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DONの落書き部屋

2014.8.23 郷愁編追加。3年ぶりの更新です。               2014.8.21 近日再始動

※ 当ブログに初めて訪問された方へ

未分類・戯言の数々


 
 この度は当ブログへ足を運んで頂き、尚且つこのページを開いて頂き本当にありがとうございます。


 私、管理人であり作者でもあるDONと申します。
 ブログ内のコンテンツを見る前に、このページに目を通して頂ければ幸いです。



 一 ブログの内容について

 このブログはageから発売されております【マブラヴオルタネイティヴ】の二次創作がメインコンテンツとなっております。
 内容は本編の主人公である白銀武と同じように、平和な世界で生きていたオリジナルのキャラがマブラヴの世界で生きていく物語です。
 オリ主は何処にでもいる普通のサラリーマンなので、主人公には付き物な特別な力なんてモノには一切縁がありません。
 マブラヴ本編のネタバレ、独自設定、独自解釈、数多くのオリジナルキャラが登場します。
 他作品とクロスさせるつもりはありませんが、何処かで聞いたようなキャラが出てくる場面も多々あります。
 勿論マブラヴに登場したキャラ、そしてageが発表した作品からも数多くのキャラが登場しますが、あくまで主人公はオリジナルのキャラなので、それら本家のキャラよりもある程度優遇されている点はご理解ください。 
 拙作では御座いますが、上記の点を踏まえた上で読んでくださると幸いです。



 二 頂いた感想、コメントについて

 記事の下段にコメント欄がありますので、そちらに感想を頂けるとSSを書く燃料になったりします。
 このページは内容を考え絶えずトップに置きますので、このページの下段にSSへの感想、作者への質問、その他諸々を記載してくださっても結構です。
 どのタイミングで返信するとは約束できませんが、頂いたコメントには必ず返事を書かせて頂きます。
 ※シークレット設定にされた方へ
 コメントは全てメールで送られてきますので、送られてきたコメントには全て目を通させて頂きます。
 ですがシークレット設定にされたコメントへは、書かれた方への配慮も考え返信致しませんのでご容赦ください。
 ただ第三者に知られたくない内容でいて、それでいて私からの返事が欲しいとおっしゃる方は下記のアドレスに直接メールを下されば返信いたします。
 お気軽にどうぞ→  asyurey1214@yahoo.co.jp 



 三 ブログ内の記事、イラストについて

 他所への無断掲載は原則禁止いたします。
 ってか何処かへ掲載できる内容じゃ無いです、そんなことしても恥ずかしいだけですよ?
 また、あくまで掲載しているSSは独自解釈で書かれたマブラブSSですので、この設定を他所で語り恥をかいたと仰られても責任は取れませんのでご容赦くださいませ。w
 頂いたイラストや写真につきましては、権利は私へ送って頂いた方にありますので、笑い抜きで何処かへ掲載することを禁じます。 
 


 四 当ブログの構成について

 このブログは、ブログ小説専用Novelテンプレート様の背景画像を一部/全て変更して利用しています。
 背景画像を変更しての利用には、ブログ小説専用Novelテンプレートの管理人様への許可が必要です。
 背景画像変更後も、テンプレートの著作権はブログ小説専用Novelテンプレートの管理人様にあります。
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郷愁編 1話

第二部



 ―――そこには何も無かった。

 あるのは雄大に聳え立つ山々と黄金色の稲穂で煌く草原の海。
眼前に広がった世界は季節によって様々な色合いを映し出し、人の手では表現し切ることの出来ない美しきコントラストを描き続ける。そこはBETA大戦によって世界規模で環境が破壊されている中であっても、まだ日本の美しき自然が織りなす四季を享受できる数少ない場所だった。
 だが・・・目に映る景色は四季を通して移り変わりはするも、変化の無い世界は様変わりを続ける世間から隔絶された感は否め無い。故にどんなに美しき場所だとしても、見る人によっては息が詰まる閉塞感を感じさせる世界だった。

 ―――そこに彼女を熱くしてくれるものは何一つとして無い。

「本当に行くんかい? 今だったらまだ・・・」

「お祖母ちゃん、私が自分で決めたことを今更止めるなんて言うはずないでしょ?」

 だからか、彼女は故郷から離れることに躊躇いは無かった。
 見送りの際、不安そうな顔を見せる祖母へ彼女は珍しく笑って答えた。
 それは自分の身を案じてくれた祖母へ、彼女が出来る唯一の気遣いだったに違いない。

 ――――1980年。
 この年、帝国議会は30年前に撤廃された徴兵制度を再び制定した。その理由がユーラシア大陸で繰り広げられている戦争によるものだと国民の誰もが周知していた。
 海の向こう側の話だとしても、政府による緘口令が敷かれていたとしても、世界中に蔓延する不安と恐怖は疫病のごとく人伝に伝染し、それが人々に『徴兵』の義務を納得させる理由になっていた。
 だが、それから数年の月日が経ち徴兵が世論の常識となっていたとしても、まだ十代半ばの孫娘を戦争に送り出す祖母の心情は複雑な思いで渦巻いていたのだろう。息子夫婦の忘れ形見を軍に取られる悔しさ、だがその一方で御国のため、心酔する陛下や殿下の尖兵となることを自ら選んだ孫娘を誇らしくも思う気持ちの間で。

「――――静流、体には気をつけるんだよ」

「うん、お祖母ちゃんも無理はしないで」

 そんな祖母の気持ちとは裏腹に、彼女の心境は酷く冷めきっていた。
 愛国心と呼ばれる気持ちが無いと言えば嘘になるが、その気持が人よりも遥かに薄いことを彼女は自覚していた。 彼女は国のためでも、国主のためでも、ましてや家族のためでもなく、ただ現状に変化が欲しいがために徴兵に志願したのだ。
 年老いた祖母を残していくことは気がかりだが彼女には妹がいた。
 もし万が一自分に何かあったとしても妹がいる。 全てを押し付けるようで悪いが、後に生まれたものの運命と思ってもらう他無い。

「――――奏海のこと、宜しくね」

 彼女は年齢に似合わず、酷く聡明で、酷く冷めきった娘だった。
 彼女には目的と呼べる明確な物は無く、あるのは退屈な今を変えたいと思う些細な気持ち一つ。
 その思い一つで命の損得勘定を済ませ、軍の士官学校へ行くための切符を手にした。
 異常だと、常識の範疇に縛られた人間は思うだろうが、軍属になれば家族へ様々な恩賞が出るのも事実だ。
 自分が軍に入ることで自分達姉妹を育ててくれた祖母に少なからず恩返しができる。彼女は酷く聡明で酷く冷めきっていながらも・・・周囲への最低限の配慮を欠かすことはなかった。 例えソレが利己的な考えの裏付けがあったとしてもだ。

「勿論だよ。あの子のことは心配しなくていいからね・・・ それよりもお前のほうが・・・」

「お祖母ちゃん、私は大丈夫だから・・・ 何かあったら彩峰さんのところに行くから心配しないで」

 大陸に派兵した父が死んだ後、何かと面倒を見てくれた人の名前を口にする。
 確か、父と士官学校時代の同期だったとか、

「―――じゃあ、行ってきます」

 駅に汽車が到着し、短い別れの言葉を残して彼女は汽車へ乗り込んだ。
 汽車の中には彼女と同じような境遇の少年少女の姿が何人もあった。自らが選んだ道とはいえ、今後訪れるであろう我が身の行く末に不安を感じているのか、皆押し黙って暗い雰囲気を醸し出していた。

「――――」

 彼女は彼らの姿を一瞥して空いた席へ座った。
 10代半ばの娘が持つにはあまりにも少ない手荷物を膝の上に置くと、ゆっくりと汽車が動き出し車窓に映る故郷の風景が横へ流れ始めていく。
 これで見納めかもしれない。 そう考えるも感慨深く思う程では無かった。
 汽車が速度を上げ、見慣れた河川や田畑を通り過ぎて行く。
 郷愁も感傷も感じぬままに、彼女は最後に車窓から離れ行く故郷を振り向いた。



 ―――だがやはり、そこに彼女を熱くしてくれるものは無かった。








郷愁編 かれの周囲は動きだす


 2001年8月11日
 オホーツク海洋上 妙高艦内 営倉

 目を覚ました静流の瞳に映ったものは、故郷の風景とは程遠い殺風景な鋼鉄の天井だった。 混濁する意識の中、静流は自分がうたた寝をしていたことを自覚し、過去を思い返していた自分を笑った。
 重厚な鉄板で囲まれた狭苦しい室内。窓も無く無機質な蛍光灯が唯一の光源たる此処は、夢で見た日の当たる故郷とはまるで別世界だった。

 何故今になって故郷の風景を夢に見たのか?
 10年以上前に飛び出したきり一度も戻ったことの無い故郷。 妹からの便りで故郷の様子は大まかに把握しているが、今日まで一度も足を向けること無く過ぎてしまっている。
 戻る理由など無い、むしろ戻ることなど出来ないと彼女は思っている。
 故郷を捨てて軍属になり、あの眩しかった世界とは程遠い世界で生きてきた自分が、今更戻ることなど出来るはずもないと。
 志願して選んだ道とはいえ、これまでの人生は得るモノよりも、失うモノのほうが遥かに多すぎた。 士官学校で寝食を共にした同期、敬愛すべき上官、守りたかった部下たち、そして人としての感情や道徳。それら多くを失い拭い切れない血で塗れた自分が、暖かな故郷の下で微睡むこと等できようも無い・・・
 そのことを不幸と思う気持ちは無い。 あの幼き日に自らが選び選択したのだ。 稚拙な動機だったかもしれないが、故郷の環境に馴染めなかった自分が選んだ結果が今だ。
 妹は既に結婚し二児の母になったと聞いている。 妹と同じように港湾の官職にでも就ける大人しさがあれば違った人生があったかもしれないが・・・

「――――それができれば苦労しないか」

 誰に言うでもなく彼女は自嘲気味に笑った。
 無意識に胸ポケットに手を伸ばすも、煙草は営倉に入る際に没収されていた。口寂しさを覚えつつ、どこぞのグラサンに煙草の量が増えましたねと言われたことを思い出し、この機会に禁煙するのも有りかと彼女は前向きに考えることにした。
 手持ち無沙汰を誤魔化すように虚空を見上げていると、唯一外に繋がった重厚な扉を叩く控えめな音が室内に響いた。

「――――三澤大尉、よろしいでしょうか?」

 聞き慣れるほど聞いたわけではないが、知っている声が分厚いドア越しに聞こえてくる。
 是非も何も、こちらに拒否権があるわけでも無いのに聞いてくる彼女の律儀さに嘆息し、静流は入室を促した。

「どうぞ、鍵はかかっておりませんよ」

「・・・失礼いたします」

 皮肉に反応することも無く、声の主はドアを開けて中に入って来る。
 カツンっとヒールが硬い床を叩く音が狭い室内響き渡る。 簡易ベッドに寝転んでいた静流は気だるげに身を起こして営倉に入ってきた麻香に向きあった。
 海軍特有の目の覚めるような白い制服が視界に入るが、微睡みの中にあった静流はボディラインをはっきりと浮かび上がらせるこの制服を女性士官に着用させるのを決めた奴は間違いなく変態だと、場違いな感想を抱いてしまった。

「少子化対策の一貫と言えば聞こえはいいか・・・」

「何かおっしゃいましたか?」

「いえ、独り言です・・・・私に何か御用でも? 金谷大尉」

「ええ、ですが三澤大尉こそ私に何か聞きたいのではないですか?」

 入室して来た麻香は凛とした態度で質問を質問で返してくる。
 彼女の言うとおり、確かに静流は麻香に聞きたいことが山ほどある。 カムチャッカで行われた戦闘の行方、こうして営倉に放り込まれている自分の処遇・・・・そして部下達の安否。
 我を忘れて取り乱し、麻香に答えを縋れればどれほど楽なことか。

「――――金谷大尉からお先に、私の話は後で結構ですので」

 だが、そんな事をして何になる? 情報は必要な時に必要なモノだけが与えられる。それが軍の常識である以上、見苦しい姿を晒しても何の意味も無い。
 静流にそう促された麻香は表情一つ変えること無く小さく頷き、被っていた制帽を手に取り扉から半歩横にそれた。

「私の質問も個人的な内容ですので、先にこちらの方のご用件をお聞きください」

 そう言われて静流は初めて麻香の後ろに自分たち以外の第三者がいることに気づいた。
 ソコにいたのは軍艦には似つかわしく無いソフト帽を目深に被ったスーツ姿の男だった。




 同時刻
 妙高艦内 医療区画

「脈拍、心拍共に正常・・・眼球運動に反応・・・・・・では質問します。貴女は自分が誰なのか分かりますか?」

「――――」

「・・・質問を変えます。貴女の名前を教えてください」

「――――ま・・・なみ・・・です」

「結構。では真奈美さん。貴女は此処が何処だか分かりますか?」

妙高付きの軍医によってベッドに横たわった真奈美に繰り返される質問の数々。真奈美は辿々しくではあるが軍医の言葉に受け答えはするも、虚空を見つめる瞳からは一切の輝きが失われていた。艶やかな栗色の髪はボサボサに乱れ、コケた頬の上には黒黒しい隈を作り、僅かな時間で一回り以上も年老いてしまったかのように見える少女の姿は凄惨の言葉だけでは片付けられないほど痛々しいものだった。

「貴女は昨日自分が何をしていたか思い出せますか?」

「――――わた・・しは、ソ連・・・・の基地で・・・ソ連の・・・」

「真奈美さん、ゆっくりでいいんですよ。 落ち着いてゆっくりと答えてください」

そう優しく声を掛ける軍医だが彼が行っているのは診療治療でもましてや精神鑑定でも無い。
立ち会いである葵は、作戦行動中にMIAとなった栞について、また99型砲の使用についての事情聴取であるこのやり取りを黙って見守ることしか出来なかった。当時の状況確認等、葵が搭乗していた壱型丙やユウヤの弐型のログで確認すれば事足りる話だが、形式的な手続きの一つとして真奈美への聴取が必要なのは彼女も理解している。

「――――警報がなって・・・皆で逃げようとして・・・・そして・・・・そして・・・・」

だが理解をしていも、痛ましい姿の真奈美に不躾な問いを続けるのは葵にとっても苦痛でしかなかった。

「――――そして?」

「BETAが来て・・・・皆で戦って・・・・私は不知火の中で何も出来なくて・・・・そしたら隆さんが・・・・隆さんの足が・・・・」

 現実を事実として受け入れたからか、真奈美の枯れた瞳に大粒の涙が浮かぶ。
 思わず葵が顔を伏せた瞬間――――

「あぁぁぁぁぁああああアアッ!! 近寄るなッ!! 皆に近寄るなぁぁぁあッ!!」

 感情のトリガーに触れたのか、それまでの様相を一変させて真奈美は叫び声を上げた。
 ベッドの上で髪を振り乱し半狂乱で喚く真奈美を葵は必死になって抑えようとするも、衛士として訓練を積んだ少女の体は見た目の細さからは信じられない膂力で彼女を突き飛ばした。

「城崎中尉下がって!! 君、鎮静剤の用意を!!」

「待って下さい!! 既に彼女には規定値以上の投与を・・・・・・」

「打たなければ彼らの手を借りる事になります!! それは中尉の望む処では無いでしょう!?」

 軍医はチラリと医療室の入り口に待機するMPに視線を向ける。葵は口惜しそうに唇を噛んだまま一歩二歩と真奈美が暴れるベッドから離れた。

「殺してやる!! お前ら全部殺してやるッ!! 殺す、殺す、殺す、殺す、殺す!! あぁぁぁあああああああッ!!」

 叫び続ける真奈美は葵の知る彼女では無かった。
 血走った目からは止めどなく涙が溢れ、口から泡を吹き出しながら呪詛の言葉を紡ぎ続ける少女の姿は、過去に見た愛くるしい姿とは似ても似つかないほど凄惨なものだった。
 掛ける言葉も、少女の姿を見続けることも出来ない葵は、漏れそうになる嗚咽を噛み殺し逃げるように医療室を後にした。

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・うぅ」

 狭い艦内を抜け出し、デッキにある手すりを掴んだと同時に葵は力なく崩れ落ちた。
 助けてと、叫びたかった。
 誰か助けてと、声を出して叫びたかった。
 しかし今の彼女に頼れる人は誰もいない。 こんな時いつも助けてくれた人は今尚生死の堺を彷徨っている。 そして友達だったと気づいた彼女もいない。

「うぅ・・・・・・栞・・・」

 我知らず口から彼女の名が漏れる。
 彼女ならこんな時にどうしただろうか?
こんな逆境など笑い飛ばして精力的に動いたのだろうか、それともただ諦めること無く黙々と皆の安否を祈るのだろうか。

 ――――だが彼女はいない、もう何処にもいない。

 自分たちがこの艦船に収容された後、帝国艦隊は即座にソ連領海から離れることを決定した。
 BETAに襲撃されたц03前線補給基地は今尚ソ連軍より面制圧の砲撃が続けられている。 迅速に行われた後方基地からの戦力供給により、突如として出現した光線級への光線級吶喊が順調に進んだそうだ。 光線級の排除が済み航空戦力が投入された基地はBEAT諸共は灰燼に帰すに違いない。

 そんな場所で栞が生き残る可能性などあるはずが無い。

「う・・・うぁぁああ」

 嗚咽が漏れる。
 必死になって堪えていたのに、涙が溢れてしまう。
 何が間違っていたのか? 何故、彼女を残して自分たちは逃げてしまったのか。
 仲間だと、友達だと、親友とすら思い掛けていた彼女を自分は見捨ててしまった。
 軍に関わる前、軍属として生きる覚悟を決めろと父や兄達に言われた。
 その覚悟とは何か? 友を見捨てる覚悟をしろとあの時彼らは言いたかったのか?
 ならば何故そう言ってくれなかったのか、どうして曖昧な言葉で濁したのか。
 出来る事なら逃げたい、こんな硝煙の匂い漂う場所から逃げ出して、もっと静かで穏やかな場所へ行きたいと心から願うのは罪なのだろうか?

「・・・・・・」

 溢れる涙をBDUの袖で拭いながら、彼女は無言で立ち上がる。
 それを望めば、自分にはそれを叶えるだけの力がある。
 仮初の平和かもしれないが、真奈美を前線とは遠く離れた場所へ離すことが出来る。
 何度もそれを実行に移すべきだと思い悩みながらも、今日まで何も実行せずただ流れに身を任せてしまった。それを後悔するも、したところで最早意味は無い。
 此処が岐路だ、此処で決めなければ、真奈美にとっても自分にとっても引き返せない場所まで行ってしまう。
 自分が動けば、正気に戻った真奈美に恨まれるかもしれない。
葵はそれを理解しつつ、頬は熱くとも冷えきった頭をフル回転させて今後の身の振り方を思案し始める。
 そんな彼女に・・・・・・声を掛ける人物がいた。

「――――探しましたよ、葵さん」

 不意に声を掛けられた葵が振り返ると、そこにはいつも通り穏やかな笑を浮かべた石井が立っていた。

「た、大佐。 どうして・・・・・・」

 かつての上司の姿を見て、葵はまだ目尻に溜まった涙を拭いもせず敬礼の姿勢を作った。

「おや、珍しいですね? 葵さんが私に敬礼をするなんて」

「そう言えば・・・・・・そうですね」

 石井の言う通り葵は彼に向かって敬礼を送ったことは数える程しかない。 軍規に反することだと承知しているが、彼の身の振り方がそれを容認してしまうのだ。
 人目を考えて反射的にしてしまった。葵はそう自分を納得させて敬礼を解いた。
 石井は珍しくそんな彼女の様子を茶化すことなく黙って見ていた。
 いつもと違った彼の姿に葵は戸惑ってしまう。 まさかとは思うが、先ほどの姿を見て彼なりに気を使っているのだろうか?
 そんな甲斐性がある人間には思えなかったが、もしそうだとしたら自分は彼の人となりを少し誤解していたのかもしれない。

「さて葵さん、お疲れの様子ですから簡潔にご報告差し上げます。 ――――皆さん、峠は越えましたのでもう大丈夫ですよ」

「――――え?」

 唐突に投げかけられた石井の言葉に思考が追いつかず間抜けな声を上げる葵。
 その姿を見た石井はやれやれと言った様子で小さく肩を竦め、浮かべる笑顔をより一層深くして言葉を続けた。

「随分と悪運の強い方々ですね。 まだ動かすわけにはいきませんが、容態は安定しましたからご安心ください」

「そう・・・ですか」

 漸く石井の言葉を理解した葵は大きく肩を落として項垂れる。

 幸運だったと、心からそう思う。
 目の前にいる男がいなければ隆たちの命は無かっただろう。
 一時身を寄せていた部所とは言え、来賓扱いだった葵は第参開発局の全てを把握してはいない。噂と朧気に聞かされている事実から、彼らの正体と目的を推し量ることは出来ていたが、その闇の中に積極的に関わろうとはしなかった。
 だが今回ばかりは話しは別だ。目の前に仲間を救う手段があるのに、それを躊躇い利用しなければ間違い無く後悔する。 彼らに借りを作ったことで今後の人生において大きなリスクになるのは違いないが、彼女は自身がとった行動に後悔は感じていなかった。

「ありがとうございます。 大佐のお陰で仲間が助かりました・・・・・・」

 絞るような声音で礼を告げるも、石井が言う皆に栞は含まれていない。
 真奈美だってそうだ、肉体的な怪我は生体移植と機械化でどうとでもなるが、精神的な怪我は彼らとて簡単に癒すことはできない。
 投薬と暗示による処理で誤魔化すことができるが、真奈美はソレを一度受けている。 強すぎる催眠暗示は治療とは逆に個人の心理に悪影響を及ぼし正常な思考の邪魔をしてしまう。
 それは衛士としてではなく只の人間としても障害が残ることを意味している。

「ふむ、なんだか妙な絵面ですねぇ・・・・・・葵さんが僕に素直に礼を言うなんて。 いつも通りもっと蔑んだ目で見てくださいよ~」

 などと石井はおどけた調子で言うも、葵は苦笑染みた愛想笑いを浮かべることしか出来ない。 石井は残念そうに頭を左右に振り、ずり落ちかけていた眼鏡を指で持ち上げた。

「――――葵さん、老婆心ながら一つだけご忠告しておきますよ」

 眼鏡を抑えているせいで表情は見えない。 だがその声音は先ほどと違い明るい調子から一変し、何かを言い聞かせるかのような静かなものだった。

「もっと気丈に振る舞うことを心がけなさい。 これから貴女が歩もうとしている道は一見平和に見えますが、実際には魑魅魍魎が跋扈する日陰の道です。 その道を歩くのに必要なのは他人を思いやる気持ちではない・・・・・・目的のためであれば例えどんなモノでも利用する覚悟が必要になります」

 ――――見透かされた。 葵はそう思いながらも、彼が語る言葉の重さに気づき視線を上げる。

「正直、貴女はあの一族に名を連ねるには優しすぎる・・・・・・ それが貴女の美点であり欠点でもありますが、今後はその優しさが間違いなく足枷になるでしょう。 捨てろ、とは言いません。 いつの日かまで、全てが終わったその時までは隠し抜きなさい。 で、なければ身内にすら足元を掬われ全てを失いますよ?」

 言葉の意味を理解し葵は小さく頷く。
 【笑い男】と揶揄された男が自分へ語る言葉は何よりも重く受け止める必要があった。

「善き人であろうと願う権力者は往々にして過ぎた理想を胸に抱きながら、それを利用され理解されないまま孤独の生涯を閉じる事になる。 その場しのぎの安っぽい志だけでは自分を含めた世界は何も変わりません。 自分にとって本当に必要なモノだけを残し、後は利用し捨て去る・・・その覚悟がありますか?」

「――――ご忠告痛み入ります。 ですが・・・・・・私は大丈夫です」

「結構。 その言葉を信じましょう・・・・・・どうやら、これからは葵さんと今までとは違った形でより深き関係となれそうですね?」

 薄い笑みを浮かべる笑い男の底は果てしなく深く、その本質を知ることは出来ない。
 相手は帝国の暗部を気楽に闊歩する化け狸、一介の小娘がその相手になるわけがない。
 自分がもう引き返せない立脚点に立っていることを自覚しつつ、葵はただ目の前にいる男を見据え続けるしかなかった。




2001年8月11日
 国連太平洋方面第11軍・横浜基地 地下13階 

「――――計画は順調ね。 よくもまぁそんなセリフが吐けたもんだ。 爺達がアンタを雌狐と呼ぶ理由がよく分かったよ」

 落胆と侮蔑が入り混じった男の声が薄暗い室内に響き渡る。
 不機嫌な態度を隠そうともしない男と相対して座る女性・・・国連軍横浜基地副司令官、香月夕呼は特に気分を害した様子も見せず、作り物めいた微笑を浮かべながら男の次の言葉を待った。

「カムチャッカで行った国際合同試験の内容は俺の耳にも入ってきている。 アンタがこしらえた玩具が随分と凄まじい戦火を上げたそうじゃないか? 国粋派の連中は分かりきった事だがボーニングの連中はもう少し利口だと思っていたよ。 今頃、作ってしまった貸しの取り立てを想像して震え上がっている頃だろうな」

「――――さて、何のことでしょうか?」

「今更惚ける必要は無いだろう? 99型砲のコアモジュールの出処が此処なんてことは業界では周知の事実だ。 何処から漏れた情報かは知らんが・・・・・・いや、違うな、アンタが意図的に漏らしたのか」

「――――」

「黙りか・・・ まぁいい、話では99型砲を含むコアモジュールはソ連軍基地に放棄されたそうじゃないか。 帝国が保有していた貴重なG元素を仮想敵国へ奪われる・・・アンタにとってコレが想定内の出来事なのか、もしくは想定外の事態なのか。 どちらにせよ第四計画の後援者達へ伝える言い訳は既に用意済みなんだろう?」

「――――その基地には確か派遣中のご家族がいたはずでは? ご心配ではないのですか?」

 質問をはぐらかすかのような夕呼の問いに、男はわざとらしく口笛を鳴らし皮肉げな笑みをより一層深めた。

「へぇ、アンタの口から人を思いやる言葉が聞けるとは思ってなかったよ。 どんな心境の変化だか・・・帝国に送った情夫が心配で思わず口から漏れ出たのか?」

「お戯れを。 彼とはそのような間柄ではありません」

「はっ、俺もアレとはそのような間柄じゃ無い。 利害関係が一致した元同居人だ」

「――――随分とドライな関係ですわね。 とても血を分けた兄妹の言葉とは思えませんわ」

「価値観の相違だな。 もっとも、アンタからも自身の姉達を心配する言葉が出るとは思えんが・・・まぁ御託はどうでもいい、悪いがウチはあんな玩具で誤魔化されるほど馬鹿じゃない。 欲しいのは明確な研究結果だけだ。 副産物を我物顔で喧伝し寿命を僅かでも伸ばそうなどと賢しいことは考えないことだ」

 その言葉を体現するかのように、男の着るスーツの胸元を飾る4対の菱型のバッジが僅かに煌めきを放った。

「これはこれは・・・私の知識を認め、後援者となった方々の代表に賢しいなどと呼ばれては心外ですわ。 私の知識が人類存続・・・・・・いえ、貴社の利益に貢献した事は紛れもない事実では?」

「――――確かにな。 第四計画の主旨が絵空事に等しいものだとしても、アンタの脳みそに詰まっている発想は看過できない・・・例えソレがどんなモノでも」

「お褒めいただき光栄ですわ。 城崎室長」

 悠然とした微笑を浮かべる夕呼の答えに男・・・城崎暁人は忌々しそうに舌打ちで返した。 
 年の頃は夕呼と同じ20代半ば過ぎ。日本人にはありがちな黒髪、黒目といった風貌ながらも、南米製の高級スーツを違和感も無く着こなしているその姿から、彼の育ちの良さが否応なしに垣間見えていた。
 光菱銀行経営監査部第壱査察室・室長。それが彼の持つ肩書である。
 彼の年齢で帝国が誇る財閥企業の監査部を束ねる者とするのは異例とも言える人選だが、彼の出自と持つ能力は他者に有無を言わせぬだけの力があった。

