感じ取ったのか、身体を硬直させながら敬礼するロレンス少尉。

「すまなかったな・・・・・・外の様子はどうだった?」

「はッ!!特にこれと言っては・・・・・・ただ・・・・・・周囲の雰囲気が・・・・・・」

 三澤大尉に促されて報告する彼女だが、珍しく要領の得ない言葉を発する。

「ハティ、何かあったのか?やっぱ俺っちも一緒に行ったほうが・・・・・・」

「黙れ愚図!!少しは場の雰囲気を読め!!・・・・・・失礼しました。何か違和感を感じましたが、私の気のせいだと思われますッ!!」

「違和感ねぇ・・・・・・他にもテロリストが潜んどるんやろか?」

「その可能性は低いかと・・・・・・川井中尉、上手く説明できずに申し訳ありません」

「まぁいい、とりあえずお喋りはそこまでだ・・・・・・今から作戦の内容を説明す・・・・・・」

 そう言って話始めた三澤大尉へ皆が注意を向けた直後、彼女の言葉を遮り自分の耳を疑うような台詞がモニターから響いてきた。
 













 難民居住区内、配給施設

<オルフィーナ・ルン・グリュックスブルク>

 一瞬彼が何を言ったのか理解できなかった。
 言葉の意味を理解出来なかったわけでは無い。
 ただ余りにも冷め切った口調で投げかけられたせいか、それが普段の言葉を話す彼の姿と一致せず、その言葉が持つ意味を理解することを頭が拒否してしまったのだ。

『ほう・・・・・・愚か、と言うわけだな我らの行為を?』

『ああ、馬鹿ばっかりだよ・・・・・・あんたらもオルフィーナもな』

 ラスキン卿の口調が微妙に変化した。それまでは冷たかった声音だったが、それすらも含まない無機質なものへと。
 だがソレに気付いていないのか、それとも臆していないだけか、熊蜂に乗った彼は言葉を続ける。

『口を挟まないで社中尉!!彼の意識を此方に向けては・・・・・・』

『お前も馬鹿だよ、ファーナ』

 ファーナの声を聞いて動揺していた思考が少し冷静になる。

 自分が死ぬのはいい、所詮私は戦場で戦うことしか出来ない存在だから。
 平時であれば、配給施設で食料を配るような簡単な仕事しか私には出来ない。
 だがファーナは違う、あの子は私と違って平時でこそやるべきことが多々ある。
 彼女はデンマークにとって失ってはいけない人材、私は作られたヒロイン、幾らでも代えはきく。

 だから彼女だけは・・・・・・私が守らなくてはいけない。

『くだらないことでウダウダと・・・・・・ほんと、馬鹿ばっかりで困る』

 ファーナの制止を振り切り、心の底から呆れた様子で呟く隆。

『住む場所が辛い?』

 一歩、熊蜂が歩を進める。

『食うものが無い?』

 師が乗るA-10がMK-57の照準を熊蜂に合わせる。

『はっきり言うが・・・・・・だからなんだ?』

 ズン、ズンと熊蜂が歩行によって生じる振動がだんだん近づいてくる。

『生きてるのが辛いなら勝手に死ね、這い上がる根性が無いならの垂れ死ね』

 彼が呟いたと同時に耳を劈くような砲撃音が響き、二人が乗る熊蜂の頭部が吹き飛んだ。
 砲撃によって生じた衝撃を身に受けて体が竦みあがってしまう。

『貴様、自分がどれだけ彼らを愚弄しているか分かっているのか?』

 至近距離で砲撃音を聞いたせいか耳が痛い・・・・・・もしかしたら鼓膜が破れたかもしれない。
 A-10が発せられる師の言葉が酷く遠くに感じる。
 人質になった人たちが上げる悲鳴も上手く聞き取れない。
 突然の事態にテロリストが動揺して手にした銃を地面へ落とす。地面に落ちた衝撃で暴発する小銃、その発砲音すらも遠くに感じる。

『分かってるさ、分かってていってるんだよ・・・・・・お前らが馬鹿だってな』

 ―――なのに彼の声だけはしっかりと耳に届いてきた。

『貴様はグリーンランド北部に押し込められた難民たちの現状を知らんのか?彼がどれだけ劣悪な環境で暮らしているか・・・・・・寒さに凍え、凍りついたパンを齧り、疫病と餓死で死ぬ人間が後を経たないあの光景をッ!!』

 師の声に苛立ちが混じる、私に感情を表に出すことを禁じた師が、彼の言葉で感情を露にしている。

『それこそ知るか、生憎と俺はそんなもの見たことも無い』

 頭部を吹き飛ばされても、歩み続ける彼の乗る熊蜂。

『そんなものだとッ!?貴様は難民施設全てがこの場所と同じだと思っているのかッ!!このような恵まれた地で、人々が生活できていると思うのかッ!?』

 二度目の砲撃、放たれた砲弾は熊蜂の右腕の付け根に突き刺さり機体の右上半身ごと右腕を吹き飛ばした。
 その光景を目にして息を飲む、右上半身を吹き飛ばされたことで二人が乗った管制ユニットが剥き出しになっている。

『知るか・・・・・・隣の芝が青く見えたんだろう?見るのはいいが人の庭に土足で踏み込んでくるな・・・・・・迷惑だ』

 管制ユニットの周囲を覆う装甲は、戦術機の外装以上に強固な作りになっている。
 だがそうだとしても、戦車級に噛み砕かれ、突撃級や要撃級の一撃に耐えられる代物では無い。
 ましてや、初速が毎秒1000m以上にも達する砲弾に耐えられるはずが無い。

『あんたらは運が無かったんだよ、ただそれだけだ』

 だと言うのに、彼は恐怖を億尾にも出さずにそう言い切り、此方から300m程離れた地点で制止した。

『運が・・・・・・なかっただと?』

『そうだ、少なくともあんたはな・・・・・・あんたがどんな人生を送ってきたかは知らない、さっきの物言いから言ってさぞかし壮絶な人生だったんだろうな・・・・・・そして、それに見合う努力もしてきた。だが結果としてこんなテロを起こすまでに落ちぶれた』

 小さく溜息を付きながら呟く隆。

『だから運が無かったんだよ・・・・・・その点は同情するよ』

 初めて彼の言葉に同情や憐憫といった感情が篭められる。

『や、社中尉ッ!!もう止めなさい、これ以上ラスキン卿を刺激しないでッ!!』

『ファーナ、お前も運がなかったんだな・・・・・・デンマークの皇族なんて立場に生まれなければ、そんな歪んだ考えを持たなかっただろうに』

『ファーナ?・・・・・・ファーナ・ルン・グリュックスブルクかッ!?』

 隆が名前を呼んだからか、師が呆然とした様子でファーナの名前を呟くが、隆はそれに取り合う事無く今度は妹に向かって話し始める。

『国益、国益・・・・・・まぁそれもお前の立場を考えれば仕方が無いわな。でもそんな立場でなければ・・・・・・自分の気持ちに気付けただろうに』

『自分の・・・・・・気持ち?』

『・・・・・・お前、なんで此処にいるんだ?』

『な、なんでって・・・・・・』

『基地から出撃する際、なんで慌てて飛び乗ってきたんだ?話を聞く限りじゃ、基地にいても指示は出来たよな?現場の状況なら他の奴を送っても良かったのに・・・・・・なんでお前は自分が此処に来ることに拘ったんだ?』

