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*Edit   

「Muv-Luv 小説」
第二部

ソ連編 2話

 


 ソ連編  かれらの苦悩


 2001年8月1日
 ソビエト社会主義共和国連邦・カムチャッカ州・ペトロパブロフスク・カムチャッキー基地
 基地より南西3km地点・国連軍管轄演習場

<社 隆>

―――くそったれ

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・」

 心の底から毒づきだくとも、口から漏れるのは言葉にならない荒い息。 本当に発したい言葉は内心で小さく囁くことしか出来なかった。
 額から流れ落ちた汗が目に染み、Gに揺さぶられた内臓が痛み、操縦桿を握る手から握力が奪われ、言葉を発するどころか満足に息を吸う事も出来ない身体。 
 こうなることは分かっていた。 分かっていたつもりだったのに・・・

『次、プラン11。 行けるなランサー05? お前から見て10時の方向、突撃級の群だ』

「りょう・・・かいッ」

 肺に残った最後の空気を搾り出し、淡々とした声音で指示を送ってきた隊長にそう答える。
 失いそうになる意識に活を入れ、霞む視界に見える異形の集団を睨みつけて・・・一気にフットペダルを踏み込んだ。

 ―――瞬間、跳躍ユニットが轟音と炎を吐き出し数十tもある機体を強引に前進させる。

「ぐ・・・うッ!!」

 ガンッ!と、巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃が身体に走り、声にならない悲鳴を上げてしまう。 車なんかとは比べ物にならない加速でもって不知火が地を駆ける。
 身体全体に圧し掛かる圧迫感よりも、全身の血液をその場に残し、あまつさえ魂までも置き去りにしているような異質な感覚に眩暈を覚える。 だが不知火は、加速に翻弄されて苦しむ俺のことなど知らないとばかりに、地上スレスレを時速数百キロで猛然と飛翔する。

(・・・800・・・600・・・400・・・今ッ!!)

 JIVESによって作り出された突撃級との距離が迫る。 接触までのタイミングを見計らい、操縦桿を操作して跳躍ユニットの角度変更、推力のベクトルを変化させて機体の機動を噴射滑走から噴射地表面滑走による多角機動に移行。
 無意識の内に、それら入力の後に生じるGや衝撃に耐えるために身体が強張るが―――

「ッ!!」

 一瞬、数コンマにも満たない後に訪れたその衝撃が・・・今までよりもずっと鋭く、そして重い。

「こ・・・のぉぉぉぉッ!!」

 気を抜けば暴れだしそうになる機体を抑えつけ、横並びになって突き進む突撃級の僅かに空いた隙間に機体を滑り込ませる。 闘牛士の如く後続の突撃級の突進を紙一重で避け続け、集団を抜け切ったと同時に着地。 瞬時に跳躍ユニットを真横に吹かして旋回、盛大な土煙を上げながら機体を180度方向転換させ、両手に保持した突撃砲の照準を、先ほどやり過ごした突撃級の背部へ向けて合わせる。

「・・・うっぷ」

 上下左右、横殴りのGによって生じた嘔吐感を堪えながら、視線で標的選択。 狙うのは柔らかい尻・・・ではなく、大地を踏みしめる脚部。
 タイムラグすら感じさせない反応で機体が俺の入力に即座に反応。 繊細な動きと大胆さを兼ね備えた腕部のアクチュエータが駆動して狙いを定める。

「ランサー05、フォックス3ッ!!」

 突撃砲から放たれた砲弾は正確に突撃級の脚部を狙い撃ち、射抜く。

 ―――誰が言ったか知らないが、日本軍機の砲撃能力が米軍機に劣っているって話・・・少なくとも俺にはその差が実感できない。 それが遠距離の目標への精密狙撃能力なのか? 高機動戦での砲撃能力なのか? 同時ロックによる並列処理能力なのか? それとももっと別の何かか・・・
 慣れ親しんだ胡蜂の売りは、電子戦とミサイル運用に特化したFCS。 そして洋上での戦闘を想定して、空戦においての砲撃能力。
 射撃精度において胡蜂と不知火に差があると言われても、少なくとも不知火は俺が望む場所へと的確に砲弾を送ってくれる・・・衛士として未熟な俺にソレ以上の何を望む必要がある?

(いい機体だよ・・・ほんと)

 砲弾を受けた脚部から体液と肉を撒き散らし、土煙を上げながら大地を転がりまわる突撃級の個体。 それを見据えながら内心で感嘆の言葉を呟くが、敵の接近を報せるアラートがレシーバーから鳴り響き、俺の思考を阻害する。

「ッ!! ・・・次から次へとッ!!」

 舌打ちしながら砲撃を一時中断。 慌てる俺の様子をほくそ笑んで見ている隊長様の姿が脳裏に過ぎるが、すぐさま回避機動のコマンドを入力する。
  先ほどから、此方が一息ついた瞬間を狙っているとしか思えないタイミングで仮想BETAが現れる。 このJIVESによる訓練にて、仮想BETAの出現の条件を選択しているのは彼女だ。 ドSな上官様の扱きに振り回されるのは本当に疲れる。

(くそッ・・・これじゃ明日にはムチ打ち確定だな)

 首の痛みに顔を顰めながらその場で機体を振り返らせると、要撃級の群が衝角を振り上げながら突進してくる姿が確認できた。
 振り下ろされる一撃をバックステップで避け、そのままワルツを踊るかの如くステップを踏み続けて要撃級から距離を空ける。

 ―――結果、増える振動。 襲い掛かるG。 こみ上がる吐き気。

(吐くのは嫌だッ!! 1人で掃除するほど惨めなことは無いッ!!)

 なけなしの矜持を振り絞って機体を動かし続けるが、第三世代機特有の回避機動にそう簡単に慣れることなんて出来なかった。

 人間、誰だって好き好んで地面とキスしたいと思う奴はいないだろう。
 だがこの戦術機って代物・・・不知火って機体は、地面とお友達になりたくて仕方が無いらしい。

 不知火を始めとする第三世代機・・・いや、正確には一部の第二世代機から始まった機体制御方式。
 機体の重心をトップヘビーにすることで安定性を下げ、機体が倒れる動作をも利用して初動を高める。 確かに、少しでも機体の反応を上げるのに有効な手だと頭で理解できるが、不安定な機体に振り回される此方の身にもなって欲しい。
 感覚欺瞞装置のお蔭でバランスを崩している実感はそれほど無いが、網膜に映る実際の映像は機体の有りのままの動きを俺に教えてくれる。 ふら付く周囲の風景、迫る地面、そしてレスポンスの良すぎる操縦感覚・・・第二世代の機体を長らく愛用していた俺に、それらの感覚に直ぐに慣れろと言うのは少々酷では無いだろうか?
 胡蜂、F/A-18Eも第一世代の機体に比べれば機動性が重視されていた機体だが、不知火の機動に比べれば遙に御しやすかったとつくづく思う。
今まで不知火やEF-2000等の第三世代機を後ろから見る機会は幾度もあったが・・・実際に乗って見るまでこんなに使いづらいなんて思いもしなかった。

「・・・ッ!!」

 横手から突然現れた要撃級の衝角を紙一重で避ける。
 装甲を薄く削り、火花を上げながら通り過ぎる衝角を見ながら、がら空きになった要撃級の胴体目掛けて36㎜砲弾をお返しする。

(ラッキーだったな・・・ったく、この細マッチョが)

 避けられた事実に安堵しながら、不知火に向かって皮肉雑じりの賛辞を内心で送る。
 不知火に乗っていると、要撃級や突撃級の衝角が今まで以上の脅威に感じのは・・・仕方の無いことだろう。

 第三世代機の上半身は、その下半身に比べて遙に頑強な装甲で覆われている。
 これは対BETA戦での損傷箇所の殆どが上半身に集中しているからだそうだ。 特に肩部は頭部や胸部に設置された各種センサーや管制ユニットを守るだけでなく、火器を保持する腕部を保護する必要があるので特に頑強に作られている。 結果、どうしても下半身のボリューム不足が否めず、第一、第二世代の機体に比べて第三世代機は脆弱な外見を持っている。
 前述した機体の安定性を崩すために、重量のあるこれら装甲版が一役買っているらしいが、幾ら頑強だと言われても、華奢な外見を持っている不知火がBETAの一撃に耐えられるとは到底思えない。 もし仮に装甲版が持ったとしても、内部に流れるガラスの血管はその衝撃には耐えられないだろう・・・・・・

 血管、それは不知火の内部に張り巡られている光ファイバー。
 光ファイバーを使用することで電線よりも一度に送るデータ量を膨大にすることを可能とし、細かな機体制御を可能にするそのシステムの総称はOBLと呼ばれ、不知火が第三世代機と言われる所以の一つにもなっている。
 だが、そのケーブルを構成するガラス素子は非常に脆い物質だ。 医療技術を発達させる原因ともなった高度な構成素子技術の恩恵で、戦術機なんて代物に搭載できるほどの強度を持つことが出来たとしても、要撃級やら突撃級の一撃に耐えられる程の強度があるとは思えない。

 ―――そう、戦場で何度も見てきた。 BETAによってあっさりと破壊される戦術機を。
 抉られ、潰され、溶かされ、喰われる数多の戦術機。 幾ら戦術機が強固な装甲を持っていたとしても、それが何ら役に立っていない事実を。
 不知火が上半身の装甲を固めた本当の理由が、防御力よりも機体動作の補助だったとしても驚くには値しない。 高い機動性で持ってBETAを翻弄する、ソレが圧倒的なBETAの物量に対抗できる、唯一の戦術機の利点なのだから。

 ―――幾ら華奢に見えても当たらなければ問題無い。 ・・・第三世代機が持つそんな歪で脆い性能特性に嫌気がさすが、腕を持った連中であればさしたる問題でもないのだろう。 

「くッ!!・・・はぁ・・・はぁ・・・ッ!!」

 足を止めず、一機で乱戦の中を駆けずり回る。
今回の訓練の目的は各自に与えられた不知火の状態を把握すること。 日本から送られてきた不知火が使い古しの機体であるため、機体側に蓄積された前搭乗者の累積データと管制ユニットならびに強化装備に蓄えた自分自身のデータとのすり合わせが必要なのだ。
 他機体との連携訓練まではプログラムに入っていないので、第三世代機の売りとも言えるデータリンク機能は一部を除いてカットしてある。

 故に、ただの一機でBETAの群の中で大立ち回り。 
 何時不具合が出るか分からない機体を振り回し、要撃級や突撃級の衝角はもとより、戦車級との軽い接触すら油断できない状況。 必死に機体を制御し、繰り出された攻撃を避けて反撃し、足元に群がる戦車級を跳躍ユニットが生み出す爆風で吹き飛ばす。 
 不知火が持つ第三世代機特有の高機動があるからこそ避け続けられるのだが―――無論、それにも限度と言うものがある。

「・・・ッ!?」

 要撃級に囲まれ、包囲を突破すべく無理な操縦を入力した途端・・・機体がストールしたかのように動きが突然鈍くなる。
 網膜に映る機体ステータスには、オートバランサーが働いていることを報せる警告文が点滅している。 無理な挙動を入力したことで機体が姿勢を崩し、それがオートバランサーの許容値を超えたことで、CPUがオートバランサーの介入を優先させてしまったのだ。
 それ自体は特に珍しいことでは無い。 問題は・・・主機出力の回転が落ちてしまったことだ。

「くそがッ・・・!!」

 呻き声にも似た悲鳴を漏らし、必死に操縦桿とペダルを操作して機体の動きを再開させるも、先ほどと比べて格段に機体の反応・・・いやトルクが落ちているのを実感する。
 その一瞬を見逃さないとばかりに要撃級の衝角が振るわれ、不知火が保持していた突撃砲が弾き飛ばされた。

