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「Muv-Luv 小説」
第二部

ソ連編 3話

 


 ソ連編  かれらの邂逅前夜


 2001年8月2日
 ソビエト社会主義共和国連邦・カムチャッカ州・コリャーク管区
 ц-03前線基地より北西50km地点


 ―――KA-50、ソ連製攻撃ヘリの編隊が、ローター音を響かせて戦場の空を闊歩する。
 地を這いずることしが出来無いBETAは、彼らが放つロケット弾や対地ミサイルによって肉片と変していった。
 高い機動性を持つヘリにとって見れば、戦車砲の直撃にも耐えうる頑強な甲殻を持った突撃級と言えど、ただの的に過ぎない。 それは旋回能力に優れ格闘戦を得意とする要撃級や、戦術機や戦車の装甲を容易く食い破る戦車級とて同じことだ。

 何故なら彼らは 【空】 にいる。

 全高が60mを越える要塞級とて届かない空に、彼らはいるのだ。
 重ねて言うが、BETAは所詮地を這うことしか出来ない化け物だ。 故に、連中には空を自由に飛び廻るヘリを掴むことは決して叶わない。
 BETAとの戦闘に限らず敵戦力の頭上を確保すると言うことは、その後の戦局を優位に運ぶ足掛かりとなる。 航空戦力が戦場に登場してから現代に至るまで、制空権の確保が重要視されているのは、空と言う制限の無い自由空間から放たれる一方的な爆撃を防ぐためなのだ。

『ヴェリノリーダーより各機へ。 戦域に要塞級の存在が確認出来ず、安全高度を60に変更』

『『『Да』』』

 指揮官の指示に従い次々と高度を落とすKA-50、突撃級に狙いを定めて放たれる彼等の牙は、機体名・チョールナヤ・アクーラ <黒い鮫> の名に相応しいものだった。

 ―――そう、忌まわしき光線級さえ存在しなければ、人類がBETAに劣ることなど在りえない。 現に、カシュガルに落着したハイヴ掃討作戦において、中ソ連合軍は当時の現有戦力だけでBETAと激突し、尚且つ光線級が戦場に出現するまでは有利に立っていた。 BETAの脅威とされる圧倒的な物量とて、人類が生み出した兵器の前には無力であっていいはずなのだ。

 攻撃ヘリの手によって多くの突撃級が物言わぬ死骸となっていく。 彼らは小型種には目もくれずに大型種のみを狙い、駆逐する。 エアカバーが本来の力を発揮できる戦場において、その選択は最良と言えるだろう。
 地上部隊の最大の脅威はタンクキラーである突撃級だ。 確かに圧倒的な物量で襲い掛かる小型種も危険な存在ではあるが、真っ先に接敵するのBETAといば不整地であっても時速100km近い速度で走破してくる突撃級だ。 全高15mもの存在が凄まじい速度で迫ってくる・・・・・・その心理的プレッシャーを鑑みれば、直接的な脅威は小型種よりも突撃級のほうが上と言えよう。 尚且つ、突撃級は強固な装甲殻のお蔭でMLRS等で行われる面制圧での生存率が高く、戦車砲による砲撃も通用しない場合が多々あるために、防衛線の突破を許せば、地上に展開する機甲部隊が蹂躙されることが目に見えている。 だからこそ、攻撃ヘリは、戦術機は、地上部隊にとって最大の脅威となりえる突撃級を優先的に潰す。

 そして・・・・・・高度を落としたka-50が次々と突撃級を葬る中、自分達の手が届かない場所を悠然と飛ぶヘリの姿を仰ぎ見ている戦車級や闘士級の群に飛来する砲弾の数々。
 ヘリがBETA群の頭上を通過した直後、後続陣地から進軍するT-72 <ロシア製第二世代戦車> 、及びBMP-2 <IFV・歩兵戦闘車輌> が次々と砲弾を放ち、BETAを薙ぎ払う。 ソ連軍の主力装甲車両の座から墜ちた両者だが、現存している車数は膨大であるが故に、先月の戦線で失った戦力の補充として送られてき集団だった。

 それら機甲師団の登場から程無くして、戦場の空を飛翔しBETAを食い殺し続けていたka-50の編隊がやおら攻撃の手を止め、踵を返して後方へ戻る進路をとり始める。
 悲しいかな、ヘリはその高い機動性と引き換えに、搭載できる兵装の量が豊富とは言えない。 搭載した砲弾を撃ち尽くした後は、戦闘を続ける友軍の姿を見下ろしながら帰途に着くしか無いのだ。

 彼等の眼下には、今正にBETAの先陣と接敵しつつある友軍の姿が見える。 BETAと言う脅威が存在しない場所にいる彼らは、大地を進む友軍をどんな気持ちで見下ろしているのだろうか? 平和な場所にいられる優越感か、それとも危険に晒される彼らに哀れみでも抱くのか・・・・・・

「・・・ッ」

否。

 彼らは決してそのような感情など持ち合わせてはいない。
 迫り来るBETAを前にして、一歩も引かずに奮戦している友軍の姿に、そんな安っぽい憐憫の感情など向けられるはずが無い。 例え彼等が引かない理由の一つに、背後で目を光らせているコミッサールたちの姿があったとしても、忌まわしき中央の連中に翻弄される運命を持たされた、不運な同志であるとの思いのほうが強い。
 今、自分達がすべき事は一刻も早く補給を済ませ、早急にこの地へ戻ることだ。 ヘリパイロットの多くがそう思い、操縦桿を握る手に力を篭めた瞬間・・・・・・

 ―――影が降りた。

 空に君臨する自分達が、時として仰ぎ見なければならない存在が戦場に現れた。
 攻撃ヘリを上回る機動性でBETAをかく乱し、戦車砲に匹敵する火器を駆使してBETAを殲滅する、戦場における真の花形。

『ランサー01より各機へ。 混戦だ、機甲部隊には悪いが小型種は自分達でどうにかして貰うほか無い。 友軍誤射に注意しろ。 全機、オールバンディッド』

『『『『了解ッ!!』』』』

 自分たちと入れ違いに、見慣れない7機の戦術機が5機のMIGを引き連れながら戦場へ舞い降りる。
 ソレとのすれ違い様に通信機から聞こえた声は、祖国の言葉でも無く、また連邦国家に属するどの言葉でも無かった。
 だが彼は耳にしたことがあった。 盟主に忠誠を誓うと言う時代錯誤な矜持を持ちながら西側の隷属を跳ね除け、列強諸国に名を連ねる強国の言葉を。
 


 ―――日本帝国軍。 極東において最大戦力を持つ国家の部隊が、ソ連の大地へ降り立った。





(幾らエアカバーが機能すると言っても、この稼働率では話にならんな)

 チラリと、今さっきすれ違った攻撃ヘリの編隊に視線を向けて、彼女は内心でそう小さく嘆息した。

 ここカムチャッカ半島東部には、BETA最大の脅威とも言える光線級の存在が一度として確認できず、それ故に限定的ではあるものの航空戦力が運用できると聞いていたのだが、先ほどのヘリの編隊や先鋒を務めたTu-95 <戦略爆撃機> の兵装搭載量、ならびに稼働時間から見るに、この戦線を支えている戦力が航空戦力に依存しているわけでは無いと分かる。

(アナディリに主戦力が配備されている以上、此方に十分な戦力を回すわけにもいかんか・・・・・・ これで光線級が現れれば、この地方の戦線を維持するのは容易では無いだろうが・・・・・・)

 爆撃機を含む航空戦力が使用できることは、BETA戦において非常に有効な手段ではあるのだが、それを支えるロジスティックスが十分で無ければ満足な戦果を得られるとは思えない。 

「だからこそ、正面からぶつかるやり方を忘れぬ・・・・・・か。 流石はシベリアの熊どもだ」

 帝国陸軍百里基地所属、臨時海外派兵部隊を率いる三澤静流大尉は、ソ連軍の将兵に賞賛の言葉を漏らしながらも、眼下、機体が落着するポイントに群がっていた戦車級へ向けて36㎜砲弾を掃射した。 彼女が搭乗するTYPE94・不知火は僅かに生き残った小型種を踏み潰しながら着地し、再び跳躍ユニットを吹かして噴射跳躍を行った。 そして低空を滑空しながら、BETAの群の中にいる白い小山のような要撃級に向けて砲撃を行い着地、そして再び噴射跳躍。 周囲を見渡せば、彼女の部下達も同じように噴射跳躍を繰り返して砲撃を続けていた。
 まるでバッタだなと、彼女は自分達の姿に皮肉を漏らしてしまいそうになる。 だが、戦術機にとってヘリと同じように滞空し続けることは非常に効率が悪い。 故に光線級の脅威の無い空に居続けるためには、この手段を取るのが最良の手段なのだ。