『そ、それは・・・・・・』

『お前は・・・・・・なんのために此処にいるんだ?』

『・・・・・・』

 彼の質問の意図が掴めないのか、それとも答えるのに戸惑っているのか、ファーナは口を閉ざしてしまった。

『オルフィーナ、お前もファーナと同じだ・・・・・・生まれだとか立場に拘って自分の命を粗末にする・・・・・・少しは考えなおせ、この馬鹿』

「ッ!?」

 突然私に話を掛けたかと思いきや、信じられない暴言を言われて呆然としてしまった。

『聞いてれば、ドイツもコイツも貴族だとか民だとか、んなくだらない建前なんざBETAの前じゃゴミだって分からないのか?』

「・・・・・・私たちは・・・・・・いえ私は、貴方が建前だと言う言葉を胸に今まで生きてきた・・・・・・その信念があるから強くなれた」

 震える声しかでない自分自身が信じられない。
 もっと強い口調で反論したいのに、何故か口が・・・・・・心が、それをさせてくれない。

『何が信念だよ・・・・・・じゃぁ何か?最初から自分が死ぬために強くなったのか?んなくだらない建前がお前が努力する切欠だったのか?』

 心底呆れた声で彼が言った言葉が私の心を更に揺らした。

 切欠、その言葉が胸に刺さる。
 私が強くなろうとした切欠。
 誰よりも強くなろうと決めた切欠。
 母が私に言った言葉。
 名前も知らない彼が言った言葉。


 私が・・・・・・本当に守りたいもの。


『戯言はそこまでにしてもらおうッ!!極東の連中がこうまで現実を見ていないとは思わなかった、BETAに国を蹂躙されても何も学ばなかったようだなッ!!』

『現実を見ていないのはどっちだよ・・・・・・民のためとか言って、自分が起こしたことの後を考えちゃいないあんたに言われたくないな』

『民があってこその国だッ!!その民を蔑ろにする連中に未来など無いッ!!』

『ったく・・・・・・だからお前らは全員大馬鹿野郎なんだよッ!!民だ国だって、周囲にいいように操られてッ!!自分ってもんが掛けてるんだよッ!!』

 言葉の応酬に耐えかねたのか、ついに彼が絶叫を上げた直後。

「な、なんだ!?」

「ガスだ!!くそッ・・・人質がどうなってもいいのか!?」

 何処からか投げ込まれた缶が、真っ白いガスを吹き上げて周囲を白煙で覆い隠す。
 色めき立つテロリストの姿を見ながら、鎮圧部隊の突入が始まったことを察知して二人が乗る熊蜂へ視線を向ける。
 二人が乗る機体は恐らくこのための囮だったはずだ、これ以上二人が危険な目に合う必要は無い。

 だと言うのに・・・・・・頭部と右上半身を失い各部から黒煙と放電音を上げながらも、彼の乗る機体は下がる気配が無い。

『やはり陽動か、姑息な手段を使う・・・・・・基地からも増援が出たようだな』

 A-10がMK-57の銃口を基地の方向に向ける、半壊した熊蜂は既に脅威になり得ないと判断したのだろう。
 周囲の白煙が濃くなり、人質になった人々の悲鳴とテロリストたちの叫び声が聞こえるが、師はどうやら足元で起きていることを些事と決め付けたようだ。

 再度砲撃音が響き渡り砲弾が白煙を切り裂いて飛翔する。
 飛翔ルートを視線で辿ると、基地上空で回避軌道を行う機影が確認出来た。

 F-14D、彼が乗る本当の機体。
 跳躍ユニットの噴射角度を変えての多角軌道、四肢を振ることで空気抵抗を利用しての減速、襲い掛かる砲弾を次々と回避する。
 大型機にはあるまじき流れるような悠然とした動き、操縦しているのが瞳大尉だと一目で分かる軌道を描きながら空を駆けるF-14D。

 だが、幾ら彼女の腕を持ってしても限界はある。 
 砲撃特化型のA-10の砲撃精度は通常の戦術機を大きく上回る、飛行パターンを算出されてか、もしくは搭乗している師の腕前からか、回避行動に余裕が無くなり・・・・・・遂には被弾した。

『ちぃ!!本気で撃つ馬鹿がいるかよッ!!』

 私と同じく傍観していた彼がその光景を目の当たりにして絶叫を上げたと同時、熊蜂の跳躍ユニットが轟音をと火を吹き上げて機体を押し出す。

『切欠を与えたのは貴様達だろうが!!』

 咆哮を上げて銃口を再度熊蜂へ向けるA-10。
 私はその光景を横目で見ながら、被弾したF-14Dの姿を確認する。
 57㎜の直撃を受けたにも未だ健在な姿に胸を撫で下ろす、遠目では確認出来なかったが追加装甲を手にしているようなのでソレで砲撃を防いだのだろう。
 一度として瞳大尉が多目的装甲を装備している姿を見たことはないが、状況が状況だけに装備を選んだのかもしれない。

『引き返せないとこまで来てるのは分かるけどな、少しぐらいは後のことを考えて行動しろよッ!!』

『今この瞬間も死の瀬戸際にいる人間がいるのだ、後のことなど考えてなんになる!?』

 戦術機の主機ユニットが奏でる金属音と咆哮を上げる跳躍ユニット、それらが巻き起こす振動と烈風が周囲に吹き荒れ立っているが困難になってくるが、私は二機の機体から目が離せなかった。

『今死ぬ人間なんて放っておけよ、生き残る連中のことを考えるのが為政者ってのじゃないのかよ!?』

 熊蜂の一度は吹け上がった跳躍ユニットが停止する、満足に整備もされていない機体で出てきた結果だろう・・・・・・だと言うのに、残った一つを全力で吹かしながら短い距離を一瞬で詰める熊蜂。

『目の前で苦しんでいる民を見殺しにすることなど・・・・・・貴族の名折れだッ!!』

 それを迎撃しようとするA-10だが手にしたMK-57は長砲身、小回りが利かないせいかロック出来ずに熊蜂の接近を許す。

『貴族、貴族ってな・・・・・・建前ばっか語ってんじゃねぇよッ!!本当に何かをなしたいなら本音で語って見せろッ!!』

『若造が偉そうにほざくなッ!!』

 吼える二人、そしてA-10と熊蜂が接触し盛大な金属音が周囲に響き渡った。
 衝撃で拉げるMK-57、A-10の右肩のガトリングが熊蜂の突撃で吹き飛び、隣接していた配給所に落下して建物を粉砕する。
 残った左腕を振るってA-10の頭部を粉砕した熊蜂・・・・・・だが、其処までだった。
 ギギギっと耳障りな音を立てて、熊蜂がA-10に押し返される。
 元々の主機出力が、機体のフレームが・・・・・・なにより質量が違い過ぎる、突撃時の衝撃で傷ついたのはむしろ熊蜂のほうだった。
 残った左腕を失い、跳躍ユニットは煙を噴いて停止し・・・・・・脚部に至っては・・・・・・