「こんな・・・無様なままでッ!!」

 弾き飛ばされた突撃砲を脇目に、腕部に装填された短刀を不知火に引き抜かせる。 再度此方へ向けて衝角を振り上げる要撃級に短刀を突き刺すが、その程度でBETAが止まるわけが無かった。
 無造作に振り下ろされた衝角は不知火の胸部に深々と突き刺さり・・・JIVESによるシミュレーターが終了したことを告げる表示が網膜へ映し出される。

『ランサー05、胸部大破。 戦闘継続不能と見なします』

 無機質な葵の声音がヘッドセットから聞こえてくる。 その声を聞いて、漸く身体から力を抜くことができたが・・・

(駄目だ・・・。 この機体を使いこなせる自信が全く無い)

 内心で舌打ちをしながら息を整え操縦桿から手を放す。
 自分ではこの高性能な機体を御しきれない。 これでは戦場に出ても、今まで以上に足手纏いになるのが目に見えている。

「はぁ・・・。 まいったな」

 ポツリと、弱気を口から漏らしてしまう。
 視界に映る機体ステータスは幾つか黄色く染まっている・・・特に脚部にソレが多いのは、機体制御を機体側に一任しているせいだ。 踏み込み時や制動時の踏ん張りなどを自分で操作していれば、もう少し機体に負担を掛けないことが可能なのだが・・・とてもじゃないがそんな余裕なんて無かった。
 今回はJIVESによる訓練なので兵装の類は一切装備されていない。 先ほどまで網膜に映っていた突撃砲や短刀は全てBETAと同じ仮想の代物。 そんな余計な重量物が無い状態にも関わらず、ただの機動だけで機体を損傷させてしまうとは・・・未熟にも程がある。

(フル装備だったら・・・膝関節がオシャカになっていたかもな)

 笑えない冗談を内心で呟いていると、不敵に笑う静流さんの顔が網膜に映し出された。

『さてランサー05。 始末書、報告書、考察レポート、感想文、どれがいい?』

「―――どれも同じようなもんじゃないですか。 訓練メニューを消化したら直ぐに制作に取り掛かりますよ」

 不具合を見つけるための訓練とは言え、機体を損傷させたのは事実だ。 何らかのお咎めは免れないだろう。

『ならいい。 次のプログラムが開始されるまで、その場で待機していろ』

 肩を竦めながら答えた回答に静流さんは苦笑を返して通信を切った。
 簡単なやり取りだったが、そこに彼女なりの気遣いが含まれていることは感じた。 静流さんにしても、俺が不知火を此処まで使いこなせないことは想定外だったのだろう。

(俺の考え方が・・・きっと駄目なんだろうな)

 正規の機種転換訓練などを受けていないとか、そんな問題では無い。 俺の考え方そのものが不知火とマッチしていないのだ。
 胡蜂やF-14Dに慣れ親しみ、身体に染み付いた第二世代機を操る操縦感覚。 それが不知火を操縦する上で邪魔になっている・・・。
 もとより適正も低く、満足な訓練期間を消化することなく衛士になった俺には、戦術機を操縦するセンスが無い。 それを補うためにカタログを隅の隅まで読みふけり、機体構造を把握して胡蜂やF-14Dを扱っていたのだが・・・必死で学習したそれらの知識が不知火には全く活かせていない。 

「ったく、必死にボロが出ないように取り繕ってたってのに・・・。 また一から勉強のやり直しとはね」

 などと愚痴を漏らしてしまうが・・・それでもやるしかない。
 不知火の性能をフルに発揮できなくとも、自分が使いこなせる限界を見極めて腕を磨く必要がある。 事は部隊の仲間の命にも関わるのだ・・・機体が自分に合わないからと言って、努力に手を抜くわけにはいかないだろう。

 ―――なぁに、小手先の技術とハッタリはお手の物だ。 少し時間は掛かるかもしれないが、今度もまた上手くやって見せる。

(とはいえ、あのクソ分厚い機体解説書とまた睨めっこか・・・。 いや、んなことするよりも誰かに教えて貰ったほうが近道か?)

 部隊の仲間は帝国軍機に慣れ親しんだ連中だ。 資料を見るだけでは分からない箇所もあるだろうし、彼らに直接話を聞くことで効率が良くなるかもしれない。
 となると誰に教えを請うか・・・? 人選を間違えると大変なことになりそうだ。

「ふむ・・・」

 先ほどまでは疲労と緊張で周囲を見渡す気力も無かったが、余裕が回復してきたので自分と同じように不知火の調子を確かめている仲間の様子を眺めて見る。

(―――パントマイムだな。 冷静に見るとシュールな光景だ)

 何も無いところで腕を振り下ろしたり、明後日の方向に腕を向けたり、なんの障害物も無いのに突然機動を変えたりと・・・本人達は真面目にやっているのだろうが、仮想BETAの映像が送られてこない此方から見ればパントマイム以外の何者でも無い。
 その姿を見て漏れそうになる笑みを堪えながら、先ほど考えた相手を誰にするか少し考えてみる・・・

『全体的に痛んだ機体やなぁ~ 京都で乗ってた機体といい勝負やで? CP、この機体はアレか? 富士で耐久試験でも受けてきた機体なんか?』

 などと愚痴を漏らしてはいるものの、洋平が操作している不知火は二本の腕と背部兵装担架を稼動させて動き回っている。 洋平の腕は確かにいい、部隊の中では間違い無くトップだ。 不知火にも乗り慣れているし、アレで中々面倒見も悪くないので問題は無いのだが―――何故かアイツに頭を下げる自分が想像出来ない。

(あの野郎、ああ見えて何気に細かいからな・・・。 まぁいざとなったら幾らでも頭は下げるけど・・・)

『照準誤差が1000でプラス12度・・・ FCSのverが旧式のままとは言え、これでは使い物にならないな・・・』

 次に視界に入ってきたのは射撃姿勢をとっている久志の不知火だった。 久志なら・・・まぁ無難な線だろう。 特に問題らしい問題も見つからないし、戦闘スタイルも俺と似通っている部分があるので教えを請うには適した人物なのだが―――奴の性格を考えると、無償で教えてくれるとは到底思えない。

(―――女装の写真、狙ってるって噂は嘘だと思いたい)

 嫌な想像が頭を過ぎり青ざめながら頭を振る。
 余計なことを考えるのはよそう・・・となると静流さん辺りが適任だろうか? だが彼女は生憎と忙しい身・・・忙しい? ・・・あれ? 海軍さんに送る書類作ってないぞ? 葵が作ったのか? ん? それよりも欧州に派遣されていた際の報告書の下書きがまだだな・・・アザリーに連絡して向こうで使用した機材の一覧を送って・・・

「・・・駄目だ。 教えを請う以前に俺の仕事が終わらん」

 溜まった書類仕事の手伝いは葵か橘に頼むのが一番・・・ってそうじゃない、今は不知火のことだ。 葵はソ連に来てからも忙しい様子なので却下。 橘に教えて貰うのは・・・

(そ~いや複座の相手・・・橘にするって話はマジなのか?)

 昨日の夜、静流さんが俺に冗談混じりで呟いた話は本当なのだろうか?
 俺が操る不知火の様子を見て、複座にするか単座にするかを決めるとか言っていたけど・・・この様では複座になるのが濃厚だ。 それで複座になるなら相手は橘にしようか・・・などと言っていたぞあのドS眼鏡。
 そんな思案に耽っていたせいか、橘が操る不知火が視界に飛び込んできた。

『よっとッ! ほッ!! ほらほら、どんどん来なさいよッ!!』

 肩に06のマーキングが施されている不知火に視点を合わせて音量を上げると、何やら元気な声が聞こえてくる。

(何やってんだ・・・ アイツは?)

 橘の不知火はまるで踊っているかのように軽やかにステップを踏み、時折跳躍ユニットの残光を残して地を駆け回っている。 足を止めずに仮想BETAの攻撃を回避し続けているのだろうが・・・はて? 何か違和感を感じる。
 橘の腕はよく知っているのだが・・・洋平や真奈美の力強い機動とは合判的で、まるで瞳ちゃんのように軽やかな機動を彼女が行っているのは見たことが無い。 動きのキレは瞳ちゃんには劣るものの、俺なんかよりは遙に不知火を使いこなしている。 いつの間にあれだけ腕を上げていたのか・・・欧州での戦闘が彼女の技量を引き上げたのだろうか?

「へぇ・・・橘もやっぱり衛士ってことか。 不知火を上手く使いこなして・・・あれ?」

 と、言いかけて、違和感の正体に漸く気付いた。
 それはキレが増した機動じゃない。 見ていて違和感を感じた理由は・・・不知火の両手が一度も何かに向けられた形跡が無いことだ。

「攻撃・・・してない?」

『瞳大尉じゃないけど・・・動き回るだけなら・・・私だってコレぐらいは出来るわよッ!!』

 呆けながら呟いてしまったが、レシーバーから聞こえてくる彼女の声がソレを肯定している。
 間違い無い、アイツは複座の機体に乗ることを想定して機体を動かしてやがる・・・自分がランナーで俺にガンナーを任せる気だ。 
 火器を全く使用せずに機動のみを集中して操縦すれば、確かに動きは格段に良くなるだろうが―――

「・・・あれじゃ参考にならん。 むぅ・・・他に教えて貰えそうな人・・・」

 もう1人、既に訓練メニューを消化して、先にハンガーに引き揚げてしまった真奈美がいるのだが・・・・・・伸び盛りの真っ只中を進んでいる彼女の足を引っ張るわけにも行かないだろう。
 やはり自分でどうにかするしかないようだ・・・複座になったら・・・腹を括るしかない。

「とはいえ皆、こんな機体を使いこなせるんだから・・・凄いもんだ」

 普段はアレな連中だがだが、やはり衛士、と言うことなのだろう。
 過酷な訓練と実戦を潜り抜けてきた彼らの技量は、インスタント教育された俺とは根本からしてモノが違う。 自分自身もそれなりに戦闘を経験してきたつもりなのだが・・・彼らの機動を見ていると、まだまだなのだと痛感してしまう。

「やれやれ・・・ ランサー05よりCPへ。 葵、聞こえるか?」

『―――此方CP。 どうしたの? 何かトラブル?』

 CPへの通信を繋げると、少しの間を置いて葵の顔が網膜に映し出される。 その表情が若干険しく見えるのは、恐らく全員が使用している不知火を見ているからだろう。

「いや、トラブルって程でもないんだが・・・大丈夫なのか? 皆の機体?」

『―――後期ロットじゃないのは分かってたけど・・・。 初期型のままとはね・・・私も驚いてるところよ』

 俺の意図が伝わったのか、葵は小さく溜息を付いて続けた。

『ついさっき、アップデート用の部品を届けて貰ったわ。 今日の実働データと照らし合せて各自に最適な仕様にセッティングするから、明日には随分と動きやすくなるはずよ』

「ん、ならいいんだ。 俺の問題は俺自身の腕だけど、皆は機体のせいだろうからな」

 返ってきた答えに満足して頷いていると、葵は苦笑しながら続けてきた。

『隆さんの癖も分かってるから大丈夫よ。 まったく・・・今までは機体に無茶ばっかりさせてたのに、急に機体に気を使う癖が出てきたわよ? まるで百里に来た当初みたい』

 何を思い出しているかは知らないが、葵が笑みを浮かべて言う言葉に首を傾げてしまう。

「・・・そうか? 俺なりに振り回しているつもりなんだが・・・」

『ふふ・・・。 でもね、送られてくるログを見ると、始めて乗る不知火におっかなビックッリってのが良く分かるわ』

 クスクス笑いながらそう言われると無性に恥ずかしくなってくるが、葵の話からすると不知火にはまだ余力が残されているらしい・・・薄々分かってはいたが、改めて不知火の性能に感心してしまう。

