DONの落書き部屋

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*Edit   

「Muv-Luv 小説」
第二部

ソ連編 1話

  「―――やぁ皆、久しぶり」

「・・・へ? 誰か知り合いでもいたの?」

 俺の呟きが聞こえたのか、助手席に座って地図と睨めっこしていた麻美が、不思議そうな顔をしながら首を傾げて聞いてきた。

「いや、特に意味は無い。 よくわからんが、勝手に口が開いただけだ」

 などと自分でも意味不明な返答を返し、渋滞に巻き込まれ遅々として進まない車の中から周囲の光景に視線を向ける。
 歩道に溢れる人、人、人・・・人混みが嫌いなので車で現地に向かうことを選んだのだが、渋滞に巻き込まれるぐらいなら大人しく電車などの交通機関を使えば良かった。

(・・・マニュアル車で渋滞に嵌まるのは拷問と同じだ)

 いい加減、クラッチをふみふみしている足が痛くなってきた。 強化クラッチなんぞを入れているせいで、この車のクラッチは普通よりも硬くて重い・・・次はオートマにしよう、そうしよう、クルコンが付いてれば長距離も楽だし。

「―――ちょっと聞いてる?」

「んぁ? すまん、何か言ったのか?」

 痛さと辛さでトリップしていたせいで麻美の話にまったく気付かなかった。 隣に座る麻美に視線を向けると、随分と不満そうな表情で俺を睨んでいる彼女と目が合った。

「ふん、どうせ他の女の子でも見てたんでしょ?」

 プイッとそっぽを向いて告げられた言葉で彼女の不満の原因に気づく。
 周囲に溢れかえる人たち、その多くはこの場所で開催される花火大会を物るために集まった見物人だろう。 その中には華やかな衣装を身に纏った少女や女性の姿を見つけることが出来る。 自分はそれほど着物や浴衣に思い入れが無いので喰い付く気はないのだが・・・どうやら麻美は、そんな彼女達の姿に自分が目を奪われていると思っているようだ。

「なに言ってるんだよ? お前と一緒にいるのに俺がそんなことするわけないだろう?」

 麻美といると他の女の子の胸が偽物にしか見えない。
 ってか逆光が眩しくてグラサンを掛けてる俺の目線が、何を見ているかなんて麻美に分かるとは思えないんだが・・・

「それにだ・・・その浴衣、とっても似合ってるぞ? 俺が見るのはお前だけで十分だよ」

 麻美が着付けている山吹色の浴衣を指差しながらそう告げると、麻美は少し気分が良くなったのか恥ずかしそうに俯きながら「そ、そうかな?」などと呟いた。
 恥ずかしいのは、そんな台詞を言わないと自分の寿命が縮むことが運命付けられた俺だとツッコミたい。

「ああ、やっぱりお前は浴衣とか着物が似合うのかもしれないな。 日本人として模範的な体系をしている麻美は胸が強調されない衣装が一番良く俺の指が逆関節になっていくぅぅぅぅッ!!」

「だから、次の交差点を左だってば」

「さも平然と会話を戻すな!! それよりもその手を放してくれ!!」

 思わず口が滑った、シフトを握っている指の関節が一つ増えるところだった。
 
「ったく・・・なぁ、さっきも左って言わなかったか?」

「え? そうかな? じゃぁ右」

「明らかに一方通行の標識が俺には見えるんだが・・・」

 それ以前に、「じゃぁ」って曖昧な言葉がとても引っかかる。 分かってはいたが、やはり麻美にナビを任せたのは失敗だったようだ。 女性の脳が男性の脳に比べて方位を認識する能力が劣っている・・・なんて話もあるが、俺はそんな話は鵜呑みにしない。 そんな考え方は全ての女性に対して失礼だ。
 ただ・・・麻美の脳みそに入っているプリンは例外だ。 あのプリンの中身は未だに天動説が正しいと提唱されているに違い無い。

「もういい、ちょっと俺に見せてみろ!」

「あ~私のこと信じてくれないわけ~?」

「信じられるかッ!! ったく人前じゃ理性的に振舞うくせに・・・なんでお前は俺と一緒だとグダグダになるんだ?」

「ん~・・・安心しちゃうんじゃないかな?」

「何が安心だッ!! 長距離を1人で運転する俺の気持ちになってみろ!!」

 麻美は車に乗ると基本、寝る。 うるさいだの乗り心地が悪いだの文句を垂れつつも、寝る。
 大型連休とかで旅行に出かけた際、車内ですやすやと眠る家族を脇目に必死にハンドルを握るお父さんの気持ちが俺にはよく分かる。 ってかどう見ても将来の俺にしか思えない。
 まぁそんな鬱になりそうな未来の現実はさておき、麻美の手から地図を引っ手繰り周囲の建物と照らし合わせながら車を進ませると、目当ての駐車場に辿り着くことが出来た。

「ふむ・・・ここか」

 駐車場にペイントされた名前は地図に書かれている名称と同じ。 どうやら場所は間違っていないようだ。 ビジネスビルに囲まれ、駅から近い一等地に建てられた立体駐車場・・・果たして月の駐車代金は幾らなんだろうか?

「じゃぁ私は挨拶してくるから、タカちゃんは車を停めて待っててね?」

「ん? ああ、分かった・・・気をつけてな」

 思っていた以上に立派な駐車場に目を奪われていると、麻美は車から降りて駐車場に隣接するビルへと早足で駆けて行く。
 なんでも今回借りることができたこの駐車場は、麻美の知人が働いている会社の契約駐車場らしい。 その礼も兼ねて到着したことを報告しに行ったのだろうが・・・あの娘は浴衣で会社の窓口に突入するつもりなのだろうか?

(・・・まぁ日曜だし、会社は休みか。 表で待ち合わせでもしてる・・・んだよな、きっと)

 希望的観測を胸に山吹色の浴衣を翻して歩く麻美を見送った後、ゆっくりと車を駐車場の中に進ませる。 受付の係員の説明を聞いて車体をエレベータに載せると、低い駆動音を響かせながらエレベータが上昇を始めた。

(流石は天下の東○海上日動・・・立派な場所と契約してるもんだ)

 何階まであるのか分からないが、少なくとも10階以上はあるだろう。 
 花火大会のせいで会場周辺の駐車場は軒並み満車状態だと言うのに・・・世の中、コネとか横の繋がりに勝るものは無いと切実に感じる。
 エレベータが上昇し終わりシャッターが上がると、屋上らしからぬ広さを持った駐車場が視界に入ってくる。 広さのわりに駐車している車は数台しか無かったが・・・

「さて・・・5番・・・5番っと」

 今日は休日だからそんなもんだろうと考え、指定されたスペースを探して車を駐車させる。
 これで暫くはクラッチを踏まなくて済むことに安堵し、車外に出て夕焼けに染まりつつある空を見上げて背伸びをしてみた。

「ん・・・・・・なるほど・・・見上げない花火ってのも乙なもんだな」

 サングラスを指で持ち上げてフェンスに近づいて周囲を見回と、背の高いフェンス越しに打ち上げ会場の河川が見下ろせた。 距離も近いし花火が打ち上がるポイントまで視界を阻害するような建物は無い、駐車場とは言え絶好の観覧席と言えるかもしれない。

(ふ・・・人がまるでゴミのようだ)

 通りを歩く大勢の人を見下ろしながら悦に浸っていると、そんな気持ちに水を注すような言葉が耳に響いた。

「―――この車、あなたの?」

「ん?」

 抑揚の無いえらく冷たい声を聞いて振り向けば、愛車の傍に見知らぬ女性が立っていた。 周囲を見回しても俺と彼女以外に人影は無いので、自分が声を掛けられたことに間違い無いようだが・・・

(なんだ? 逆ナンか?)←自意識過剰

 だとしたら勘弁して欲しい、さっき麻美に捻られた指がまだ痛いのだ。 あんなお茶目な会話で指がねじ切られそうになるんだから、これで他の女性と話していようものなら・・・・今度は首がねじ切られる恐れがある。

「悪いけど俺は1人じゃないよ。 ツレがいるから君の希望には応えられ・・・」

「質問に答えなさいグラサン。 この車があなたのかと私は聞いているの」

 澱みの無い口調で此方の言葉を遮る女性。 しかし・・・グラサン呼ばわりされたのに不思議と違和感を感じなかった・・・何故だ?

「・・・ああ、俺の車だけど・・・それが何か?」

 不満を含ませた口調で答えると、女性は「・・・そう」とだけ呟いて、俺から視線を外してしげしげと車を眺め始めた。

(なんなんだよ・・・)

 変な女性に声を掛けられたなと思いながら、愛車を眺める彼女をなんとなく観察してみる。

 年は・・・俺や麻美とそう違わないだろう、20代前半ってところだ。 整った顔立ち、切れ長の瞳、やや赤みがかった黒髪を背中まで伸ばした外見は・・・まぁ美人と言って差し支えないだろう。
 涼しげな黒のキャミと白いスラックスをクールに着こなし、会話と態度が印象的だったので最初は分からなかったが、随分と素晴らしいプロポーションをその女性が持っていることに気付いた。
 薄い布地の下から恥ずかしげも無く自己主張してる膨らみ。 屈んだ際の揺れ具合といい、重力に逆らわない様子から見て・・・天然モノに違い無い。
 浴衣が似合いそうな美人ではあるが・・・あの胸じゃ浴衣を綺麗に着こなすのは困難だろうと勝手に推察してみる。

(・・・ぬぅ、アレぐらい麻美も育っていればパーフェクトなんだが)

「?」

 たわわに実った果実に目を奪われていると、そんな俺の視線に気付いたのか、女性は車から俺に視線を移してきた。

「コホンッ・・・車に興味あるのか?」

 若干わざとらしいなと思いつつ、咳払いをしてからそんな話題を振ってみると。

「・・・ええ」

 小さく答えながら頷く彼女。 その態度に自然と気分が良くなってくる。 今時スポーツカーなんぞに乗っていると白い眼で見る人が殆どなのに、それに興味があると言ってくれれば嬉しく無い訳が無い。
 麻美が来るまで彼女と車の話でもして時間を潰すのもいいかもしれない。 上機嫌な気分でそう思いながら笑顔で彼女の言葉に耳を傾けたが、

「ドアが二枚しかない車なんて、とっくに絶滅してたと思ってたわ」

 俺の勘違いだった。

「酷い言いようだな・・・」

 肩を竦めて呟くと、女性は此方に向き直って不思議そうに首を傾げた。

「そうかしら? 今の時代にエコと真逆な走りしか出来ない車なんて存在自体がナンセンスじゃないかしら? そんな車を好き好んで乗ってる人なんて、徒党を組んで走る社会に反逆したい十代と同じよ」

「いや、人には迷惑を掛けないように気を付けてるんだが・・・」

「自分の気遣いが、必ずしも他人に好意的に受け取ってもらえると思わないで欲しいわね。 そんなエゴを押し付けられても迷惑なだけよ? 少しでも人に迷惑を掛けたくなかったら車なんて乗らずに自転車でも乗りなさい」

「むぐッ!? これハイオク車だぞ? 人よりも高い燃料使ってるんだ・・・税金多く払ってる分、誰かのためにはなってるだろう?」

「ハイオクでもレギュラーでもガソリン税は一律よ、バカなのあなた?」

 ちぃ・・・それぐらいは流石に知ってるか。

「お酒や煙草を嗜む人は一応それを言う権利はあるけど・・・そうね、税金をそこまで納めたいなら自転車に乗って喉が乾いたらガソリンを飲みなさい」

「飲めるかッ!! 俺の燃料はカロリーだッ!!」

「ハイオクよ? 不服なの?」

「オクタン価の問題じゃない!!」

「随分と我侭なのね、あなた・・・」

 不満そうに自分を睨む女性・・・なんだこの女!? 見かけに反して随分と口悪いな!?