「――――お褒め頂きね、その余裕がどこまで続くか見ものだな。 今回俺がわざわざこうして出向いてきたのは、横浜への援助を打ち切るか否か、その議論がグループトップの会合で持ち切りになっていると伝えにきたんだが・・・」

「その話は今に始まった事ではないかと。 貴社のような巨大なグループ企業で満場一致の意見が出るとは到底思えませんわ」

 御三家と呼ばれる、光菱商事、光菱銀行、光菱重工を筆頭に、光菱財閥とは100以上に及ぶ大小様々なメーカー、その関連企業、その下請けを抱え、名実ともに日本帝国の屋台骨を支える超大手グループ企業である。
重工業単体で見れば武御雷の開発生産の主契約権を持つ富嶽重工に一歩譲るも、国内外に構えた軍需、民需品を生産している関連工場の数は他の追随を許さぬほどであり、帝国のみならず世界の主要企業が何らかの形で光菱に関わりその影響を受けている。 現に武御雷を初めとする第三世代戦術機の生産に必要不可欠な高品質カーボンファイバーは光菱レイヨン製の品が市場の7割を占めており、光菱グループの存在なくては日本の戦術機開発がこうまで進むことは無かったに違いない。

 先の世界大戦前の光菱は他の財閥企業と比べて突出した部分は無かったものの、大戦によって大陸からの脱出を図った華僑や、一部のユダヤ系を取り込むことによって、光菱はGHQによる財閥解体の指示を覆せる程の存在と化したのである。
 現在光菱財閥は帝国が主導で行っているオルタネイティヴ第四計画のメインスポンサーの一つになっており、グループ全体が何らかの形で計画への援助を行っている。 無論、国家機密たる第四計画の内容を知る者は極一部しかいないが、横浜に流れる多額の資金と資材に懸念を持つ者は少なくなく、全貌は知らずとも何らかの形で支援している横浜への莫大な援助を取り下げるべきとの意見が上がってもおかしくは無い。

「確かに、大所帯の悩みどころではある。 本来知るべき立場で無い奴が色々と知っているとの報告を聞くに・・・NSAかCIAあたりが潜り込んでいるのは間違い無いな」

「あら、このような場所で自社の恥を晒しても宜しいので?」

「CIAは兎も角、世界最高峰の企業スパイたるNSAに標的にされるのはむしろ光栄な事だろう? 恐らく連中は今回の件でプロミネンス構想に傾注しているタカ派に接触してくるだろうよ。 世界に通用する戦術機の国内開発を推し進め、荒唐無稽な計画に予算を注ぎ込むのは無駄だとね・・・ まぁそのほうが連中にとって色々と都合がいいからな」

「――――今回のソ連で起きた一件はその火付けになると」

「だろうな。 アンタのお陰で面倒事が増えた。 あの男の扱いと言い、アンタに関わると碌な事がない」

 言って暁人は天井を仰ぎ見て大きく溜息をつき、思いついたかのように口を開いた。

「――――社隆とか言ったな。 奴は一体誰だ?」

「――――誰、とは?」

「言葉通りの意味だ。 まさかアンタから貰った報告書の内容を鵜呑みにするとでも思っているのか? 約一年前に突如横浜に現れた出身不明な人物。 第四計画の特務に就いていたと言う話だが詳細な履歴は全て削除済み・・・ また日本人との報告にも関わらず帝国厚生省のデータベースに該当人物の記録は無し。 ・・・・まぁその辺りはよくある話だから気にも止めなかったさ、難民から適当に拾い上げた男をアンタが適当に仕立てあげたと・・・・誰もが想像していた」

 ユーラシア大陸の崩壊によって日本を含むアジア諸国へ流入した難民は数多く存在している。 多くは国連主導の難民キャンプの庇護下に置かれ管理されるも、難民一人ひとりの正確な素性を調べることは事実上不可能である。その事実を利用し、ただの難民、もしくは難民に偽装した人物に架空の戸籍を用意し素性を偽装することで都合の良い人間を作りだす。 何処の諜報機関も行っている行為であり、それを防ぐ有効な手段などありはしない。

「――――しかしだ。 あの参局が積極的に接触している。 それが理由なのかは分からないが情報省と・・・・城内省までもが妙な動きを始めた。 これは何故だ? あの男にそれだけの価値があるのか?」

「国連から帝国への派遣兵、華々しい欧州の戦歴、そして今回のソ連では現地兵と良好な人間関係を築けたとか? ・・・・価値と言えばその辺りでしょうか? 確かに特殊な人材ではありますが、注視する程の人間ではありません。 皆様の買い被り過ぎではないかと」

「買い被りね・・・ まぁいい、狐からまともな話が聞けるとは思っちゃいない。 ウチで預かった際に調べさせて貰う。 厄介者だと判断したら即座に突き返すからそのつもりでいろ」

「ご自由に、人付き合いしか取り柄の無い人物ですので」

 微笑を浮かべ飄々とした態度を見せる夕呼。暁人は彼女へ鋭い一瞥を投げる事しかできず、横浜の雌狐に遊ばれていることを改めて実感した。
 事実、社隆なる人物の情報は驚くほど少ない。
 分かっている事は彼が日系人であること。また香月夕呼の私兵であることの2点のみ。
 後者の点においてはAL4直轄部隊であるA01連隊の隊員として見れば至極真っ当な話で疑う余地は無い。 消耗が激しい実働部隊は中隊規模にまで戦力が落ち込んでいるようだが、後方任務を生業とする隊員から選ばれたと考えるべきだろう。
 しかし、厚生省のデータベースには日本人たる社隆、また彼のDNAを初めとするパーソナルデータは一切保管されていなかった。 戦後動乱の次期が続いていたとしても、徴兵に繋がるデータベースの管理は国家の威信をかけて行われており、そのデータに記載されていない人物の存在などあってはならない。
 日本人では無く、日系人として他国で生まれたのであれば彼の素性が不明なのも納得できる。 で、あれば彼の素性を知ることは困難を極める。 不可能、では無いがそれに見合ったコストがあるのかは不透明だ。
 これ以上の問答は無意味と判断し、深々と溜息を付いて暁人は天井を一度仰ぎ見る。

「――――本題に戻るが、結果さえ見せて貰えれば四の五の言うつもりはない。 グダグダほざく連中の頭を潰すのは簡単だからな。 ・・・とはいえ、最早時間がそう残されちゃいない事を自覚することだ」

 夕呼の表情が暁人の言い放った言葉に一瞬だけ険しくなる。
 そんな彼女の様子に気にするわけでも無く、暁人は無表情で天井を仰ぎ見ながら続けた。

「アンタのプランが駄目なら俺達は向こうに本腰を入れる。 個人的にはアンタを応援したいところだが会社の決定には従うほか無い」

「――――動乱を利用して成長。 貴社の本質は激動の幕末よりお変わりないようですわね」

 光菱が他の財閥企業から新興財閥と揶揄される所以はその歴史の浅さにある。
 数百年の歴史を持つ他財閥に比べ、光菱の始まりは帝国近代の動乱と言える1800年台後半の幕末と呼ばれる時代から。 僅か100年程度の歴史しか無く、また旧家とされるほど他所との血の繋がりが城崎家には無い。
 
「――――さっきの言葉をそのまま返すぜ。 お褒め頂き光栄です、だ。 俺たちは何も変わらない、先の大戦で変わらなかったからこそ今もこうして国内外に影響を与え国益に寄与している。 国益こそが自分たちの益に直結すると信じてな。 そのためにはあらゆる手段を使うさ・・・・そうでなければ資本主義の摂理に従いとっくに喰い殺されていた」

だが時の新政府を手球に取り、莫大な利益を得た城崎家の実績は確かなものである。 現にこの時勢にあってもその影響力は絶大で、旧家のやり方とは違った形で摂家との繋がりを着実に深めている。

「――――以上だ。 途中から主旨がずれた話しなったが・・・ 第四計画の時間はそう残されちゃいない。 アンタへの投資を中段すべきとの意見を持った役員の数が着実に増えている。 どこぞの動向に触発されての事だが・・・・・・ 恐らく年度末の役員会を待たずに結論が出るだろう」

 その結論が現状では一つしかありえない。それを誰よりも理解している夕呼は、ソファから立ち上がり背を向ける暁人に反論をぶつける事が出来なかった。 

「ああ、そうだ。 最後に言っておきたいことがある」

 何かを思いついたかのようにドアノブに手を掛けながら暁人は肩越しに夕呼へ振り向いた。
 その視線がゆっくりと夕呼から彼女の傍らに立つ霞へ移り。 2人の会話中に只の一言も発することの無かった少女に向けて暁人は忌々しそうに吐き捨てた。

「――――その化け物を二度と俺に見せるな」




2001年8月12日
 おおすみ型輸送艦・さんぐりあ艦内

 鼻を突くアルコールの匂いが充満した室内に規則的な電子音が響き続ける。
幾つものベッドが整然と並ぶ室内。 電子音の音源はベッドに横たわる者達に備え付けられた機械が奏でる音だ。
この集中治療室の様相を呈した室内を見て、此処が軍艦の中だと誰が気づくだろうか?
だが僅かに揺れ動く足元の間隔と、波に揺られ時折軋んだ音を建てる壁や床が、此処が紛れもなく船の中だと知らしめてくれる。

「・・・・・・」

 輸送艦の持つ医療室としては規格外に広い室内に佇みながら、彼女は目の前のベッドに眠る男を見続けた。
 その男は彼女がよく知る人物に似ていた。
 だが本人であるわけがない。あってたまるものかと彼女は思う。
 彼は死んだ。あの明けの明星が暮れた日に彼女の夫たる男は人として死んだ。その場に彼女自身はいなかったが彼女の妹が彼の最後を看取った。

 ――――それなのに

「・・・・・・」

 彼女は無言で深い眠りに落ちる男の頬に触れた。
 彼だと思う気持ちと、彼ではないと思う気持ち。 その相反する気持ちが彼女の胸中に湧き上がる。
 似ているのだが何処か違う、何が違うかと問われて即答することは出来ないが、彼女が知る彼とベッドに眠る男とは何処か違う。

「――――名前を言ってくれましたね?」

 しかし彼は確かに名前を呼んだ。
 「麻香」と、懐かしい声音で呼んでくれた。
 ならやはり【彼】は【彼】なのだろうか?
 証明する手立ては幾つもある。ベッドの側にある彼のカルテを一目見ればいい、例え其処に記載された内容が偽りだったとしても、掌紋、声紋、DNA検査等、彼を彼だと確かめる手立ては幾つもある。
 帝国厚生省のデータベースには最初から無かったかのように存在してはいないが、彼女の手元には【彼】のデータがまだ残っている。
 それらを試し事実を確かめれば胸中に燻る蟠りを払拭する事はできるだろうが、どうしてもそれを実行に移せない。 あの日、あの時に、彼に対する思いにケリを付けた。 今更蒸返せば自分を取り巻く様々な人達に迷惑が掛かる事は目に見えている。
事情聴取の一貫で彼の上官たる静流は、彼を横浜から来た国連の派遣部隊の人間だと答えた。 
横浜の言葉を聞き、必要以上に様々な可能性を考え自分にとって都合の良い現実を想像してしまう自分に、麻香は自分がこんなにも惨めな人間なのかと自責の念を抱く。

 妹に知らせるべきだろうか?
 彼に託された白い少女の側に寄り添う事で精神の均衡を保った妹に。

「――――隆」

 小さく呟いた彼女に答える声は無い。













「――――麻美君の様子は?」

「マユが安定するまでは取り乱しておりましたが、今は落ち着いています」

「そう、なら良かった。正直、今回の遠征がここまで混沌とした状況になるとは僕も予想できなかったよ」

「――――やはり彼の影響でしょうか?」

「恐らく・・・と言いたい処だけど、それは香月副司令の領分なんでなんとも言えないね~ 彼女の理論が推論の粋を超えているのは例の資料で理解はしていたけど・・・ソレがどんな結果を招くのかは神のみぞ知る、だね」

「はい、しかし今回の件で首輪を付けられました。 彼女には分かってしまうでしょうが・・・牽制にはなるかと」

「ん~彼女との付き合い方をそろそろ決めないといけないね~ ・・・とはいえ、今は旗色が悪そうだからもう少し様子を見たほうがいいかな」

「分かりました。 ――――別件ですが回収した彼女達は如何致しましょうか?」

「今はゆっくり休息をとって休んで貰おう。 彼女達の出番はまだ先だよ」

「――――彼女達が私達に協力するとお考えですが?」

「そうだね。 まぁその気がなくてもそうして貰うつもりだよ。 そもそも拒む理由は無いだろうし」

「――――では、このままアラスカへ?」

「いや、それは止めたほうがいいだろう。 さっき帝都の怪人から忠告を受けたよ。 CIAと欧州情報局がアラスカで動いてるってね。 かなりきな臭くなってるらしいよ・・・僕達はこのまま戻るけど、彼女達は別の場所に移送したほうがいいだろう」

「ではそのように手配致します・・・ 」

「ん、宜しく頼むよ」







あとがき
今まで放ったらかしにて誠に申し訳ございません。
ポツポツと更新できるよう頑張ります。
・・・設定とか忘れてる箇所が多いので矛盾点とかあっても知らんぷりしてください。

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欧州国連軍・ブリューナグ

キャラ・メカニック紹介


 オリキャラ立ち絵第四弾。
 塗りが微妙で申し訳ありません・・・・・・線画のほうがマシやorz

オルフィーナ ファーナ
 左 オルフィーナ・ルン・グリュックスブルク 20歳 166㎝ 
 右 ファーナ・ルン・グリュックスブルク    20歳 166㎝ 
 所属 デンマーク王国陸軍
 階級 2000年8月時点では両名とも中尉
 搭乗機 TE-2000
 コールサイン・ポジション オルフィーナ (ブリューナク01 突撃前衛) ファーナ (ブリューナク02 砲撃支援) 

 デンマークから来た双子のお姫様。 
 武官として無口な姉と文官として饒舌な妹、色々あって分かり合って今は手を取り合って頑張る姉妹。
 隆にフラれてもへこたれない姉とそれを支える妹の暴走劇は次編の見所の一つだとかなんとか・・・・・・正直、作者の勢い次第ではこの二人の話がメインになってしまうかも(;・∀・)
 ってかオルフィーナ、ちょっとムチムチしてない?下半身ポッチャリになってもう・・・・・・;y=ー( ゚д゚)・∵. ターン
 線画オルフィーナ 線画

アザリー アルフィナ
 ベアザリーミ・ブリュッケル 20歳 160㎝ 
 所属 西ドイツ陸軍
 階級 中尉
 搭乗機 TF-2000
 コールサイン・ポジション ブリューナク03 強襲掃討 
 隆が元の世界で出会ったドイツ娘。
 分かりやすいツンデレを目指して今日も奔走中・・・・・・真奈美に引き続き常識人?なので気苦労が耐えないポジにおります。

 アルフィナ・トゥルーリ 22歳 172㎝ 
 所属 イタリア共和国軍
 階級 少尉
 搭乗機 TF-2000
 コールサイン・ポジション ブリューナク04 制圧支援
 お色気担当、でもその本領は未だ発揮できていたりいなかったり。
 隆達が去った後に部隊のお姉さまポジへ移行、今日も恋愛指南役として双子姉妹にアレコレ教えていたりいなかったりw
線画アザリー線画

ルーファス
 ルーファス・フォン・フェノン・リーブ 23歳(1981) 175㎝ 
 所属 西ドイツ陸軍
 階級 中尉
 搭乗機 F─5
 コールサイン・ポジション オブニル05 突撃前衛 
 欧州番外編の主人公。
 結構メンドクサイ人生歩いてる苦労人、考え方も歪んでいるので苦労に更に拍車が掛かっていたりいなかったり。
 
 シェーナ・コードウェル 20歳 163㎝ 
 所属 東ドイツ 
 階級 少尉
 搭乗機 MIG─27
 コールサイン・ポジション シュバルツハウンド10 強襲掃討
 欧州番外編ヒロイン。
 コンセプトは病んでいない栞、彼女が誰かに入れ込まないとこんな人になりますw
線画ルーファス 線画

リンドヴァル
 アンネッテ・リンドヴァル 18歳(1981) 158㎝ 
 所属 ノルウェー
 階級 少尉
 搭乗機 F─5
 コールサイン・ポジション オブニル12 砲撃支援 
 隆達が欧州にいた頃、第二中隊の指揮していた人。
 わざわざイラスト起こして紹介したので、今後の物語に関わってくるのは必然だったりします。
線画リンドヴァル線画

 番外編(完全版)を掲載後、説明文をドバっと追加します。
 あ、今後からB以下は全て制服で描きます、そのほうが色々と助かる人が多いと思ったのでw

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番外編 かのじょの残滓 テスト版 

第二部





 Vor der Kaserne Vor dem großen Tor Stand eine Laterne
 (兵舎の前に門があり、そこに灯る一つの街灯)


 Und steht sie noch davor So woll'n wir uns da wieder seh'n Bei der Laterne wollen wir steh'n
 (今でもそこにいるならば、また街灯の下に二人で立とう)


 Wie einst Lili Marleen.
 (昔のように ───リリー・マルレーン)






                                欧州番外編 かのじょの残滓





 ───彼女の歌を私が初めて聞いたのは、東西ドイツ基本条約が締結された翌年、1974年のことだ。

 私の祖国であるドイツ連邦共和国は第二次大戦の終戦後、英米仏とソ連によって四つ分断され、資本主義国家と社会主義国家のテストベッドになることを強いられた。 各国が戦争によって疲弊した経済の立て直しを図る一方、自らの陣営の優位さを喧伝するために作られた経済特区は世界各地に作られることになり、祖国たるドイツもまた、朝鮮半島、日本帝国と言った極東地域と同じく世界中から注目を集める国家となったのだ。

 長年に渡って積み重ねられたイデオロギーの対立は深刻な冷戦構造を生み出し、朝鮮戦争を契機に東西の緊張感は加速度的にキナ臭さを増して行く・・・・・・ BETAが地球に降り立とうとも、人は争いを止めず、互いの腹の中を探り合うことを止めなかった。

 ───東西ドイツ基本条約、簡潔に言えばドイツ連邦共和国とドイツ民主共和国がお互いを主権国家として認め合う協定と言える。
 例えその裏にあるのが、破竹の勢いでユーラシア大陸を席捲しているBETA群に危機感を覚えた両首脳部の保身があったしても、20年に渡って途絶されていた東西の門出が開いた事実は両国にとって有益なモノとなるはずだった。 しかし、行き過ぎた思想教育が齎す弊害、絶えること無き亡命者によって伝えられる現実、戦争特需によって支えられる歪な経済状態、それらを巧妙な世論操作によって与えられた国民は互いを唾棄し合い、条約締結による 【統一】 と言う二文字が幻想に過ぎないと知らしめただけに終わってしまった。

 だがもし統一が叶い祖国が一つの国家となっていたとしても・・・・・・BETAに飲まれ、地図から消える運命を変えることは出来なかっただろう。

 私が弟と共に父に連れられ初めて東ドイツを訪れたのは、国防陸軍士官学校への入校を間近に控えた時期でもあった。 西ドイツの主要空港から航空機を用い、西ベルリン経由で東ベルリンに訪れることも出来たが、父はあえて回廊列車を乗り継いで東ドイツへ【入国】する手段を選んだ。

「───ルーファス。 お前はこの街を見て何を感じる?」

 父は東ベルリンの街並が見渡せる場所で唐突にそう問いかけてきた。

「・・・・・・」

 父の質問の意図を汲み取るために、私は即答せずにまず周囲の街並みに目を向けた。
 此処はウンター・デン・リンデン、東ドイツを東西に貫く大通り。 菩堤樹の並木林が整然と並び立ち、ブランデンブルク門やベルリン大聖堂、ルストガルデン等、多くの歴史的建造物が遠くに一望できた。 夜半前の通りには、仕事を終えて帰路に着く人々の姿が多く、それら帰宅者に向けて店頭に商品を並べる店からは賑やかな声が明かりと共に漏れていた。
 重工業を主体として経済を成り立たせた東ドイツは、社会主義国家の成功例として広く喧伝されている。 極東地域に存在し朝鮮半島を二分する国家と比べれば、経済の発展と国内における社会主義思想は比べるまでもなく成功していると言えるだろう。 

「───彼らを不憫に思います。 ありもしない・・・・・・平和を演じさせられていることに」

 だからこそ、私は感じたことをありのままに父へ告げた。
 一見すれば平和そうに見える人々の営み・・・・・・だが寛容に享受できる平和などが幻想に過ぎないことを、私は既に知っていた。
 昨年、中国新疆ウィグル自治区にBETAの着陸ユニットが落着したことにより、世界の・・・・・・特に東側諸国の情勢は大きく揺らいでいる。
 NATO諸国の協力を拒み、お互いの連合軍のみでBETAを殲滅しようとしたソビエト連邦共和国と中華人民共和国は予想を遙かに上回るBETAの攻勢を受けて敗退、社会主義国家の枢軸ともいえる両国の瓦解は世界に大きな波紋を与えた。
 国土と戦力を失ったソ連は国力低下の立て直しを急務としており、幾ら東ドイツが社会主義の看板を背負っていようとも、ソ連からの援助が断ち切られればこの水準の生活が保証される確証など何処にも無い。
 無論、市民も薄々はそれに気づいているのだろう。 情報統制が強固なものだとしても、人の口に戸は立てることは出来ない。 人づてに伝わる隣国の情報を耳にして不安を感じている市民も多いはずだが・・・・・・その不安を表に出すことは恐らく無い。

 ───何故なら彼らは自分たちが絶えず監視されていることを知っているからだ。

 東ドイツ政府は国内に蔓延する不安要素を打ち消すために、ソ連占領軍当局が設立した第五委員部 (Kー5) に習ってシュタージ (国家保安省) を創設した。 ゲシュタポやSD (ナチス親衛隊情報部) の出身者を相当数採用したシュタージの規模はKGBやCIAを凌ぎ、ドイツ国内のみならず世界中から畏怖される諜報機関として名を馳せている。
 彼らは盗聴や尋問と言った直接的な行動を取る一方、安易でローコストな 【密告】 と言う手段を国民に強要し、組織の規模以上に強固な監視体制を構築していた。
 シュタージに目を付けられることを恐れた市民は何時いかなる時でも不要な言動を慎み、隣人や友人のみならず肉親である家族すら信用しなくなる。

 確かに効率良く民を統治する手段としてソレは理にかなっているだろう。 恐怖で抑圧された民衆はこちらが手を抜かない限り従順で居続ける。
 だが、それ以外にも国家の安泰と民の生活を守る手段は数多く存在するのではないだろうか? 宥和的な政策でも、政府が正しい舵取りを行えば市民に協力を仰ぐことは出来たはずだ。
 理想論だと笑われるだろうが、私は貴族の一員として、持つ者の責務を果たすための最善の策を模索し続けたい。

「───ルンフレート、お前はどうだ?」

 予想通り私の答えが気に召さなかった父は、暫しの沈黙の後傍らにいた弟へ声を掛けた。
 弟、私と二つ違いのルンフレートは躊躇する事無く父の問いに答えた。
 
「権力に従順な、あるべき民衆の姿が見えます」

「うむ、その通りだ。 民に必要なのは自由などでは無い。 統治される者に従う従順な姿勢こそが、民のあるべき姿なのだ」

 ルンフレートの回答に父は満足した様子だった。

 ───今にして思えば、あの時から既に父は覚悟を決めていたのだろう。

 父は誰よりも貴族としての矜持を重んじていた人だった。 例えそれが時代錯誤な懐古主義だろうと、父は己が信じる貴族としての在り方を揺るがせたことは私の知る限り一度として無かった。
 弟は妄信的に父を信じたが、私にとって父は反面教師的な存在だった。 父もそれを感じ取っていたのか、必要以上に私に何かを強いることは無かった。 父が信ずる貴族の子として相応しいのは私ではなく、ルンフレートだったのだろう。 それを寂しいと思ったことはある。 だが、そんな生き方しかできない二人の考えに寂しさを覚えたことのほうが遙かに多かった。


 ───話を戻そう。 彼女の歌を初めて聞いた場所は、東ベルリンを訪れた際に宿泊したホテルだった。


「───Vor der Kaserne Vor dem großen Tor Stand eine Laterne」

 ラウンジの片隅にあった小さな劇場。 その壇上に立つ一人の少女がピアノの伴奏に合わせて歌っていた。
 用意された椅子に座る宿泊客はなく、足を止めて少女の歌を聞く人は誰もいなかったが、少女の喉から発せられる澄んだ歌声は私の注意を引くには十分だった。

「───Und steht sie noch davor So woll'n wir uns da wieder seh'n Bei der Laterne wollen wir steh'n」

 観客のいない劇場で歌い続ける少女。
 彼女の歌が何を意味するのか、その時の私は理解出来なかった。 だが歌を聞いた父が露骨に顔を歪めた様子を見て、その歌にあまり良い意味が込められていないことを察し、私は後ろ髪を引かれる思いを抱きながら関心の無い素振りでその場を立ち去ろうとしたのだが、ルンフレートはわざとらしく舌打ちをして口汚い言葉を吐いた。

「呑気なものです。 労働に従じることもなく、あの年で娼婦紛いのことをするとは・・・・・・ ホテルの品位が損なわれることをオーナーは理解していないようですね」

「───止めろ、ルンフレート」

「何を止めるのですか? まさか兄さんは、僕達が宿泊するホテルにあのような輩がいることを耐えろと?」

 私の言葉など聞く耳を持たぬとばかりに、年に似合わぬ嘲笑を浮かべるルンフレート。
 その姿に私が軽い目眩を覚えていると、

「───聞き捨てならないわね、誰が娼婦ですって?」
 
 突然凛とした声が響き、私とルンフレートはギョッとして振り向いた。
 演奏を終えた少女が小さな肩を怒らせ、笑えば愛嬌のありそうな顔を露骨に顰めて私たちを睨んでいた。
 ピアノの伴奏をしていた初老の男性が狼狽しながら彼女の肩を掴もうとするが、少女はあっさりとその手を跳ね除け壇上から飛び降りる。 フワリと少女が着るクリーム色のドレスが舞い上がり、それを見たルンフレートが慌てて視線を逸らした。
 言動とは裏腹な弟の態度に肩を竦め、私はスカートの裾を掴んで大股で近寄ってくる少女へ視線を向けた。

「誰も聞いてくれなくて凹んでるのに、更に娼婦呼ばわり? 私だって好きでこんな場所で歌ってるわけじゃないのよッ!!」

 激昂した様子でルンフレートを睨みつけながら少女はそう吐き捨てた。
 釣り上がった青い二つの瞳に晒されながらも、私は間近で見た少女が思いの他幼いことに驚いていた。
 壇上での堂々とした立ち振る舞いや化粧をした顔から年上だと思いきや、よくよく見ると自分よりも年下、ルンフレートと同い年くらいに見えた。

「そ、そんなこと僕達には関係ない」

「ぼくぅ? はッ、貴族のお坊ちゃまはいいわね・・・・・・綺麗な服着てパパと一緒に旅行気分で此処に来たわけ? 貴族なら貴族らしく、どこぞのお城でパーティでも開いて引き篭もってないさいよ」