「―――まぁそう言うことにしておくよ。 っても不知火って癖がある機体だな? 主機出力の低さを高回転域でカバーするってのは・・・本当に玄人好みの仕様だよ」

 先ほどのストールの原因ともなった機体特性について、思わずそんな皮肉を言ってしまった。

 帝国軍機の主機ユニットはFHI製、富嶽重工と石川嶋播磨重工が共同で開発したモーターが採用されている。 撃震や陽炎などの米軍機が原型となった機体でも、プラッツ&ウィットニーやジネラルエレクトロニクスから許可を得てFHIがライセンス生産で製造したものを搭載しているそうだ。
 不知火や武御雷 (拝見したことは無いが吹雪) には、撃震や陽炎の主機ユニットの製造で培った技術を元に開発された主機が搭載されている。 参考にする技術があったとしても、第三世代機に戦闘機動を行えるほどの主機を開発したFHIの技術陣の成果に口を挟む余地は本来無いだろう。 モーター内部の鉄心の径を太くして磁極の数を増加し、更に高回転域で長時間駆動を可能にする耐久性を持たせ、出力に見合った制御技術や冷却装置の独自開発・・・言葉にすると簡単だが、その技術的難易度は並大抵では無い。 そんな第三世代機を駆動させるために製造された国産の主機は、各国の戦術機メーカーから不知火が扱いにくい機体特性を持つ、と言われる所以の一つを買っている節がある。
 膨大な電力を必要とする電磁伸縮炭素帯を長時間素早く駆動させるために、高い出力を誇る主機が必要なのは理解できる。 だが、そんな素晴らしい技術にも欠点があった。 元来、兵器に欠点などあってはならない話なのだが、開発経験の不足と、無理なスケジュールで製造された主機は一つの欠点を孕んでしまった。

 ―――主機の最大トルクを生み出す回転域が極端に高いと言うこと。 それが、先ほど機体のトルクが極端に失われた原因だった。
 純粋に電気の力で駆動するモーターには、出力上昇に伴うタイムラグがガソリンエンジンと比べて遙に少ないが・・・それでも反応にはラグがある。 先ほどの現象は、オートバランサーの介入を優先したCPUが、機体の主機回転数を制御しやすい低回転域まで下げてしまったから発生したのだ。 その結果、主機の回転が上がるまでは極端に失われるトルク、鈍くなる各部の反応速度を生み、致命的な隙を作ってしまった。
 無様に要撃級の一撃を食らったものの、主機の回転数を高回転域で維持し続ける腕があればBETAの攻撃を回避することはさして難しくなかっただろう。
 
 などと理路整然と理屈を語って見るが、ようは自分の腕が招いたミスだ。 自分がもっと上手く操作していれば回避できたはずなのだ・・・。 現に、同じ機体を扱っている連中は何ら問題なく機体を動かし続けている。

『初期型はね。 無茶な仕様要求に応えるために調整していったらそんな機体になちゃったのよ。 開発中は富士から派遣されてた試験衛士の腕が良かったから露呈しなかった問題だけど、実戦配備されてから苦情が殺到したわ。 直ぐに改善されて幾つも仕様変更された機体が生まれたけど・・・。 中には隆さんが知ってる不知火があるわよ』

「ん? 不知火は・・・不知火だろう?」

『壱型丙って機体、新潟で見たんでしょ? あの機体は隆さんが扱いに困っている主機に手を加えた代表的な例よ』

「ああ、アイツか・・・出力は高いけど燃費が悪いとか、なんとか」

 そう答えながら新潟で行った間引き作戦の光景が脳裏に過ぎる。
 結局正体も分からず有耶無耶になっている【白い奴】。 あれが現れる直前に接触したのが不知火の改良機だったはずだ・・・

『そ、だって絶えず高回転域を維持するようにプログラムされてるから。 燃費も悪くなるわ』

「ふむ・・・そりゃそうだな」

 アイドリングがクソ高いエンジンの燃費が良いわけが無い。
 まぁガソリンエンジンとモーター駆動の燃費を一緒にするのはお門違いだろうが、例え瞬発的な力に優れているモーターでも絶えず放電していたら燃費は悪くなるだろう。

『とは言っても、何度もシステムをアップデートして、主機の素材を変更して見たりしてるけど根本的な解決にはなってないのよね・・・。 まぁ使っている衛士はそんなものだろうと思って乗ってるらしいけど。 そうそう、明後日アラスカからやってくる不知火の改良機はその辺りの問題を解決してる機体らしいわ』

「へぇ、だったら乗りやすくなってるのかね?」

『多分ね・・・。 とは言っても、ボーニングの技術が入った主機や跳躍ユニットだから、それを日本で量産するのは大変でしょうね。 アラスカで蓄積したデータを基に光菱が独自に製造しているけど・・・8割ぐらいの出力を出すのが限界らしいわ。 幾ら優れているって言っても、製造できないものじゃ仕方が無いのよ・・・ライセンス生産を行うにも下積みが必要だし・・・』

 などとブツブツ言って頭を抑える彼女。 葵の仕事に口を挟む道理は無いが、随分と彼女も苦労しているようだ。
 実際、ソ連においても彼女が戦術機に乗るかどうかは決まっていない。 衛士として部隊に組み込むよりも、このままCPの真似事をさせるほうがいいのでは無いかとの話もある。
 ・・・彼女の出自も絡んでいるので難しい問題なのだが、中隊の定員に満たない部隊を任されている静流さんには頭の痛い問題らしい。

「了解、宜しく頼むよ。 だけど、そう考えると真奈美は凄いな。 よくもまぁ色んな機体を使いこなせるもんだ」

 陽炎、不知火、EF-2000、そしてまた不知火。
 洋平のようなベテランの域に達しつつある衛士なら話は分かるが、彼女はまだ戦術機なんてものに乗り始めて一年そこそこぐらいしか経っていないはずだ。 だと言うのにも機体に対する順応性が恐ろしく高い。
 前に静流さんが真奈美を見て、何れはエースになるだろなと感心していたのが今ならよく理解できる。

(順応性・・・ いや若さかな? 俺ももう少し若ければ・・・もっと上手くやれたのかもしれないか・・・)

 苦笑しながらそんな考えが脳裏に過ぎるが、頭を振って思考を切り替える。
 戦術機を上手く操る能力など、本来人間が生きる上で必要の無い力だ。 今は必要だからこそソレを磨いているが・・・元の世界に帰れば何ら役に立たない力だと理解している。
 そんなものを心から得たいと思ってしまった自分・・・。 真奈美のことだってそうだ。 青春を謳歌・・・まだ高校教育を受けるべき年齢の少女が、血みどろの戦場で人型ロボットを操る腕を感心してどうする?
 こんな青春の無駄使いを強要される現実を認めるなんて・・・・・・随分とまぁ、この世界に染まってしまったものだ

『・・・マナちゃん・・・ね』

 特に意味を籠めて言ったつもりではないのだが、網膜に映る葵の表情が気まずそうに歪んだ。

「ん?? どうした? 真奈美に何かあったのか?」

 嫌気が差しそうになった思考を切り替え、此方にはもういない真奈美の様子を葵に問いただして見る。
 誰よりも早く訓練メニュー終えた彼女は今頃暢気に休んでいると思っていたのだが・・・

『ちょっと海軍からお客さんが来ててね。 マナちゃんの機嫌が悪いの・・・』

「お客さんって・・・ 昨日、静流さんと一緒に軍艦で美味いカレーを食った相手か?」

 海軍からのお客、と聞いて思いつくのは昨日真奈美から聞いた海軍大尉しかいない。 何やら癖のある人だったらしく、あの静流さんが珍しく苦い顔をしていたので余程の人物なのだろう・・・まぁそんな海軍さんの話しよりも、美味いカレーを食った二人に俺と洋平は嫉妬の炎で燃え上がっていたので話半分でしか聞いてなかったのだが・・・

「そう。 物資を届けに来てくれたんだけど、そのまま話し込んでる見たいなの・・・お父さんの話とかしてないといいんだけど・・・」

 不安そうに眉根を寄せる葵。
 真奈美が実の父親と不仲だとは耳にしていた。 だがその父親が、今回のソ連派遣において物資の護衛を務めている艦隊の司令官だと聞いた時は流石に驚いたが・・・そんな立派な父親の何が気に入らないか、俺には分からないし知りたいとも思わない。

(家庭の事情に・・・おいそれと口は挟めないからな・・・)

 真奈美の家庭に、赤の他人である俺が口を出す権利などあるはずが無い。
 彼女のことは心配だが、何らかのサインを此方に見せない限りは、口を閉じて静観していようと決めている。

(親と子か・・・親父・・・か)

 家族問題。 そんなことを考えいたせいか、男手一つで自分を育ててくれた父親の姿が脳裏に浮かぶ。
 いい父親・・・だったと思う。
 仕事の都合上家を留守にすることが多く、口数が少ない頑固な人間だったが、俺のやることに口を挟んだことはあまり無かった・・・。 なんでも、死んだ母親が子供には自由に生きて欲しいと言ったからだとかなんとか・・・まぁ放任主義に近いものの、俺と言う個人を尊重してくれていたのは感じた。

 【人との繋がりを大切にしろ・・・。 裏切られても誰かを裏切るような真似はするな。 それ以前に裏切られるような人間関係を築くな】、とは親父が俺に言った数少ないお説教の一つであり、俺が生きる上で心掛けている戒めの言葉。

(元気にしてるといいんだが・・・ って、心配しても仕方ないか。 まぁドコゾの海で暢気に勘定数えていると思えば気は楽か)

 内心で苦笑しながら、そんな郷愁にも似た思いに耽っていると・・・

『ランサー05。 暢気にお喋りとは・・・随分と余裕が回復したようだな?』

 再び網膜に静流さんの顔が映し出された。

「っと・・・いや、出来ればもう少し休んでいたいんですけど・・・ほら? 内臓の痛みって長引きますよね? また過激な機動操作を行ったら今度こそリバースしそうなんですけど・・・」

 冷や汗を掻きながら本音を漏らす。 機体に振り回された疲労がそんなに早く回復するわけない、だから強がりや遠慮なんざする気も無い。
 静流さんだって俺の状態は分かっているはずだ。 必要以上の扱きは逆に身体を壊すだけ、適度な休息と適度な訓練こそが人を成長させるのだ。 それに幾ら静流さんがドSでも、管制ユニットを掃除する惨めな部下を見て悦に浸る鬼じゃないだろう。

『却下する。 プラン12から、15までを消化しろ・・・吐いたら自分で掃除すること、以上』




 ―――上官は鬼だった。
 










カムチャッキー基地・第33野外格納庫

<瀬戸 真奈美>

「そこの数値はコンマ4ほど圧を高めに。 そう、それで左腕部の踏ん張りが気持ち上がります」

「・・・」

「思考制御のログから見るに、貴女はもう少し機体を大切に扱ったほうがいいですね。 分かっているとは思いますが、不知火の腕部はとてもデリケートに出来ています」

「・・・・・・」

「確かに陽炎や撃震に比べれば耐久値は高いのですが、追加装甲などでBETAの攻撃を受け止めるとなるとフレームに問題がなくともOBLが不具合を起こしてしまいます。 結果、砲撃時の精密照準に誤差が生まれて・・・」

「・・・・・・・・・ッ!!」

 もう限界。 もう耐えられない。 
 キッ、と高説を垂れる彼女を睨み付けながら私は口を開いた。

「そんなことは言われなくても分かっていますッ!! これでも私は不知火の累積搭乗時間が100時間を越えています! 訓練校上がりの新兵だと思わないでくださいッ!!」

 所属が違うとは言え相手は上官。 こんな口を開いていいはず無いのだが、私は堪えきれずにそう叫んでしまった。 つい先日も同じ事をして三澤隊長に叱責されたばかりだとう言うのに・・・・・私は私が思っているほど、堪え性の無い人間だったと彼女のお蔭で気付かされた。

「それ以前にどうして金谷大尉が此処にいるのですか!? この格納庫は我々陸軍が間借りしている場所です、海軍所属の大尉がおいそれと入っていい場所ではありませんッ!!」

 次々と口から漏れる言葉の数々。 本音も含まれていれば、彼女の態度に苛立つ八つ当たりも其処には含まれていた。
 
「不知火についての講釈でしたら結構ですので、御自分の艦にお戻り下さいッ!!」

 きょっとんとした顔で私を見ていた彼女にそう言い放ち、私は不知火に接続されたコンソールへと向き直って作業を再開し始める。
 私にあてがわれた機体は皆の機体と比べて状態が良かったので調整が早く終わったのだが、細かい微調整や整備班との打ち合わせはまだまだ残っている。 アラスカから開発部隊が来る前に機体を使い物にしておかなければならないのだ・・・暢気に海軍大尉とお喋りしている時間なんて私には無い。 あったとしても、あの男の部下である彼女と話す気なんて無いッ!