『ったく・・・・・・物騒な機体だな、ほんとにッ!!』

 ジャベリン、A-10の脚部に設置されている爆圧によって射出されるロングスパイク、対戦車級用の兵装であるソレが熊蜂の脚部を完全に粉砕している。

『・・・・・・救いに来た人質を押し潰す、そんな結果を招いた己の早計さを怨むんだな』

 満足に動くことも出来なくなった熊蜂を持ち上げ、人質になった人々へと突き落とそうとする師・・・・・・F-14Dは間に合わない、目の前の人々が救えないことを理解した瞬間。

 A-10の脚部が吹き飛ぶ・・・・・・支えを失ったことで姿勢を保てずにゆっくりと崩れ落ちる二機の機体。
 脚部が吹き飛んだ一瞬後に砲弾が空気を切り裂く音が聞こえた。
 飛来した角度から凡その位置を把握して視線を其方に向けると・・・・・・空を覆う雲に紛れるようにして、艶消しのEF-2000が滞空していた。

『くそ・・・・・・何が起こった?レーダは何の反応も・・・・・・ッ!?ジャミングされていたのかッ!?』

『痛つつ・・・・・大丈夫かファーナ?』

『え、ええ・・・・・・大丈夫・・・・・・死ぬかと思ったわ』

 フェノンリーブ少佐の乗るEF-2000に目を奪われていると、ぎこちない動きを続けていた二機の機体が奏でる主機ユニットの音が小さくなっていくのに気付いた。

『動力が・・・・・・止まるッ!?貴様一体何を・・・・・・ッ!?貴様あの時の日本人かッ!?』

『ん?なんのことだ?・・・・・・おいアシュ公、お前なんかやってるのか?』

 二人の動揺する声がスピーカー越しに聞こえるが、周囲に舞い上がった煙幕が邪魔で二機の様子が分からない。

『・・・・・・よくわからん、まぁいい、これで終いだ。とっとと機体から降りて投降しろ・・・・・・あっけない幕切れだけ終わったんだよ』

『ふざけるなッ!!このような結果では誰も納得はしないッ!!』

『誰も納得しなくていいんだよ、こんな下らない騒ぎ・・・・・・とっと終わったほうが皆のためだ』

 緊張感が抜けた嘆息交じりの彼の声、そんな彼の声を聞いていると二つの轟音が近づいてくるのに気付いた。
 空を仰げば、雲を引き連れて日の光を反射しない艶消しの装甲を持ったEF-2000が降下してくる・・・・・・別方向からは、先ほどの砲撃を回避したF-14D。
 二機の機影を確認し、全てが終わったと安堵した瞬間。


 ―――熊蜂に拘束されていたA-10の胸部が吹き飛んだ。


 カツンっと小さな音が響いた直後だった・・・・・・胸部装甲に冗談みたいな小さな穴を開け、その数十倍の大穴を背に開けてA-10が完全に沈黙する。

『なッ!?』

 突然の事態に彼が驚く声が聞こえる、彼にとってみてもこの状況は想像していなかった結果なのだろう。
 彼と同じく、物言わぬ骸と化したA-10を呆然と見ていると・・・・・・突然私を呼ぶ声が響いた。

「オルフィーナ!!伏せろ!!」

 三澤隊長の声に条件反射で地に伏せたと同時に、小さな音が其処彼処から聞こえてくる。
 ガス缶に溜まったガスを放出する音に似た、小さな音。
 断続的にその音が響き渡り、周囲に蔓延する白煙が次々と切り裂かれていく。

「ぎゃッ!!」

「ぐぅ・・・・・がぁあぁああああッ!!死ねるかぁっぁ!!」

 同時に巻き起こる悲鳴、そしてテロリストが放つ銃撃の音が響く・・・・・・断続的に響く音の間際に人間が地面に倒れ付す音までもが聞こえる。

「痛い、痛いよッ!!お母さんッ・・・・・・」

「わ、私たちがいるのに・・・・・・なんでッ!?」

 悲鳴は終わらない、絶叫は終わらない、そして銃撃の音も止まない・・・・・・それは数分、いや数十秒のことだったのかもしれない・・・・・・頭上を行き交う数多くの銃弾が止むころには全ての叫びが消え去っていた。
 恐る恐る頭を上げて周囲を確認すると、煙幕の途切れ途切れから見慣れない集団の姿が視界に入る。

「δ、クリア」

「β、クリア」

「此方αリーダ、対象の殲滅を確認、状況終了」

 一見して特殊部隊と分かる集団が無機質な声音で会話を繰広げ、現れたと時と同じように音も立てずに消えて行く。

「おい姫さん、大丈夫かいなッ!?」

「ジャック、ハティッ!!負傷者の手当てを急げッ!!息のある人間は助けろッ!!」

「桐嶋中尉、医療班の手配を頼む!!おい隆!!生きてるかッ!?ファーナ様は無事かッ!?」

 それと入れ替わるように近寄ってくる部隊の仲間たち、負傷している人々や損壊した熊蜂に声を掛ける彼らの姿を脇目に見ながら・・・・・

(ラスキン・・・・・・先生)

 私は胸部に大穴を開け、物言わぬ棺おけとなったA-10を黙って見上げながらも、熊蜂に乗った二人が無事だったことにホッと胸を撫で下ろした。















 一時間後、難民居住区

<城崎 葵>

「いてて・・・・・・葵、もう少し加減してくれよ」

「黙ってて!!生きてるだけでも幸運なんだから、この程度の傷で泣き言言わない!!」

 ストレッチャーに載せられながらも悪態を付く隆さん、本当この人の馬鹿さ加減にはホトホト呆れ果てた。
 喚く隆さんの後頭部にコールドパックを押し付けながら小さく溜息を付く。
 機体が半壊したと言うのに、乗っていた本人の怪我らしい怪我は後頭部に出来たたんこぶだけ。悪運が強いと言うかなんと言うか・・・・・・少なくともファーナ中尉に怪我が無かったことは幸運だったと言える。

(でも良かった・・・・・・無事で)

 内心でホッと安堵の吐息を漏らすが、そんな自分を彼に見せるわけにはいかない・・・・・・危険を省みない隆さんにはもっとお灸を据える必要がある。
 だが、本当にお灸を据えたいのは他ならぬ自分自身だ。あの程度の衝撃で気を失ってしまった自分が情けなくなる、あそこで気を失なわれなければ彼を止められたかもしれないのに・・・・・・

『ひ、瞳大尉ッ!!ゆっくり、もっとゆっく引き上げないと熊蜂の腕が千切れちゃいますよッ!!』

『ん~ニャジラちゃん細かい作業は苦手みたいなの~』

 配給施設に埋もれた熊蜂を引き上げている二人の声が、自己嫌悪に陥りそうになった私の耳に聞こえてくる。
 大型機ゆえに腕部の稼動範囲がやや少ないF-14D。まぁF-14Dに限らず、災害救助みたいな真似は全ての戦術機にとって不向きな作業なのだが、ボロボロになった状態で配給施設に埋もれている熊蜂の姿を見ていると溜息しか出てこない。