「止さないかシェーナッ!! お客様になんて失礼なことを・・・・・・」

 後を追いかけてきた男性が慌てて止めに入るも、ヒートアップした少女の興奮が収まる気配は無かった。
 どうしたものかと、私は狼狽えながら父に視線を向けたのだが、ホテルの従業員と話す父の背中には声が掛けづらい雰囲気が漂っていた。
 このような些事に父が干渉するわけが無く、仕方なく私は少女を宥めようと口を開きかけたのだが、

「───いいのか、僕達と話せばお前はシュタージに目を付けられるぞ?」

 平静を取り戻したルンフレートに遮られてしまう。
 男性は顔色を真っ青にさせて数歩後ずさる。 無理も無い、ルンフレートの発言は東ドイツの人間にとって見れば死刑宣告に等しいものだろう。 西側の人間と不用意に接触した東ドイツの市民がどのような目で見られるか、頭を働かせずとも容易に想像出来る。
 ルンフレートもそれを知った上で言ったのだろうが・・・・・・男性は兎も角、少女は怯まなかった。 むしろ、双眸を更に険しくさせ唸るように口を開いた。 

「お生憎様・・・・・・ 西からのお客を受け入れる此処は元からそういった場所よ。 そこに出入りしてる私が無関係だと思う? ・・・・・・あぁ、お坊ちゃんの足りない頭じゃ想像も出来ないか」

「なッ!?」

「何なら自分たちで密告でもして見たら? まぁ十中八九壁の向こうには戻れないでしょうけどね」

 彼女の言葉に今度はルンフレートが青ざめる番だった。 勝ち誇ったかのように顎を上げる少女の姿と対照的な弟の姿に内心で溜息を漏らしながら、漸く私は二人の会話に割って入ることにした。

「───申し訳ない、弟も本心から言ったわけでは無いんだ・・・・・・慣れない旅で疲れが溜まってね、それで心にも無い言葉を漏らしてしまったんだと思う。 それでも女性に掛けるべき言葉では無かった・・・・・・弟の非礼、本当に申し訳ない」

 恭しく右手を胸に当て右足を引いて少女に謝罪の意を伝える。

「・・・・・・流石は貴族様ね、お辞儀一つでも品位の高さが伺えますこと」

「ん? あぁすまない・・・・・・癖でね、母が礼儀作法には厳しい人だったもので」

 社交界ならいざ知らず、公衆の面前で貴族式のお辞儀をすることが・・・・・・特に貴族制度を敵視する東ドイツで行うことがどれほど滑稽なことか私は直ぐに気づけなかった。
 掛けられた皮肉に罰が悪そうに頬を掻いていると、少女はジッと視線を私に向けてきた。

「───私の歌、おかしかった?」

 そう唐突に問いかけられ私は、直ぐに答えることが出来なかった。
 少女はソレを肯定と受け取ったのか、シュンっと肩を落としてポツポツと呟き初めてしまう。

「・・・・・・やっぱりおかしいんだ。 皆は褒めてくれるけど、それはこの歌が・・・・・・ 西側の人なら本当のこと言ってくれると思ってたけど、やっぱり面と向かっておかしいって言われるとショックだな。 歌にだけは自信あったのにさ・・・・・・」

「そんなことはないッ!!」

 泣き出しそうな少女の姿を見て、思わず私は必要以上の声を張り上げてしまった。
 ハッと我に帰り周囲を見回すと、ロビーに居た多くの人が自分を見ていた。 その中には無論父も含まれており、私は慌てて視線を少女に戻して体裁を取り繕うことに必死になった。

「す、すまない、急に大きな声を出して・・・・・・その・・・・・・なんだ、君の歌は良かった。 これは世辞じゃ無い、私がこれまで聞いたどの歌よりも・・・・・・君の歌声は素晴らしかったんだ」

 吸い込まれそうになる蒼い瞳に晒されて、しっかりと答えようとした言葉が尻すぼみになってしまう。
 狼狽える必要は無いのだが、目の前で女の子に泣きそうな顔をされて冷静でいられるほど、当時の私は人間が出来ていなかった。 だがそれでも、頭の何処かで少女を警戒していたのは間違いない。
 先ほど彼女が自分で言った言葉 「自分たちが無関係だと思う?」 もしその言葉が真実であれば彼女はシュタージの協力者となる。 この姿も、そもそも食って掛かってきた態度全ても演技である可能性が捨てきれない。
 
 などと・・・・・・躊躇うこともなくそんな考えを脳裏に描いた自分自身が嫌になる。 これでは私が想像する理想の貴族などには永遠になれないだろう。

「・・・・・・高名な劇場通いをしている貴族様にそう言われても、お世辞にしか聞こえないんだけど」

「今のご時世、そんな高尚な遊びをしている貴族はいないさ」

 特に私たちは・・・・・・と付け加えても良かったかもしれないが、小悪魔的な笑を浮かべる彼女に伝える必要はないだろう。

「それにだ、私の名前は 【貴族様】 なんかじゃない。 ・・・・・・ルーファスだ」

「・・・・・・家名は名乗らないの?」

「この国で家名を名乗ることに意味はあるのかな?」

 苦笑しながら聞き返すと少女は笑った。
 それは花が咲くように、ただ見ているだけで胸が暖かくなるような笑顔だった。

「私はシェーナ。 シェーナ・コールドウェルよ」

 それが初めて彼女の歌声を聞き、初めてシェーナと出会った日の話だ。






 ───貴族とは何か? 今にして思えば、当時の私はその答えを絶えず探し続けていたような気がする。

 誉れある武勲を得、名誉ある古き血筋を継承してきた為政者の総称・・・・・・それが一般的に貴族と名乗る者にある背景であり、彼らが持つ矜持の骨質と言えよう。
 確かにそれは誇れる歴史かもしれないが、逆に言えば貴族にはソレしか無いのだ。
 貴族や王族だろうと、元を辿れば市井の民と同じく洞窟暮らしをしていた猿人類に過ぎない。 それを、たまたま他よりも賢く強かっただけで自らを特別な存在だと思い込む。 そして世襲制度によってその栄光に固執し為政者であり続けようとする姿が如何に滑稽なものか・・・・・・ その立場を得るまでに流れた膨大な血の重みを自覚し続るのであれば、少しは誇れるのかもしれないが・・・・・・二度に渡って繰り広げられた世界大戦によって本質を知る多くの貴族は失われてしまった。

 ───ノブリス・オブリージュ

 持ちし者の義務を果たすべく、血の誇りを重んじる貴族は進んで前線に向かい散っていった。
 それを無謀、蛮勇と呼ぶ者がいたが、貴族に与えられた特権、徴兵義務を拒否することせずに戦場に立つことを選んだ彼らを卑下すべきでは無い。 彼らは最後まで貴族、騎士であろうとしたのだから。
 
 時代は移り変わり、貴族もその在り方を変え・・・・・・今では貴族とは名ばかりで、政治や経済に執着する者が多くなってしまった。
 何時だって貴族と名乗るものは権力の中枢に居たがる。 しかし祖国たるドイツ貴族の多くは、イギリスや日本帝国と違い、ヒトラー政権のおりに施行された制度によって既得権を剥奪されてしまっている。

 ───近代化を歩む中で形骸化してしまった貴族制度。

 それでいいのかもしれない。 人や時代が必要としないのであれば、貴族などと言う為政者の集団は消えて行くべきだと私は思う。
 だが今の時代、人は、国は、貴族を必要としている。 BETAと戦うために、旗頭たる貴族が必要とされている。 例えその裏で、未だ特権階級と自負する貴族がいて、それらを快く思わない者がいても貴族は必要とされている。


 ───私はその矛盾する境遇に答えを見出せないまま国防軍士官学校へ入学し、その翌年、父とルンフレートが東ドイツへ亡命した事実を知った。










 とまぁ、こんな内容で書き始めておきながら、需要があるのか?と疑問になって少しだけ掲載してみました。
 TEブルーフラッグ導入編の小説が中々発売されないので時間稼ぎのために書いたのですが、 テックのバックナンバーを買い漁って記事をスクラップしたので「かれかの」本編の続きを書くのも可能だったりします。
 二足のわらじが出来るほど時間も器用さも無いので・・・・・・どうしよう

PS 不信任案否決ですか、そうですか。 どっちでもいいから被災地支援を早くして・・・・・・コンクリートも人も早く治療してよ。

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A3改造フォトシリーズ・第六弾

頂き物・描かせて貰った物



taisaさんよりの頂きもの第六弾ッ!!

水中
陸戦
砲撃
 テックジャイアンを購入している方はお気づきかもしれませんが、誌面にて紹介された【怪帝】なる海神ベースの機体で、上から、水中航行形態、陸上格闘形態、陸上砲撃携帯とのこと。
 個人的にジンヘッドにツッコミを入れたい処ですが、海神とケーニッヒモンスターの部品を使用したこの機体の制作費のほうが気になる今日この頃です(汗


吹雪
 お次は何処かで見た光景w
 あのシーンを見て、ラミエル戦を連想した方がきっと居ると思う今日この頃。
 光線級のレーザーに耐えられるシールドがあれば、この装備も実用性が増す・・・・・・のか?


復興
 ageの公式サイトにも不知火の復興支援モデルが掲載されていたりしますが、taisaさんが制作したこちらは撃震をベースにした機体ですね。
 ・・・・・・そ~言えば戦術機って放射線対策とかしてあるんですかね? 戦術核の運用を前提としたMIG25あたりは対策してそうですけど・・・・・・多分。
 原子炉に溜まった核燃料、撃震のスコップで何処かに持って行って欲しいです・・・・・・はぁ。

 っと、エヴァ吹雪と撃震はボークス秋葉原SRで展示しているそうなので、お店に行かれた方は生で見れますよ~w



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オリジナル戦術機 その壱

キャラ・メカニック紹介


白百合
 TFS─XM Type・WL・A
 上記イラストはソ連編に登場したA型、孝之が搭乗したモデルです。 
 マユが搭乗するB型との外見上の違いは跳躍ユニットの形状程度、そちらのモデルは後ほど掲載予定。
 細かい設定並べるのもアレなんで、オリ機だから強いって事にしといてください。

 武御雷にグリフォンのデザインを組み込んだらこんな形に ・・・・・・武御雷の面影は腕部と脚部の関節ぐらいしか残ってなく、グリっぽさが強過ぎて戦術機とは思えないデザインになってしまいました。
 劇中で 【白いヤツ】 とか言われてるくせに黒い部分が多いのは、ベースになった 【心神】仮称 の名残だったりします。
 BR(心神?)は光菱編で登場しますので、そちらも後ほど掲載します。
白百合 線画 ←線画です


NUE
 TSUT─X Type・Nue
 これまたソ連編で登場した鵺の近接型。 他に偵察型とか特攻型とかあったりするけど砲撃型は無し。 鹵獲BETAに火器管制を組み込むのは流石に無理っぽいと思いますので。
 TSUT = Tactical Surface Unmanned Tank とか名づけましたけど特に意味はありません(;´Д`)

 中身は遊撃級。 ちなみに遊撃級は未だ類別されていない未確認BETAの一種だと思ってください。
 BETAを描くのは少々難しいので、自分で満足したのが描ければ後ほど掲載します。
NUE 線画 ←線画です



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ソ連編 最終話・後編

第二部


 
 ───その日、海は静かだった。

 雲一つ無い青空からは溢れんばかりの陽光が海面に降り注ぎ、穏やかな波もは暖かな日差しを反射し煌き輝いている。 此処が北の果てに近くとも、肌を撫でる心地良い風は今が夏だと実感させてくれる。

 ───生命の母たる海。

 そこは人類が雄大な地球の自然を享受できる数少ない場所。
 嵐や高波と言った人類にとって過酷な自然ではあるが、得てして自然とは人類にとって優しいものでは無い。地球の自然に翻弄される度に、人は自分たちが地球に生かされていると実感する。 
 地球が誕生し幾億年の月日が経った今でも、時の流れが普遍的であるのを否定するかの如く、海は原始の姿て在り続ける。 変化することなく、恒久的に、海は海として揺蕩い続ける。

 ・・・・・しかしその水平線の遥か向こう、幾多の大陸の上にあった数多の自然は・・・・・・僅かしか残されていない。 
 地球にとって、人類にとって忌むべきBETAが大地を変貌させてしまったからだ。
 雄大な山脈は削り取られ、水明綺羅な河川は枯れ果て、生命力を失った大地は砂塵へと。
 その地で・・・・・・BETAに占拠されたユーラシア大陸にて、いまこの瞬間にも、何処かに居る誰かが、何処かに居る誰かのために戦い、命を散らす現実が確かに存在している。

 そう・・・・・・前線に身を置くものは荒廃した大地を目の当たりにし、自然を変貌させてしまうBETAに恐怖を抱く。 最前線国家だけでなく後方国家で過ごす人々も、その生活はBETA戦争の枠組みに縛られ、眼に見えない恐怖に囚われ続ける。 ・・・・・・今の地球上に人類が心から安らげる場所は少ない。

(───この海の上だけが、人類に残された安息の地なのかもしれんな)

 母なる海に視線を送りつつ、瀬戸は胸中でそう嘆いた。
 ユーラシア大陸最東端に接するオホーツク海。 その北部、カムチャッカ半島に接したシェリホフ湾に巨大な人工物が幾つも浮かんでいた。
 妙高級重巡洋艦・妙高を旗艦とする帝国海軍第九戦隊。
 日本より試作99型砲を運搬する任を務めた艦船が、ゆっくりと、だが確実にシェリホフ湾を北上している。
 戦隊の指揮官たる瀬戸は妙高の艦橋に立ち、険しい表情で静かな海をただ眺め続けていた。

「───艦長。 石井大佐より入電がありました。 『ユリノタネマカレタシ』・・・・・・と」

 その背に掛けられた声は躊躇いに震えていた。
 カムチャッカ半島にいる石井からの伝言を口にしたのは、妙高の副長を務める藤田治中佐。 三十代半ばにして重巡の副長を拝命した彼は優秀な海軍士官であり、長年に渡って公私共に瀬戸の側に仕えてきた男だった。 
 故に彼は知っている。 瀬戸が抱える苦悩を、少将の地位にありながらもその微妙な立場の理由を。
 海を眺めていた瀬戸はゆっくりと振り向き、艦橋に詰める藤田を初めとした先任士官を前に口を開いた。

「───各艦の状況は?」

「はッ。 長良、多摩の両艦は本艦直掩にて待機中。 旗風以下護衛艦は三海里後方に集結しております」

 藤田はレーダーを一瞥し淀み無くそう答える。
 北方守備を務める第九戦隊は妙高を旗艦とし、軽巡洋艦、長良、多摩、他護衛艦数隻によって構成されている。 主に樺太で行われている防衛戦に従ずる戦隊を惜しみもなく投入するあたり、日本政府が如何にカムチャッカで行われる試験を危惧していたか分かるだろう。

「―――了解した」

 小さく頷き、瀬戸は制帽を深く被り直す。
 その仕草に一切の動揺は見受けれない。 藤田はその姿に感銘を受けつつも、言いようのない憐憫の情を抱いてしまう。 これから瀬戸は極東ソ連軍ц03基地に向けて攻撃命令を出す。 自身の娘が、そこに残っているにも関わらずだ。
 軍人である以上、戦場に私情を持ち込むことは許されない。 将校である瀬戸は勿論、その娘もまた衛士として軍に従している。 親である前に軍人、子である前に軍人。 それが二人の関係。
 尊敬すべきだと藤田は自分に言い聞かせる。 帝国軍人として至極当然な判断の元、二人はお互いの任務を果たそうとしている。

 しかし、それを必要とし、強要している日本は、あの大戦以来何も変わっていないと藤田は思う。

「―――艦長、宜しいのでしょうか? 退避が済んでいるとは言え、やはり同盟国の基地を砲撃するなど・・・・・・」

 不安に駆られた航海長の発言に皆が胸中で頷く。
 断定的ではあるが日本とソ連が結んだ日ソ和平条約は、樺太を含む北部防衛戦線に置いて有効に機能している。 ソ連軍と共闘する機会の多い彼らが、その関係に溝が生まれるのではないかと不安になるのは当然だった。

「ふむ・・・・・・国防省からの正式な命令書は君も見ただろう? ご丁寧に、凍土に居を構えた巨人達からの要請書付きのモノを、な? 今も昔も・・・・・・そしてこれからも、我々がすることは何も変わらんよ」

「・・・・・・しかし昨今の軍令部の動向には目を見張るものがあります。 自分たちの意を押し通すために官僚達と繋がり、将軍殿下だけでなく皇帝陛下までも蔑ろにしているとか・・・・・・ 今回の命令書も彼らの独断である可能性が捨て切れません」

「心配するのも分からんでもないが、命令書に記載された御二方の署名は本物だ。 幾度と無く直筆を見た私が保証する。 ・・・・・・航海長、我々は宣誓し、国家に忠誠を誓った身だ。 我々に迷いは許されん、陛下と殿下が署名した命令書に反故することは、御二方の御心もまた汚すことになる。 それでは君の言う連中と同じではないかね?」

「───はッ、失言でした。 申し訳ございません、艦長」

 航海長の謝罪に瀬戸は 「構わんよ」 と頷いて答えた。 まだ意見はあるかね?と、訴えるような視線を他の先任士官に向けるも、誰ひとりとしてそれ以上の疑念を口にするものはいなかった。
 小さく嘆息した瀬戸は艦長席に座り、

「無能な艦長を持ったが故の不安か・・・・・・皆には苦労を掛けるな」

 自嘲気味に笑いポツリとそう漏らした。 その呟きを耳にした者は・・・・・・彼の側に控えた藤田だけだった。
 違うのだと、藤田は声に出したかった。 妙高の乗組員は艦長たる瀬戸に絶大の信頼を寄せている。 だがそれに彼は気づかない、気付こうとしない。 
 その理由、瀬戸の家族、奥方と二人の娘・・・・・・そして語ることすら憚られる彼の息子のことを思い出した藤田は我知らず奥歯を噛み締める。 全ては彼女が望んだことであり、早々に身を引いた自分が今更語る言葉など無い。
 藤田は雑念を振り払うために瀬戸に習って深く制帽を被り直し、彼の言葉を待った。

「では・・・・・・始めるとしよう。 各艦に打電―――砲撃開始」

 その言語を皮切りに、平和な海は戦場へと変わる。









                          ソ連編最終話 かのじょの覚悟・後編






 8月19日  ソビエト社会主義共和国連邦・コリャーク自治管区
 ミリコヴォ地区 某所

「芳しくない様子だが・・・・・・大見得を切った手前、成果は見せてくれるのだろうな?」

 ソ連軍・中央戦略開発軍団のブドミール・ロゴフスキー中佐は、そう言って傍らに立つ男をジロリと睨みつけた。
 ロゴフスキーは男の提案を飲むしか無かった、それしか現状を打開する案が無かった。 当初の目論見であれば、このカムチャッカ半島で行われる国際合同計画を利用しソ連製戦術機の優秀性を喧伝するだけのはずが、日本が持ち込んだ試作兵器によってそのプランが台無しにされてしまったからだ。
 脚光を浴びるはずの試験部隊は日本の試作兵器によって主役の座を奪われ、その汚名の挽回と、更なる地位向上のために策を練った結果が・・・・・・コレだ。
 基地を失い、爆撃機部隊を失い、光線属種の現出を許した。
 こうなれば保身のために弄した策程度で失態全てを補えるとは到底思えない。 仕方なく藁にもすがる思いで男の提案を承服したはいいが、此処に来てその先行きすら不透明になってきている。
 ц03前線補給基地に作られた盤上はロゴフスキーの描いた構図から大きく逸脱し、彼にとって予断を許さない状況になりつつあった。

「―――はッ」

 ロゴフスキーの問いに無表情で答えるサンダークだったが、鉄面美の下に隠れた彼の胸中は困惑と焦りに彩られていた。
 失敗した策謀の責任をなすりつけられ、救いのない無慈悲な軍事裁判への道に至るはずが、光線属種の現出と言う事実によって一度は事態が好転した。 イーダル小隊の優位性を内外に立証し、基地に残る連中を始末した上で当初の目論見を遂行できる絶好の機会を得たのだ。
 ・・・・・・だがどうだ? ジャール大隊を壊滅させた、それはいい。 しかし未だ帝国から派遣されてきた戦術機部隊と、所属不明の白い機体が残っている。

「あの見慣れん機体に随分と手こずっているようだが? アレも西側のおもちゃかね?」

「恐らくは・・・・・・」

「ふん、全くもって忌々しい・・・・・・ 連中は何を考えている。 この地は奴らの実験場では無いのだぞ」

 愚痴にも似たロゴフスキーの呟きに適当な相槌を打ちつつ、サンダークはスクリーンに映る白い所属不明機の正体に思案を巡らせていた。
 アラスカ、ユーコン基地において行われているプロミネンス計画。 各国の戦術機と諜報機関が入り乱れたあの場所でサンダークは様々な試作機の情報を手にする機会があったが、あのような機体は一度として見たことが無い。 外見は西側の機体に共通した箇所が見受けられるも、何処の国、何処のメーカーの機体なのか、はっきりとした確証が持てなかった。
 ・・・・・・だが何にせよ、このタイミングで介入してくる不明機の狙いは、こちらの妨害、もしくは同じ目的があると考えるべきだ。 そのような勢力が事前に基地に潜り込んでいた事から、ソ連軍内部に連中の協力者がいるのは違いない。

(まさか・・・・・・ このための布石だったと言うのか?)

 サンダークが無意識に己の胸ポケットに手を当てた瞬間・・・・・・ 

「―――レーダーに感ありッ!! 砲撃ですッ!!」

「なにいッ!?」

 悲鳴混じりの声を上げるオペレーターにロゴフスキーが怒鳴り返した直後、彼らが乗るTELを改造した移動式戦略司令室が僅かに揺れ、分厚い防弾壁を抜いて雷鳴にも似た低い音が聞こえてくる。
 基地から遠く離れた場所にまで届く衝撃と着弾音は、ソレが並外れた威力で無いことを物語っていた。 現に基地内部を映していた幾つかのスクリーンがブラックアウトし、生き残ったカメラからは盛大に舞い上がった砂煙と大きく抉れた大地の映像が送信されてくる。

「馬鹿なッ!! 一体何処から撃ってきたッ!?」

「弾道解析・・・・・・でましたッ!! 北緯56度、東経154度、オホーツク海洋上ですッ!!」

「・・・・・・な、何故そんな場所から」

 呆気に取られズルリと椅子から崩れ落ちるロゴフスキー。
 アナディリに配備された太平洋艦隊が動くには余りにも早過ぎる、となるとサハリンに駐留していた艦艇からの砲撃か? ・・・・・・どちらにせよ今回の結果を中央は予測していたのだろう。 でなければこの行動の早さは説明出来ない。
 問題はその動きを自分が把握出来ていなかったことだ・・・・・・ その理由を想像したロゴフスキーは絶望に暮れる。 ならば既に己の結末は決まっている、と。 どんなに保身に足掻こうとも、致命的な失態を作り中央から見限られた政治将校の末路はそう多く無い。

「―――照合の結果、日本帝国軍の艦と確認。 ・・・・・・帝国海軍第九戦隊からの砲撃です」

「日本・・・・・・帝国だと?」

 耳に届いた報告に、ロゴフスキーの瞳に僅かな希望が灯る

「戦時協定を結んでいるからと言っても、他国の軍事施設に一方的な砲撃など許されるわけがないッ!! これは主権国家に対する明確な敵対行動だッ!!」

 唾を撒き散らし叫ぶロゴフスキー。 その姿をサンダークは冷ややかに見つめ、政治将校が考えそうなことを脳裏に描き小さく嘆息する。
 恐らく彼は今回の失態の原因を日本に全てなすりつける気なのだろう。
 光線級が現出した理由は、日本が強力な試作兵器を持ち込んだことによってBETAが当該地域における脅威度を跳ね上げた結果だと。 一見荒唐無稽な話かと思うが彼は優秀な政治将校である。 目の前に振って沸いたチャンスを有効に活用する術を心得ており、証拠の捏造と饒舌な舌を駆使してこの難局を乗り切ろうとするに違い無い。
 ・・・・・・その結果、長い年月を掛けて築かれた日ソ関係が崩れるかもしれないが、彼にとって見ればそんなモノよりも自身の首のほうが遥かに大切なのだろう。

(祖国に害なす豚が・・・・・・ だがこれこそが、中央の特権に縋りつく者の姿か)

 落胆したサンダークは再び視線をSU-37UBが映るスクリーンへと向ける。
 近辺に艦砲射撃が着弾したにも関わらず、二機は目まぐるしい動きでスクリーンの中を跳ね回っていた。 
 あの二人が駆るSU-37UBに敵はいない。 トップエースと呼ばれる衛士でも、どれ程優れた機体だとしても、人間が操縦する機体に遅れを取るなど万が一にもあり得ない。 ・・・・・・だと言うにも関わらず、不明機の始末に時間を掛けているのを見てサンダークの胸中に苛立ちが募る。
 あまり遊ぶな。 そう二人に告げるべくレシーバーに手を伸ばそうとした瞬間、ブラックアウトしていたスクリーンの一つにノイズが走り新たな映像が映し出された。

「・・・・・・?」

 険しい眼差してサンダークがそのスクリーンに目を向ける。 映っているのは椅子に座ったスーツ姿の男と、ソ連軍服の上に白衣を羽織った男。
 二人の男を確認したサンダークは眉根を寄せる。 どちらも知った顔だ、その二人が何故同じ場所にいるのかと疑念を抱いた直後、傍らに座るロゴフスキーが血走った眼差しで叫んだ。

『ベリャーエフッ!! 姿が見えないと思っていれば・・・・・・貴様、今何処にいるッ!?』

 同志、そう付け加えることも忘れたロゴフスキーの怒声が届いたのか、スクリーンに映るП3計画研究主任、イーゴリ・ベリャーエフは僅かに肩を竦めて見せる。
 
『まぁまぁ、そう怒鳴らないでください。 彼とは少々古い仲でしてね、腐れ縁と言いますか、同じ穴のムジナと言いますか・・・・・・まぁそんなワケでウチが保護してるんですよ』

「・・・・・・貴様、何者だ?」

『ふむ、僕のことは隣にいる彼に聞いたほうが早いと思いますねぇ』

 ヘラヘラと笑う男に促され、ロゴフスキーはサンダークに視線を向ける。
 
「―――アルゴス試験小隊・・・・・・例の部隊にオブザーバーとして参加している日本の研究機関があります。 彼はその機関の局長・・・・・・確か石井とか」

 そう耳打ちするとロゴフスキーは露骨に顔を歪め、睨めつけるような視線で石井を見やる。

「ほう・・・・・・日帝の関係者か。 このタイミングで通信してくるとは、よもや詫びでも入れに来たのかな?」

『詫び? さて何のことでしょう? ・・・・・・あぁ、もしかして基地を砲撃した件ですか? やだなぁ、ちゃんとそちらの要請に従ったことなのに、変な言いがかりは止めてくださいよ』

「ふ、巫山戯るなッ!! 一体、誰が何時、貴様らなどに支援を要請したッ!!」

『勿論、ソ連中央政府ですよ。 おや? もしかしてまだ伝令が届いてませんか? ・・・・・・言いたか無いですけど、ソ連さんは仕事が遅いんですねぇ』

 小馬鹿にされたことも相まり血走った眼差しでロゴフスキーがオペレーターに視線を向けると、数人の情報管制官が青ざめた顔で何度も首を縦に振って答える。

「そんな・・・・・・まさか・・・・・・ ベリャーエフ、貴様の差し金かッ!!」

『―――同志ロゴフスキー、私は言ったはずだ。 資本主義まがいの売り込みや、スパイごっこには興味がない・・・・・・と』

「だから私を裏切ったのかッ!?」

『裏切ったとは人聞きが悪い、私が従うのは中央の意向であるこの計画の遂行だけだよ。 そのためには利用出来るものは全て利用するまでだ。 ・・・・・・中央は過程よりも結果が全てだからな』

