DONの落書き部屋

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「Muv-Luv 小説」
第二部

欧州編 17話

   国連軍大西洋方面第1軍ドーバー基地・C-17機内

<社 隆>

 一機のC-130が管制塔からの指示を受けて誘導路をゆっくりと進んで行く。
 その後方には離陸の順番待ちをしている同型機が何機も控えている。輸送機が駐機しているハンガー内には、大勢の整備士が輸送機に取り付き、出発する機体のライン整備を入念に行っていた。
 グランドスタッフ達が世話しなく駆け回り、マーシャラーが誘導灯を掲げながら誘導路に立つ、そんな彼らの姿が搭乗している輸送機の窓から見える。
 
(瞳ちゃんは・・・・・・もう地球を一周ぐらいはしたのかね)

 外の景色に視線を向けていると、巨大な構造物が多い軍の基地内であっても一際異彩を放つ巨塔、HSST等のシャトル打ち上げを可能とするマスドライバー施設が自然と視界に入ってくる。
 人類が編み出した超長距離輸送技術。
 飛翔物体を狙うBETAが何故低軌道上のHSSTや衛星を狙わないかは不明だが、比較的安全に物資と人員を輸送できる手段・・・・・・そのHSSTに乗って数時間前に飛び立った彼女のことを思い出してしまう。

 自分達よりも一足早く日本に帰国した杉原瞳大尉。
 出来れば自分も宇宙に上がれると言うHSSTに一度乗って見たかったのだが、なんでもソ連に向かう前にアラスカに立ち寄って物資を積み込む必要があるらしく、HSSTへの搭乗は断念するしかなかった。
 瞳ちゃんを見送るついでに、宇宙へと飛び立つHSSTの打ち上げ光景を見たのだが・・・・・・軌道上まで上昇していくHSSTの姿は圧巻だった。

「種子島で・・・・・・ロケットの打ち上げを見たことがあったけど、その比じゃなかったもんな」

 そう小さく呟きながら時計を一瞥して今の時間を確認、輸送機の離陸予定時間までまだ少し余裕がある。
 ゴソゴソと座席の下に置いたボストンバックに手を伸ばし、中から一つの袋を取り出す。何の変哲も無い少し大き目のビニールパック。中に詰まっているのは、親指の爪と同じぐらいの大きさがある固形物。それを一つだけ手にとって口に放り込む。

(ったく・・・・・・ただ甘いだけじゃないか)

 内心でそう嘆息しながらも、口内に広がる飴の甘さを感じながら目を閉じる。

 この飴が入った袋を受け取ったのはつい先ほどのことだ。
 HSSTに搭乗する瞳ちゃんと最後の談笑をしていたロビーにて、同じ便で日本に帰国するミツコさんを見掛けた際に彼女と一緒にいた菅生さんから渡されたのだ。
 何故二人が一緒に?と疑問を持ったが、日本人が日本に帰国するのに理由が必要ないかと考え、特に理由を聞く気にはなれなかった。
 飴の入った袋は、なんでも・・・・・・あのクソ餓鬼から俺に会ったら渡してくれと頼まれたそうだ。
 クソ餓鬼なりの感謝の気持ちらしい。菅生さんの話では、俺に吐いた暴言を後悔していたそうだが・・・・・・冗談じゃない。
 テロリストに向かって俺が吐いた言葉が、難民である彼らの心を傷つけたのは間違い無い。例え結果が良くても過程があれでは難民の人たちが納得するわけが無い。

 自分の気持ちを誤魔化してまで言った謝罪の気持ちなど・・・・・・此方から願い下げだ。

「・・・・・・虫歯になったら責任とれよな、クソ餓鬼」

 脳裏にクソ餓鬼の姿を思い浮かべながら苦笑する。
 子供は苦手だ、その気持ちは今も変わらない。だが生きるために必死に足掻いている子供達、その生命力に満ち溢れた姿を見ていると・・・・・・不思議と悪い気はしなかった。

(ほんと・・・・・・長かった気もするけど・・・・・・実際には三ヶ月も滞在していなかったんだよな)

 短い期間だったが色々なことがあった、閉じた目蓋の裏に欧州での思い出が過ぎって行く。

 初めて空母に乗った日のこと、カタパルトで射出されて吐きそうになったこと、いけ好かないアメリカ人と乱闘したこと、知人だった少女が自分を知らなかったこと、眠れなくなるまで命のやり取りをしたこと、難民のたちの姿を目の当たりにしたこと、彼らを救おうとした人がいたこと・・・・・・そして世話になった多くの人たち。

 背中を預け、共に戦場を駆け抜けた大隊の仲間達。
 最初に顔合わせした時とは半数以上が別の顔になっていたが、例え短い間でも同じ戦場に立ち、共に不味い飯を食って、狭い宿舎で雑魚寝をすれば一体感も生まれる。
 助けた仲間もいた、助けて貰った仲間もいた、そして死んだ仲間・・・・・・助けられなかった仲間もいた。
 生き残れたことを喜び合い、また何時か何処かで再会しようと約束を交わして彼らと別れた。

 欧州の地において、元の世界では決して経験できないことを幾つも体験したきた。
 普通に生きているだけでは絶対に在りえない光景を見た、飛び交う砲弾、閃光と衝撃波を撒き散らす爆発、大地を埋め尽くす異形の化け物・・・・・・そして誰かが死ぬ場面を。
 BETAを殺すために引き金を搾った、助けてと懇願する少女を見捨てた・・・・・・なのに、それをした俺を仲間は非難しない。

 それがこの世界での常識だから、そこに罪の文字は存在しないから。

 それを表面では分かった風な振りをしているだけで、内心は逃げ出したい気持ちで一杯だった・・・・・・だが、この世界はそんな甘えを許してはくれない。
 この世界で生きるためには悲惨な現実から目を背けることは出来ない。

(っても・・・・・・そんなん直視してたら俺の心が潰れちまうよ)

 ゆっくりと目を開けて、再び窓の外を見る。
 基地の作業員、皆若い・・・・・・俺よりも若い奴がチラホラいやがる。
 これがこの世界の常識。それもひっくるめて、この世界で色々見てしまったことが、良かったことなのか悪かったことなのか、自分には分からない。

 だが忘れるのだけは駄目だ、こういった現実があると知ってしまったのだから。
 それに元の世界に戻っても、この記憶を忘れることなんて出来ないだろう・・・・・・

(考えると・・・・・・今すぐ元の世界に帰れますよ、って言われても・・・・・・正直微妙な気分だな)

 チラリと、退屈そうにシートに座る仲間を一瞥する。
 帰りたいのは本心だが、自分だけが平和な元の世界に帰るのは正直気が引ける。
 そう思ってしまうのは、自分がどうしようも無い甘ちゃん野郎だからだろうか?
 だが実際、俺は元の世界に帰る手段を見つけたとしても・・・・・・この世界で知り合った人間を全て見捨てることができるだろうか?

「止めだ・・・・・・そう言った悩みは、帰る手段を見つけてから考えよう」

 眉根に皺を寄せながらそう小さく呟く。余計なことは考えないほうがいい、今はまだその時では無いはずだ。

 人間、年を重ねれば重ねるほど、多くの出会いと別れを経験することになる。
 人の時間が有限である以上、何時かは離別する運命なのだ・・・・・ただ、その別れ方一つでその後の身の振り方が変わってしまうのも事実だ。

 別れが綺麗であれば、再び出会う時には笑顔で。
 別れが酷いものであれば・・・・・・二度と会うことは無いかもしれない。

「・・・・・・あれで・・・・・・良かったんだよな」

 窓の向こう、スカパ・フロー基地がある方角を眺めながら呟いた俺の言葉に・・・・・・答えてくれる人は誰も居なかった。



















 欧州編最終話     かれらは再会を誓う



















 一昨日
 スカパ・フロー基地・歓楽街

「う゛ぇぇぇぇぇぇぇんッ!!アザちゃん元気でね~!!風邪引いちゃ駄目だよ~!!ちゃんとご飯食べるんだよ~!!」

「わ、分かったから泣くなッ!!ってこら!!人の服に鼻水つけるなッ!!・・・・・・ほらティッシュで拭けよ、ったく自分が私よりも年上で上官だってのを自覚してくれよ・・・・・・」

「あぅ、あぅ・・・・・・ううぅぅぅぅ」

「瞳大尉、大丈夫・・・・・・またきっと会えます」
 
「え゛ぇぇぇぇぇんッ!!フィーちゃんも元気でねぇ~ッ!!」

「ふ、フィーちゃん?・・・・・・あ、あぁ由緒ある【オル】の名前を略すなんて」

「ファーちゃんも元気でねぇ~ッ!!姉妹なんだから喧嘩しちゃメだよぉ~ッ!!」

「み、三澤隊長、ファーナ中尉が固まっちゃいました・・・・・・」

「そっとしておいてやれ真奈美・・・・・・愛称で呼ばれるなど、中々出来ない経験だろうからな」

 騒がしい皆の姿を眺めながら珈琲の入ったカップに口を付ける。苦味と酸味、本物のコーヒー豆から挽いた味わいが口内に広がっていく。

(旨いな・・・・・・やっぱり天然ものは)

 明日、ソ連へと発つ自分達のためにアザリー達が開いてくれたささやかな送別会。並べられた食事や飲み物は、量こそ少ないが全て天然物で作られた贅沢品だった。
 料理を用意してくれたのは二人の姫様。こういった周囲に贔屓と取られかねない行為は、二人の立場を悪くしかねないと言うのに・・・・・・いや、ここは二人の好意を素直に受け取っておくべきだろう。
 瞳ちゃんに抱きつかれている二人に内心で感謝しながら、もう一度カップに口を付ける。

「相変わらずですね・・・・・・瞳大尉は」

 そんな賑やかな雰囲気に付いて行けなかったのか、ハティが肩を竦めながら俺の近くの席に座る。

「彼女だけ一足先に日本に帰るからね・・・・・・きっと寂しいのよ」

 何を語るでもなく、俺の隣に座っていた葵が苦笑しながらハティにそう答えた。

 百里から一緒に欧州へ派遣されたブルーインパルス所属のドルフィンライダー、杉原瞳大尉はソ連への派遣命令を受けていない。
 欧州で経験した作戦の内容を考え一足先に日本に帰り、彼女の持病を検査できる専門機関にて精密検査を行うとのことだ。
 明日の便で日本に帰ることが決定した時の彼女は、今と違って毅然とした態度で送られてきた命令書を受諾していたのだが・・・・・・きっと強がっていただけなのだろう。
 
「そうだな、でも少なくとも百里に帰れば俺たちはまた会えるからな・・・・・・ソ連への派遣だってそう長い期間では無いんだろう?」

 アラスカで行われていると言う新型戦術機開発計画、その計画に参加しているチームがソ連にて運用試験を行うことが決定したそうだ。
 そのチームの一つに日本が参加しているらしく、その護衛に自分達の部隊が選ばれたらしい・・・・・・正直、はた迷惑な話だ。
 スケジュールに組まれた日数から見て、恐らく一ヶ月もソ連には滞在しないだろうが、その分帰国するのが遅くなる・・・・・・いい加減横浜に帰らないと、霞に愛想を尽かされてしまいそうな気がする。
 それでなくとも先日ソ連に行くことが決まったと、長距離通信で霞に伝えた際、「・・・・・・知りません」っと頬を膨らませてソッポ向かれてしまったのだ・・・・・・その晩は食事が喉を通らなかったのは言うまでも無い。

「・・・・・・そうね、ソ連への滞在期間は確かに短いでしょうけど。百里に帰っても彼女はもういないわよ?」

「へ?どう言うことだ?」

 霞のことを考えて鬱に入りかけていた俺に半目で呟く葵。てっきり百里に帰れば瞳ちゃんがいると思ったんだが、療養するために暫く入院でもするのだろうか?

