DONの落書き部屋

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「Muv-Luv 小説」
第二部

ソ連編 4話

 
 ソ連編  かれらの邂逅


 2001年8月3日
 日本・愛知県名古屋市
 光菱重工業名古屋先進技術研究所 


「・・・・・・ふぇ?」

 ―――沈黙が支配する室内に、唐突にそんな気の抜けた声が響き渡った。
 室内ですることも無く待機していた面々は、言葉を発した本人である杉原瞳大尉に訝しげな視線を送る。

「ん~~~~?」

 だが彼女は、そんな視線などを意に介した様子も無く、窓の外を眺めて唸り続けていた。

「―――どうした瞳、何か見えたのか・・・?」

 彼女の態度に疑問を感じているくせに誰一人として問い掛ける様子が無かったので、仕方なく彼は閉じていた瞼を気怠けに開き彼女にそう声を掛けた。

「む~~ 隆さんの声が聞こえた気がするの~」

「―――隆? ああ、グラサンのことか・・・」

 彼女の返答を聞いて、彼の脳裏にサングラスを決して手放さない風変わりなの男の姿が過ぎる。

「どうしたんだろう・・・・・・何かあったのかなぁ?」

 心配そうに眉根を寄せて呟く瞳。 何を感じ取ったか知らないが、相変わらずマイペースな彼女の態度に苦笑しながら、彼・・・・・・松土礼二少佐は内心で小さく安堵の吐息を漏らした。

 先日、欧州への派遣任務を終え無事に帰国した瞳。 向こうで発作を起こしていたと聞いて懸念していた体の容態だが、帰国後の検査では異常と言える程の異常は見つからなかったそうだ。
 結果的に何事も無かったわけだが、重金属による心肺機能の異常疾患を抱えた部下を欧州へ派遣させることに、彼は賛成だったわけではない。 だが、一軍人として彼は上からの命令に私情を挟むことなど出来るわけがなかった。 
 まぁ、嫌がらせとして、瞳の代わりに柿崎を送り込もうと画策はしていたが・・・・・・

(―――全ては杞憂だったわけだ。 静流に感謝すべきかな・・・・・・コレは)

 古くからの知人を思い出しながら苦笑し、松土は室内で退屈そうにしている部下の姿を眺めた。
 
「隆さん、大丈夫かな~ とっても、とっても不安なの~」

「社中尉ね・・・。 確か今はソ連だったか? ランサーズは?」

「ああ、静流さんトコも大変だよ。 欧州行ってソ連行って・・・・・・下手したら今度は中東にでも行けとか言われるんじゃないのか?」

「―――どっちがいいんだろうな、俺たちと連中。 まぁ・・・・・・首輪付きに違いは無いだろうが」

「さてな、少なくとも国粋主義の連中から見れば・・・・・・ 俺たちは使い勝手のいい駒に違いは無い」

 話しのネタとしては余りいいものではないが、暇を持て余している部下が見つけた切っ掛けを咎めることなど出来るわけもなく、松土は話し始める部下を横目に再び瞼を閉じようとしたが・・・・・・

「―――皆さん、お待たせして申し訳ありません」

 唐突に室内に入って来た人物に邪魔されてしまった。 閉じかけていた瞼を半分開けて見れば、スーツ姿の男が一人、無表情な顔でドアの脇に佇んでいた。

「・・・ったく、用件を直前まで知らせないのは相変わらずだが、俺達を無駄に待たせるとは・・・・・・光菱にしては随分と段取りが悪いな?」

「緊急の案件が重なりまして、皆さんにご不便をお掛けしたことは謝罪致します」

 柿崎の皮肉混じり言葉を受けても、男は顔色一つ変えずにそう答えた。 しかし、答えた言葉の内容とは裏腹に、謝罪の色が見えない男の態度に数人の部下が怒りを表にしたが、松土は軽く手を振ってソレを抑え、男の指示に従って部屋を後にした。
 男の後に続き施設を出ると、外には数台の車両が用意されており、それに乗車するように促される。 車に乗り込み動き出して暫くしてから、松土は一緒に同乗した案内役らしき男に向けて口を開いた。

「―――さっき言ってた緊急な案件ってのは、俺たちの仕事に関係あるのか?」

 それは特に意味を持って質問をしたのではなく、初めて訪れるこの施設に少なからず不安を感じている彼が気を紛らわすために言った世間話的なものだった。

 先進技術研究所などと命名された当施設ではあるが、見た目は幾つかの施設が点在するだけの荒野に過ぎない。 それで研究所などと大仰に言うのは問題かもしれないが、2年前までBETAの支配下にあったこの場所の背景を鑑みれば、この有様は当然と言えば当然なのかもしれない。
 
98年に起きたBETAの本土侵攻により、一時期西日本はBETAの占領下にあった。
 明星作戦の成功と、佐渡ヶ島にBETAを押し止めることが出来た昨今、限定的ではあるが西日本の一部地域が復興されつつはあるが、それは旧帝都である京都、朝鮮半島に近い九州、BETA侵攻の被害に晒されることが無かった沖縄と言った主要拠点のみの話である。
 少なくともこの地は、それら戦略的に重要とされる箇所に当てはまる事無く、復興は後回しにされるはずなのだが、窓から見える外の景色にはBETA戦後に付きものである、腐り、大地を汚すBETAの死骸が何処にも見えない。
 誰がこの地を整理したのか? 答えは考えるまでも無い、国内においてそれだけの事業を行えるのは、四大財閥の何れか以外あり得ない。

「―――ええ、半ば諦めていたデータなのですが、先程突然送られてきまして。 皆さんに関係があると言えば・・・・・・データのお陰で試験項目の幾つかを削ることが出来そうですので、この何も無い不毛の土地に滞在して頂く時間が短くなったことでしょうか?」

 男はそう淡々と言葉を紡いだ後、何かを思い出しかのように松土へ顔を向けて笑みを浮かべた。

「皆さんのお噂は兼ね兼ね聞き及んでいます。 高名なドルフィンライダーとお会い出来て光栄です」

 男が浮かべる明らかに作り物めいた笑みを見て、松土はその言葉が男の本心だと到底思えなかった。

「―――噂ねぇ。 まぁ、碌でも無い噂なんだろうな」

 それを想像し気分を害した彼の様子に気づいたのか、男は言葉を付け加えてきた。

「―――いえ。 妹からの報告では、皆さんは噂通り優秀な衛士だと・・・・・・ 彼女か送られてきたデータからも、ソレが偽りでは無いと確証しております」

「あん? ―――妹?」

 男が発した言葉は松土が予想した答えのどれでも無く、むしろ聞き逃すことが出来無い単語が含まれていた。 
 思わず聞き返した言葉に、ええ、っと抑揚の無い声で答える男。 松土はその横顔を眺めながら、記憶にある光菱関係者と照らし合わせ始めた。
 年齢は・・・・・・静流かグラサンあたりと同じくらい、二十代半ばから後半といった処か。 中肉中背、黒髪、黒目、先程から表情一つ変えることの無い、まるで機械なような横顔から連想出来る人物に覚えは無かったが、先程見た男の立ち居振る舞いから感じ取ったある種のクセを思い出し、一人の人物が脳裏に浮かび上がる。

「―――城崎の嬢ちゃんのことか?」

 気品と言うべきかだろうか? 男の振る舞いからは、物腰一つ一つの間のとり方に穏やかさが垣間見えた。 それが武家特有の緊張感を孕んだものでなく、優雅さを兼ね備えたものであるならば、裕福な暮らしをしていた人物の関係者に違いないと彼は推察した。

「その通りです。 ・・・・・・良く出来た妹ですよ・・・・・・少なくとも、私などよりはね」

 あっさりと肯定し、男は再び小さな笑みを浮かべた。
 だがその笑みは先程の作り物めいた笑みとは違い、ある種の人間臭さを孕んでいることに松土は気づいた。 それは何処か自虐的で・・・・・・少なくとも、見ていて余り気分の良い笑みでは無かった。

「―――城崎秋斗 (しろさきあきと) と申します。 皆さんが参加して頂く計画の進捗を本社に報告するために派遣されまして、以後お見知りおきを・・・・・・」

 松土の内心を他所に、男は一瞬浮かべた笑みを消し去って自分の立場を語った。

「ああ、宜しく頼むよ・・・・・・ で? ここ暫く色々なテストをやらされたが、その集大成でも完成したのか?」

「はい。 皆さんのお陰で計画は滞り無く進み、別所で行われているテストベッドの経過も良好なことから、そろそろ次の段階に進むべきだと決定致しました。 ・・・・・・無理を承知で皆さんに御足労願ったのは、新型の実証試験を一任して頂くためです」

「―――新型ね。 魅力的な話ではあるが、その新型とやらの行き先に当てはあるのか? 防衛省が進めている次期主力機の選定には・・・・・・ ここだけの話だが、米国企業の横槍が入るのが濃厚と聞いているぞ?」

 帝国が保有する様々な新兵器の試験を行っている富士教導隊。 その中に旧知がいる松土は、帝国軍が次に採用する予定の時期主力機について、米国共同で弐型の開発を行い始めた頃より米国企業のロビー活動が活発になったと聞き及んでいた。 また、言葉にこそしていないが、人類初のハイヴ攻略を成し遂げた帝国軍は現在急ピッチで戦力補充を行っているため、性能も判明していない新型を購入する予算を捻出するとは思えない。 現主力機である94式の生産すら追いついていないのが現状であり、耐用年数が近づいてきた77式の代替えとして97式が候補として挙がっている背景には、各企業の製造ラインが昨年より配備され始めた武御雷の生産に追われているとの話もある。

「ええ、それは聞き及んでおりますよ。 そもそも弐型の開発を行うと聞いた時より、国内の戦術機産業に米国が絡んでくるのは眼に見えておりましたから・・・・・・ 開発を推進した技術廠の方は、その辺りの事情を見越していたのかもしれませんがね」

「―――構わないのか? F-15をベースにしたとは言え、純国産の機体を作り上げた矜持を根底から否定されるようなものだぞ?」

「あちらの進んだ技術が手に入るのであれば、そのような安っぽいプライドなど幾らでも彼らに差し上げますよ。 我々が得たいのは名声や権力ではありません・・・・・・ 利益、それを求めることが企業の本質です」

「利益か・・・・・・流石は企業の人間だ、その合理的な考えには恐れ入るよ。 だが、そうなると余計に新型とやらの行く宛はどうするつもりだ? 利益を得るにも、相手に購入の意志が無ければ・・・・・・全てが無駄になるのでは?」

 言った松土の脳裏に、以前米国に派遣された際に目にした一機の戦術機が過ぎる。
 高性能だったにも関わらず、運用用途が軍のドクトリンに合わなかったために不採用となった不運の機体。 莫大な予算を注ぎ込み、量産に移行するのを確信していた開発企業は、その選定に落胆を隠せなかったそうだ。 そして開発に掛けた資金が回収出来なかったのが原因なのかは分からないが、その企業は別の企業に吸収合併されたと聞く。
 その企業と光菱が同じ道を歩のではないかと、松土が一抹の不安を覚えるのも無理はなかった。

「―――少佐の言うことに一理ありますが、それは日本政府の話です。 企業として、ビジネスパートナーの相手を一つに限定するのは少々リスクが高い。 戦術機を欲している国は数多く存在します・・・・・・EU、大東亜連合、アフリカ諸国、オセアニア・・・・・・国連軍の中核を成し、世界で最も戦力を持つ米国も例外ではありません。 F-22は無事ロールアウトが済んだようですが、主力たるF-35の開発が予定より遅れているそうですから・・・・・・ソコへ横槍を入れるのも決して悪い話ではありませんね」