「それで、なんで此処に車を停めてるの?」

「なんでって・・・此処に停めても良いって言われたからだよ」

「誰に?」

「俺のツレに・・・正確に言えば、ツレの知人にだよ」

「・・・そう」

「??」

 なぜか顎に手を当てて考え事をし始める女性。
 その姿に疑問を感じるが、この女性と話しているとどうにも疲れる・・・付き合うのも嫌になってきたので、花火を見る準備でもして麻美を待つことにしよう。

「・・・不便な車ね」

「まぁな・・・ファミリーカーじゃないからな」

 何故か未だに声を掛けてくる女性に相槌を打ちつつ、車体のクソ狭いトランクからパイプ椅子を取り出す。

「高さもないし・・・車止めにぶつけるんじゃないの?」

「宿命だ・・・それに気をつければ削ることなんて滅多に無い」

 高低差のある駐車場、ならびに車庫入れはバック以外ありえません。

「でも傷だらけなのね」

「飛び石の傷は勲章と言って欲しいな」

 車体の色が黒だから目立つんだ。

「一緒に乗る同乗者はさぞや不快な思いをするでしょうね」

「・・・・・・」

 正論です。 何も言い返すことができません。

「音も五月蝿いし、近所迷惑とか考えてないわけ?」

「・・・ったく、さっきから一体なんなんだよ・・・あんた俺にイチャモン付けたいのか?」

 いい加減うんざりしながら女性に振り返ってそう告げる。 外見や利便性は兎も角、排気音の五月蝿さなんてエンジンを掛けてないから分かるはず無い。
 理不尽な言葉を吐いた女性は、そんな俺の荒っぽい口調にさも心外とばかりに腰に手を当てて言い返してきた。

「あんた、なんて言われる筋合いは無いわね・・・人に名前を聞くときは自分から名乗りなさいと飼い主から習わなかったのかしら?」

「俺は犬かよッ!? ったく・・・一々癪に障る言い方しかしない人だな・・・」

 折角見た目はいいのに中身がこれじゃお終いだ。

「はぁ・・・金谷だ、金谷隆・・・君は?」

「君は? 随分とキザな言葉を使うのね」

 素直に教えてやったのに、まるで道行くホストに向けるかのような冷たい視線を送られた。

「なんなんだ・・・もうやだ・・・なんで俺が見ず知らずの人にこうまで言われなきゃならんのだ?」

「・・・・・・」

 用意する手を止めて、体育座りし始めた俺を冷たい目で見下ろしながら考え込む女性・・・まともな言葉を掛けてくれるなんて期待できない。

「そうね・・・じゃぁ、お姉様。 と呼んでいいわよ?」

 やっぱり、思案したくせに返ってきた台詞は的外れもいいところだ。

「なんでお姉様なんだよ・・・」

「年上だから」

「誰が?」

「私が」

「・・・なんだろう、だんだん頭が痛くなってきた」

 もしかして俺は電波な女に捕まってしまったのだろうか? 勘弁して欲しい、メンヘル女なんて麻美を抱えている俺じゃどう考えても手に余る。
 だがまぁ待て、金谷隆。 お前は言われ放題の男か? いや、そうじゃないだろう? 

「はっ、お姉様って言うより女王様って言われるほうがしっくりくるんじゃないのか? その我侭ボディならさぞかし似合いそうな気がしながら頭がいたぃぃぃぃぃッ!!」

 話している途中に視界が突然遮られた直後、こめかみを万力で締め上げているような激痛に身悶えしてしまう。

「人が気にしていることを平然と言うなんて、なんて恥知らずな人かしら?」

「わかった! 俺が悪かった! だから手を放してぬぁぁぁぁぁ今ミシッて言った!! 聞こえちゃいけない音が頭の中から響いてるぅぅぅぅぅ!!」

 顔面を締め上げる女性の手を必死に振りほどこうとするが、一向に力が抜ける気配が無い。 女のくせに信じられない握力だ。 麻美といい勝負するんじゃないだろうか? ミシミシっと嫌な音を立てながら、女性の細い指がこめかみに食い込んでいく。

「ぬぁぁっぁあ、Hilfe(助けて)!! Rufen Sie die Polizai(誰か警察呼んで)!!」

「?? なんでドイツ語なのかしら?」

 なんて不思議そうに呟く女性の声が聞こえるが知ったこっちゃ無い。
 今まさに俺の頭がザクロの如く散る寸前、辺りが一瞬だけ明るくなり、遅れて盛大な音と鼓膜を揺さぶる程の衝撃が襲ってきた。

「くぉッ!!」

 その衝撃に驚いたのか、俺の顔面を締め上げる女性の指から力が抜ける。 その弛んだ瞬間を逃さずに俺は脱出を図った。

「はぁ・・・はぁ・・・死ぬかと思った」

 慣れ親しんだ関節の痛みとは別種の痛みで冷や汗が流れ出てるぞこんチクショウ。

「・・・逃がした」

 ワキワキと手を開いたり閉じたりしながら呟く女性。 なんだろう・・・リンゴくらい簡単に潰せる握力持ってるんじゃないのかこの人? ああ・・・麻美もそれぐらいありそうだけど。

「「・・・・・・」」

 何故か、互いに距離をとって牽制しあう俺たち。
 ジリジリと摺り足で後退する俺を追い詰めようとしている女性。 おかしい、俺はただ花火を見に来ただけなのに何で命の危機を感じなければならないんだ?
 警戒する俺を気にした風も無く無造作に一歩踏み込んでくる女性。 此方との間合いを狭めてきたその姿に戦慄を感じたのと同時―――

 ドォォォォン

 閃光を奔らせ、またもや大きな音が背後から響いてくる。
 女性から気を抜かずに背後を振り向けば、何時の間にか薄暗くなった空に咲き誇る何発もの花火。

「―――綺麗ね」

 そんな呟きと共に、女性から発せられていたプレッシャーが消えた。
 そのことにホッと安堵しながら警戒するのを止めると、女性は俺が用意していたパイプ椅子に勝手に腰を下ろして花火を見始めていた。

「・・・おい、それ俺の椅子・・・」

「ここの花火は始めて見たけど、中々立派な花火が上がるのね」

 俺の苦情など何処吹く風、女性は偉そうに足組みしながら感嘆した様子で呟いた。

「・・・まぁ関東圏でやる花火大会ではそれなりの規模だからな。 それに東京にも近いし・・・人が集まりやすいんだろう」

「ふぅん、なるほどね・・・ あんまり花火って興味無かったけど、中々迫力があっていいものね」

「これだけ近ければそりゃ迫力もあるだろうさ・・・ 茂木でやる花火なんてレーザーと白煙の演出付きだからもっと見ごたえがあるぞ」

 ふと前回に麻美と言った花火大会を思い出す。 入場料が取られる花火だったが、流石に金を払って見る花火は別物だった。 とは言っても山の中にある会場なので、帰りの大渋滞に嵌まって抜け出すのにやたらと時間が掛かった思い出のほうが強いが・・・

「ああ・・・ そう言えばそんなこと言ってたわね」

 花火を見るのに夢中なのか、女性は気の無い返事を返してからおもむろに俺へ手を差し出す。

「・・・?」

 意図するところが分からず、怪訝な顔を浮かべる俺に対して女性は・・・

「飲み物無いの?」

「んなッ?」

「無いなら買ってきなさい。 勿論ビールね、銘柄はエビス」

「パシリッ!? しかも銘柄指定かよッ!? あ~~~くそッ、麒麟ならあるけど?」

 麻美が自分用に買ったビールが確かあったはず。

「麒麟? なに、あなた○菱好きなの? ト○タ車乗ってるくせに?」

「・・・よく知ってるな、そんなどうでもいい関連企業の話」

 それに別にトヨタは好きじゃない。 この車に乗っているのは俺が買えるMR車がこれぐらいしかないからだ。
 ビール缶のプルトップを開けてから手渡すと、缶と俺の顔を見比べてから口を付ける女性。

「気が利くわね、あなた」

「はッ・・・ その爪じゃ開けられないだろう」

「肴は? 何があるの?」

「えっと・・・ ジャーキー、枝豆、チーズ・・・ くそ麻美め、俺が酒飲めないの知ってて買い込んできやがったな? ん? カルパッチョ? 珍しいな・・・海産系は俺が手を付けないと知ってるくせに・・・」

「それ、私が食べるわ」

「そうか? まぁ俺は嫌いだからいいけど・・・」

「ん・・・ 虫がいるわね、虫除けとかないの?」

「ああ、用意してある。 ちょっと待って・・・」

 プシュー←虫除けスプレーを散布する音。

「ってッ!? 条件反射とは言え俺は一体何をしてるんだ!?」  

 余りにも自然の流れで違和感を感じなかった。
 なんだ? なんなんだ? この女性の雰囲気に飲まれてるのか俺は!?

「落ち着け俺、クールになれ。 今日は麻美と来た花火大会だ。 折角浴衣を着て来た麻美の前で、浴衣も着てない女と関わっていたら言い訳のしようが無いくらいに痛いぃぃぃぃぃッ!!」

「世の中にはね、浴衣が着たくても着れない人がいるのよ・・・よく覚えておきなさい」

「ぐぅぁぁぁぁ!! 頭が、頭がぁぁっぁッ!!」

「タカちゃんお待たせ~・・・っと隆、お待たせ」

 薄れ逝く意識の中、遠くから能天気な麻美の声が聞こえてくる。
 俺のことを人前ではちゃん付けせずに隆と呼ぶマイフェアレディ、そんな保身に走った気遣いよりも今は死に瀕した俺を助けて欲しい。
 後もう少し力を入れられれば大事な何かが飛び出すんじゃないかと思った瞬間、麻美の声と同時にこめかみに食い込む指が拍子抜けするほどあっさりと離れて行った。

「隆、何フラフラしてるの? ああ、もう挨拶してたのね」

 焦点が定まらない視界で声がしたほうを見れば、ヒラヒラと手を振りながら麻美が近づいてくるのが辛うじて見えた。
 
 (挨拶・・・なんのことだ?)