 ギリッと音が鳴るほどに奥歯を噛み締め、スクリーンに映るベリャーエフを睨み続けるロゴフスキー。
 利用し、利用される間柄だった二人の立場関係が逆転している。 そのことをサンダークは肌で感じながら、ある違和感を感じていた。
 ロゴフスキーとベリャーエフ、その二人のやり取りをニヤケ顔で静観している石井。
 サンダークは彼のことをそれほど知っているわけでは無いが、部隊を預かる立場として彼と面識した機会は幾度となくある。 その際、道化染みた石井の振る舞いに嫌悪感を覚えはしたが・・・・・・驚異と感じることは無かった。
 だが今はどうだ? 込み上げる感情を押し殺すのに全力を振り絞らねば、無様にも竦み上がりそうになる己がいる。

 ―――敵意。 笑みの中に見え隠れする純然たる敵意に彼は飲み込まれそうになっていた。

『さて、言い争いはそのへんにして貰ってと・・・・・・ 無駄かと思いますが、ちょっとしたお願いが一つありましてね。 ・・・・・・アレ、さっさと下げてもらえませんか?』

「―――アレ・・・・・・とは?」

 乾き切った喉を震わせ、サンダークは問い返す。

『そちらの大切なお人形が載ってる機体ですよ。 いやぁ大した性能ですねぇ・・・・・・アレでまだ全力ではないとか? ハードではなく、ソフトの改良だけであそこまで性能を引き上げる。 その技術には素直に感服します。 正直、ウチはそれを諦めましたからねぇ、あははははは』

 場違いな笑い声がスピーカーから響き渡るも、釣られて笑う者は誰もいなかった。

「認めるのか・・・・・・あの白い機体がそちらのものだと?」

『ええ、どうせそろそろお披露目する予定でしたから。 あなた方には少し早めにお見せしたまでです、ラッキーでしたねぇ』

 ヒラヒラと手を振って事も無げに答える石井。 サンダークは盤上の支配権を有しているのが彼だと朧気に実感し、乗る船を間違えたなと内心で独りごち傍らを見やる。 一刻は計画の統括責任者であるロゴフスキーに恐怖を抱いたが、ワナワナと震える今の彼は権力に固執する痴れ者にしか見えない。

「舐めるのも大概にしろッ!! 貴様・・・・・・このままで済むと思うなよッ!!」

 冷徹な政治将校の仮面を捨てた己を周囲が冷ややかな目で見ていることに気付かず、ロゴフスキーは鼻息荒く石井へそう言い放つ。

『随分とまぁ三流的な物言いで。 ・・・・・じゃ、仕方ありませんか』

 心底呆れたと言った顔を浮かべた後、石井は指をパチンっと鳴らした。

『―――Annihilation・System、起動します』

『―――Al-zard、スレイブとのリンクを確認』

『―――敵機固定。 N-03の誘導開始』

 石井の側で何かを囁く声がスピーカーから漏れ聞こえ、その直後スクリーンに映るSU-37UBが不可解な動きを見せた。
 目の間で突如動きを止めた白い不明機。 絶好の機会にも関わらずSU-37UBは大きく後退し、何かに恐れるかのように後ずさる。 サンダークは慌ててSU-37UBに乗る二人のバイタルが表示されたスクリーンを確認すると、二人の心理状態を現すグラフが不規則に揺れていた。

 ―――それは戸惑い、もしくはそれに類する感情の現れ。

 暗示や薬理処理だけでなく、遺伝子レベルで調整された部品が、己の存在意義である敵の殲滅に戸惑いを感じている。 背中に冷たい汗が流れるのを感じながらサンダークが再び石井へ視線を向けると、彼は浮かべる笑みをより一層深くして口を開いた。

『では、自分の浅はかさと軽率な行動にたっぷりと後悔してください・・・・・・ 本当ならもっと穏便に済ます予定だったんですけどねぇ、全てはこちらの尻に火をつけた―――』

 言って石井が自身の眼鏡を指で抑えると、薄暗い照明の光が反射しその目元が見えなくなる。

『―――ロゴフスキー中佐、あんたが悪いよ』







 五分前・ц03前線補給基地・第三滑走路エリア
 ───最後のSU-27が跳躍ユニットに36㎜砲弾を受けて爆散する。

 煙の尾を引き地面に墜落するその姿を見て、無様だと、SU-37UBを駆る少女は嘆息を漏らした。
 戦闘を始めて暫くは楽しめたと言うのにも、最後の一機になった途端背中を見せて逃げ出したのだ。 例えどのような相手だとしても敵前逃亡は許されない。 愛すべき祖国と、敬愛すべき党の意向に半目することなど許されるわけがない。
 そこ彼処に横たわる12機の戦術機に落胆と侮蔑が混じった視線を投げ掛け、少女は思い出したかのように残る目標へと向き直る。
 白い所属不明機と日本帝国軍のTYPE94。 その二機を排除すればこの区域の掃討は完了する。 

 ───退屈な任務だ。

 そう溜息を吐いた彼女の視界に白い影が飛び込んでくる。
 いつの間に距離を詰めていたのか、白い不明機はSU-37UBに向けて脚部を蹴り上げるも・・・・・・少女は難なく機体を後退させてその一撃を回避する。
 手応えのない相手ばかりだと、SU-37UBに乗る少女は再び嘆息を漏らす。
 不明機は果敢に近接戦を挑んでくる。 やはり外見から見たとおり、射撃兵装の類は装備していないらしい。 
 繰り出された手刀を突撃砲のグリップで弾き、ガラ空きになった胴体を脚部で蹴り上げる。

 ―――もう終わりか、やはりつまらないな。

 脚部ブレードベーンに貫かれる不明機の姿を想像した少女だが、その一撃は不明機が振り上げた脚部によって阻まれた。
 少女の眉が僅かに上がる。 大型機であるSU-37UBの質量を伴った一撃は例えガードされようとも敵機を粉砕することが可能だ。 だが目の前にいる白い不明機は微塵にも態勢を崩しておらず、ブレードベーンが直撃した脚部装甲も僅かに欠けた程度の損傷しか与えられていない。
 それを見た少女は、大した装甲だと不明機へ対する評価を改める。

 だが・・・・・・所詮はそれだけ。

 見える 【色】 もさりとて特別ではない。
 これでは楽しめない、やはり時間の無駄だと判断した少女は後退して突撃砲を向ける。 例え装甲が厚くとも、この至近距離で120㎜砲弾に耐えられるわけが無い。 
 次の目標であるTYPE94の姿を探しながら、彼女はトリガーを引こうとした、

 ―――その直後

「―――ッ!?」

 少女の口から押し殺した悲鳴が漏れる。
 慌てて視線を不明機に戻せば、白い機体はダランっと腕を垂らし棒立ちの状態で立っていた。
 一見すれば戦闘を放棄したと見える姿だが、少女にはしっかりと 【見え】 ていた。




 ―――異なる二色の 【色】 が混じりあい、混沌とした斑模様へ変わりゆくさまを。







 瞬間、白百合は跳躍した。

 文字通りの跳んだのである。 腰部の跳躍ユニットを使うわけでもなく、その脚力のみを使って跳躍したのだ。
 そこには機械が駆動するタイムロスなど存在しない、獣の如き動作で目標を仕留めんと跳躍しSU-37UBへ襲いかかる。
 慌てて後退するSU-37UB、その一瞬後にそれまで居た地点へ降り立つ白百合。 
 着地時の硬直を見越し突撃砲を向けるSU-37UBだが、白百合は即座に横っ飛びに跳ね、120㎜砲弾の洗礼を回避する。 後退しつつSU-37UBが砲口を向けるも、白百合は機敏な動作で射線から逃れ、ロックオンすることを許さない。

 突如動きが一変した白百合。 だがそれ以上にSU-37UBの動きが先ほどと比べて明らかに精悍さを失っていた。
 ジャール大隊の機体を正確無比な射撃で葬ったにも関わらず、今のSU-37UBはIFFが故障したのかと疑えるほど射線が安定していなかった。

 背部兵装担架に搭載された突撃砲を展開。 苦し紛れにも見える都合四門による砲撃を行うも、有効打に繋がる120㎜砲弾は尽く回避され、装甲を破りきれない36㎜砲弾が白い装甲を僅かに削るのみ。
 装甲を叩く砲弾を物ともせず、白百合は自身の跳躍ユニットを噴射し、凄まじい勢いでSU-37UBへ追い縋る。  大地を踏みしめる度にアスファルトに罅が入り、砕けた破片が宙に舞い散る。
 突進を回避しようとするSU-37UBの跳躍ユニットに火が灯るが、ロケットモーターが推力を生み出す前に白百合は到達し、勢いをそのままに放たれた貫手がSU-37UBが咄嗟に掲げた突撃砲を弾き飛ばした。

 二機が激突した衝撃で、凄まじい金属音が周囲に鳴り響く。

 一歩、二歩と白百合を受け止め切れなかったSU-37UBが後ずさる。 白百合が開いた右腕を腰だめに構えると同時SU-37UBもまた腕部モーターブレードを展開させた。
 白百合の手刀がSU-37UBの肩部ブレードベーンを粉砕し、SU-37UBのモーターブレードが白百合の肩部装甲を抉り取る。

 舞い散る火花、砕け散る装甲、刹那の間に目まぐるしい攻防戦が二機の間で繰り広げられる。

 近接戦闘では僅かながら白百合に軍配が上がるも、相手を破壊する決定打を打ち込めず、弾かれたように二機は同時に後退し膠着状態へと移った。

 腰を落とし、獲物に襲いかかる獣のように低い姿勢を作る白百合。
 SU-37UBは突撃砲の残弾が尽きたのか、左腕、右腕のモーターブレードを展開して構えを取る。
 鳴り響くモーターブレードの駆動音、光線級のレーザーによって生まれた重金属の灰が周囲に降り注ぎ、BETAの群れが近づきつつあることを証明する微振動が大地を震わせる。

 混沌とした情景の中にあっても、二機は睨み合ったまま微動だにせず互いの出方を疑い続ける。


 ―――その沈黙を打ち破ったのは、またしても異形の戦術機だった。


 基地に解き放たれた三機の鵺。 
 その最後に残った一機が野外格納庫の影から姿を現し、背後からSU-37UBへ襲いかかった。
 白百合以上の跳躍力で跳ね上がり、直上からSU-37UB目がけて落下する。 
 現状、白百合が登場する際に使用したチャフ混じりの煙幕のせいで、レーダーの感度は著しく落ちている。 目視だよりの戦場においてそれは完璧な奇襲と言えたが、SU-37UBは僅かに機体を逸らして鵺の一撃を難なく避け、眼前に降り立ったその胸部にモーターブレードを深々と突き刺した。
 腕部に比べて薄い装甲は安々と破られ、大小様々な破片が辺りに飛び散る。 そして砕かれた装甲の隙間からオイルとは別種の液体が零れ落ちた直後、鵺は内側から吹き飛んだ。

 先ほどの静流がそうであったように、自爆する鵺に巻き込まれるSU-37UB。

 爆発と爆炎が鵺諸共SU-37UBを吹き飛ばしたかに見えたが、煙の中に垣間見えるSU-37UBの躯体は各所を破損しつつも未だ健在だった。
 だがその一瞬の隙を逃さす、白百合はSU-37UBの懐深く潜り込み渾身の一撃を放つ。
 一刀の刃と化した鋭い爪は受け止めようとしたSU-37UBの右腕を貫き、管制ユニットを収める胸部へ至るかに見えたが・・・・・・残る左腕から展開されたモーターブレードに接触し食い止められてしまう。
 膂力に勝る白百合がSU-37UBを力尽くで組み伏せようとすると、SU-37UBの背部兵装担架が前面に展開し、搭載された突撃砲の砲口が白百合へと向けられた。
 弾切れはブラフ。 そう見せるための演技だったとばかりに、展開した突撃砲から至近距離で120㎜が吐き出される。

 ───しかし砲弾が放たれるコンマ数秒の刹那、白百合もまた開いた左腕を突撃砲へ向けて振り上げ・・・・・・腕部内部に仕込まれたM61バルカンを展開、20㎜砲弾を放った。
 戦術機の装甲は破れぬ砲弾だが突撃砲を破壊するには十分だった。 次々と砲弾をその身に受けた突撃砲は数瞬でひしゃげ、砲弾が詰まった弾装に直撃を受けて爆発する。 そして白百合の左腕もまた、至近距離で放たれた120㎜砲弾によって吹き飛ぶ。

 機体後部で起きた爆発に姿勢を崩すSU-37UB。 白百合もまた腕部を失い機体の姿勢を崩すも、訪れた好奇を逃すこと無く跳躍ユニットに点火し更に一歩踏み込んだ。
 超高度ナノチューブで形成された白百合の爪はSU-37UBのモーターブレードを歪ませ遂に胴体へと至る。


 ―――だが、それでも・・・・・・それでもまだ届かない。


 貫手は僅かに身を捩らせたSU-37UBの胸部装甲を削り取り、そのまま左肩を刺し貫くに留まる。
 触れ合うほどの至近距離で二機は睨み合い、白百合が肘から先を失った左腕を叩きつけるよりも早く、SU-37UBの頭部ワイヤーカッターが白百合の頭部に襲いかかった。
 小型種の襲撃から頭部を保護するワイヤーカッターが、白百合の複合センサーを保護する赤いバイザーに亀裂を作る。
 苦しそうに白百合は身を捩り、それを逃すまいとSU-37UBは頭部を振り上げ・・・・・・動きを止めた。 そして必死にその場から離れようとSU-37UBが藻掻くも、肩に深々と食い込む白百合の腕部を振りほどくことが出来ない。
 唸りを上げるワイヤーカッターが装備された頭部。 ・・・・・・その頭部へ向けて飛来する36㎜砲弾。

 ―――直撃。

 頭部を失ったSU-37UBが大きく仰け反り、白百合の腕部が突き刺さった左肩がその動きに耐え切れずに千切れ落ちていく。
 砲弾の射手は・・・・・・最早立ち上がることすら出来ないSU-37M2だった。

『───中央の犬風情が・・・・・・ジャールを侮るな』

 搭乗者であるラトロワの呟きに気圧されたのか、SU-37UBは白百合の拘束から抜けだした直後、直ぐ様身を翻して後退して行く。
 大きく損傷したSU-37UBに最早戦闘力は無い。 そう判断したのか、白百合はSU-37UBを追跡することは無かった。

 自身も左腕を失い、機体各所に大小様々な傷を負った白き戦術機は、周囲の様子を伺うかのように損傷した頭部を巡らせる。 周囲には戦術機の残骸が散らばるのみで動くものは何も無かった。 先ほど砲撃したSU-37M2も完全に沈黙し、戦闘が始まる前に居た不知火の姿も何処にも無く、場に残ったのは白百合のみ。
 敵を失った白百合は落胆したかのように動きを止め、その場へと膝まづく。

 ・・・・・・その背後には、土煙を巻き上げながら近づく幾つもの機影があった。






 同時刻・野外格納庫エリア
 戦車級の群れが地に伏した突撃級を次々と乗り越え、その骸と瓦礫に塗れた地面を埋め尽くしていく。
 それはまるで雪崩だった。 極彩色で彩られた生物が形作る濁流だった。
 雪崩の先端へ向け36㎜砲弾を浴びせるも、その流れを食い留めることは出来ない。 砲撃によって何十もの戦車級が肉片に変わろうとも、後ろに続く個体は歩みを緩めること無く突き進む。
 雪崩を構成するBETAの総数は一体幾つなのか? 機体の振動感知機は激しい振動で振り切れ、網膜に映る戦術マップには赤い光点が密集した染みが無数に存在し、周囲に群がるBETAがどれほどの規模なのか全く分からない。
 数百? 数千? レーダーが拾いきれない小型種を含めれば万すら超えるのか?

 それはまるで───全てを食い尽くす飛蝗の群れだ。

 西門ゲートへ繋がる誘導路上でBETA迎撃を続けていたユウヤの脳裏に旧約聖書の一節が過る。
 ヨハネ黙示録やエジプト記に記され、畏敬の念から神格化すらされた蝗害の事実。 ・・・・・・奈落の王が引き連れた飛蝗の群れは、長い間人々に死ぬことすら許されぬ苦痛を与えたと言う。
 熱心なクリスチャンでも無いユウヤだが、目の間に広がるBETAの海を見ていると、キリスト教恭順主義派がBETAを神格視するのにも納得できてしまう。
 過激なデモンストレーションとロビー活動を続けるキリスト教恭順主義派は、IRA(難民解放戦線)と並び各国からテロ屋のレッテルを貼られる組織だが、その行動の根底にあるのは紛れもなく神への信仰心。 BETAを神の御使と崇め、不浄に満ちた人類に回帰の試練を与えに来たのだと主張する彼らの考えは、ある意味間違いとも言えないのかもしれないが・・・・・・

(くだらねぇ・・・・・・死んじまったら、それで終いじゃねぇかッ!)

 そう内心で吐き捨てたユウヤは操縦桿を強く握りしめた。
 待っているだけでは状況は好転しない。 自らが行動してこそ道は開ける・・・・・・ そうして来たからこそ、今自分は此処にいる。
 日系二世が故に呪いのようにまとわりついて来た迫害や差別を、ユウヤは自らの努力と鍛錬によって跳ね除けてきた。 彼は信仰に縋るような、何かに救いを求める事などとうの昔に放棄したのだ。

 だから足掻く。 最後まで足掻き続け、自らの力で道を切り開く。
 
「邪魔だぁぁぁぁッ!!」

 残り少ない砲弾を節約するため誘導路に置き去りにされた車両を蹴り飛ばすと、高機動車はアスファルトを削りながら何度も地面をバウンドし数体の戦車級を押し潰して静止する。
 目の前に飛び込んできた餌に集る戦車級を横目に、ユウヤは野外格納庫の壁面を壊して即席のバリケードを形成する。 僅かな時間しか稼げないだろうが、突撃砲の装填作業を行には十分な時間だった。

「アルゴス01より各機へ。 BETAの密度が濃すぎて西は駄目だ、離脱ルートを再度計算する必要がある」

 先ほど何の脈絡も無く回復したデータリンクによって、戦術マップに表示されるBETAの位置情報はリアルタイムで更新され続けている。 加速度的にその数を増すBETAは数分前に計算した退避ルート上へ侵食し、ユウヤ達を逃すまいとその包囲網を狭めつつあった。

(それでもまだ・・・・・・アレに狙われてないだけマシか)

 空を見上げれば、暗澹とした重金属の雲に幾条ものレーザーの軌跡が確認できる。
 随伴している帝国軍から提供されたデーターには、同軍所属の艦船が基地に向けて支援砲撃を敢行中だとの情報が含まれていた。 そのお陰というべきか、光線級が砲弾の迎撃を優先している限り戦術機部隊が狙われる可能性は少ない。 先程から網膜の片隅にポップアップする光線照射警告の表示を脇目に見ながら、ユウヤは弐型が持つ機動性をフルに発揮しBETAに足掻らい続けていた。

『───ランサー04より各機へ。 新しい退避ルートを転送します』

 その通信の直後、弐型の戦術マップに今までとは別の退避ルートが表示される。
 既に幾度と無く退避ルートはBETAによって阻害され、その度に帝国軍の壱型丙が再計算しているのだが、転送されてくるBETAの進路予測すら折り込み済みのデーターにユウヤは驚きを隠せなかった。 弐型のCPUが四機による退避は不可能との判断を下したにも関わらず、壱型丙のCPUは絶えず新しい道を指し示し続けているからだ。
 CPの支援も無しにこの短時間で計算を行う壱型丙。 そのCPUの演算処理能力は改良機である弐型を大きく上回っている。 本来戦術機のCPUとはそのリソースの多くを機体制御に費やしており、データリンクを介して補助を受けなければ満足な戦域管制など出来るわけがない。
 ユウヤが知る例外は複座のF/A-18FとF-22の二機種のみ。 前者は人の手によって、後者は最新鋭のシステムが戦域管制機としての役割を果たす。
 壱型丙のスペックはその両者に匹敵、あるいは上回っているとユウヤは判断していた。

 何故それほどのCPUが戦術機、しかも試作機たる壱型丙に搭載されているのか? 当然の疑問を抱きはしたが、この状況でその答えを探す余裕は残念ながら無かった。

『ったく、次から次へと・・・・・・ いい加減勘弁して欲しいんですけど』

 肩に06とナンバリングされた不知火が一機、うんざりとした口調で吐き捨てながら弐型の隣に降り立つ。
 ユウヤはチラリとその機体に一瞥を送り、帝国軍機の強靭さを改めて認識した。
 損傷によって、至る所の装甲が破棄された不知火は内部フレームが剥き出しになっていた。 跳躍ユニットも耳障りな音を立てながら冷却材を亀裂から滴らせている・・・・・・ 確認するまでもなく戦闘は不可能だと見て取れる状態にも関わらず、その不知火は今もまだ動き戦闘を続けている。 米国機には無いそのタフネスさに、ユウヤは心から賞賛を贈りたかった。
 戦術機とは動く砲台では無いのだ。 一度はチャンバラと揶揄した近接戦闘、だが実戦を経験してその必要性が嫌という程理解できた。 
 
 戦術機は・・・・・・ 不知火は近接格闘戦闘においてこそ、その真価を発揮する。

『ランサー06よりアルゴス01へ。 次で道を作るわよ・・・・・・例え無理でも、後ろの二機が飛ぶ時間だけは意地でも稼ぐ、いいわね?』

 不知火を駆る衛士、橘栞とか言う女性の言葉には有無を言わせぬ力があった。 無論、ユウヤとてそのつもりだった。 ステラが駆るF-15Eと帝国軍所属の壱型丙には強化装備無しで乗り込んでいる人がいる。 自分たちと違い、高Gが掛かる機動の一切が制限された二機を飛ばすことさえ出来れば、此処から逃げ出すことはさして難しくは無い。
 チラリとユウヤは背後を表示するウィンドウに視線を送る。 そこに映るのF-15Eはステラと唯衣が乗っており、その腕部には最も重要な機材である試作99型のコアモジュールがあった。

「───了解だ。 アルゴス04、ランサー04、退路は俺達が作る・・・・・・チャンスを逃すなよ」

 言ってユウヤは120㎜散弾を選択し、即席のバリケードを突破してきた戦車級へ向けて放った。 赤黒い霧が広範囲に舞い上がり、ユウヤは躊躇うこと無くその中に弐型を飛び込ませる。
 
(生き残るためって言っても、無茶な道を通らせやがるッ!!)

 憎たらしいことに、壱型丙は全機の機体スペック、残弾、衛士の技量、その他諸々を考慮した上で、ギリギリのラインで退避可能なルートを算出している。
 その演算処理能力に舌を巻きつつ、ユウヤは地表スレスレを噴射跳躍し後続のために道を切り開く。
 戦車級の群れを飛び越えた直後、ルート上に四体の要撃級が現れるも、その内の二体にロックカーソルが瞬時に重なる。 排除目標すら予め組み込まれていたことに驚愕するよりも早く、ユウヤはトリガーを引いて要撃級を排除し、直ぐ様次の目標へ照準を切り替えた。
 弐型にやや遅れて続くF-15Eと壱型丙。 栞が乗る不知火は損傷が激しいにも関わらず弐型にピッタリと追従し、弐型が意図的に撃ち漏らした個体を狙撃し続けた。
 野外格納庫が並ぶ区画を四機は駆け抜け、針葉樹の森へと続く開けた場所へと飛び出す。
 しかし周囲に建造物が無くなったことで、その存在が明らかになったモノがあった。

『一時方向、要塞級二。 内一体が退避への障害になります』

『最後の最後で・・・・・・アッシュ、あんたって一時は 【要塞殺し】 って二つ名で呼ばれてたじゃ無い? アレくらい自分でどうにかしてよ』

『この機体では不可能です。 蜂を所望します』

『アレかぁ・・・・・・なんか懐かしいわね。 葵、そー言えば蜂ってどうしたの?』

『杉原大尉と一緒に日本に送ったわよ!! 栞、こんな状況で呑気な質問は止めてよッ!!』

『はぁ・・・・・・こんな状況だからこそ余裕が必要だと思うんだけどねぇ。 アルゴス01、こっちは120㎜が弾切れ、要塞級はそっちに任せたから』

 一方的にそう言い放った栞は並走する突撃級に向けて36㎜を放ち始める。
 ユウヤは緊張感の無い会話を繰り広げた彼らに呆れつつも、突撃砲に残った最後の120㎜APSFDSを視線選択。 それでも外殻の厚い要塞級を一撃で倒すのは不可能と判断し、脚部の付け根に向けて照準し放った。
 120㎜APSFDSは正確に関節を貫き、バランスを崩した要塞級は足元に群がっていた戦車級を押し潰して転倒した。 その結果を確認することなく、ユウヤは卓越した狙撃能力で大型種を無力化し、栞が36㎜をばら蒔いて小型種を牽制し続ける。
 BETAの包囲網に空白が生まれ、すかさずユウヤは叫んだ。

「今だ、飛べぇぇぇぇッ!!」

 促され、F-15Eと壱型丙が跳躍ユニットの出力を上げ、短い滑走距離を利用して機体を飛翔させる。 ユウヤは進路の妨害になりそうな個体を狙撃し続け、射線を確保するために弐型の高度を上げようとした瞬間、

「───ッ!?」

 網膜に光線照射警報が立ち上がり、機体が自動で乱数回避機動へと移る。
 不規則な方向から襲いかかるGに耐えながらも、ユウヤは先に飛び立った二機が無事飛べたのかと必死に視線を彷徨わせる。
 壱型丙は・・・・・・匍匐飛行から噴射滑走へ機動を切り替え、地表に蠢くBETAを盾に加速し続ける。 必要以上に鋭角的な機動は行わず、搭乗者が耐えられる限界の一歩手前の動きでBETAの間を縫うように。 それはまるで、海中を自在に泳ぐ海洋類の如き動きだった。
 唯衣達が乗るF-15Eもまた高度を落とし、噴射滑走でレーザーをやり過ごそうとするも、先ほどユウヤが無力化したはずの要塞級、その腹に生えた衝角付きの鞭に進路を阻まれてしまう。

「やらせるかぁぁぁッ!!」

 乱数機動をカット。 僚機に己の命を預け、ユウヤは要塞級の接尾に向けて36㎜を放つ。 砲弾は関節部に一点集中して直撃し、破壊することこそ出来なかったが、その進路を僅かに逸らすことに成功する。
 だがそれでもF-15Eは要塞級の接尾と軽く接触し、先端から滲みでる強酸性の溶解液をその身に浴びてしまう。 腐食し落下するF-15Eのパーツ。 しかし、腕部と・・・・・・保持したコアモジュールを落下させながらも、猛禽の名を冠した戦術機は堕ちること無く駆け抜けた。

(・・・・・・行ってくれ、俺も必ずコイツと一緒に帰って見せる)

 ユウヤはF-15Eを眩しそうに見上げ、ふと光線照射警告のウィンドウが消え去っていたことに気づく。
 F-15Eの支援を行った間に、栞が弐型を狙った光線級を排除していたのだ。 僚機としての役目を果たしてくれた彼女にユウヤは礼を言おうとするも、
 
『まだ終わってないッ!! 八時、突撃級四ッ!!』

「ッ!! ───クソッタレぇぇぇぇぇッ!!」

 地表に足を付く直前、反射的に跳躍ユニットの出力を挙げて強引に機首を持ち上げる。 上空に投げ出された機体を反転させ大地を見やると、弐型は突撃級の直上に位置していた。
 躊躇わず、ユウヤは操縦桿のトリガーを引く。 36㎜砲弾は突撃級数体の後脚を貫き、その速度を大幅に減速させた。 結果、後続に続いていた突撃級は前を行く個体に激突し乗り上げ、ジャンプ台宜しく弐型に向けて飛び掛ってくる。 
 