 形だけはそれなりに整えたのに最早その面影すら無い。基地に戻ったら管制ユニットだけ取り出して、機体は日本に持ち帰ることに拘らず此処でスクラップにしたほうがいいかもしれない。

(ほんと・・・・・・何かあるたびにボロボロになる機体よね)

 そう嘆息して視線を熊蜂から外すと、青いビニールシートで覆われたA-10を見上げる三人の姿が確認できた。

 大隊長であるフェノンリーブ少佐、そして二人の姫君が各坐したA-10に視線を向けて何かを話し合っている。
 詳しいことまでは分からないが、A-10に搭乗していたテロリストは少佐の元同僚であり、オルフィーナ中尉の教官だった人物らしい。
 デンマーク王国の元客人、ドイツ軍の元将校・・・・・・そんな人物が起こした今回の事件がもたらす影響は、決して小さいものではないだろう。
 隆さんの話によると、テロリストを鎮圧したのは米軍の部隊とのことだ。
 テロ事件によってグリーンランド内のデンマーク政府の統治力が問われるかもしれないが、どのような思惑があったにせよ主権国家の領土内での武力行使は間違いなく問題になる。

「まぁ・・・・・・私が気にすることじゃないわね」

 小さく呟いて頭を振る。
 まだ誰にも話してはいないが、百里から来ている私たちの部隊を欧州から引き上げる案が日本で決定されたとの情報が入ってきている。
 早ければ来週には日本への帰還が命じられるだろう。
 他人事・・・・・・と表立って言う気は無いが、今後のグリーンランドの政情がどうなるかは私の預かり知ることではない。

「ったく、引っかき回すだけ引っかき回して・・・・・・自分はたんこぶだけかよ、どれだけ悪運強いんだお前は?」

 怪我人の救助をしていたブリュッケル中尉が呆れた口調で呟きながら近づいてくる。

「そう言うなよ・・・・・・でもお前らは怪我が無くて良かったな」

「ん、まぁそうなんだが・・・・・・結局私たちは何もしなかったからな、怪我をしたくても出来なかったさ」

 隆さんの言葉に頬を指で掻きながら答える彼女の姿を見ていると、三澤隊長がぼやいていた言葉を思い出してしまう。

 マナちゃんやトゥルーリ少尉を基地に戻し、難民居住区に保管してあった武装を装備して配給施設の鎮圧に向かったらしいが、施設に向かう前に米軍の特殊部隊に拘束されてしまったそうだ。
 意気込んだのに結局何も出来なかった、っと珍しく落ち込んだ様子で呟いていた隊長の姿が不謹慎だけど可笑しくて仕方が無かった。
 米軍が撤収すると同時に開放されたそうだが既にテロリストは無力化されており、巻き込まれて怪我を負った難民の救助が大変だったそうだ。

「おい・・・・・・グラサン野郎」

「ん?・・・・・・ああ、無事だったのかクソ餓鬼」

 何時の間にか現れた少年と会話する隆さん、話し方から察するに余り良い仲じゃないみたいだけど・・・・・・
 チラリとブリュッケル中尉に視線を向けると、彼女は肩を竦めながらヤレヤレと言った態度を見せる。

「一応、礼は言っておくよ。あんたのお蔭で姫様が助かった・・・・・・人質になってた皆も・・・・・・助かった」

「・・・・・・ああ」

 隆さんに礼を言う少年だが・・・・・・その瞳は敵意と憎しみに満ち溢れている。
 そのことに疑問を感じるけど隆さんは乾いた笑みを浮かべて少年を見据えている。

「でも・・・・・・あんたは俺たちを運が無い人間だって言った、勝手に野垂れ死ねって罵りやがった」

「・・・・・・ああ、そうだな」

 少年の呟いた言葉にギョッとしてしまう。
 隆さんがそんなことを言うなんて信じられない。そう思って彼を見るが、彼は否定せずに少年の言葉に頷くのみ、傍らに立つブリュッケル中尉も複雑な表情を浮かべて黙って少年の声に耳を傾けている。

「・・・・・・俺は、皆を見下したあんたを絶対に許さない」

「だろうな・・・・・・許してくれなんて言わないから安心しろ」

 乾いた笑みを浮かべて言った隆さんのことばに、少年は年齢にあるまじき壮絶な形相を浮かべて彼を睨みつけた。
 その瞳を見て、自分が睨まれているわけでも無いのに足が竦んでしまった。

「二度と・・・・・・ここに顔を見せるな」

 最後にそう言い残し、少年は背を向けて立ち去って行く。
 その後姿を黙って見送る隆さん・・・・・・力無い笑みを浮かべて肩を落とした姿は、何故か今にも消えてしまいそうな儚げな存在に見えた。

「自業自得だな」

「五月蝿いなぁ・・・・・・俺だって少しは後悔してるんだからさ」

「へぇあれだけ言いたい放題言っておきながら、少ししか後悔してないのか?」

「そう言うなよ・・・・・・ってアザリー?お前俺が話した内容を何で知ってるんだ?」

「さてな・・・・・・まぁ後で嫌でも分かるから覚悟しとけよ」

 動揺した隆さんの言葉に余裕の笑みを見せて笑い飛ばすブリュッケル中尉、そまるで出来の悪い兄を見ているような姿を見せて足早に立ち去って行く。

「ったく、覚悟ぐらいしてるさ・・・・・・そう言えば橘はどうしたんだ?大丈夫だったかアイツ?」

「ええ、今頃基地の格納庫で大の字になって寝ているはずね」

 そう返答すると、隆さんは意味が分からないのか不思議そうに首を傾げる。
 彼女のことを心配する隆さんに、ちょっとぐらい私のことも心配してくれてもいいじゃない・・・・・・っと変なことを考えてしまった思考を追い出して、コンクリートの床に倒れていた栞の姿を思い出す。
 F-14Dを出撃させるために整備ガントリーを人力で動かした整備班。
 栞は音頭をとるだけじゃ我慢できなかったらしく、整備班に手を貸し・・・・・・疲労困憊になってその場でダウンしてしまった。
 トゥルーリ少尉に看病を頼んだから・・・・・・隆さんが心配することは起きないだろう。

(でも・・・・・・別の意味で危険かしら?)

 トゥルーリ少尉の性癖を考えて不安になるけど、まぁ栞のことだから大丈夫だろう・・・・・・ちょっと無責任かもしれないけどね。

「・・・・・・あれ?・・・・・・あの人・・・・・・」

 少年が立ち去った先に、三澤隊長と話している人物の姿を見て愕然としてしまう。

「ん?ああ、菅生さんか・・・・・・」

「え?すごう?・・・・・・あの人が?」

「ビックリするだろう?こんなところで俺たち以外の日本人がいるなんてな・・・・・・ああ、悪いけど葵。後で静流さんを呼んできてくれ、一応報告しておきたいからさ」

(すごう・・・・・・?)