「彼女は百里じゃなくて浜松の基地に帰るのよ。隆さん知らなかったの?インパルスの本拠地は浜松よ?百里にいたのは航空祭の予定と浜松基地再建までの繋ぎ・・・・・・98年のBETA進攻で西日本は中部地方までBETAに荒らされたからね」

「・・・・・・じゃぁ百里には松土少佐とかも、もう居ないんだな」

「ええ、それにインパルスはうちの開発計画にも一枚噛んでるし・・・・・・岡崎の試験場が再建できた以上、駐屯するなら近い場所のほうが何かと便利だから」

 クルクルと自分の髪を弄びながら呟く葵の言葉に、俺はただ頷くことしか出来なかった。

 何時までも同じ生活が続けられるわけが無い、時は否応無しに進み周囲の状況を次第に変えて行く。
 それを止めることは誰にも出来ない・・・・・・だってそうだろう?止めたり、戻せるなら・・・・・・俺は元の世界に帰りたいよ。

「その航空祭、是非とも見てみたいものね・・・・・・自国の土地でそういったお祭りが出来る日本が本当に羨ましく思うわ」

 俺が小さく肩を落としていると、今までの話を聞いていたのかアルフがグラスを片手にそう声を掛けてきた。
 彼女の言いたいことは分かる。
 彼女の生まれ育った場所はBETAの支配地域になっており人が住める場所ではない・・・・・・BETAに祖国の半分が蹂躙されたのにも関わらず、航空祭なんてお祭り騒ぎが出来る日本を羨ましく思っているのだろう。

「ええ、きっと賑やかなお祭りなのでしょうね・・・・・・日本人は祭り好きと聞いてますし・・・」

 チラリと騒がしい集団に視線を向けて微笑するハティ。

「まぁな・・・だけど部隊の中が騒がしいのは今日までだよ。きっと明日からは静かになるとおもうぞ・・・・・・ハティにしてみればそっちのほうがいいだろう?」

 規律を重んじる彼女の性格を鑑みて苦笑しながらそう言うと、

「そうでもありませんよ?・・・・・・騒がしいと、賑やかでは似て異なる言葉ですから・・・寂しくなるのは間違いありません」

 笑みを浮かべて答える彼女の言葉に少々驚いてしまう。
 軍と言うものを誰よりも俺に意識させてくれた彼女、その彼女からそんな台詞が聞けるとは思ってもいなかった。

(俺たちに染まったのか?・・・・・・むぅ、いいやら、悪いやらだな)

 彼女の変化に手放しに喜べない。だがまぁ元は真面目な彼女だ、原隊に戻ったら戻ったで上手く合わせるのだろう。

「それに我々も本国への帰還が決定しましたので・・・・・・来月の頭に原隊に復帰することになりそうです」

「へ?そうなのか?」

 内心で考えていたことを言い当てられた気分だ、思わず身を乗り出して彼女に問いただしてしまう。

「ええ、社中尉たちが離れた後、部隊の再編を行うそうです・・・・・・私もグーデリアン少尉もスカンディナヴィア半島での作戦に参加しましたので、一度後方に下がって訓練のやり直しでですよ」

 ヤレヤレと小さく溜息を付きながら答えるハティ。彼女の言う通り、米軍にはそう言った習慣があると聞いたことがある。

「皆、国に戻るのよね・・・・・・ほんと、面白かったのに残念だわ」

「ははッ、そう言うなよアルフ・・・・・・そうか、もしアメリカに行くことがあれば連絡するよ。アメリカには行ったことが無いからな・・・・・・暇だったら是非とも案内してくれ」

 拗ねた様子でグラスを傾けるアルフに苦笑を送り、ハティへ小さな約束を投げかけてみる。

「ええ、心よりお待ちしています。その日が来るまで・・・・・・御武運を」

「・・・・・・ああ、お互いにな」

 言って二人で笑みを交わす。
 守れるかも分からない他愛の無い約束だが、背中を預けた仲間の無事を祈ることに偽りは無い。
 この世界の人間であれば、憎み合うのが普通なのかもしれない日本人とアメリカ人。互いに非がありながらもそれを認めることが出来ない両者、だと言うのに・・・・・・俺や百里から来た仲間達はハティやジャックと良好な関係を築き上げている。
 アメリカ人だろうが日本人だろうが、BETAの前では国や民族の垣根など存在しない。少なくとも現場で戦う俺たちのような連中には、そういった些細な問題は関係無いはずだ。

(・・・・・・この世界にこなかった知り合うことが無かった人か・・・・・・これも運命って奴なのかね)

 内心で呟いた自分の言葉に苦笑してしまう、我ながら随分とセンチメンタリストになったものだと。
 再び珈琲に口を付けてその味を堪能していると、泣きじゃくる瞳ちゃんが真奈美にへばり付いているのが見えた。

「あ、葵さん!!見てないでちょっと助けてくだ・・・・・・あ、あぁぁぁぁぁッ!!瞳大尉、それお酒!!飲んじゃ駄目ですって!!明日HSSTに乗るんですよ!?二日酔いなんかで行ったら搭乗拒否されますよッ!?」

「まったく・・・・・・マナちゃん水持ってきてあげて。血中に浸透したアルコールは水で薄めるしか手が無いから」

 溜息を付きながらも大股で歩いて行く葵、きっと彼女なりにあの輪に入る機会を伺っていたのだろう。
 出来ることなら自分も一緒になって騒ぎたいのだが、時折突き刺さるような視線を感じるので中々席から立てないでいた。

(そんなに睨むなよ・・・・・・まぁ自業自得だから何も言えないけどさ)

 ファーナの視線から逃げるように、身体を小さくしながら珈琲を啜る。

 静流さんに軽く説教されたのが二日前。
 あのお説教のせいとは言わないが、どうにもあれ以来オルフィーナのことを意識してしまい、彼女を避けるような態度をし始めた自分に対してファーナがかなりご機嫌斜めになっている。
 しかもその雰囲気が皆に伝わったのか、どうにも部隊内の雰囲気が悪い・・・・・・自分が一番危惧していた事態になったが、自分が蒔いた種のせいなのでどうしようも無かった。
 少なくとも戦闘に参加することが無かったことにはホッとした。こんな雰囲気で戦場に立てば・・・・・・皆プロの軍人なので問題は無いと思うが、俺がミスをして皆の脚を引っ張る可能性が高い。

 それはさておき先日の夕飯時のことだ、オルフィーナに余所余所しい態度を見せた俺に対してファーナが釘を刺してきやがったのだ。
 二人の身辺警護に就いていた人物(ってか全然気付かなかったが)を突然紹介された。
 一見すると温和なゲルマン・・・・・・いやアーリア人と言った風貌の男、だが握手を求められて握った手は鋼のように硬く、PXの床を踏み締める両足は俺が全力で蹴っても微動だにしない堅牢さを感じた(実際、後でオルフィーナに聞いたのだが、右腕と両足は機械義肢らしい・・・・・・白兵戦には重宝するそうだ)。
 名前はオーベルシュタとかなんとか・・・・・・いまいち思い出せないが、その人を見たフェノンリーブ少佐が冷や汗を流しながら「・・・鮮血の古き鉄」とかボソボソ呟いていたのが印象に残っている。
 あのフェノンリーブ少佐が驚愕していたからに、凄まじい経歴を持つ人なんだろう。実際、話をしていて生きた心地がしなかった。
 笑顔だが、二人の姫に何かあったら殺す、そんな雰囲気をビシバシぶつけられたのだ・・・本当に勘弁して欲しい。

(あの人が・・・・・・噂で聞いたデンマークが匿ってるとか言う、SSだかゲシュタポだか・・・・・・ナチの残党なんだろうか)

 内心で溜息を付きながら背後を振り向くと、丁度此方を見ていたオルフィーナと目が合った。
 ほんの数瞬、視線が交錯するが、彼女はその視線から逃げるように目を背けてしまう。

 正直、コレが一番キツイ。

 俺の態度に彼女が傷ついている・・・・・・それが分かっていながらも何も出来ない自分が情けない。
 そして彼女が自分自身を不甲斐無く思っているのことを、何となく察することが出来た。
 俺に思いを告げたあの一言、あの一言を伝えるだけでも彼女は相当の勇気を必要としたに違い無い。
 だがソレ以上の言葉を告げることが出来ない彼女。俺に聞きたいことがあるのに、それを問いただす勇気が無い自分自身に・・・・・・彼女は失望している。

 それを感じ取っていると言うのに、俺は何も出来ずに曖昧な態度を取り続けている。

(くそッ・・・・・・もう時間は無いってのに、俺は何してるんだよ)

 自分自身を呪うが、呪ったところで何も行動に移すことができない自分。

 情けない自分に反吐が出る。
 だが記憶を掘り返して見れば、社・・・・・・いや、金谷隆と言う男は昔から自分の気持ちに向き合わずに生きてきた。
 誰かに嫌われることを避けるために八方美人を繰り返し、適度な距離を保って関係を維持し続ける・・・・・・恋愛なんて面倒なことになると逃げ出す臆病者、そしてそれを悟らせないために飄々とした態度を心掛ける卑怯者。

(結局俺は・・・・・・誰かに背中を押して貰わないと何もできないのか)

 自嘲気味な笑みが漏れる。
 俺が自分自身で踏み込んで言った相手は・・・・・・考えると麻美しかいない。
 その麻美にしても、俺の背中を押してくれた人がいたお蔭だ・・・・・・まぁあの人は、そんなつもりなど一切無かっただろうが・・・・・・

(あの二人、この世界では何してるんだか・・・・・・アザリーに会って最初はショックだったけど、結局アザリーはアザリーだったからな。この世界にいる麻美とかに会って見るのもいいかもな)

 あれほどこの世界の麻美に会うことを拒否していた自分の気持ちが、欧州で経験した多くの事柄のせいで変化しまった。
 現金なもんだと、自分自身に苦笑していると・・・・・・

「旦那ッ!!今日は酒飲まないんっすかッ!?」

 ガシッ!!と俺の肩に腕を回しながらャックがへばり付いて来る。
 しかも酒臭い・・・・・・なんだか哀愁に浸っていた気分をぶち壊された気分だ。

「飲めるかよ・・・・・・明日は輸送機でアラスカまで行くんだぜ?何時間、乗り心地の悪い機内に缶詰になると思ってるんだよ?」

 軍用の輸送機に旅客機のような快適さを望むのは無理な話だ。
 出来れば自分も酒を飲みたいが、なるべく体調は万全にしていきたい・・・・・・じゃないと酔って吐く可能性が高い。流石にそんな情けない姿を皆に見せるのは気が引ける。