「―――米企業を挑発するつもりか?」

「挑発など、不知火を発表した時点から私たちは彼らと同じフィールドに立っているつもりです。 重ねて言いますが、利益の追求こそが企業の求める目的です。 それを最も効率良く行える戦術機産業へ更に食い込むことに、今更躊躇いなどありませんよ」

「―――話しの内容が少々物騒過ぎるな・・・・・・ 情報省の連中に聞かれでもしたら、技術漏洩の礼状を引っさげて公安の連中が大挙してくるぞ?」

 戦術機とは先進技術の塊である。進んだ技術は、それだけで一種の外交カードとしても利用できる。 それを国益以外・・・・・・ましてや一企業の利益のために他国に売り渡すなど、外務省のみならず通産省や防衛省の役人が許すわけが無い。

「確かにその通りですね、光菱の力とて一国の政府を抑えつけるだけの力は未だありません。 しかし松戸少佐、私は貴方だからこそ今の話しをしたまでです。 今の日本に・・・・・・固執するメリットなど何処にも無いのは貴方もご存知でしょう?」

 忠告を含んだ言葉をあっさりと肯定した秋斗は、意味ありげな言葉を松土に返した。

「はっ、流石は光菱だ。 ―――今の話しは聞かなかったことにしておく」

 鼻で笑い、肩を竦めてそう答える松土だったが、それは一瞬脳裏に浮かんでしまった男の影を振り払うためのポーズでしか無かった。

「ええ、少佐のお好きなようにしてください」

 またもや秋斗が浮かべた胡散臭い笑みに松土が辟易していると、乗車している車はトンネルらしき通路へ入り込んでいった。

「―――地下なのか?」

「ええ、生憎と地上は見張られておりますから」

 言って天井を指差す秋斗。 それが意味するところは、軌道上に存在する監視衛星だと松土は直ぐに気付くことが出来た。
 BETAが衛星を攻撃しない理由は不明だが、衛星軌道からハイヴ周辺の様子を監視出来る衛星の利点は多く、その中には同じ人間を監視する意図も含まれていた。

 地下通路と思しきトンネルを暫く進み、車両は一際大きな隔壁の前で停車した。 後続の車に載っていた部下と同じく降車し、秋斗の後に続いて隔壁の前に立つと同時、巨大な隔壁がゆっくりと開いていった。
 戦術機が悠々と出入り出来る大きさでありながら隔壁の厚さは核シェルター並に分厚い。 その様相を見て。これだけの地下施設が此処に存在していることに松土は違和感を覚えた。
 西日本の復興から今日までの月日を考えても、一企業にこれだけの地下施設を建造する時間的余裕など無いはずだ。 以前から計画され、密かに実行されてきたのか・・・・・・それとももっと別の何かか?
 そんな疑問を抱いた松土だったが、目の前に広がった光景を見て、その答えを考えることを止めた。

 ―――開け放たれた隔壁の向こうには、無数の機体が整備パレットに固定された状態で立ち並んでいた。

 隔壁の大きさと比例するように、格納庫と思しき中は広大な広さを持っていた。 奥行きがあるせいで、立ち並ぶ機体の全てを見通すことが出来無い。 目に付く限りでも10機以上の機体が鎮座しており、格納庫内に全部で何機の機体があるのかを把握することが出来なかった。

(―――最低でも一個大隊規模か? 実証試験もまだの機体をコレだけ揃えるとは・・・・・・余程自信があると見える)

 松土はチラリと秋斗の横顔を盗み見るが、立ち並ぶ機体をただの風景のように眺めている男の表情から何かを感じ取ることは出来なかった。
 仕方なく松土は無駄な推察を止め、新型らしき機体へ視線を向けた。

 不知火や吹雪に通じる第三世代機特有とも言える細身の体を持った機体。 艤装が施されていないせいでこれと言って特徴らしい特徴は無いのだが、天井に吊るされている白色灯の明かりを反射し、鏡のように艶を放つ装甲色がその機体の特徴と言えるかもしれない。
 帝国軍が正式採用している暗雲色の塗装よりも更に深い闇色の装甲を持った新型は、機体の各所にケーブルが繋がれており、今尚調整中だと言うことが見て取れた。

「・・・・・・ん?」

 新型を眺めていた誰かが疑問の声を上げた。 それと同じくして、ドルフィンライダーの面々はその戦術機に共通の違和感を覚えた。

「―――あれ? この子小さいんだねぇ」

 呑気な声で呟く瞳。 だが、それこそが彼らが内心で感じた違和感の正体だった。
 整備パレットに固定された新型の全高は、今まで彼らが見たどの機体によりも低い。 漆黒の機体に注目して気づかなかったが、格納庫には他にも数機の戦術機が格納されており、漆黒の機体はそれらの機体よりも頭一つ分は小さかった。

「あ~~~ッ!! もしかして猫ちゃん? そうだよね~?」

 っと、先程の疑問は何処にいったのやら、何かを見つけた瞳が嬉しそうな声を上げながら向かう先には、米海軍が運用しているF-14Dがあった。 視線をずらせば、F-14Dの横手には欧州が誇る第三世代機である、EF-2000が二機鎮座している。 その更に奥には、見慣れない機体が一機鎮座していた。

(・・・・・・確か・・・・・・グリペンとか言ったか?)

 漆黒の機体と同じく、他と比べて小柄な機体の素性をカタログで得た知識で思い出そうとしていると、

「機体のコンセプトはサーグの機体を参考にしています。 とはいえ、多用途における発展性はコチラが上だと自負しておりますが」

 グリペンを眺める視線に気付いたのか、秋斗が付け加えた説明を聞いて松土は再び視線を漆黒の機体に向けた。

「―――戦術機の小型化か。 しかし、既存の火器が使用できないのは問題じゃないのか?」

 整備性や調達コストといった会計屋が頭を悩ませる問題よりも、実際の運用における疑問を秋斗に投げかける松土。
 機体が小型になったと言うことは、現在帝国軍の戦術機が使用している火器が使用できない可能性がある。 マニュピュレータのサイズ云々よりも、機体サイズに見合わない火器を放てば、その反動で機体が損傷してしまう結果が容易に想像できる。

「火器につきましては機体開発と同時進行で開発が進んでおります。 それらがラインに乗るまではライセンス品に頼るしかないのが現状ですが・・・・・・ インフラが整ってから配備されるモノなどありません。 それは兵器しかり、民生品しかりです。 先見性がある企業や、成果を上げ優秀と認められればインフラで利権を得ようとする企業がこぞって参入してくるでしょう」

 まるでソレが当たり前になると核心しているかのように、秋斗は平然と言い放った。 そして、その小型の機体の前に立ち、漆黒の装甲に手を当てて言葉を紡いだ。

「皆さんには、今後数カ月に渡ってこの機体の問題点を洗い出して頂く予定です。 少々既存の機体とは違いますので、最初は手こずるとは思いますが・・・・・・皆さんの腕でしたら何ら問題ないでしょう」

「はっ、買い被られたもんだな・・・・・・ で? 俺達が乗るこいつの名前をそろそろ教えて貰えると嬉しいんだが」

 松土の問いかけに秋斗は一旦言葉を区切り、演技とも感じる仕草で漆黒の機体を見上げながら呟いた。

「―――戦術歩行支援機、試TYPE01・心神。 光菱が世に送り出す、新しい概念を持つ機体の名称です」









 同日・カムチャッキー基地
 国連軍方面司令部ビル地下2階 第3ブリーフィングルーム

<三澤 静流>

「―――本試験の目的は、主として不知火・弐型とF-15・ACTVの実戦における即応性、並びに僚機との緊密なコンビネーションにおける問題点の洗い出しであり・・・・・・」

 多種多様な国籍を持つ衛士の前で、トルコ共和国出身であるイブラヒム・ドーゥル中尉が淡々とした口調で手元の資料を読み上げている。

 ―――後日、カムチャッカ半島で行われる予定の運用評価試験。 その説明として開かれたブリーフィングに参加しているのだが、事前にある程度の情報を与えられている自分にとって、それは退屈極まり無い時間だった。 会議が始まる前に渡された資料は既に目を通し、その中から自分たちの任務に必要な要点は頭に叩き込んである。 例の試作兵器に関しての情報が何処にも記載されていなかったところを見るに、後ほど担当管が直接説明でもするのだろう。
 
「・・・・・・むぅ」

 隣に座る部下が小さく呻くのを耳にしながら、私は壇上に立つドーゥル中尉へ視線を向ける試験小隊の面々でも眺めて時間を潰すことにした。
 アルゴス小隊と命名され、日米合同で行われているXFJ計画に協力している試験衛士達は、皆一様に真剣な表情で話に耳を傾けている。 事前に試験衛士の素性に付いての報告書に目を通していたが、帝国で使用する機体を開発しているのにも関わらず、日本人の衛士が参加していない当計画のあり方には疑念を覚えてしまう。
 不知火の開発と並行して進められているF-15の派生機ならばまだ分かるが、機動砲撃を主とする米軍に籍を置く衛士に不知火を任せるとは・・・・・・正直、この計画を推し進めた連中の浅はかさに目眩を覚える。
 昨今の日米関係を鑑みれば、帝国軍の衛士が何のわだかまりも無く米国主導で開発された機体を扱えるとは思えない。 無論、道具でしか無い戦術機に思い入れなど不要であり、帝国軍の衛士もその点の割り切りは出来ると思うのだが、表面で平静を装っても内心で感じている疑念を果たして振り払えるだろうか?
 恐らくだが、この選定には日本と米国、いや各国の企業同士で何らかのやり取りがあったに違い無い。 個人の感情などを考慮しない、全くもって企業らしいやり方だ。

(―――となると、彼も憐れな生贄と言う事か。 優秀なようだが、とんだ貧乏くじを引かされたようだな)

 最前列に座る男、不知火に搭乗する首席試験衛士、ユウヤ・ブリッジス少尉に視線を向ける。
 資料で見る限り、その腕に疑念を挟む余地は無い。 まだ年若い身でありながら、米国陸軍戦技研部隊にて幾つもの好成績を叩き出し、トップガンの何恥ぬ実力を持つ混血の衛士。
 そう、名前から推測出来るように、彼は日本人の父親と米国人の母を持つハーフなのだ。 不知火弐型が日本と米国による共同開発ならば、それを駆る衛士もまた日米のハーフと言う事実・・・・・・ますますもって、この計画そのものがプロパガンダの一環として組まれていても何ら不思議はない。
 それを一番分かっているのは本人だろう。 だが、壇上に立つドーゥル中尉に視線を送る彼の横顔は真剣そのもの。 それが見せかけのポーズでは無く、彼の本心であることを祈るばかりだが・・・・・・ 

(しかし皆、良い面構えだな・・・・・・試験衛士としての矜持、インパルスの連中にも見習って貰いたいものだ)