 彼の言葉を遠くで聞きながら、三澤隊長と別れ難民たちの雑踏に消えた人物の姿を再び思い浮かべる。

 実際に会ったことは無い、見たのは古ぼけた写真で一度拝見したのみ。
 一緒に写っていた憎たらしい男が『僕もこの頃は若かったな~』と話していたので印象に残っている。
 日本屈指の生物学研究者、そしてBETA研究の第一人者。

「後藤・・・・・・博士?」

 呟いた言葉に答えてくれる人は誰もおらず、隆さんに再び声を掛けてもらうまで・・・・・・私は死んだと聞かされていた人の幽霊を見てしまったと考えていた。























 翌日
 デンマーク陸軍基地

<社 隆>

「・・・・・・百里の時とは正反対・・・・・・か」

 目の前に広がる海を見ながらポツリと呟く。
 海には少さい流氷が幾つか浮いている、始めてみた時は随分と興奮してしまったが、今では興味すら湧かない。
 そんな海から吹いてくる肌寒い波風を受けながら、基地の周囲に張り巡らされたフェンスに身体を預ける。

 帝国軍に派遣された直後に起きた百里でのテロ騒ぎ、その後はそれまで自分に冷たく当たっていた基地の連中の態度が一変した。国連軍に敵意を向けていた彼らがあの事件の後から好意的に接してくれるようになったのだ。

 だが・・・・・・どうやら今回は逆だったようだ。
 考えるまでも無い、自分の言った発言を鑑みれば・・・・・・そうなるのは簡単に予想できた。

(・・・・・・あれで良かったかどうかなんて・・・・・・俺には分からないよ)

 内心で呟き目を瞑る・・・・・・脳裏に浮かぶのはあの瞬間。
















「ったく・・・・・・物騒な機体だな、ほんとにッ!!」

 網膜に映る機体ステータスを見てそう叫ぶしかなかった。
 右上半身は反応ロスト、左腕半壊・・・・・・脚部は今しがたA-10のジャベリンによって串刺しにされて、配線やシリンダーが全部逝って赤く染まっている。

 相変わらずボロボロになる機体だなと心の何処かで皮肉めいた感想が漏れるが・・・・・・今はソレを感じている暇は無い。

『・・・・・・救いに来た人質を押し潰す、そんな結果を招いた己の早計さを怨むんだな』

 テロリストの言葉を直ぐには理解できなかった。
 だが、ギギギと耳障りな音を立てて、人質になっている人たちへ乗機が押し出されるのを感じ、漸く理解できた。
 この馬鹿は熊蜂で人質を潰そうとしている。

(ふざけるなよッ!!)

 このままじゃテロの片棒を担ぐことになる、そう考えて必死に操縦桿を操作するが機体は何の反応も見せてくれない。
 網膜には人質たちが悲鳴を上げて此方を見上げている姿が映っている・・・・・・彼らを潰すなんて冗談じゃないと思った瞬間。
 突然、機体が支えを失いA-10もろとも配給所の建物に崩れ落ちる。

『くそ・・・・・・何が起こった?レーダは何の反応も・・・・・・ッ!?ジャミングされていたのかッ!?』

 テロリストの喚き声が聞こえてくるが、突然の衝撃で頭を打ってそれどころじゃない。

「痛つつ・・・・・大丈夫かファーナ?」

「え、ええ・・・・・・大丈夫・・・・・・死ぬかと思ったわ」

 痛む頭を擦りながら後部座席に目を向けると、冷や汗を流しながらそう答えてくるファーナの無事な姿があった。その姿に安堵していると・・・・・・網膜に映る機体ステータスの一つが急速に低下して行くのに気付いた。

『動力が・・・・・・止まるッ!?貴様一体何を・・・・・・ッ!?貴様あの時の日本人かッ!?』

「ん?なんのことだ?・・・・・・おいアシュ公、お前なんかやってるのか?」

 近距離通信でデータリンクが繋がったのかテロリストの顔が網膜に映し出される。見るからに堅物な軍人然とした男が何か騒いでいるか今はそれに構っている暇は無い。
 A-10の主機も出力が落ちているとの情報も網膜に流れている、明らかに何かが起きたに違い無い・・・・・・そしてソレを起こすのが、この機体に搭載された怪しげなシステムだと言う確信が何故かあった。
 A-10による二度の砲撃に晒された瞬間、この機体は自分の意図しない動きを取ったのだ。
 機体を沈み込ませ胸部への直撃を避けた熊蜂・・・・・・一度は気のせいかと思ったが、二度目で確信した・・・・・・この機体は最小の動きで回避行動を行ったのだ。

『レーダのジャミング、及び機体CPUにハッキングして無力化を図っているだけだ』

 予想通り、沈黙を保っていたアシュ公が流暢な声で説明し始める。

「・・・・・・お前、俺にはECMの類は使用できないと言ったよな?」

『確かに、無線での使用は出来ないと返答した。だがこの距離であればバッフワイト素子による接触通信で敵機への干渉は可能になる』

 そして・・・・・・返ってきた返答は此方が理解出来ない内容。

「ば、ばっふ?・・・・・・よくわからん。まぁいい、これで終いだ。とっとと機体から降りて投降しろ・・・・・・あっけない幕切れだけど終わったんだよ」

『ふざけるなッ!!このような結果では誰も納得はしないッ!!』

「誰も納得しなくていいんだよ、こんな下らない騒ぎ・・・・・・とっと終わったほうが皆のためだ」

 尚も喚く男の言葉に辟易しながらそう答えながらシートに深く腰掛ける。
 遠くの空にフェノンリーブ少佐のEF-2000、基地からは・・・・・・誰が乗っているかは分からないがF-14Dが近づいてくるのが見えた。
 その機影を見て終わった・・・・・・と内心で深く安堵した。
 手段や結果はどうあれテロを防ぐことはできた、後は司法の場に連中が引きずり出されるだけだ・・・・・・それ以降は自分の知ったことでは無い。

(ってもなぁ・・・・・・俺もきっと取り調べ受けるんだろうなぁ)

 などとこの後のことを考えて憂鬱な気分になった直後。

 隣に倒れていたA-10の胸部が吹き飛ぶ光景が目に飛び込んでくる。

「なッ!?」

 視界の端、喚き散らしていたテロリストの映像が同時に消え失せる・・・・・・A-10の状態を見れば確認するまでも無い、管制ユニットもろとも吹き飛んだに違い無い。
 背部に大穴が開いたA-10を見て呆然としてしまうが、突然騒がしくなった周囲の状況に思考がクリアになっていく。

 だが・・・・・・見るんじゃなかったと、後で後悔することになる。

 白煙が舞い上がっているので光学カメラは使い物にならないが、赤外線センサーはしっかりと白煙の中で起きている光景を自分に見せてくれた。
 配給所周辺から現れた幾つかの集団。その統率された動きを見て、明らかに高度な訓練を受けた集団だと一目で分かった。
 無駄の無い動きで行動する彼らを、感嘆の吐息を漏らしながら眺めていたのだが・・・・・・人質を包囲しているテロリストに近づき、人質もろともテロリストを撃つのを見てその評価を一変させる。

「・・・・・・デンマーク軍の対テロ部隊じゃない、米軍の特殊部隊ねッ!!」

 背後で呻くように叫ぶファーナの声を聞いて納得する・・・・・・何より、御丁寧に熊蜂が捉えてくれたA-10を狙撃した機影がその言葉を肯定している。
 遠距離と言えば遠距離、ナルサルスアークに隣接する米軍基地側の洋上にて滞空していた一機の戦術機。
 A-10のレーダは愚か熊蜂のレーダにすら反応を示さなかった存在。

(F-117・・・・・・ナイトホークッ!!)