 脳裏に疑問が過ぎるが、それを確認出来るほど立ち直れちゃいない。

「もう探したよ~ 浴衣で会社の前をウロウロしてたら警備の人に声を掛けられて、かなり恥ずかしい思いしたんだけど?」

「麻美、躾がなってないわね」

「へ? 躾? なんの?」

「あなたの駄犬」

 っと此方の姿を気にもせずに会話を続ける二人。 何故だろう、やたらと親密に見えるのは気のせいだろうか?

「あ、麻美・・・この人と知り合いなのか?」

「へ? 知り合いも何も・・・もうお姉ちゃんと挨拶したんじゃないの?」

「ええ、ちゃんとお姉様と呼びなさいと言ったわ」

 ―――はて? 俺の聞き間違いだろうか? 今、物凄く違和感のある会話を聞いたような?

「・・・姉さん?」

 女性を指差しながら呟くと二人は揃って首を縦に振る。 確かに・・・こうして並べてみると二人の類似点に気付くが・・・

「なんだ、てっきり話してるからもう自己紹介したのかと思ってた」

 どうやら俺の彼女様は彼氏にアイアンクローをしている姉の姿を見て、世間話をしているように見えたらしい。

「したわよ。 人の安眠を妨害する近所迷惑な車に乗っている男がどんな人か気になってたから」
 
 今度から麻美の家の300mは手前でエンジンを切ろう。 帰りはそこまで押すしかない。

「―――中村麻香 (あざか) よ、うちの愚妹の世話をして楽しいかしら?」

 つい先ほど、俺の頭を握り潰そうとしていた手を差し出してくる女性・・・麻香さん。
 呆然としながらその手を握り、こんな細い指の何処にそんな力があるのか疑問に感じながらも、それを遙に上回る疑問が口から自然と飛び出てしまう。

「まさか、だってどう見ても胸のサイズが違うじゃないか? 麻美の姉さんだったらもっとペチャ・・・・」

 最後まで言い終わる事無く、両肩の関節を外されてアイアンクローを食らった。

 ―――これが彼女、麻美の姉である麻香さんと初めて出会った時の記憶。 中村姉妹は姉妹揃って人間凶器、それを身を持って実感した日でもあった。














 ソ連編  かれらの再会


 2001年7月31日
 ソビエト社会主義共和国連邦・カムチャッカ州
 ペトロパブロフスク・カムチャッキー基地

<社 隆>

「どうした隆、顔色が悪いようだが・・・?」

「いや・・・気にしないでくれ、ちょっと夢見が悪かっただけだ」

 声を掛けてきた久志にそう答えながらも小さく溜息を付いてしまう。

(久しぶりだな・・・麻香さんのこと思い出すなんて)

 考えてみると、彼女のことをこの世界に来てから思い出したことは一度も無かったんじゃないだろうか? まぁ思い出さないんじゃなくて、考えないようにしていたと言うのが正しいのかもしれないが・・・

 中村麻香、麻美よりも二つ年上の姉、ようは俺よりも一つ年上ってことになる。 
 容姿端麗、スタイル抜群、見た目だけで言えば致命的欠陥が一つある妹に比べて完璧な姉。 妹の問題が胸とおつむだとすれば、姉の問題は発言と直接的暴力だろうか? ・・・・いや、暴力に限って言えば姉妹二人に言えることなのだろうが。

(二人の両親に会ったことなんて数えるほどしかないけど・・・普通の人にしか見えなかったんだけどなぁ)

 きっとどこかで子育てを致命的に間違えたのだろう、二人とも中身がもう少しまともだったら引く手数多だったろうに・・・麻香さんとは初めて会った花火の時から何度か会うことがあったが、楽しい思い出なんて何一つ無い。
 麻美が魔王だとすれば、麻香さんは魔王が崇拝している邪神だ。 淡々と紡がれる此方の心を抉る暴言の数々・・・しかもそれを楽しんでやっているあたり性質が悪い。 麻美の話では人を選んでやっているそうだが、妹の彼氏を奴隷のように扱き使うのは正直どうかと思う。

「はぁ・・・」

 思い出しただけで陰痛な気分になる。 そんな滅入った気分を切り替えるために周囲の光景を眺めるが・・・目に映る風景は輪を掛けて俺の気持ちを沈ませてくれた。

 欧州から乗り心地の悪い輸送機に何日も揺られてやってきたシベリアの大地。 正確にはここカムチャッカ地方はシベリアの定義には含まれないらしいが、ソ連のなんたるかも知らない俺には正直どうでもいい話だ。

 輸送機から降り立った俺が最初の目にしたソ連の印象は・・・灰色だった。
 灰色の空、灰色の大地、灰色の建物、灰色の人たち・・・ 
 厳密に言えば全てが灰色の色をしていたわけじゃない。 空は分厚い雲に覆われていたが、時折雲の隙間から青空が見えた。 大地だってコンクリートに塗り固められた場所以外は薄茶色の土がそこ彼処にあった。 基地の建物や、整然と並ぶ車両、滑走路を飛び立つ輸送ヘリ、並び立つ戦術機は簡単な迷彩が施されていた。
 だと言うのにも、俺には全てが灰色に見えた。
 その理由に思い当たると頭に鈍い痛みが走る。 その痛みが後催眠による暗示のせいだと理解しながらも、この人の営みが感じられない光景が既視感のような違和感を俺に感じさせる。
 分かっている、ここと似たような場所を俺は知っている。 欧州で・・・あのスカンディナヴィア半島にいた時、補給のために仮設された前線基地と雰囲気が同じなのだ。
 あの時は自分が生きることに精一杯だったので何も感じなかったが、百里にしてもグリーンランドの基地にしても、周囲になんらかの民間施設があったために人の営みを辛うじて感じ取ることができた。 だが、この場所にはその気配が一切無い。

 ここカムチャッキー基地は北東ソビエト最終防衛線の一翼を担っている・・・BETAとの最前線に晒される場所に、日常を感じさせる部分があるわけが無かった。

(・・・最前線・・・か)

 またもや元の世界とは程遠い場所に来てしまったことに嘆息しながら、目の前を横切る何台ものトラックに視線を向ける。
 トラックの荷台に積まれ厳重に幌を掛けられて運ばれているのは、カムチャツキー基地の東、アヴァチャ湾に停泊している帝国海軍所属の輸送艦から運び出されている物資だ。
 この物資と、数日後にやってくる試験部隊の護衛が俺たちの次の任務と聞いているが、前後を装甲車や兵員輸送車に挟まれて厳重な警備の元運ばれていくトラックを見ていると、自分達が本当に必要なのかと疑問が胸中に湧いてくる。

「随分とまぁ・・・物々しいもんだ」

 ポツリと素直な感想を口から漏らし、退屈そうにトラックを眺めている久志に話を振ってみる。
 
「開発部隊ってのは、こうまで警備が厳重なもんなのか?」

「さてな、俺も戦術機の試験部隊なんてのを見るのは初めてだからなんとも言えないが・・・」

 傍らに立つ久志は此方の質問に首を竦めながら言葉を続ける。
 
「戦術機の開発に携わっているのはエリート中のエリートだ・・・そんな連中の身の安全と、極秘の新技術を保守するためには必要な措置なのかもな」

「極秘の新技術ねぇ・・・」

 久志の話をオウム返しに呟きながら思考を巡らせる。
 実のところ、今回の任務内容を完全に把握している人間が部隊には誰もいない。
 何を守り、誰を守るのか? 葵から聞いた話で、アラスカにて日米合同で戦術機の開発を行っていることは知っているが、そこに誰が含まれているのか、また不知火をベースにどんな機体が開発されているのか、それらの詳しい情報が何処からも廻ってこない。
 Need to now 横浜で伊隅大尉から言われた言葉を思い出し、軍故に守秘義務が徹底している。 そう思うしか無かった。

(とは言ってもな・・・なんで俺たちなんだ?)

 理由は理解しても納得はしてない。 そもそも今回は任務が通達された経緯が少々不自然なのだ。
 欧州での派遣活動を終えた俺たちの部隊は、人的損害は無いものの運用している装備は大損害を被っている。
 6機あった不知火と、俺が横浜から持ち込んだF/A-18。 それが欧州の戦闘によって、3機の不知火を残して全てスクラップになってしまった。 満足な装備を持たない俺たちをソ連に派遣し、足りない装備を日本からわざわざ運ぶ・・・どう考えても効率が悪い。
 欧州から俺たちを運ぶよりも、日本にいる何処かの部隊を派遣したほうが遙に効率が良いと思うのは気のせいだろうか?
 それと軍の一員として組み込まれている以上、余り不満は言いたくはないのだが・・・欧州なんて場所まで行ってきたのだから少しは休みが欲しいと思うのは俺だけだろうか? いや、決して霞に会いたいから・・・とかではなくて、数ヶ月とはいえ慣れない土地で過ごしたので疲労は嫌でも蓄積している。 
 それに部隊規模として中途半端な俺たちを海外に派遣する理由が俺には見つからない。 だからどこかで誰かの思惑が働いているんじゃないか? なんて荒唐無稽な考えが脳裏に過ぎってしまうのも無理はないだろう。
 
「少なくとも不知火は、世界に先駆けて実戦配備された第三世代機体だ。 そこに使われている技術は・・・ソ連側に秘匿する内容も含まれているだろうな」

「・・・なるほどね」

 確かに久志の言うこともご尤もだ。
 ソ連軍が運用している主力戦術機は第二世代が殆ど。 一部では第三世代機、もしくは第三世代機相当を運用していると言うが、本格的な量産配備にまでは至っていないらしい。
 そんな状況で現れた第三世代機の量産機。 幾ら不知火の評価がEF-2000やF-22に劣るとは言っても、ソ連側が不知火に使用されている技術に興味を持ってもおかしくは無い。
 欧州では余りそう言ったことを考えることなく不知火を運用してたが、それは欧州では既にEF-2000が量産配備されていたからだ。 しかもその開発にあたって日本企業が秘密裏に関与したとなれば、技術漏洩に拘る必要がそれほど無かったのかもしれないが、ここソ連ではその事情が変わってくる。