「こなくそぉぉぉぉぉッ!!」

 空中で激突する寸前、弐型は突撃級の外殻を踏みつけ更に上へと飛び上がる。 しかし勢いは殺し切れず、不安定な体制を立て直せぬまま大地へと降下して行く。
 制御ユニットが急激な高度低下を感知し、大地へ激突する寸前に跳躍ユニットを噴射、弐型を大地へと軟着陸させる。 しかしそこはBETAの真っ只中、直ぐ様要撃級が弐型へ殺到する。 繰り出された衝角を回避しようとユウヤは回避コマンドを入力するも・・・・・・間に合わない、左腕に衝角が直撃。 金属がひしゃげる音と共に、衝撃緩和装置の許容量を遥かに越えた衝撃がユウヤを襲う。

「───ッ!!」

 ユウヤは声にならない悲鳴を漏らし、気を抜けば意識を失いそうになる衝撃に揺さぶられる。
 クルクルと、二、三回転した後に何かに激突。 倒れること無くソレにしがみついて転倒を免れたユウヤは、その相手が身を挺して弐型を受け止めた不知火だと気づく。
 
『───アッチはなんとか無事に逃げたわ、後はアンタの番よッ!!』

 レシーバーから聞こえる彼女の声を何処か遠くで聞きながら、ユウヤはF-15Eが取りこぼしたコアモジュールを探す。
 弐型と並び日本にとって最重要機材を確保せぬまま退避すれば、計画の遅延だけでなくアレをワザワザ用意してくれた唯衣の立場が悪くなる。 弐型の完成が見えた今、優秀なスタッフである唯衣を失うのはユウヤにとっても痛手だ。

「畜生、コアモジュールがッ!!」

 しかしコアモジュールが落下したであろう地点には、既に戦車級が小山のように群がっていた。 弾切れとなった突撃砲を投棄し、短刀を装備させた弐型でユウヤは回収に向かおうとするのだが・・・・・・

『無理、コアモジュールはもう諦めてッ!! 今の私たちじゃアレだけのBETAを排除するのは無理よッ!!』

 栞はそう言ってコアモジュールへ駆け寄ろうとする弐型の進路を塞ぐ。

「何言ってやがるッ!! アレはお前たちにとっても・・・・・・」

『禅問答は無し、そのまま飛べばアンタは逃げられる。 援護するからさっさと噴射跳躍しなさいよッ!!』

「なッ!? お前はどうするつもりだよッ!!」

『アンタが飛ぶまでの時間を稼ぐわッ!! ───ッ!! もう持たない!! 早く飛びなさいよッ!!』

 遂に残弾が切れたのか、栞の不知火もまた突撃砲を投棄し両腕部のナイフシースから短刀を抜き放つ。

「巫山戯んなッ!! 俺は仲間を見捨てない、例え少しの間でもお前は一緒に戦った仲間だッ!! なのにお前を見捨てて逃げたら、俺は絶対に自分を許せないッ!!」

『はぁッ!? この状況で舐めたこと言ってんじゃないわよッ!! あんたのその機体はねぇ、私の命なんかで危険に晒していい代物じゃないッ!! 勿論、それに乗ってるアンタ自身もッ!!』

「馬鹿言うなッ!! 人の命が機材に勝ってたまるかッ!!」

『なッ!? アンタそれでも試験衛士なのッ!? アンタの役目はねぇ、BETAを倒すことでも、人命救助することでもない。 何がなんでもその機体を完成させて、日本で戦っている衛士に届けることでしょうがッ!!』

 それもまた正論だった。 唯衣や麻美が語った言葉以外の、試験衛士として必要な責務だった。

『私を見捨てることが許せないって言うならねぇ・・・・・・許すな!!  私を見捨てた自分を許すなッ!! 目の前で誰かを見捨てたことを後悔して、二度とそんなことが起きないように弐型の完成に努めなさいよッ!! それが試験衛士でしょう!! 現場が命預ける機体を作ってるあんたは、責任と覚悟を機体に見せなさいッ!!』

「───ッ!!」
 
『アンタみたいな甘ったれ見てると胸糞悪くなるわッ!! もういいから・・・・・・早く行きなさいよッ!!』

 会話はそれで終わりだとばかりに不知火は弐型へ背を向ける。 左腕を失った以上、彼女を連れて逃げることは出来ない、機体に彼女を載せる時間も無い。
 何も打つ手の無いユウヤは、黙したまま彼女の言葉に従うほうか無かった。







「なに・・・・・・なにしてるのよ栞ッ!! そんなの全然貴女らしく無いじゃないッ!!」
 
 聞き慣れた声が聞こえる。
 隆は激痛で霞む意識の中で、それが葵の声だと理解し疑問を抱いた。

「駄目ッ!! そんなの絶対に私は許さないからッ!!」

 何故彼女は嗚咽混じりに叫んでいるのだろうと。

(葵・・・・・・泣いている・・・・・・のか?)
 
 目を開くと葵の横顔が見えた。 人前では弱いところなど一切見せない気丈な彼女が、その瞳から溢れ出る涙を拭おうともせずに何かを叫んでいる。
 薬のせいで思考が上手く回転しない中、隆は周囲の状況を把握しようと視線を彷徨わせた。 周囲は暗いが所々に微かな光が点在し、時折体に感じる振動とくぐもった音から、此処が戦術機の管制ユニットの中だとは直ぐに理解できた。 体はシートに備え付けられた簡易ハーネスでしっかりと固定されているため、首以外の自由が効かない。 
 また動かそうにも感覚そのものが消失している箇所がある・・・・・・その理由を朧気に理解しながらも隆は視線を巡らせ、背後のシートに真奈美と洋平がいることに気づいた。
 複座式の管制ユニット、ならば乗り込んでいる機体は壱型丙か。
 何故起動できたのだろうと、当然の疑問を抱く隆だが、虚空を見上げて呆けている真奈美と、顔色を土気色にした洋平の姿にそんな些細な疑問は吹き飛んでしまう。

『・・・・・・許さないって言われてもねぇ・・・・・・仕方ないでしょ、こうなっちゃったんだから』

 そして隆の意識は、葵のヘッドセットから漏れ聞こえる声に引き寄せられる。 
 この声も聞いた覚えがある。 猫みたいに気まぐれで、そのくせ犬みたいに擦り寄って来る手に負えない誰かの声。
 
(・・・・・・橘?)

「巫山戯ないでよッ!! なんで貴女ってそうなの・・・・・・肝心な時は何時も自分の本心を抑えこんで・・・・・・言ってよ、話してよッ!! 私、貴女の仲間でしょ? ううん、友達でしょ? ・・・・・・そう思ってたのは私だけだったのッ!?」

 涙を流しながら怒鳴り続ける葵は、感情が高ぶりすぎて隆が覚醒したことに気づいていない。
 隆は状況を確認しようと、なんとかコンソールまで指を伸ばして簡易モニターを起動させた。 ポウっとコンソールの一角、10インチにも満たないモニターに光が灯り、外部の様相を表示してくれる。 
 機体は低い高度ながらも匍匐飛行中だった。 眼下の大地にはBETAが犇めき合っており、空には重金属特有の黒い雲が拡がっている。 モニターは葵が注視している目標を中央に映し出し、そこに映るのは肩に06とナンバリングされた不知火だった。 データリンクは辛うじて繋がっているようだが、映像は荒く、二機の間に相当な距離があることが分かる。

『───友達か。 ・・・・・・考えて見ると、私って友達って言える人がいなかったかもね。 ・・・・・・ううん、子供の頃はいたのかもしれないけど、施設に預けられてからは生きて行くのに精一杯だったからそんな余裕なんて無かった。 ・・・・・・ま、私のこと友達って言ってくれるなら・・・・・・葵、隆のこと宜しくね』

 モニターの隅にバストアップされた栞の映像。 そこに映る彼女が苦笑しながらそう呟いた。

「何を言ってるんだ? ・・・・・・橘?」

「隆さんッ!? 喋っちゃ駄目ッ!!」

 漸く隆に気づいたのか、葵が髪を振り乱しながら静止の声を上げるのだが、隆は口を開くのを止めなかった。

「これでもう最後見たいなこと言うなよ・・・・・・ 皆で帰るんだ・・・・・何時も見たいに・・・・・・皆で・・・・・・」

 喘ぐように呟く隆に栞は一瞬驚きの表情を浮かべたが、直ぐに寂しげな笑みに変えて首を振って答えた。

『今回は無理見たい。 ゴメンね、隆』

「謝るなよ・・・・・・ 謝らないでくれよ・・・・・・ お前、死ぬのが怖くないのかよ? なんで簡単に諦められるんだよ?」

『そう? 覚悟なんて何時の間にか済ましちゃったわよ。 ・・・・・・軍人なんて因果な商売してたら何時の間にかね』

 あっさりとそう言い放つ栞。 そんなの嘘だと隆は叫びたかった。 死ぬのが怖くない人間なんていない、この世界が戦争で狂っていても、人の本能までもが狂うわけがない。
 何が彼女を諦めさせるのか? その答えを探した隆は直ぐにその理由を見つけてしまう。
 彼女が乗る不知火は既に満身創痍だった。 立っているのが不思議と思えるほど損傷しており、とてもではないが飛べる状態では無い。 
 一体いつの間にアレほどの損傷を負ったのか? 自分が気絶している間に何が起きたのか? 無様に気絶していなければ彼女を助けることが出来たのではないか?
 想像が後悔を産み、隆は言葉を失ってしまう。

『―――橘少尉。 質問があります』

 唐突に割り込まれた機会音声に栞はキョトンとした表情を一瞬浮かべ、苦笑しながらAsura-daに先を促した。

『あはは、相変わらず空気読めない奴ね、あんたって。 なに?』

『恐縮です。 社中尉と同じ質問を繰り返させて頂きます、少尉は死を恐怖と感じないのでしょうか?』

『ええ、怖くないわ。 だって無駄死じゃないのよ? 仲間のために自分の命を掛けられる・・・・・・軍人として最も有意義な死に方じゃない?』

『───それが少尉の本当にしたかったことなのですか?』

『む・・・・・・なによ? ケチ付ける気?』

『はい、肯定することは出来ません。 その答えは少尉の本心では無いと推測します』

『・・・・・・ご明察。 アッシュ、あんたって結構鋭いのね? 少なくとも隆よりはいい勘してるわ』

『―――アッシュ。 その呼び方、少なくともアシュ公よりは好ましく思います』

『ほんと? じゃあ今度からそう呼んで貰えば? 機械とは言え、名付け親が私ってのは中々気分がいいわね』

 言って笑う栞。 楽しそうに、これから自身に振りかかる悲劇など些細なコトだとばかりに、彼女はケラケラと笑う。

「なんで笑えるんだよ・・・・・・こんな時にどうして笑えるんだよ・・・・・・なぁ橘」

 痛みで霞むのか、それとももっと別の理由でか、ぼやけた視界で彼女の笑顔を見ながら隆は震える声で問いただすも、栞は呆れ顔で大きくため息を吐いて答えた。

『まったく・・・・・・最後ぐらい名前で呼んでくれてもいいんじゃない? ほんと、隆ってヘンなとこで意固地よね』

「巫山戯るな・・・・・・最後だなんて・・・・・・言うなよッ ・・・・・・言わないでくれよ・・・・・・なぁ」

 肺の中の空気を絞り、喘ぐように隆は彼女の名を呼んだ。

「―――栞」

『うん』

「―――栞」

『うん。 ・・・・・・あはは、なんか照れ臭いね』

 小さな画面の中で、栞は恥ずかしそうに自分の鼻をポリポリと指で掻いた。 そして何かを達観したかのように笑い、慈愛に満ちた瞳でポツポツと語り始める。

『───私ね、出来る事なら隆とずっと一緒に居たかった・・・・・・ 私には無かった慎ましやかな家庭ってやつを実は数えきれないぐらい想像したの。 ま・・・・・・それが叶わないなら今と同じ、皆と何時までもワイワイやれればいいとも思ってたわ。 隆の婚約者・・・・・・麻美とか言ったわよね? その人との結婚式にだって笑顔で出る気まんまんだったのよ? 笑顔でね、その面拝んで一発殴りたかった・・・・・・・・・・・・って冗談よ、本気にしないでよね? その奥さんがなんて言うかは知らないけど、二人の間に生まれた子供面倒だって見てあげるつもり、だって隆の子供でしょ? 絶対に人生舐めてる甘々なクソガキに決まってるし、私が幼い頃から人生の厳しさを教えてあげるつもりだったのよ』

 楽しそうに話し続けケラケラと笑う彼女が酷くボヤケて見える。 それが溢れる涙だと気づきつつも、目を拭ったら彼女が消えてしまうような気がして、食い入るように隆は栞を見続ける・・・・・・

『なんてね・・・・・・全部私の妄想、そうなれば良かったなって思う願望。 それが叶わないって分かったから思わず言っちゃった。 でもね・・・・・・私ね、こんな変な想像しちゃうぐらい隆のこと・・・・・・好きだった』

「・・・・・・」

『好きだったの・・・・・・大好きだった』

 噛み締めるように呟き、栞は花が咲くような笑顔で別れを告げた。

『───さよなら、隆』

「―――駄目だ栞。 さよならなんて言うな」
 
 喉を震わせながら隆は声を搾り出すも、

「───栞」

 スピーカーから彼女の声は聞こえない。

「―――栞」
 
 モニターに映る彼女の笑顔も無い。

「う・・・・・・ああぁぁ・・・・・・栞・・・・・・栞・・・・・・しおりぃぃぃぃッ!!」

 薄暗い管制ユニットの中に隆の悲痛な叫びが木霊する。


 だがそれに答える声は・・・・・・無い。











 言えた。
 
 彼にはっきりと言うことが出来た。

「ふ・・・・・・ふふッ」

 込み上げる気持ちを抑えられず、私は静かな管制ユニットの中で一人笑った。
 あと僅かで死ぬことが確定してるけど、今の私にとってソレは本当にどうでもいいことだ。
 だって彼に思いを伝えられた。 はっきりと自分の気持ちを言葉にして伝えられたんだ。 それが何?と思われるかもしれないが、私はそんな些細な事を成し遂げたことで物凄く晴れやかな気分になれた。

 ほんと、あの日からずっと思い悩んでいたのが馬鹿みたい。
 欧州を立つ前、あの埠頭でオルフィーナが自分の思いを伝えたのを見てから、一体どれだけ私が悩んでいたか・・・・・・隆には分からなかったでしょうね。
 どうせ何時もの気まぐれの一つとか、そんな風に軽く思ってたんでしょ。
 でもね、私にとっては全然軽くなかった。 一人の女として、隆とどう接していいか分からなくなっちゃったの。
 必死に自分自身を押し殺して、平静を装って・・・・・・それが限界になって隆を押し倒しもしたけど、結局は何も出来なかった。 今にして思えばそれで良かったのかもしれない、身体を重ねたって隆が私のモノになるわけじゃないし・・・・・・でも、あの時はちょっと惜しかったかも。

 ───ま、いいか、たった一言で良かったんだ。 一言を伝えただけで、ずっと悩んで苦しんでた気持ちが楽になった。 うん、もう悔いは無い。

(これでいいんでしょう? あの日から今日まで、私は最後まで自分の好きに生きてきたわよ)

 脳裏に過ぎる、名も、顔も知らぬ一人の男の姿。
 明星作戦に参加する直前、訳の分からない言葉を一歩的に言い放ち、それまでの考えを打ち砕いた男。 感謝・・・・・・すべきなのだろう。 三年にも満たぬ期間だが、彼のお陰で随分と楽しく過ごすことが出来たのだから。

 うん、楽しかった・・・・・・辛いこともたくさんあったけど、まぁ悪い人生じゃ無かった。 何より、最後をこんなに良い気分で終われるのだから不満なんてあるわけ無い。

 ・・・・・・あるわけ無いけど、ちょっとした気がかりはあるかな?
 隆は私が死んだらどう思うのかなって。 最後に私が隆に伝えた言葉は、もしかしたら彼に大きく伸し掛るかもしれない。

 優しく甘い彼は私を失ったことで何時までも悩み苦しむ・・・・・・呪いのように、ずっと。

 でも・・・・・・それぐらいいいよね?
 ずっと彼の面倒を見て、ずっと彼を想い続けてきたんだから、そんなに簡単に忘れてもらっちゃ困るしさ。 
 それにどうせあの傷だ、もう隆が戦場に出ることは二度とないだろう。 逃げ延びた後、恐らく帝国軍への出向は取り下げられ、霞がいる横浜に戻るに違いない。 。
 何処か平和な場所で、霞や見たことも無い婚約者と幸せに過ごすんだろうな。
  
「はぁ・・・・・・悔しくないって言えば、嘘になるなぁ」

 ほんと、一度ぐらい麻美って女を見てみたかった。 隆を放っておいて、そのくせ隆の心を縛り付ける女がどんな女なのか自分の目で見たかった。 隆にはさっき冗談だって言ったけど、多分私は会ったら一発殴るかも。 うん、きっと自分の気持ちを抑えきれないと思う。

「・・・・・・さてと」

 そんな叶わない望みを考えながら私は操縦桿を握り直した。
 乗機である不知火は誤魔化しようがないくらいボロボロだ。 推進剤も無ければ弾も無い、ついでに機体を可動させるバッテリーの残量も後僅か。 それなのになんでまだ生きているかと言えば、不思議なことにBETAがこちらに近寄ってこないからだ。
 F-15Eが落とした試作99型砲のコアモジュール、それが転がっているであろう地点にBETAが大挙して押し寄せている。 まるでこちらのことなど見えていないとばかりに、目の前を素通りしていく個体もいる。

 とは言っても・・・・・・全てじゃ無い。

 気まぐれか、それとも餌の取りこぼしに気づいたのか、戦車級を引き連れた要撃級がこちらに向かってきていた。  最早対抗する術は無い。 あるとすれば跳躍ユニットを暴走させての自爆ぐらいだが、それも推進剤が枯渇している以上、上手く作動するか分からない。

(・・・・・・となるとコレぐらいしか無いわけね)

 シートの下から9㎜拳銃を取り出し、無造作にスライドを引いてチャンバーに弾丸を装填する。
 この使い道を私は一つしか知らない。
 仕方がない、少なくともBETAに食われるよりは遙かに良い。 あんな醜悪な化物に嬲られ、貪られるぐらいなら、私は自分の手で全てを終わらせる。

 不思議と恐怖は無かった。
 BETAに食い殺されることを夢見て眠れない夜もあったのに、何故か平静でいられる。
 ・・・・・・それでも銃口を自分のこめかみに押し当てた瞬間、私の頬に温かい何かが流れた。 ポロポロと、感情の奥から流れ出る涙が視界を曇らせ、私は突如として沸き上がってきた悲しみと恐怖に押し潰されそうになる。
 
 死にたく無い。 生きていたい。 もっと隆と一緒にいたい。

 でもそれは叶わない。 これ以上の奇跡なんて起きるわけがない。 

 私は硬い銃把を握り締めながら、言うつもりの無かった最後の心残りを口にしてしまう。

「あ~あ、一度でいいから・・・・・・隆に抱いて貰いたかったなぁ」

























 数時間後
 カムチャッカ半島コリャーク自治管区・バラナ市街地区後

「ストレッチャーだッ!! 急げッ!!」

「胸部に裂傷、右大腿部からも出血ッ!! 輸血準備ッ!! 患者の血液型調べてッ!!」

「ブルス130微弱、ドルック60、呼吸浅く促迫・・・・・・昏睡!!」

「───ショック状態だッ!! 緊急手術の準備をッ!!」

 衛生兵に囲まれた久志が、医療設備を整えた救命車両へと運ばれていく。

「・・・・・・」
 
 その姿を見送った静流は、口にした煙草に火を付け不知火の脚に背を預けた。 大きく吸い込んだ紫煙を吐き出しズルズルと地面に座り込む。 立ち上がる気力も、顔を上げる気力も彼女には無かった。

 管制ユニットの中をモーターブレードで掻き回されたにも関わらず久志は生きていた。 白い不明機とSU-37UBが戦闘している最中に管制ユニットだけを引き剥がし、何とか海軍が陣を構えた地点へ運び込んだが、彼が助かる可能性は限り無く低いだろう。

 周囲を忙しなく走りまわる海軍兵を脇目に、静流はただ俯いて大地に視線を落とし続けた。 そんな彼女へ近づく人影があった。
 白い軍服を来た女性は静流の側で足を止め、静流は地面に浮かび上がった彼女の影に一瞥を送り事務的な口調で呟いた。

「───先ほど報告を受けました。 他の連中は大尉の艦に回収された、と。 ・・・・・・部下を救って頂き感謝します」

 相手はそれに沈黙で返した。
 妙高に回収された静流の部下は四人、今連れていかれた久志を含めても一人足りない。 その理由を知っているから相手は何も答えなかったのかもしれない。
 再び静流は紫煙を吸込む。 その頭上を海軍所属の戦術機、流星が轟音を轟かせてフライパスして行った。
 今尚、ц03基地に向けて帝国海軍による砲撃は続けられている。 間もなく増援のソ連軍部隊が合流し、圧倒的火力で基地諸共BETAを灰燼に帰す予定だった。 嘘か真かはまだ分からないがソ連軍は核を使う準備もしているらしい。 もし使用されれば、基地は跡形も無く消え去るに違いない。
 何も残さず・・・・・・地図から抹消されるだろう。

「───協力頂いたにも関わらず、徒労と終わった結果を何と言えばいいか・・・・・・やはり私は指揮官としては三流だと実感しましたよ。 ・・・・・・同じ過ちを繰り返し、部下だけで無く多くの人を危険に晒してしまった」

 再び静流の唇から紫煙が吐き出される。 白い煙は海風によって儚く消えた。

「───処分は如何様にも。 とうの昔から覚悟は出来てますので」

 静流は顔を上げ、自分を見下ろす麻香と・・・・・・その背後に立つMPの姿を見上げて肩を竦めた。 
 麻香はそんな静流へ、彼女にしては珍しく苦渋に満ちた顔を浮かべて告げた。

「───三澤大尉、越権行為と情報漏洩の疑いで貴官の拘束命令が出されました。 抵抗する場合は銃殺も許可されておりますので・・・・・・大人しくご同行ください」















 
 8月20日
 この日、国連軍から一人の衛士が派遣され、数多くの戦地を駆け抜けた百里の戦術機甲部隊、通称ランサーズの壊滅が陸軍参謀本部に報告された。

 重軽傷者 六名 MIA(戦時行方不明者) 一名

 部隊で運用していた不知火をソ連領内に遺棄した事により、指揮官である三澤静流大尉は機密漏洩の罪で審問されることが決定し、また同隊に国連軍から派遣されていた社隆中尉は、今回の件を持ってその任期を短縮し横浜基地への帰還を命じられることになる。




 彼は初めて仲間を失い、彼は初めて喪失の悲しみを知る。




 過酷な悲劇はこれをもって本当の開幕とし、世界は急速に疲弊と混沌の渦へと飲み込まれていく。




 運命の輪廻を超越し、世界を救う救世主が現れる日まで・・・・・・あと僅か。





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ソ連編 最終話・中編

第二部


「―――家主達は逃げ出した後か。 なんともはや・・・・・・見習うべき引き際の早さだな」

「―――苦節30年、地球上じゃ一番長くドンパチやっている連中ですから・・・・・・BETAの怖さは嫌というほど骨身に染みているんでしょう」

 周辺を警戒しつつそう言った久志へ、静流は「そうだな」と苦笑して答えた。

 1960年代後半、月面で起きたサクロボコス事件を皮切りに、人類は30年以上に渡ってBETAと戦争を続けている。
 当初は月で、そして今は地球で。
 戦いの舞台が月面から地球上へ移ったのが、BETAの落着ユニットが中国新疆ウイグル自治区喀什市に落下した1973年。 それ移行人類は持てる戦力を惜しみなく投入し、BETAの地球侵攻を少しでも食い止めようと躍起になっていた。 その矢面に立ってきたのが、ユーラシア大陸に広大な国土を持つソビエト連邦共和国と統一中華戦線 (中華人民共和国及び台湾) の二国。
 無論、同じユーラシア大陸に存在する欧州、中東の各国もBETAに対し撤退交戦を続けてはいるも、人類初のハイヴ攻略作戦である紅旗作戦を行い、30年もの間BETAと交戦を続けてきた二国の経験は伊達では無い。
 世界最大の戦力を有するアメリカ合衆国も様々な場所に自軍を展開してはいるが、絶えず前線に立ち続けたソ連中国こそが最もBETAとの戦闘経験が豊富な国家と言っても過言ではないだろう。

(・・・・・・とはいえ、この手際の良さは少し不自然な気もするがな)

 静流は湧き上がる疑念を胸中で押し殺し、もう一度周辺の索敵を開始する。
 ц03前線補給基地は現在進行形でBETAに侵攻されており、既に基地西部は大規模BETA群によって埋め尽くされていた。 広大な基地面積のお陰でこの場所にまでBETAが到達するには今暫く時間はあるも、足の早い戦術機や輸送機で無ければ逃げ切れるタイミングは既に逸している。
 故に滑走路に繋がる誘導路、野外格納庫に駐機していた数多くの輸送機の姿は何処にも無い。
 基地にいた全ての人員は既に退避したと考えるべきなのだろうが・・・・・・

(もしアレを輸送するのであれば、こうも短時間で準備が出来るとは思えんが・・・・・・)
 
 彼女の網膜には、不知火のセンサーが捉えた自機周辺に漂う様々な残痕が映し出されていた。
 大気中に残留する航空機の燃焼ガス、未だ熱を帯びている誘導路のアスファルト。 逃げ出す連中は余程焦っていたのか、エンジンが掛かったまま放置されているトラックの駆動音すら不知火のセンサーは拾うが、生体反応だけは一切感知出来ない。

(―――橘達は兎も角、コチラは無駄足だったか?)

 全ては自分の杞憂だったのかと、静流が安堵の吐息を漏らしていると・・・・・・

「・・・・・・ん?」

 不知火のセンサーが何かに反応し、自動的に戦術マップが視界にポップアップする。 その画像には友軍機やBETAとは別種の光点が灯っていた。

「―――ランサー03・・・・・・」

「―――コチラでも捉えています。 殿の部隊でしょうか?」

 新たに表示された光点の色は所属不明機を表す黄色。
 帝国軍から派遣された彼らの機体には、連携を組む予定のソ連軍機の識別コードしか登録されおらず、そのためもし殿のソ連軍部隊が残っていたとしても、不知火のIFFは不明機としか表示出来ない。
 久志の言う通りソ連側の機体である可能性は高いのだが・・・・・・光点は一つしか表示されていない。 もし殿の部隊であれば一機しか残っていないのは酷く不自然だ。
 静流がどう判断すべきが悩んでいる間に、二機の視線の先・・・・・・野外格納庫の影から 【ソレ】 は現れた。

「・・・・・・見慣れん機体だな。 ソ連側の試作機か?」

「どうでしょうか? 先日組んだソ連の試験小隊には、あんな機体は所属していませんでしたが・・・・・・」

 視認した異形の戦術機の姿に首を捻る二人を他所に、現れた不明機はゆっくりと二人に向って歩み寄ってくる。
 ・・・・・・無論二人は、目の前に現れたのが 【鵺】 だと分かるわけが無い。

「―――そこの機体、止まれ。 こちらは日本帝国陸軍海外派遣小隊だ。 当基地からの脱出を支援するために帰還した。 そちらの官姓名と所属を名乗れ、もし機体に不調があれば救助を・・・・・・・・・・・・止まれと言ったのが聞こえなかったか?」

 歩みを止めない鵺に、警戒心を露にした久志が突撃砲を向ける。
 無論、本気で砲撃するつもりなど彼には無い。 あくまでも警告として突撃砲を向けたのだが・・・・・・砲を、正確には照準した直後に鵺は動きを止め、上体を縮こませた。

(・・・・・・ん? なんだ?)