「何言ってるんですか旦那~あんなん戦術機に揺さぶられるよか遙にマシじゃないっすか~瞳姉さんの機体に乗ってた旦那が言っていい台詞じゃないっすよ~」

「ま、まぁそりゃそうだけどな・・・・・・」

 瞳ちゃんが操縦する機体に初めて乗った日のことを思い出す・・・・・・正直、本気で死ぬかと思った。

「ジャックッ!!お前は最後の最後までその態度かッ!!社中尉は上官だぞ、馴れ馴れしいのも大概にしろッ!!」

「なんだよ~お前こそ最後まで固いままかよ~・・・・・・聞いてくださいよ旦那ッ!!コイツ、俺の所属する部隊に配属されたばかりのペーペーだったときの話なんすけどね、私用で行ったNYで部隊の皆に隠れて猫の絵柄がプリントされたパジャマ買ってたんっすよ~コイツの柄じゃないっすよね~」

「き、貴様ッ!!それは秘密にしれくれとあれほど頼んだじゃないかッ!!」

「いいじゃん気にすんなよ~原隊の連中は皆笑ってたぜ?アイツも女の子らしいとこあるんだなって・・・・・・ウォーケンのおっさんも趣味は人それぞれだって頷いてたから、安心しろよ」

「この馬鹿ッ!!どうして約束守ってくれなかったのよ!!一緒に映画を見れば秘密にしてくれるって貴方言ったじゃないッ!!」

 豹変したハティの口調にあんぐりと口を開けて呆然としてしまうが、何時ものように夫婦漫才を繰広げ始めた二人の姿をヤレヤレと肩を竦めながら眺める。
 エレメントの錬度を見れば、二人がどれだけ互いを信頼し合っているのかぐらいは何となく分かる。
 この言い争いが二人にとって最も効率の良いコミュニケーションのとり方なのだろう・・・・・・正直、少しだけ羨ましくも思うが・・・・・・

「最後か・・・・・・」

 二人が言った言葉を噛み締めるように呟く。
 最後、そう最後になるかもしれない。こいつらと話すのも、こうして馬鹿騒ぎを見るのも・・・・・・もう二度と見れないかもしれない。

(わだかまりを解消するチャンスも・・・・・・最後なのかもしれないな)

「だから、今じゃなきゃ言えないこともある・・・・・・禍根を残して逃げる気ですか旦那?」

「ッ!?」

 まるで此方の心を見透かしたかのような台詞を呟くジャック。思わず顔を上げて彼を見ると・・・・・・ジャックがハティとの言い争い止めて此方を見ていた。
 その瞳は・・・・・・今までに見たことがないくらい真剣な眼差しだった。

「俺はね旦那、社隆って男に惚れたんっすよ。正直、日本人なんて堅苦しい考えしか出来ないいけ好かない連中ばかりだと思ってたのに・・・・・・あんたは俺が会った連中の中で一番器の大きい男だったんです。人懐っこくて相手に人種だとか国の壁を感じさせない振る舞いを自然にする男、そんなあんたの器の大きさに俺は惚れたんです・・・・・・だから旦那、最後まで俺が惚れたカッコいい旦那でいてくださいよ」

「・・・・・・ジャック」

 自分を見据えるブラウンの瞳、俺はその瞳に射竦められてしまった。

「っと!!酒が切れちまった・・・・・・おいハティ!!近くに米軍御用達の店があったよな?突撃かますから一緒に行こうぜッ!!」

「ちょ、ちょっとジャックッ!?・・・・・・・・・・・・はぁ、これ以上私の心労を増やすなッ!!この愚図ッ!!」

 ハティの腕を掴んでジャックが店の外へ飛び出して行く。そんな二人の後姿を見送り・・・・・・俺は小さく溜息を付いてしまった。

(悪いな・・・・・・ジャック)

 餓鬼の頃から少しも成長しちゃいない、恋愛に怖くて脅えて・・・・・・人間関係を崩さないように取り繕っていた自分自身。
 自分が傷つかない生き方をするのは簡単かもしれないが、誰かを傷つけない生き方なんて出来るわけないのに・・・・・・そんな単純なことが分かっていながら何も出来なかった俺。

(・・・・・・たまには根性見せろよ、金谷隆)

「社中尉・・・・・・ここが男の見せどころじゃなくて?」

「ああ・・・・・・そうだな」

 悪戯っぽく笑みを浮かべたアルフに、頭を指で掻きながら答える。
 賑やかに騒ぐ連中へ振り返り、俺は躊躇う事無く口を開いた。

「・・・・・・オルフィーナ、ちょっといいか?」

 もう先延ばししない・・・・・・俺は、俺なりにケジメを付けよう。







<瀬戸 真奈美>

 隆さんがオルフィーナ中尉を連れ添ってお店から出て行ってしまった。
 何時までたっても行動に移す気配が無かったので、出発の時まで先延ばしするのかと思っていたのに・・・・・・突然のことに残された皆は少しの間呆然としてしまった。

「あ~・・・・・・様子見に行ったほうがええんやろうか?」

 ポツリと、生ハムを齧りながら川井さんが呟いたのを切欠に皆の頭が動き出す。

「洋平、お前に出歯亀の趣味があるとは知らなかったぞ」

「だ、誰が出歯亀やッ!?失礼なこと言うんやないわ!!・・・・・・それやったらお前こそ覗きに行かなくてええんかいな?」

「出来ればそうしたいがな・・・・・・今回は止めておくよ、ばれたら隆に本気で怒られそうだ」

 言って肩を竦める桐嶋さん、そんな彼の姿を見て川井さんは苦笑しながら再びハムを齧り始めた。

「む~隆さんとファーちゃん何処いっちゃたの~?」

 酔い潰れ(泣き疲れ?)ていた瞳大尉が周囲を見回しながら呟く。

「あ、瞳大尉、もう大丈夫ですか?まだ横になっていたほうが・・・・・・」

「う~皆仲良くしないと駄目だよ~じゃないとお仕置きするよ~」

「・・・・・・お仕置きって何かしら?」

「瞳大尉の全力機動、耐久同乗・・・・・・とか?・・・・・・身体もだけど機体もオシャカになりそうね」

 私が瞳大尉の背中を擦っていると、ファーナ中尉と葵さんがなにやらボソボソと話している。

「でも宜しいのですかファーナ中尉、姉君のこと・・・・・・気になるのでは?」

「それは・・・ね。でも大丈夫でしょう、どんな結果であれ姉さんが自分で行動に移した結果だから・・・・・・それがどんな結果でも、私は姉さんの力になるだけよ」

「そう・・・・・・ですか」

 葵さんが頷く気配を感じた。皆心配しているのだ、隆さんのことを、オルフィーナ中尉のことを・・・・・・大切な仲間だからこそ、その関係に亀裂が入ることを皆恐れている。
 皆平静を装っているけどソワソワとした態度を隠しきれていない。勿論私だってそうだ、二人のことが凄く気になる・・・・・・だけど私が一番気になるのは、

「・・・・・・」

 無言で、皆から少し離れた席でボーっとしている栞さん。

(・・・・・・栞さん)

 彼女は二人が出て行った入り口に一度たりとも視線を向ける事無く、じっと手元のグラスを見た姿勢のままで座っていた。
 何か声を掛けるべきだろうか?そう私は考えるけど、なんて声を掛けていいか分からない。
 自分の未熟さが嫌になる、誰かを本当に好きになったことが無い私は、栞さんやオルフィーナ中尉の気持ちが理解できない。
 だから私が何かを言っても、それは説得力の欠片も無い上辺だけの言葉にしか聞こえないはずだ。

(仲間だって思ってるのに・・・・・・私は何の力にもなれないんだ)

 自嘲気味に内心で呟いて、肩を落としたその時、

「・・・・・・トイレ」

 栞さんがそう小さく呟いて立ち上がり、スタスタとお店の出入り口に向かって歩き始める。
 突然の行動に誰もが呆然と彼女の背中を見送ることしか出来ない・・・・・・ただ1人を除いては、

「・・・・・・橘」

「・・・・・・なんですか?」

 ワイングラスを傾けていた三澤隊長が声を掛ける、呼び止められた栞さんは気だるげな仕草で振り返った。

「覗きに行くなとはいわんが・・・・・・二人の邪魔はするなよ?」

「・・・・・・冗談、人の逢瀬を邪魔するほど私は無粋な女じゃありませんよ」

 栞さんはヒラヒラと手を振りながら、そう言い残して出て行ってしまった。
 何時もに近い調子の栞さんなのに・・・・・・私にはその背中が何時もよりも小さく見えた。











<オルフィーナ・ルン・グリュックスブルク>

 外に出ると既に日は暮れていた。
 北方の日の入りは早い、夜空に浮かぶ月が優しく日の光を照り返してくれている。
 そんな月と、前を歩く彼の背中を見比べる。
 「悪いけど一緒に来てくれ」、と言われて彼の後に続いているのだが、未だに彼が歩みを止める気配が無い。

 私は何を語るでも無く、ただ黙って彼の後に続いて歩く。
 そうすることしか出来ない自分自身が歯痒い。彼に聞きたいことがあるはずなのに、彼ともっと話をしていたいのに・・・・・・自分の気持ちを言葉に出来ない自分が情けない。
 
 剣を持って戦うことが出来る、戦術機に乗って戦場を駆けることが出来る・・・・・・だけどそれ以外のことは何もできない。
 自分自身の立場故に周囲に望まれて得た力だとしても、今はこんな力よりも彼に思いを告げる口が欲しい。

「・・・・・・ふ」

 自嘲の吐息が漏れる。笑みを漏らしたつもりだが、果たして私は笑えているのだろうか?
 鏡に映る能面のような顔、今までソレに疑問を持ったことはなかった・・・・・・だと言うのに、ここ数日は鏡に映った自分の顔に疑問を覚えることが多くなった。
 彼が私を避ける理由・・・・・・きっとこの顔が悪いのだ。皆のように表情を表に出すことが出来ない自分の顔が、きっと彼を遠ざけている。

(・・・・・・ファーナみたいになりたかったな)

 自分と同じ顔を持ちながらも、コロコロと表情を変える双子の妹。
 だが、そんな彼女に憧れるようでは・・・・・・私は皇女として失格だろう。
 たった1人の男が気になって自分自身を見失うような女に・・・・・・民を率いる資格などあるはずが無い。

 それが分かって・・・・・・分かっているはずなのに、私は彼から目を離すことが出来無い。

「ふむ・・・・・・そう言えば、前はここで少佐に励まされたんだよな」

 ポツリと彼が呟いたのが聞こえた。
 自分でも気付かない内に下に向けていた視線を上げると、何時の間にか私達は軍港の外れに辿り着いていた。

 国連軍、EU軍、米軍に所属する艦艇が停泊する港、クレーンを使って輸送艦から幾つものコンテナが積み下ろしされている。多くの灯りが闇夜を切り裂き、世話しなく駆け回る作業員達の姿を見ることが出来る。
 そんな光景を遠くに眺めながら、私は目の前に広がる海へと視線を移す。

 風が少ない静かな海、水平線上に浮かぶ多数の明かりは湾に停泊している艦船だろう。
 闇夜に浮かぶ月の光を反射している海は、漣の音だけを私の耳に届けてくれる。
 雲一つ無い空に浮かんだ月、日の光を照らし出すその光に・・・・・・私は何故か優しさを感じた。

「・・・・・・」
 
 足を止め、そんな空を見上げる彼。その背中を見ていると・・・・・・胸中に不安が渦巻いて行く。
 彼が私に伝えたいこと、それを考えるだけで不安になる。
 私は・・・・・・出来ることなら彼と一緒にいたい。
 思いを言葉にすることが出来ない私は、ただ彼の傍にいたいだけなのに・・・・・・私の立場はそれすらも許してくれないのだろうか?