「・・・ソ連が仮想敵国、だからか」

 溜息雑じりの声で呟き小さく頭りを振る。

 これは誰かに言える話じゃないが、ソ連・・・と言われても俺にはどうにもピンとこない。
 元の世界では1991年にゴルバチョフが提唱したペレストロイカによってソ連は崩壊し、ロシア連邦として国際社会の枠組みに組み込まれた。
 東西冷戦の終わりを告げるソ連崩壊劇。 民衆がレーニンの像を倒す光景をテレビで見たことはるが、その映像が放送されていた時、俺はまだ十代の子供だった。
 子供だったから・・・なんて言い訳はいい大人として言いたくは無いが、ソ連とロシアの違いなんて子供に分かるわけが無い。 成長し、学校教育の一環でロシアについて学ぶことはあったが、ロシア革命やらロマノフ王朝やらの差し障りの無いことを教えられたに過ぎないし、ソ連を語る上で重要な共産主義制度の話にしても、それが大元であったマルクスの唱えていた主義と正反対な結果をもたらしたとかなんとか・・・恥ずかしい限りだが、そんな知識しか俺は持ち合わせていない。 まぁ考えてみれば当たり前のことだろう、民主主義の国で社会主義制度のなんたるかを学校教育で教えるわけが無い。
 せいぜい国民が皆平等で金持ちが少ない、働いても働かなくても同じなので怠け者が多い・・・ それが俺の持つソ連を含む社会主義国家へのイメージなのだが、かなり曲解してることは自分でも分かっている。

(ロシアに出張する機会でもあれば・・・少しは勉強したんだろうけどな)

 生憎と、入社して言い渡された海外出張先は中国だ。 ロシアは一番の貧乏くじだったらしく、辞令を言い渡された同期が途方に暮れていたのをよく覚えている。 もし自分が同期の立場だったら・・・少しはロシア、ソ連について学ぶ努力はしただろう。
 中国も似たような国ではあるのだが、ソ連・・・と皆は言うが、それがロシアとどんな違いがあるのか・・・誰かに教えて貰うにも、こんな話題をこの世界の人間に質問できるわけが無い。

 (まぁいいか・・・静流さんからソ連では大人しくしていろと言われてるしな)

 ポリポリと頬を掻きながら珍しく釘を刺されたことを思い出す。

 日本は国内に存在する佐渡ヶ島ハイヴ以外にも、直接的な脅威を齎すハイヴが他に二つもある。
 一つが韓国領江原道鉄原郡にある甲20号、鉄源ハイヴ。 もう一つがソ連領アムール州ブラゴエスチェンスクに存在する甲19号、ブラゴエスチェンスクハイヴだ。 前者は大東亜連合と共に監視体制にあり、後者はソ連軍と共に監視体制にある。
 帝国軍の北部方面軍、北東ソ連軍、そして国連北極海方面軍、三軍が共同でオホーツク海を挟んでブラゴエスチェンスクハイヴから流出するBETA群を今も尚退けている。 樺太の領有権の問題がどうなっているかは知らないが、日本軍とソ連軍、両軍は互いに連携しあい良好な関係を築いているらしいのだが、政治家達の対露工作が万事順調とは言えないとも聞いている。
 元々の考え方が違う両国。 今は共通の敵がいるので手を組んでいるが、外面は友好的に見えても実際は腹の探りあい・・・そんなところだろう。

「まったく・・・面倒な場所に来たもんだな」

「まぁそう言うな、ソ連の連中だって別に悪い奴らじゃない・・・現場は何時だってBETAと戦うことで精一杯だからな」

 何やら含みのある言い方をする久志が気になったが、いい加減にこの手持ち無沙汰も限界になりつつあった。

 先ほどから暇そうにトラックを眺めているのは、帝国軍が間借りしているハンガーの準備が整うまで俺たちに居場所が無いからだ。 前述した通り、ここはソ連軍の基地なので迂闊に動き回るのは得策では無い。 国連軍が管轄している区画もあるので、自分の身分であれば其処で時間を潰すこともできるのだが・・・1人で其処にいても手持ち無沙汰なのに変わり無いだろう。

(ふむ・・・俺も静流さんと一緒に行けばよかったかな)

 帝国海軍の偉いさんのところに挨拶に向かった上司の姿を思い出す。 ソ連にて俺たちが使用する予定の戦術機、それを運んできてくれたことの礼をしてくると言って俺たちを置いて行ってしまったのだが、無理してでもついていけば良かっただろうか?

(ってもな、珍しく真奈美が御指名だったから・・・言うに言えなかったんだよな)

 大抵、そう言った席に同行するのは俺か葵なのだが、今回お供に選ばれたのは真奈美だった。 まぁ俺は麻香さんを思い出してグロッキー状態だったし、葵は機体の搬出作業の様子を見に行ってる。 残った面子の中から真奈美を選んだのは・・・当然と言えば当然なのかもしれない。

「ったく・・・辛気臭い連中しかいない場所やなぁ」

 なんて思案に耽っていると、自分達が使用する戦術機の様子を見に行っていた洋平がブツブツと文句を言いながら戻ってきた。 その顔が不機嫌そうに見えるのは・・・きっと融通の利かなさそうなソ連の人たちと何かあったに違い無い。

「どうした? 何かあったのか?」

 何気なくそう質問して見るが、洋平は「大したことやない」と言って手近にあった木箱にドカッと腰を下ろす。

「それで・・・俺たちが使う機体は無事に輸送されていたのか?」

 久志の質問に洋平が首を縦に振る。

「ああ、人数分の不知火が陸揚げされる所やったわ・・・城崎と橘が初期チェックに立ちあっとるわ」

「・・・不知火ね」

 任務内容は不明瞭でも、流石に自分達に何が用意されているかは聞いていた。

 ―――TYPE94・不知火

 日本が誇る第三世代戦術機・・・そう第三世代機なのだ。
 俺にとって不知火はヴァージンマシン。 今まで搭乗した経験がある戦術機はF-4、F/A-18、F-15の改良機、全て第一、第二世代の機体ばかりだ。 一応、シミュレーターだけでならEF-2000に搭乗したことはあるが、実機の経験は一度も無い。
 だと言うのにも、機種転換訓練も受けずに不知火をあてがわれた・・・巷では世界で一番乗りづらいと言われている (なんでも操縦系がシビアだとかなんとか) で有名な日本製の機体なのに。
 正直言ってかなり自信が無い・・・国内配備が滞っている不知火を海外に回すなんて贅沢なことをしないで、技術検証が終わった陽炎を回せばいいのにと切に思う。
 とは言え、欧州から例の複座の管制ユニットを葵がソ連まで持ち込んだあたり、誰かが俺と一緒の機体に乗ることになるのだろう。

(・・・静流さん、かな。 順当に言えば)

 自慢では無いが部隊で一番腕が劣っているのは自分だ。 であるならば前衛から一番離れた位置に配置されるのが目に見えている。

「ま、EF-2000もよかったけどな・・・使い慣れている機体が一番ええわ」

「流石、ベテランは言うことが違うな?」

 言葉に反してホッとしている様子の洋平に軽口を叩いていると・・・

「キリシマ?・・・もしかしてキリシマヒサシか?」

 などと、突然片言の日本語で話しかけられる俺たち。 振り向くとそこには1人の男が立っていた。
 年の頃は俺たちと同年代に見えるが、よそ様の国の人間は見た目での年齢をイマイチ正確に推し量ることが出来ないので自信が無い。
 くすんだブロンドの髪、青い目、特徴あるソ連軍の制服を見に纏い、襟に輝くウィングマークが俺たちと同じ衛士だと言うことを教えてくれている。

「ん? ・・・ニカ・・・なのか?」

 声を掛けてきた男を見た久志が、何かを思い出すかのように呟く。

「そうだよ。 久しぶりだな同志、三年ぶりくらいか?」

「ニカ、同志は止めてくれ・・・お互い、まだ死ねてなかったようだな」

「ふん、死んでたまるかよ。 戦いだけで生涯を終える気は俺にはないさ」

 そのままソ連の衛士と話し始める久志。 どうやら知り合いのようだが・・・コイツにソ連軍の知り合いがいるなんて聞いたことも無かった。

「助かる、国連から支援部隊が来ると聞いていたが・・・まさか帝国軍の君達が来るとは思ってなかったよ」

「支援?・・・なんのことだ?」

「「?」」

 洋平と二人、久志の言葉に同意するかのように首を傾げる。

「違うのか?」

「いや・・・ 遅れてくる国連の開発部隊は大所帯だろうから、それが支援になる・・・のかもしれない」

 珍しく久志が言葉に詰まりながら答える。 仕方が無い、俺たちも詳しい情報を持っているわけじゃないので正確なことが言えるわけが無い。

「そうか、まぁいい。 生きてまた君と会えるとは思わなかったからな・・・今は再会を喜ぶべきだ。 そちらは? 君のお仲間なんだろう?」

「ん? ああ、そうだ」

 久志が俺たちを紹介するかのように、彼を俺たちの前まで案内してくる。 今の会話に若干腑に落ちない点があったが・・・とりあえず今は現地の人と交流を深めることが先決だろう。

「ニコラーエ・アントノビッチ・ロバノフだ。 帝国軍の君達がいかに勇猛かは身を持って知っている、宜しく頼むよ」

「買い被らんと欲しいわ・・・川井洋平や、宜しく頼むわ。 久志と知り合いなんか?」

「ああ、サハリンで何度か共同戦線を・・・っと、其方では樺太だったか? 帝国軍と何度も防衛線を共にしたお蔭で其方の衛士とは面識があるんだ」

「上と現場、その見解の違いだな・・・ 前線じゃ例え過去に敵だったとしても、BETAを倒すためには手を組む必要があるってことだ」

 彼の言葉に頷く久志。 確かに北海道にいたこいつならばソ連軍と一緒に戦っていてもおかしくはないか。

「社隆だ、宜しく・・・えっと・・・ニコラーエ・アントノビ・・・」

 彼の名前を言いかけて詰まってしまう。 今さっき聞いたばかりだが・・・長い、正直、一度聞いたくらいでは覚えきれないぐらい長すぎる。

「ニカで構わないよ、周りの連中は大抵そう呼ぶ」

 名前を呼べなかったのにも関わらず、彼は気分を害した様子も無くそう言ってくれた。

「悪い・・・にしても随分と長い名前なんだな?」

「この国の人間は、自分の名前に親の名を入れるからな・・・とは言っても、愛称で呼ぶか性で呼ぶかの二択だから気にしなくてもいいだろう」

「へぇ・・・そうなのか」

 久志の言葉に頷くことしか出来ない。
 となると、ニカ・ロバノフと覚えればいいのだろうか? やはりロシア、もといソ連の風習が俺には全く分からない。

「それも、もう少しの間だけだけどな」

 言ってニヤリと、ニカが何かを含んだ笑みを見せる。 その意味が分からずに首を傾げていると、久志が納得したかのように手を叩いて頷き始めた。

「―――そうか、漸く結婚するのか。 どうやら意中の人を落としたらしいな?」

「そう言わないでくれよ、俺たちの立場じゃ・・・結婚するのも結構大変なんだよ。 俺とターニャの戦績を鑑みて、やっと党が許可をくれたんだ」

 幸せそうに笑うニカの姿を見て一瞬だけ胸が痛んだ。 その理由は考えるまでも無い・・・俺は会ったばかりの彼に嫉妬してしまったのだ。
 俺も・・・今頃は結婚しているはずだった・・・あの日麻美にプロポーズをして。 後少しで、幸せになれたかもしれないのに・・・こんなクソッタレな世界に飛ばされて、漫画みたいなロボットに乗って化け物と戦っている。