『・・・・・・ッ!!』

 レシーバーから響く、押し殺した呻き声。 それを上げた部下は誰だろうかと彼女は思案した。
 部隊で一番若い真奈美か、三ヶ月振りの機体搭乗となる城崎か、それとも見た目に反して繊細な心を持った隆か。 三人とも、他の部下に比べれば精神的に脆い部分がありすぎる。 それが平時であれば個性の一言で事足りるが、戦場において迷いや脅えを抱くことは死を招く原因に成りかねない。 
 
(いや、今回ばかりは違うか)

 自分の思考の間違いに気付いた彼女は、頭を振って小さく苦笑した。
 戦術機の操縦などは身体に染み付いた一つの習慣に過ぎない、こうして別のことを考えている最中にも彼女の身体は無意識化で戦術機を操り、先ほどと同じように要撃級を狙撃していた。

 ―――そう、この身体に染み付いた 【慣れ】 こそが今は最大の敵だった。
 
 BETAとの戦場において、不用意な跳躍は死に繋がる。 言うまでも無く、絶対的な対空迎撃能力を持つ光線級の存在があるからだ。 だから衛士は空を嫌う。 戦闘機パイロットと違い、衛士にとって空とは遮蔽物が存在し無い忌むべき場所なのだ。
 訓練校、そして実戦で骨の髄まで叩き込まれる空の脅威・・・・・・幾らこの地方に光線級が出現した前例が無いからといっても、直ぐにそれを戦術機の操縦に関して反射の域に達した身体に告げるのは不可能だ。
 あらゆる状況を想定している教導隊、もしくは<ドルフィンライダー>ならば、こんな状況にも直ぐに順応できるのだろうなと彼女は考えた。
 先ほどの押し殺した呻き声を上げたのは、恐らく川井か桐嶋のどちらかだろう・・・・・・搭乗経験が長ければ長いほど、今行っている操縦に恐怖を覚える。 自分とて決して平気なわけでは無い。 この地方に光線級が存在しないと言われても、実際に爆撃機やヘリが飛び回るのを見るまでは半信半疑だった。

(反応は以前として無し。 要塞級の胎にも入ってないようだな・・・・・・)

 もう幾度と無く目を通した照射警報を一瞥して、彼女は内心で安堵にも似た呟きを漏らす。 今さっき、沿岸部から上陸を果たした要塞級の固体、その中に詰まっているBETAの中にも光線級の反応は無かった。

 今回のソ連軍への支援にあたり、彼女は部下に対レーザー照射探知機能の受信感度は最大値で固定するよう徹底し、随伴してきた整備班には不知火へ高感度センサーの追加装備を取り付けることを指示していた。
 彼女が過敏になるのには理由がある。 現代戦闘においてデータリンクを介した情報ネットワークの活用は必要不可欠なのだが、帝国軍から派遣されてきた彼らには、この地域での広域データリンクにアクセスする権限が許可されていないのだ。 正確に言えば、アクセスそのものはできるのだが、アナグラムされていないデータリンク受信機では、不知火が持つデータがソ連側に流出してしまう可能性を帝国軍上層部が恐れた結果、彼女の部隊はソ連側と限定的なリンクしか許可されなかった。

 ―――そんな下らない策略を巡らせる上の考えに辟易した彼女だったが、今となってはソレがあながち的外れでもなかったことを実感していた。
 光線級が一度として確認されていない現戦闘区域は、対レーザー感知システムの構築が完璧とは言えない。 それをц-03前線基地の装備を見て彼女は核心したのだ。 信用できず、当てにならない監視システムに頼るぐらいならば、自分達自身の目を強化するべき・・・・・・そう考え彼女は現状で取れる全ての手段を模索した。
 BETAの思考など誰にも分からない・・・・・・一秒後には沿岸や地中から光線属種が現れる可能性がある。 だからこそ個人の意識を徹底し、空力的に不利になるが不知火のセンサーを増設し、頼みたくも無い上の連中にお伺いを立てたのだ。
 そのお伺いが・・・・・・拍子抜けするほどあっさり通った事実には流石に驚いたが・・・・・・

(急な支援要請を受諾した負い目か、それとももっと別の何かか・・・・・・ 何にせよ、利用できるものは全て利用させて貰う他ない)

 データリンクによって送られてくる情報を一瞥しながら彼女は小さく頷いた。
 現在、彼女の部隊に戦域情報を送っているのは・・・・・・戦闘区域より遥か100km東、ベーリング海に展開している帝国海軍の艦船だ。 ソ連軍と共闘を行う機会の多い帝国海軍には、アナグラムされたデータリンク接続機器が搭載されている。 その機器を通し、尚且つ帝国宇宙総軍が管理している監視衛星からの情報を組み合わせた情報が、不知火のみ解読できる暗号を施されて戦域に送信されていた。
 ありえないほど優遇されている現状に違和感を覚えるものの、彼女の感心は先日あった男の言葉が現実になったことに未だに驚嘆していた。

(掃討作戦への参加要請の受諾、帝国海軍が行う後方支援・・・・・・ 付け加えて、面子を重んじるソ連が帝国に協力を仰ぐか・・・・・・ 何時もの狂言かと思いきや、それが全て事実になるとはな)

 知人と言うべきかは判断に悩むところだが、何度か世話になった男・・・・・・いや、利用されたと言うべきか? 彼女にとって決して忘れることが出来ない男に告げられた言葉は到底信じられないものだったが、こうして現実になってしまった以上、疑いながらも忠告を受け入れた彼女の判断は正しかったと言えるだろう。

(帝国の思惑か、それともソ連か・・・・・・もしくは別の誰か・・・・・・ 欧州に飛ばされた時も感じたが、きな臭さに拍車がかかってきたな)

 その策謀に組み込まれているのが自分なのか、部下の誰かなのか、それはまだ分からないが、少なくともこのソ連の地で何かが起きる。 そんな言いようの無い不安を感じながら、彼女は突撃砲のトリガーを引いた。





 同時刻・ベーリング海洋上
 帝国海軍所属・妙高級重巡洋艦 【妙高】 CIC

 妙高の薄暗い戦闘指揮所に所狭しと設置されたモニターは、現在カムチャッカ地方、コリャーク管区にて行われているBETA掃討作戦の様相を映し出していた。
 H26・エヴェンスクハイヴより流出し、シェリホフ湾を渡航したBETA数は凡そ5千。 旅団規模とされるBETA群の侵攻を、国連北極海方面総軍とソ連軍が水際で圧し止めている。

「難攻不落の要塞地区か・・・・・・ 光線級の存在さえなければ、そのような妄言を公言することもできるか」

 ポツリと、モニターの全てを見渡せる位置に座る男が、皮肉雑じりの声音でそう呟いた。 目深に被った帽子から覗く双眸は刻々と映り替わるモニターから目を離す事無く、流動的に移り変わる戦場の様相を凝視している。
 その傍らに立つ女性士官は男の呟きを耳にしたが、何かを返答をすることも無く男と同じようにモニターを・・・いや、黄と赤に塗り固められたモニターの中で、唯一青の光点が表示されているモニターに見入っているようだった。
 凛とした佇まいを持った彼女の立ち姿は、軍人としては似つかわしくない華やかな雰囲気を醸し出している。 事情を知らない人間が一見すれば、彼女を艦長のお飾りと見るかもしれないが、その外見もさることながら彼女が非常に有能な女性士官であることは艦内では周知の事実だった。

「―――心配かね? 麻香君」

「―――いえ。 閣下に比べれば、私の心労など些細なものです」

 男に声を掛けられた彼女は一瞬逡巡した様子を見せたが、モニターから目を離さずに毅然とした態度でそう答えた。 男・・・彼女の上官であり、この艦の艦長でもある瀬戸功少将は、そんな彼女の態度に小さく嘆息した。 