「月夜の晩か・・・・・・我ながら随分とロマンチックだな」

 ポツリとそう呟いたかと思いきや、彼はゆっくりと私に振り返った。

「オルフィーナ・・・・・・悪かったな呼び出したりして」

 囁くような声、私はその声に首を横に振ることしか出来なかった。

「・・・・・・寒くないか?」

 気遣いの言葉を掛けてくれるのに、私はただ首を横に振ることしか出来ない。
 自分の口が恨めしい、どうして私の口は自分の気持ちをはっきりと言葉に出来ないのだろうか?

 何も口にしない私を見ながら、彼は小さく「そうか」、とだけ呟いておもむろにサングラスを外した。

 月の光に照らされて、普段は隠されていた彼の素顔が露になる。
 優しげな黒い瞳。その優しい瞳を見て既視感を感じたが、吸い込まれそうな彼の瞳を見ていると・・・・・・そんな些細なことはどうでも良くなってしまった。

「こないだお前に言われた言葉・・・・・・素直に嬉しかったよ、俺なんかを好きになってくれてさ」

「ッ!!」

 思いがけない言葉に息を飲んでしまう。
 彼は今「嬉しい」、と言ってくれた。少なくとも私の言葉は迷惑ではなかったようだ・・・・・・それだけでも私の心は安堵の気持ちで一杯になった。
 だからだろうか?何故か胸がとても苦しくなってきた。
 両手を胸の前で合わせて彼の顔色を伺うように見上げる・・・・・・僅かな期待を孕ませながら。

 だが、次に呟いた彼の言葉はそんな私の気持ちを打ち砕いた。

「だけど・・・・・・俺はお前の気持ちを受け入れることが出来ないんだ」

 はっきりと、彼は私の目を見ながら呟いた。
 揺ぎ無い光を瞳に湛え、何時もの飄々とした態度では無く、見たこともないぐらい真摯な眼差しで・・・・・・私にそう告げた。

「わ、私のことが・・・・・・嫌いですか?」

 必死になって搾り出した声は自分でも驚くほど震えていた。
 それでも私は自分が一番あってほしく無いことを彼に聞いてみた。

「いや、むしろ好きだぞ。ただ・・・・・・仲間としてお前が好きなんだ・・・・・・同じ道を歩く相手として、お前を選ぶことは出来ない」

 彼の言葉を聞くたびに早鐘のように胸の動機が高まって行く。
 彼は噛み締めるようにそう呟いた後、「すまない」と謝罪の言葉を口にした。

「かま・・・いません」

 彼の瞳を見ているのが辛い、でも私は目を逸らさずに言葉を続ける。

「貴方が・・・・・・私を好きじゃなくても・・・・・・いい。でも私は貴方が好き・・・・・・この気持ちを私は持ち続けたい」

 全然良くない、彼には私と同じ気持ちでいて欲しい。
 でもそれが叶わなくても、私は彼のことを思い続けたい。私自身が抱いた大切な思いだから・・・・・・

「駄目だ」

「・・・・・・どうして?」

 なのに・・・・・・彼はソレすらも許してはくれない。

「はっきり言うぞ・・・・・・迷惑だ、お前の気持ちは」

「ッ!?」

 まるで鈍器で殴りつけられたかのように、グラリと視界が歪む
 彼の瞳を見ていたはずなのに今はもう見えない、視界がぼやけてしまい彼の顔がよく見えない。

「迷惑・・・・・・なんだ。お前が俺に抱いた気持ちなんて一時的なものだ・・・・・・それで俺を振り回さないでくれ」

「違うッ!!そんな・・・・・・そんな不確かな気持ちで私は隆のことが好きなんじゃない・・・・・・貴方の傍に居たいんです、ずっと一緒に居たいんですッ!!」

 彼の口からそんな言葉を聞きたく無かった。
 聞くだけで心が温かくなる彼の声なのに、その声で私の思いを否定するような言葉を聞きたくは無かった。

「駄目だ、俺への気持ちは忘れろ。じゃないとお前が不幸になる・・・・・・いつかお前を好きになってくれた奴も不幸になる。だから・・・・・・忘れるんだ」

「嫌ですッ!!私は隆が好き・・・・・・好きなんですッ!!愛してるんですッ!!だから・・・・・・そんな悲しいことを言わないでください」

 喉が張り裂けるほどの声を上げたのにも関わらず、最後の言葉は・・・・・・消え入りそうなほど小さくしか告げることが出来なかった。

「う・・・う・・・・・・」

 心の中がグチャグチャになって、感情が昂って行くのを止めることが出来ない。
 でも誰かの前で泣くことなど絶対に出来るわけが無い、母が死んだ時すら涙を流すことが許されなかった私が、無闇に自分の感情を表に出して言い訳が無い。

 言い訳が無いはずなのに・・・・・・もう顔を上げることが出来ない、彼に見られないように下を向くことしか出来ない。

「うぐ・・・・・・ぐッ・・・・・・うう」

 必死に涙を堪える私、駄目だこんな惨めな姿を彼に見せたくない。
 もうここには居たくない、彼の口からこれ以上辛い言葉を聞きたく無い・・・・・・そう考えた私は震える足に力を入れて、なんとか下がろうとしたのだが、

「・・・・・・え?」

 我ながら間抜けな声だったと思う。でも急に感じた暖かさに、私はそんな声しか上げることが出来なかった。

「泣くな・・・・・・俺は女の子の涙ほど苦手なものはないんだ」

 私を優しく抱き締めながら彼がそう呟く、彼の胸に顔を埋めながら私は彼を見上げた・・・・・・

 何時からだろう、彼の姿を目で追うようになったのは?
 何時からだろう、彼の声を聞きたいと思うようになったのは?
 何時からだろう・・・・・・彼の隣にいたいと強く思うようになったのは。
 彼の笑顔を見るだけで・・・・・・私は幸せな気持ちになれたのに・・・・・・

 今の彼は・・・・・・苦しそうに顔を歪めている。

「隆・・・泣かないで」

「泣いてないよ、泣いてるのはお前だろう?」

 嘘だ、彼の目には涙が浮かんでいる。
 なのに彼はそう強がりを言って私に微笑んで見せた。

 ああ・・・・・・やっぱり駄目、私は隆のことが好き・・・・・・彼の笑みを見るだけで、こんなに胸が温かくなる。

「・・・・・・隆・・・・・・私の我侭を聞いてください」

 そっと彼の背中に手を回しながら、私は意を決して口を開いた。
 不思議と、もう声は震えていない・・・・・・きっと彼の優しさを感じたせいだ。そんな優しい彼だからこそ、私は彼のためなら何でも出来る。

「・・・・・・抱いてくれってのは無しだぞ」

「ッ!?」

 内心を見透かした彼の言葉に息を飲む、どうして彼は私の気持ちに気づいたのだろうか?

「大方ファーナあたりの入れ知恵だろうけど・・・・・・もうこうして抱いているんだ、それで勘弁してくれ」

 苦笑しながら彼はそう言って私を強く抱きしめてくれた。強すぎて少し痛いのに・・・・・・何故か私は心地良さを感じてしまった。

「それにな・・・・・・俺には婚約者がいるんだ、これ以上先に進んだら間違い無く絞め殺される」

「・・・・・・橘少尉が言っていた・・・・・・人?」

「ああ、そうだ麻美って女だよ・・・・・・俺はアイツを幸せにするって約束したんだ」

 恥ずかしそうに笑いながら、彼は自分の胸元からドッグタグが吊るされているチェーンを取り出して、私に掲げて見せた。
 名前、所属、血液型、認識番号、それらが打刻されたアルミ板と一緒に・・・・・・小さな指輪がチェーンに吊るされていた。

「こんなもんを買うために必死に金を溜めて、高いレストランで俺からプロポーズしたんだ・・・・・・結婚しようって」

「・・・・・・彼女は受け取ってくれなかったの?」

 婚約したのにも関わらず、未だに彼が指輪を持っていることに疑問を感じて問いただすと、彼は困ったように顔を顰めてしまった。

「ん、まぁ了承してくれたと・・・・・・思う。ああ、いや間違い無い!!頷いてくれたんだ、絶対にそうに違い無いッ!!

 曖昧な彼の態度に半目を送ると、彼は慌てた様子で力いっぱい力説し始めた。その姿が少しおかしくて、私は笑ってしまった・・・・・・
 
「ん?笑ったな・・・・・・そうだ、女の子ってのは笑ってるのが一番だよ。だからな・・・・・・俺はあいつを幸せにする、そう約束したんだ・・・・・・なぁオルフィーナ、約束を破る男なんて最低だろう?」

「・・・はい」

 彼には誰よりも誠実であって欲しい。その気持ちに偽りは無い・・・約束を破る彼なんて私は見たくない。

「俺の気持ちを理解してくれとは言わない・・・・・・お前の気持ちに応えられない俺を恨んでもいい、だけど納得してくれ・・・・・・俺にはもう大切な人がいるんだ」

 噛み締めるように呟く彼の声を聞きながら、私は彼の胸に顔を埋めた。

 先ほどと違い、彼の顔は穏やかな笑みで満ち溢れていた。
 見たくない、彼が苦しむ顔なんて私は見たくない。
 なのに・・・・・・彼を苦しませてしまった、他でも無い私のせいで苦しませてしまった。

 それだけは・・・・・・嫌だ。

(・・・・・・大丈夫、もう私は大丈夫・・・・・・彼の気持ちは分かった。彼は私といるのが嫌なんじゃない・・・・・・思いを寄せた人に一途なだけなんだ)

 そう一途なだけ・・・・・・隣に他の誰かを置く余裕も無いほど、愛する人に一途なんだ。

「・・・・・・・・・・・・」

 分かったのに、彼の気持ちに納得できたのに・・・・・・どうして涙が溢れてくるんだろう?
 折角涙が止まったのに再び零れ落ちる涙。
 止まらない、止めることも出来ない、彼の胸に涙の跡を幾つも作ってしまう。
 必死に堪えようと私は努力したのに、

「・・・・・・ありがとう」

 彼がそう呟いて、そっと私の頭を優しく撫でた瞬間・・・・・・私の気持ちは爆発してしまった。

「・・・・・・う・・・うあぁぁぁぁぁぁぁぁ」




 その日、生まれて初めて・・・・・・私は声を上げて泣いた。



















<橘 栞>

 分かっていた。
 こうなるだろうと予想は付いていた。

 月夜に照らされる二つの人影。
 男の胸で泣きじゃくる女、女に胸を貸して空を見上げる男。

 女の勘・・・・・・とでも言うべきか?
 彼はきっと彼女の思いに応えない。
 だからだろうか・・・・・・彼と彼女の間に自分が割って入らなかったのは。

「・・・・・・ッ」

 小さく舌打ちをして私は踵を返す。

 なら私は何がしたい?
 思いに応えてくれない男に対して私は何が出来る?
 いや、それ以前に私は、彼に自分の思いを口に出して言ったことすら無い。

「・・・・・・くだらない・・・人の不幸を見て悦に浸るなんて。惨めな女ね・・・・・・私は」

 暗闇に向かってそう吐き捨てて・・・・・・私はその場から立ち去った。

















<社隆>

「・・・・・・煙草・・・・・・吸いたいな」

 大の字になってコンクリートの地面に横たわりながら、何故か無性に吸いたくなってそう呟いてしまった。
 だが言ったところで煙草なんて嗜好品は持ち合わせちゃいない、軽く落胆しながら月夜を見上げる。