 ―――だからだろうか? 年甲斐も無く照れ笑いを浮かべる彼に軽い嫉妬を覚えてしまうのは。

「ん? どないしたんや隆?」

 俺の様子に気づいたのか怪訝な顔で俺を見る洋平だったが、笑うニカの姿を見ながら俺は苦笑雑じりの声で答えた。

「明るい話題ってのはいいもんだな・・・ こんなクソッタレな世界では特にな」

 ・・・人の幸せを妬むことは最悪だが、こんな世界で人の惚気話を聞くのは・・・最悪じゃないはずだ。










 アヴァチャ湾
 帝国海軍所属・妙高級重巡洋艦【妙高】 艦長室

<瀬戸 真奈美>

 ―――最悪だ。

「ありがとうございます。 わざわざ本国から自分達の機体を運んで頂きまして・・・」

 自分に背中を向けている三澤隊長が、目の前の相手に感謝の言葉を送っている。

「構わんよ、所詮は宮仕えの身だ・・・上から命じられれば嫌とは言えんからな」

 珍しく明るい声で話す三澤隊長に苦笑雑じりの声で答えるのは、艦長室に備え付けられた上等な机に手を組み座っている1人の男・・・

「それにだ・・・輸送の本命は君達の機体では無いからな。 戦術機の海上輸送だけで、これだけの艦隊が護衛につくなどとは君も思ってはいまい?」

「ええ、それは確かに。 しかし、その本命を警護するために呼ばれたのが私達ならば、それは光栄の極みと言うものです」

 談笑と言っていいのか分からないが、二人の会話を耳に入れながら私は小さく溜息を付いた。
 考えてみれば最初から違和感があったのだ。 アラスカからやってくる開発部隊が運用する予定の機材の輸送と、自分達が使用する戦術機の輸送を務めた艦隊の司令官に三澤隊長が挨拶に行くと言い出した時から。
 こういった場合、何時もの隊長であれば隆さんか葵さんを一緒に連れて行く。 葵さんは兎も角、隆さんはちょっと見た目がアレだけど、目上の人間と表面上の話をするのがとても上手いからだ。 だと言うのにも今回は私が一緒に来るように言われた・・・その時点で違和感に気付くべきだったのだ。
 港に停泊していた帝国海軍の艦船・・・その中の旗艦を務めているであろう艦を見つけた瞬間、私は何故自分が呼ばれたか確信した。
 妙高級重巡洋艦【妙高】・・・知りたくもなかったけど、葵さんから数回教えられただけで覚えてしまった自分の記憶力が恨めしい。

 妙高の艦長、それは―――

「瀬戸准将も人が悪い、あの頃は私もまだ少女でしたから・・・若かったのですよ」

 考え事をしていたので何の話をしているかは分からないが、三澤隊長が苦笑しながら呟いた男の名前を耳にした瞬間ビクッと身体が反応してしまう。
 隊長の背中越しに男を睨みつけるが、生憎と男は私に視線なんて向けていない・・・・まるで、私なんか最初から存在していないかのように振舞っている。

 帝国海軍第二艦隊、第五戦隊司令官・・・瀬戸功少将。

 ―――認めたく無いけど、あの男が私の父親。
 でも・・・あれが・・・あの男が・・・自分の父親だと思うだけで、はらわたが煮えくり返りそうになる。

(・・・お母さん。 ・・・お姉ちゃん)

 死んでしまった二人のことを思い出して、握っていた拳に力を入る。
 目の前に母と私達姉妹を捨てた男がいるのだから意識しないほうがおかしいだろう。
 私と姉の物心が付く前に家から出て行った男。 この男と母の間に何があったのか私は何も知らない。 ただは母一度も弱音を私達に見せる事無く、1人で私と姉を育ててくれた。 どんな思いで母は私たちを育てていたのだろうか? 何故、男の話を母は何もしてくれなかったのだろうか?
 大陸にてBETAとの戦闘が激化していたので父親がいない子供はたくさんいたが、その明確な理由を知らないのは私だけだった。 だから幾度と無く聞いた。 私の・・・私のお父さんは何処にいるの? と。
 母はその質問をすると決まって寂しそうな笑みを浮かべて私を抱きしめてくれた。 抱きしめるだけで、私が望む答えを与えてはくれなかった。
 近所に住んでいた優しいお姉さん。 葵さんと仲良くなってから彼女に私の父親は知らないかと尋ねたこともある。
 葵さんも詳しいことは分からなかったが、帝国海軍に所属して今もまだ生きていることを調べてくれた。
 その話を聞いた時、私は少し複雑な気分だった。
 お国のために戦っている勇敢な父親。 私達と過ごすよりもBETAと戦うことを選んだ父親。 学校で戦争に行って戦うことが立派なことだと教えらた。 それを疑う気持ちなんて無かった・・・だから私はこう思うことにした。
 私達のために父は戦っている。 日本が危険になったら、私達に何かあったら・・・きっと私達を守るために父が来てくれる。
 それは・・・少女だった私の、淡い期待が生んだ妄想だった。

 ―――98年、BETAの本土侵攻が始まった。

 私達の住んでいた横浜は、直接的な脅威にすぐさま晒されることは無かったが、非常事態警報が発令され街はパニックになっていた。 逃げ惑う人々と、治安維持に躍起になる警察機関の姿を脇目に見ながら、私は父が守ってくれると信じていた。
 全てを失うまでは・・・信じていた。

 ―――あの混乱の中、何が起きたかなんて殆ど覚えてない。

 気が付けば、私は難民施設の片隅でボロボロの衣装を身に着けながら座り込んでいた。
 傍には、いつも一緒だった姉の姿も、優しくて綺麗だった母の姿も無い。
 泣き疲れて、怖くて、お腹がすいて、寒くて、死にたいと思い始めた時に、いつもは素敵な洋服に身を包んでいた葵さんが灰や泥で顔を汚しながらも私を見つけてくれた。
 綺麗な顔を歪ませて、泣きじゃくりながら私を抱きしめてくれた葵さん。
 私は助かったけど、母と姉は、死体すら見つからなかった。 何処で離れ離れになったのかは覚えていない。 今にして思えば、精神が壊れかけていた私を立ち直らせるために、葵さんが私の記憶の一部を消したか催眠で思い出せないようにしたのかもしれない。
 本人に無断でそんな処置をした葵さんだけど、私は葵さんを恨む気なんて欠片も無い。 ただ・・・私を救ってくれたのは葵さんなのに・・・ 私はあの時、なんで父じゃなくて葵さんが来たのだろうと場違いな疑問を感じていたのは良く覚えている。

 母と姉の死は、海軍に所属している父にも伝わったはずだが・・・男はそれを無視した。
 入院してる私に会いに来ることも無く、死んだ母と姉の慰霊碑に手を合わせることも無く、軍人としての職務を全うした。
 そこで漸く、漸く私は気づくことができた。

 ―――この男は私達を守るために戦ってたんじゃない、BETAと戦うために私達を捨てたんだ。

 病院のベッドで私はそれに気づいたとき、何時の間にか声を上げて笑っていた。
 お腹の中からおかしくて、心の中から悲しくて、冷め切った頭の中で、涙を流しながら私は笑った。
 自分たちを捨てた男に私は一体何を期待していたのだろうか? ただの一度も会ったことの無い男に期待していた自分がどれほど馬鹿だったか漸く気付いた。 
 何故母が男への恨み言を言わなかったのかは分からない、だが私達を捨て母の人生を狂わせた男に違いは無い。 絶対に許すことなんて出来ない・・・・・・そんなこの世界で一番許せない男と、こんな場所で会うなんて思っても見なかった。

「・・・ッ」

 憎しみだけで人が殺せるのであれば、この瞬間に私はあの男を何度も殺せていたに違い無い。
 殺意すら籠めた視線で男を睨みつけていた私だったが、ふと視線を感じて男から視線をずらせば、まるで秘書官のように男の傍らに立つ女性と目が合った。

「・・・」

 先ほどから何も話さずに、置物のように男の隣に佇む女性。
 年は・・・きっと三澤隊長や隆さんと同じぐらいだと思う。 整った顔立ち、切れ長の瞳、やや赤みがかった黒髪、潮風で痛みやすいと思うんだけど髪質に艶があるのが一目で分かる。
 海軍の白い背服を着こなし凛とした佇まいでいるその姿は・・・・・・美人と言って間違い無いかも。
 
(スタイルだって・・・凄くいいもんね)

 目の前に立つ三澤隊長と彼女を見比べてから自分の身体を見下ろすと・・・溜息しか出てこない。
 軽く落ち込んでいる私に向けて女性は寂しげな眼差しを私に向けている。 恐らく私とあの男の関係を知っているに違い無い・・・そう、知っていて捨てられた子供に哀れみを送っているに違い無い。 決して胸のことじゃない、もしそうだったら泣きたい。

「君達も遠路遥々ご苦労だったな。 そろそろソ連軍が開放してくれた宿舎の準備も整うことだろう・・・アラスカから彼らが来るまでは、ゆっくりと骨休めをしてくれたまえ」

「恐縮であります閣下。 では、私は先に失礼させて頂きます・・・このままではお邪魔になりそうですので」

 言って私の肩を叩く三澤隊長。 軽く叩かれただけなのに私は必要以上に身体を揺らしてしまった。
 こうなるだろうと思っていた。 これが三澤隊長なりの気遣いなのだと分かっている。
 でも・・・それでも・・・私は―――

「積もる話もあるだろう、この機会に父親との溝を・・・」

「私に、父親なんていませんッ!!」

 耳元で呟かれた言葉に、我知らず大声で叫んでしまった。
 軍に所属している以上お互いに立場がある。 それを蔑ろにするわけにもいかないので発言には気をつけなければならないのだが・・・抑えることなんて出来なかった。
 男を睨みつけながら全力で叫んだ言葉は、音響が響き易い艦の内部に随分と響き渡ったことだろう・・・ふん、これで恥でも掻けばいい。
 娘に拒絶される父親、そんな今の私に出来る精一杯の皮肉を送ったのだが・・・

「―――かまわん」

 静かな、とても静かな声が返ってくる。
 そこには怒りも哀れみも無い。 ただ、何の感情も篭められていない無機質な声音だけが、静かな部屋に響き渡った。
 それで私は実感した。 
 やっぱり・・・私はこの人に娘なんて思われていないんだ。

「お前の好きにしろ・・・ 金谷大尉、二人の案内を頼むよ」

「―――はい、分かりました」

 キィっと椅子が回転する音を響かせて、男の顔が私から見えなくなる。
 その横顔を懲りずに睨みつけようとする私の視界を、傍らに立っていた女性が間に入って邪魔した。

「金谷麻香大尉です。 表まで御案内致しますので、どうぞ此方へ」

 これまで一言も発しなかった女性が口を開き、柔和な笑みを浮かべて私と三澤隊長を促すとするが・・・

「失礼、少し時間を頂戴致します」

 三澤隊長がそう返答して私に向き直り・・・容赦無く平手を叩き込んできた。
 パンっと乾いた音が耳に響き、脳髄を揺らすほどの衝撃が走る。 手加減なんて一切無い、しいて言えば拳で無かったことぐらいだろうか?