 生真面目な試験衛士達の姿と古い知人を比べて嘆息していると、先程から視界の端でフラフラと揺れている部下の呟きが再び耳に入ってくる。

「ぬぅ、疲れがとれん。 たかが戦闘後に徹夜したぐらいで・・・・・・ 年か? 年なのか? そ~いやソロソロ27歳か俺・・・・・・ あぁ三十路の壁が迫ってるなぁ」

「―――隆、少しはシャキッとしろ・・・・・・」

 様々な関係者が列席する場なだけに仕方なく隆に向けて注意するも、その理由に心当たりがあるせいか余り強く言えない自分がいた。
 
 ―――先日、ソ連軍からの支援要請を受けて参加した掃討戦。 その作戦中に何かを掴んだのか、基地に戻るやいなや不知火のスペックについて調べ始めた隆。 乗機の特性を理解することは、戦術機を操る上で必要不可欠なことであり、それを熱心に調べることを止めることなど出来ようも無い。 
 ただまぁ・・・・・・集中力があるのはいいが、整備員まで巻き込んで夜通し管制ユニットに引き篭るのはどうかと思うが・・・・・・

「でも静流さん。 あっちの奴も何やら疲れた顔でフラフラしてますよ?」

 サングラスで見えないが、恐らく目元に隈を作っているであろう隆に促され、自分たちの反対側の壁際に座る1人組の男女に視線を向ける。

「―――ちょっと孝之、少しはシャキッとしなさいよ」

「体がギシギシなんだ、勘弁してくれよ。 狭すぎなんだよ白百合の管制ユニット、あんなトコに座れだなんて・・・・・・ マユ用の席に俺を無理やり押し込むか? 普通?」

「そんな泣き言言ってると、またマユにヘタレって言われるわよ? それに、今の貴方を麻美が見たら・・・・・・どんな顔をするかしらね?」

 小声で話す二人の会話がはっきり聞こえた訳ではない。 口の動きから凡その会話を脳裏に組み上げて予想した内容なのだが、隆と同じようにフラフラしていた男が傍らの女性に何事かを告げられると、一瞬で姿勢を正して生真面目な顔を作った。 ・・・・・・・その顔色がやたら青白ようにも見えるが、きっと気のせいだろう。

「―――では、評価試験スケジュールに追加された試作兵装について私から説明する」

 余計な思案に耽っていたせいか、いつの間にか壇上には一人の女性がドーゥル中尉に代わって立っていた。

 XFJ計画における日本側の開発主任、篁唯依中尉。
 黒髪、黒目、日本人らしい特徴と身に纏う雰囲気から一目で彼女が武家・・・・・・いや斯衛の人間だと推察できた。 良くも悪くも、対面を重んじる斯衛の人間は皆独特の雰囲気がある。 帝都にいた頃、それを嫌と言うほど目の当たりにしていたせいか、彼女の持つ雰囲気が斯衛のソレだと気づいてしまった。

「へぇ、篁中尉か・・・・・・まさかこんな所で再会するとは思わなかったなぁ」

「? 隆、お前彼女と知り合いなのか?」

 ポツリと呟いた隆の言葉は私にとって意外なものだった。 この風変わりな部下が、武家の人間と接点があるなど考えもしなかった。

「ええ、百里でちょっと。 あれは・・・・・・航空祭が始まる前ぐらいだったかな? 相変わらず堅苦しい様子ですけど、元気そうで何より・・・・・・」

 と、感慨深く答える隆だったが、篁中尉が発した言葉によって生じたざわめきで彼の言葉は霧散してしまった。

―――『試作99型電磁投射砲』
 
 スクリーンに映るざわめきの源。 前日、奈華宮大尉からその資料を受け取っていた私は驚くに値しなかったが、試験小隊の関係者は初見なのか一様に驚きの表情を浮かべていた。
 兵装の機密性を鑑みれば当然の処置なのだろうが、実証実験が済んでいない兵器の試験を実戦で行わされる彼らには同乗したくなる。 だが、それこそが彼らの仕事なのだから、無用な感情は侮辱でしかないだろう。

「電磁投射砲・・・・・・ね。 なるほど、俺が北海道から今まで試験してた支援砲は、コレのテストベッドの兼ね合いもあったわけだ」

 などと、スクリーンに映る試作99型砲の3Dモデリングを見て隆が感慨深く呟いた。 彼の言うとおり、胡蜂や熊蜂、そして先日の掃討戦で使用した支援砲と試作99型砲の外見に類似点は多い。 恐らくは源流と同じとする派生種の類なのだろう

「さて、どうだろうな? 確かに形状は似通ってはいるが・・・・・・ 製造に関わっている企業に光菱の名が見当たらん」

「ん? あ、ほんとだ・・・・・・ でも待てよ。 前に葵が悔しそうに話してた代物ってコレのことなのか?」

 ブツブツと資料に目を通しながら首を捻る隆だが、電磁投射砲なんて武装の存在に何ら違和感を感じていないその姿に、私は軽く感心してしまった。

「―――他の連中は少なからず動揺しているのだが、お前はそれ程驚かないんだな?」

 試験衛士は兎も角、メーカーの関係者と思しき男や、一見してソ連側と分かる男すら食い入いるように資料に目を落としていると言うのに、彼らと同じく何ら事前情報を持っていない隆は平然とその存在を受け止めていた。

「いや驚くも何も、戦術機なんて代物に比べたらコレぐらい・・・・・・ って、いや、なんでもありません。 えっと・・・・・・ほら、夕呼さんの下にいると色々とんでも無い代物を見る機会が多いから、それで耐性が付いたんでしょうね」

 言って苦笑いをする隆。 やや腑に落ちない点があったが、夕呼の下にいた彼の立場を考えると、確かにこの程度の刺激ではパンチが足りないのかもしれない。

「・・・・・・にしてもコレ、手持ちの兵装としては規格外過ぎませんか? 俺が使った支援砲も結構な重量ありましたし、投射砲ってことは携行する砲弾の量も比べ物にならないでしょ? 威力は凄いのかもしれませんけど、機動性がウリなはずの戦術機の特性を殺したら元も子も無いと思うんだけどな・・・・・・」

「確かにお前の言うとおりだが安心しろ。 私が帝都にいた頃に聞いた話だが、コレを実戦で運用する予定の機体は海神だそうだ」

「―――ああ、なるほど。 だったら搭載重量はそれ程気にしなくても・・・・・・ はて? だったらなんで不知火を使って試験するんだ? そもそも試験なら、海神に搭載して新潟なり北海道でやればいいのに・・・・・・」

 もっともな疑問に気づいたのか、そう言って隆は腕を組んで首を傾げた。

「―――何にせよ、構想はあっても実用化が出来なかった兵器だ。 それをお披露目したいんだろうな・・・・・・海外の目があるところで」

「―――政治ですか。 やれやれ、俺の足りないオツムじゃ偉いさんの高尚な考えなんて理解出来そうにないですよ」

 肩を竦めて隆は皮肉げな言葉を漏らした。 それを咎めるつもりなど一切ない。 言葉にこそしないが、自分も彼と同意見だったからだ。

「でも、外交的な利用価値なんてあるんですかね? 基礎理論は数十年前からあったわけだし、戦術機が製造できる技術がある以上、実用化はさして困難なことじゃ無いように思えるんですけど・・・・・・」

 戦術機の製造技術と電磁砲の開発技術を同じベクトルで考えている部下の言葉に呆れながら、私は試作99型砲の資料にあるキモとも言える箇所を指さしながら答えた。

「摩耗による砲身の劣化、大電力を必要とするコアユニットの開発、それを実用段階にまで漕ぎつけた開発陣の努力は並大抵のものではないぞ」

「・・・・・・素朴な疑問なんですけどね。 今言った問題ってやり方によってはクリア出来ませんか? 運用用途を防衛戦や上陸地点を確保とする面制圧に使用するのを想定しているのであれば、今静流さんが言った電力と砲身の問題をどうにかすればいいわけでしょう? 電力は原潜なり空母なりの動力炉からケーブル引っ張って確保して、劣化問題は交換が可能な替えの砲身を用意すればいいわけだし。 数さえ揃ってれば、砲身の交換作業中に生じる空白時間もクリアできるような気が・・・・・・・・・」

 かなりの問題点こそあれ、コストを度外視すれば実現不可能ではない隆の話しを聞いて、脳裏に空母の甲板で電磁投射砲を構えたA-10一個大隊の姿が過ぎる・・・・・・きっと凄まじい面制圧能力を見せてくれるに違い無い。

「言いたいことは分かるが却下だ。 第一、帝国海軍には原子炉搭載型の艦船は存在せん。 今お前が言った妄言を可能とするのは、アメリカかソ連くらいしか存在せん」

 くだらない妄想を頭を振って脳裏から追い出し、嘆息しながらそう言い放つと、隆は 「冗談ですって」 と苦笑しながら答えた。
 試作99型砲と言う重要性の高い議題の説明があったにも関わらず、そんなムダ話を隆と繰り広げている間にブリーフィングは終了の時間となってしまった。

「―――では、これにてブリーフィングは終了とする。 各自、資料を読み返し、概要を頭に叩き込んでおけ」

 そう言って締め括ったドーゥル中尉へ皆が敬礼を送り退室していく中、私と隆は壇上に立つ篁中尉の元へ近づいていった。

「―――申し訳ありません三澤大尉。 上陸作業が予定よりも遅れておりまして・・・・・・ そちら部隊の面々との顔合わせは次のブリーフィングの時にでも時間を作らさせて頂きます」

 私を前にして、彼女は開口一番で謝罪の言葉を述べ深々と頭を下げた。 彼女の後ろに控えるブリッジス少尉が訝しげな表情を浮かべたのが見えたが、私は気にするなとばかりに手を振りながら答えた。

「ああ、気を使ってくれなくて結構。 それに私の部下は小心者が多いのでね、優秀な試験衛士の顔を見て緊張されても困る。 そちらの護衛を任された我々が足を引っ張っては本末転倒だからな」

 ヒラヒラと手を振りながら答えた私の背後で、 「・・・・・・何処に小心者なんているんだよ」 などと呟く声が聞こえたので、問答無用で隆のつま先を踵で踏みつぶしてやった。

「そう言って頂けると助かります。 では今回、試作99型砲を運用する機体、不知火弐型に搭乗する試験衛士を紹介します」

「―――ユウヤ・ブリッジス少尉であります」

 篁中尉に紹介され、一歩前に出て敬礼するブリッジス少尉。

「帝国陸軍、三澤静流大尉だ。 ―――短い間だが宜しく頼むよ」

 言って差し出した手を躊躇いがちに握るブリッジス少尉。 米軍出身とは言え、ジャックのように女慣れはしていないようだ。
 ブリッジス少尉の態度に軽い好意を抱いていると、後ろで痛みに肩を震わせていた隆が、私と同じように手を差し伸べながら彼に声を掛けた。

「社隆中尉だ。 足手まといの筆頭だが全力でカバーするよ。 ・・・・・・にしてもユウヤって名前と、その顔立ちからしてハーフなのか? 羨ましいな・・・・・・」

 隆としては軽い気持ちで聞いたのだろうが、その言葉を発した直後、目に見えてブリッジス少尉の表情が歪んだ。

「―――なにが、羨ましいんですか? 中尉殿」

 何故、その言葉が彼の怒りに触れたのかは分からないが、険しい顔で隆を睨むブリッジス少尉の態度に隆が息を飲むのが気配で分かった。 
自分たちの後に続き、近づいてきた技術廠の二人組は事情を知っているのか、肩を竦めて呆れたように首を横に降っている。

「止めろブリッジスッ! 相手は上官だぞ!!」

「教えてくださいよ中尉殿、一体ハーフの何が羨ましいんですか?」

 静止する篁中尉を他所に、隆へ詰め寄るブリッジス少尉。 部下の手綱を掴めていない篁中尉に軽い落胆を覚えつつ、どうしたものかと思案していると・・・・・・

「いや・・・・・・その、なんだ。 特に他意があったわけじゃない、純粋に羨ましいと思ったから思わず言葉に出てしまったんだ。 気分を悪くさせたなら謝罪するよ」

 言って頭を下げる隆。 その姿を見て、篁中尉や技術廠の二人が驚きの表情を浮かべた。
 軍において階級は絶対である。 例え所属が違うとしても上官は上官、その上官が自分よりも下位の者に軽々しく頭を下げるべきではない。

 ―――だがソレを隆に求めるのは今更な話しだろう。
 社隆とはこう言う男なのだ、誰に対しても腰が低いと言うべきか・・・・・・古参の整備兵は兎も角、訓練校上がりの新人にまでペコペコしながら話しを聞きに行くような男なのだ。
 本来であれば、そんな態度をとり続ければ舐められ相手にされなくなるはずなのだが、隆の場合それが無い。  どんなに下手に出ても、皆が皆、それを寛容に受け止め彼のために尽力することを厭わないのだ。 それは人徳、いや彼特有の個性と言うべきだろうか?