「でしたら武御雷について御説明しますか? 確かに近接特化型のあの機体ならば貴女の操縦にマッチするかもしれませんが・・・。 瀬戸少尉、貴女は斯衛に志願する希望があるのですか? もしあるのでしたら私が推薦状を書きましょう」

「・・・へ?」

 予想の斜め上の反応をされて思考がフリーズしてしまう。 先ほどの会話の何処に私が斯衛に志願したい旨が含まれていただろうか? 無い、思い返して見てもそんなの無い。

「私の推薦状では逆効果かもしれませんが、城内省の中には知己の者もおりますから幾ばくかの力にはなれると思いますよ? 余りお薦めはしませんが・・・貴女がソレを本気で望むのであれば私も尽力を尽くします」

 言って力強く自分の胸に手を当てる金谷大尉。
 あ、今揺れた・・・瞳大尉には敵わないけどやっぱり大きい・・・ってそうじゃないッ!!

「そ、そんなこと私は望んでませんッ!!」

 斯衛なんて私には敷居が高すぎる。 それに私は衛士として腕をもっとこの部隊で磨きたい・・・問題事ばかりの部隊だけど何故だかとっても居心地がいいし・・・って何考えてるんだろう・・・

「謙虚ですね。 その慎ましさを私の妹にも見習わせたいくらいです。 生真面目なのはいいのですが、必要以上に物事を硬く考えてしまう頑固な妹ですので。 もっと柔軟な思考を持てと言ってはいるんですがなんとも・・・昔はあんな子じゃなかったんですが・・・はぁ。 瀬戸少尉が妹だったら良かったのにと、今は強くそう思っています」

「あ、いえ・・・その・・・恐縮です」

 何やら褒められた後にニッコリと笑みを送られて思わず萎縮してしまう・・・が、またもや話をはぐらかされた。

「話をすり替えないでくださいッ!! 私は何故、海軍所属の金谷大尉が此処にいるのかと聞いているんですッ!」

「ふむ・・・。 私も元は衛士でしたからアドバイスぐらいはできますよ? とは言っても搭乗経験は瑞鶴と吹雪だけなので偉そうなことは言えませんが・・・」

 三度、私の話が曲解されてしまう。
 なんだろう・・・もしかしてわざとやってるのかな? だとしたら凄い性格悪い・・・自然にやってるなら瞳大尉以上の天然さん (隆さん談) なのかも・・・

「まだ何か?」

「・・・いえ、もうなんでもありません」

 不思議そうに首を傾げる彼女。 外見に似合わないその子供っぽい仕草を見て、なんだかどうでも良くなってしまった。
 きっとこう言う人なのだろう。 もう、そう決め付けて、面倒な人に絡まれてしまった我が身の不運を呪うしか無い。

「瀬戸少尉。 何か誤解しているようなので説明させて頂きますが、私が此処にいるのは其方から物資の補給要請があったからですよ? 見ての通り、ここは警戒に警戒を重ねてしかるべき場所ですから」

 漸く話の本筋を理解したのか、格納庫の周囲に視線を向ける金谷大尉。
 その先には、物資と共に日本から派遣されて来た帝国軍の歩兵達がいた。 皆、小銃を掲げて油断無く周囲を警戒している。 
 彼らが警備しているのは私たちの戦術機・・・では無く、格納庫の隅 (と言ってもかなりの面積を占拠している) に運び込まれた【何か】だ。 分厚いシートを被っているので中身が何なのか外からでは一切分からない。 事情を知っている葵さんに聞いたところ、中身は新型の火器とのことだが・・・何か言い憎そうな顔をしていたのでどんな仕様の物なのかは深く聞けなかった。 
 そんな新型の火器の情報がソ連側へ流出することを恐れて派遣された守備部隊・・・。 正直言って、ピリピリした様子の彼らに四六時中囲まれてかなり居心地が悪い。 警備強化のために戦術機が格納されている場所を選んだらしのだが、どうせなら別の所に運び込んで欲しかった。 戦術機を動かした弾みで損傷させようものなら、どんな罰則が言い渡されるか予想すら出来ない。

 ―――実際、不知火に始めて搭乗した隆さんが操作を誤り、その極秘火器を押しつぶしそうになった後の雰囲気は・・・・・・思い出したくも無い。

「それは分かります・・・でもそれと金谷大尉が此処に居座る理由は一致しません」

 物資の搬入監視で来たのであれば自分の仕事に戻るべきだ。
 現に、トラックや支援担架に積まれた機材を必死に積み下ろししている作業員の姿が見える。

「大丈夫です。 彼らの仕事にミスはありませんから。 もし何かあれば・・・・・・どうなるか分かっている人たちばかりですので」

 何故だろう・・・凄い優しそうに笑ってるけど、格納庫の温度が5度は下がった気がする。
 彼女の顔を直視することが出来ずに視線を彼女からずらすと・・・積み下ろしを行っていた海軍所属の人たちの作業スピードが先ほどよりも速くなっているような気がする・・・・・・私の気のせいだよね?

「それにです。 昨日、うちのカレーを美味しそうにたくさん食べてくれた貴女のことが気になったものですから。 少しぐらい貴女とお話して見たいと思うのはいけないことでしょうか?」

「い、いえ、いけなくは無いと思います・・・カレー、御馳走様でした」

 どうやら調子に乗って食べ過ぎたから目を付けられてしまったらしい。 隆さんや川井中尉にも恨まれるし・・・美味しかったけど食べるんじゃなかったなぁ。

「カレーは週に一度しかでませんが、良かったらまた食べに来てくださいね」

「いえ、流石にそんな失礼なことは出来ません・・・」

「そんなことありませんよ? ・・・美味しい物を食べると人は幸せな気分になれますから、遠慮しなくて結構です」

 言ってニッコリと笑みを浮かべる金谷大尉。
 分からない。 分かりたくないけど・・・昨日のカレーやこのやり取りが、この人なりの気遣いの方法なんだろうか? ・・・だったら何故、彼女は私にそんなことをするのだろうか?

 ―――もしかしたらあの男の指示で? 

(ありえない・・・。 それに今更そんなことをされても、迷惑なだけだ)

 一瞬でも淡い期待を抱いてしまった自分が情けない。
 きっと金谷大尉が私に絡んでくるのは彼女の気まぐれに違い無い。 だって少しずれてる人だし、そんな変なところがあっても全然おかしく無い。

「ところで瀬戸少尉。 あの機体に乗っている衛士はどんな人ですか?」

「へ? ・・・どの機体ですか?」

 ―――とは言え、この突然の話題変更に慣れ始めている自分がちょっと嫌だ。

「あそこの・・・。 今、無様に着地して砂煙を上げている不知火です」

 そう言って彼女が指差すモニターに映るのは、肩に05とマーキングされた不知火。

「ああ・・・隆さんですか。 下手くそで本当にすみません。 見苦しいものを見せてしまい大変申し訳ありません。 あんなのでも一応衛士なんです。 国連から押し付けられた不良債権ですけど」

 言って深々と一礼する私・・・ あれ? なんで私が謝ってるんだろう? まぁ別にいいけど。

「・・・タカシ?」

「はい、そうです。 うちの部隊が抱える一番の問題児です」

 即答。 躊躇う余地は一切無い。

「・・・どんな字を書くのですか?」

「漢字ですか? えっと・・・こざとへんで書く一文字の・・・」

「隆ですね・・・苗字は?」

「社です。 御社さまの社」

「・・・社・・・隆」

「???」

 隆さんの名前を呟いて、何か遠いものを見るような目でモニターに映る不知火を眺める金谷大尉。
 なんだろう? もしかして隆さんの知り合いなのかな? そんなこと無いと思うけど・・・あ、また墜ちた。 どうやら隆さん今日は機体から降りれそうにないね、うん。

「・・・どうしたんですか? 金谷大尉?」

 ボーっとモニターに目を向けている彼女に質問すると、彼女は軽く頭を振って小さな笑みを浮かべた。

「いえ、思い入れのある名でしたから。 少し呆けてしまいました」

 そう言って笑みを浮かべる彼女だが・・・先ほどまでと比べて何処か陰りのある笑みだった。

「名前? 隆って名前に何かあるんですか?」

 余計な問いかもしれないと思いつつ、私はその陰りの正体が知りたくて無遠慮な質問をしてしまった。

「―――ええ、夫と同じ名前です」

「夫・・・ご主人ですか?」

 どんな人なんだろ? こんな女性を奥さんにできる人って?

(好奇心で見てみたいかも。 でも知り合いになるのはちょっとなぁ・・・絶対、一癖も二癖もありそうな旦那さんっぽいし)

「そうです。 隆と言う名前が、死んだ夫と同じ名前でしたので・・・昔のことを少々思い出してしまいました」

 返ってきた返答で・・・私は言葉に詰まってしまった。
 どう・・・・・・答えればいいのだろうか? お悔やみを申し上げます? 失礼なことを聞いて申し訳ありません? 
 脳裏に幾つかの例が挙がるが、そのどれもがこの女性に向ける言葉では無いような気がする。

「・・・・・・」

「? 瀬戸少尉、気にしなくて結構ですよ。 この御時勢、私のような未亡人は珍しくありませんから」

 押し黙ってしまった私の心情に気づいたのか、そんな気遣いとも軽口とも取れるような曖昧な言葉を紡ぐ金谷大尉。

「そう・・・ですか」

「そうです。 それに主人のことを思い出すと・・・悲しみなどよりも怒りのほうが湧き上がってきますので・・・。 ええ、本当に酷い夫でした」

 しみじみと呟く彼女の姿に頷くことしか出来ない。
 この女性に其処まで言わせるとなると・・・よっぽどの人だったのだろう。
 
「ど、どんな人だったんですか?」

「ふむ。 一言で言えば・・・甲斐性無しで―――自分の言葉に責任を持てなかった酷い人」

 ガラリと、その言葉を発した彼女の雰囲気が変わったことを肌で感じた。

「―――ええ、最低な夫。 私をあの世界から連れ出した挙句、責任をとる前に私を置き去りにして勝手に死んだ男。 ・・・ふふっ」

 淡々と話す彼女の表情には、先ほどまで浮かんでいた笑みが欠片すら残ってない。 でも、虚ろな表情で焦点が定まらない瞳で虚空を見上げながら呟くその雰囲気には覚えがある。

(し、栞さんがもう1人いるッ!!)