「・・・ッ」

 突然のことだったので構える余裕も無かった。 口内に鉄の味が広がる・・・少し唇を切ったかもしれない。
 痛む頬を抑えながら三澤隊長の顔を見上げると、隊長は険しい顔を作りながら叱責してきた。

「幾ら親子でも、上官への口の聞き方と言うものがある・・・分かるな? 瀬戸」

「・・・はい」

 言い聞かせるような隊長の言葉。 小さく答え頷きながら横目で男の様子を見てみるが・・・やはり男は私なんかに興味が無いらしく、此方に一瞥をくれることも無かった。
 落胆する程期待していたわけじゃないが、三澤隊長に殴られた事実に少し凹んでしまう。 気落ちしながら、金谷大尉の後に続いて艦長室を退室する三澤隊長の後に続く。

(やっぱり・・・来たくなかったな)

 トボトボと歩きながら素直な感想が脳裏に過ぎる。
 隊長に殴られたことなんて・・・これが始めてかもしれない。 訓練校ではこれでもかと殴られはしたものの、部隊に配属されてからは上手くやれていたので、そんな機会は一度も無かったのに・・・

「・・・すまんな、私の配慮が足りなかった」

 っと、一瞬気のせいかと思ったが、私にしか聞こえないぐらいの小さな声で隊長がそんな言葉を掛けてくれた。

「あ、いえ・・・。私も見っともない姿を見せて申し訳ありませんでした」

 前を歩く金谷大尉の背中を見ながら私も小声で返答すると、隊長は小さく溜息をついて続けてきた。

「城崎から聞いてはいたのだがな・・・余計な気遣いだったようだ」

「いえ・・・。 むしろ感謝します。 あの人のことが・・・よく分かりました」

 私とあの男は他人だ。 先ほどのやり取りでそれを再認識できた。 
 だから・・・それを知る機会を与えてくれた隊長のことを悪く思うつもりなんて欠片も無い。

「そうか。 とは言え・・・私もスッキリしたよ」

「?? なんでですか?」

「昔の話だが瀬戸准将には借りがある・・・まぁそれはいい、今回は大人しく隆を連れてくるべきだったか」

 借り? 三澤隊長がなんであの男に借りがあるんだろうか?
 疑問が胸中に湧き上がるけど、今答えるべきはそんなことじゃない。

「あ~・・・それはちょっと止めたほうが・・・」

「ん? 奴だと何か不味いのか?」

「・・・はい」

 そのわけを隊長に分かりやすく伝えるために、目の前を歩く女性を指差す私。 それで合点が言ったのか鷹揚に頷く三澤隊長。

「なるほどな・・・。グラサンの変態っぷりが海軍にまで知れ渡るところだったな」

「はい、自重するかもしれませんけど・・・何が切欠で弾けるか分かりませんから」

「嘆かわしいことだな。 だが私やアルフにちょっかい掛けてこない前例から見て、彼女は奴の好みから少々外れているのではないのか?」

「・・・なんで私の胸を見ながらそんなこと言うんですか隊長? その考え、改めたほうがいいかもしれませんよ? オルフィーナ中尉のアプローチに乗らなかったんですから・・・」

 アレは衝撃的だった。 あのオルフィーナ中尉があそこまで積極的になるなんて今でも信じられない。
 隆さんはどうするつもりなんだろう・・・? 前から話してる婚約者さんと一緒になるのかな? でもそうなると国際問題だよねぇ・・・隊長や桐嶋さんが「詰んだな」って言ってたけど、栞さんも俄然やる気になっちゃったから結果は誰にも分からないと思うんだよねぇ。

「確かにな。 だが真奈美、男なんて所詮は皆種馬だ。 そこの所は良く覚えて置けよ? 一見、頼りになる上官に見えても一皮剥けば中身は皆同じ・・・」

 突然饒舌になり始めた隊長の姿に唖然とした瞬間、前を歩く金谷大尉が足を止めた。
 その背にぶつかりそうになるのを堪えて彼女の様子を見ると、何やら鼻をスンスン言わせてる・・・なんだろ、この人・・・
 なんとなく真似して私も周囲の匂いを嗅ぐと、機械オイルや潮の香りに混じってある特有の匂いに気付いた。

「―――昼食、食べていきます?」

 カレーだ、と思ったと同時に金谷大尉からそんな提案をされてしまう。

「いや、部下が待っていますので。 流石にそれは・・・」

「美味しいですよ? うちのカレーは?」

「確かに、海軍が作るカレーは絶品だとは聞いてますが、御相伴に預かるわけには・・・」

「かまいません。 どうぞ、此方です」

 珍しく狼狽する隊長の言葉をばっさりと切り伏せて、金谷大尉はスタスタと進んで行ってしまう。
 隊長と顔を見合わせてから、その後を慌ててついていく私達。 なんだろう、彼女の言葉には有無を言わせない迫力と言うか雰囲気がある・・・

(まぁいいか、海軍さんのカレーって興味あったし)

 隆さんを見習って物事はポジティブに考えることにしよう。 材料だって経費だって海軍持ちだ、お腹いっぱい食べてあの男にささやかな嫌がらせをしよう、そうしよう。

(あ、でも私達だけ食べたらきっと隆さんたち文句言うよね・・・。どうしよう・・・お持ち帰りできるカレーパンとかあるかな?)

 暗いことは考えないようにそんな能天気な悩みを考えていると、三澤隊長と金谷大尉の会話が聞こえてきた。

「・・・お心遣い感謝します、金谷大尉」

「気遣い、などではありませんよ三澤大尉。 貴女のことは聞き及んでおりますので・・・是非、この機会にお話でもと思った次第です」

「・・・なるほど、そう言うわけですか。 私も金谷大尉、貴女のことは耳にしていますよ・・・。 確か、金谷と言う名前は・・・」

「夫の名です。 旧姓は奈華宮・・・お互い、有名なのも困りものですね」

「ええ・・・同感です」

 苦笑しならも含みのある言い方をする二人の上官。 よく分からないけど、お互いがお互いのことを何か知っているようだ。

(???・・・なんだろう・・・考えてみると、私って隊長のこと何も知らないんだよね)

 傍らに歩く上官の横顔を見上げていると、ふとそんなにも疎外感にも似た考えが思考を過ぎる。
 隆さん・・・はどうかは知らないけど、部隊の皆は隊長のことを良く知っている様子だった。 昔、なにか大きなことに関わったらしいけどその詳細を私は知らない。 百里基地の人たちも隊長の話になると曖昧な笑みを浮かべるか、踏まれたいッ!っと変なことを叫ぶ人たちばっかりだったし・・・

 微笑を浮かべる二人の顔を交互に見比べるけど、二人の間に何があるかなんて知ることが出来るわけが無い。 
 ―――ただ、二人に共通して言えることは・・・・

(スタイル・・・いいなぁ)

 場違いな考えかもしれないけど率直な感想はそれだ。 二人とも身長が高いし出るトコとは出てるし、引っ込むところは引っ込んでいる・・・なんだろう? 日本人って着物が似合う人種じゃなかったのかな?

「・・・・・・」

 落ち込んでいる私に視線を向けて彼女・・・金谷大尉は何故か小さく笑った。 きっと見下しているんだ、そうに違い無い・・・だってあの男の秘書官みたいな人なんだし・・・・

「そう言えば・・・瀬戸准将のことで一つ質問してもいいでしょうか?」

 私への配慮なのか、チラリと私に一瞥しながら隊長が金谷大尉に質問する。

「なんでしょうか? 私にお答えできることであればお答えしますが?」

「准将の・・・ 親類、例えば従姉妹や甥が国連軍に所属していませんか?」

「国連軍に・・・ですか? いえ、そのような話は聞いたことがありませんが・・・。誰か思いあたる人でも?」

「ええ、うちの部隊にいるグラサン・・・失礼、国連から派遣された男と准将が似ていたもので・・・。どうやら私の勘違いだったようですね」

 そんな三澤隊長の言葉に思わず足を止めてしまった。
 突然何を言い出すんだろうか? 隆さんとあの男が似ている? ありえない、隆さんは確かに怪しいけど、自分のために誰かを見捨てるような薄情な人なんかじゃ決して無い。
 ただ・・・確かにパッと見の雰囲気は似ているのかもしれない・・・だから初めて会った時、写真でしか見たことがなかったあの男と間違えて、思いっきり引っぱたいちゃったし・・・ううぅ、反省してます。

「ええ、准将には親類と呼べるような人は・・・もう余り残されておりませんので」

 彼女なりの気遣いなのだろうか、私のことに触れる事無くはっきりとそう答える金谷大尉だったけど・・・なんだろう? 表情が一瞬だけ曇って見えたのは私の気のせいだろうか?
 釈然としない何かを感じながらも、私は二人の後に続いて艦内を歩きだした・・・











 おおすみ型輸送艦・しもきた
 同艦格納庫内

<城崎 葵>

「新型は・・・流石に回されてこない見たいね」

 プリントされた資料に目を通しながら、私は諦めたように小さく溜息を付いてしまう。
 私の目の前では、輸送艦の格納庫に固定されていた最後の一機が、支援担架に搭載されて運び出されていくところだった。
 まぁ、考えてみれば当たり前のことだ。 国内の配備が十分とは言えない第三世代機の新品を、おいそれと海外に輸送してくるとは到底思えない。 欧州に新型の不知火を持ち込めたのは、環境試験の名目とあわよくば欧州各国へ不知火の売り込みを目論んだ裏があったからだ。 今回は光菱の後押しも無かったのにも関わらず、使い古しの旧型とは言え不知火が用意されただけでも良しとしよう。

(・・・でも変な話・・・欧州にいた頃も薄々感じていたけど、社から送られてくる品の精度が落ちているような気がするのよね)