 先日F-15の試作機を受領する際に米軍基地の格納庫で見かけた機体。
 漆黒の塗装と角ばった外見を持つ第二世代戦術歩行攻撃機・・・・・・いやステルス戦術機。
 BETA戦には全く意味の無い技術が盛り込まれたその機体が、機体と同じ長さはあろうかと言うライフルを携えて洋上に少しの間滞空しているのが確かに見えた。
 だが熊蜂の周囲に展開していた特殊部隊の引き上げと合わせて、F-117も洋上へと消え去ってしまった。

『隆さんッ!!ファーナ中尉ッ!!生きてますかッ!?』

 ヘッドセットから真奈美の声が聞こえてくるが・・・・・・その声を遠くに聞きながら、自分は物言わぬA-10を見続けることしかできなかった。














「・・・・・・はぁ」

 もう何度と無くデンマーク軍のMPに話した内容が脳裏に浮かび自然と溜息が漏れる。
 騒ぎの後、熊蜂の記録した映像は押収され、自分は長時間に渡ってMPから取調べ・・・・・・というか尋問を受けた。
 覚悟はしていたが、実際に受けてみると・・・・・・心身ともに疲労困憊になって動くのも億劫になってしまった。
 少しは身体を動かさないとと思って散歩しているのだが、どうしても事件のことが脳裏に浮かんでしまう。
 
 自分が発言した言葉・・・・・・御丁寧にそれらはA-10によって各地へ配信されていたらしく、何処に行っても白い目で見られ煙たがられてしまう。
 クソ餓鬼・・・・・・確かトニーだったか、あの少年にもああ言われた以上、もう配給の手伝いに行くことは出来ないだろう。
 そんな結果を招いてしまった自分の言葉を後悔していない・・・・・・と言えば嘘になるが、自分の本音が含まれていたことに間違いは無い。


 ―――運が無い、そう運が無かっただけだ。
 

 BETAに殺されるのも、BETAに土地を奪われるのも・・・・・・難民施設で死ぬのも、皆運が無かっただけだ。
 こんな極寒の地にある難民施設ではなくアメリカあたりの施設に移住できていたら、テロリストが見た虐げられた難民ってのは違った生活を送れたかもしれない。
 突き詰めていけば欧州では無く、もっと他の国の住人として生まれていたら・・・・・・辛い思いはしなくてすんだはずだ。

(・・・・・・俺のいた世界に生まれてれば、少なくともBETAなんて化け物に脅かされることは無かったのにな)

 そんなIFを考えて力なく笑うことしか出来ない。

 だがその言葉は間違いなく暴言だ。虐げられ、今苦しんでいる状況に身を置いている人間からしてみれば・・・・・・見下していると見られても仕方が無い。
 実際には見下しているわけじゃない・・・・・・興味が無いだけだ。

 元の世界でも同じ。
 単純な話、自分が一つの契約を勝ち取れば競合していた他社は見込んでいた利益を失う。
 契約を失った会社は仕事を無くし、下手をすれば倒産するかもしれない。
 そして倒産すれば、会社に所属していた社員は職を失い収入が得られなくなる・・・・・・その収入で暮らしていた家族がいれば一家が路頭に迷うことになる。
 極端な例かもしれないが、そういったことは実際には有り得る。
 
 自分が勝ち取った契約で誰かが苦しむ・・・・・・だが、それを考えて生きている人間などいるだろうか?
 元の世界は寝る間を惜しんで生きる競争社会。
 皆、自分のことで精一杯なのだ、自分の周囲のことならいざ知らず・・・・・・自分の預かり知れぬ場所で誰が苦しもうとも、【知らなければ】興味を持つことは恐らくないだろう。
 結局はそう言う事だ、実際に目の当たりにしたことの無いことを言われても自分には何ら現実味が無い。
 自分にとって難民施設と言う場所はこのナルサルスアークが全てだ。
 百里で航空祭の時にも難民の姿は見たが、彼らにしても此処に住む人々にしても・・・・・・テロリストが言う虐げられた人々とは結びつかない。
 何を言われても他人事にしか聞こえない・・・・・・

 誰かに言えるわけないが・・・・・・この世界そのものが自分にとって見れば他人事だ。

 そんな気持ちだからあんな言葉が吐けた。
 自分がこの世界の本質を未だに知らないから叫ぶことが出来た。
 だから別にオルフィーナやテロリストの言葉を真っ向から否定する言葉は俺には無い。
 俺があの時言いたかったのは、建前ばかりじゃなくて本音を少しでも垣間見せろってことだった。

 理想や信念に基づいた美辞麗句、確かにソレが必要とされる時はあるだろう。
 だが、自分の命をチップにしているあの状況で、そんな上辺で取り繕った台詞を聞いていると虫唾が走る。
 何かを本気で伝えたいなら自分も本音で物事を語れ。
 時として人は、千の言葉を紡がれるよりも生の一言で動く時がある。

(・・・・・・まぁ俺もそれに気づくのは時間が掛かったけどさ)

 元の世界、会社に入社したての話だ。
 研修を受け、いっぱしの営業マン気取りだった俺は配属された先で契約を取ることが全く出来なかった。
 顧客からは人生を知った気でいるいきがった若造ぐらいにしか見られていないのに、会社の研修によって洗脳された俺は、矢継ぎ早に言葉を紡ぎベテランの気分でいた勘違い野郎だったのだ。
 同期がどんどん実績を上げる中、契約が取れなかった俺は焦りに焦った・・・・・・そして追い詰められた起こした行動の結果漸く俺は気づいたのだ。
 下らないプライドを金繰り捨て顧客の前で土下座して言った言葉は・・・・・・「俺の最初のお客になってくださいッ!!」
 それはただの懇願だった、追い詰められた俺が見せた最後の本音だった。
 それからだポツポツと契約が貰え始めたのは・・・・・・低姿勢を心がけ、ここぞと言うときに本音を相手にぶつけるようにした結果が、今の自分を産んだ。

 本音で全てが上手く行くとは言わない。だが共感はして貰えなくても理解はして貰える・・・・・・理解して貰えれば、自分の言いたいことは相手に伝わる。
 
 貴族たちの物言いとサラリーマンの仕事を一緒にするなと言われるだろうが、俺にとって見れば結局は同じ人間なのだ、同じ言葉を紡ぐ以上その伝え方に差異は無い。
 本音を語れば・・・・・・相手に届く可能性が少なからずある。