 そんな隆の態度に驚いた様子の四人だったが、私としては極々見慣れた光景の一つでしか無かった。

「でもさ、ハーフなんだろ? 見たところ外見も悪く無いし・・・・・・ まぁこっちの話で悪いが、俺が知ってるハーフなんて人間は総じてモテモテだったわけだ。 それを思い出して思わず羨ましいって言っちまった・・・・・・悪いな」

「い、いや、いいんだ。 別に他意が無いなら・・・・・・それで」

 隆の馬鹿げた返答に肩透かしを喰らったのか、怒りの表情を浮かべていたブリッジス少尉は唖然とした表情で頷くことしか出来無いようだった。

「すまんな、不出来な部下で。 ―――そちらのように躾が行き届いていないのでね」
 
 チラリと、技術廠の二人に視線を送りながら告げる。 無論、先程のやり取りの意味を含めて行ったのだが、ソレに気づいたのかワタワタとし始めた男を他所に、女性は柔らかな笑みを浮かべながら私に手を差し伸べて来た。

「本計画にオブザーバーとして協力している技術廠第参開発局所属のミリースラ・ベールレイ技術中尉です。 あなた方のお噂は城崎中尉や上司から聞いておりますので・・・・・・試験とは言え、ご一緒出来ることを嬉しく思います」

 言って柔らかな微笑を浮かべるベールレイ中尉。
 名前はさておき、艶やかなプラチナの髪と、儚さすら感じさせる白き肌を持つその容姿から、彼女がブリッジス少尉と違い日系の人間で無いことは明らかだった。

(―――北欧、ソ連か? ユーラシア撤退に乗じて、優秀な学者は日本から米国に亡命したと聞いていたが・・・・その関係者といったところか)

 技術廠と言えば帝国軍の先端技術を管理する部署だ。 そこに他国籍の人間が所属している事実に軽い驚きを感じはしたものの、過去に聞いた事例を思い出して私は疑問に思うことを止めた。

「噂の内容は気になるが・・・・・・今は聞かないでおこう。 そうか、第参開発局と言えば城崎の古巣だったな。 私も色々とそちらの話しは聞いている・・・・・・宜しく頼むよ」

 差し出された手を握りながら私はそう答え、笑みを浮かべる女性を真っ向から見据えた。
 城崎には悪いが、私は第参開発局と言う部署に余り良い印象を抱いていない。 正確には、良い印象を抱けないと言ったほうが正しいだろう。
 戦術機のシステム、並びに兵装関連の開発を主としている第参開発局だが、ソコから生み出された代物を私は実際にお目にかかった試しが余り無い。
 大した実績を上げているわけでもないのに、未だに存続している謎の部署。 きな臭さでは間違いなくトップなのだが、何故だが誰も触れたがらない部署故にその内情は知る由も無く、所属している人間に会うのは初めてだった。

(―――とはいえ、所詮噂は噂か・・・・・・ 仮に何かあるにしても末端の私達が首を突っ込む問題では無いな)

 くだらない政略に巻き込まれ部下を危険に晒す必要は無い。 振りかかる火の粉は払っても、わざわざ火事場に飛び込むような愚かな真似をするのは、馬鹿か踊らされている人間だけで十分だ。

「申し訳ありませんが、こちらの担当官も現在別件で席を外しておりまして・・・・・・ 彼が代行として実戦部隊の指揮を執る予定です」

「鳴海孝之中尉でありますッ!」

 ベールレイ中尉に促され、見事な敬礼を持って名乗る鳴海中尉。

「ほぅ、若いのに優秀なことだ。 ―――では、こちらの部下にも挨拶させんとな」

 言って私は、再び背後に立つ隆のつま先を踏みつける。

「痛ッ!! く、くぉぉぉ・・・・・・や、社隆中尉です。 至らぬ点もありますが、今後とも何卒ご贔屓に・・・・・・」

 彼女の胸に視線をロックオンしていた隆は、額に脂汗を流しながらも笑顔で敬礼してみせた。

 甘い、サングラスで気づかないとでも思ったのだろうか?
 ミリースラ中尉のスタイルは私から見ても惚れ惚れするほど整っていた。 そんな女性を目の前にして・・・・・・変態が興味を持たないわけがない。

「―――マユから聞いていましたが・・・・・・あの子の話通り愉快な方のようですね」

「マユ? ああ、そうかマユちゃんか。 そう言えば、葵から部長がこちらにいらっしゃると聞いていましたが、娘さんも来ていらっしゃるのですか?」

「いえ、生憎とマユは同行しておりません。 今頃は保護者と一緒に南の島で楽しんでいる頃でしょう」

 そのベールレイ中尉の答えに合わせるように、彼女の背後で鳴海中尉が苦笑を浮かべている。
 マユと言う名前に聞き覚えは無いが、恐らくは航空祭の際に基地内で噂に上った幼子のことだろう。

(まったく・・・・・・ そんなに幼女がいいのか? このロリコンは?)

 そうですか、とやや残念そうに頷く隆を冷ややかな目で眺めながら内心でそう思っていると、ベールレイ中尉が隆を見る目に不思議な違和感を覚えた。
 哀愁と・・・・・・憎悪だろうか? 矛盾する感情の色が彼女の瞳に浮かんでいるような気がしたのだが・・・・・・一瞬後に再び柔らかな微笑を浮かべた彼女の瞳に、その色を見つけることは出来なかった。

「保護者ですか・・・・・・ああ、前に言ってたお姉ちゃんって人かな? むぅ、ホッとすべきか残念がるか・・・・・・まぁ最前線なんて危険な場所に子供は居るべきじゃないからよしとしますか」

 そんな視線に気づいていないのか、腕を組みながら隆がブツブツと呟いていると、

「―――社中尉、ご無沙汰しております」

 それまで沈黙を保っていた篁中尉が、怖ず怖ずと言った感じで彼に声を掛けた。

「っと、こちらこそ篁中尉。 半年振りですね・・・・・・お元気そうで何よりです」

「社中尉こそ、相変わらずのご様子で・・・・・・」

 篁中尉がそう答えて微笑を浮かべる。 ただそれだけのことだったのだが、傍らに立つブリッジス少尉は何故か驚いたように一歩後ずさった。

「そうですか? 結構あの後色々あって揉まれたんですけどねぇ・・・・・・ そ~言えば、俺の言ったアドバイスはその後活かされてます?」

「え? あ、いえ、その・・・・・・ 不器用な私には、社中尉から頂いた言葉は難題過ぎるようです」

 何の話しかは分からないが、気を落としたように肩を竦める篁中尉の姿に隆は苦笑を浮かべた。

「そんなもんですよ、取り繕ったものよりも自然と滲み出るものにこそ効果があるんですから・・・・・・ 一歩一歩、少しづつ頑張ってください」

「そう・・・・・・でしょうか?」

 チラリと背後に立つブリッジス少尉に一瞥を送りながら答える篁中尉。 私と同じように会話に付いていけないのか、ブリッジス少尉は訝しげな様子で二人の会話を聞いているようだった。

「・・・ッ、精進します社中尉。 ―――ブリッジス、これから少々付き合って貰いたい場所がある、いいな?」

「は? ―――了解であります、篁中尉」

 彼女は何かを決心したのか、そう言って厳しい表情でブリッジス少尉に声を掛けた。
 顔合わせは終わったとばかりに敬礼をして立ち去っていく篁中尉。 その後を、慌てた様子で付いていくブリッジス少尉。 何となく察しはつくものの、二人の背中を呆然と見送ることしか出来無い。

「・・・・・・一体どうしたんだ? 篁中尉?」

「麻疹みたいなものよ。 孝之、貴方も似たようなものだから安心しなさい」

「??? 意味が分からん。 ―――後で慎二にでも聞いてみるか」

 技術廠の二人もそんなやり取りをした後、篁中尉と同じように敬礼をして立ち去っていく。
 誰もいなくなってしまったブリーフィングルーム、自分たちも退室するべく隆に視線を向けると、

「・・・・・・どうした?」

「たかゆき・・・・・・タカユキ・・・・・・孝之・・・・・・どっかで聞いた名前だと思うんですけどね・・・・・・何処だったかなぁ」

 ブツブツと鳴海中尉の名前を口ずさみながら唸る隆。 生憎と自分は彼の名前に心当たりが無かったので、隆の疑問に答えてやることは出来なかった。

「珍しい名前でもないからな、思い出せんのも無理はないだろう」

「―――ですねぇ。 それに鳴海って珍しい苗字を忘れるわけないか・・・・・・俺の勘違いですね、きっと」

 思い出すことを諦めたのか、ポリポリと後頭部を掻いて頭を振る隆。 その姿に苦笑を送り、誰もいなくなったブリーフィングルームを私たちは後にした。








 8月6日
 カムチャッキー基地
 XFJ計画部隊用第三特設格納庫内

<瀬戸 真奈美>

「―――へぇ、こいつが不知火の改良型ってやつなんか・・・・・・」

 試験小隊が使用している格納庫に入った途端、洋平さんが整備パレットに固定された一機の不知火を見て感心したようにそう呟いた。
 
「うへぇ・・・・・・何このツギハギだらけの機体? こんな機体に乗って戦闘機動なんて・・・・・・考えただけでゾッとするんだけど」

 洋平さんとは対照的に、栞さんは渋い顔で不知火の改良型を睨んでいる。

「―――試験部隊とはいえ、自分の命を掛けているのは最前線と同じか。 BETAに食われるか、墜落死するか・・・・・・どっちが幸せなのやら」

 などといつのも悲観論を呟く久志さん。
 
「ふぅん・・・・・・新造された増加パーツの取り付けは今回の試験が終わった後か、ブラックボックスの塊って噂だから一目見たかったのに・・・・・・残念ね」

 この格納庫に入るのですら一苦労だったのに、何かソレ以上のことを望んでいたらしい葵さん。

(皆元気だな~ 不知火の調整で疲れてるはずなんだけど・・・・・・まぁ私もこの機体には興味があったからいいか)

 不知火を見上げる皆の後を追いながら、私も任務の警護対象の一つになっているその機体をマジマジと見上げた。 外見は不知火と殆ど差異が無いように見えるけど、よく見れば脚部や腕部の関節部分の形状が違う。 塗装も白と紺で塗られた余り見ない迷彩パターンだし・・・・・・まぁ試験機ってのはこう言うモノなんだろうね。

「向こうのはなんや? 随分とゴツイ陽炎やな・・・・・・」

 キョロキョロと格納庫の中を見渡していた洋平さんが、不知火よりも奥に固定されている機体を指さして葵さんに問いかけた。

「確か・・・・・・F-15・ACTVとか言うF-15の改良機ね。 グリーンランドで隆さんや瞳大尉が搭乗したS/MTDやIFCSと同じ流れを組む機体の一つだったと思うけど・・・・・・」

「ふぅん、ほんとイーグルって派生機が多い機体よね・・・・・・ま、それだけ優秀ってことなんでしょうけど」

「あら? 栞は不知火よりも陽炎のほうが良かった?」

「そう言う意味じゃないわよ。 余力のある国は羨ましいって言いたいの、私は」

「さよか、しかし・・・背部兵装担架を潰してスラスターの増設か・・・・・・アメさんはほんまに機動性重視なんやなぁ。 武装が減るなんてわいは御免こうむるわ」

 洋平さんの言うとおり、ACTVとか言うF-15は背部兵装担架の代わりに可動式のスラスターが設置されおり、それだけでは飽き足らないとばかりに欧州で見たEF-2000のように肩部にまでスラスターが内蔵されている。 
頭部も通常のF-15に比べて肥大しているところを見るに、センサー系も強化されているっぽい・・・・・・機動性重視の砲撃モデル、そんなトコかな?