 あの後、泣き止んだオルフィーナを先に戻らせて俺はまだ埠頭にいた。

「はぁ・・・・・・」

 何をするわけでもなく夜空を見上げながら大きく溜息を付く。
 俺が帰らないと舞台の連中も心配ぐらいはするかもしれない、だけどあの賑やかな場所に帰るのは・・・・・・気が引けた。
 もう暫く、此処で時間を潰していようと思って目を閉じた瞬間、

「・・・・・・そんなところで寝ていると、風邪を引くぞ?」

 不意にそう声を掛けられて目を開けると・・・・・・自分を説教した上官様が俺を見下ろしていた。

「どうしたんですか?・・・・・・不出来な部下を笑いに来たんですか?」

「心外だな、一応心配してきてやったんだぞ?・・・・・・身投げでもされていたら皆が悲しむからな」

 絶対に嘘だ。気だるげな仕草で隣に腰を下ろした彼女の姿を見ながら内心で唸る。

「心配ですか・・・・・・相手が違いませんか?」

「オルフィーナなら連中が慰めてくれるだろう、真っ赤に目を腫らしながら1人で帰ってきたからな・・・・・・見た瞬間は流石に肝が冷えたぞ・・・・・・お前に弄ばれたと思ってな」

「ぶッ!!」

 彼女の発言に思わず吹き出してしまった。
 相変わらずと言うかなんと言うか、とんでもない発言をする女だと思いながら彼女を睨みつけるが、当の本人は気にした風も無く海を眺めている。

「ファーナあたりは怒り狂ってたぞ?下手したら不敬罪で捕まって拷問されるかもな」

「うへぇ、そりゃ怖い・・・・・・ほとぼりが冷めるまで隠れてた方がいいですかね?」

「ああ、暫くは戻らないほうが身のためだな」

 肩を竦めながら上体を起こして、自分も彼女と同じように夜の海を眺める。
 空に雲一つないからこそ月の光で波もが見えるが、月が無かったらさぞかし暗いことだろう・・・・・・集積所の明かりも流石にここまでは届かない。

 海風に乗って、潮の香りとは別の匂いが漂ってくる。
 彼女の残り香なのだろうか、オルフィーナを抱きしめた時に感じた彼女の匂いと酷似した香りだ。

(お前は・・・・・・本当にいい女だ、俺なんかには勿体無いよ)

 彼女を抱きしめた時に感じた柔らかさ、鼻腔を擽った甘い香り、必死になって自分の思いを告げた本気の声音、つい先ほど感じたそれらを思い出しながら俺は深い溜息を吐いた。
 ったく、泣き出したので柄にも無く抱きしめるなんてことをしてしまったが・・・・・・早計だったと自分を罰したくなる。あそこで彼女の言葉を此方から遮らなかったら、果たして我慢できていたかどうか・・・・・・自身が無い。

「これでよかったんですよね・・・・・・静流さん」

 本気で同意を求めたわけではないが、隣に座る彼女にそう投げかけてみる。

「さてな・・・・・・それは当人同士しか分からんさ、だが自分の気持ちを伝えられただけ彼女は幸せだろうな・・・・・・結果は散々だったかもしれんが」

 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべて答える彼女の言葉に益々肩を落としてしまう。

「あ~・・・・・・一発殴ってくださいよ、俺のこと」

「断る、お前を殴る権利は私にはない・・・・・・それに身体に痛みを与えられただけで、自分が犯した罪が許されると思うなよ?」

 即答され、しかも返す刀でばっさり切られてしまった。

「手厳しい限りだ・・・・・・静流さんみたいな上官を持てて俺は幸せですよ」

「皮肉か?それは」

 皮肉以外の何がある?そう叫びたい内心の気持ちを抑えつけて、仰々しく首を横に振りながら俺は答えた。

「さぁ、それは静流さんが好きに・・・・・・」

 っと言い切る前に額に衝撃が走る。
 驚いて目を開けると目の前に彼女の指があった。
 デコピンされた・・・・・・呆然とした面持ちで彼女の顔と指を見比べてしまう。

「侮辱されたからな、コレぐらいは殴る権利が私にもあるだろう?」

 微笑を浮かべる彼女、俺はその姿に苦笑し額を擦りながら彼女を半目で見返す。

「ええ、十分すぎるほどに・・・・・・上官殿、御迷惑お掛けして誠に申し訳ございませんでした」

「ん、分かっているならいい・・・・・・さていい加減戻るか?海を眺めるのもいいが、私は寒いところが苦手なんだよ・・・・・・海風に当たり続けるのは少々つら・・・・・・んッ」

 満足げに頷く彼女だったが、その胸ポケットに入っていた煙草の箱に気付いた俺は、そっと手を伸ばして一本失敬した。
 少々静流さんが身を捩った気がするが・・・・・・きっと気のせいだろう。

「一本貰いますね・・・・・・っと・・・・・・火が」

 煙草を口に咥えて火を探すが、常時喫煙者でも無い自分は火種になるようなものを持っていない。どうしたものかと思った瞬間・・・・・・そっと静流さんがジッポの火を俺に差し出してくれた。
 目配せで一礼し、篝火のようにボンヤリと灯る火に煙草を押し付けて息を吸い込む。

「・・・・・・ふぅ」

 紫煙を口から出して一息付く、麻美に言われて禁煙していたのだが・・・・・・久しぶりの煙草の味は素直に旨いと感じた。
 その味に浸っていると、同じように煙草を咥えた静流さんが俺の吸っている煙草に先端を押し付けてきた。
 俺の煙草の火が彼女の煙草へ移って行く・・・・・そうして生まれた夜の闇に浮かぶ二つの光。

「煙草・・・・・・うまいですね」

「ああ・・・・・・そうだな」

 互いに紫煙をなびかせながら、俺たちは暫くの間夜の海を眺め続けた。



















 「・・・・・・コロコロ」

(あれで良かったんだ・・・・・・そう自分に納得させないとオルフィーナに失礼だよな)

 飴を口内で転がしながら、そう自分に言い聞かせる。
 今はこうして別れてしまったが、きっとまた会う機会があるだろう。
 その時に彼女と笑って再会できれば一番なのだが・・・・・・あれ以来、最後まで俺と目を合わせてくれなかった彼女の態度を見るに、それは無理な話なのかも知れない。

(切り替えよう・・・・・・余計なこと考えてると、戦場じゃ死ぬだけだからな)

 嘆息して機内に視線を彷徨わせる。
 離陸時間まで残すところ後10分足らず、一緒に輸送機に乗り込んだ連中も自分と同じように退屈そうに椅子に座っていた。
 橘は俺と反対側の席に座って外の景色を眺め、その隣に座っている静流さんは寝ているのか目を瞑って腕を組んでじっとしている。葵は何かの書類に目を通し、真奈美は葵が見終わった書類に手を伸ばして目を白黒させていた。
 ちなみに目の前に座っている野郎二人はと言うと、洋平は暇そうに欠伸を噛み殺し、久志に至っては・・・・・・

「・・・・・・お前、それどうしたんだ?」

「ん?なんだ隆・・・・・・これが気になるのか?」

 久志が手元で弄っている代物に目が行く。聞いてみると奴はニヤニヤと笑みを浮かべながらソレを掲げて見せてくれた。
 なんてことは無いただのカメラだ・・・・・・ただし奴が普段携帯している一眼レフタイプのカメラではなく、【ビデオカメラ】なのが腑に落ちない。何処にでもあるような真っ黒な本体、側面には三頭の頭を持った狼・・・・・・ケルベロスのシールが貼られている。
 そんな本体から延びたコードが、シートの下を通って何処かへと繋がっている。

「ああ、ビデオカメラだよな?・・・・・・そんなのお前持ってたか?」

「いや、貰い物だ」

「貰い物?・・・・・・けっこう高価な代物だよな・・・・・・よくそんなの貰えたな?」

「指定された映像さえ撮れば、後は俺の好きにしていいと言ってくれてな・・・・・・やはり高貴な方は心が広い」

 言ってウンウンと頷く久志。その姿に首を傾げていると、奴は「すぐに分かる」っと言って再びカメラの操作をし始めた。

(ミツコさんあたりに貰ったのか?・・・・・・まぁいいけど、変なものは撮らないでくれよ・・・・・・なんて期待するだけ無駄か)

 久志の姿に内心で嘆息しながら肩を竦めた直後・・・・・・客室のドアがガチャっと音を立てて開いた。

「ん?」

 もう離陸する時間だ、今更俺たち以外の乗客がいるのかと思って其方に視線を向けると・・・・・・

「へ?・・・・・・オルフィーナ・・・・・・なんで?」

 突然機内に姿を見せたオルフィーナ。その姿に唖然としていると、カツカツと足音を立てながら彼女は俺の座っている席に近づいてくる。
 確固たる足取りで、迷い無く・・・・・・あれほど俺と目を合わせなかった彼女が、しっかりと俺の瞳を見据えながら歩み寄ってくる。
 その姿に圧倒されてしまい声を掛けることも忘れてしまう。

「ど、どうしたオルフィーナ?何か忘れ物か・・・・・・」

 漸く搾り出した言葉は自分でも馬鹿丸出しな言葉だった。
 仁王立ちして俺を見下ろしている彼女、その威圧感を感じたせいか額に汗が滲み出る。
 視界の隅では・・・・・・先ほど気になったビデオカメラを此方に向けている久志の姿が見えた気がするが、今はそれにツッコミを入れている余裕は無い。

「・・・・・・そう、忘れ物をしました」

「そ、そうか・・・・・・何をだ?」

 抑揚の無い声で答えられたせいか、額に流れる汗が増える。

「貴方に伝えること・・・・・・」

「な、なんだ?何か話し足りないことでも・・・・・・」

「私達、デンマーク王族の祖先は北海で略奪を繰り返していたヴァイキング」

 俺の言葉を遮って彼女が呟いた言葉は、よく意味が理解出来ない内容だった。

「はぁ、海賊ってか?・・・・・・それがなに・・・・・・」

 首を傾げて聞き返そうとしたが・・・・・・最後まで言葉を発することは出来なかった。
 オルフィーナがいきなり手を伸ばして、俺の胸倉を掴み上げて引き寄せる。突然のことに抵抗など出来るはずも無い。

「あッ!!」

 それは誰の声だったんだろうか?真奈美か葵か・・・・・・それとも橘か。
 誰かの小さな叫び声を聞きながら、眼前に迫るオルフィーナの顔から俺は目を背けることが出来なかった・・・・・・













 ドーバー基地・空港管制室

<ファーナ・ルン・グリュックスブルク>

「うおぉぉぉっしゃぁッ!!」

 画面に映しだされた映像に、思わず拳を振り上げて下品な言葉を叫んでしまった。
 唖然とした周囲の視線を集めるが・・・・・・正直、今は世間体などどうでもいいッ!!

(社中尉・・・いえ隆兄さんッ!!貴方が断ったからって結果は変わらないわ・・・・・・私達に流れる血の祖先はヴァイキングッ!!手に入らないなら奪い取るまでよッ!!)