 その仕草に静流が既視感を覚えた直後、鵺はアスファルトを蹴り高々と跳ねる。

「―――ッ!!」

 反射的に二人が機体をバックステップさせると、数瞬前まで久志の不知火が居た地点へ鵺が降り立つ。
 落下速度と自重がプラスされ、まるで質量弾と化した鵺はアスファルトへ大穴を穿つ。 もし後ろに下がっていなければ、久志の不知火は鵺に押し潰されていただろう。

『貴様、なんのつもりだッ!! 繰り返す、こちらは日本帝国軍・・・・・・翻訳機が故障しているのかッ!?』

 後退しつつ久志がそう叫ぶも、鵺は地表を滑るように疾走し久志の不知火を追従する。

(この動き、やはりッ!!)

 戦術機には無い、低く跳ねる鵺の動きを見て静流の中の予想が確信へと変わる。

「隊長ッ!! この機体ッ!?」

「セーフティを解除しろッ!! コイツは・・・・・・千歳の時と同じ奴だッ!!」

 同じ経験があるからか、久志も同様の結論に行き着いたらしい。
 何故、戦術機に似せた装甲を纏っているのかは知らないが、一昨年前に千歳で遭遇した新種のBETAと、目の前に居る鵺が同種の物だと二人は直感できてしまった。

「はッ!! 希少な個体、しかも今回は殻付きとはな。 どうやら基地に戻ったのは無駄足では無かったようだ・・・・・・ランサー03、足を止めろッ!! 無力化して鹵獲するぞッ!!」

『―――了解ッ!!』

 遊撃級と呼称されたBETAとの交戦経験があるお陰か、二人はトリッキーな鵺の動きに惑わされることは無かった。
 久志の不知火が鵺の周囲へ向けて36㎜砲弾をばら撒く。 照準など無い、弾幕を形成する為だけに放った砲弾に、鵺は腕部を掲げて身を守る姿勢を作った。
 BETAが能動的な防御態勢を取ることは無く、時折要撃級が腕部で砲弾を弾くことはあるが、それは偶然の産物に過ぎないとの見解が多い。 にも関わらず鵺は明確な防御体制を作り、白い装甲で襲い来る砲弾を弾き続ける。
 静流はその姿を見て、やはりBETAでは無く搭乗者がいる戦術機なのかと一瞬逡巡するが、残骸を回収すればどのみち正体は分かると判断し無駄な雑念を切り捨てた。

(―――藪をつついて出てくるのは蛇か鬼か。 だがどちらにせよ、二度も巻き込まれても尚静観できる程・・・・・・私は温厚では無いッ!!)
 
 足を止めた鵺に向かい噴射跳躍、無防備な頭上に位置取り突撃砲を向ける。
 確実性を取り使用する弾丸は120㎜APFSDSを選択、静流はのっぺりとした鵺の顔に照準し躊躇うこと無くトリガーを引いた。
 突撃砲から吐き出された砲弾は白い複合装甲とその下に隠された外殻を撃ちぬき、その躯体に風穴を開けた。
 致命傷、もしくは大破と言うべきか、頭部があった場所に風穴を開けた鵺は事切れたようにその場に崩れ落ちる。
 静流は地に伏した鵺に向け、次弾が装填された突撃砲を油断無く構えつつ様子を伺う。
 開いた穴から垣間見える電子部品、地面にゆっくりと滴り落ちるオイル・・・・・・そして地面に染みを作るオイル溜りに、明らかにオイルとは別種の液体が零れ落ちた直後・・・・・・

「―――なッ!?」

 視界を埋め尽くす閃光、そして一瞬後に訪れた衝撃で静流の意識は途切れた。








                       ソ連編最終話 かのじょの覚悟・中編








 2001年 8月19日
 ソ連軍 ц03前線補給基地・第19番格納庫

『―――敵勢力の排除を確認。 機体周辺の驚異レベル低下』

 Asura-daの機械音声を何処か遠くで聞きながら、真奈美はぼんやりと周囲の光景に目を向けていた。
 既に目の前にBETAはいない。
 無様に転がっていた突撃級は試作99型砲の砲弾で粉々に砕け散り、その向こうにいた戦車級の群れも砲撃の余波で一掃された。
 だからBETAはいない。
 皆に害をなす化物は全部自分が殺した。

「・・・・・・ふふ・・・・・・ふふふ」

 口元が自然と綻ぶ。
 とても気分が良い、とてもとても愉快な気分だった。
 BETAが殺せたことがとても嬉しい。
 きっと皆喜んでくれる、私を褒めてくれる。
 天国にいるお母さんもお姉ちゃんも、よくやったねって言ってくれるに違いない。

『妙高から報告があったッ!! 時間が無いッ!! 全員早く機体に乗るんだッ!!』

『慎二、俺とベールレイがお前の機体に乗る。 準備してくれ』

『ッ!! BETA群が進路を変更したわッ!! 皆、急いでッ!!』

 折角気分が良いのに、五月蝿い人が多くて嫌になる。
 耳障りだから音響センサーを切りたいけど、そうすると隆達の声まで聞こえなくなってしまうから駄目だ。

『篁中尉ッ!! 99型砲はどうするんだッ!?』

『アルゴス01ッ!! コアモジュールだけは回収しろ、それ以外は破棄して構わんッ!!』

 視界の隅に見えた弐型の姿に真奈美は首を傾げた。
 何故退避ポイントに残してきたユウヤが此処に居るのだろう? いつの間にか着いて来てしまったのだろうか?
 ふとした疑問が胸中を過ぎるも、今の真奈美にとってそれはどうでもいいことだった。

「~♪」

 慌ただしく周囲で駆けまわるユウヤや第参開発局のメンバーを他所に、真奈美は場違いな鼻歌を歌いつつ機体を進ませ、隣の格納庫の中を覗き込む。

「―――皆さんッ!! 見てくれました!? 私、BETAを殺しましたよッ!! いっぱいいっぱい殺したんですッ!! しかも試作99型砲を撃っちゃいましたッ!! えへへ、私歴史の教科書にのっちゃうかも・・・・・・」

 嬉しげな少女の声が響くも・・・・・・それに答える声は無い。

 少女が使用した試作99型砲は電磁投射砲としての威力を遺憾なく発揮しBETAを薙ぎ払った。
 圧倒的な威力で無慈悲な暴力を撒き散らし、その射線上・・・・・・いや砲身の前にあった全てを灰燼に帰したのだ。

―――故に少女の仲間が居た19番格納庫は・・・・・・瓦礫の山と化していた。

「あれ? ・・・・・・おかしいな・・・・・・皆何処にいったんだろう? 隆さ~ん、葵さ~ん!! 出て来てくださいよ~洋平さんまで意地悪しないでくださ~い」

 皆何処に隠れているのだろう?
 仕方なく機体を屈ませて幾つかの鉄骨を持ち上げてみるけど見つからない。
 ほんと皆、意地悪だ。 私がちょっと活躍したから隠れちゃうなんて、まるで子供みたい。

『―――動態センサーに感アリ。 二時方向、約30M付近』

 親切なAsura-daが教えてくれた場所に目を向けると、鉄骨の隙間から見慣れた制服が見えた。
 そこにいたのかと、真奈美は苦笑を浮かべて機体を進ませる。
 少し大きな瓦礫が間にあったが、真奈美は悩むこと無く 【ソレ】 を踏みつけて鉄骨を持ち上げる。

「見つけましたよ~ 全く、隠れんぼなんて子供じみた真似はやめてください」

 と嗜めるように呟いた少女は自らの仲間に目を向け・・・・・・少しばかりの理性を取り戻した。

「―――あれ? ・・・・・・え?」

 右足を失い苦しげに呻く隆。
 彼に覆いかぶさるように倒れ、気絶している葵。
 横倒しに倒れた重機関銃の下敷きになっている洋平。

 そんな三人の姿を見た少女の口から疑問の声が漏れる。
 折角BETAを殺したのに、どうして三人が未だ倒れているのだろうか?
 どうして格納庫の内部が荒れ果てているのだろうか?
 おかしい、BETAは殺したのに。 あんなにいっぱい殺したのに。
 BETAを殺せば・・・・・・殺し尽くせば、皆喜んでくれるはずなのに。
 そうか・・・・・・これは現実じゃ無い、こんな光景が現実なはず無い。
 これは夢だ、悪い夢なんだ。
 目を覚ませば何時もと同じ日々が・・・・・・また隆が騒ぎを起こして皆が呆れる、そんな日常が見られるに違い無い。

「嫌な・・・・・・夢。 こんな夢、見たく無い」

 不快そうに眉根を寄せた真奈美は隆達から視線を外し、隣の格納庫から飛び立とうとしている不知火へ目を向け・・・・・・やはりこれが夢なのだと確信した。

 ―――なぜなら、もう見ることが出来ないと思っていた懐かしい人がソコにいたから

『凛、いいわね? 妙高はこの海域を北上中よ。 私も直ぐに慎二の不知火で向かうから・・・・・・麻美とマユをお願い』

『はいッ!! 必ず二人を艦まで送り届けますッ!!』

 頭部を失った不知火とその足元で叫ぶ女性の会話が聞こえる。
 注目すべきはその二者では無く、不知火の手の平の上にいる人物だった。
 赤茶けた黒髪をした女性が・・・・・・白く長い髪を持つ少女を抱きしめている。

(―――久しぶりだね、真由美お姉ちゃん)

 あの夏の日、群衆に飲まれ離れ離れになった時と変わっていない姉に向けて真奈美は微笑む。
 夢とは言え、もう二度と会うことが出来ないと思っていた家族を見ることが出来た。
 どうして姉の髪が白くなっているかは分からないけど、長い間付き添った双子の姉の顔を見間違える筈が無い。
 悪い夢かと思ったけど、どうやらそんなに悪い夢でも無いようだ。
 
「白髪なんて・・・・・・お姉ちゃん趣味悪いよ」 

 真奈美は飛び立つ不知火に向け苦笑しながらそう呟いた。

 見上げる少女の瞳は虚ろに淀んだ光に満ちている。
 目の前の現実を見ることを否定し、考えることを止め、自身が作る優しい世界に閉じこもってしまった少女。
 戦場と言う凄惨な現実を幾度と無く目の当たりにし、壊れそうになる心を薬と暗示によって辛うじて繋ぎ止めらていた細い細い鎖が・・・・・・遂に切れてしまった。
 それを、そうなってしまった少女を誰が責められるだろうか?
 元よりこの世界の現実は、18歳の少女が耐えられるモノでは無い。
 戦時下における人の精神は平時に比べ著しく成長すると言うが、本来人の精神とは長い年月を掛けて育てるものなのだ。
 故に虚勢で塗り固め、自制心で築いた偽りの覚悟など、ふとした切っ掛けで簡単に綻び、崩れ落ちる。
 
 繰り返し言う。
 真奈美はまだ少女なのだ。
 18歳の子供なのだ。
 軍人であろうとも、人類の剣たる衛士であろうとも、少女は所詮少女でしかない。
 精神が未発達な少女に、目の前の過酷な現実を直視し続ける強さなどある筈がない。

 ある筈が無い・・・・・・ある筈が無いのに、現実は否応無しにありのままの事実を少女に突きつける。

「―――ん?」

 ふと少女は何かに気づき、自機の足元に目を向けた。
 瓦礫、そう思い踏みつぶした一塊の物体。
 その瓦礫が・・・・・・少女の仲間が載った不知火の成れの果てだと気付いた瞬間、




 ―――少女の夢は壊れた。







「―――く・・・・・・そッ」

 覚醒した栞は顔を顰めながら頭を振る。
 どうやら意識を失っていたらしい。 BETAに囲まれた中で気絶するなど迂闊としか言いようがないが、突然の衝撃波に姿勢を崩した直後、倒壊した格納庫に押し潰されるなど誰が想像できるだろうか?
 降り注いだ廃材を押しのけ機体ステータスを確認すると、ソコには目を覆いたくなるような項目が幾つも並んでいた。 
 
(ちッ!!)

 内心で舌打ちし網膜に浮かぶ機体ステータスを閉じる。
 彼女は現実から目を逸らしたわけではない。 幾ら目を背けたところで現実が好転しないことを彼女は理解している。 だからこそ彼女は、自分が最も恐れる現実を確認するために周囲へ視線を彷徨わせた。
 栞は損傷したセンサーが映し出す粗い画像に目を凝らし、格納庫内部の現状を確認する。

「・・・・・・まるで支援砲撃の着弾地点ね」

 最早格納庫としての機能を呈していない内部の様相に、彼女は皮肉げに口元を歪めた。
 天井は愚か周囲の壁も崩れ、元の原型を殆ど留めていない野外格納庫。 失った照明の代わりに崩落した天井から挿し込んだ陽の光が、未だ粉塵が舞い上がる内部を朧気に浮かび上げていた。
 横倒しに倒れた整備担架の向こうに真奈美が搭乗しているであろう壱型丙を確認し、その足元に隆を含む三人の姿を見つけることが出来た。
 
(・・・・・・生きてる・・・・・・よかった)

 生き残ったセンサーが拾う三人のバイタルを確認して安堵するも、未だ危険な状態に違いは無い。 隆は言うに及ばず、重機関銃の下敷きになっている洋平の怪我は見た目だけでは判断出来ない。

「ランサー07、三人を回収してとっとと逃げるわよ。 ったく、一体何が起きたってのよ・・・・・・」

 愚痴りながら周辺の索敵を開始する栞。 不思議なことに格納庫周辺に群がっていたBETAの数は激減していた。 外を任せた二人がやったのか、それとも格納庫をこんな状態にさせた何かがやったのかは知らないが、このチャンスを逃すことなど出来ない。

「そっちの機体は複座だったわね? 無理してでも三人を管制ユニットに押し込めて。 私は周辺の警戒するから・・・・・・・・・・・・ちょっと、聞こえてるのランサー07?」

 回答が返って来ないことに苛立ちを覚えつつ、もしかしたら通信不備なのかと思いデータリンクの接続状態をチェックするが、壱型丙との短距離リンクは正常に繋がっている。 真奈美のバイタルも問題無し・・・・・・戦闘時にしてはやけに心拍数が低い気がするも、異常と言える数値では無い。
 疑念を抱きながら栞は壱型丙へ目を向け、妙な違和感を感じて眉根を寄せた。
 先ほどの・・・・・・鬼気迫る動きでBETAに向かっていった苛烈さは何処にいったのか? 壱型丙は身じろぎ一つせず、自機の足元に頭部を向けたまま立ち竦んでいる。
 何を見ているのかと栞がその地点を拡大すると、ソコには鉄骨に押し潰された不知火の姿があった。
 肩部のナンバリングは04、葵の機体だ。

「・・・・・・? ランサー07ッ!! 返事しなさい、真奈美ッ!!」

 再度呼びかけるも返事は無い。
 仕方なく栞は機体を壱型丙へ向けて進ませる。 一歩進むごとに耳障りな異音が響くが、それを気にかけている余裕は無かった。

「どうしたの真奈美ッ!! 早く逃げないと皆・・・・・・」

 そう言いかけた栞は、視界の片隅で動くものを見て口を紡ぐ。

『・・・・・・うぅ・・・・・・』

 意識が回復したのか、葵が頭を抑えながら身を起こす。 ふらついているが立ち上がれる様子から見て、彼女は軽傷と考えていいだろう。

『―――橘少尉。 瀬戸少尉は現在、心神喪失状態に陥っております』

「はぁッ!? どういう事よッ!!」

 唐突にスピーカーから聞こえた機械音声は、再び栞の意識を焦らせるには十分だった。

『―――明確な原因は不明。 推測ですが、試作99型砲を使用した事実がその一端を担っていると思われます』

「試作99型砲? もしかしてアレを使ったせいで格納庫がこうなったわけ?」

『その通りです』

 明瞭なAsura-daの回答を聞き、格納庫の惨状の原因に合点がいった。 あの電磁投射砲が振るわれたのであればこの様にも納得が出来る。
 だがそれと真奈美の症状の因果関係は分からない。 危機的な状況と隆の負傷を見て、発作的な恐慌状態に陥ったと考えるべきなのだろうが・・・・・・

(―――ッ!! 駄目ッ!! 私まで)

 隆に視線を向けた直後、胸中に湧き上がったどす黒い怒り・・・・・・そして不安に飲み込まれそうになるのを必死に堪える。
 BETAに憎しみを向けるのも、隆の身体を気づかのうもの、今すべきことでは無い。
 後で・・・・・・生き延びた後で感情は爆発させればいい。

「―――葵、聞こえるわね?」

 なんとか平静を取り繕い、足元にいる葵へ声を掛ける。

『・・・・・・栞? ・・・・・・何があったの? 壱型丙が動いて・・・・・・隆さんと洋平さんが・・・・・・』

「質問は後にして、今直ぐ二人を壱型丙の管制ユニットに押し込むわよ・・・・・・準備して」

 集音マイクが拾う葵の質問を遮り、栞はきっぱりとそう言い放って機体を屈ませる。
 葵の細腕では洋平を押しつぶしている重機関銃の撤去は無理だ。 不知火の腕部動作を間接指向制御に切り替え、慎重に・・・・・・ゆっくりと、戦術機のサイズから見れば爪楊枝ほどの大きさしか無い銃身を指で掴んで撤去する。

『・・・・・・ごふッ!!』

 身体に負担を掛けていた重みが消えた直後、咳き込みながら血反吐を吐く洋平。
 外傷こそ見受けられないが、重量物の下敷きになったことで内蔵を損傷しているのかもしれない。 直ぐ様葵がフラつく足取りで駆け寄り介抱するが、洋平の顔色は隆よりも酷かった。

「―――アッシュ、ハッチ開放。 さっき言った通り、今から三人を壱型丙に収容するわよ」

『その場合、搭乗者の安全を鑑み戦闘機動に制限が掛かりますが?』

「いいのよ、どうせ逃げるだけだから。 露払いは私がするわ、戦闘機動なんてしようと思わないで」

『しかし少尉の機体状況では、当基地から退避出来る可能性は・・・・・・』

「うっさいッ!! この状況で細かいこと言ってんじゃないわよッ!! ツベコベ言わずに準備するッ!!」

『・・・・・・了解』

 まるで人間のように渋々といった口調で返答するAsura-da。
 それを聞き、栞は漸く隆の言っていたことが理解できた。
 自立型搭乗者補助システムだかなんだか知らないけど、このAsura-daが無駄にお喋りだってことが。

「―――葵、壱型丙の操縦はアンタがするよの。 強化装備無しだけど、飛ぶ位ならなんとか出来るでしょう?」

『・・・・・・何を言ってるの? 壱型丙にはマナちゃんが・・・・・・』

「それが出来ないからこうして話してるの。 理由は自分の目で確認して頂戴。 ・・・・・・葵、アンタが三人を救うの。 葵にしか出来ないことだから・・・・・・覚悟を決めて」

 その言語に何か感じるものがあったのか、葵は栞の乗る不知火を暫し見上げた後、先程までのふらついた足取りから一転、確固たる足取りで歩を進め壱型丙を見上げて叫んだ。

『Asura-da、隣の格納庫で退避準備を進めている人たちと通信を繋いで。 三局の彼らなら、この状況でも通信可能な機器を持っていてもおかしくは無いわ・・・・・・なんとしてでも石井大佐と通信を繋げて』

 そうキッパリと言い放った葵の姿に、栞は小さく安堵の吐息を漏らす。
 これでいい、損傷の無い壱型丙なら安全圏までの退避は可能なはずだ。
 複座の管制ユニットとは言え、四名もの人員を搭乗させることに不安はあるが、搭乗者に負荷が掛かる戦闘など絶対にさせない。 させるものか。
 
(ま・・・・・・それぐらいはなんとか出来るでしょ)

 視界の隅に表示した機体ステータスを一瞥し、栞は皮肉げに・・・・・・そして達観した表情で微笑んだ。

「―――後は、私が覚悟を決めるだけね」







『―――隊長ッ!! 三澤隊長ッ!!』

 自分を呼ぶのが久志の声だと認識するのに静流は若干の時間を要した。

「―――大丈夫だ。 そう安々と・・・・・・靖国へは行かせて貰えないらしいな」

 自動防眩が間に合わなかったのか、視界がぼやけて焦点が上手く合わない。 朧気な視界を埋め尽くす粉塵が未だ晴れぬ様子から見て、気絶していた時間はほんの数秒のことだろう。
 目尻を抑え、視界が回復するのを待って周囲を見渡すと、眼前には粉砕されたアスファルトの残骸と原型を留めない白い破片が散らばっている。
 恐らく鹵獲される状況を想定して自爆装置が組み込まれていたのだろう。 遊撃級に良く似た所属不明機は残骸を回収する気になれないほど粉々になっていた。

「自爆とはな・・・・・・味な真似をしてくれる」

『ええ・・・・・・他に見当たらない処を見るに今回は一体だけでしょうか?』

「出来ればそうあって欲しいものだ。 損傷箇所は少ないが・・・・・・戦闘は極力回避したいからな」

 機体ステータスを確認すると、爆発の衝撃で幾つかの項目にエラーが生じていた。 戦闘に支障をきたす程ではないが、繊細なセンサー系統が不調になる可能性は拭い切れないため、機体に負荷が掛かる戦闘は回避すべきだろう。

(功を焦って踏み込み過ぎたか・・・・・・)

 冷静さを欠き不用意に接近してしまった自分を恥じながら、それでも幸いだったと静流は独りごちる。
 所属不明機の自爆は明らかに証拠隠滅だけを狙ったものだった。 もしアレがトラップの類であったとしたら、今頃不明機諸共吹き飛んでいただろう。

「―――まだまだ未熟だな、私も」

 そう自嘲染みた苦笑を浮かべた直後、彼女の網膜に再び戦術マップがポップアップする。
 不知火のレーダーが彼らに接近する機影を補足し戦術マップに光点として表示する。 だが光点の色は先ほどと違い味方機を示す青だった。
 光点が接近してくる方角へ視線を向けると、統率された編隊を組む戦術機の姿が確認出来る。
 SU-27を引き連れたSU-37M2を先頭に、12機の戦術機が二人の頭上をフライパスしていく。

『―――こちらジャール01。 ランサー01・・・・・・聞こえるか?』

 滑るようなライディングで誘導路へ降り立つSU-37M2。 続いていた旗下のSU-27はその周囲へ展開し、円型陣形を作って警戒態勢へと移行する。
 ジャール大隊。
 自分達と共同で試験小隊の護衛に就いた戦術機甲部隊。
 その第一中隊が突然現れたことに、静流は口元を皮肉げに歪めた。

「・・・・・・出来すぎだな。 こちらの様子でも伺っていたのですかな?」

『―――なんの話だ? 我々はジャミング装置を破壊しに来ただけなのだが・・・・・・』

 直球の問いかけに、ジャール大隊を率いるラトロワは訝しげな顔を見せる。

「―――ジャミング・・・・・認めるわけですか? ソ連軍が意図的に情報妨害をしていたことを?」

 彼女への問いかけを続けながら静流は不知火のデータリンクを確認する。
 確かにリンクは正常に繋がり、帝国海軍の妙高から続々と新しいデーターが送られてきている。
 BETA群の侵攻予想進路、基地要員の退避状況、近隣基地から出撃した増援の位置、そんな先ほどまで確認することが出来なかった情報を知ることが出来る。

『―――認めるさ。 お陰でこちらも煩わしい目に遭わされたからな。 ・・・・・・あまりにも欝陶しいので通信塔を叩き壊してやったさ』

「―――中佐の部隊もジャミングの影響下にあったと?」

『ああ、逃げ際に余程慌てた阿呆がいたようだ。 データリンクが回復した直後に、この地点での戦闘と爆発を確認して来たわけだが・・・・・・貴官達は一体何と戦っていたんだ?』

 周囲に散らばる残骸に目を向け、ラトロワは静流へ質問を返す。

「何と・・・・・・言われましても・・・・・・」

 静流は語呂を濁しつつ答えながら周囲に展開しているジャール大隊の機体を確認する。
 ラトロワの口調と態度から嘘を吐いているようには見えないが、彼女はソ連軍で中佐にまで上り詰めた人間なのだ。 白を切る腹芸など造作も無いに違いなく、余りにもタイミングが良すぎる登場をした彼らを安々と信用することは出来ない。
 それに説明しろと言われても、あの所属不明機を口頭で説明することなど不可能だ。 むしろこの基地に居たことからして、アレとソ連軍の間には何らかの繋がりがあると考えるべきだろう。
 自分の回答一つで戦闘も起き得る、その可能性を考慮して静流はジャール大隊の機体を注意深く監察するのだが・・・・・・ただの一機としてこちらに砲口を向けている機体はいなかった。

(ラトロワ中佐の部隊は無関係か? ・・・・・・まぁ人など幾らでも生えてくると思っているソ連軍首脳部であれば、前線部隊に必要以上に情報を与えるとは思えんが)

『ランサー01、周辺部隊の配置図の更新を確認。 近隣基地から出撃した爆撃機が当基地に向かって接近中の模様』

 回答に困る静流を見て意図的に会話を中断することを狙ったのか、久志が横手からそう口を挟んだ。
 戦術マップの倍率を広域に切り替えると、確かに東から爆撃機を示すマーカーが基地へと近づきつつあった。
 視線をその方角へ向ければ、米粒のような黒い点が東の空に幾つも浮かんでいる。
 BETAを迎撃するために近隣基地に待機していた虎の子の爆撃機部隊を出撃させたのだろう。 だが、その対応は余りにも早過ぎる。
 自分達が帝国海軍と結託し周到に準備を進めていたのと同じように、元よりこの状況を想定して待機していたと思えば対応の速さにも納得は出来る。
 納得こそできるが・・・・・・輸送機では無く、爆撃機の登場が意味することは一つしか無い。

(馬鹿なッ!! 実用化の目処も立っていない兵器を奪取するために、基地一つを捨てるつもりかッ!?)