「確かにな。 ―――だが隆あたりは気に入る仕様じゃないか? 奴の好みに一致するコンセプトに見えるよ、俺には」

 何気なく久志さんが呟いたその言葉に、私を含めた全員が頷くしかなかった。
 確かに、機動性重視で変わった機体ばかりに乗ってきた隆さんなら、あのF-15のカスタム機は合うかもしれない。

「でもさぁ、隆って不知火乗ってからな~んか変わったのよね・・・・・・ 今日なんて演習場でドルフィンライダーの真似事してたし。 NOE中の縦軸旋回とか・・・・・・機体が持っても中身が持たないっての、見てるこっちがどれだけハラハラするか分かって欲しいんだけど」

「―――隆さんなりに、不知火に乗って何かを感じたんでしょうね・・・・・・ 昨晩、疲れてるくせに遅くまで不知火の仕様書に目を通していたわ」

「―――なんで葵がそんなこと知ってるのよ?」

「え? そ、それはその・・・・・・ちょっと用事があって通信室に行く途中に、PXで不知火の仕様書を広げてる隆さんを見たから・・・・・・」

「へぇ~~~~ふぅぅぅ~~~~ん、それで? 戦術機の構造に明るい葵様は朝方まで隆に色々教えていたと? 手取り足取り? 個人レッスン? なにそれ? 三澤隊長なら兎も角、葵には似合わない役よ」

「へ、変なこと想像しないでくれる!! それに似合わないって何がよッ!!」

 なんて反論する葵さんだけど、顔真っ赤にして言っても説得力無いね、うん。
 ってか隆さん・・・・・・幾ら国連管轄の宿舎って言っても、どんな人がいるか分からないPXに不知火の仕様書なんて持ってっちゃダメだよ・・・・・・

「―――相変わらず人知れず努力する男だな、アイツは」

「ほんまやな~ 知りたいことがあるなら、少しはこっちに聞いてくれればいいものを。 何を遠慮してるんやら・・・・・・ って久志!! なんやその笑みは!!」

 そんな洋平さんの言葉を背に私は格納庫を一通り見て周り、特に目新しいものも無かったので再び不知火の改良機・・・・・・弐型を見上げた。

 この機体を見て、隆さんは何を思うのだろうか?

 先程皆が言った通り、不知火に搭乗し始めてからの隆さんはそれまでと何かが違う。 操縦に対する姿勢と言うか・・・・・・目標とする何かに向かって足掻いているように見える。 その何かは、欧州に同行した瞳大尉、ドルフィンライダーの機動なのだろうと、隆さんの操縦ログを見れば分かるが・・・・・・ 何故、今になって彼らの技術を模倣しようと思いついたのかが分からない。
  熊蜂やF-14Dは瞳大尉が操縦していたのでソレには当てはまらないが、胡蜂に載っていた隆さんは後方からの砲撃を主とする支援優先の機動だったのに、不知火に搭乗してからと言うもの、まるで突撃前衛ばりに機体を縦横無尽に振って機動砲撃を行う始末。
 多分隆さんは、不知火と言う新しい機体を得て、自分が本当に望む機動を見つけたのかもしれない。 だったら、その不知火よりも更に性能が高いであろうこの弐型に搭乗すれば、隆さんはもっと高みを目指そうとするのだろうか?

(どうなんだろう・・・・・・ 隆さんって集中すると一直線だからなぁ、さっきも通信室の使用許可を取るために、必死になって書類と格闘してたし)

 考えて見れば、当の本人は弐型を視察するよりも霞ちゃんへの定時報告を優先して長距離通信室に行ってしまった。 そんな人が弐型を見て思うことなんて・・・・・・真剣に考えるだけ無駄だよね。

「やっぱ瀬戸も気になるんか? 弐型は?」

「―――ええ。 欧州でEF-2000に搭乗してしまったせいか、今の不知火が少し重く感じるんです」

 自分の内心を振り払い、声を掛けてきた洋平さんにそう答える。

「不知火が重い・・・・・・か。 いや~~~真奈美も言うようになったもんや。 まッ、色んな機体に乗っておくことは悪いことやない、むしろ貴重な経験やからな・・・・・・ それを自分の肥やしにしたらええわ」

 言って感慨深く頷く洋平さんの言葉に、私は曖昧な笑みを浮かべることしか出来なかった。

 自分で言っておいてなんだが、搭乗している機体に不平を漏らすなど・・・・・・何様だと言いたくなる。 
 帝国軍の主力が不知火に切り替わりつつあると言っても、今現在前線を支えているのは撃震や海神と言った第一世代機だ。 未熟な身でありながら不知火と言う第三世代機を与えられながら、それに不満を持つなど・・・・・・前線で戦う帝国軍の将兵のことを考えれば言えるワケが無い。

(―――駄目だな私・・・・・・ 気が緩んじゃってる)

 そんな軽い自己嫌悪に陥って私を他所に、不機嫌そうに弐型を見上げていた栞さんは、コンソールに近づいていく葵さんに質問していた。

「実際の処どうなのコレ。 ―――使えるわけ?」

「改良するにあたって、比較対象にしたのはEF-2000らしいわ。 予定されたスペックで完成すればマナちゃんが抱える違和感も解消されるでしょうけど・・・・・・ 開発が完了しても実戦配備されるのは早くても5年は掛かるわね。 製造ラインの整備以前にライセンス権の問題、調達コストの高騰から生産枠の減少・・・・・・ 考えたくは無いけど、弐型の性能が優秀だと評価されれば、武御雷にその技術を流用して性能の向上を要求する斯衛の姿が眼に見えているしね。 それら諸々の事情で帝国の予算を逼迫する悪循環の完成と・・・・・・ 少数の高性能機じゃBETAの物量に勝てないって分かってるのかしらね、まったく」

 スラスラと弐型の解説をしてくれる葵さんだけど、その視線は手元で操っているコンソールの画面に釘付けになっている。 その背後で弐型の専属整備士らしき人が慌てた様子で止めようとしているけど、取り合うつもりが無いのかずっと無視する葵さん・・・・・・

「・・・・・・なるほど。 量産体制の準備が滞っているのは、こんな理由があったわけね

 そして何かに気付いたのか、葵さんは珍しく舌打ちをしながらコンソールの画面を睨んだ。 何に怒っているか知らないけど、まだ極秘扱いの機体のデータを勝手に見るのは問題だと思う。

「―――おやおや、私どもの機体に何かおかしな処がありましたかな?」

 案の定、何やら責任者っぽい人に声を掛けられる葵さん。

「―――いいえ、品質管理に定評のある御社が製造している部品にそのようなことは。 Mrハイネマンが直々に開発指揮をされている機体を拝見出来たことを光栄に思いますわ」

 くるりと表情を一転させて、微小を浮かべながらよそ行きの声で答える葵さん。 声を掛けた人・・・・・・一見して技術者風に見える白人男性は、照れくさそうにヘラヘラと笑いながら芝居がかった様子で一礼した。
 
「お美しい女性にそう言って頂けるとは、私としても光栄の極みですな。 ・・・・・・失礼ですが、何処かでお会いしましたかな?」

「ええ、四年ほど前になりますがセントルイスで一度・・・・・・まだあの時は若輩の身ではありましたが、 「戦術機開発の鬼」 と呼ばれた方とお会いした経験を忘れることなど出来ません」

「セントルイス・・・・・・ ああ、なるほど!! TYPE94が国外で初めてお披露目された席の話しですね? あの時会場にいた日本企業の関係者は富嶽、遠田、そして光菱でしたね・・・・・・ 確かに、その時に素敵なレディが一人、ご兄弟らしき方と一緒にいたのを覚えておりますよ」

 ポン、っと手を叩いてハイネマンとか言う人は、懐かしそうに目を細めて葵さんを見た。

「Miss城崎、技術者では無く、衛士としての道を選びましたか・・・・・・ 貴国の内情を鑑みればそれも当然の判断とは言えますが、貴方のような女性が戦場に立つのを知ってしまうと心が痛みますな」

「―――私などよりももっと年若いモノが帝国では戦場に立っております。 それに城崎家の家訓には 『奉国至誠の赤心は寸時も忘るべからず』 との言葉がありますので、生まれや立場で優遇されることなどあってはなりません」

「素晴らしき愛国精神をお持ちですね。 そんな気高い心の持ち主が経営陣の中にいるのですから、光菱は今後もお国にとって有意義な事業を行っていくのでしょう」

「お褒め頂きありがとうございます・・・・・・ 光菱が帝国にとって良い礎にならんとすること、それはBETA戦争によって逼迫する帝国の現状を打開する術を見出すことであり、光菱が帝国へ出来る奉公の一つだと私たちは思っております」

「―――なるほど。 その理念が形になったものが、今現在お作りになっている代物と言うことですか」

「ッ!」

 ハイネマン氏が言った何気ない一言で、葵さんの表情が目に見えて変わったことに私は気づいた。
 そんな葵さんの様子を楽しむかのように、彼は弐型を見上げながらしみじみと言葉を続けた。

「しかし、戦術機と言えど所詮は機械です。 機械を操るのは人間でなければならない・・・・・・人の手で扱ってこそ戦術歩行戦闘機と言えるのではないでしょうか?」

「―――人が有限の存在であってもですか?」

「有限ではないものなどありませんよ。 人しかり機械しかり、物質で構成されたものは全て有限です。 だからこそ、我々は何一つ無駄に出来ないのですよ」

「何一つ・・・・・・ですか。 なるほど、だから弐型に組み込んだわけですね。 人知れず朽ち果てる運命だったものを」

 葵さんの言葉にハイネマン氏は何も答えず、曖昧な笑みを浮かべて弐型を見続けていた。 その視線につられるように私も弐型を見上げる。
 二人が話している内容を詳しくは理解出来無い私だけど、この機体が極めて高度な政治的背景を持っていることぐらいは理解出来る。
 本質的な意味合いは兎も角、日本が独自に開発したはずの不知火を、アメリカの助力を乞う形で強化すると言う話は、まるで生みの親が自分の手に負えなくなった子供を他所に預けるようなものではないだろうか?