 あのテロリストの男は・・・・・・その機会を永遠に失ってしまったわけだが。

「まぁ結局は・・・・・・何の解決にもなっちゃいないけどな」

 これから先、難民問題がどうなるかなんて俺には分からない。
 二人の姫様がどうなって行くかも分からない。
 俺は結局、ただ自分の言いたいことを喚き散らしただけなのかもしれない・・・・・・考えてみるとテロリストと同じだなと思いついて苦笑してしまう。
 
 まぁ、これからやり難くなるだろうなと嘆息してボーっと空を見上げていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。

「・・・・・・隆」

 名前を呼ばれたので顔だけ其方に向けると・・・・・・さっきまで考えていた二人の姫様が自分の傍に佇んでいる。
 見上げる形で二人の表情を見るが、逆光のせいで良く見えない。
 だが変わりに・・・・・・

「ふむ・・・・・・二人とも白のレースか」

「え?・・・・・・ッ!!」

 自分が呟いた言葉の意味に気付いたのか、オルフィーナがスカートを抑えて小さく悲鳴を上げる。
 だが、隣にいらっしゃった妹君はと言うと・・・・・・

「一回死になさいッ!!」

「うぉッ!?・・・・・・危なねぇなぁ」

 容赦なく踏みつけようとしやがった。
 慌てて避けたけど、ヒールなら兎も角あんな頑強なブーツで踏まれたら顔面が陥没しちまう。まぁヒールでも十分洒落にならないけど・・・・・・

「冗談だよ、見えるわけないだろう・・・・・・」

 ヒラヒラと手を振って誤魔化す、だが両手を腰に当てて此方を見下ろしているファーナの隣でオルフィーナがやたらと恥ずかしそうに俯いている姿を見て首を傾げたくなる。
 何をそんなに恥ずかしがっているのか知らないが、あんな厚手のストッキングを履かれていたら下着なんか見えるわけが無い・・・・・・いや、それはどうでもいいことなんだが、珍しい仕草をしているオルフィーナの姿に少々唖然としてしまう。

「どうしたオルフィーナ?調子でも悪いのか?」

 そう聞いてみるが彼女は首を横に振って否定する。

「そっか・・・・・・ああ、二人にはまだ謝ってなかったな・・・・・・昨日は悪かった・・・・・・馬鹿だのなんだの暴言吐いて、ほんと姫様に言っていい台詞じゃないよな・・・・・・許してくれとは言わないが謝らせて欲しい・・・・・・」

 そう言って立ち上がり、頭を下げながら最悪不敬罪で処罰されるかもしれないなと考えるが、それも仕方の無いことだと自分に言い聞かせる。
 自分は無礼極まりない発言をした、当事者でも無い第三者なのに、言いたい放題言って色々な人を傷つけた・・・・・・それ相応の報いは受けないといけないだろう。

 だが返答は辛らつな言葉では無く・・・・・・後頭部への衝撃だった。

「ッ!!・・・・・・くぅぉぉぉッ!」

 拳骨を食らった、そう理解しながら痛む頭を抑えて顔を上げると、拳を掲げたファーナの姿が視界に映る。

「今回はコレで不問にするわ・・・・・・次は無いから覚悟しなさいッ!!」

「そ、そうか・・・・・・オルフィーナも同じでいいのか?」

 なんだか目がチカチカする、だがオルフィーナも殴って気が済むのだと思い、覚悟を決めて顔を彼女に突き出すが・・・・・・何時までたっても衝撃がこない。

「私はいい・・・・・・話を聞いてくれれば、それでいい」

 恐る恐る目を開けると、オルフィーナのそんな呟きが聞こえてくる。
 
「話?・・・・・・なんの話だ?」

「まったく、勝手に話を続けないで私たちにも少しは話をさせなさいよ・・・・・・ありがとう社中尉、とっても癪だけど貴方に感謝するわ・・・・・・私も姉さんも」

「???」

 はて、自分は彼女たちに感謝されるようなことをしただろうか?
 テロを鎮圧したのは自分じゃない、それどころが無謀な行為でファーナを危険に晒してしまったはずだ。
 だと言うのに、ファーナもオルフィーナも申し訳無さそうに自分を見ている・・・・・・意味が分からん。

「なんだってんだ?・・・・・・恨まれるなら兎も角、感謝される言われは・・・・・・」

「貴方の話で分かったの・・・・・・なんで私が此処にいるか」

「ああ・・・・・・そう言えばそんなこと言ったな」

 答えながらポリポリと頬を指で掻く、ノリと勢いで言った自分がとても恥ずかしい。

「そ、偉そうに恥ずかしげも無く叫んだ貴方の言葉・・・・・・でもお蔭で思い出したのよ、私が今の私になろうと決めた思いを」

「ふぅん・・・・・・なんだったんだ?」

「私は姉さんの力になりたいの・・・・・・ほんと、なんで忘れてたのかしら」

 言って笑うファーナ。
 その笑みは力無い笑みだったが何時もの作り物めいた表情とは違う・・・・・・本当の彼女の笑顔だった。

「建前と国益ばかり気にして・・・・・・周囲の期待に応えようと頑張って・・・・・・何時の間にか大切なこと忘れてたわ。久しぶりに会ったフェノンリーブ少佐・・・・・・いえルーファスが私を見て戸惑った漸く理由が分かったわ」

 こんな笑顔もするんだなと、何処かで感心しながら彼女の話を聞いて苦笑する。
 あんな勢いで言った言葉でも、彼女が自分の本音に気づけたのであれば後悔しない。さっき恥ずかしく思ったのが馬鹿みたいだ。

「ルーファスね・・・・・・そう言えば少佐がファーナのお守りしてたったのは本当なのか?」

 前にそんな話を誰かから聞いた気がする。
 堅物だが何処か陽気なあの人が世話したのにも関わらず、なんでファーナみたいな硬い姫様が出来たのだろうと疑問に思っていたのだが・・・・・・今彼女が浮かべている笑顔を見ていると自然と納得できた。

「ええ、10年前はけっこう無茶苦茶だったのよあの人、灰色の鷲とか持て囃されて今では落ち着いたけど、シェーナがよくお説教してたのを思い出すと今でも笑っちゃうわ・・・・・・なんとなくだけど、今の社中尉に似てなくもないかな?」

「ふん、あんなダンディな人になるなら本望だよ」

 そう笑い飛ばしながら彼女の話に出てきたシェーナとか言う人に興味が湧くが・・・・・・きっと聞かないほうがいいのだろうと心の何処かが次げている。

「オルフィーナは・・・・・・どうなんだ?」

 何の気なしに姉に話を振ってみる、自分の言葉が彼女に届いたのか・・・・・・少しばかり興味がある。

「私は・・・・・・私が守りたい人のために強くなった」

「守りたいものか・・・・・・今でも守れてるのか?」

 ポツリと呟いた彼女の言葉に自然と笑みが零れ、思わずそう聞いてしまった。
 彼女はその問いに小さく首を横に振り、しっかりとした声音で答えてくれた。

「守りたいと思ったのは私の勝手。守りたかった人は、もう私以上にしっかりしてしまったから・・・・・・もう私は必要ないかもしれない」

 彼女がチラリとファーナに一瞥を送ったのを俺は見逃さなかった。

「そうか・・・・・・だけど自分を必要無いなんて言うなよ?大丈夫そうに見えるかもしれないけど・・・・・・これからもしっかりと守ってやれよ」

 その言葉に小さく笑みを浮かべて頷くオルフィーナ、その顔を見ていれば彼女が本当に守りたかったものを察することは出来る。
 言われた本人は気づいていないようだが、まぁそれはそれでいいのかもしれない。
 下らないと唾棄した騒ぎだったが、二人はそれを切欠に自分の気持ちに気付くことが出来た。