 逃げ出したい、全力でこの場から逃げ出したい。 どうして私が知り合う人って、何処かおかしい人ばっかりなんだろうか?

「でも結局、私も男を見る目が無かったと言うことね。 雰囲気に流されたと言うか、押しに負けたと言うか・・・若気の至り・・・? いえ人生の汚点かしら・・・? ・・・あら瀬戸少尉? 大丈夫? 顔が真っ青ですよ?」

「はッ!? い、いえ大丈夫ですッ!! 体調管理に抜かりはありません、Sirッ!!」

「そうですか、それは良かった。 確か此処に来る前は欧州に赴任されてましたね? 寒い場所ばかりに派遣されて・・・大変ですね」

 再び柔和な笑みを浮かべてそんな話を振ってくる金谷大尉。
 さっき見たのは私の幻覚だったのかな? ・・・はて? 作業員のスピードが倍速になっているのはやっぱり気のせいかな・・・

「い、いえコレも任務ですから。 帝国軍人たるもの、帝国の国益のために全力を掛ける所存でありますッ!!」

 内心の動揺を敬礼で誤魔化して、額に吹き出た冷や汗を袖で拭いながら模範的な回答を答えてみる。

「軍人たるもの・・・・・・。 あの男もそんなこを言って無茶な任務ばかり受けてたわね・・・私を放っておいて・・・」

 でも不正解だった見たい!! 作業員のスピードが三倍速になってるしッ!!

(どうすればいいんだろう・・・早く自分の艦に戻ってくれないかな・・・そして二度と出てこないで欲しい・・・ってか隆さんと会ったら大変なことになりそうなんですけど。 名前が同じってだけでそこから色々連想しそうだなぁ~)

 最悪な状況が脳裏に過ぎる・・・ダメ、考えちゃダメッ!! 考えると何故かそんなシュチュエーションが訪れるからッ!! 絶対、神様って私の苦労を見て楽しんでるからッ!!

「・・・ふむ、それはそうとして・・・」

 隆さんの不知火を誤射に見せかけて撃墜して軍病院に缶詰にすると言う名案を思いついた直後、金谷大尉はにこやかな笑み (もう信じられない) でポンと手を叩いて私に向き直った。

「―――やっぱり傷つきました」

 そしてまたもや不明瞭な言葉を投げかけてくる。

「へ?」

「瀬戸少尉の心無い言葉に、私とっても傷ついてしまいました」

「は・・・はぁ」

 言葉の内容だけで聞けば私を非難する内容だけど、合わせた両手を振りながら軽い口調で言われても罪の意識なんて芽生えるわけが無い。
 それ以前になに? なんなのこの人? ってか私何も言ってない、自分で勝手に言い始めたくせにッ!!

「だから責任を取ってください」

「責任・・・ですか?」

 オウム返しで聞き返した言葉に彼女は 「ええ」 っと微笑を浮かべて頷き、

「今度から真奈美と呼ばせて貰います」

 あれ? おかしいな・・・人って言葉で意思の疎通が出来る生物だよね? でも、こんな脈絡の無い会話で意思の疎通なんて出来るわけないよね? そもそも会って二日しか経ってないよそ様の上官にいきなり名前で呼ばせて貰いますって言われるなんて・・・これは幻覚? ああ、もしかしてまだ私グリーンランドの基地で催眠治療の真っ最中なのかな? これも全部幻覚なのかな? だったらとっても楽だな~
 
「真奈美? 聞いてますか? 真奈美?」

 ―――現実逃避は無駄見たい。 しかも私の了承無しで勝手に呼んでるし。

「むぐ・・・。 もういいです、好きにしてください」

 意見しても無駄だと分かった。 どうせ何を言っても変な解釈をされるに違い無い。
 がっくりと肩を落として私がそう答えると、彼女はそれで気分を良くしたのか、今までで一番の笑みを浮かべていた。
 正直、笑っている姿が彼女の本当の姿なのか、それとも物騒な表情を浮かべている時こそが本当の彼女なのか、私には分からない。

 だからこう言う人なのだろうと判断するしかなかった。 極端な二面性を持った女性・・・それが―――

「ええ、これから宜しくお願いします・・・真奈美。 私のことは麻香とでも・・・いえ、是非お姉様と呼んでください」






 ―――金谷麻香。 コレが私にとって忘れることが出来ない彼女との本当の出会いだった。












 同日、夕刻
 カムチャッキー基地・PX

<橘 栞>

「ぬぅ・・・。 地面が・・・地面が・・・俺に迫ってくる」

「むぅ・・・。 もうやだ・・・コミュニケーションが取れないのがこんなに辛いって思わなかったよぉ」

(―――何やってんのよ、この二人は?)

 PXに入ると同時、テーブルに突っ伏したまま呻き声を上げる二人が私の視界に飛び込んできた。
 周囲を見渡すと、二人から距離をとって様子を伺っている人たちの姿がチラホラ確認できる。 相変わらずと言うかなんと言うか、周囲の注目を集めることが好きな二人の姿に嘆息してしまう。

「まったく。 あまり注目を集めるなって隊長に言われたのもう忘れたわけ?」

 そう言いながら私は手にしたトレイをテーブルに置いて座る。 
 ソ連側から使用許可が下りたPXは、ソ連軍、国連軍が共同で使用している場所。 両軍の交友を図る場でもあるので人目につく行動は避けるべきだけど・・・隆にそれを言うのは無駄かもしれない。

「うっぷ・・・ 食い物を見ただけで吐きそうだ」

「相変わらずひ弱なやっちゃな~、それでよくあの瞳大尉の相方やってられたもんや」

「隆にとって見れば、イルカの機動は母の揺り篭と同じなんだろう」

 折角私が持ってきた食事を見て青い顔をする隆、川井中尉と桐嶋中尉がそんな隆の姿に呆れながら同じテーブルに座った。

「何、隆? 瞳大尉の胸がそんなにいいわけ?」

「待て橘、今の会話の何処にそんなネタがあった?」

 サングラス越しに彼が半目で私を見ていることが分かった。 はて? おかしなことを言っただろうか?

「ふん、どんなに大きくたってね、年取れば皆垂れるのよッ!! 私ぐらいのサイズが一番いいんだから大人しく私の胸の中で溺死しなさいッ」

 瞳大尉や隊長には負けるけど世の中大きさじゃないわッ!! 隆も遠慮せずに私の胸を見て揉んで吸えばいいのよ・・・。 ん? なんでだろう・・・横浜にいた速瀬って女に殺意が湧いてきた。

「多くの人に喧嘩を売る台詞は止めてくれ・・・。 折角飯を持ってきてくれて悪いんだが、食欲が湧きそうにない・・・」

「食欲って・・・。 合成食料だから消化はいいはずよ?」

「それは分かってるんだが・・・固形物はちょっと・・・」

 疲れた口調でそう呟き、またもテーブルに突っ伏してしまう隆。
 固形物は食べたくないと彼は言った。 となると栄養価の高い飲み物? ・・・・・・牛乳? でもそんなのあるわけ無いし・・・ああ、なるほど。 隆は私にソレを望んでるわけね。 まったく、そんな遠まわしに言わなくてもいいのに・・・

「でも・・・ごめんなさい、隆」

「・・・んぁ?」

「―――私、まだ母乳は出ないの」

「ぶはッ!!」

「ちょ、隆ッ! わいの飯になんてことするんやッ!!」

「でも私頑張るからッ!! 今日にでも隆が仕込んでくれれば半年後には必ず出して見せるからッ!」

「おい待てッ!! どうしてまだ胸の話が続いてるんだッ!? ってか俺はそんな性癖持ってないぞッ!!」

「―――隆はマザコンの気もある、か」

「久志!! 誤解を招きそうなネタを手帳に書き込むなッ!!」

「んっと・・・まだ出ないけど・・・吸ってみる?」

「止めろッ!! こんな場所で脱ぐなッ!! その積極性はもっと別な場所で使ってくれッ!!」

「付き合いきれへん・・・。 わい、違うテーブルで静かに食べたくなってきたわ」

「う~~~。 あれ? 栞さん、私のは持ってきてくれなかったんですか?」

「あ、ごめん真奈美。 忘れてた」

「ったく・・・真奈美、俺の食べていいぞ。 今日は栄養パックでいいや・・・クソ不味いけど我慢するよ」

「そんないいです。 自分でとってきますから・・・隆さんは夜のためにしっかり食べてくださいね」

「なんだその笑みは? そんな憐憫の篭った瞳で俺を見ないでくれ!! おいお前ら、ソ連じゃ静かにする予定じゃなかったのかッ!? これじゃ何時もとかわらん・・・」

「隆、騒がしいのはお前だけだ。 お前が静かに橘の言うことを聞いていれば何の問題も無い」

「そうや、それに騒ぐのはええけど、やるなや部屋でやれや」

「そうね。 じゃ隆、部屋で私を食べて」

「サラッと凄いことを言うなッ!! もういいッ! コレ食べて俺はさっさと寝るッ!!」

 皆に言われて意地になったのか、私の持ってきた食事をがっつき始める隆。 
 そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに・・・・・・やっぱり私が頑張るしかないわね。 今夜こそバッチリ決めて見せるわ。

(えっとシャワーは使用時間が決められてるのよね・・・食べた後に行っても十分間に合うからいいか。 下着も欧州で新調してきたからいいとして・・・。 あ、一応お酒を持っていこう・・・アルフがお土産って言ってワインくれたのよね。 隆は酔えば大胆になるし・・・ちょっと乱暴なのは嫌だけど積極的にリードしてくれるなら・・・・・・キャッ)

「・・・頑張ってくださいね、隆さん」

 冷や汗を流しながら私を見ていた真奈美がそんな言葉を残して行ってしまった。
 へんな娘。 まったくこれだから処女は・・・って人のことは言えないけど・・・

「―――皆さん、随分と賑やかなんですね?」

 真奈美の後姿を見ていると、聞きなれない声が耳に届いた。
 声がしたほうに振り向けば、トレイを持ったソ連軍女性士官が私たちを笑顔で見ている。

「ターニャ、1人なのか?」

「ええ。 此方、宜しいですか?」

 桐嶋中尉に促されて、女性は私たちの座るテーブルへ相席した。

「・・・橘、なんで俺の腕を掴むんだ?」

「隆の新たな性癖が分かったからよ。 ・・・・妊娠中の人妻が好みなんて知らなかったわ」

 ガシッと隆の空いた左手を握りながらそう言うと、隆は 「・・・もうなんでもいいよ」 っと小さく呟いてうな垂れてしまった。 しかもフルフルと身体が震えてる、もしかして泣いてる? ん、後でしっかりと慰めてあげるわ。 勿論、その歪んだ性癖を修正した後でだけど。

「ふふ、お二人は仲が宜しいのですね」

 私たちを見て微笑を浮かべる女性。
 タチヤーナ・フュードロブナ・アクロウ中尉。 先日、この基地での勝手が分からない私たちのためにソ連軍が用意してくれた案内役の内の1人。 年齢は私よりも若干上か、プラチナの長い髪と青い瞳を持った白い肌の人妻(正確には婚約中、妊娠はしてない)。 桐嶋中尉や婚約者と聞いているニカ・ロバノフ大尉にはターニャと愛称で呼ばれている。
 ・・・・・・なんでも桐嶋中尉とは樺太で一緒に戦ったことのあるソ連軍衛士の一人らしい。 ソ連の軍人なんて皆無骨な連中かと思いきや、柔和な笑顔を浮かべた美人で最初はビックリした。 プロポーションも三澤隊長並に立派だし・・・