 ―――そのことを、この機体はどう思っているのだろうか?

(―――何考えてるんだろ私、馬鹿見たい)

 弐型を見て思った哀愁にも似た感情を内心で笑い、私は機体から目を背けた。 
 こんな変な気持ちを抱いたのはきっと隆さんのせいだ。 あの、自分が搭乗する機体に変な愛着を持つ隆さんを見てきたから、ただの機械の塊である戦術機に共感を抱いてしまったのだ。

 親なんて関係ない。 子供は・・・・・・いや人間は、与えられた環境で生きていく。
 それは戦術機も同じだ。 何処で誰に使われようとも、戦術機はただBETAを殺す剣であればいい。
 人も機械も背景なんて関係ない。 自分の在り方を示すために、自分の役割を果たす・・・・・・それだけでいいはずなのだ。

「ん? どうしたの真奈美? 怖い顔して?」

 私の顔を覗き込んだ栞さんが、首を傾げてそう聞いてくる。 
 だから私は答えた。 弐型を見る事無く、はっきりと自分の意志を言葉にした。

「―――私、この機体が嫌いです」

















 同時刻
 カムチャッキー基地・野外格納庫管区

<社 隆>

「リグリンドンリグリンリン~♪ リグリンドンリグリンリン~♪ 霞や~愛しのお兄ちゃんが今から声を聞きに行くぞ~待ってろよ~」

 限りなく上機嫌、もとい馬鹿丸出しとも言うが、俺は自分の内心を隠そうともせずに基地にある通信指令センターへ向かってスキップしていた。

「横浜基地が国連軍の基地だからって、一々国連軍管轄の通信センターに行くなんて面倒な羽目があったとしても、霞とお話出来るならお兄ちゃん気にしないからな~」

 むしろそんなことよりも、不知火の調整にかまけてソ連に無事到着したことを報告しなかったことのほうが気がかりだ。 

(―――むぅ、霞の機嫌が悪かったらどうしよう・・・・・・ 上役のご機嫌取りなら得意だが、年頃の女の子のご機嫌取りなんて・・・・・・なんて取りがいがあるんだッ!!)

 義妹にゴマする事を想像して快感を得る男。 変態です、何処からどう見ても変態です。
 すれ違うソ連軍や国連軍の人間が向ける視線が痛いが気にしない、溢れる妹への愛は何ものよりも強いのだからッ!!

「リグリンドンリグリンリン~♪ リグリン・・・・・・ん? なんだ?」

 お気に入りの鼻歌 (時系列についてはスルーしてください) を歌っていると、ふと言い争う声が聞こえたような気がした。

「・・・・・・はて?」

「―――いざとなったら捨駒じゃねぇか!!」

 気のせいかと思ったが違う、耳を澄ますと確かに言い争う声が聞こえてくる。

(他の連中には聞こえてないのか? それとも無視してる・・・・・・なわけ無いよなぁ)

 夕刻時ではあるが、格納庫が密集しているこの通りには通行人がいないわけではない。 だが、誰もがそんな声など聞こえていないとばかりに、足早に歩き去って行ってしまう。
 どうしたものかと逡巡したが、聞いてしまった以上無視するわけにも行かず、ポリポリと頭を掻きながら声がするほうへ近づいてみる。

 ―――此処では余計なことに首を突っ込むな。 日本や欧州と違い、寛容な人間が少ないからな。

 先日、静流さんに釘を刺された言葉を思い出すが、歩みを続ける足を止めることが出来無い。 野次馬根性丸出しな自分自身に嘆息しながら現場を覗き込むと・・・・・・ソコには見知った子供達がいた。

「―――アラスカに逃げたのは殆どがロシア人だろッ!! 前線で戦っているのはそれ以外だッ!!」

 聞き慣れるほど聞いた声ではないが、そう叫ぶ子供の姿には見覚えがあった。

(何やってんだ? ・・・アイツら?)

 確かジャール隊とか言ったか? そんな名前の機甲部隊に所属している子供・・・・・・いや、衛士達が、誰かを囲んで何やら叫び合っていた。
 時折垣間見える彼らの横顔は先日PXで見た子供らしさなど微塵も無く、皆憎々しげに顔を歪ませて口汚い言葉を吐いていた。 そんな彼らの様子を見て・・・・・・何故か心が痛んだ。

「・・・クリスカぁ ・・・クリスカぁ」

「・・・だいじょうぶ・・・だよ。 ・・・・・・だい・・・じょう・・・ぶ」

 罵倒とも取れる叫びの合間に聞こえる弱々しい声。 気になってそちらへ視線を向ければ、お互いの身を守るように抱き合った二人の少女が、弱々しく地面にへたり込んでいた。
 一見して尋常では無い雰囲気だと分かるが・・・・・・見てしまったものを無視することなど出来るワケが無かった。

(いや、知り合いじゃなかったら・・・・・・無視してるだろうな)
 
 余計なことに首を突っ込むなと忠告されているのにも関わらず、明らかに揉め事と思しき現場に首を突っ込む。 
そんな、誰かのために我が身を顧みずに行動する姿を傍から見れば、さぞや正義感溢れる好青年か、偽善たっぷりの理想論者に見えるだろう。 
 ―――だが生憎と自分はそのどちらでもない。 見かけたのがたまたま知り合いだったから、こうして首を突っ込むことを決めたのだ。

「こいつらどうする? 剥いちまうか?」

「―――ああ、金網の刑な? 8番格納庫前のフェンスがいいんじゃないか?」

「おい~~~!! 332中隊の親父に食わせるぐらいなら、先にいただいちまおうぜ!!」

「―――いやだぁ!! ―――いやだよぅッ!! ―――はなれたくないッ!! いやぁぁぁッ!!」

「―――お~いお前ら、何やってんだよ、こんなトコで?」

 少女が上げた悲鳴を遮って、会話に入り込もうとしたが・・・・・・

「あん?」

 思いっきり睨まれました。
 しかも凄みが先日のPXの比じゃない、思わず目を逸らしたくなったチキンなハートを押さえ込んで、友好的な笑みを浮かべてヒラヒラと手を振ると、

「なんだ、アンタか。 ―――よそ者のアンタには関係ないだろ?」

 彼らの中で一番の権力者なのか、一人の少女が呆れた様子で答えてくれた。

「いやまぁ、確かによそ者だけどな。 悲鳴が聞こえりゃ様子ぐらい見に来るだろうが・・・・・・ ケンカでもしてるのか? まさかイジメじゃないだろうな・・・・・・イジメはカッコ悪いぞ」

「んなもんじゃねーよバカ。 事情を知らない奴が首を突っ込んでいい問題じゃないんだ、怪我したくなけりゃとっとと消えな」

「確かに、怪我はしたくないわなぁ・・・・・・」

 と本音を漏らしながら頬をポリポリと指で掻き、地面にへたり込む二人と、周囲を取り囲む子供たちを見比べる。
 考え無しの行為だったが、どうやら自分の介入は失敗では無かったようだ。 先程までの険悪な雰囲気が幾分か和らいで・・・・・・いるような気がする。

「―――で? 実際のところなんなんだ? 一体何があったんだ?」

 短い付き合いだが、このジャール隊の年少兵の素行があまり宜しく無いのは知っている。 だがそれでも、自分よりも弱いものを徒党を組んで襲うような真似をする連中とは到底思えなかった。

「お前に・・・・・・私達の気持ちがわかってたまるか」

「??」

 返ってきた返答の意味を理解することが出来なかった。
 子供たちは皆、俺から目をそらすか、睨みつけるかのどちらかで自分の意志を見せようとしている。
 状況がさっぱり理解できない。 言葉にしてくれないと伝わらないことが世の中に多くあるように、少女に絡む理由をはっきりと教えてくれない以上、自分はこの状況を打開する術を見いだせないでいた。

(―――深刻そうな顔してからに。 ま、言いたくないならそれでもいいが)

 国連軍のMPでも呼ぶのが一番いいのだろうが、なんとなく問題が膨らむような気がするので却下だ。
 黙ってしまった年少兵達の姿に嘆息し、囲まれて怯えている少女に目を向けると・・・・・・軽い既視感を覚えた。

 衛士、なのだろう。 ウィングマークが縫いつけられたジャケットを身につけている様子から見て、二人の少女の立場をそう推察することが出来る。
 姉妹・・・・・・なのだろうか? そう思ってしまう程、二人は共通する容姿を持っていた。
 長さこそ違うが透き通るような銀髪、白陶のような白い肌、素晴らしきボディライン・・・・・・ゲフンゲフンッ

 ―――今にも壊れてしまいそうな儚げな印象、それはまるで・・・・・・
 
(―――似てるな、霞に)

 そう、二人を見た瞬間に感じた既視感は、霞と出会った際に感じたソレだった。

「・・・・・・君たち大丈夫か?」

 そう声を掛けて見るも反応は無い。 よっぽど怖かったのか、小刻みに体を震わせている少女の姿に同情してしまう。 そして、震えている少女に抱きついていたもう一人の少女が、まっすぐに自分を見上げていることに気づいた。
 深いマリンブルーの色合いを持った瞳に映り込む自分自身の姿を見て、何もかも見透かされているような違和感を覚える。

「えっと・・・・・・立てるか? 手を貸そうか?」

 何故かその瞳を直視することができずに、誤魔化すように声を掛けて手を伸ばしたが、二人は手を取ろうとはしなかった。
 髪の長い少女の視線を感じながら、どうしたものかとジャール隊の年少兵へ視線を向けると、連中は何故か俺を半目で睨んでいた。

「―――なんだよあんた。 先日は興味なさそうにしてたくせに、やっぱりそっちの趣味持ちかよ」

「―――変態」

「―――ロリコン」

「バカ野郎ッ!! 俺はロリじゃねぇ!! そこは断固として否定する!! いいか!? 幼女ってのは汚すもんじゃない、愛でるもんだ!! 儚く崩れ易いガラス細工の如く、最新の注意を払って大切にぬがぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 照れ隠しの意味合いもあって、熱く自分の説を語り始めた途端・・・・・・後頭部に衝撃を感じて地面に突っ伏す俺。

「―――ユウ・・・ヤ?」

「おい大丈夫か? なにをされた!?」

 なんて少女を気遣う男の声が聞こえてくるが、

「ぐぁぁぁぁぁぁっぁっぁあ、頭が割れるように痛いぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」 

 ―――痛みに悶絶している自分にはどうでもいい話だった。

「私は・・・大丈夫だ・・・・・・それよりイーニァが・・・・・・」

「わたしもだいじょうぶ。 ・・・・・・そのひとがいちばんつらそうだよ」

「は? ・・・・・・こいつ昨日会った日本の・・・・・・」

「ぬぬぬぬぬぬぬ、何故だ、何故、俺が殴られなければならん!! 俺が一体何をしたッ!!」

「あ、アンタ・・・・・・大丈夫か?」

 先程の剣呑な雰囲気は何処にいったのか、地面をのた打ち回る俺を狼狽した様子で見守るジャール隊の面々。 もとい、喚くサングラス男を取り囲む子供たち・・・・・・中々シュールな光景だ。