 口づけを交わす二人を見ながら内心で高らかにそう宣言する。
 それにしても桐嶋中尉はいい仕事をする。王室のお抱えカメラマンとして、何れは彼も招集すべきだと硬く心誓う。
 勿論、この映像は抜かり無く録画している。証拠はコレで押さえた・・・・・・一国の姫君のファーストキスを奪った?のだ、もう彼に下らない言い訳などさせない。

「ふふふふふふふふっ・・・・・・待ってなさいよ隆兄さん・・・・・・ソ連だろうが極東だろうが・・・・・・必ず姉さんと一緒に追いかけてやるわッ!!」

 その姿を想像してしまい、堪えきれずに笑みが毀れる・・・・・・近くにいた情報士官が脅えた顔を見せた。
 失礼な話だ、私はこんなにも気分がいいと言うのに。

「あ、こんなところにいたッ!!ちょっとファーナッ!!貴女、私の隊の備品勝手に持ち出したでしょうッ!?」

 しかも小五月蝿いポニーまでもが現れた。
 視線を管制室の入り口に向けると、金色の髪を揺らしながら訓練校時代の同期が何やら叫んでいた。

「なにか?フォイルナー少尉?」

「な、なによ澄ましちゃってッ!!訓練兵だった頃、傲慢な貴女の態度には散々振り回されてきたんだから・・・・・・今更猫被ったって私には無駄よッ!!」

「む!?いい度胸ねイルフリーデッ!!上官に向かってその口の聞き方・・・・・・貴女が敬愛する上司に後でキチンと報告しておくわ」

「ちょ、ちょっと止めてよ!!それって卑怯よ!!騎士道に反する行為だわ!!」

「はッ、生憎と私は騎士道なんてものは持ち合わせてないわ・・・・・・家の家訓は【欲しいものは奪え】よッ!!海賊を舐めないで欲しいわねッ!!」

 ふふんっと鼻を鳴らしながらそう言い切ると、彼女は呆然とした表情を私に見せた。

「貴女・・・・・・何か変わったわね?」

「ふふ、そうかしら?・・・・・・いえ・・・・・・きっとそうなのね」

 彼女の表情に勝ち誇った笑みを送りながら再び視線をモニターに移す。
 彼には感謝している、だからこそこの借りは必ず返す・・・・・・その借りを返すまでは・・・・・・

(死なないで・・・・・・未来の兄さん)

「ん?・・・なにこの二人?ってなんで接吻してるのッ!?ひ、人前で、き、キスなんて恥ずかしく・・・・・・ってこの方、オルフィーナ様ッ!?ど、どういうこと!?デンマークの第二皇女様に婚約者がいるなんて話聞いてないわよ!?説明してよファーナッ!!」

 折角人がいい気分に浸っているというのに・・・・・・相変わらず騒がしい同期のポニーの姿に、私は大きく溜息を付いた。















 C‐17・コックピット内

<べアザリーミ・ブリュッケル>

「悪いな・・・・・・機長」

「勘弁してくださいよ中尉殿、遅れた時間を取り戻すのは大変なんですから」

 などと機長は答えるが、その顔はニヤニヤとした笑みが張り付いている。
 客室で起きている珍事、その映像が映し出されているモニターを見ればそれも当然の反応だろう。

(最後の最後まで・・・・・・騒がしい男だったな)

 恐らく二度とあんな男に会うことはないだろう。いや、あんな男がそう何人もいてたまるか。
 だからしっかりと目に焼き付けておくことにしよう・・・・・・とは言え、この光景を見ていると何故か胸がモヤモヤする・・・・・・何故だ?
 
「ふふ・・・・・・ブリュッケル中尉も、オルフィーナ姫を見習うべきね」

「ん?どう言うことだトゥルーリ少尉?」

 私と一緒にコックピットに乗り込んでいたトゥルーリ少尉が含みのある物言いをするが、投げかけた問いに彼女は微笑を浮かべるだけで何も答えてくれなかった。
 腑に落ちないが、彼女の言いたいことが分からないので再び視線をモニターに移そうとすると・・・・・・

『初々しくていいね~ハティ、俺たちも前はあんな風だったのかな~?』

『んなッ!?いきなり何を言い出すんだお前はッ!?・・・・・・まったくなんで私がこんな真似を・・・・・・指示を出した少佐も少佐だ、まともな上官は存在しないのか?』

『なんだよ~つれないこと言うなよ~・・・・・・お前だってノリノリだったじゃないか?』

『私は仕方なく協力しているだけだ!!お前と一緒にするなッ!!』

『へいへい、そう言うことにしておきましょうかね・・・・・・でもあの二人を見てたら、なんかこ~昔を思い出しちまうなやっぱり、今日は寝かせないから覚悟しろよ?』

『こ、この馬鹿ぁぁぁぁぁッ!!』

(まったく、なんて話をしてるんだ・・・・・・あの二人は)

 輸送機と基地とを繋ぐ中継車に乗り込んでいる二人の会話に頭を抱えてしまう。
 流石と言うかなんと言うか、アメリカ人の解放的な感覚に私は付いて行けそうに無い。

「ふふふ、見てて羨ましいでしょ?」

「は?だから何がだ?」

「ジャックとハティの会話、それと今の姫様」

 ウィンクしながらモニターを指差すトゥルーリ少尉。
 一体何が羨ましいと言うのだ?ってか・・・・・・あの二人何時までキスしている気なんだ?もう大分時間が経過していると思うんだが・・・・・・まったく私ならあんな真似は恥ずかしくて出来ないぞ。
 人前でキスなんて、しかも隆と・・・・・・た、隆と、き、キスなんて・・・・・・

「そんなこと出来るかぁぁぁっぁッ!!」

 突然叫んだせいか、機長がビクッと身体を震わせたが今はどうでもいい。
 キッとトゥルーリ少尉を睨みつけて私は口を開く。

「断じて違うぞッ!!少尉は何か勘違いをしているッ!!」

「あら~そうかしら~?私の勘は鋭いんだけどな~・・・・・・きっと今胸の辺りがモヤモヤするでしょう?」

「そ、そんなことは無いッ!!」

「動揺しちゃって~案外ブリュッケル中尉も可愛いとこあるのね?」

「な、なにッ!?」

 ワナワナと怒りで自分の肩が震えているのを自覚する。
 こんな風にからかわれるのはきっと隆のせいだ、そうに違い無い、絶対間違い無いッ!!

「隆ッ!!お前次に会うまで絶対に死ぬなよッ!!今度あったら一発ぶん殴ってやるからなッ!!覚悟しとけよッ!!」

 ビシッとモニターに指を突き付けて叫ぶ私を、トゥルーリ少尉が爆笑して見ていたが・・・・・・私は自分の顔が熱くて彼女を注意することも出来なかった。











<社隆>

「・・・・・・・・・・・・プハッ!!」

 漸く開放された。
 大きく口を開けて新鮮な空気を吸い込む・・・・・・考えたくは無いが一体何秒間拘束されていたのだろうか?10秒?んなわきゃない・・・・・・30秒・・・・・・下手したら一分以上捕まっていたに違い無い。

(お、俺は水泳の選手じゃないんだ、息を止めるのにも限度ってもんがあるんだぞッ!?)

 キッと彼女を睨みつけるが、彼女はそんな視線など何処吹く風とばかりに俺を見下ろしている・・・・・・しかも満足そうな顔でだ。

「・・・・・・甘くて、美味しかった」

「「「「ッ!?」」」」

 ポツリと呟いた彼女の一言に周りの連中が息を飲む。

「あ、飴舐めてたんだから当然だろうがッ!!」

 思わず声が上擦ってしまうが仕方のないことだろう。
 一分近くも口内を舌で弄られたのだ、そりゃさっきまで飴を舐めてたから甘いのは当たり前・・・・・・って俺もされるがままじゃ無かったぞ!?必死にガードしたからなッ!!歯を食いしばって耐えたんだッ!!でもこの女、何処で習ったから知らないけど唇吸ったり、歯茎舐めたりしやがった!!

「なんか生々しくてごめんッ!!」

「だ、誰に謝っとるんや・・・・・・お前は?」

「知らんッ!!電波だッ!!」

 洋平のツッコミに即座に答える。見れば部隊の連中が口を半開きにしてこっちを見てやがった・・・・・・見るな頼むからッ!!

「って、こう言うことか久志ッ!?」

「ふ、海賊を舐めるなだそうだ・・・・・・未来の妹君がそう仰っていたぞ」

 先ほどからずっとカメラを回している久志を睨みつけるが、奴は悪びれる様子も無くそう返してくる。
 なるほどコレはファーナの入れ知恵ってことか、いやこの舌技を見るにアルフの奴も一枚噛んでるに違い無いッ!!

「くそぉぉぉぉぉッ!!あの小娘共がぁぁぁっぁぁぁぁッ!!」

 今頃ほくそ笑んでいるであろうファーナ達の姿を思い浮かべると怒りが込みあがってくる。今からでも遅くは無い、速攻で機から降りてお仕置きをしてやろうかと考えるが、

「・・・・・・私は諦めません」

 オルフィーナの静かな声を聞いて思いとどまってしまう。
 見上げれば・・・・・・彼女が相変わらず俺を見下ろしていた。俺を見ている琥珀色の瞳、その瞳に吸い込まれそうになるのを必死に堪えていると、

「必ず貴方を奪い取りに行きます。だからそれまで・・・・・・死なないでください」

 そう言い残して、彼女は踵を返し現れた時と同じように颯爽と出て行ってしまった。
 そんな彼女の後姿を見ながら、彼女が最後に言った言葉と共に浮かべた表情が自分の目に焼きついて離れない。

 満面の・・・・・・見るだけで幸せになれるような極上の笑みを浮かべた彼女の笑顔に、俺は釘付けになってしまった。

「って何考えてるんだ俺はぁぁぁぁっぁぁぁぁッ!!うぉぉぉぉぉ!!洋平、俺を殴ってくれ!!鼻が折れてもいい、歯が吹っ飛んでもいい、力いっぱい俺を殴ってくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「な、なんや!?狂ったんかコイツ!?」

「頼むから殴ってくれぇぇぇぇぇ!!じゃないと俺は・・・・・・自分自身が許せないんだぁぁっぁぁ!!!後生だからぁぁぁぁぁぁ!!」

「た、隆さん!!錯乱しないでください!!おおおおおお、落ち着いてください!!」

「ま、まままままままマナちゃんも落ちついて!!皆、こう言う時は深呼吸よ・・・・・・すー・・・・・・はー・・・・・・」

「結局問題は先延ばしか・・・・・・まぁ隆らしいと言えば隆らしいか・・・・・・」

「さてと、撮影はもういいか・・・・・・ふふふ、コレを見せたら百里の連中はさぞかし喜ぶだろうな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・く、くっくくくくくく・・・・・・あはははっはははッ!!」

「し、栞さん、どうしたんですか急に笑い始めて!?今、笑うところじゃないですよ!!絶対違いますよ!!ってか隆さんのキスって甘いそうです!!どう思いますかそこのところッ!?」

「真奈美、いい加減落ち着きなさい・・・・・・まったくまいったわ、姫様に一本取られた気分よ・・・・・・姫様の言う通り、諦めたらそこで御仕舞いよね」

「へッ?ど、どう言う意味ですか?」

「そのうち分かるわよ、これからの私を見てればね・・・・・・ふふ」

「は、はぁ・・・・・・そうなんですか?」




「麻美ぃぃぃぃぃ!!俺はお前一筋だからなぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!絶対浮気なんかしないぞぉぉぉぉぉ!!愛してるからなぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!お仕置きだけは勘弁してくれぇぇぇっぇえっぇぇ!!」