 彼女との付き合いが長い瀬戸少将は、奈華宮麻香・・・いや金谷麻香の性格を熟知している。 まだ少女、と言っていい時から彼女のことを見てきた瀬戸少将は、自分にとって大切なものを守るために、あえて道化を演じることを選んだ彼女の性格を憂いていた。 彼女の妹と同じく、不器用な姉妹の生き方に呆れてしまいたくなるが、その在り方が自分にとって好ましいが故に、瀬戸少将は自身の側近として行く場を失っていた麻香を拾い上げたのだ。
 ―――この艦に乗船しているものであれば誰でも知っているその事実、軍機に厳しくも部下の心情を慮る艦長の姿に、乗船する乗組員が一様に尊敬の眼差しを向けるのも無理はないだろう。
 CICに席を置いている情報士官達もそのこと踏まえた上で、畑違いである陸軍所属の部隊をトレースしていた。  あの部隊、百里から派遣されている戦術機甲部隊には、艦長の・・・そしてその傍らに立つ彼女にとってかけがえの無い人がいるのだ。 

 現在、コリャーク管区で行われている掃討作戦に帝国海軍は参加してはいない。 日本領である樺太を含むオホーツク沿岸での作戦行動ならまだしも、ソ連領であるベーリング海での戦闘行為は議会の承認無しに参加することは不可能だ。 国土の殆どを失い、アラスカの租借地へと追い込まれた国家とは言え、ソビエト連邦はれっきとした主権国家であり常任理事国の一員でもある。 そんな国の領海において他国の軍が戦闘行為を行うのは、それなりの交渉と下準備が必要不可欠なのだ。

 ―――そう、国連軍でもない部隊に突如として支援要請があり、それを両国が早急に受諾するなど在りえない。  だがCICの壁に埋め込まれたモニターには7機の戦術機、日本帝国が誇る第三世代型戦術機である不知火がソ連軍と共にBETAを駆逐している光景が映し出されていた。

 百里の派遣部隊を全面支援せよ。 海軍省から通達されたその命令に従い、妙高は現在陸軍の戦術機甲部隊の情報管制を務めていた。 不可解な命令ではあるが、前述した艦長や麻香にとって大切な人がいる部隊を、大手を振って支援することが出来ることに乗組員は歓喜していた。 その命令が無ければ、瀬戸少将は百里の部隊を支援しようなどとは思わなかっただろう。 部下の心情を汲み取る心優しき艦長だが、身内のために部下を危険に晒すような甘い男ではない。 だが軍属として、どのような思惑があるにせよ、上の指示には従わなければならない。 故にC4Iシステムが設置され、近代改修が施されている妙高のCICは、高度な戦術情報処理装置を駆使し戦域データリンクと監視衛星からの情報を組み合わせて、刻々と変化する戦場の様子を余す事無く彼らに伝えるのだった。

「ふむふむ。 お二人が心配しているのは一体誰なんでしょうね~?」

 不意に、そんな明るい声がCICの中に響き渡る。 明らかに場の雰囲気にそぐわない声だったのだが、CICにいる全ての士官はその表情を微塵も崩す無く各自の作業に没頭し続けた。
 場違いな声を発した男はそんな彼らの態度に苦笑を漏らし、窮屈そうに身に纏ったシャツの襟を緩めて言葉を続けた。

「誰だか気になりますね~ でも浮気は駄目ですよ麻香さん?」

「御心配なく石井大佐。 私などに好意を寄せる物好きは、後にも先にもあの無能で甲斐性無しな男しかいませんから」

「はっははは、これは手厳しい。 そんな物言いでは、草葉の陰で彼は小さくなっていじけてしまいますよ?」

「あの愚図に、他になんと声を掛けろと? 例えアレの墓前でも、私は手を合わせるような心を持ち合わせてはおりません」

「その心は、彼の死を認めることが出来ない女心・・・・・・ っと、そう睨まないでくださいよ麻香さん」

「ふむ・・・・・・部長も宮家の姉妹には弱いと見える、これは何か弱みでも握られて・・・・・・いえいえ、これは無粋な発言でしたかな?」

 途中で会話に参加した男にも向けて麻香は冷徹な視線を向けた。 そんな彼女と自分の背後で軽口を叩く二人の男の態度に、瀬戸少将は小さく嘆息しながら椅子を回して彼等に向き直った。

 瀬戸少将の背後には二人の男がいた。 先ほどの言動もさることながら、CICに似つかわしく無い二人の男には幾つかの共通点があった。
 一つ、軍艦には相応しく無いスーツを着ていること。 二つ、柔和な笑みを絶やさずに浮かべていること。 三つ、決して信用してはならない人種であること。

「二人とも、私の部下をからかうのはそこまでにして貰えるかな? 外見はコレでも中身は一途な乙女なのだから・・・・・・それに娘を茶化されて快く思う親はいない、そうだろう鎧衣君?」

「ええ、閣下の言う通りですな。 ですが親として、娘のような息子、ん? 息子のような娘を持つ身としては、アレの将来に一抹の不安を覚えておりますが・・・・・・ その点、部長は如何ですかな?」

「そうだねぇ・・・・・・うちには有能なベビーシッターが多いから、僕なんかが子育てに手を出すと逆に怒られちゃうんだよ。 中でも麻美君は優秀だね、彼女に任せておけば心配いらないから安心できるよ。 麻香君も出来のいい妹を持っていることを、もっと誇っていいと僕は思うよ?」

「アレの何処を誇れと? 石井大佐の話し振りから察するに、相変わらず部下に甘いようですね、あの愚妹は。 それと皆さん・・・・・・御戯れも程ほどにするのが宜しいかと。 その筋に顔が利く御三方が集まり、話すことは身内自慢とは。 無能な官僚達を気取るおつもりなら結構ですが、余り見ていて気分のいいモノではありませんね」

 そう言ってギロリと、居並ぶ男達を麻香が一睨みすると、明らかに彼女よりも格上な彼らが、一様に肩を竦めて小さく咳払いを上げた。

「―――だ、そうだ。 麻香君の提案通り、実りのいい話でもするとしようか・・・・・・今回の茶番は、情報省の仕込みかね?」

 モニターに映る掃討作戦の様子を一瞥し、瀬戸少将はパナマ帽を目深に被った男へ視線を向けてそう質問した。 質問を受けた男、帝国情報省外務二課に席を置く鎧衣左近は、大仰に肩を竦めながら首を横に振って答えた。

「さて? 私の請けた仕事は例の機材の使用をソ連側に了承させることですので・・・・・・ 欧州に派遣されていたかの部隊にまで干渉する必要はありませんな」

「・・・・・・その機材を輸送するために、艦隊を一つ動かす結果になったわけだが・・・・・・ 随分と大げさな護衛とは思わんかね? 試作兵器を護衛するために朝鮮半島の監視を緩めるとはな、下らん思惑に振り回される身にもなって貰いたいものだ」

「ならばこそです。 閣下のように名の知れた方が、私などが考える浅はかな知略に参加されては困ります。 そうなっては私如きの力で御しきることは不可能ですからな・・・・・・ まぁ不可能と言えば、ソ連側から要請された支援を議会の承認無しに可能とする権限なども、私にはありませんが」

 そう言って鎧衣は、絶えず笑みを顔に貼り付けている男へ意味深な視線を送る。

「鎧衣課長、そんな目で見ないで下さいよ~心外だな、もう」

 そんな視線も何処吹く風と、あっさりと払い退のけながら笑う男。
 瀬戸少将も鎧衣も、此度のソ連で行われる試験の裏にこの男が深く関わっていることを察していた。

 ―――帝国技術廠、第参開発局部長、石井正大佐。
 その男の裏の顔を知っているのは帝国においても極々一部の人間のみ。 情報省に属する鎧衣とて全貌を把握できていないこの男が持つ裏のパイプを持ってすれば、帝国内部はもとより、今回のソ連、そしてあの米国ですら首を縦に振る可能性があるのだ。
 仕組まれていたとしか思えない速さで行われた支援要請の受諾、海軍省への根回し、ソ連側の受け入れ態勢の徹底・・・・・・ それらに何かしらの思惑を持って、石井が手引きをしたに違い無い。 そう二人は、言葉には出さずとも核心していた。