「・・・なんで睨むんだ? 俺、なんかしたか?」

「別に」

 私が半目で睨んでいるのに気付いたみたい。 それでなくとも隆は欧州で前科持ちなのだ、監視、束縛、監禁、調教しておくに躊躇う余地は無い。

「ええアクロウ中尉。 今日も夜までしっぽりと過ごす予定よ」

「何がしっぽりだよ・・・。 コイツの言うことは気にしないでくれアクロウ中尉。 ・・・ロバノフ大尉は一緒じゃないのか?」

「同志ロバノフ大尉は所用が残っていますので。 先に皆さんの所に行くようにと言われてしまいました」

 やや寂しげな表情を浮かべるアクロウ中尉。
 婚約者と一緒にいられないのが辛いのだろうか? でも、それならば他人行儀な呼び方なんて強がりをしなくてもいいのに・・・

「さよか。 にしても、未来の旦那を【同志大尉】なんて他人行儀な呼び方しなくてもええんやないか? わいらは二人のことを聞いているわけやし・・・少しぐらいの惚気なら誰も気にせんで?」

「・・・洋平、お前ってたまにまともなこと言うよな?」

「なッ!? わいはお前と違って普段からこうやッ!」

 ポツリと口を挟んだ隆の言葉に激昂する川井中尉。 正直私も隆と同意だったからちょっと驚いちゃった。
 言われた当の本人であるアクロウ中尉は、曖昧な笑みを浮かべてそんな私たちを見ていた。

「そう言ってくれて本当にありがとう。 でも皆が皆、そんな考え方じゃないから・・・」

「・・・幸せになるのに、幸せであることを見せられないなんて・・・悲しい話ね」

 組織の体制に翻弄され、個人を押し殺されてしまう彼女達の姿に思わず同情してしまう。 
 二人の婚約が本当に惹かれあって決められたことなのか私には分からない。 BETAによって国土の殆どを失い、国民は全て軍属であることを強いられるほどの慢性的な人手不足から・・・・・・この国では一定年齢に達した男女に子供を作らせる義務が強制されていると聞く。
 帝国議会でも、その制度を日本にも導入すべきだと息を巻いている連中がいるらしいが・・・必要に迫られれば、日本もそれを受け入れなければならない日が来るのだろうか?

「悲しい話なんかじゃないわ。 ・・・今回の開発部隊護衛の任が終わればアラスカで一年間の予備役に就ける予定なの。 ・・・その間、ニカと一緒にいられるから私は幸せよ」

 言って笑みを浮かべる彼女。 その期間が、政府によって子作りのために組まれた最低限の期間だとしても、戦場から離れることが出来るのは幸せなのだろう・・・・・・

「ん、いい笑顔だアクロウ中尉。 女性は笑ってるのが一番だよ・・・。 こんな美人と一緒になれるロバノフ大尉は幸せ者だな」

「随分と前からアプローチしていたと聞いているからな。 昔の苦労を知っていると、ヤツのニヤケ顔にもう頷ける」

「そやな・・・。 とっとと式を挙げて幸せになるんやで、二人とも」

 男三人が、思い思いの言葉を彼女へ掛ける。
 掛けられた彼女は恥ずかしそうに頷きながらも、チラリと周囲を一瞥した。

 ―――彼女が一瞬だけ視線を向けた先にいるのは・・・PXにも関わらず、暑苦しい軍装を身に纏った兵士達。 ソ連に来てからと言うもの、鋭い眼光を光らせている彼らの姿を見ない場所は無かった。 
 恐らく、彼らが噂に名高い政治将校なのだろう。 帝国軍にも似たような連中はいるが、こうまであからさまに姿を晒して兵士を監視するとは・・・よそ様の事情とは言え、人材の無駄遣いなのでは無いかと言いたくなる。
 彼らの姿を見ると、祝福されていることを素直に喜べないアクロウ中尉の態度にも納得できる。 他国の軍である自分達なら兎も角、ソ連軍に在籍している彼女は公の場での発言は慎んでいるのだろう。

 その立場を不憫と思いつつも、彼女がただの案内役などとは・・・・・・私たちの誰もが思ってなどいない。
 はっきりと言えば不自然過ぎるのだ・・・・・・ソ連に到着した途端、桐嶋中尉の知己の人物が現れることが。 ソ連といえば諜報がお家芸の国。 派遣されてくる私たちの素性を調べ上げ、樺太で共同戦線を張っていた親しい人物を送り込んでくる可能性も・・・無いとは断言できない。
 彼女にその気はなくとも、上からお目付け役としての職務を通達されていれば、此方としても彼女に迂闊なことは言えない。

(面倒な国よね・・・ほんと。 内部で裏切りやら騙しあいをやって楽しいのかしら? ・・・まぁそれは日本でも言えることなんでしょうけど)

 ソ連や日本の偉い人に聞かれたら問題になりそうな言葉を胸の中で呟き、小さく溜息をついていると・・・・・・

「―――てめぇらかよ、第二演習場でサーカスやってた連中は」

 不意に敵意と悪意が貼り付けられた言葉が耳に届く。

「あん? なんやと・・・」

 険しい顔で川井中尉が声を掛けてきた連中に視線を向けて・・・唖然とした表情を浮かべた。

「ケッ、日本から来た連中がどれほどかと思いきや・・・機体も満足に動かせない素人揃いかよ」

「いっちょ前の機体を与えられてあの程度だからな・・・精鋭とか言われてるけど実際は張子の虎か」

「サハリンでこんな連中と一緒に戦っている連中は本当に不憫なもんだ」

 などと口々に私たちに罵詈雑言を向けてくる、【少年少女】たち。

 ―――そう子供。 男の子が三人に女の子が二人。 真奈美よりも幼い子供たちがPXに現れて私たちを罵倒している。 だがその胸に輝くウィングマークが意味することは・・・この子供達もまた、私たちと同じ衛士と言うことだろう。

(日本じゃまだ訓練校・・・いえ、中等部ぐらいの子供が衛士・・・ね)

 内心で嘆息しながらチラリとアクロウ中尉に視線を向ける。 同じソ連軍所属の彼女が何らかの対応に出るかと思いきや、彼女は気まずそうに肩を揺らして座ったままだった。
 恐らくは此方に注意を向けている政治将校の視線を気にしているのだろう。 彼女の立場を鑑みればその心情は理解できる・・・。 となるこの状況、どうしたものか―――

「―――また子供か」

 ヤレヤレと肩を竦めて隆がポツリとそう漏らした。
 それが隆の素直な感想だったのだろうが、その言葉を聞いた少年少女は瞳をより一層険しくさせた。

「んだとてめぇ!? 死にてぇのかッ!!」

「調子にのってんじゃねぇぞッ! 自分達がオキャクサマだとでも思ってんのかよッ?」

 予想通りヒートアップする子供達。 隆はそんな子供達に取り合う気などないのか、投げやりな口調で口を開いた。

「はいはい・・・。 子供は大人しく家に帰って宿題でもしてろ」

「ッ!? このグラサン野郎が・・・そんなに後ろから撃って欲しいのかッ!!」

「後ろから? なんだ・・・フォークでも投げるつもりか?」

「ふざけんなよッ!! 鉛弾ぶち込んでやる!!」

「銃は止めとけ。 エアーガンならまだしもアレは玩具じゃないんだから・・・怪我するぞ」

「ッ!!・・・このクソ野郎。 私らのバッチが見えないのよッ!!」

「クソ野郎なんて、女の子がそんな下品な言葉使ったらダメだろうに・・・。 ん? よく出来てるなコレ・・・お嬢ちゃん、衛士に憧れてるのか?」

「本物だッ!! 私らは衛士だッ!!」

「へ? 衛士・・・嘘だろう? どうせ土産物屋で買った類似品だろ? ん? もしかして此処ってそう言う場所があるのか? ふむ・・・霞へのお土産が、思ったよりも簡単に手に入りそうだ」

「や、社中尉。 ・・・彼らは本物の衛士です」

 隆と少女のヒートアップ (やや温度差あり) するやり取りを見て、慌てて隆に口ぞえするアクロウ中尉。 それを聞いた隆は半信半疑の様子だったが、目の前で自分を睨む子供達が衛士だと少しは納得したようだった。

「ん、あぁ、その・・・なんだ。 悪かったな君達・・・謝るよ。 ゴメンな?」

「ふざけんなッ!! 私らを馬鹿にして、ただで済むと思ってんのッ!?」

「いや、だから謝ってるだろう? 頭ぐらい下げるからさ・・・ホラ」

「謝ってすむと思ってんのかよッ!? 舐めやがって、表に出ろよッ!!」

「そやで~たまには揉んでもらったほうがいいで~。 グリーンランドの生活で少し身体が鈍ったんちゃうか?」

「こんな腰抜けが仲間なんて、あんたらも苦労してるんだろう? あたし等が始末してやるよッ!!」

「ええ、苦労してます。 とっても苦労してます。 だから始末するなら早めにお願いします」

「ペコペコしやがって、玉ついてんのかッ?」

「残念ながらついてるな。 ああ・・・非常に残念だ。 主に女装させた際に・・・いっそのこと切り取るか?」

「「「「「・・・・・・ッ!?」」」」」

「そやな。 去勢するのは早いほうがいいって話やしな」

「でも・・・マーキングしちゃった後だから無駄かもしれませんよ?」

「ちょっと、切り取るとか止めてよ。 今夜、私が使うんだから」

「大丈夫や。 玉だけ上手く切り離して見せるさかい」

「職人芸だな。 しかし・・・それではラインが・・・まぁ妥協は必要か」

「むぅ・・・仕方が無いわね。 でもなるべく私が使い終わってからにして」

「仕方が無いですね。 では、皆さんの意見もまとまったところで・・・」

「「「「「・・・・・・」」」」」

「―――おい、お前ら」

 あれ? 何時の間にか隆が立ち上がって私たちを睨んでいる。 おかしいわね、アクロウ中尉も額に冷や汗掻いて狼狽してるし・・・。 罵倒してた子供達も唖然としてる。

「なんや、やっと気付いたんか?」

「いつもより時間が掛かったな・・・」

「真奈美、そんな軽めの食事でいいの?」

「はい、なんだか気疲れしちゃって食欲が無いんです・・・。 ふぅ・・・」

「な、なんなんだこいつ等・・・」

 恐らくは私たちを罵倒して憂さ晴らしでもするつもりだったのだろうが、予想外の事態に対処しきれていない様子の年少兵たち。 幾らなんでも罵倒している相手の仲間が、自分達よりも物騒なことを平気で口ずさむとは思っていなかったのだろう。
 まったく人生勉強が不足してるわね・・・そんなこと【まだ】本気でするわけないじゃない? しっかり私に仕込んで貰ってからに決まってるのに。 ・・・ねぇ?

「ッ!? な、なんだこの寒気は・・・おい橘、お前物騒なこと考えるのは頼むから止めてくれよなッ!?」

「大丈夫。 切り取る前に孕むから」

「切り取るの前提かよッ!? もう嫌だ横浜に帰りたい!! 贅沢は言わん、何なら欧州でもいい!! デンマーク王室に匿って貰えば俺にも平穏な人生がきっと・・・・・・ん? そうなると俺の人生詰むのか? 色々な意味で? ・・・・・・でもいい!! 物騒な目の前の現実から逃げ出せるならそれでもいい!! 助けてくれオルフィーナ!! きっとファーナが俺の監視とかを秘密裏に送り込んでいるんだろう!? 見てるなら俺を助けてくれぇぇぇッ!!」

 ―――今すぐ切り取るべきかしら?