 国内の生産環境でも逼迫しているのだろうか? と考えて首を傾げてしまう。
 主要部品を海外で生産しているとは言え機体の組み立ては国内の工場で行われている。 その環境に何かあったとしか思えないことが最近立て続けに起きている。 欧州にいた際に、何度も要求したのにも関わらず、機体どころか交換部品の納期が遅れに遅れた事実。
 その理由として思い当たるのは・・・斯衛が富嶽や遠田に作らせた武御雷ぐらしか私には思いつかない。
 アレが高性能なのは確かに分かる。 だが年間に数十機単位しか生産できないその生産工程は、余りにも非効率過ぎる。 
 高性能の特注機を生産するのに重点を置いて、主力たる量産機の質が落ちるなんてことは・・・これまで円滑に進めてきた国内の戦術機生産体制の障害でしかない。

(城内省のお偉方にも困ったものね・・・瑞鶴で被った損失を未だに理解していないんだから)

 撃震の改良機たる瑞鶴。 ベースとなった機体を上回る性能を持たせた機体ではあるが、無論その製造に掛かるコストは撃震の比では無い。 原型機を瑞鶴用に生産した部品に付け替えようにも斯衛が要求する品質が高すぎて、ベース機と部品との間のマッチングを図るのに一苦労する始末だ。
 重工各社にとって斯衛軍の存在はメリットよりもデメリットのほうが多すぎる。 斯衛軍は戦術機の在り方を何か勘違いしている、それが一番のデメリットとも言えるだろう。
 その例として、斯衛の要求によって生み出された瑞鶴や武御雷について、戦術機を生み出した旧マクダエル者の技術陣は、「日本人は戦術機を芸術品に仕立て上げた」、という、皮肉なのか賛辞なのか分からない言葉を残している。

 そんな斯衛軍に納入する戦術機の選定について、日本の重工関係者・・・それもトップが集まった席で上がった一つの話がある。

 ―――斯衛には国内に残った陽炎をそれらしく偽装して使って貰ったほうがいいのではないか?
 ―――研究が終わった中古品をか?
 ―――所詮、彼らが求めるのは外見だけだよ。
 ―――なるほど、見た目重視のお飾り機ならば、いっそのこと甲冑や兜の形状をした装甲版にすれば彼らも満足するのでは無いか?
 ―――要人の守護しかしないのであれば、それで十分だと私も思うよ。
 ―――それで納得して機体開発に横槍を入れてこなければ・・・な。 
 ―――無理だろうな、彼らが求める機体は技術目標が高すぎる。
 ―――まったく・・・。算盤が弾けない武士に、商屋の台所事情を理解してもらうのは骨ですな。 

 それが事実かどうかは知らないが、そんな企業側の愚痴とも本音とも取れる話があったとか、無かったとかと。 まぁ現実には国産至上主義を掲げる彼等に、F-15が原型である陽炎の改良機を渡して満足するとは到底思えないが・・・

(武御雷が悪いって言ってるわけじゃないのよね・・・輸出で外貨を稼くことを許可しない城内省の体質が悪いのよ・・・今年度の国債、幾ら発行する気なのかしら)

 日本の外貨取得の主力が医療技術だとしても、それで潤うのは一部の医療機関だけ。 重工業を主体とする企業は将来的にどうやって生き残って行くべきか・・・

「やぁ葵さん、お久しぶりですね~」

 思案に耽っていた頭に、聞くだけで背筋に悪寒が走る声が響く。
 視線は資料に落としたまま、大きく息を吸って気を落ち着かせてみる。

(いるわけない、いるわけない・・・こんな辺鄙な場所に、穴倉に篭っているのがお似合いな人がいるわけ・・・)

「おやぁ?葵さんですよね~? 僕ですよ~葵さんの大切な日を一緒にお祝いした僕ですよ~」

「聞いた人が誤解するようなことを言わないでくださいッ!!」

 無理だった。 
 相変わらず場の雰囲気を一切考えない無神経な発言をする元上司を睨みつけるが、【笑い男】はその名に恥じぬ笑顔を見せながら私に近づいてきた。

「そんな、一体誰が誤解するって言うんですか? それとも誤解されちゃマズイ人でもいるんですか?」

 ニヤニヤと笑みを浮かべてそう告げられると、何故か隆さんの顔が脳裏に浮かぶ。

(・・・はッ!? 違う、そうじゃなくて!!)

 必死に頭を振って考えを締め出す。 きっと隆さんに聞かれたら曲解して、あること無いこと言いふらすに違い無い! だから私は隆さんに聞かれたら駄目だって思ったに違い無い!!

「―――どうしたの城崎中尉? 何処か調子でも悪いの?」

 っと、石井部長とは別種の女性の声に気付いて顔を上げると、彼とは別に見知った女性が其処にいた。

「ベールレイ中尉? 何で貴女もこんな場所に・・・」
 
 私が短い間在籍していた技術廠第参開発局にて同僚だった女性、ミリースラ・ベールレイ技術中尉。
 帝国軍では珍しい北欧系の軍関係者、惚れ惚れするような美貌と浮世離れした雰囲気を持っていたので強く印象に残っていたのだが、まさかこんな場所で再会するとは思っても見なかった。

「今回の計画には、私たち第参開発局も少々関わってますから・・・」

 関わる。 微笑を浮かべて答えた彼女の回答に、胸中で疑問符が幾つも生まれる。
 彼女が主とする研究は戦術機の制御系の一種、間接思考制御プログラムの開発。 それが不知火の改良機を生み出す計画と何が・・・いや、それ以前に光菱と協力関係にある第参開発局が、ソ連で行われる計画に関わっている?

「XFJ計画に第参開発局が参加していると?」

 呆然と呟いた質問に、さも当然とばかりに頷く二人。
 流石にこれには面食らってしまった・・・。第参開発局がXFJ計画に関与しているなんて話、私のところにまで届いていない。

「葵さん、御心配なさらないで下さい。御注文頂いたユニットの雛形は其方へお送りしたじゃありませんか? 量産に必要なデータもつくばから岡崎へ既に渡っているはずですよ?」

 呆けてしまった思考にそんな部長の声が届き、忘れかけていたある事実を思い出す。

「ッ!! そのことでお話があります! 何故、あんな余計な機能を搭載したのですかッ!?」

「はて? 余計なものとは?」

「其方で開発して頂いた演算ユニットのことです。 戦術機の操縦補助、並びに自律機動に重点を置いた仕様での開発をお願いしたはずなのに、何故あんな無駄な機能を搭載したのですか?」

「無駄な機能・・・ですか?」

 私の言いたいことが理解できないのか、それとも白を切っているのか、石井部長は困ったような笑顔でベールレイ中尉と私の顔を見比べる。
 見え透いた演技だ・・・絶対にこの人は惚けているに違い無い。

「Asura-daのことですッ!! ただの演算ユニットに、さも意志があるかのように見せかけるために何故会話をする機能を付加させたのですか?」

 思わず荒げてしまった声に驚いたのか、ベールレイ中尉が眼を見開くのが分かった。 部長は相変わらず笑顔だけど・・・なんだろう? あの作り物めいた顔が・・・見知った笑顔と何処か違う気がする・・・

「今の話を察するに・・・其方に送ったユニットは言葉を発したと?」

「え、ええ、そうです。 待機中なら兎も角、衛士が戦闘中に無駄話をする余裕なんて何処にもありません」

 その雰囲気に呑まれそうになりながらもなんとか不満をぶつけると、部長はまるでいたずらが見つかった子供のように肩を竦めて見せた。

「いや~~~厳重にプロテクトを掛けたつもりだったんですけど、何かのバグで起動しちゃった見たいですね? 説明せずに本当に申しわけありませんでした葵さん」

「むッ! 認めましたね? まったく・・・あんな機能にソースを割く余裕があるのであれば、その容量をもっと別のことに使ってください」

「あれ? お気に召しませんでしたか? 戦場で戦う衛士の一時の安らぎになればと思って組み込んで見たんですが?」

 明らかに開き直った部長が言った言葉に呆れることしかできない。
 安らぎも何も隆さんとのやり取りを見ている限り、あの機能は衛士に余計なストレスを与えるだけのような気がする。

「ここでお会いできて丁度良かったですッ! ソ連に滞在している間にあの余計な機能を削除してくださいッ!! できないのであれば日本に戻り次第、其方に返却するつもりですのであしからず」

「残念ですね~。 まぁ後でミース君を行かせますので。 この期間に出来るかはわかりませんが、葵さんの言いたいことは良く分かりましたよ。 ね、ミース君?」

「・・・は、はい、わかりました城崎中尉」

 ポンっと肩を叩かれて、やたらと狼狽しながら答えるベールレイ中尉。 その態度から見て・・・プログラムを組んだのはもしかしたら彼女なのかもしれない。
 これは彼女にも苦情を言うべきかと思っていると・・・

「葵~。 搬出終わったのに何やってるのよ~? 早く皆のところに戻りましょ~」

 強化装備姿の栞が不満を漏らしながら近づいてくる。
 見た感じどうやら御立腹の御様子だった。 彼女一人に支援担架に機体を固定するのを全部任せてしまったので当然と言えば当然かもしれないけど・・・

「ん・・・? 知り合い?」

 私と一緒にいた二人を見かけて首を傾げる彼女。 どう説明したものかと躊躇していると・・・

「技術廠第参開発局で部長を務めている石井です、元葵さんの上司だったりします」

「あ~なるほど、お嬢様のお世話は大変だったでしょう? 橘栞・・・少尉よ少佐殿」

 一瞬で人となりを見破ったのか、それとも生来の物怖じしない性格でか、あっけらかんと答える栞の姿に頭を抱えたくなった。 でも一応相手の階級章を抜け目無く確認している辺りが栞らしい。

「いえいえ、葵さんは聡明な女性ですのでそんなことは。 それに栞さん、殿なんていりませんよ~ 肩書きなんて最前線じゃなんの意味もありませんからね」

 そして予想通り上官らしからぬ態度を見せる元上司。

「聡明・・・聡明ね、葵にそんな言葉を掛ける人がいるなんて思わなかったわ・・・。 どう見ても鈍感ニブチン女なのに」

 ニブチンッ? 思慮深いって言って欲しいわね!!