「少なくともアレに関して言えば僕らは完全にノータッチですよ? 大層な代物ですけど、僕のあずかり知ることじゃないんですよねコレが。 娘を案じる巌谷副部長の親心・・・・・・だけじゃないでしょうねぇ、見た目に反して腹芸が得意な方ですから、あの御仁は」

「巌谷君か・・・・・・確かにXFJ計画の件に関してはそうだろうな。 大伴君、いや陸軍軍務局の反対を押し切ってまで強行した計画・・・・・・巌谷君の思惑はさておき、あのやり方は内外に敵を作りすぎる。 現に、あまり言い話は聞かんからな」

 言って瀬戸少将が鎧衣に視線を向ける。 鎧衣はその視線に気付いた様子も無く、モニターに映る不知火の姿を眺めている。

「まぁいい・・・・・・君には大恩がある、故に黙認し協力している。 だがそれが、永劫に続く契約とは思わないことだ。 綱渡りの策謀もいいが、足元をすくわれ、その害が自分のみならず私の庭にまで及ぶようなことがあれば・・・・・・」

「いやいや、御忠告痛み入ります。 閣下のような方がいるから僕は暴走せずに済む。 色々と協力してくださり、本当に感謝しておりますよ」

 瀬戸少将はとある縁から、石井の裏の顔を鎧衣よりも詳しく知っていた。 それは腹心である麻香や、その妹である麻美も同じであるが故に、彼らは石井への協力を惜しみなく行っていた。
 だが、それは決して強要されているからではない。 個々が持つ目的が同じだからこそ、協力し合える関係なのだ。

「ふむ、余り私が言えた義理はありませんが・・・・・・お二人とも、少々言葉が過ぎるのではありませんか? 人の耳が多々ある場所で話すべきことではありませんな。 人の口に戸を立てることは不可能との格言があることをお忘れですか?」

 チラリと、鎧衣が周囲に視線を向けて呟いた言葉を、瀬戸少々は不快そうに鼻を鳴らして一蹴した。

「―――確かに軍機の項目の一つに守秘義務があるがね。 上官が話している間、耳を塞げという軍機は無い。 たまたま聞こえてしまったことを咎めることは誰にも出来んよ・・・・・・ それに私の部下は、疑問も持たずに仕事が出来る機械では無い。 各自が持つ責務を果たすためにも、自分達が何を行っているかを知る必要があるのだよ・・・・・・それとも情報省は、この艦全ての乗員を監視でもする気かね?」

「はっははは、それは無理な話ですな。 生憎と昨今は私どもも人手不足でして・・・・・・優秀な人材がいればスカウトして回っているくらいですから。 如何ですかな奈華宮大尉? 貴女のような見目麗しい女性と肩を並べることが出来れば、私の仕事もきっと捗るのですが」

「ご遠慮させて頂きます、鎧衣課長。 例え課長が私などを気に入ってくださっても、其方を利用した私を許してくれる物好きはいないでしょうから」

「ふむ、これは残念。 そうなるとやはり、奈華宮大尉の妹御と同じ職場にいらっしゃる石井部長が羨ましく思いますな。 しかも筑波や側近にもお美しい女性が多いと来たものだ・・・・・・男として、羨望の眼差しを送らざるえませんな」

「おやおや鎧衣課長、貴方も十分魅力的な女性と懇意にしていると思いますが? 世界中からもっとも注目を集めるている城に君臨している女性とね・・・・・・」

 濁し、掴み所の無い会話を続ける二人の姿に、麻香は内心で小さく溜息をついた。
 核心犯、愉快犯、知能犯、そんな厄介な人間たちが目の前で腹の探り合いをしているのだ・・・・・・策謀に嫌気がさしている彼女にしてみれば、聞いていて気持ちの良い話では無かった。

「とまぁ、それはさておき。 今回の件でお二人が僕を疑うのも分かります。 ・・・・・・全て話してしまってもいいんですけどね、やはり物語りとは先が見えないからこそ面白いと僕は思うんですよ。 だから今はまだお話しするのは止めておきましょう・・・・・・ ああ、一応断っておきますが、瀬戸少将が大切にしてらっしゃる部下の方々に害は及びません。 それはお約束しましょう」

 石井はそこで話を一度区切り、芝居染みた様子で眼鏡を掛け直して言葉を続けた。

「―――仕込みは上々、開演までの残り時間は・・・・・・あと僅かと言ったところですから」






 ・・・・・・数時間後
 コリャーク管区・南西地区

「・・・・・・ッ!!」

 感覚欺瞞装置が機能しているとは言え、十数tの質量が地面に落着し再び飛翔する際に生じる衝撃は並大抵のものではない。 しかもJIVESが生み出した仮想実体とは違い、本当の肉を持ったBETAの中を飛び回るのだ。 慣れない機体を操りながらも、ミスが許されない状況に置かれた隆の心には、余裕など欠片も無かった。

(アップデートされたって言っても、機体特性がそうそう変わるわけないかッ!!)
 
 内心で泣き言を叫びつつ、隆は不知火を必死に操作していた。 要塞級の衝角にさえ気をつければ、墜とされることの無い空を滑空しながら、網膜に表示される最優先撃破目標へ照準を合わせてトリガーを引く。
 砲身から吐き出された120㎜APSFDSが周囲を包む装弾筒を剥離させ、タングステン合金で出来た侵徹体を剥き出しにして戦車級の中にいる要撃級へ襲い掛かる。 超高速で飛翔した侵徹体は、要撃級の硬い腕部を根元から吹き飛ばした。

「チィ、しくじったッ!!」

 網膜に映ったその成果に隆は舌打ちし、完全に無力化することができなかった自分の腕を恥じた。 せめて脚部の一つでも吹き飛ばすことが出来れば、固体の戦闘能力を削ることが出来たのだが、腕部を一つ失った程度でBETAを止めることなど出来ない。
 二発目で仕留める。 そう決めて照準を合わせようとするも、既に機体は噴射跳躍による到達点を過ぎ、落着の姿勢へと移りつつあった。 再度砲撃するには時間が足りない、このままでは落着ポイントに群がるBETAを排除することが出来ない。
 圧倒的な質量を持つ戦術機は、速度を加算された質量で持って小型種を薙ぎ払うことが出来る。 だが、BETAは生物にあるまじき硬度を持った器官を複数持っているのだ。 それらの破片が機体の関節部、もしくはセンサーを傷つける可能性がある以上、機体の安全を確保した上で落着することが望ましい。

 ―――要撃級を潰すか、足元を確保すべきか。 彼がそんな逡巡している間にも機体は高度を落とし、オートバランサーが稼働して落着の姿勢をとり始めた。

「悩んでる場合じゃないッ・・・」

 両手に保持した120㎜支援狙撃砲の銃口を上げ、背部兵装担架に搭載された二丁の突撃砲を前面に展開し、36㎜砲弾の制射で戦車級を薙ぎ払う。 だが、弾幕が足りない。 逡巡し、ロスした時間分だけBETAを排除する時間的猶予を失った結果だった。

「耐えろよ!! 不知火ッ!!」

 BETAの群の中に落着する覚悟を決めた瞬間、横手から飛来した無数の砲弾が、生き残った全てのBETAを排除した。

『―――相変わらず冷や冷やさせるわね。 少しは後のこと考えて動いてよ、見てて心臓に悪いったらありゃしないわ。 もっと私らのこと信用してよね』

 無事に落着し再び噴射跳躍すると、併走するように隣を飛翔する不知火からそんな通信が隆へ届いた。 網膜に表示される栞の膨れっ面を目にして、彼は苦笑を浮かべるしかなかった。

「すまん。 信用して無いわけじゃない、その余裕が無いんだよ・・・・・・二人のことはちゃんと・・・・・・」

『ランサー04よりランサー05へ。 ブリーフィング通り、其方の援護は私とランサー06が務めます・・・・・・ 久しぶりに機体に搭乗する私じゃ不安かもしれないけど、やって見せるから安心して』

 隆の言葉を遮り、調子がいいとは言えない表情を見せながら葵が通信を入れてくる。 実戦に参加するのは久方振りの彼女だ。 腕を鈍らせない為にシミュレーターでの訓練は人知れずに行っていた様子だが、やはり実戦の雰囲気から来る心労は並大抵のものではないのだろう。