「栞さん。 このぐらいにしておきましょうよ・・・ほら、ソ連の人たちドン引きしてますよ?」

 ちょんちょんと肩を真奈美に突かれて現実に戻ってくると、周囲の視線を更に集めているのに気付いた。 アクロウ中尉や年少兵だけでなく、無表情な政治将校までもが額に冷や汗を掻いているような気がする・・・・・・きっと気のせいだろうけど。

「そうね。 このまま廃人になられても困るし・・・。 ほら隆。 戻ってきて」

 ヤレヤレと肩を竦めて、机の下に潜り込んでガタガタ震えている引き篭もりを引っ張り上げる。 まだ何かブツブツ言っていたけど・・・周囲の視線を感じて慌てて立ち上がる隆。 まったく・・・・・・騒がしいくせに、世間体とかを変に気にするところがあるわね。

「え~・・・コホンッ。 おい、お前ら」

「な、なんだよ?」

 わざとらしく咳払いなんかをした後、隆は未だに狼狽している年少兵達に向き直って、ゴソゴソとポケットの中から一つの袋を取り出した。

「何にイライラしてるのか知らんが、これでも舐めて落ち着け」

 言って欧州で貰った飴の入った袋を掲げて見せる。

「?? なんだよ、それ?」

「ただの飴だよ。 美味いぞ?」

 微笑を浮かべる隆だが、あの飴の中身を知っている私たちには悪魔の笑みにしか見えなかった。

「ふむ、流石は隆・・・。 卑怯な手を使う」

「ってかアイツ、アレ持ち歩いておったんか?」

 ひそひそと囁く野郎二人の声が聞こえるけど気にしない。 だってこの後どうなるかとっても楽しみだから。

「ほら? いらないのか?」

「はッ、そんなんで俺たちを懐柔できると思ってんのかよ?」

「てめぇの触った汚ねぇ代物なんざ食えるか」

「なんだツレないなぁ・・・美味いのに」

 嘆息して飴を一つ口に放り込む隆・・・・・・・平然としているから、どうやらハズレじゃなかった見たい。

「うむ、この甘じょっぱいのがなんとも・・・苦ッ!!」

 ―――訂正、どうやらハズレだ。

「・・・くッ」

 事情を知らないからか、口内で飴を転がす隆を悔しそうに見つめる年少兵たち。 その内の数人が、チラリとPXの入り口にいる政治将校に目を向けた。

(粋がっているように見えても・・・怖いものは怖いのね)

 小さな態度だったが、アクロウ中尉と同じく政治将校に脅えている彼らの本心が垣間見えて苦笑してしまう。

「ったく・・・強情だなぁ・・・」

 何時までも受け取りにこない年少兵に痺れを切らした隆は、ヤレヤレと肩を竦めて年少兵たちへ近づき、1人1人の手に飴を渡して握らせた。

「ソ連には・・・・・・よそ様の人から食い物貰っちゃ駄目って規則でもあるのか?」

「―――んなもんねぇよ」

「だったら喰え。 それとも惰弱な日本人から貰った飴玉が怖くて口に放り込めないのか?」

 小馬鹿にしたような笑みで言った隆の言葉に、リーダー格と思しき少女が舌打ちして口に飴を放り込むと、それに続いて他の少年少女も飴を口に入れた。
 隆を睨みながら飴を舐める年少兵たち、それを見ている隆の笑みは・・・

「隆さん・・・・・・。 絶対に確信犯です」

 私の耳元で囁いた真奈美の言葉に無言で頷く。
 知らなかった隆が子供相手だとSになるなんて・・・なんて大人気ないんだろう・・・・・・。 やっぱり悪さ出来ないように修正してあげないとダメね。

 含み笑いをしている隆を半目で見ていると、飴を舐めている年少兵たちに変化が生まれた。

「コロコロ・・・んっ!!」

「ん~~~? どうかしたか~?」

 口を押さえて蹲る少年に悪魔の笑みを浮かべた隆が声を掛けると―――

「美味いな、これッ!!」

「俺、こんなの始めて喰ったよッ!!」

「ほんとだッ!! 凄い美味しいッ!!」

 目をキラキラさせて口々に喜びの声を上げる年少兵達・・・はて? どうやら誰もハズレはひかなかったようだ。
 隆を見ると、物凄く残念そうに肩を竦めている。 五人ともまともな飴が当たるなんて奇跡的な確率だけど、まぁソ連側と余計な確執を作らなくて済んだことにホッとすべきなのかもしれない。

(悪戯心なんて往々に失敗するものよね・・・。 でも、たかが甘い飴でよくこんなに喜べるわね?)

 楽しそうに笑う年少兵たちをやや呆れながら眺めてしまう。 幾らソ連が物資不足とは言え、糖分補給のために何らかの嗜好品が配給されているはずなのだが・・・

「すげぇよ!! 酒飲んでるわけでもないのに、なんだか身体が暖かくなるぜッ!?」

「口の中が痛ぇ!! ぎゃははははッ!! なんだこれ、すげぇ面白いぞッ!!」

「何この味・・・始めて感じる・・・口の中がザラザラする・・・不思議」

 訂正、どうやら子供達はハズレをハズレと思っていないようだ。 幼い頃から満足な食事をしていない彼らには、どうやら正常な味覚が発達していないらしい。

「そ、そうか・・・。 喜んで貰えて俺も嬉しいよ」

 頬をヒクヒクさせて年少兵たちの様子に呟く隆。 きっとその胸中は複雑だろう・・・・・・騙すことに成功したにも関わらず感謝されるなんて・・・

「なぁあんたッ!! もっとソレくれよッ!!」

「だ、ダメだッ!! 食べ過ぎると虫歯になるから一個しかやらんッ!!」

「なんだよ~ケチケチしなくてもいいじゃん。 ホラ、私がいいことしてあげるからさ? あんたもこう言うの好きだろ?」

「ちょ、擦り寄ってくんなッ!! んなガリガリの身体で何が出来るってんだよ!! ってか俺はロリコンじゃない!!」

「ぎゃははッ!! そんな逃げんなよ!! おい、そっちの足掴めッ!!」

「了解~♪」

「止めろお前ら!! 人の身体をよじ登るな!! 分かった!! 分かったから!! もう一個やるから大人ししろ」

 根負けした隆の言葉に歓声を上げて喜ぶ年少兵たち。 袋から飴を取り出す隆の前に一列になって並ぶ姿を見ると・・・歳相応の子供にしか見えなかった。
 飴を貰った後は犬みたいに隆にじゃれ付いてるし、隆も困った様子だけど口元は笑ってる。 あんな子供に懐かれて何を喜んで・・・・・・・・・ああ、そうか・・・・・・そう言うことか、

「―――栞さん」

「・・・・・・ん? なによ真奈美?」

「隆さん、今何を考えていると思いますか?」
 
 そんな質問をしてくる真奈美に苦笑するしかない。 恐らく、真奈美も私と同じことに気付いたのだろう・・・。 隆の顔、相変わらず苦笑雑じりの顔で年少兵たちを見ているが・・・サングラスの隙間から覗く瞳には、何か懐かしいものを見るような光が宿っていた。

「大方、霞のことでも思い出してるんじゃないの? ほら・・・似たような年代の子供、しかも北欧系だしね」

「やっぱりそう思いますか? 私もちょっとだけ・・・思いだしてました。 霞ちゃんのこと」

 微笑を浮かべる真奈美、私もそれにつられて笑ってしまった。
 あの誰よりも甘ったるい考えを持つグラサンは、きっと年少兵達の姿と日本にいる義妹を重ねているのだろう。 そして、義妹と同じ年代の子供が戦場に立っていることを憂いたりして、あのサングラスの下で色々と考えているに違い無い。
 まったく、相変わらず甘いというか物事を考えすぎと言うか・・・まぁ、そう言った感性を持ち続けているのが隆の良い所の一つなのよね―――

(まったく、そんな優しい顔しちゃってさ・・・私の母性本能刺激して楽しいわけ? ってか、少しぐらい私にその表情を向けてもいいじゃない・・・・・・もう)

「でも、あの顔・・・怪しいですよね」

「そうね」

 隆への不満も重なってか、真奈美の言葉に即答してしまう。
 飴を渡した子供達に囲まれてニヤニヤしているグラサン野郎・・・。 うん、平時だったら速攻で通報している光景ね。
 怪しすぎる隆にジト目を送っていると、飴を貰って気を良くした年少兵たちが立ち去った後、漸く隆がテーブルに戻ってきた。

「中々・・・思うようには行かないもんだな」

 そう言って、残念そうに肩を竦めながらテーブルに着く隆。

「・・・・・・思うように行ったらどうするつもりやったんや? あの年少兵、ワイらよりも階級が上なの混じっておったで?」

「マジでッ? ・・・あの歳で大尉かよ・・・どんなエースなんだ?」

 私もソレには気づいていた、大尉の襟章をつけた少女が確かにいた。

「まぁエース、と言うよりは制度と言ったほうが正しいんだがな・・・・・・。 生き残りは否応無しで階級が上がる、帝国でもソレは変わらないだろう?」

「そりゃ、まぁ・・・・・・。 でもさ、それだけ生き残ってるってことは腕も確かなんだろうし・・・・・・それに、少なくとも万年中尉のお前達よりは、あの子供のほうが世渡りも上手いってことだな?」

「それは心外だな。 俺は昇進を断ってるだけだ・・・・・・。 誰かの命を背負うなんて、俺の柄じゃない」

「・・・・・・ま、わいは世渡りは確かに下手やから反論はできへんわ。 それに階級なんて興味あらへん、偉くなると好きにBETAとやりあえんしな」

「昇進かぁ・・・・・・。 そう考えると、栞さんってそろそろ昇進してもおかしくないですよね?」

「私? ああ・・・・・・そう言えば隊長がそんなこと言ってたわね。 日本に帰ったら手続きするとかなんとか・・・・・・正直言って面倒なのよね・・・中尉なんて」

 なんて無駄話に華を咲かせていると・・・・・・

「―――皆さん、平気なんですか?」

 それまで沈黙を続けてきたアクロウ中尉が、恐る恐ると言った様子で口を開いた。

「んぁ? ああ、別にあの程度のやっかみで気にするほど短気やないで?」

「とか言いながら、お前が一番最初に食って掛かりそうだったけどな」

「洋平は短気で困る。 無論、隆もだが」

「うちの部隊にいる連中ってのは鼻つまみ者が多いしね・・・皆、慣れてるのよ」

「さっきの悪口なんて、あの気苦労に比べれば・・・・ふふふッ」

 などと思い思いの言葉を返すと、アクロウ中尉はホッとしたように肩を小さく落とした。

「そうですか、それならばいいんですが・・・。 ですが、申し訳ありません。 私が彼らを止められれば良かったんですが、この基地でジャール隊の衛士に意見出来るものは少ないので・・・・・・」

「いや、そんな謝られても・・・・・・ってかさっきの子供達ってそんなに凄いのか?」

 隆の質問にハッキリと頷く彼女。

「はい、同志フィカーツィア・ラトロワ中佐が率いる第159戦術機甲大隊。 通称ジャールは、此処カムチャッカにおいて精鋭の一翼を担う隊です。 戦果、錬度において彼等に匹敵する隊は数えるぐらいしかありません」

 だからこそ、政治将校も彼らの痴態を黙認していた・・・・・・と言うことだろうか?