「あははは、鈍いなんて失礼ですよ? 葵さんはちょっと周りが見えてないだけですよ」

 ―――部長、あんまりフォローになってません。

「おッ!? 話せるわね部長さん?」

「いえいえ。 葵さんが百里に行ってしまってから、ちゃんと皆さんと上手くやれているか心配していたんですが・・・。どうやら僕の杞憂だったみたいですね」

「そうでもないわよ~。 時折うちのグラサンと夜中にコソコソ何かやってるし」

「ほほぅ? それは気になる話ですね? 葵さんの大切な日に立ち会った身としては、結婚、出産まで見届けないと心配で心配で」

「大切な日? なになに? なんのこと? ってちょッ!! 何よ葵!!」

「黙りなさい!! 早く皆のところに行きたいんでしょうッ!? 石井部長、さっきの件は早急にお願いします!!」

 これ以上二人を会話させていたら精神衛生上とても良くない。
 喚く栞の首根っこを捕まえて私は早足でその場から立ち去った。











<ミリースラ・ベールレイ>

「―――部長」

 城崎中尉の姿が見えなくなってから、私は震える声を必死に抑えて部長にそう呟いた。

「―――うん、どうやらオリジナルは失敗したようだけど、コピーは成功したようだね」

 そう答える部長の横顔は、普段浮かべている笑みが影を潜め、いつか見た・・・部長の友人を失った時のような力無い笑みが浮かんでいた。
 私はなんと声を掛ければいいのだろうか? 思わず飛び込んできた一欠片の希望、だがそれがもたらす結果を考えると私は手放しに喜ぶことなんて決して出来ない。
 一時期第参開発局に所属していた城崎中尉だが彼女は所詮お客様だった。 第参開発局の全貌を知らない彼女はあんな態度を見せたが、部長が求めるものを知っている私は彼女から伝えられた事実に呆然としていることしか出来なかった。

「とは言えだ、これは喜ばしいことじゃないかミース君?」

 私の不安を他所に、一転して何時もの笑顔を浮かべて両手を広げる部長。

「香月博士の理論が正しかったことが証明されたわけだし、人類は新たなステージに立てるかもしれないんだよ?」

「確かに・・・その通りですが」

 明るく言い放つ部長だが、その笑顔と仕草が私には空元気にしか見えない。

「岐阜で行われている第三世代の実証実験もさることながら、理論ばかりが先行していた第四世代がこんな場所で形になっているとはね・・・神様ってのはやっぱり僕らを見放してはいないのかな?」

「しかし部長。 まだ実物を見ていないのですから、早計な考えは危険かと・・・」

「そうそう、そうだったね。 さっきの話通り後で向こうには話しを通しておくから、君はAsura-daのデータを確認して・・・香月博士のところに送ってあげるといい」

「・・・宜しいのですか?」

 そう聞き返した私の質問に、部長は「何か問題があるかな?」と平然とした顔で聞き返してくる。 その態度に意地が悪い人だと嘆息しながらも、部長自身も分かっているであろう事実を突き付ける。

「香月博士にデータを送ると言うことは・・・横浜にいる彼女にもこの結果が伝わることになります」

「うんうん、そうだね~」

「あのオカルトめいた理論が実証されるとは思いませんが、横浜の計画がもし軌道に乗れば・・・スポンサーの方々は決していい顔をしないと思われますが?」

「オカルトとは酷いねミース君? 香月副司令の提唱する理論と計画が実現すれば、人類が生き残る可能性が高まるかもしれないと言うのに・・・それに小うるさいお偉方は口を出すか、お金を渋るかのどちらかしか出来ないから気にしなくていいと僕は思うよ?」

「―――麻美に・・・このことは?」

「伝えるべきだと思うかい?」

 質問を質問で返され私は言葉に詰まってしまう。 部長はそんな私の肩を叩き、「時期が来れば話すさ」と呟いた。
 麻美に隠し事をしたくは無いが、今頃東シナ海で熱帯の暑さにうな垂れている彼女のことを考えると、事実を伝えるのは確かに早計かもしれない。

「ミース君。 君が心配するのもわかるけど僕達には白百合と麻美君がいる・・・信じようじゃないか。 今まで信じてきたからこそ僕達はここまで来れたんだ」

「・・・はい」

 励ましにしては気の無い言葉に苦笑し、私は揺るぎ掛けた自分の足元を見つめる。
 迷う必要なんて無い。 作り出された命に価値があることを教えてくれたのは他でも無いこの人だ。 部長が望む未来を作るために・・・私は私のやるべきことをやる。 

「そう気負わないの、ミース君」

 あの時と同じ、凍える私に手を差し伸べてくれた時と同じ暖かい笑みを浮かべる部長。 その姿を見て私は更に意志を固めた。

「うんうん、皆で幸せになろうじゃないか~」


 ―――例えその幸せの定義が常人には理解できなくとも。
 ―――私は足を止めることなんて出来ない。




*Edit ▽TB[0]▽CO[10]   

~ Comment ~

NoTitle 

更新お疲れ様ですDON総統代行殿!
魔王麻美様の姉上は邪神様ですか。
オルタ世界では魔王麻美様ではなく姉上の邪神麻香様が隆の嫁だと!?
…オルタ世界の隆は凶暴な彼女達に二股かけられる恐れ知らずの化け物だったのかw
隆が彼女に会った時どのような反応をするか今から楽しみです。
回想にあったように襤褸雑巾にされるのか、それとも想像出来ませんがデレるのか…どっちにしても隆は大変ですね。

ゲ…ゲシュタポでも魔王様に勝てないですと!?
馬鹿な奴等は対戦中の恐怖の象徴だぞ、そうするとSS(武装親衛隊)でも被害甚大でようやく抑えられる状態ですな(汗)
次回も楽しみにしております。

NoTitle 

久しぶりに見に来たら最新話がうpされていたので思わずPCの前で発狂してしいましたww
いや~、この時を待っておりましたww

NoTitle 

更新お疲れ様でした。
いくら隆がゴキブリのような生命力があっても、麻美と麻香のコンビ.........(滝汗
がんばれ!!隆!!死ぬなよ!!私は続きが見たいだから!!

真奈美の絵もかわいいな、なんとなく持ち帰りたいと思った。
続きも楽しみに待っております。

NoTitle 

最新作読みました。
麻美の姉が初登場。
人妻で苗字が金谷だと?
ま、おいおい明かされるでしょうね。

で、今回の指摘。

愚昧→愚妹
再開→再会
不幸率→不効率または非効率

NoTitle 

姉妹揃って人間凶器www
にしても金谷か…凄く続きが気になる!

NoTitle 

ああ、隆ってやっぱりそう言う星の下なのか・・・(笑
小ネタですが、「海軍カレー」は因みに金曜日限定、ってか、金曜日の定番だったそうです。
っと、あと少々気になった点が・・・ 「第五戦団長」 この場合は「第五戦隊司令官」の方がしっくりくる気が。
※「艦隊司令長官」⇒「戦隊司令官」となります。

あ、それと伝言が。
「・・・男なんて所詮は皆種馬だ。 そこの所は良く覚えて置けよ? 一見、頼りになる上官に見えても一皮剥けば中身は皆同じ・・・」

『なあ、三澤・・・ 俺、お前にそこまで恨まれる事したか・・・?』
種馬が少し涙目です(笑

NoTitle 

 私は(恐らく多くの人が)この日を待っていた。「かれかの」新作万歳ヽ( ̄ー ̄ )ノ
 相も変わらぬグラサンの幸せなんだか不幸なんだか分からない麻美との過去話ににやにやしましたし、何気に挿絵の真奈美は可愛いですし。前よりずっと面白さに磨きが掛かってます(笑)
 しかし、ロシア人でニカにターニャって・・・・・不幸フラグを満載した名前にしか見えないのは気のせいでしょうか・・・なにわともあれDONさんのペースで完結まで書いていただければ一読者としてこれに勝る喜びはありません<(_ _)>

NoTitle 

 同志よ、更新乙! 待ちに待ったソ連編と思いきや、まずは噂の姉登場www
 もしかしてまだ出てくるんじゃwww
 裏事情知ってるとニヤリッとできるところが沢山www
 次回も楽しみに待ってますぜ!

 デモべのキャラを描いて下さると! では地球皇帝アウグストゥス様を! え? 需要がない? では! スーパーウェスト無敵ロボ28号號改ドリル・エディション~男の夢よ永久に~を背景にした西博士を……って駄目ですか。そうですか。
 じゃあ一番需要がありそうなロリババア(黒い方)でお願いしますm(__)m

 仕事の方も落ち着いてきたので自分もそろそろ更新できそうです。その時はまた御贔屓に。では~

NoTitle 

連載再開おめでとうございます。

>今の時代にエコと真逆な走りしか出来ない車なんて~
ふっ……私の車も二枚ドア・二人乗りの車ですが一応リッター16km(実走)をマークしますとも。そこらのエコカーの実走燃費よりもマシな場合が多いですぜ、麻香さん。
しかし麻美の姉ですか……。横暴なところが誰かに似ているような……(汗)。
そして隆よ、『姉妹で胸のサイズに差がある』について私は実例を知ってたりします(昔から世話になっているある姉妹の姉がDで妹がAA……。さらにその姉の娘二人(成人済み)は姉がAで妹がC……)。だから妹がペチャだったとしても姉までペチャとは限らないだだだだだだだだだだ!? やめっ、止めてぇぇぇぇぇぇ! そこは色々とらめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!


あー、ひどい目にあった……。それはさておき。
気遣いのように見える海軍カレー(曜日の感覚が薄くなる海軍において、曜日を確認する意味も込めたメニュー。部隊によって味が違うらしい)だが、実は真奈美に更なるプレッシャーを与えるためだったりするのだろうか? 主に胸関係で(笑)。

そしてこちらの世界では隆と麻香がすでに夫婦ッ!? もし顔をあわせたらえらい事に……(ガクガクブルブル)。

複座の不知火……。誰が隆と一緒に乗るのか?
本命:静流
対抗:真奈美
意外性1:瞳
意外性2:某国姫君
意外性3:アザリー
大穴:麻美(爆笑)
予想はこんな感じで。野郎との複座は認めんっ!!(爆笑)


連載頑張ってください。


追記:
4/18のホビーラウンド3にはF-14Dのカスタム機を出品予定のため睡眠時間を削ってカスタム中です……(最近車を運転中にマイクロスリープを起こしかけててかなりやばいです(汗))。
同時進行中の吹雪が間に合うかどうか微妙になっててさらにヤバさが増してますorz。
熊蜂についてはこの作品中の内容まんまと言うわけではなく、コンセプトのみ借りて作るつもりです。(背中に大型砲、両腕にも固定火力、ホバー能力、スパイクベーンなど)

NoTitle 

更新ktkr
眠れぬ夜をいくつ乗り越えたことか(性的な意味d)
枕を何回濡らしたことか(性的な意m)
とりあえず真奈美のかわいさについて小一時間(ry

話は変わりますが健康診断の結果「霞分不足」だと診断されました
定期的に霞に含まれる癒し成分を摂取していないことが原因だそうです
どうやら三大成人(おっきいおにいちゃん)病の一つに数えられているようなのでDON様も十分お気をつけ下さい

ではのし
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