『そゆこと、隆はしっかり狙ってそのぶっといのをぶっ放してね』

「了解。 悪いな・・・・・・世話ばかり掛けて」

『なに、今更な話言ってるのよ。 隆ってこういう時だけ謙虚なんだから・・・・・・もぅ。 ほら葵、ちゃちゃっとグラサンのお守りに精を出すわよッ!!』

『はいはい、はしゃいでミスだけはしないでね。 隆さんだけなら兎も角、栞のカバーまでは手が回らないから』

 二人の言葉通り、二機の不知火が彼の乗る不知火を援護しながら噴射跳躍を繰り返す。
 守ってもらっている、その事実に男としての矜持が若干揺らぐ部分があるものの、隆は自信の不甲斐無さを押し殺しながらトリガーを再び引いた。
 先ほどと同じく、放たれた120㎜APSFDSは要撃級の脚部を貫き無力化する。
 
(威力は十分、問題は命中率か・・・・・・)

 今回の作戦において彼が乗る不知火が装備している武装は、背部兵装担架に搭載された二丁の突撃砲と、腕部に保持した一丁の120㎜支援砲。 部隊の打撃支援機としてのポジションを言い渡された彼が、装備することを指示された兵装だった。 手持ち武器である120㎜支援砲は、昨年末北海道にて胡蜂が試験していた砲の先行量産型、光菱が不知火の輸送に合わせて搬入した代物だ。
 掃討作戦において戦術機が担う役割は、BETAの中に存在する中、大型種の殲滅。 それを効率的に行うために、高い命中能力を持った支援砲は打って付けなのではあるが、先ほどの結果といい彼が支援砲を本来の役割通り使いこなしているとは言いがたかった。

(FCS・・・・・・ いや機体とのマッチングが悪いのか?)

 先日感じた、不知火の砲撃能力の特性が脳裏に過ぎる。

 不知火は純帝国軍機であり、その特性は白兵戦を主体にしていると言っていい。 故になのか、不知火は米軍機が正式採用しているAMWS-21とのマッチングが悪い。
 87式突撃砲に比べて銃身が長く、取り回しが悪いAMWS-21だが、装弾数、命中率を含む全体のスペックは87式突撃砲より上で、信頼性が高い代物だ。 汎用兵器である戦術機が武装をえり好みし、自国産の武装しか扱えないのは、それだけ不知火が日本国内で運用することに特化していると言っても過言ではない。
 だが、今回使用しているのは光菱が製作した純日本製の武装。 その大元になったのがMK-57だとしても、不知火が運用しやすいように細かな調整が施され、量産に至る間に入念なテストが行われた代物に違い無い。

(となると・・・・・・やっぱり俺の腕が問題ってことだな)

 根本的な原因を思いつき、隆は管制ユニットの中で小さく溜息をついた。
 北海道で行った試験では、支援砲を満足の行くレベルで運用することができた。 だがアレは、自分の腕ではなく、胡蜂のお蔭だったと今更ながらに気付いたのだ。

 ―――ならばと、彼は自分の考えを改める。
 自分が取れる現状で最適な行動とは何かと。 空を飛ぶことを許され、一方的にBETAを撃つことが出来るこの状況下で、自分にとって成せることは何かと。
 彼は試行錯誤を繰り返しながら戦術機を操縦する。 総搭乗時間が数百時間を越えたとしても、彼はより良い効率を求めて考え、機体を動かす。
 ベテラン達が反射の域で機体を動かすのと違い、彼は考えて機体を動かすのだ。

「ランサー05、フォックス02ッ!!」

 叫びトリガーを時間差で二度引く。
 北海道の時は装填数の少なさに辟易したが、改良されたこのモデルは専用の給弾マガジンを装備しており、BETAの群にいる、中、大型種を潰すことに不安を感じることは無かった。

(だけどその分、地上部隊には無理をさせるか・・・・・・)

 通り過ぎた眼下では、地上に展開している機甲部隊とBETAの先陣が戦闘に入っている頃だろう。 取り残した小型種の数は膨大であり、少なからず被害は出るだろうが、戦車級や闘士級、兵士級は、歩兵や装甲車両の武装だけで対処できる。 一方的に蹂躙される大型種がいないだけでも、彼らにしてみれば御しやすい戦場と言えるはずだ。

 砲撃、着地、噴射跳躍、砲撃、着地、噴射跳躍、ルーチン化しつつあるその操作の中に、改善する箇所を必至になって模索していると・・・・・・

『ランサー02、07、慣れない動きに戸惑うのも分かるが速度を落とせ。 部隊はお前達だけで機能しているわけではないんだぞ』

 軽い叱責が部隊長である静流の口から漏れた。 その言葉の意味するところを、戦術マップに視線を向けて隆は気づいた。 自分達の後方、部隊の規模を中隊クラスにするために、ソ連軍から合流した五機のMIG-27が、自分達の進攻スピードから遅れ始めていたのだ。 

『キート01よりランサー01へ。 お気遣いには感謝するが、此方に気を使わなくて結構だ。 其方のペースで進んでくれて構わない、此方は他の中隊の指揮管制も行っているので遅れてしまうのは当然のことだ』

 追従するMIG-27を指揮するロバノフ大尉がそう返答するも、それが強がりであることに隆は気づいた。

 確かにランサーズに組み込まれた5機のMIG-27は、キート大隊に所属している中隊長クラスで編成されており、ランサーズの両翼、およそ三キロ離れた場所で侵攻している中隊の指揮を務めている。 隆達が作った道を進みながら自分達の部下に指示を出し、尚且つ彼等の援護を行うキート隊の多忙さを考えてみれば、進行速度が遅くなるのは止むを得ないと思うが、それ以前に彼らと隆たちが扱う機体の性能差は歴然としていた。

 不知火とMIG-27、方や第三世代機、方や第一世代機を改修した準第二世代機。

 MIG-27はソ連が生み出した純国産機であるMIG-23の発展機である。
 MIG-21のデータを元に、集団戦を考慮した機体の小型化、高い機動性を持たせるための跳躍ユニットの可変翼機構など、意欲的な技術が盛り込まれて開発されたMIG-23だが、その性能はF-4をベースとしたMIG-21の信頼性を上回ることは出来ず、第一世代の垣根を越えることが出来なかった。
 その性能を見かねたソ連政府はMIG-23の配備後早々に、MIG設計局へ機体の再設計を指示。 結果、外見に大きな変化は見られなくとも、内部パーツの9割を新機設計することで稼働率と機動性の飛躍的な向上に成功し、第二世代機として満足な性能を有するMIG-27を配備する運びとなったのだ。
 83年から正式配備されたMIG-27は、スフォーニ設計局のSU-27やミグ設計局のMIG-29が配備された現在においても、ソ連軍の主力として戦線に多数の機体が配備されている。 そんな長い間戦線を支えた質実剛健なソ連機であっても、第三世代機として生み出された後発である不知火には、全ての面で劣っていると言っても過言ではなかった。
 顕著なのが機動性と運動性だろう、現に戦術マップに表示される五機のMIG-27との距離は離れていくばかり。 むしろ、よく此処まで喰らい付いてきたとソ連の衛士に賞賛を送るべきだろうが、誇り高い彼はそれを侮辱と受け取るに違い無い。

(ハングリー精神から来るタフさは、西側の俺たちには得ることが出来ない代物なのかね・・・・・・)

 そう嘆息しながら彼が背後カメラを表示するウィンドウに目を向けた瞬間、地面に着地したMIG-27が一機、大きく姿勢を崩して地面へと崩れ落ちた。

「ッ!! ランサー05よりランサー01ッ!! 後衛のMIGがッ!!」

『―――確認している、 大人しく忠告を聞けば良いものを・・・・・・全機反転ッ!! ソ連機の支援を行うッ!!』

 静流の指示に従い、噴射跳躍を行っていた全機が跳躍ユニットを逆噴射制動させて空中で制止する。 そのまま降下せずに跳躍ユニットを吹かし続けて簡易的なホバリングを行い、機体の向きを変換させたと同時に再び噴射跳躍を行って後衛のソ連機へ援護を行い始めた。
 群がりつつある戦車級に囲まれているのは、03のナンバリングがされたMIG-27。 確か、アクロウ中尉が搭乗している機体だと隆は判断し、先ほど撃ち漏らした一体の要撃級が彼女に向かっていくを見て、支援砲の照準を躊躇う事無く合わせて砲撃した。 放たれた砲弾は四足ある脚部を穿ち、要撃級の機動力を奪い取った。 その間にも彼女の周囲に集まったMIG-27が、機体に取り付いた戦車級をマチェットタイプの短刀を振るって払い落としていた。