「我々キート隊と並んで、開発部隊の護衛に就く予定になってますから、今後も顔を合わせる機会があるかもしれません」

「うげっ・・・・・・また絡まれるのかよ・・・・・・面倒くさいなぁ」

「きっと今度絡まれるのはお前だけや。 しっかり日ソ友好を深めるんやで」

 再びテーブルに突っ伏してしまった隆に、苦笑しながら川井中尉が声を掛けていると・・・・・・

「―――歓談中に失礼」

 何時の間にかテーブルの傍に立っていたソ連軍男性士官・・・・・・ニカ・ロバノフ大尉の声に遮られる。

「同志アクロウ中尉。 食事中に申し訳ないが、同志パブリチェンコ中尉が貴官をお呼びだ・・・・・・一緒に来て貰えるか?」

 軍人然とした硬い表情で彼が問いただすと、アクロウ中尉は即座に立ち上がって彼に敬礼を送った。

「はっ、タチヤーナ・フュードロブナ・アクロウ。 同志大尉に同行します」

「ん。 皆さん、お騒がせしてすまない。 どうぞ食事を続けてください」

 硬い表情を少しだけ緩めてロバノフ大尉はそう言い、アクロウ中尉を引き連れてPXから出て行ってしまった。

「―――ポーズとは言え、大変だな」

 唖然としながら二人の後姿を見送っていると、そんな隆の言葉が耳に届く。

「仕方が無い、アレが此処での現実だ」

「面倒なこっちゃ、大戦中の特高よりも厄介やな」

「世界が違えど日本で良かった・・・・・・ああ、気にするな。 深い意味はない」

 政治将校の目線を気にしてヒソヒソと話す三人。 そんな三人の姿に嘆息していると・・・・・・

「でも栞さん・・・・・・さっきのアクロウ中尉の顔って」

 そう言いかけた真奈美に私は笑顔で頷いた。
 野郎三人には分からなかったようだが、私や真奈美から見ればバレバレだった。

(政策を強制されたわけじゃないんだ・・・・・・本当に好きなのね)

 硬い顔を作って受け答えをしていた二人。
 でもその瞳は・・・・・・お互いを見ている間だけ物凄く穏やかだった。 それが分かってしまったから・・・・・・私や真奈美は笑顔になれたのだ。

 なのに・・・二人の姿がPXから消えると同時に、私の胸中に言いようのない不安感が湧き上がった。

 ただ体制に振り回されているだけじゃない、束縛は厳しくとも彼らはその中で自分達の幸せを享受している。
 塗り固めた体面の下に二人だけの繋がりを確かに持ち、周囲に公にしないだけで・・・・・・彼らは確かな幸せを噛み締めている。

「・・・・・・」

 幸せ。 私にとって幸せって一体なんだろう?
 こうして食べて寝て、皆と笑って生きていられること? それとも・・・・・・隆と一緒にいること? 隆に抱かれること?
 隆とそう言う関係になれれば、私もあの二人のように穏やかな気持ちになれるのだろうか?
 何か・・・何か違うような気がする。
 私はあの二人のような繋がりを隆と持てるのだろうか? この人の心を私だけに向かせ、繋ぎとめて置くことができるのだろうか?
 先ほど見たいに切欠さえあればあっさりと他人から好かれるような人を・・・私が独占してもいいのだろうか?

「むぐむぐ・・・ うっぷ、やっぱり胃が受け付けないんだが・・・。 洋平、残り食っていいぞ」

「なんでわいがお前の食い残しを食べにゃならんのやッ!! 食い物残すなんて罰が当たるで!!責任もって最後まで食べろやッ!!」

「ったく細かい奴だな・・・。 分かったよ、残りは後で自分で食べるよ・・・何処かにタッパーとかないかね・・・。 橘、お前知らないか?」

 気だるげな瞳で私を見る隆。 何時もは見るだけで心が暖かくその眼差しを・・・何故か直視することができない。

「・・・・・・栞さん?」

「ん、ああ・・・タッパーね。 ちょっと待ってて・・・貰ってくるから」

 隆から顔を背けた私の態度に怪訝そうに真奈美が声を掛けて来るが・・・私は誰とも視線を合わせずにそう答えてテーブルから離れた。













 カムチャッキー基地埠頭
 帝国軍海軍所属・妙高艦内

<三澤 静流>

「中々どうして・・・面倒な時期に送り込まれたものだな」

 静かな艦内を歩きながら、先ほど聞かされた話が脳裏を過ぎってそう呟いてしまった。
 
 ―――BETAの大規模侵攻頻発期。
 運が悪いと言うかなんと言うか、ちょうど此処カムチャッカ地方は現在、周期的なBETAの侵攻に晒されている真っ最中とのことだ。 開発部隊が実戦試験を行うにはベストな時期なのかもしれないが、満足な準備も整っていない自分達にはコレほど酷な場所も無いだろう。

「しかも厄介な代物を押し付けられたものだ・・・」

 そう嘆息して、手にした書類に視線を落とす。 つい先ほど、金谷大尉から渡されたスケジュール表と今回の護衛対象が書かれた数枚の書類。 内容は簡潔に書かれた文章が並んでいるだけだが、護衛する対象を鑑みれば必要最低限の内容しか書かれていないのは当然だろう。

 護衛対象は大きく分けて二つ。
 一つはアルゴス試験小隊とか言う、日米合同の元に組まれた実験部隊。
 これはまぁいい、書類に書かれている人間の経歴を見るに何れもベテラン揃いだ。 イタリア、スウェーデン、トルコ、それら各国から選抜された衛士と、日本から派遣された数人の衛士たち。 中でも主席開発衛士を務めるのは米軍から派遣されたトップガン・・・これら人選を見るに、護衛どころか此方が彼らの邪魔にならないように気をつけたほうがいいかもしれない。
 開発している機体は不知火の改良型とのことだが、これも城崎から話を聞いていたので驚くには値しないが、もう一つの護衛対象は流石に肝を冷やした。

 ―――試作99型電磁投射砲。
 技術廠の連中も随分と面白い代物を作ったものだ。 以前、話には聞いたことがあったが、まさか実用段階に入っているとは想像すらしていなかた。
 詳しいカタログスペックまでは書類に書かれていないが、前に耳した話が実現されているのであれば・・・・・・帝国があれだけの厳重な監視下に置くのも頷ける。

「とは言え、きな臭い話だ・・・・・・」

 そんな代物を海外で試験運用、しかも使用予定機は不知火弐型。
 実用試験であれば何もソ連で無くとも新潟か樺太あたりでやればいい。 そう言った試験に慣れ親しんだ連中ならば、富士の裾野に幾らでもいるはずだ・・・・・・わざわざ米国人が搭乗する機体で試験をする・・・・・・議会や上層部の連中は今更米国に鞍替えするつもりでもあるのだろうか?
 しかもだ・・・・・・

(技術廠が開発した極秘実験機も同時に試験予定・・・・・・だが、其方は護衛対象には含まれない・・・・・・か)

 書類には記載されていないその情報は、瀬戸少将から口頭でのみ伝えられた事実。 無論、口外することは硬く禁じられている。
 未だに荷揚げされていないところを見るに、99型砲以上に秘匿すべき代物のようだ。

「実験機・・・・・・か」

 ポツリと漏らしながら脳裏に過ぎるのは―――新潟で接触した【白い奴】。
 技術廠が極秘に開発した戦術機、それがあの他の追従を許さない運動性を持つ機体だとしら・・・・・・

「ヤレヤレ・・・。 これは面倒なことに巻き込まれたのかもしれないな」

 ある程度の中りや予想はあるが、それが確証かどうかは未だに分からない。
 だが、これで有耶無耶になっている【白い奴】について、何か事実を知ることが出来るかもしれない。 ・・・・・・そんなことを考えながら廊下の角を曲がると、

「―――っと、失礼」

 出会い頭に誰かとぶつかってしまった。
 考え事に耽っていたとは言え相手の気配や足音に気付かなかったとは・・・・・・自分の感が鈍ったと自嘲しながら相手を見上げると・・・・・・

「いえいえ、美しい女性と触れ合う機会など中々ありませんのでね。 むしろ僥倖と言うものですよ」

 随分と懐かしい声音が耳に届き慌てて相手の姿を確認すると・・・帽子の隙間から覗く顔には見覚えがあった。

「鎧衣・・・課長?」

「お元気そうですね三澤大尉。 ―――こうして直接お会いするのは三年ぶりですな」

 涼しげな笑みを浮かべて一礼する男は、三年前に会ったあの暑い夏の日から・・・・・・何も変わっていなかった。








*Edit ▽TB[0]▽CO[6]   

~ Comment ~

NoTitle 

更新お疲れ様ですDON総統代行殿!
隆が邪神様に眼をつけられましたね…邪神様は隆のことを調べるでしょうから再会はすぐ其処まで来ていますねw
ソ連の少年少女兵相手にまた馬鹿なことをやっています相変わらずな隆ですが、ソ連でも相変わらずな隆ワールドが展開されそうです…今回はいったい何人落とすのかね隆君?
次回も楽しみに待っております

p.s贈り物ありがたく頂戴いたしました!
これで我軍は後10…魔王様グループが出たら2年は戦える!!

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引っ越してたんだ!(^^;; 

見ない見ないとおもってたら・・・・・
いつの間にか引っ越していらっしゃったのですか?
(というか、感想掲示板読んでなかった!)

こちらだと挿絵も付くし、良いですね。
魔王様の御姉様には驚き、吹き、笑いました。

それにしても、こちらの世界の金谷隆がどんな
人物だったのか、すごく興味深深で次の話を
待つことにします。

本当に続いてて良かった。

NoTitle 

ぬぅ……なかなか更新しないと思ったら絵の練習してたのかぁ!
 
どもこんにちはΔです。
邪心……違った、邪神様が動くのか!?このままなし崩しに真奈美と斯衛へ引きずり込まれたりする…わけないよな。
きっと横浜に居られるロリ神様の威光は邪神に負けないだろう。
 
では次の更新まで首を長くしてお待ちしております

NoTitle 

更新おめです。


>(そ~いや複座の相手・・・橘にするって話はマジなのか?)
あえて避けてきた組み合わせを……(汗)。これで隆が夜討ち朝駆けを食らうことは確定か(笑)。

>(し、栞さんがもう1人いるッ!!)
アザリーとか姫様とか女魔王様とかもいたら『もう一人』なんて言う余裕はないだろーなー……。五倍だし……。

>「ええ、これから宜しくお願いします・・・真奈美。 私のことは麻香とでも・・・いえ、是非お姉様と呼んでください」
まさか夫が原因でレズでS(いやこれは元々か)になったとか……。ヤバい! 真奈美、逃げろー!(笑)

>「大丈夫。 切り取る前に孕むから」
って、栞によって隆のチンコはもげるのか(笑)。
隆、チンコもげろ。


>ヤシマ作戦を再現~
ああ、その手がありましたね。OTHキャノンと珠瀬機を使って初号機を、スペースシャトルのプラモを使って零号機を。でもジオラマベースが作れないです(涙)。山と緑とラミエルなんて作れないです(涙)。


次作を楽しみにしています。

NoTitle 

 まいど~
 ソ連編第二話読みました。戦術機の考察、なるほどね~って納得。すごく分かりやすかったと思う。
 つくづく、DONさんはすごいって思うよ。

 隆の複座の相手は栞りんかぁ…… 隆ち○こもげろ! い~や、うまいこと玉だけ切り取ったるさかい出せ!満場一致やし、痛くないようにしたるさか……いえ何でもありません。 魔王さまスンマセン。

 挿絵の霞が可愛過ぎる件についてだが……GJ!

>次はロリババァか・・・・・・まったく、同志も無理を言ってくれる。 なんだよあのゴスロリ服? 俺の腕を腱鞘炎にさせるつもりか?
 だってロリだったらすごく張り切って描いてくれるからwww
 次回も楽しみに待ってます!
 Ζ、光の速さで保存しますたw 全然黒歴史じゃねぇしw
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