「てめぇ!!幾らこいつが見るからに変態でも、いきなり殴るなんてあんまりだろう!!」

「そうだ、これ以上変態になったらどうしてくれる!!」

「あ、いや、見るからに一番危険そうだったんで思わず・・・・・・」

 腑に落ちない擁護の数々だったが、言われた男は恐縮した様子で口篭ってしまった。

「ああんッ!? てめぇ女の前だからってカッコつけてんじゃねぇぞコラ!? 誤って済むなら弁護士なんざ皆廃業だぞ、おい!? どう落とし前付けてくれるんじゃわれぇぇぇぇ!?」

「―――アンタ、さっきの紳士的な態度は何処にいったんだよ?」

 痛みが和らいだのでガバっと跳ね起きてそう捲くし立てるが、冷静なツッコミが聞こえたような気がする・・・・・・いや、気にしたら負けだ。
 正義の味方宜しく突然の武力介入を行った男に、脳内で数十パターンの嫌がらせを想像しながら睨みつけるが・・・・・・ 男の顔を見て軽く拍子抜けしてしまった。

「―――って、確か・・・・・・ユウヤ・・・ブリッジスだったか?」

 二人の少女を守るべく、自分たちと彼女たちの間に立ちはだかっている男には見覚えがあった。 つい先日、些細な行き違いで険悪な雰囲気になった試験小隊の首席様だ。

「アンタこそ、社・・・中尉だったか? 何をしてるんだ、こんな所で」

「いや、何って・・・・・・」

 ブリッジスに質問されて、なんと答えるべきか悩んでしまう。
 ってか状況を見て勝手に推察して欲しいのだが・・・・・・無理か。 地面にへたり込む二人の少女、それを取り囲む年少兵達・・・・・・そしてその中にいるサングラスを掛けた怪しい男。
 状況は完全にネガティブだ、弁明の余地など一切無い。 この状況を見かければ、自分も問答無用でグラサン野郎を殴りつけているに違い無い・・・・・・ あ・・・・・・なんだろう・・・涙が出てきたぞコンチクショウ。

「―――ブリッジス・・・・・・か?」

「ッ!? 大丈夫かクリスカ!?」

 震えていた少女が弱々しく声を上げたのを聞いて、ブリッジスは慌てた様子で膝をつき少女の肩を掴んだ。
 その様子を見て、途端にこの状況がバカバカしいものに感じてくる。

「―――女の前だからってカッコ付けると後悔するぜ、にーちゃん?」

 っと歯を剥き出しにしようとした少年の頭を掴み、俺は 「止めだ止め」 っと言って大仰に手を振った。
 
「ほらお前ら、さっさと自分の持ち場に帰れよ・・・・・・ 先日の掃討戦にはお前らも参加してたんだろ、自分の機体の整備はどうしたんだ? 次の作戦も・・・・・・今日聞いた話じゃそう遠くないんだからしっかり準備しとけ」

「なッ!? アンタそれでいいのかよ!! アメ野郎と中央の犬を見逃す気かよッ!!」

「いいんだよ。 お前らが憎む理由は知らんが・・・・・・ あんなん見て、まだ何かするつもりなのかお前ら?」

 立ち去るべくブリッジスたちに背を向け、俺はそう言いながら彼らに親指だけ向ける。 いたいけな少女を守るべく、こちらとの間に立ちふさがるブリッジスの姿は、ナイトと言うか愛する人を守るソレにしか見えなかった。

「日本のことわざを一つ教えてやるよ・・・・・・ 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に落ちろってな」

「・・・・・・地獄になら、とっくに落ちてるさ」

 そう言って自分を睨むリーダー格らしき少女、その頭を乱暴に撫でながら 「・・・そうだな」 とだけ答えて俺は歩き出す。

「ちょ、ちょっと!! おい!! 待てよアンタッ!!」

「んだよ、まだ何かあるのか? ・・・・・・わかったよ。 例の飴、全部お前らにやるから此処は引け。 子供は子供らしく飴でも食って笑ってろ」

「意味わかんねぇーよ。 ってか私等を子供扱いするなよ・・・・・・それに私のほうが階級上だって気づいてないのか?」

「だったらソレらしく振舞うんだな。 大尉の襟章つけて下のモンに難癖つけるのは・・・・・・正直言ってカッコ悪いぞ?」

「ッ!! んなのわかってるよッ!!」

「ならいい。 で? 要らないなら渡さないけど・・・・・・どうする?」

「・・・・・・なにをだよ」

「飴だよ、飴。 欲しくないのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いる」

 顔を真赤にして頷く少女の大尉。 そんな俺と少女の様子を狼狽した様子で見ている他の年少兵だったが、唐突にその動きを止めて一斉に直立不動の姿勢をとった。
 その態度の変わり様に疑問を感じた直後、通用路に静かな声が響き渡った。

「―――貴様ら、こんな所で何をしている?」

 いつの間にソコにいたのか、自分と同じようにサングラスを掛けた女性将校が一人、通用路の先に立っていた。 年少兵達の態度から見て、彼女がジャール隊の指揮官なのだろうと推測し、やや今更な気もしながら敬礼を送った。
 胸元に中佐の階級章を下げた女性将校は、軍靴を響かせながら自分たちに近づき、自分を含めた全員を一瞥した。 サングラスで目元は見えないのだが、彼女の視線を感じた数人が怯えたように肩を竦めたのを見て、俺は仕方なく口を開いた。

「―――日本帝国軍所属、社隆中尉でありますッ!!」

「・・・・・・?」

 指すような視線を向けられ、突然の名乗りで彼女の注意を引けたことを核心する。 

「・・・・・・それで? 帝国からわざわざ茶番を盛り上げるために来た中尉殿は私に何の用かな?」

 皮肉とも侮蔑とも取れる言葉を受けながらも、俺は年少兵たちの前に立つべく一歩前に進み口を開いた。

「はッ!! 失礼ですが中佐殿はジャール隊の指揮官殿とお見受け致します。 小官の不手際で中佐殿の大切な部下の手を煩わせてしまったことを謝罪致します」

 堂々と言い放った言葉に、周囲にいる年少兵が体を震わせたのが気配で分かった。 目の前の女性も意味が理解できないのか、やや怪訝な表情を浮かべてこちらを見ている。

「意味が分からん・・・・・・端的に理由を話せ」

「はッ!! 当基地に不慣れな自分はお恥ずかしいことながら道に迷ってしまいまして、見かねた彼らが道案内を引き受けてくれた次第でありますッ!!」

「ほぅ・・・・・・では向こうの連中は何と説明するつもりだ?」

 二人の少女とブリッジスがいる場所に顎を向ける女性。

「はッ!! 体調を崩した衛士が二名いるだけです。 一緒にいるアメリカ人の衛士が二人の知人らしいので、この場は彼に任せ、私たちは医療班に伝えに行く途中でした!!」

「・・・・・・なるほどな」

 大根役者丸出しな言い訳を聞いて、ポツリとそう呟いて自分達とブリッジス達を見比べる女性。
 ただ見られているだけなのに、じっとりと背中に汗を掻いているのを自覚する。 女性の体中から滲み出る威厳がそうさせているのだろうが、正直言ってかなり辛い、心労が・・・・・・ストレスが加速している気がする。

(ぬぁ・・・・・・欧州で上官だったリンドヴァル大尉に通じる人だな・・・・・・・・・ あれか、静流さんも年食って威厳を今よりもっと醸し出せるようになればこんな感じに・・・・・・ やだなぁ~それまで一緒にいたくないなぁ)

 緊張感に負け、そんな現実逃避を始めていると、女性は何事も無かったかのように自分たちの脇をすり抜けて行ってしまった。

「―――イヴァノヴァ大尉。 機体の整備報告書がまだ上がっていない、早急に終わらせろ」

「はッ!! 了解しましたッ!!」

 すれ違い様に女性に声を掛けられたリーダー格の少女大尉は背筋を伸ばしてそう答え、女性が離れていった後脱力したかのように肩から力を抜いた。
 そんな少女の姿を脇目に背後を振り向けば、先程の女性が何かをブリッジス達に話し掛けるところだった。
 一瞬、幼い銀髪の少女と目があった気がするが、気のせいだと判断しその場から早急に立ち去るべく歩き出す。

「―――なぁ、あんた」

 離れたい気持ちは同じだったのか、小走りに付いてくる年少兵達。 その中で、先ほど女性からイヴァノフ大尉と呼ばれた少女が自分に声を掛けてきた。

「なんだよ? ―――ってか怖い上司の下にいるんだなお前ら・・・・・・ 初めてお前たちに心から同情したくなったよ」

「五月蝿い。 何にも知らないくせにラトロワ中佐のことを悪く言うな」

 聞こえるとは思えないが、ヒソヒソと小声で率直な意見を述べると睨まれてしまった。
 よく分からないが、ジャール隊の指揮官様は威圧感だけでこの子供たちを指揮しているわけじゃないようだ。 それなりに人望があるのだと少女の態度から察することが出来た。

「ラトロワ中佐ね・・・・・・ 了解、了解、絶対に忘れないようにしておこう」

 頷き、心の手帳にしっかりとその名を刻み込む。 無論・・・・・・要注意人物として。

「って、そうじゃなくて・・・・・・なんでわたしらを庇ったんだよ? ・・・・・・余計なことしやがって」

「そうか? 子供を庇うのは大人として当然の役目なんだがな・・・・・・ 気に触ったか?」

「・・・・・・子供扱いすんなよ、それが一番気に入らないんだ」

「そっかい、そりゃ悪かったな・・・・・・イヴャノフ大尉殿」

「イヴァノヴァだッ!! 間違えるなよ!!」

「・・・・・・お前らの名前は発音が難しいんだよ・・・・・・イ、イヴァノフ? 大尉殿」

「アンタ・・・・・・わざとやってるわけじゃないよな?」

「誰がそんな悪趣味な真似するかよ・・・・・・・・・イヴャノワ・・・イヴァノフ・・・イヴェノワ・・・・・・合ってたのある?」

「無いよ!! あんたどれだけ滑舌悪いんだよッ!!」

 ラトロワ中佐の姿が見え無い位置まで来て気が緩んだのか、少女はイラついた様子でコチラを睨み上げて来る。

 ―――古今東西、他国の人の名前を覚えるのは本当に難しいと思う。
 発音に独特の特徴を残す人の名前をいきなり言えと言われても、公用語たる英語がなんとか話せるようになったレベルの語学力しかない自分にそれを課すのは少々酷な話だ、うん。

(欧州の連中はどっかで聞いたことのあるような名前ばかりだったから大丈夫だったけど・・・・・・ ソ連の人たちの名前なんか分かるわけないだろう・・・・・・)

「ナスターシャだッ!!」

「―――は?」

 自分の思考にトリップしている間に何があったのか、少女は自分の胸に指を突きつけて必死に何かを叫んでいた。

「私の名前だッ!! ナスターシャ・ハブロブナ・イヴァノヴァだッ!!」

「ああ、そう言うことね・・・・・・ナスターシャか・・・・・・ナターシャとか言えばいいのか?」

「な、なんでいきなり愛称で呼ぶんだよアンタはッ!!」

「へ? てっきりそう言うもんだと思ってたが・・・・・・違うのか?」

 ロヴァノフ大尉やアクロウ中尉がそんなことを言っていたような気がするのだが・・・・・・・まぁいきなり愛称で呼ぶのは失礼なことに違いはないか。

「―――おい、どうしたんだターシャの奴?」
「―――あんなに動揺してるアイツの姿見たことあったか?」
「―――中佐の前じゃよく猫被るけど、今のアレはソレとは違うよな?」
「―――ばっかねぇアンタら、ターシャも一応女の子なのよ?」
「―――そうそう、しかも年上の男に優しくされたことなんて無い私等には、あの日本人は輝いて見えるっての」
「―――殺していいか? あの男・・・・・・」