(酷いもんだ・・・・・・ ただの噴射跳躍のつもりだったんだが、MIGにしてみればそれすらも損傷の原因に成りえるか)

 各坐しているアクロウ中尉のMIG-27を見て、隆は内心でそう呟くしか出来なかった。 脚部から黒煙を上げ、地面にオイル溜まりを作っているMIG-27の姿は痛々しく、整備環境が整っているとは言えないソ連軍の内情を映し出しているようだと錯覚してまう。
 アクロウ中尉のMIG-27が再起動するまで、周囲に展開してBETA狩りを行う日ソ連合中隊。 機動性に優れる不知火がBETAをかく乱し、MIG-27がそれでも近寄って来る小型種を排除する。

「ランサー05、クリア」

『ランサー07、クリア』

『ランサー02、同じくクリアや』

 ある程度のBETAを駆逐し、部隊長へ報告をしながら彼らが一瞬安堵したと同時に、BETAの異常接近を報せる警報が響き渡る。 隆が慌てて周囲に視線を巡らせるが、周囲300メートル以内には大型種は愚か小型種の姿も無い。 だと言うのにも関わらず、対物レーダーは生体反応があるBETAがアクロウ中尉に近づいていると警告を発している。
 周囲はBETAの死骸だらけで目視では確認できない、対物センサーをフルに発揮して標的を探索しようとした瞬間、

『キート02ッ!! 後ろですッ!!』

 真奈美の叫び声がレシーバーから響いた。
 そこで隆は、先ほど自分が脚部を吹き飛ばした要撃級の固体が、残った腕部で地面を這いながら進んでいる姿を確認した。 各坐したMIG-27は未だに体勢を立て直せず、周囲の機体がカバーに入るよりも早く、要撃級は振り上げた腕部をMIG-27へ叩き付けた。
 
『ターニャッ!!』

 胸部に一撃を受けて吹き飛ぶMIG-27の姿に、キート01、ロバノフ大尉が悲痛な叫び声を上げる。

『ランサー05ッ!! 潰せッ!!』

「アイマムッ!!」

 答え、隆は支援砲の照準を再度要撃級に合わせる・・・・・・が、アクロウ中尉のMIG-27が射線上に重なりトリガーを引くことが出来ない。

 ―――一瞬の逡巡、隆が自分の腕に自信が持てないがために生まれた間。 その刹那の時間に、隆は形振り構わずにアクロウ中尉へ駆け寄ろうとしている一機のMIG-27を見る。 肩には01のマーキング、彼女の婚約者であるロバノフ大尉が言葉にならない叫びを上げている。
 彼女の危機に指揮官である責務を忘れる男。 指揮官として、軍人として失格なその姿を見て、隆は何故か近親感を感じてしまった。
 愛する誰かのために必死になる、それはこの世界でも、元の世界でも変わらない人が持つ心。 彼のためにも彼女を助けたい、だが、助けるのに必要な技能が自分には無い。
 このままでは彼女が見殺しになる。 焦燥と後悔に押しつぶされそうになる隆の心に、空を舞う青い機影が浮かぶ。

 そして思い出す、未熟な自分が持つ、たった一つの取り柄を。 

「・・・・・・ッ!!」

 間接思考制御を用いて火気管制の設定を変更、トリガーのタイミングを機体側に一任。
 瞬時に跳躍ユニットの制御を開始、コンマ数秒の間に最小の動きと最短の距離で持って機体を狙撃に最適なポイントへ移動させる。 と同時に吐き出される砲弾。
 砲弾は正確に要撃級の感覚器官を貫き、崩れ落ちる要撃級の姿に誰もが胸を撫で下ろした。

『すまないランサー05。 部下が助けられたな・・・・・・礼を言う』

「―――いや、元を正せば此方のミスだ。 礼を言われる筋合いは無いよ・・・・・・」

 隆はそう答えながら、ぎこちない動きではあるが立ち上がったアクロウ中尉のMIG-27の姿を見て、内心で安堵した。
 根っからの軍人でなくとも、彼には確固たる責任感が胸中にある。 故に自分のミスで誰かが死ぬ、そんな最悪な現実を彼は何時も恐れていた。 だからこそ、彼は戦術機の操縦技能を磨く。 才能が無くとも、経験が足りなくとも、誰かが死ぬ現実を少しでも見ないために腕を磨く。

(・・・・・・ほんと・・・・・・今更だよな)

 そう・・・・・・足掻いたから、考えたから、彼は一つの到達点に気づいた。

 雪風で、不知火で、大空を泳ぐイルカ乗り。 機動制御技術の最高峰にいる彼等こそが、自分にとって目標にすべき場所だと。
 無論、ドルフィンライダーと言われる衛士、その№2の機動を一番傍で見ていた隆は、彼らと自分の間にある深い隔たりに気付いている。 だがそれでも・・・・・・彼は足掻く。 例え到達できなくとも、彼等の技能を参考にすることで、自分はもっと上の段階に進めと信じて。
 乗りにくいと不平を漏らした不知火。 皮肉にも、自身が持つ技術を最も活かせる機体に乗り込むことで、隆は漸くソレに気づいたのだ。

(ありがとう・・・・・・ 瞳ちゃん)

 操縦桿を握る手に力を混め、隆は脳裏に浮かぶ彼女へ感謝の言葉を送った。









 2001年8月3日
 アヴァチャ湾洋上 国連軍所属揚陸艦・上部甲板

「孝之、こんな所で何を見てるんだ?」

 不意にそう声を掛けられた孝之は、カムチャッカ半島に向けていた視線を背後に向けた。

「―――上陸準備まで時間があるからさ・・・・・・見てただけだよ。 最前線ってやつをさ」

 何時の間にか背後にいた悪友へそう返答して、孝之は肩を竦めた。 彼の悪友、平慎二はそんな彼の態度に何かを感じ取ったのか、何も語らずに孝之と同じように肩を竦めた。
 カムチャッカ基地への上陸準備が進められている艦内だが、彼ら第参開発局の人間にはこれと言った仕事が無かった。 直属の上官は今頃何処かの小島に、局長である男は彼らに先んじて基地へ到着しているはずだった。

「・・・・・・すげぇ存在感だな、あの山」

 自分達と同じように艦内ですることが無いのか、甲板でカムチャッカ半島を眺めていたユウヤ・ブリッジス少尉の声が孝之の耳に届いた。
 其方に視線を向ければ、XFJ計画主席試験衛士であるブリッジスと、その相方であるヴィンセント・ローウェル軍装の姿が見える。 二人はカムチャッカ半島を二分するアヴァチャ山の存在感に圧倒されている様子だったが、日本の富士の美しさを知っている孝之から見れば、荒野に聳え立つ灰色の塊に感じる感情は虚無以外の何者でもなかった。

(日本が嫌いと言っても・・・・・・日本に残された自然を見たらアイツはどう思うんだろうな)

 孝之は日本嫌いなトップガンへ皮肉めいた言葉を内心で送り苦笑した。
 
「―――怖いんですか? 鳴海中尉」

 と、慎二の背後にいたのか、孝之や慎二の同僚である少女に声を掛けられて、初めて孝之は少女の存在に気付いた。 おずおずとか細い声で投げかけられた言葉に孝之はポリポリと頬を掻きながら、不安そうな顔で自分を見ている少女へ自嘲気味な笑みを向けて答えた。

「なんだ、七瀬は怖いのか?」

「そ、そんなことはありませんッ!! 白を纏う私が戦場に臆すなんてありえませんッ!! 私はただ奈華宮大尉から、鳴海中尉をしっかりと監視するように仰せ付かっているのでそう聞いたまでです。 大尉へ提出する報告書には、鳴海中尉がソ連で脅えてましたって、しっかりと記載しておきますから覚悟してくださいッ!!」