『ふん・・・・・・何時になく素早い対応だな。 基地を失いそうになったことで、上の連中の尻に火がついたか』

 静流の動揺を他所に、吐き捨てるようにラトロワがそう呟いた直後・・・・・・けたたましいアラーム音と共に視界にポップアップする 【光線照射警告】 のウィンドウ。

「―――ッ!!」

 反射的に機体を屈ませると同時、空に幾条もの光の軌跡が描かれた。
 真っ先に狙われた爆撃機の編隊が慌てて回避行動に移るも、戦術機ですら回避出来ないレーザーを鈍重な爆撃機が避けられるわけも無く、一瞬にして空に大輪の華が幾つも咲き乱れる。

 ―――それは、カムチャッカ半島に光線属種は現れないと言う、なんの根拠も無いジンクスが破られた瞬間だった。

『―――全機高度を30に制限。 そこら中にある遮蔽物を上手く利用しろ』

 煙を吐いて墜落する爆撃機を見向もせずに言ったラトロワの指示で、彼女の旗下のSU-27は光線属種の登場と言う危機的状況にさしたる動揺も見せずに行動に移る。

 その統率された動きを見て、改めて彼らが優秀な戦術機甲師団だと認識する静流。
 実のところ静流は、カムチャッキー基地に上陸してから何処か温い空気を肌に感じていた。
 政治将校が目を光らせているせいで独特の緊張感こそ漂っていたが、基地に居る人間からはBETA戦に焼いする恐怖や悲壮さが伝わってこないのだ。
 確かに彼らの多くは被支配民族と呼ばれる人間が多い。 共産党政府の政策の元、個人の意志を剥奪され前線に送り込まれた人間にとって見れば、慣れてさえしまえば農場で働くこととBETAと戦うことはさして変わらないのかもしれない。
 当初は長々と続けられていた間引き作戦が彼らの恐怖心と緊張感を希薄にさせているのかと思ったが、その理由がこの地域にだけこれまで有効に機能していた航空戦力なのだと理解するのにそれほどの時間は必要無かった。
 前線を構築する機甲部隊はあくまでも足止めと陽動が主任務であり、後方に控えた爆撃機が光線属種の存在しない安全な空からBETAを殲滅する。
 戦場への慣れと、背後に存在する航空戦力の存在が彼らに安心感を与えていたのだろう。
 ・・・・・・だからこそ、先月に起きたBETAの地中侵攻による奇襲に浮き足立ち、結果として想定外の被害を被ったに違い無い。

 歪だと、静流は極東ソ連軍・・・・・・いやカムチャッカ半島に駐留するソ連軍の姿に違和感と懸念を抱く。
 強固な後ろ盾ほど大きな精神的支えになるだろう。 だが必要以上にソレに依存してしまった人間は、そうそうぬるま湯からは出てこれない。
 現に光線属種が出現しない可能性は消え去った。 今後、この区域での戦闘はその様相を大きく変えることになるだろう。

(だが彼らには、例え光線級がいようが普段と同じ戦場と言うことか。 それは各地を盥回しにされたからか・・・・・・ふん、人事には思えんな)

 彼らは北東ソビエト防衛戦に長らく従事してきた猛者だ。 カムチャッカ半島のみならず、大陸の最前線を支えてきたジャール大隊の彼らが、航空戦力に依存する不抜けた部隊と同等な訳が無かった。

『―――まさか光線級が出てくるとはな。 客人には悪いが、もう暫く此処に留まって頂く必要があるようだ。 まぁ・・・・・・こんな場所で道草を食っていた貴官らの自業自得と言えなくもないがな』

「所用が残っていましてね・・・・・・中佐こそ割の合わない仕事を押し付けられたご様子で。 誰もいなくなった基地で宝探しですか?」

『宝ねぇ・・・・・・こんな場所に眠る宝など、基地司令が懐に隠したヴォトカぐらいしか思いつかんがな。 ・・・・・・ランサー01、確か三澤大尉だったな? 大尉の言いたいことは概ね理解した。 悪いが我々は 【シロ】 だ』

「・・・・・・その根拠は?」

『無いな。 明確な答えは』

 あっさりと返ってきたラトロワの返答に、失礼かとは思いつつ苦笑を漏らしてしまう静流。
 疑いが完全に晴れたわけでは無いが、少なくとも彼女が小賢しい政略に加担するタイプの人間では無いだろう。

『さしあたって我々はこの基地からの退避を優先しようと思うが・・・・・・貴官らはどうする?』

「便乗させて頂きます。 プランは?」

『大尉の言うとおり、アレを欲しがる連中がこのまま指を咥えて黙っているわけが無いだろう。 何らかの形で増援が送られてくるはずだ・・・・・・ その有耶無耶に乗じて離脱、ц03補給基地に駆け込む。 それが妥当な身の振り方だろうな』

「失礼ですが・・・・・・ц03基地は信用できるので?」

『少なくとも此処を仕切っていたバラキン少将よりはな。 基地司令のレプーニン少将は中央も持て余すほど変わり者だからな・・・・・・ 基地や部下を犠牲にしてまで何かを得ようとは思わんだろう』

 恐らくその人物は彼女の知人なのだろう。 浮かべる苦笑には微かな心愛の色が垣間見えていた。

「・・・・・・何処も彼処も一枚板では無い、そんな処ですか」

『ご明察、と言っておこう。 権力の牛耳り方は人それぞれだからな・・・・・・・・・・・・ん? 秘匿回線だと? この状況で何処の馬鹿だ? ・・・・・・すまんが少し外させて貰う』

 訝しげな顔でそう言い残し、ラトロワのウィンドウが網膜から消える。

『隊長・・・・・・どうしますか?』

「―――橘達との通信は繋がったか?」

 ラトロワと入れ替わるように網膜に久志のウィンドウが表示される。 通信を秘匿回線に切り替えた彼の問いにそう聞き返すも、網膜に映る久志は首を左右に振って答える。
 
「・・・・・・既に基地から離れ、データリンクの圏外に出ていると考えるべきか」

『ええ、隆を見つけるのが得意なのが一人いますから』

 肩を竦めて言った久志の言葉に静流は微笑を浮かべて頷く。
 橘達と別れる際、基地に突入した後は各自の判断で脱出しろと伝えてある。 二人が隆達を発見していれば何時までも基地に留まっている理由は無いだろう。
 自分達もラトロワの案に乗って基地から脱出するにしても、向かうのは出来ればц03補給基地では無くオホーツク海を航行中の妙高が望ましいのだが、光線級がいる以上迂闊な飛行は命取りになる。

(さて・・・・・・身の拠り所を間違えると厄介なことになりそうだな。 いっそ形振り構わず、海兵隊の連中に救助を乞うのも手か)

 逃げ出す算段を静流が考え始めると、三度不知火のセンサー有効圏内に飛び込んでくる機体があった。
 IFFが機体識別を開始し・・・・・・接近する機影がイーダル試験小隊所属のSU-37UBだと弾きだす。

(なんだ? まさかこの状況で評価試験の続きでも行うつもりか・・・・・・?)

 脈絡もなく現れたSU-37UBに疑問を抱いた直後、まるで見計らったかのようなタイミングで周辺に白煙が立ち上る。

『なんだこの煙? 何処かで火災でも起きてんのか?』

『そんな熱源は確認出来ないけど・・・・・・ ん? レーダーの調子が・・・・・・』

『そっちもか? おかしいな・・・・・・管制塔はさっきブッ壊したはずじゃ』

 ジャール隊の衛士の困惑した会話が錯綜し・・・・・・そして

『―――なんだこの機体はッ!? 一体、何処からッ!! ・・・・・・がぁッ!!』

 悲鳴染みた叫びがレシーバーから響いた直後、もっとも煙が濃い位置に居たSU-27が何かに弾き飛ばされる。
 否応無しにその場にいた全ての人間の視線がソコに集中する。
 ・・・・・・そこに居たのは、純白の装甲を纏った戦術機。

「―――なッ!?」

 煙の尾を引いて現れた白い機体に、静流と久志は揃って息を飲む。
 
 太い一対のブレードアンテナが伸びた頭部。 機動性を重視し、全体的に細身になりつつある戦術機の主流を覆すかのようなマッシブな躯体。 背部兵装担架の無い背には以前あった折りたたみ式の翼は無く、腰部に見慣れない形状の跳躍ユニットが装備されていた。
 特徴的な外見を持ち、白と言う膨張色を装甲色にしているせいか、圧倒的な存在感を周囲に撒き散らす異形の戦術機。 
 その機体を静流が見間違うわけがない。
 欧州に立つ前、新潟で行われた間引き作戦において辛酸を嘗めた相手を。

「―――遊撃級に続き、白いヤツとはな。 此処に来て役者が揃ったとでも言うつもりか?」

 誰にとも無く問いかける静流。 
 元から今回のソ連派兵については不可解な点が多かった。
 欧州から直接現地に向かわせ、不必要なほどに情報統制がされた中での警護任務。 そしてソ連軍の不可解な動向、BETAと酷似した所属不明機、そして再び現れた白い機体。
 一体幾つの国や組織が今回の試験に思惑を巡らせていたのか? 静流には分からない。
 だが、その思惑が交差した結果がこの現状であり、思惑の中心にあるのは・・・・・・恐らく試作99型砲なのだろう。

 その場を睥睨していた白い機体が徐ろに一歩踏み出す。
 何機ものSU-27に照準されているにも関わらず、ゆっくりとした歩調で白い機体が歩み始めると同時、先ほどレーダーに捉えたSU-37UBが静流たちの背後へ降り立った。

『―――下がっていろ、此処は実験機がしゃしゃり出る場所じゃない・・・・・・』

 白い機体からSU-37UBを庇うように、久志の不知火が二機の間に立つ。
 静流はそれを脇目にみつつ再度自機のステータスを確認する。 センサーが幾つか機能不全を起こしているため砲撃戦は無理だ。 かと言って、あの凄まじい近接性能を身を持って味わった静流は、白い機体と切り結ぶことだけは避けたかった。

『―――所属不明機に告ぐ。 一度しか言わん、機体を降りて投降しろ。 さもなければ撃墜す・・・・・・・・・・・・』

 警告を告げる久志の言葉が唐突に途切れる。
 静流が首を傾げながら僚機へ視線を向けると、


 ―――そこには、胸部をSU-37UBのモーターブレードに刺し貫かれた不知火の姿があった。







 フィカーツィア・ラトロワ中佐率いるジャール大隊。
 彼は極東ソ連軍屈指の精鋭部隊であり、長年に渡りカムチャッカ半島の最前線に従事してきた歴戦の戦術機甲大隊である。 指揮官であるラトロワの勇名はソ連軍内外にも響いており、生粋のロシア人であるにも関わらず絶えず最前線に立ち続ける彼女を英雄視する声も少なく無い。
 彼女に付き従う部下の多くは年端も行かない少年少女だが、彼らは優秀な衛士であり、ジャール大隊と言う家を守る猟犬。
 戦争の道具として管理運営された被支配民族の子供達。 彼らは共産党政府の非人道的な政策の犠牲者ではあるが、当人達にとってそれは問題ではない、問題と思う価値観すら子供たちには与えられていない。
 彼らが守るべきものは、祖国であるソ連であり、ソ連の大地であり、家であるジャール大隊と母であるフィカーツィア・ラトロワである。
 それ以外は必要ない。 故に彼らは猟犬となりて眼前の敵に喰らいく。 一切の躊躇無く、敵と認めた存在を殲滅する。

 
 ―――しかし、その猟犬たる彼らは・・・・・・今は狩られる側にいた。


『くそがぁッ!! 当たらねぇッ!! なんで当たらねぇんだよッ!!』

『ジャール09、距離を開けろッ!! ―――ッ!? 抜かれたッ!! ジャール04ッ!!』

『あの時ブチのめしておけばよかったんだッ!! そうすれば中央のメス豚なんかに・・・・・・ひッ!?』

『04ッ!? ・・・・・・よくもパーシャを殺しやがったなぁぁぁッ!!』

『突っ込むな06ッ!! 射線が確保出来ないッ!!』

 少年、少女達の断末魔の叫びが戦場に木霊する。
 己の技量に誇りを持っていた彼らがたった一機の機体に手玉に取られている事実。 それは当人達にとって悪夢以外の何ものでもなかった。

 彼らを追い詰めるのは白い機体と共に現れたSU-37UB。
 本来友軍であるはずの機体が、眼前に居た不知火を一撃で大破させた後、ジャール大隊へ襲いかかったのだ。

『全機連携を崩すなッ!! ちィ!! 物事の尺度を己の価値基準でしか測れない愚図どもがッ!! くだらない思惑で私の子供達を失わせるものかッ!!』

 何か知っている素振りのラトロワが激高を露にしながら指示を飛ばすも、SU-37UBは彼らに態勢を立て直す暇を与えなかった。
 光線属種が現れたにも関わらず噴射跳躍を用いた三次元機動で戦場を跳ね回り、周囲から放たれる砲弾を尽く回避して見せる。

『―――ち、中佐ぁぁぁぁぁぁああああッ!!』

 SU-27がまた一機、管制ユニットをモーターブレードで刺し貫かれて沈黙する。
 わずか数分の間にジャール大隊第一中隊の半数が墜ちた事実。 それはもう圧倒的としか言いようが無かった。

「・・・・・・・・・・・・」

 孝之は狭苦しい白百合の管制ユニットの中で、目の間で繰り広げられている戦闘とは名ばかりの一方的な虐殺から目が離せないでいた。
 幸か不幸か、SU-37UBは白百合の脅威度を低く見積もっているのか、一切の攻撃を仕掛けてはこない。
 恐らく白百合が外見上射撃兵装の類を装備していないことが原因だろう。 飛び道具の無い木偶など、後でゆっくりと始末できると思われたに違い無い。

 そう侮られているにも関わらず、孝之はSU-37UBの機動から目が離せない。
 一人の衛士として、SU-37UBの機動は理想の局地と言っても良い。 戦術機・・・・・・あれこそがBETAを駆逐する使命を背負った兵器、戦術機が見せる本来の姿なのではないかと。
 原隊であるA-01の中でも、あそこまでの腕を持った衛士は誰ひとりとしていなかった。

(幾らコイツに乗ってても・・・・・・俺じゃ逆立ちしても相手になれそうにないな)
 
 白百合の狭苦しい管制ユニットに座る孝之は毒づき、自身が乗る機体に憐憫にも似た思いを巡らせる、
 光菱から提供された原型機を元に、通常の戦術機を遥かに上回るチューンがされた機体と言っても、生憎と今白百合に搭乗しているのは本来の搭乗者であるマユでは無い。 孝之とて十二分な実力を持った衛士だが、彼では白百合の持つポテンシャルを全て発揮することは出来ない。
 腕の問題ではない、素質の問題なのだ。
 通常のインターフェイスとは別個の系統を持った白百合は、ある素質を・・・・・・いや資格を持った人間でしか機体が受け入れないのだ。

 それでも通常の機体とは一線を画す機体なのだが、例え機体の性能差があったとしても、ジャール大隊を追い詰めつつあるSU-37UBは孝之の手に負える相手では無かった。

(・・・・・・これじゃマユにますますヘタレって言われるな)

 自嘲染みた笑みを浮かべた孝之は、ふと自分と同じように戦場の隅で静観している不知火へ目を向けた。
 何故アルゴス試験小隊を警護していた彼らが此処にいるのか疑問に思うも、孝之の視線は胸部を貫かれた不知火に止まり、遣る瀬無い気持ちに苛まれた。 
 胸部をモーターブレードで貫かれたのだ、管制ユニットの内部が無事で済むわけがない。
 死んだのはあのサングラスをかけた男だろうか?
 帝国軍人にはあるまじき腰の低い男だったが、何故か個人的には好感が持てた。
 もし彼が死んだのであれば、

(―――運がなかったな)

 内心で黙祷を捧げ、孝之は再び目の前で繰り広げられている戦闘へ眼を向ける。

 既に戦闘は佳境に入りつつあった。
 SU-37UBは今頃になって効率を考えたのか、ジャール大隊の頭を潰すことを優先し始めたたようだ。
 執拗にラトロワが乗るSU-37M2に追い縋り、その牙を突き立てようと様々な攻撃を繰り出す。 ラトロワ自身の技量と、彼女の周囲に展開する旗下のSU-27の砲撃で幾度と無く回避されるも、SU-37UBは諦める事無く突き進む。

『動きを止めるッ!! 私にかまわず殺れッ!!』

 最早回避できぬと判断したのか、ラトロワが身を挺してSU-37UBの動きを止めようと野外格納庫を背に静止する。
 腕部のモーターブレードを展開、迫るSU-37UBへ向けて繰り出すと、SU-37UBもまた腕部モーターブレードを展開して受け止める。
 火花をまき散らしながら耳障りな金属音が二機の間から響き渡り、突撃の勢いを殺せなかったSU-37M2が格納庫の隔壁に深々とめり込む。
 数瞬にも見たぬ間ではあるも、SU-37UBの動きが止まる。
 その瞬間を逃すこと無く、5機のSU-27が両手の突撃砲、そして背部兵装担架の突撃砲をSU-37UBへ向ける。
 都合、20門による一斉掃射、逃げる場所など何処にも無かった。

 ―――無かったはずなのに・・・・・・一瞬後には四機のSU-27が胸部に大穴を開けて崩れ落ちる。
 
 一斉掃射と言ってもタイムラグはある。 SU-37UBはそのほんの一瞬のタイムラグを見越した上で初弾を回避し、自身が持つ四門の突撃砲による砲撃で四機のSU-27を一撃で破壊したのだ。
 それは正に神業、いや魔業と呼べる業。
 正確無比な弾道予想、コンマ何秒ものズレを許さぬ操縦技能、そして死を恐れぬ精神力。 それは人の出来る限界を超越していた。 あのSU-37UBに乗る衛士は・・・・・・【紅の姉妹】と呼ばれる二人の衛士はまさに化物だった。

『貴様ぁあっぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!』

 雄叫びを上げ、崩れた隔壁からSU-37M2が飛び出してくるも、姿を野外に晒した瞬間に36㎜砲弾を撃ちこまれ、大小様々な部品をまき散らしながら地面の上に転がり落ちていく。

『う、嘘だ・・・・・・ そんな・・・・・・嘘だ・・・・・・』

 指揮官機が墜ち、ジャール大隊も残るは一機。
 立ち竦むSU-27に向けて、ゆっくりと歩み寄っていくSU-37UB。

 ―――遠からず自分の番が来る、だが白百合に乗っていたとしても自分ではアレには敵わない。

「・・・・・・もしかしたら、最初からこのつもりで部長は白百合に俺を載せたのかもな」

 嘆息するように孝之は呟き、自分の背後にチラリと一瞥を送る。
 Al-zard、そう刻印された球状のユニットがソコには鎮座してあった。

「・・・・・・聞こえるか? 不知火の衛士」

 レシーバーのスイッチを入れた孝之は、まず損傷して満足に動けない不知火へ回線を繋いだ。

『―――何の用だ?』

 返ってきたのは女の声。 しかも酷く不機嫌な。
 それが顔合わせをした静流のものだと気づき、ヴォイスチェンジャーが有効に機能していることを確認する孝之。  そして彼女の声音に竦みそうになるも、孝之は務めて平静を装って答えた。

「―――逃げろ。 あのSU-37UBの注意はこちらが引きつける。 歩いてでも安全圏まで退避しろ」

 今更何を言い出すのか、そう孝之は自分自身に問いただしたくなる。
 SU-37UBと戦うことが任務では無い。 白百合と言う機密に塗れた機体をわざわざ危険に晒す必要などある訳がない。
 それに孝之は既にジャール大隊の彼らを見捨てている。
 組織的な連携を組むジャール大隊と共闘することは返って彼らの足手まといになるかもしれないが、それでもSU-37UBの注意を引くことで彼らの命を長引かせることは出来ただろう。
 だが孝之はそれをしなかった。
 蚊帳の外に身を置き、まるで観客のように事態を静観し続けた。
 何故か? ・・・・・・決まっている、SU-37UBの機動を目に焼き付けたかったからだ。
 これまでに見たどの衛士よりも無駄の無い完璧な機動制御に魅了され惹きつけられた結果、何ら手を出すこと無くジャール大隊が壊滅する様を見続けたのだ。

 なのに今更になって誰かを救おうとしている。

 同郷の者を助けたいと思う気持ちか、それとも偽善心からか。 それを気まぐれと、言葉一つで一蹴することは出来るが、孝之は心の何処かで気づいてた。
 
 ―――この戦いを望んだ人間がいることに。

『ほぅ・・・・・・前回、問答無用で襲いかかってきた貴様がその台詞を吐くか』

 声に含まれた明確な敵意。 孝之はその台詞を聞いて初めて帝国から派遣されてきた彼らが、昨年末に新潟で接触した部隊と同一であることに気づいた。

(―――部長・・・・・・なんで教えてくれなかったんだッ!?)

 あの上司がその事実を知らなかった訳がない。  意図的に隠していたか、それとも知らせる必要が無いと判断し自分に伝えなかったのかは分からないが、孝之の中で石井への微かな猜疑心が生まれる。

「・・・・・・忠告はした、巻き込まれても知らないからな」

 そう彼女へ言い放った孝之は一方的に回線を遮断する。
 静流は孝之の言葉に従うつもりなど無いのか、不知火のナイフシースから短刀を抜き放ち、横たわった僚機の胸部装甲を引き剥がしに掛かった。
 致命傷、もしくは即死だとは思うが、どうやら彼女は仲間が死んだとは思っていないようだ。

(そうだな・・・・・・ こんな場所で死ねるか。 俺は横浜に戻るんだ・・・・・・ 生きて戻って、あの二人にまた会いたいんだ)

 胸中で改めて覚悟を決めた孝之は再びコンソールを操作し、遠く安全圏にいる自身の上司へ回線を繋いだ。







『―――貴様はこうなることを知っていた・・・・・・違うか?』

 聞く者の魂を凍らせる、そんな錯覚すら覚える冷たい声音がスピーカーから流れる。
 現に戦域情報が映るモニター前に座ったオペレーター達は、皆一様に首を竦めて言葉を発しようとはしない。
 重苦しい沈黙が部屋を支配する・・・・・・かに見えたが

「まさかそんな、僕だってこの場所に光線級が出てくるなんて予想出来ませんでしたよ」

 その声を向けられている張本人は相手の感情など何処吹く風と、あっけらかんとそう言い放った。
 スクリーンの一角に表示されたц04前線補給基地司令、ゲオールギー・バラキン少将は己の怒りを隠そうともせずに彼を睨み続けるも、帝国軍技術廠第参開発局長たる石井はにこやかな笑みを浮かべたまま口を開き続けた。

「どのみち、 【向こう】 からも同じ指示が出ていたのでしょう? この状況をお膳立てしたのはつまるところアチラさんなんですし・・・・・・ 閣下がご自身の進退を気になさるのは分かりますが、責任を僕に全ての責任を押し付けられても困りますねぇ」

『・・・・・・・・・・・・』

 無言を肯定と受け取り、石井は更に言葉を続ける。

「虎の子の爆撃機部隊が壊滅したのはご愁傷さまとしか言いようがありません。 しかし既に中央のお偉方には話しを通してありますから、閣下の危惧している責任とやらは落ち着くべきところに落ち着く、そうお答えしておきますよ」

『ほぅ・・・・・・中央を納得させるだけの供物を用意したのか?』

「勿論。 ・・・・・・正確には調達に向かっている最中ですけど、閣下の強力もあって下準備は出来ていたので・・・・・・まぁ大丈夫でしょう」

『欲を張り連中と同じ轍を踏まぬことを祈るよ。 しかし、貴様達にとってもアレはそれほど魅力的なものか?』

「ええ、魅力的ですねぇ・・・・・・あのサイズでアレだけの大出力。 応用の幅もありますし、構造を解明すれば幾らでも買い手が見つかるでしょう」

『・・・・・・狸が』

「あはは、褒め言葉と受け取っておきますよ。 では、準備が整い次第またご連絡しますよ。 ・・・・・・基地奪還は閣下ご自身の手で行うのが望ましいでしょうから」

『ふん・・・・・・借りを作ったとは思わんからな』

 捨て台詞にはやや迫力の掛ける言葉を残し、スクリーンに表示されたバラキンの映像が消える。
 それを確認した後、ホッとオペレータ達が肩の力を抜いて安堵の吐息を漏らす。
 彼らの姿などバラキンは一切異に介さないかもしれないが、屈強なソ連軍人が発するプレッシャーは事務畑である彼らには少々堪えるものがあった。
 とは言え彼の苛立ちが理解出来ないわけでもない。
 基地司令、その立場がありながらも一介の政治将校に振り回される事実は、誰でなくとも苛立ちを覚えるだろう。  だが、前線基地の司令と、権力が集中しているアラスカに居を構える政治将校では、中央への影響力という点で雲泥の差がある。
 それがソ連と呼ばれる国家の在り方だと言えばそれまでだが、陽の光に当たらぬ場所に追いやられた者の感情は何時だって劣等感に塗れている。
 そしてそれは彼らも同じなのだ。 自分達が創り上げたものを陽の光の当たる場所に出せない事実は・・・・・・頭では理解していても、技術者として承服出来るわけが無かった。
 もう暫しの辛抱だと彼らの上司は言う。 お披露目の機会は遠からず訪れ、誰もが自分達に憧憬と羨望の眼差しを向ける日が来ると。

「ふぅ・・・・・・疲れる人だねぇ。 エリート層への嫉妬心だか、長いトコ前線にいて弄れてああなったのかは知らないけど、あのままじゃ彼はきっと禿げるね。 うん、間違い無い」

 ポンポンと自分の頭を叩いた後、心底おかしそうに笑い始める石井。
 その姿に彼の傍に立つロシア人の男が呆れた様子でいると、スクリーン前に座るオペレーター一人が振り向いた。

「―――鳴海中尉から報告。 イーダル試験小隊のSU-37UBと接敵した模様・・・・・・Aシステムの起動を求めています」

「あちゃぁ、アレと鉢合わせしちゃったか。 運が無いねぇ鳴海君も・・・・・・まぁ此処で白百合を失うわけにもいかないから、彼にはちょっとばかり頑張って貰うとしますか」

「―――宜しいので?」

 確認するようにオペレーターは石井へ聞き返す。

「ミース君が鳴海君用に調整してくれたからね、最悪な自体にはならないでしょ。 システムの機動準備、始めちゃってくだ・・・・・・」

「―――大佐、城崎中尉から連絡が入っております。 直接会話を求めていますが・・・・・・如何致しますか?」

 別のオペレーターに発言を遮られ、暫しポカンとしてしまう石井。

「おんや? なんだろう・・・・・・まさかまだ基地に残ってる、なんてことはないよねぇ。 黒君だけじゃなくて、麻美君も一緒にいるはずなのに」

 首を傾げつつ石井は手元にあったレシーバーを耳に当てる。

「はいはい、いや~久しぶりですね葵さん。 折角同じ基地にいたのに中々お話する機会が無くて・・・・・・ん?ソレどころじゃない? またまた、淑女がそう焦るものじゃありませんよ~そんな態度だと彼に嫌われてしまいますよ? 彼? 勿論隆君ですよ、それ以外に一体誰が・・・・・・・・・・・・む? ・・・・・・隆君が?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・分かりました、傍に参局の人たちがいますね? 彼らにコチラの所在を聞いてください、準備をしてお待ちしてます」

 会話が終わった石井は手にした静かにレシーバーを戻し、ゆっくりと机の上に両手を付いて顎をのせた。
 シンっと、管制車の中が沈黙に包まれる。 それはバラキンが齎した沈黙よりも深い沈黙だった。

「―――妙高の瀬戸艦長に打電。 予定通り、種蒔きを開始してくださいと」

「は、はいッ!!」

 ポツリと呟いた石井の言葉に、弾かれたようにオペレーター達が動き出す。
 口元を隠し、笑顔を潜めた石井の姿に、誰もが得体の知れない恐怖を抱き、改めて認識する。
 一見すれば冴えない男だが、彼は帝国の暗部と密接に繋がった第参開発局の局長なのだと。 

「―――ロゴフスキー中佐に繋げるかな?」

 振り向きもせず呟いた石井の問いにロシア人の男は小さく頷き、自身が持つ通信機を彼に差し出した。


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ソ連編 最終話・前編

第二部


 
 それはまるで、聖書に記された世界の終焉とも言える光景だった。
 大地には極彩色で彩られた異形の生物が闊歩し、空は暗雲とした雲に覆われ太陽の光を遮っている。
 震える大地、鳴動する空。
 それは星の・・・・・・この地球と言う星が上げる悲鳴なのかもしれない。
 ただ一方的に喰われ、蹂躙される己が運命を嘆く声なのかもしれない。

 ц03前線補給基地に到達したBETA群の一団は、眼前にある全てを食い尽くしながら基地内を侵攻していた。 基地を形成する施設群は地響きを上げて突進する突撃級と要撃級によって瓦礫の山と化し、後続に続く戦車級によって全て貪り尽くされる。
 有能なオペレーターが席を並べた指揮所も、整備班が油に塗れながら仕事に勤しんだ格納庫も、基地要員の囁かな楽しみがあったPXも、人の営みが存在した場所が次々と消えていく。
 人が創り出した人工物、僅かに残った自然がBETAに食い尽くされ、二度と命が芽吹くこと無い不毛の大地へ変わってしまう。 ・・・・・・此処もまた、ユーラシア大陸の各所で見られる光景と同じになりつつあった。