 だが気付いたとしても、何れは二人の立場がソレを許さない選択を迫るかもしれない。
 悲しいことだがそれもまた二人が歩む道だ・・・・・・まぁまた同じようなことがあれば説教してやるだけだな。

「良かったよ、言いたい放題言っちまったからな・・・・・・もう口も聞いてくれないかと思った」

「まぁ・・・・・・貴方が昨日の発言に負い目を感じているのは分かるけど・・・・・・あんまり考え込まないほうがいいわよ?少なくとも部隊の皆は今更そんなこと気にしてない見たいだし」

 ファーナの言葉通り・・・・・・見慣れた連中が此方に近づいてくるのが見えた。
 百里で知り合った連中、欧州で知り合った連中・・・・・・ドイツもコイツも一癖も二癖もある奴ばかりだが・・・・・・お人よしなところは自分と良い勝負かもしれない。

「苦労掛けるな・・・・・・皆には」

「ほんと、これからのことを考えると頭が痛くなるわ・・・・・・」

 思わず呟いた言葉にファーナが腕組みして唸り始める。
 はて?そこまで思い悩むことだろうか?まぁ難民居住区や基地要員との軋轢は出来るかもしれないが、自分たちの本当の所属基地はスカパ・フローだ。そろそろ向こうの準備が出来ると聞いているので、この基地に滞在するのは後僅かなはずだが・・・・・・

(いや・・・・・・俺みたいなのと一緒の部隊だから色々不味いのか?俺の知らないところで二人に圧力が・・・・・・ぬぅ夕呼さんに頼んで・・・・・・も無駄だな、うん)

 などと色々考えていると・・・・・・

「さ・・・・・・姉さん」

 妹にそう促されてオルフィーナがおずおずと自分の前に出てくる。

「・・・・・・その・・・・・・」

「??」

 オルフィーナが珍しく言い澱む、表情を出さずに簡潔な言葉を並べる普段の姿からとても想像できない。

「・・・・・・以前、隆が私に教えてくれた」

「何を?」

「・・・・・・大切な人を思う気持ち」

「・・・・・・言ったか?・・・・・・ああ、フェノンリーブ少佐の件か」

 ポンッと両手を叩いて記憶を掘り起こす。
 オルフィーナを婚約者であるフェノンリーブ少佐に惚れさせると宣言したのだが、何時の間にか疎かになってしまっていた。

「・・・・・・大切な人がいると何時もその人のことを考えてしまう」

「そうそう、今何してるのかな~とか、今日はもっと話したかったな~とかだな」

 うんうんと頷いて、オルフィーナの言葉を待つ。

「・・・・・・大切な人のことをいつも目で追ってしまう」

「うむ、何故か気になるんだよな・・・・・・何食べてるのとか、何話してるのとか、傍にいても気になるんだよな」

 オルフィーナの成長に目頭が熱くなる。
 どうやら俺の苦労は無駄では無かったようだ、俯いて頬を赤らめている彼女の姿を見ているとそう実感できる。

「・・・・・・大切にしたい気持ちが高まると、ベットに括りつけて何処にも逃げないようにしたくなる」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと待て、それ教えたの橘だな」

 間違いない、そんな物騒なことを吹き込むのは橘栞しかオルフィーナの周りには存在していないッ!!
 だがまぁ・・・・・・まるで恋する乙女宜しく、モジモジしているオルフィーナの姿を見ていると当初の目的は十分達成できたと確信する。

 ん・・・・・・はて?・・・・・・なんでそんな態度を今してるんだ?

「だから・・・・・・隆が私の大切な人」

「・・・・・・はい?」

 しっかりと此方の目を見て話すファーナ、その思いがけない言葉に思考がフリーズしてしまった。
 薄々感じていた予感がバッチリ的中する、的中しなくてもいいのに的中しやがったッ!!
 近寄ってきた部隊の仲間も俺たちの話が聞こえたのか、何人かが足を止めて硬直している。

「・・・・・・え・・・・・・えっと」

 此方を見上げるオルフィーナの瞳に射竦められて上手く声がだせない。
 何かを言わなければならない。
 何を?
 俺たちは立場が違う・・・・・・いやいや、俺には霞が・・・・・・ちゃうちゃう婚約者が、麻美がいるんだから。

「そう言う訳だから・・・・・・宜しくね社中尉」

 必死に脳みそをフル回転している此方の動揺を気にする事無く、俺の肩を叩いて他人事のように呟くファーナ。

「い、いや・・・・・・ちょっと、お前・・・・・・」

「少佐との件は私がなんとかするわ・・・・・・ああ、そうそう、確か社中尉には婚約者がいらっしゃるんでしたか?どうぞ遠慮なく此方にお呼びください、姉さんと一緒になれば晴れて王族の一員に仲間入り・・・・・・妾の二人や二人いても誰も気にしませんから」

「む、婿養子の種残してどうすんだよ・・・・・・ってそうじゃないッ!!んな二番とか麻美が許すわけ・・・・・・ああ、違う俺が言いたいのはそうじゃなくてなッ!!」

「・・・・・・迷惑?」

「そんなわけ無いわよね【隆兄さん】?一国の姫の好意・・・・・・まさか無下にするなんて恐れ多いことしませんよね?」

 サラッととんでもない事を言ってくるファーナ・・・・・・なんだろう・・・・・・勢いがありすぎて止められそう無い。
 しかも目の前の二人が今まで見せなかった顔で此方を見てくる・・・・・・何か解いてはいけない封印を俺は解いてしまったのだろうか・・・・・・

「・・・・・・」

 額に冷や汗を流しながらチラリと仲間たちの姿を見て・・・・・・さらに冷や汗が増す。
 不味い、かなり不味い・・・・・・なんだこの修羅場は?
 なんでこうなった?俺は何処のギャルゲーの主人公だ?モテ期か?俺にもモテ期がきたのか?

(い、いやいやいやいや、現実逃避している場合じゃないぞッ!!どうにかしてこの状況から抜け出さないと・・・・・・でも退避ルートが見つからない、いっそ海に飛び込むめば・・・・・・死ぬな、間違いなく死ぬ・・・・・・こ、これは・・・・・・詰んだ・・・のか?)

「あ、あはははははは」

 なんだか何もかもどうでも良くなってしまい乾いた笑みが自然と漏れていく。
 見上げた空はとても青い、海風がとても肌寒い、部隊の仲間の喚きが聞こえてくるような気がするが現実逃避した俺の耳には何も届かない・・・・・・



 だと言うのに・・・彼女が呟く言葉がやけにはっきりと聞こえてきた。










「私は・・・・・・隆のことが好き」











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