 早口で捲くし立てる少女の姿に、孝之は思わず苦笑してしまった。 彼女の指摘通り、確かに彼は恐怖を感じていたが、その恐怖感は少女が感じているソレに比べれば僅かなものだ。

 ―――少女、七瀬凛少尉は斯衛軍に所属する衛士ではあるが、未だ十代半ばの少女でもある。
 武家と言う特殊な環境下に生を受けたために、幼い頃より鍛錬に勤しみ戦術機を駆る衛士としての資格を得たとしても、孝之にとって凛の存在は横浜にいる知人の妹と同じ、本来であれば庇護すべき対象なのだ。 それに白の瑞鶴や武御雷を駆れる資格を持った少女だが、未だ実戦は経験してはいない。 眼前に広がる最前線の風景を前にして、無意識の内に臆してしまうのも無理は無かった。

「それは勘弁して欲しいもんだ・・・・・・ 慎二や凛は兎も角、何故かあの人俺には容赦ないからなぁ・・・・・・」

「愛されてるな、孝之。 安心しろよ、横浜に戻った暁には、速瀬や涼宮に大尉とお前の甘い蜜月を細部まで事細かに報告しておくから」

 頷きながらそう力説する慎二の言葉に、孝之の脳裏に桃色の魔王の影が浮かんだ。

「なんてな、冗談だよ。 俺は人の修羅場を見て楽しむほど性悪じゃ無い」

「・・・・・・その言葉、信じてるからな」

 半目でそう訴える孝之の視線を、慎二は片手を振って受け流しながらカムチャッカ半島へ向けた視線を細め、

「―――久しぶりだな、この雰囲気は」

 感慨深くそう呟いた。 自分が抱いていた思いと同じものを、慎二も持っていたことに孝之は気付き、再び半島へ視線を向けて無言で頷いた。

「明星以来、俺たちは楽をし過ぎたからな・・・・・・ここいらで気を引き締め直すのために、今回の試験に同行するように言われたのかもな」

「ふん、お前はそうだろうけど、俺は何度も扱き使われてるからそう思わないよ。 新潟と言い、こないだの演習といい、なんで俺ばっかり指名されるんだよ・・・・・・ったく」

 慎二の呟きに不平を漏らす孝之。 その姿に「このヘタレめ・・・・・・」と内心で呆れながらも、慎二は自分や孝之の経験不足を自覚してた。

 孝之、慎二の二人は第参開発局の試験衛士、いや、AL4計画直属部隊であるA-01の衛士ではあるが、実際のところ衛士としての戦闘経験は決して豊富とは言えない。
 A-01の衛士として任官したのが二年前の夏、配属直後に参加した作戦があの明星作戦だった。 ハイヴ攻略作戦を生き延びた二人だが、作戦後は暫くの間つくばの医療施設で療養していたために、大規模な作戦に参加したことは後にも先にも明星作戦だけだ。 完治後、第参開発局へ出向となり、石井部長、奈華宮大尉の指揮下で幾つかの作戦に参加したものの、BETAと直接戦闘した経験は数えるほどしかない。
 それを自覚し、自身の腕に全幅の信頼を持つことが出来ない二人ではあるが、彼らが纏う雰囲気や技量は新米衛士のソレとはわけが違う。 それを理解しているが故に、彼らを今まで見てきた麻美やアルゴス小隊に属する歴戦の衛士は、彼ら自身よりも彼らの腕を信用していた。
 ―――ハイヴ攻略作戦は、間引き作戦や防衛戦とはわけが違う。 地球と言う星での生存権を得るために、人類側から打って出る作戦なのだ。 それがどれだけ過酷なものであり、参加した衛士にどれほどの影響を及ぼすか、二人の姿を見れば察することが出来よう。

「辺境と言っても、ユーコン基地は自然に溢れて平和な場所だったからな・・・・・・この雰囲気を忘れそうになるよ」

「―――鳥がいない空か。 横浜はある程度復興してるらしいぜ? G弾の影響もそれ程無いとさ」

 言って満足げな様子で孝之は頷く。 人体にとって悪影響と噂されるG弾だが、横浜にいる二人からの手紙には、これと言った問題が未だに報告されていないと書いてあった。 それを知った孝之は、自身が生まれ育った地が復興に向かいつつあることに満足している様子だった。

「そりゃ結構なことだ。 そのソースは、無論あの二人からか?」

「ああ、部長がわざわざ届けてくれたよ。 今じゃ横浜基地は例の計画の最重要施設だからな、内部から手紙を出すのも一苦労らしいぜ」

 呆れと若干の妬みが入り混じった視線で慎二が質問すると、孝之は胸ポケットから取り出した手紙を見せながら答えた。 何度と無く読み返した手紙は所々に皺が出来ているが、肌身離さず持っている様子から、彼がとても大事にしていることが伺い知れた。

「―――だと言うのにも関わらず、石井部長はソレを難なく可能にするか・・・・・・ほんと、香月副司令といい、部長といい、俺たちの上司はとんでもない人ばかりだな」

「その代わり、無茶振りばっかする上司だけどな」

 そう言い合って二人は苦笑を交わす。 その様子を横で見ていた凛は、やや寂しげな表情を一瞬だけ浮かべて目を伏せてしまった。
 
「そんな上司様は俺たちに此処で何をしろって言うのかねぇ・・・・・・ 大尉がいない今、俺たちに出来ることなんてたかが知れてるぜ?」

「さてな。 既に部長とミースは現地入りしてるからな・・・・・・お膳立ては向こうでやってくれるさ。 今回も扱き使われるのは、きっとお前だろうけどな」

「はぁ・・・・・・貧乏くじばっかりかよ。 まぁそれはいいけどさ・・・・・・なぁ慎二、俺たち何時になったら横浜に・・・・・・」

 そう孝之が言いかけた言葉は、湾内に停泊している戦艦の音にかき消されてしまった。
 戦場へ送られる長距離支援砲撃、先ほどから断続的に続けられてきた砲声が何度も響き渡る。

「ッう・・・・・・孝之、今何か言ったか?」

 突然の砲声に耳を押さえた慎二の問いに、孝之は「別に・・・・・・」とだけ答えて肩を竦めた。 彼自身、ソレを慎二に聞いたところで答えが帰ってくるわけが無いと分かっていた。 それなのに、そんな質問をしてしまいそうになった自分に、情けない衛士だと内心で皮肉を送った。

 やがて揚陸艇が岸に接岸し、物資や乗艦していた人員が順に降りていく。 到着したことを部長に報告するために、凛は上陸すると直ぐに基地司令センターへ向かって行ってしまった。 試験部隊の面子と違い、機体の搬入に立ち会う必要の無い二人が、所在無く基地の様子に目を向けていると、突如としてけたたましいサイレンが其処彼処から響き渡り、周囲が喧騒に包まれていく。

「―――まさか、敵襲かッ!?」

「―――あれだよッ」

 サイレンの音で基地の雰囲気が変化したことを敏感に感じ取ったのか、アルゴス小隊の面々がそう叫びながら空を指差していた。 孝之たちも其方へ視線を向けると、悠然と聳え立つアヴァチャ山の南側に、飛行する数多くの機影が確認できた。 機影はソ連製戦闘ヘリであるMI-24と戦術機の編隊だった。

「ありゃあMIG-23・・・・・・いや、MIG-27か・・・・・・?」

 ローウェル軍曹の呟きが聞こえてくるが、孝之たちの視線は基地の滑走路に向けて着陸しようとしているそれら部隊よりも、その後方からやってくる機影に釘付けになっていた。 十数機、二個中隊規模の戦術機が噴射跳躍を繰り返し、その中の数機は損傷を負っているのか黒煙を引き連れて飛翔している。
 ソ連軍機で構成された戦術機編隊、その中に見慣れた機体を確認したことで呆然としてしまったのだ。

「不知火・・・・・・? 帝国軍がなんで・・・・・・?」

 呆然とした面持ちで孝之がそう呟く。 暗灰色、日本帝国軍の迷彩塗装を施された不知火が7機、ソ連軍の機体と編隊を組んで飛んでいた。
 孝之の呟きが聞こえたのか、アルゴス小隊の面々が不知火の機影に気付いた直後―――