 俺はこの時ばかりは・・・・・・この懺悔の声が世界の壁を越えて、彼女に届いてくれと本気で願った。
































 同刻、日本
 福島県いわき市・小名浜港
 
<奈華宮 麻美>

「くしゅッ!!」

「ふぇ??お姉ちゃん寒いの~?」

「ん・・・・・・ちょっと海風で身体が冷えたのかも、マユは寒くない?」

「うん、私は大丈夫だよ~」

 笑顔を浮かべてマユが私に抱きついてくる。無邪気なその姿に思わず笑みが零れ、優しくその頭を撫でながら港に浮かぶ艦船を視界に収める。

 東北随一の港、第三首都がある仙台港に並び称される小名浜港。
 福島県の玄関口であり、海岸線に並ぶ数多くの発電施設と各種軍需メーカーの工場から形成された巨大な港町。
 その港で闇夜に紛れながら大量のコンテナが輸送艦に積まれ、湾内に停泊中の艦艇には補給艦を経由して燃料を搭載する作業が続けられている。
 数隻の輸送艦と護衛の艦隊、これら艦船が向かう先は極北、ソ連領カムチャッカ半島。

「・・・・・・」

 その姿を見ていると我知らず拳に力が篭る・・・・・・彼らに同行することが出来ない己のしがらみが憎らしく感じてしまった。












 数日前
 アラスカ、ユーコン基地において

「今回実施される、ソ連領においての国際合同運用試験だが・・・・・・私は参加できない」

 定例ミーティングの後、私は三人の部下を会議室に残して開口一番にそう告げた。
 唖然とした表情を浮かべる篁とブリッジス、鳴海だけはある程度の事情を知っているので平然とした顔でその言葉を受け止めていた。

「な、何故でしょうか?XFJ計画は順調に進んでいます・・・・・・それはオブザーバーとは言え第参開発局の協力があるからこそです。それが何故今になって・・・・・・」

「安心しろ、同行しないのは私だけだ。そこの鳴海を始めとするメンバーは計画の補佐と護衛を兼ねてソ連に同行する・・・・・・ドーゥル中尉にもその旨で説明済みだ」

 狼狽した様子で口を開いた篁に苦笑しながらそう答えてやる。

「同じことです。何故ですか?オブザーバー的な立場とは言え、大尉のお蔭で弐型の開発は軌道に乗っているのに・・・・・・」

 チラリと、隣に佇むブリッジスに視線を向けながら質問してくる篁。
 彼女はそう言うが、XFJ計画がこれまで順調に進んでいるのは彼ら自身の努力の賜物だ。私はそれに少しだけ手を出したに過ぎない・・・・・・それを改まって感謝されても背筋が痒くなるだけだ。
 肩を竦めて彼女に向き直って私は口を開いた。

「篁、私とお前の本来の所属は何処だ?」

「はッ、我らは日本帝国近衛軍の一将兵でありますッ!!」

 身体に叩き込まれた業故か、見事な敬礼を見せてハッキリと答える篁。

「その通りだ。だからこそ・・・・・・私が帰国せねばならない事情がある、それを察しろ」

「ッ!?・・・・・・そ、それはまさか御剣家・・・・・・」

「口を慎め。無闇に発言すべきことではない」

 語気を荒げて睨みつけると、篁は萎縮してしまったかのように慌てて口を閉ざして傍らに立つブリッジスへ一瞬だけ視線を向けた。
 XFJ計画の主任試験衛士だとしても、ブリッジスの本来の所属はアメリカ陸軍だ。彼がソレを漏らすとは考えにくいが、やはりその素性を考えると不用意に此方の情報を与えていい相手ではない。
 それに篁も気付いたのだろう、肩を落として眉根に皺を作っている姿を見て、また悪い癖が出たかと嘆息していると、

「・・・・・・そんなに国が大事なのかよ」

 ポツリとブリッジスが呟き、私を睨みつけているのに気付いた。

「そうだな、私は私の責務を果たすために帰国する。その責務が貴様の嫌う日本と言う国のためでないと言えば・・・・・・嘘になるな」

「その責務とやらの前には弐型なんざ霞むってわけだ?・・・・・・アンタに付いてきたのが馬鹿らしくなってきたよ、アンタにとって見れば弐型はその程度のもんだったわけだ」

 チッと舌打ちしてブリッジス少尉は私から視線を外す、私に落胆している彼の心情が理解出来ないわけではないが、世の中どうにもならない事はたくさんある。
 確かに、私は彼らのように弐型の完成へ掛ける熱い熱意のようなものを持ち合わせていない。
 忌み子と揶揄された姫君を守護する熱意も・・・・・・同じく持ち合わせていないが・・・・・・

「お前にソレを理解しろとは言わん・・・・・・だがな、人にはそれぞれ立場と言うものがあるんだ、それは納得してくれ」

 内心の心情を表には出さずに私は肩を竦めながら呟く。

「だけど、折角弐型が仕上がって来たんだ!!認めたくないけどな・・・・・・あんたのアドバイスがあったらから此処まで来れたんだ!!なのに実戦が想定される試験に同行しないなんて、裏切られた気分だよッ!!」

「ブリッジス少尉!!貴様、上官に向かってなんたる暴言をッ!!」

 声を荒げた彼を制する篁だったが、私は彼女に目配せして話を続ける。

「謙遜するなブリッジス少尉、お前はもう帝国軍機・・・・・・いや弐型の特性を掴んだはずだ。現に先日の模擬戦で私から勝ちを得たでは無いか?」

「し、しかし、俺はまだあんたに教えて貰いたいことが・・・・・・」

「その辺で止めておけブリッジス少尉、あんまりしつこいと強引に納得させられるぞ?」

「ほう・・・・・・お前はソレのほうが好みか?」

 軽口を叩いた鳴海へ微笑を浮かべながら問いただすが、余裕染みた態度を一変させて必死に首を横に振る鳴海。

「まったくお前と言う男は・・・・・・まぁいい、兎に角私はソ連には同行できない。各自、己の責務を果たせ。責務を果たすまでは、死ぬことなど許さん」

「俺の・・・・・・責務?」

 私が言い放った言葉の意味が理解できないのか、ブリッジスがオウム返しにそう呟く。

「そうだブリッジス。お前が今やらねばならないことはなんだ?」

「それは勿論、弐型を完成させる・・・・・・アイツを大尉達が望む機体に仕上げることだ」

 最初は小さな声だったが、私を見据えながらしっかりとした声音で答えるブリッジス。

「50点だ、ブリッジス」

「なッ!?」

「それも勿論あるがな、お前の責務は試験衛士として今後も様々な戦術機の開発に携わることだ、弐型に拘る必要は無い。米軍・・・・・・そして帝国軍の機体に精通したお前の技術は、最早戦術機一機よりも遥かに価値がある・・・・・・貴様が生き残るためなら、弐型など破棄しても構わん」

「なッ!?奈華宮大尉はいざとなったら弐型を捨てろって言うのかッ!?」

「その通りだ、戦術機など所詮は機械に過ぎない。だが操縦しているお前は、この世界にお前1人しか存在していないのだ・・・・・・例え弐型を構成するパーツの中に【世界一高い鉄屑】から流用された貴重なパーツがあるとしても、弐型はもう一機用意されている。ソ連に持ち込んだ機体を失っても・・・・・・お前を失うよりは遙にマシだ」

 そう言い切ってブリッジスの胸に拳を当てる。

「焦るなよブリッジス、貴様の命はもはや貴様だけのものでは無い・・・・・・貴様に懸けている、夢を託している人間が大勢いるんだ。それを忘れるなよ・・・・・・不用意に己の感情で先走り、自分自身を危険な境地に飛び込ませて彼らを悲しませるな」

 瞳に力を篭めて彼にそう告げる。ブリッジスは私の剣幕に圧されたのか、ゴクリと息を飲んだのが気配で感じとれた。
 私はそんな彼の姿を見て苦笑する、彼の胸に当てた拳に力を入れて突き放しながら言葉を続けた。

「だがな・・・・・・BETA如きにお前が殺されるとは思わん、向こうで存分にキルスコアを稼いでこい」

「・・・・・・はッ・・・・・・言われなくてもそのつもりだぜッ!!」

 力強い笑みで答える彼の姿に笑みが漏れる。

「篁、お前も同じだ・・・・・・自分の命を粗末にするな。例え国益を左右することがあったとしても、最善を尽くしても駄目だと判断したら即座に自分自身が生き残るために全力を尽くせ」

「し、しかし・・・・・・」

 口を開きかけた彼女を手で制し、私は言葉を続ける。

「お前もブリッジスと同じだ、お前自身を必要としている人がいるのを忘れるなよ・・・・・・でなけれな、一将兵の要望で防衛省の御歴々が貴重な試作兵器の国外運用を許すわけが無い」

「ッ!?」

「巌谷中佐に感謝しろ・・・・・・あの武人もまた、人の親になりたかったのかもな」

 そう告げるが試作99型砲の国外運用に関して、日本帝国内で何らかの工作があったのに間違いないだろう・・・・・・部長がソ連での運用試験に参加することを承諾したのにも、その辺りの事情が深く関わっているに違い無い。

「・・・・・・ハッ、肝に命じておきます」

「とは言え、あまり気負い過ぎるなよ?・・・・・・お前ももっと自分に余裕を持てば、いい女になるのだがな」

 そう告げたせいか、絶句している篁の姿に苦笑しながら私は直属の部下を見据える。

「鳴海・・・・・・お前にも発破は必要か?」

「遠慮しときますよ、発破ならいつも受けてますから・・・・・・嫌と言うほどね」

 言って肩を竦める鳴海。
 彼との付き合いももう直ぐ一年近く経つが、彼自身の技能に疑う余地は無い・・・・・・あの激戦を潜り抜けた彼は、間違いなく一流の衛士だろう。

「そうか・・・・・・まぁ私もお前が死ぬなどとは微塵にも思っていないがな」

「へぇ、嬉しいこと言ってくれますね?」

「当たり前だ、横浜から生還・・・・・・いやG弾の爆心地から生き延びたお前の強運・・・・・・そう易々と尽きるとは思っていないさ」

 そしてあの人が救った命だ、この程度のことでソレが失われることなど・・・・・・あるわけが無い。

「G弾!?・・・な、鳴海中尉、あんたまさかルシファー作戦の生き残りなのかッ!?」

「ん?ああ、そうだけど・・・・・・言ってなかったか?」

「在日国連軍から参加していた部隊に、日本人だけで構成された部隊があると聞いていたが・・・・・・鳴海中尉はまさか其処に所属していたのかッ!?」

 驚愕する二人の態度を見て、私は自分の発言が迂闊だったことを自覚する。

「二人とも、今の内容は他言無用で頼む。G弾の爆心地から生き延びた男・・・・・・その重要性がどれほど高いか、お前たちには分かるな?」

 彼の素性は公にしていいものでは無い。第参開発局を隠れ蓑にして彼を匿っておかないと・・・・・・各国の諜報機関や科学者がその身柄を得ようと画策するだろう。
 例え彼自身を騙す結果になるとしても、私達は彼や平を守らなければならない・・・・・・あの人がそれを望んだから。
 口を閉じた二人を見ながら、私は小さく溜息をついて三人に別れの言葉を告げた。