 ヒソヒソとナスターシャの仲間達が何事かを囁き合っている。 その中で何やら物騒な言葉が聞こえたような気がするが・・・・・・きっと気のせいに違い無い。

「まぁアンタがそう呼びたいならそうしてもいいけど・・・・・・」

「ってこんなんしてる場合じゃないッ!! 通信室の使用許可時間は・・・・・・ぬぁ!!後30分もねぇ!! まずぃ!! おいナスターシャッ!! 国連管轄の本部棟までの近道を教えてくれッ!!」

 何事かを呟きかけた少女の言葉を遮り、腕時計を見た俺はその細い肩を掴んで捲し立てた。

「あ、あぁ、そこの格納庫の抜ければ近道に・・・・・・」

「ええぃ!! まどろっこしぃ!! ちょっと俺を案内しろ!! 後、30分しかないんだッ!! 」

「いや、私も中佐に指示された報告書を作らないと・・・・・・」

「報告書ッ!? そんなの俺が手伝ってやるから安心しろ!! さぁ俺を案内しろ、さぁさぁさぁさぁさぁさぁッ!!」

「ちょ、ちょっと!! 人の話を少しは聞けよッ!! 押すなよ!! こけるってばッ!!」

「かぁぁっぁぁすぅぅぅみぃぃぃぃッ!! ちょっとでも浮ついた兄ちゃんを許してくれよぉぉぉぉッ!!」

 唖然としたナスターシャの仲間を残して、俺はナスターシャを巻き込み魂の叫びを上げながらその場を後にした。








 ―――ちなみに時差の関係で、霞が既に寝てしまっていたのは、また別の話である。







*Edit ▽TB[0]▽CO[11]   

~ Comment ~

NoTitle 

ま・さ・か・の…心神!?コイツは非常に興奮しますねw
しかし社中尉、肝が据わってると言うか何と言うか…(汗)

NoTitle 

孝之のことには気がつきませんでしたか。
自分も人の名前覚えるのは苦手なほうなんでこういう事って良くあります。
逆にハイネマンや葵みたいな会話は、できる人って感じでうらやましい。
久しぶりに隆のロリシス状態を見た気がしますww
あぁだが残念! 霞に電話が届かないとは!
きっと最初は夜更かししてでも待ってたんですよ!
でも最近お兄さんが帰って来ないから……!!

NoTitle 

更新お疲れ様です。

>「どうしたんだろう・・・・・・何かあったのかなぁ?」
ナチュラルに聞こえたと肯定するとは……恐ろしい娘っ! 普通『気のせいかな~?』でしょ?

>戦術歩行支援機、試TYPE01・心神
支援機ってことは最終的にAsura-daを使って無人化するってことかな?
でもうっかりするとBETAに乗っ取られそうな気が……。

>「体がギシギシなんだ、勘弁してくれよ。 狭すぎなんだよ白百合の管制ユニット、あんなトコに座れだなんて・・・・・・ マユ用の席に俺を無理やり押し込むか? 普通?」
グリフォンでもASSURAなしだったもんなぁ……。子供用シートに大人はつらい。

>「・・・・・・素朴な疑問なんですけどね。 今言った問題ってやり方によってはクリア出来ませんか?~
私的には戦艦の副砲をこれにして洋上からの面制圧に使用、なんて考えますね~。

>「さよか、しかし・・・背部兵装担架を潰してスラスターの増設か・・・・・・アメさんはほんまに機動性重視なんやなぁ。 武装が減るなんてわいは御免こうむるわ」
今度A3で発売される予定のラファールは背部兵装担架が可動するそうです。不知火のカスタムパーツにしてみようかな?

>「バカ野郎ッ!! 俺はロリじゃねぇ!! そこは断固として否定する!! いいか!? 幼女ってのは汚すもんじゃない、愛でるもんだ!! 儚く崩れ易いガラス細工の如く、最新の注意を払って大切にぬがぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
力説するから炉利呼ばわりされるんだよ……。とはいえ正しいことを言っているがなっ!!(^_^)b

>唖然としたナスターシャの仲間を残して、俺はナスターシャを巻き込み魂の叫びを上げながらその場を後にした。
……なんとなく、ナスターシャを横抱きにして駆け出すシーンを想像したのは私だけでしょうか?

>―――ちなみに時差の関係で、霞が既に寝てしまっていたのは、また別の話である。
こっちはこう……通信をつないでもらって霞を呼んだら夕呼が出てきて、『隆~、アンタこっちが今何時か知ってる? 社ならとっくに寝てるわよ。馬鹿やってこっちの邪魔をしないでよね』とか言われて通信を切られて、床に手をつき『orz』の姿勢のまま涙している隆をナスターシャたちが奇異なものを見る目で遠巻きにして見ているシーンを……。


7月25日はワンフェスと百里の航空ショー! 両方は行けねぇぇぇぇぇっ!!(涙)
仕方が無いので航空ショーに行きます。
ラファールは8月にも売られるみたいだし。


頑張ってください。

NoTitle 

相変わらずの隆ワールドですねぇww。
まぁ、こうした道化みたいな行動に皆さん毒気を抜かれるのでしょうが。
しかし、久しぶりの兄妹の会話は成り立たずですか、冗談ぬきで時空列的に最後に会話したのは一体いつなんでしょうね(遠い目)。そして、久方ぶりの会話には不機嫌な霞の姿、そんな姿に死に萌だえる(誤字ではない)グラサンそして、出てくる最終兵器【お兄ちゃんのお土産】とはなんなのか。いかん慣れんこと書いていて埋まりたくなってきた。

まぁ何はともあれソ連編の霞(出番あるんでしょうかねぇ(苦笑))の愛らしさとランサーズとジャール大隊と試験部隊とあとついでにグラサンを楽しみにしております。
・・・・もちろんジャール大隊の面々の最後も含めて。

NoTitle 

更新お疲れ様ですDON総統代行殿!
まずは一人撃墜…国連軍出向のグラサンは化け物かw
隆…妹分が不足してるからって暴走しすぎですよ…今回の件で更に妹分が減りましたが、ジャールの少年少女兵で補給する気なのか隆よ。
イーニァとクリスカに遭遇しかしユウヤの魔手にかかりかけているようです…ロリコン戦士隆よ!君の兄分で奪い取るんだw
鳴海…お前の存在感はとても薄かったんだね隆にとって。

次回も楽しみに待っております。

P.S 『此方、婿候補護衛部隊指揮官ディトリッヒ・オーベルシュタインSS大佐…定時連絡のご報告ですが、護衛対象はイワンの少女一人を撃墜確実と思われる。
なお撃墜意確実であろうイワンの少女が、所属している部隊の少年少女達も確実に撃墜可能範囲まで手なずけ始めている模様…対処方法の指示を求む以上、定時報告終わり』

極寒の地から某国の撃墜されていない方の姫様に対しての極秘通信の一部より抜粋。

NoTitle 

ジャールのあの子にもフラグが立った!?
まぁ面白いからいっか。紅の姉妹はユウヤのお手つきだからちょうどいいかも。

NoTitle 

最新作読みました。

久々の瞳ちゃん成分補給できました。

戦術歩行支援機って、支援メインってことですかね?



で、今回の指摘。

行き先に宛はあるのか→当てかと。「宛」でもいいんですが、こちらが自然かと。

時期主力機→次期

追いついていいないのが→追いついて「いないのが」

核心していた→確信

偽装が施されていない→艤装

実践における即応性→実戦

『試作99型砲電磁投射砲』→砲が一個余計です。

役不足の本来の意味は「本人の力量に対して役目が軽すぎること」です。

調達コストの向上→コストの高騰

それはETA戦争によって→BETA

NoTitle 

・・・ふむ。 瞳ちゃんはやはり「天然ESP発現体」だったか・・・!w
何だか、久志とステラ辺りは意気投合しそう。 洋平は戦術機に限ってはタリサと。 真奈美は「まな板クラブ」でやはりタリサと同志と言う事か・・・!w
隆は、さっそくロリ妹候補を撃墜しやがりましたかw
しかもターシャとは・・・!

真奈美ももう少し大人になれば弐型を笑って「好き」って言えるようになるかなー・・・ 言えるようになって欲しいなぁー・・・

蛇足ですが・・・「ナスターシャ・ハブロビッチ・イヴァノフ」の場合。
女性名の場合は、「ナスターシャ・ハブロブナ・イヴァノヴァ(イヴァノワ)」となります・・・
「ハブロビッチ」は男性名での父称ですね。
いや、前にソ連SS書いた時に、散々悩まされた事が有りましたもので、ご参考までに・・・

NoTitle 

心神キタコレ!!
日本初のステレス機!戦闘機の方の性能はどれほどか知らないけど…。
やっぱりどんな道具でも最終的に小型化という形になりますよね。その方がレーザ級に狙われにくいのも事実ですし機動性も上がりますし。量産にも向いてます。
TEはFDにあったプロローグしかしらない私にとってユウヤはあまり好きになれませんね。彼にも彼なりの事情と過去があったんでしょうけど上官にその態度は何よと言いたくなります。まぁ主人公に言う資格はありませんがw
主人公とユウヤが仲良くなる光景が見てみたいですね。隆なら普通に仲良くなりそうですしw
http://blog-imgs-31.fc2.com/k/i/n/kinpatu429/20100705014431ff6.png
妄想が暴走した…DONさんにSAIを勧めておきながら自分は線を整えないとか…orz
毎度の事ですが絵は自己満足なので気にしないでください。DONさんの絵をいつも楽しみにしておりまう!性的な意味d(どこぞのペチャパイに粛清されました

NoTitle 

心神ですか~確かに日本の新しい機体といえばそれしかないですよね。

でも心神ってあくまで新技術実証機だから純粋な戦闘はまったく考えられて無いって何かで読んだような・・・まぁそこはそれですかね。

今後も毎回ちょっとでいいので是非瞳ちゃんの登場を!!

それと質問ですが、松土二佐の隆に対する様子がよそよそしい気がするのですが?
百里で機動を教えてくれたりしたのですから、
>「―――隆? ああ、グラサンのことか・・・」
なんていう薄い反応はちょっと違和感です。

後はナターシャフラブですね~。
通信室帰りに急がされた理由が妹への通信と知った時の反応を考えるとニヤニヤが止まりません。

それでは続きを楽しみにしています。

NoTitle 

PCのインターネット機能がイカれました
自力では接続できない電脳白痴なものでかれこれ二ヶ月ほどネット環境から離れてましたが、ネカフェに来たので久々に感想を

隆の「この世界の日本人」離れした感性はユウヤと第一接触では悪い方向に向かってしまったようですね
レオンあたりとなら一発で打ち解けたんでしょうがw
紅姉妹とジャール大隊の子供将校たち(餌付け済み)の例の事件へのやや脱力気味の介入が功を奏して色々と変化があるんでしょうが

未だに娑婆っ気の抜けない隆はラトロワさんに出会ってもその指揮官としての威厳に圧倒されてしまったようですね
いかんですな、そろそろ軍に慣れないと、まず乳が目に入るくらいの余裕を持つようにw
以前のイラストで水月の「周囲を圧倒する我侭なブリスターフェンダー」を揉みしだいたくらいの勢いで、ラトロワさんのメガサイズのフォグランプも攻略せねば


国際問題になるかw
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