「あのMIG-27、墜ちるぞッ!!」

 ジアコーザ少尉の叫びに全員がMIG-27の編隊に視線を向ける。
 編隊を組む一機のMIG-27が、空中で姿勢を崩し手近にいた僚機へ接触した。 激しく激突した両機はそのまま地面に落下していく・・・・・・ 貴重な機体と衛士が失われる、そう孝之が予感していると・・・・・・

「何を・・・・・・するつもりだ?」

 先ほど視線を向けていた不知火が二機、跳躍ユニットを吹かして編隊から離れ、落下しつつある二機のMIG-27へと近付いく。 錐揉み状態に陥っていた二機のMIG-27を、一機はやんわりと、もう一機は力ずくと言った感じで受け止め、そのまま地面へとゆっくり降下して行った。
 
「あれって・・・・・・TYPE94だよな? なんでこんな場所に・・・・・・ってか、いい腕してやがるッ!! 自分達が巻き込まれると思わなかったのかよ、なんてクレイジーな奴だッ!!」

 不知火の存在に疑問を覚えつつも、ジアコーザは賞賛の声を上げて不知火の衛士を褒め称えた。

「ええ、大したものね・・・・・・操縦技術も勿論だけど、身を挺して仲間を守る・・・・・・。 私好きよ、そういう考え」

「へッ、私だってアレぐらいは出来るさ。 それよりもなんで不知火がここにいるんだ? 帝国軍ってのはソ連にまで戦力を送れるほど余裕があるのかよ?」

「さてな、そりゃぁ唯依姫ぐらしか分からん。 ユウヤは何か聞いてるか?」

「―――いや・・・・・・何も聞いちゃいない」

「ん? どうしたユウヤ? ・・・・・・ははぁ、アレだな? 同じ機体を見て当てられたんだろう? 安心しろよ、お前の腕なら一機で二機とも確保できたぜ」

 などと目の前で起きた救出劇に興奮したのか、口々に騒ぎ出したアルゴス小隊を尻目に、孝之たちは不知火の編隊から未だに目を離せないでいた。

「―――確かにいい腕だな。 あの5番機と7番機・・・・・・孝之、お前アレと同じ真似できるか?」

「―――無理だな、俺には跳躍ユニットをあそこまで繊細に扱う技量は無いよ」

 MIG-27を受け止めた二機の不知火を指差して告げる慎二の言葉に、孝之は自分でも素直な言葉を口にした。

 ―――体勢を崩した機体を受け止める。
 言葉にすれば簡単だが、ソレを行った場所が空中であり、また戦術機と言う機械を介して行うことは、並大抵の技量で出来ることではない。
 主機トルクが太いF-15Eや、改良を施された壱型丙ならば、別の機体を保持するのはそれ程難しいことではないのだが、トルク曲線が極端な不知火で行うとなれば途端に難易度が上がる。 機体操作に付け加え跳躍ユニットを操作して、主機の出力不足を補わなければならないのだ。 しかも重力に従い質量を増大させながら落下する機体を確保し、錐揉み状態に陥った姿勢までも跳躍ユニットを制御して補正し、安全に降下する。 それら操作を意図も簡単に成しえた不知火に搭乗している衛士は、少なくとも跳躍ユニットの制御技術だけに関して言えば、孝之が知るどの衛士よりも優れた技量を持っていると言えた。

「・・・・・・」

 強化パーツを装着する前の弐型。 素の不知火に搭乗していた経験のあるブリッジスは、そのことを理解しているためか、興奮する仲間達から一歩距離を置いて、基地の滑走路へ降り立つ不知火の面々を厳しい顔で凝視していた。

「帝国軍がソ連に派兵してるなんて話は耳にしていない・・・・・・どう思う?」

「さてな、今回試験するアレのために送ってきたのかもしれないが・・・・・・ それとソ連軍に協力している理由は別だろうな・・・・・・ったく、面倒なことにならないといいけど」

 そう言いながら孝之はチラリとブリッジスへ視線を送る。 その仕草に気付いたのか、慎二は苦笑を浮かべながら言葉を続けた。

「大丈夫だろう。 やっこさんも以前に比べれば物分りも良くなってきたし・・・・・・日本側との調停役は、篁中尉や俺たちがやればいいさ。 考えてみると、そのために俺たちが同行してきたのかもな」

「調停・・・・・・ね」

 それだけならいいんだけどな、孝之はその言葉を飲み込んで空を仰ぎ見た。
 雲に覆われ、灰色にくすんだ空は彼の心情を表しているようであり、彼の不安を加速させるには十分だった。

(己の責務を果たせか・・・・・・ 奈華宮大尉。 俺の役割ってのが何かは知りませんけど、アラスカで会おうってことは、俺は此処で死ぬ必要は無いってことですよね)

 アラスカにて、別れ際に言われた上司の言葉を思い出して孝之は苦笑した。 厳しく、容赦の無い彼女ではあるが、部下を無駄死にさせるような人では無いと孝之は信じていた。 それに彼女の言葉には何処か説得力がある。 どんな状況でも彼女が問題無いと呟けば、状況がそれ以上悪化することはなく、孝之は安心することができたのだ。
 だから今回もソレを信じようと孝之は決めた。 彼女がアラスカでの再会を約束した以上、この地で行われる試験に何か問題が起きるとは思えない。 各自が己の責務を果たせば、どのような状況でも切り抜けられるはずだ。

 そう、人知れず孝之が決意を固めていると・・・・・・

「いやいや二人とも~、お待ちしてましたよ~」

 根底から此方のやる気を削いでしまいそうな暢気な声が、孝之と慎二の耳に届いた。
 声がしたほうへ二人が視線を向けると、苦笑を浮かべている凛に先導されて、スーツ姿の男が手をヒラヒラさせて近付いてくる姿が確認できた。

「遠路はるばるご苦労様です。 さて鳴海君、早速で申し訳ありませんがお仕事です」

 言って気さくな笑みを浮かべる上司へ孝之と慎二は敬礼を送った。 この上司から仕事・・・・・・と言われてまともな仕事だった試しが無い。 やはり貧乏くじは俺だったと、そんな視線を慎二に送りながら孝之は肩を竦めた。

「白百合への着座調整の準備をしてください。 ・・・・・・今回は、君に出て貰う予定ですから」






*Edit ▽TB[0]▽CO[2]   

~ Comment ~

NoTitle 

更新おめです。


>(酷いもんだ・・・・・・ ただの噴射跳躍のつもりだったんだが、MIGにしてみればそれすらも損傷の原因に成りえるか)
決して悪い機体じゃないんだろうが……整備力の問題だろうな……。あるいは日本人と仲良くしたからか?

>強化パーツを装着する前の弐型。 素の不知火に搭乗していた経験のあるブリッジスは、そのことを理解しているためか、興奮する仲間達から一歩距離を置いて、基地の滑走路へ降り立つ不知火の面々を厳しい顔で凝視していた。
隆をライバルと認識したか、はたまた嫉妬か……。でも麻香嬢に会ったら一緒にしごかれるんだろうな……。

>「白百合への着座調整の準備をしてください。 ・・・・・・今回は、君に出て貰う予定ですから」
そうかー。今回は鳴海かー。黒崎+グリフォンのように何かを回収しにいくのかな?


身体に気をつけて頑張ってください。

NoTitle 

 体調を崩されていたようですが、回復されたようで何よりです<(_ _)>
 さて今回、損傷したMig27が僚機を巻き添えにしてあわや墜落か、というシーンがありましたが、似たような状況でsamuraiさんの『帝国戦記』「バトル・オブ・ドーヴァー」4話前編では損傷したMig29Mが手助けしようとした僚機を巻き添えにして2機とも落ちるという悲惨な結果になっていました。
 今回は2機の不知火の手助けにより事無きを得ましたが、やはりああいう状況におちいった場合、手助けする側が2重遭難になる可能性が高いんですね。そこを無事に切り抜け、TEメンバーからも賞賛される機体制御を行った隆は結構只者ではない腕前に成ってきたんでしょうか・・?
 この「跳躍ユニットの制御技術」に関しては1流の腕前に成ってきた隆が今後どんな変態機動・・・もとい活躍をするのか。これはますます面白くなってきました!ご健康をお祈りしつつ次回を期待します(´∇`)ゞ
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