「では各自の健闘を祈る・・・・・・またアラスカで会おう」














「また、か・・・・・・奴らが死ぬわけがないのは分かっているんだがな」

 アラスカでの出来事を思い出して苦笑してしまう。
 出来ることなら私も同行したかったが、冥夜様が総合戦闘技術評価演習に参加することが決まった以上、警護小隊の一員として付き従わなければならない。
 既に冥夜様の下には月詠を筆頭に何名もの優秀な近衛将兵が護衛に就いている、今更私が其処に参加する理由は薄かったのだが、「何時近衛に帰るかわからないんですから、顔はちゃんと繋いでおいたほうがいいですよ?」と部長から告げられて帰国する決心がついたのだ。

(復帰か・・・・・・捨て駒としての復帰は有り得るかもな)

 自嘲気味に一人でそう呟いていると、

「・・・・・・あ」

 マユが小さく声を上げたのに気付き、思考を中断して彼女が視線を向けるている物を見る。

 輸送艦に詰まれる漆黒のコンテナ。
 戦術機一機を丸まる格納できるそれは、私やマユに取ってみれば見慣れた代物だ。
 無論、中に搭載されているのは・・・・・・

「リリィ・・・・・・狭くて苦しくないかな?」

 小さな声で白百合のことを心配するマユ。
 戦術機たる白百合にそんな感情は無いのだが、アレをまるで友人のように語るマユにソレを告げるのは無粋と言うものだろう。

「大丈夫・・・・・・此処に来るまで、たっぷり話していたんでしょう?」

「うん、一杯お話したよ・・・・・・そうだね、私もリリィも寂しくないよ」

 不安が少しは解消されたのか、マユは小さく笑顔を浮かべて私を見上げた。
 
 白百合の海外運用、しかもマユ抜きで。それを決定したのは他ならぬ石井部長だ。
 鳴海が操縦できるように管制ユニットを通常型に換装までしてソ連に持ち込む。先日の新潟での戦闘で改修された白百合を、わざわざ未完成状態で投入するのは部長曰く・・・・・・まだソ連の連中に見せるのは早いかららしい。
 恐らくはソ連で継続されている第三計画を鑑みての判断なのだろうが、相変わらずあの人の真意を私は完全に理解することが出来ない。

 しかもだ・・・・・・

「・・・・・・【鵺】まで持ち込むとはな」

 白百合が格納されたコンテナと同型のコンテナが三つ、同じように輸送艦に詰まれて行くのを見て思わず呟いてしまう。

「ねぇお姉ちゃん。南の島に行けば、お姉ちゃんが言ってたメイヤに会えるの?」

 白百合が見えなくなったからか、マユが私の手を引きながらそう質問してきた。

「そうね、お話できるかは分からないけど・・・・・・見ることは出来るはずよ」

「ふ~んそっかぁ・・・・・・楽しみだなぁ」

 ニコニコと笑うマユ。自らに近衛が付き従うことを嫌う冥夜様だが、マユのように幼い少女にであれば無碍には扱えないだろう。
 それでなくとも人一倍心優しいお方だ、マユと接することでひと時の癒しになってくれればいいが・・・・・・

「夜の海風は当たり過ぎるのはあまり身体には良くないぞ?・・・・・・それに子供はもう寝る時間だと思うが、君は保護者として失格かもしれんな」

 苦笑交じりの忠告が、考え事をしていた私の耳に届く。
 慌てて声がしたほうに振り向くと、海軍の制服に身を包んだ将校が軍帽を深く被って私とマユを眺めていた。

「はッ!!申し訳ございません瀬戸大佐ッ!!」

 上官へ向けて最大限の敬意を払いながら敬礼を送る。

 瀬戸功(せといさお)大佐。
 今回、ソ連への輸送任務を受けた艦隊の旗艦、妙高級重巡洋艦【妙高】の艦長。
 50代半ばを過ぎた男であり、軍務に実直で規律を重んじる・・・・・・と噂される武士だが、軍帽から除く眼光は年齢に相応しく無い無邪気な光に満ちている。

「おいおい、そんな他人行儀なのは止めてくれ。麻美君にまでそんな態度をされたら、夜食のカレーが美味しく食べられんよ」

「しかし・・・・・・私の所属は近衛です。海軍所属の大佐と不用意に接するのは・・・・・・もし誰かに見られていたら大佐に御迷惑が・・・・・・」

 周囲を見回しながらそう進言する。近衛軍と海軍との不仲は今に始まったことではなく、その険悪さは陸軍と海軍との比では無い。

「かまわん、くだらんことを言いたい奴には好きに言わせておけばいい・・・・・・そのあたりの割り切りを未だに出来ていないようだな君は?少しは自分の姉を見習うといい」

 だと言うのにも、大佐はそう一蹴して鼻で笑い飛ばす。
 やはりこの人に私は頭が上がらない、一時期の間大変世話になったせいがだと思うが・・・・・・人としての器が違い過ぎる。

「・・・・・・敵いませんね、瀬戸大佐には」

「昔みたいにおじさんっと気軽に呼んでくれていいんだぞ?」

 脱帽し大きく笑う大佐の姿に過去の郷愁が脳裏を過ぎるが、それは既に過去の話だ。楽しかったあの頃にはもう戻れない。

「それに、敵わないのはこっちの台詞だ。光菱と防衛省のお達しに続いて君達の依頼まで無理やり受けたんだからな・・・・・・俺たちを郵便屋と一緒にしないでくれと、上司に言っておいてくれ」

「はい、無理な注文を付けて申し訳ありませんでした」

「いやいや、君が謝る必要は無い。まぁ一番の積荷は光菱から頼まれた戦術機だからな・・・・・・アレのお陰でウチの艦隊が保有するおおすみ型の腹は満杯だ・・・・・・君のところの怪しいコンテナと、防衛省絡みの機密物資はそう大した数ではないからな」

「大佐、積荷の件は・・・・・・」

「分かっている。我々は何も見てないし何も聞いていない、だが頼まれた代物は必ず向こうに届ける・・・・・・それでいいのだろう?」

 苦笑する大佐に一礼することしか出来ない。ある程度の事情に精通している大佐でも・・・・・・やはり機密の二文字の下には口を塞いで貰うしかない。

「お姉ちゃん・・・・・・このおじさんだぁれ?」

 それまでじっと黙っていたマユが、私の袖を引きながら恐る恐ると言った様子で聞いてきた。

「ん?・・・・・・ああ、私が昔とっても世話になった人よ、挨拶できる?」

「う、うん・・・・・・こ、こんにちは、せ・・・とたいさ?麻由美って言います」

 たどたどしく大佐に自己紹介をしながら一礼するマユ、その姿を大佐は優しげな眼差しで見守っていた。

「ふむ、この時間ならばこんばんわ、だな。無理に大佐などと呼ばなくていいぞ・・・・・・おじさんで十分だ」

 そう言って大佐はマユに近き、手を伸ばして頭を優しく撫で始める。
 されるがままに撫でられていたマユだったが、ジッと瀬戸大佐を見つめた後、何かを感じ取ったのかニッコリと笑みを浮かべて大佐の服を握り締めた。

「おじさん・・・・・・なんだかお兄ちゃんに似てる」

「はっははは、そうかそうか・・・・・・そのお兄ちゃんとやらは幸せものだな、なんてったてこの俺と似てるんだからな」

 仲睦まじく話す二人を見ていると目頭が熱くなってくる。
 どうして運命と言うものは、人間へ残酷な仕打ちしかしないのだろうか?
 幸福な生活とは言わない、せめて平穏な日常を送ることを・・・・・・どうして許してくれないのだろうか?

「麻美君」

「・・・はッ」

 撫でられるのが心地よいのか、猫のように瞳を細めているマユを見ながら、大佐が搾り出すような声音で言葉を続ける。

「この子が・・・そうなんだな?」

「・・・はい」

「・・・・・・そうか・・・・・・苦労を掛けるな、君には」

「いえ、大佐が背負う荷に比べれば・・・・・・軽いものですよ。小耳に挟みましたがソ連には御息女の部隊が護衛の増援として送られるそうです」

「ああ、それは私も耳にしている」

「あの欧州での戦いを生き延びたそうで・・・・・・血は争えないと言うことでしょうか?」

「はっはは、どうだろうな・・・・・・娘は家内に似て臆病だったそうだからな・・・いや、俺に似て臆病なのかもしれんな」

 言って寂しげな笑みを浮かべて瀬戸大佐。

「それに、もう何年も会っていない・・・・・・今更父親面はできんよ。真奈美の面倒を見てくれる城崎家には本当に頭が下がる思いだ」

「向こうで話す機会があるのでは?・・・・・・それに生きていればチャンスは幾つもあります。何時かは分かり合える日が来くるはずです」

 我ながら説得力の欠片も無い言葉だった、だが今の私にはその程度の言葉しか出てこなかった。
 大佐は私の言葉に「そうだといいがな」、と小さく呟いてマユを撫でるのを止めてしまう。

「艦長ッ!!」

 それと同じくして、息を切らしながら若い水兵が駆け寄ってきた。

「どうした、何かあったのか?」

 大佐が軍帽を被り直し、それまで浮かべていた柔和な笑みを消して若い水兵に問いただす。
 水兵は私と大佐に向けて敬礼を一度したのち、息を整えながら口を開いた。

「はッ!!航行スケジュールの件で金谷大尉がお呼びですッ!!」

「わかった、直ぐに行くと伝えてくれ」

「はッ!!」

 来た時と同じく駆け足で立ち去る水兵、その後姿を見ながら瀬戸大佐は小さく肩を落とした。

「やれやれ・・・・・・人使いが荒くて敵わん、身内だから遠慮が無くなっとると見える」

 ブツブツと呟く大佐の姿に思わず笑ってしまう。
 どうやら此方は問題無くやっているようだ。ならば私も余計なことを考えるのを止めて、己の責務を果たすとしよう。でないと・・・・・・鳴海たちに告げた言葉に説得力が無くなってしまう。

「では瀬戸大佐、積荷を宜しくお願いいたします」

 再度敬礼を送って大佐にそう告げると、彼は不思議そうな顔をして首を傾げた。

「ん?それは勿論だが・・・・・・会って行かないのかね?」

「はい、お互い・・・・・・それが一番ですので」

 湾に浮かぶ瀬戸大佐の艦、妙高を見ながら私はそう言って笑った。

「そうか・・・・・・難儀だな、君達も。いや、それに巻き込んでしまった当人が言えた義理ではないか・・・・・・積荷は必ずソ連へ届けるとしよう・・・・・・また会うまで無事を祈るよ、麻美君」

「はッ!!瀬戸大佐も・・・・・・後武運を」

「おじちゃん、またね~」

 ブンブンと元気よく手を振るマユを連れて私はその場を後にした。
 そんな私達の姿が見えなくなるまで、大佐は小さく手を振り替えしてくれていた・・・・・・





*Edit ▽TB[0]▽CO[1]   

~ Comment ~

NoTitle 

うおおおおお~い……タイトルから下がデッカイ文字になっちまってるぞぉぉぉ
早めに修正してくださいね♪
 
(ここからは本音のようなネタのような)
ヤロウ……手ェ抜きやがったな。
おのれぇ……RPG-7構えてブッコミすっぞゴラァ
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