 これがBETAだ。


 ―――これこそがBETAだ。


 地球の自然、人類が存在した証、それら全てを一切合切別け隔てなく蹂躙する存在。


        Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race
                ― 人類に敵対的な地球外起源種 ―


 語源通り、BETAとは正しく人類の、いや地球にとっての敵である。

 人類は度々母たる地球を蝕む害虫と揶揄されることがあるも、BETAが地球へ齎す環境被害は人類の非では無い。
 動植物を食い荒らし、地形すらも変貌させ、美しき青き地球を茶褐色の無残な星へと変えるのがBETAだ。
 人類が地球を汚すことは、人類と言う種を生み出した地球自身の自業自得と言えなくも無いが、他星からやってきたBETAによってソレが成されるのは一方的な搾取でしか無い。

 だから人類は戦う。
 地球を守るため、人類と言う種を守るため、よるべき国のため、住むべき土地のため、大切な人のため、己の誇りのため・・・・・・最後まで諦めず足掻らい続ける。

 だが哀しいかな、BETA戦争が勃発してから既に半世紀近くの年月が経ってしまっている。
 その間に地球に齎された被害は、甚大の一言で足りるものでは無い。 地形は大きくその姿を変え、海洋は重金属によって汚され、限りある資源は湯水のように消費され続けてきた。
 現状のまま戦争行為を続けるのであれば・・・・・・地球が持たなくなる日はそう遠い未来では無いのかもしれない。

 幾つもの残骸を食い尽くした戦車級が次に向かったのは、先ほどまでソ連軍の警備隊が日本のスタッフに退去を促していたコンテナの一つだった。
 皆避難したのか、周囲に人影は無い。
 戦車級はコンテナに跳びかかり、その強靭な顎で外壁に喰らい付いた。 戦車の装甲すら噛み砕く戦車級の顎にとって見れば、軽合金で出来た外壁など薄紙にも等しい。 瞬く間に外壁を食い破った戦車級が内部へ侵入しようとした瞬間・・・・・・コンテナ内に設置されたセンサーがBETAの存在を感知し、内部に仕込まれた指向性の爆薬が起爆した。 
 爆発の衝撃は外側に広がり、格納されているモノには一切傷つけることなく周囲の戦車級を吹き飛ばす。
 
 爆発によって巻き起こる白煙・・・・・・その中にゆっくりと動く影があった。
 大きい、周囲に群がる戦車級よりも大きな物体が動いている。 サイズは要撃級と同等、大凡12m程の高さがあるナニかが白煙の中に存在していた。
 新たに現れた獲物へ標的を切り替えたのか、数体の戦車級が白煙の中へ突入していく。
 戦車級の動きに反応したのか、影が腕らしきものを無造作に振ると、戦車級だった肉片が体液と共に白煙から吐き出される。 そしてその後を追うように、巨大な影がのっそりと白煙の中から姿を見せた。

 ―――戦術機。 もしこの場に人がいれば、そう呟いただろう。

 各国の軍が運用している戦術歩行戦闘機。
 限りなく人型に近い形状を持つ戦術機と白煙の中から姿を現したソレは、確かに同じ人型に近いという点では酷似していた。
 だが戦術機の構造に詳しい人間が見れば、二者が全く別のコンセプトで製造されたモノだと気付いただろう。
 戦術機は一部の例外を除き、基本的に人型を模した形状をしている。
 白煙の中から歩み出たソレは人型と言えなくもないが・・・・・人型と言うには余りにも歪な姿だった。
 まず頭部が無い。 厳密に言えばあるが、顔らしきモノが肩の間に埋めこまれているので、首を含む頭が見当たらないのだ。 そしてアンバランスな手足の長さ。 直立状態でも地面に触れるほど長い手は細く、指に当たる部分が無い。 足は手に反比例するように短く、バランスを取るため猫背な前傾姿勢を作って歩いていた。
 また、ソレの全身は丸みを帯びた艶のない白い装甲で覆われおり、見る者に酷くシンプルな印象を与える。

 ゆっくりとした動作で歩き続けるソレは、近寄ってくる戦車級を長い腕で薙ぎ払いながら突き進む。
 白い装甲は次第に戦車級の血と肉片で色褪せ、まるでBETAのような極彩色に染まっていく。
 ソレは緩慢な動作で戦車級を払い続けるのだが、一体の要撃級がその眼前に現れた途端、その動きが突然変わる。
 要撃級がその衝角を向けるよりも早く、ソレは格納庫の残骸を足場にして大きく跳躍し、要撃級の頭上から襲いかかった。

 空中で身を捻り、鋭い腕で要撃級を刺し貫いた動きは・・・・・・機械のそれでは無い。

 日本から派遣された部隊の人間が、地表を飛び回り、長い腕部を振るってBETAを駆逐するその動きを見れば、きっと既視感を覚えただろう。

 昨年末、日本帝国にて確認されたBETAがいる。

 ―――遊撃級・パルチザン。

 1995年に確認された兵士級に続き、明確な呼称が付けられた新種である。
 ・・・・・・余談ではあるが、この種には幾つか不可解な点がある、
 月面でのファーストコンタクトから今日まで、類別され名称付けられたたBETAの種は八種類。 無論、それ以外にも多種多様なBETAはいたが、その確認数の少なさとデータ不足から種別名が付けられることは無かった。 
 ・・・・・・にも関わらず、極東の戦場にてたった一度、それも三体しか出現しなかったBETAに名が与えられた。
 疑問に思う者がいなかったわけではない。 だがそれらの声は全て揉み消された、たった一つの事実を隠蔽するためにだ。

 
「―――N-01のシグナルを確認。 BETAと交戦中の模様」

「―――続く、02、03の起動も確認。 システムに異常無し」

「―――【鵺】、活動限界時間まで、残り約1800秒」

「―――ふむ・・・・・・実験でわかっちゃいたけど、やっぱり向かってくる見たいだねぇ。 まぁアレだけ弄り回せばお仲間だってことには気づかないか」

 基地より遠く離れた安全な場所で、そう呟く集団がいる。
 彼ら言葉に呼応するかのように、鵺と呼ばれた異形の戦術機はその動きを活性化させるも、例えBETAの追従を許さない俊敏な動きが出来たとしても、圧倒的な物量の前にそれは余りにも無力だった。
 三次元的な機動が可能な戦術機がそうであるように、鵺もまたBETAの波に飲まれ、消える。

 正史には何ら影響を与えず、消えた鵺。
 果たして鵺の登場に意味はあったのだろうか?
 鵺の存在した意味とはなんだったのだろうか?

 あえて答えよう。
 存在したこと、それこそに意味があるのだ。

 鵺だけでは無い。

 世界を渡った男。
 家族を失った少女。
 家の名に翻弄された姉妹。
 壊れた少女。
 世界の行く末を握る男。

 そして、白き獣に託された願い。

 それらは正史では決して存在しない者、表舞台に出ることが無かった者達。

 今回の歴史では、それら全てが介入する。
 此度、このソ連の大地で行われた策謀渦巻く国際計画を皮切りに、悲劇を繰り返す少年が知る歴史とは少しづつ変化していく。






                                 そう


                            一人の少女が描いた


                              とてもちいさな
 

                              とてもおおきな
 

                              とてもたいせつな


                           あいとゆうきのおとぎばなし
  

                               その一節に

  
                 かれとかのじょの物語が記され、新たなおとぎばなしが今、始まる。











                    Muv-Luv Alternative IF ~かれとかのじょのおとぎばなし~
        
                         ソ連編最終話  かのじょの覚悟・前編
     
 





 2001年 8月19日
 ソ連軍 ц03前線補給基地・第19番格納庫付近

『がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあああああああああああッ!!』

 ヘッドセットのスピーカーから響き渡った絶叫。
 それは彼女にとって聞き慣れた男の声だった。

「―――ッ!?」

 栞の注意が眼下に群がるBETAから、無意識に声の発信源である19番格納庫へと向けられる。
 レシーバーから聞こえた声は真奈美が搭乗する不知火が拾った音声だろう。 ジャミングの影響が少ない短波通信で届いたその声の主は・・・・・・間違いなく隆だ。 
 飄々として、掴みどころがなくて、自分の苦しみよりも他人のことを考える彼。

 その彼が・・・・・・絶叫を上げるほどの出来事が内部で起きた。

(―――隆ッ!!)

 彼女の胸中に燻っていた不安と焦燥が再燃する。 直ぐにでも格納庫の内部に突入し、彼の姿を自分の目で確認したい。 だが押し寄せるBETAは刻々とその数を増し、栞にその隙を与えてはくれない。
 基地の周辺に展開した一時的な防衛線は基地要員の撤退を持って放棄され、既に相当数のBETAが基地内部へ侵入しつつあった。 今はまだ戦車級の小さな群れが押し寄せてくるだけだが、要撃級や突撃級が此処に向かってくれば一機で持ちこたえることは不可能だろう。

「欝陶しいのよ!! アンタたちはッ!!」

 突撃砲を保持した不知火の腕を大きく振り、フルオートで36㎜砲弾を斉射し戦車級を薙ぎ払う。
 網膜にはリロードの文字。 周囲を一掃することで僅かに生まれた間に、突撃砲への給弾作業が副腕によって行われる。
 この隙に真奈美の不知火が捉える格納庫内部の画像を受信したいと思うも、この状況で視界を阻害することは自殺行為に等しく、栞は断腸の思いでその操作を実行には移さなかった。
 だが幾ら彼女が自身の頭で分かっていても、その焦る気持は不知火の挙動へ如実に反映される。
 彼女は戦術機の特性を生かした機動砲撃でBETAを迎撃し続ける。 それは光線属種が存在しない戦場においては、被弾する可能性が少なく効率的にBETAを排除できる機動ではあるも、高速で動く機体からBETAの動きを予想し砲撃することは、搭乗者にかなりの集中力を必要とする芸当でもある。
 故に隆の身を案じ、著しく集中力を欠いた栞は無駄弾とも言える砲弾を幾つも放ってしまう。

「―――ちッ!! 新兵じゃ無いのよッ!! こんなことで動揺するな、私ッ!!」

 その結果に舌打ちをする栞。 苛立ち気に自分にそう言い聞かせるも、

『あ・・・・・・あぁあ・・・・・・』

『隆、喋るんやないッ!! 真奈美、躊躇っとらんで撃つんやッ!!』

『ッ!! ・・・・・・よくも隆さんをぉぉぉぉぉッ!!』

『隆さん!! しっかりしてッ!! 隆さん!! 』

 様々な感情が入り雑じった声が彼女の集中を阻害する。
 焦る気持を必死に抑え、心もとない推進剤の残りに気を配りながら、彼女はたった一機でBETAの侵攻を遅らせようと足掻き続ける。
 無論、押し寄せる全てBETAを一機で留めることは出来ない。 撃ち漏らした戦車級が格納庫へ侵入するのが脇目に見えるが、それらの排除は先んじて格納庫内部に侵入した真奈美に任せるしか無かった。

「―――通信さえ繋がれば隊長達を呼べるのに」

 絶望的な状況に栞は思わず弱音を漏らしてしまう。
 基地に辿り着く前に別れた二人は、今頃輸送機の離発着情に向かっているはずだ。 幾ら広大な補給基地とは言え、戦術機の速度を以てすれば短時間で移動することは出来るのだが、こちらの状況を伝えることが出来ない以上、彼らに救援を求めることは出来ない。
 何を叫んでも、ノイズしか返って来ないレシーバー。 静流から教えられたとおり、通信を阻害する何かが基地の何処かで発せられているとしか思えなかった。

(―――どうする? どうすればいい? こんなところで皆と死ぬなんてゴメンよッ!!)

 高機動中に発生するGに揺さぶられながら、栞は必死に頭を回転させる。
 だが援軍も見込めず、内部の状況が分からない以上、彼女に出来ることは一体でも多くの戦車級を内部に侵入させないことだった。
 もし彼女に、隆達がいる19番格納庫だけではなく、その隣にある18番格納庫へ注意を向ける余裕があれば・・・・・・結果は変わったかもしれない。
 試作99型砲を運搬しようとしている唯依と第参開発局のメンバーと、凛が乗る不知火。
 彼らの存在に気づけば、何らかの手が打てたかも知れない。
 だが視野の狭くなった彼女はそのことに気がつかない。
 減り続ける残弾と推進剤、そしてスピーカーから聞こえる仲間の悲鳴に精神を磨耗させながら、たった一人で戦い続ける。

「アンタ達なんかに皆を殺させるかぁぁぁぁぁぁッ!!」

 ―――最後の120㎜散弾を放った直後、

『―――聞こえるか・・・・・・誰か居る・・・・・・返事をしてくれッ!!』

 ノイズ混じりの通信がヘッドセットから響く。 それを耳にした彼女が戦術マップに視線を向ければ、友軍を示す青い光点が二つ、不知火のセンサー探査範囲ギリギリに表示されていた。
 IFFが光点の情報を瞬時に解析し、それがアルゴス試験小隊に所属する不知火・弐型とF-15Eだと教えてくれる。

(―――ッ!! 大人しく待ってることも出来なかったの!!)

 そう栞は思うも、即座に一度は閉じたオープン回線を開く。

「中に人がいるわッ!! 周辺のBETAを排除しなさいッ!!」

『ッ!? 篁中尉がまだ残っているのかッ!?』

「余計なこと考えてると、助けたい人が死ぬわよッ!!」

 一方的に栞はそう告げ、返信を待たずに機体を格納庫の中へと滑りこませる。
 入り口付近に居た数体の戦車級を踏み潰し、立ち並ぶ整備担架を倒さないよう機体を立脚させた彼女は直ぐ様周囲を索敵し・・・・・・見てしまう。

『駄目ッ!! 隆さん、気を失っちゃ駄目ッ!!』

『隆、死ぬんやないッ!! こんな場所で死ぬなんてワイは許さへんでッ!!』

 喚き立てる葵と洋平。 その手や服、顔までもが赤黒い液体で染まっていた。
 二人は赤い水溜りの上に座り込んでいる。 それが水溜りでは無く血溜まりだと栞は気づかない、気付こうとしない。 何故なら、彼女の意識がある一点に釘付けになっているから。

『血が、血が止まらない・・・・・・いやぁぁぁぁぁッ!!』

 端正な顔を、手を、服を、赤いナニかで染めた葵が、横たわる隆の足を必死に抑えている。

『・・・あぁぁ・・・・・・畜生・・・・・・』

 何時のもサングラスはどうしたのか、素顔を晒した隆が血の気の失せた顔で喘いでいる。
 栞はその光景を知覚することが出来なかった。
 記憶にある隆の姿と、今の彼の姿が余りにも違うから。
 
「あ・・・・・・あぁあああああ・・・・・・」

 我知らず、震えた声が喉から漏れる。 漸く脳が逃れようの無い現実を自覚し始めたのか、目に映る光景の持つ意味を理解してしまう。

 重機関銃を構え、近寄ってくる戦車級に向けて発砲する洋平。

 泣きながら隆の足を抑える葵。

 苦悶の表情で喘ぐ隆・・・・・・その右足が


 ―――無かった。


『皆に近寄るなぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!』
 
 真奈美の絶叫を耳にし、栞は我に返る。
 怪我の度合いと出血の量から見て、直ぐにでも適切な処置を施さなければ隆は死ぬ。
 即死で無かったのが幸いだと言うべきなのかもしれないが、予感していた一番最悪な状況の一つに違いはなかった。

『うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』

 隆の惨状に我を失っているのか、真奈美は我武者羅になって三人へ襲いかかろうとする戦車級へ短刀を突き立てていた。
 突撃砲を使わない辺り、まだ最低限の理性は保っているのかもしれないが、閉鎖空間で巨大質量である戦術機が動き回ればそれ相応の被害を周囲に与えるのは避けられない。 実際、不知火の腰から突き出た跳躍ユニットが何輌もの整備担架をなぎ倒し、整然としていた格納庫の内部は見る影もなく荒れ果てている。

「ランサー07ッ!! 落ち着きなさいッ!!」

『よくもッ!! よくも隆さんをぉぉぉぉぉッ!!』

 栞が静止するも、激昂に陥った真奈美には届かない。
 この人選は失敗だったと、栞は暴走する真奈美を見て思う。
 後催眠暗示のキーは部隊の上位権限者にしか与えられていない。 先任とは言え、同じ少尉である栞には真奈美を強制的に止める手立てがないのだ。 だが今更静流の判断を恨んでも状況は変わらない、ある程度の損傷は已む無しと栞が覚悟を決めた瞬間・・・・・・ソレは突然真奈美の背後に現れた。

「真奈美ッ!! チェックシックスッ!!」

「―――ッ!?」

 性根にまで叩き込まれた訓練の賜物か、真奈美は反射的に背後を振り向こうとするのだが、格納庫の壁をぶち破って侵入した要撃級の衝角が叩き込まれるほうが僅かに早かった。
 咄嗟に栞は機体を屈ませ生身を晒す三人へ覆い被さると同時、強烈な衝角の一撃を背後に受けた真奈美の不知火は為す術も無く吹き飛ばされた。







「―――くっそッ!! 中の様子が全然わからねぇッ!!」

 そう吐き捨てつつも、ユウヤが乗る弐型は正確な狙撃で戦車級に36㎜を叩き込んでいた。
 一方的に告げられた格納庫周辺のBETA掃討。 内部に唯依やスタッフ達がいるのであれば、彼らの身を守るためだと思い迎撃を続けられるのだが、ノイズの酷いレシーバーは使い物にならず、中にいるであろう人間と連絡が取ることが出来ない。
 しかもだ、先に到着していた帝国軍の不知火は自分達が使用していた18番格納庫では無く、隣接する19番格納庫の内部へと侵入した。 彼女が言った中に人が居るとは、19番格納庫に間借りしていた帝国軍の人間のことだとすれば、弐型や試作99型砲に携わったスタッフは何処に居るのか?

『アルゴス01、周辺掃討は私がやるわ。 貴方は内部の確認を!!』

「駄目だ、BETAの出現数が跳ね上がってやがるッ!! 一機じゃ無理だッ!!」

 可動している戦術機が集中しているせいか、戦術マップに表示されるBETAの集団が此処に向かって迫りつつあった。
 焦る気持ちを必死に抑えつけ、ユウヤは内部の様子を伺うチャンスを求めて足掻き続ける。

『・・・・・・ゴス01・・・・・・聞こえ・・・・・・こち・・・・・・』

 だからか、レシーバーから聞こえた声にユウヤは即座に反応することが出来た。

「誰だッ!? ノイズが酷くて聞こえないッ!! もう一度言ってくれッ!!」

『アルゴス01ッ!! 三時方向ッ!!』

 ステラの声に従い戦術マップと目視で確認すると、一機の戦術機の姿を確認することが出来た。

『こちらシュピーゲル03。 俺だ、平だッ!!』

 自分と同じ不知火、しかしモデルは壱型丙。
 何故此処に彼がそんな機体に乗って現れたと疑問に思うも、噴射滑走から主脚に切り替え腕部と背部兵装担架に保持した突撃砲から砲弾を撒き散らしてBETA迎撃に加わるその姿を見て、野暮な考えだと頭を切り替えた。

『奇遇だな二人ともッ!! 何か忘れ物でもしたのかッ!?』

「―――ああ、デカイ忘れ物だよッ!!」

『シュピーゲル03、そちらも忘れ物かしら?』

『いんや、こっちは歯牙無い小間使いさッ!! そっちと違い、理不尽な上官に振り回される身なんでねッ!! XFJ計画に関わるスタッフは一名を除いて全員基地から脱出した、二人の忘れ物は間違いなくソコにいるはずだッ!!』

(―――ッ!! あの馬鹿ッ!!)

 ユウヤは慎二の返答に自身の予感が的中したと舌打ちする。

『アルゴス01、此処は俺が代わるッ!! 忘れ物と・・・・・・ウチのじゃじゃ馬達を回収してくれッ!!』

『行ってアルゴス01ッ!! 二機いれば、少しは持ち堪えられるッ!!』

「了解ッ!! 頼むぜ、二人ともッ!!」

 そう二人に背中を押されたユウヤは砲撃を止め、即座に格納庫へ向けて降下した。








『―――篁中尉ッ!! 無事かッ!?』

 外部スピーカーでそう叫びながら格納庫へ滑りこんできた弐型の姿に、唯依だけでなくその場にいた第参開発局のメンバー全員が驚きに目を見開いた。
 内部の機材に一切触れること無く格納庫に侵入したユウヤは、米軍出身者の面目躍如とばかりに格納庫内部に侵入していた戦車級を36㎜砲弾の一斉射で全て撃ち貫く。
 その安定した挙動と迷いのない動きを見た麻美は、ユウヤが弐型の扱いを本当の意味で熟知しつつあると感じた。

「―――ブリッジス少尉。 何故貴様が此処にいるッ!?」

 先程のショックが抜け切れていないのか、ふらつく足取りで弐型へ歩み寄りながら声を張り上げる唯依。
 BETAの襲撃、試作99型砲の運搬、そして先ほど見た彼女の価値観の外にあった現実、それら度重なる出来事に翻弄されながらも、未だ二十歳にも満たない少女は健気なまでに己の使命を全うしようとしていた。

「試験小隊に基地への帰還命令は出ていないはずだ!! この状況で基地に戻ってくるなど・・・・・・貴様何を考えているッ!?」

『それはこっちの台詞だッ!! 中尉こそ何やってるんだよッ!! 自分の命よりもそんなに99型砲が大切なのかッ!!』

「当然だ!! 私はXFJ計画の行く末を預かる身だ!! 己の命が帝国の貴重な機材に勝ることなどありえん!!」

『ふざけんなッ!! 装備より人間の命が大事だって言ったのはおまえじゃないかッ!! ありゃ嘘だったのかよッ!!』

「・・・・・・嘘ではない。 だがこれは・・・・・・私の矜持なのだ」

『―――ッ!! そんなもんのために、おまえを失うわけにはいかないんだよッ!!』

 ユウヤの一喝を浴びた唯依はビクっと肩を震わせ、ばつが悪そうに俯いてしまう。

「―――いいかッ!! XFJ計画は絶対に成功させるんだ、そのためにはおまえは必要なんだよッ!! こんなところで死なせてたまるかかッ!!」

 言うやいなや、弐型が保持する突撃砲が火を噴く。 放たれた36㎜砲弾は格納庫のゲート付近に群がり始めた数体の戦車級を四散させた。
 熱くなっているように見えて、ユウヤは周囲の状況に眼を向けることを忘れてはいなかった。

「―――どのみち俺はな、【味方を絶対に置き去りにするな】って、米軍で散々叩き込まれてきたんだよ。 だからおまえも見捨てない・・・・・・絶対になッ!!」

 力強く言い放つユウヤ、その言葉に黙って頷く唯依。
 それは傍目から見て、ある感情の垣根を越えた者同士が紡ぐ新た絆にも見えた。
 だが熱くなった二人は気づかない。
 絶望的な状況の中だが、二人の周囲には傍観者達が大勢いることに。

「―――コホン。 ・・・・・・取り込み中のところ悪いが、いいか?」

「『―――ッ!?』」

 わざとらしい咳払いの後、横合いから挟まれた一言に二人は冷静さを取り戻す。

「ブリッジス、貴様の他には誰がいる?」

『奈華宮大尉ッ!? どうして此処に・・・・・・』

「疑問を口にするな、私の質問に答えろ少尉」

『は、はッ!! 外にはステラのF-15Eと平中尉の壱型丙が・・・・・・隣の格納庫では帝国軍の機体が複数可動している模様』

「―――そうか」

 頷き麻美は数刻の間思索に耽る。
 凛の不知火だけでなくユウヤが駆る弐型が現れたことで、試作99型砲の運搬とメンバーの退避に必要な時間は大幅に短縮された。 隣では未だに帝国軍の人間が何かをしているようだが、悪いがその手助けをする義理も時間も無い。
 むしろBETAの注意がそちらに向くことで、自分達が退避するまでの時間が稼げればとさえ麻美は考えていた。

「―――凛、跳躍ユニットに異常は無いな?」

『―――はい、跳べます』

 やや震える声で麻美に答える凛。
 少女が搭乗する不知火の頭部は戦車級に齧られ半壊しているが、その両手に保持した試作99型砲を運搬するのに支障は無い。 そして無理をして試作99型砲のメンテナンスハッチに身を潜めるよりも、二機の管制ユニットへ全員を押しこむほうが安全だろう。
 直ぐ様その旨を全員に伝えた麻美は、ユウヤが乗る弐型を仰ぎ見ながらポツリと呟いた。

「―――仲間を守るか」

『―――は、馬鹿にするならすればいいさ。 それでも俺は部隊の仲間を・・・・・・』

 その声は弐型に乗るユウヤに聞こえたのか、不機嫌を露骨に含ませた声で彼は答えようとしたのだが、

「誤解するな、私はお前を馬鹿になどせん。 ・・・・・・ただ、な。 そこに私たちが含まれていないことに寂しさを覚えたまでだ」

 言って麻美は弐型に背を向け、誰にも見られる事無く自嘲気味な笑みを浮かべる。

 仲間を大切に思う。
 それは当たり前のことだろう。
 だが、そんな当たり前のことを臆面も無く叫ぶユウヤが、彼女には酷く眩しく見えた。
 仮初の体面と体裁を取り繕った下で、何ものにも優先して守るべきモノがある彼女には・・・・・・その台詞を心から叫ぶことは出来ない。

「―――マユ?」

 軽く頭を振り、顔を上げた麻美は少女の様子がおかしいことに気付く。
 人外の力を得た白き少女は、虚空に視線を送ったまま微動だにせず立ち尽くしている。

(・・・・・・力の使い過ぎか?)

 延命のためとは言え、幼き身体に施された様々な治療は少女に特異な力を幾つも与えてしまった。
 ソレが偶然で無かったことを麻美は知っている。
 数百、数千の命と引換に確立された技術だと知っている。
 少女の意志は関係無しに、大人たちのエゴで行われた外法の業。
 その罪が消えるとは思わない。 姉と同じ罪を、自身もまた背負う覚悟があったから自分は此処にいるのだ。

(全ては・・・・・・あの人が望んだから)

 思いつめた顔で内心そう呟く麻美を他所に、少女は無邪気な笑みを浮かべ小さな口で言葉を紡ぐ。

「―――お兄ちゃん、動いていいんだよ」








「―――ッ!!」
 
 突然の衝撃に真奈美はただ身を竦めることしか出来なかった。
 要撃級の衝角は不知火の兵装担架を容易く吹き飛ばし、幾重にも張られた背部装甲に大穴を穿つ。
 真奈美は管制ユニットの衝撃吸収材が持つ許容量を遥かに超える衝撃に揺さぶられ、失いそうになる意識を必死に繋ぎ止めていた。

 ―――死ねない。

 ―――こんな場所で死ぬことなんて出来ない。

 母を、姉を、多くの友達や仲間、そして今彼の命を奪おうとするBETAを残したまま、死ぬことなんて絶対に出来ない。
 復讐で戦うことは止める。 そんな志を持った時があった。
 だが無理だ、そんな建前を何時までも掲げていることなんて出来ない。
 だって私は憎い、BETAが憎い、殺しても殺しきれないほどに憎い。

 ―――だから

 アイツら殺し尽くす前に、死ぬことなんて絶対に出来ないッ!!

『―――真奈美!! 生きてるわねッ!?』

 栞の声が聞こえる。
 彼女の声が聞こえるなら自分はまだ生きてる、要撃級の一撃を受けても自分はまだ戦える。

「は・・・・・・はい」

 そう答えた真奈美は管制ユニットに挿し込む光に気付いた。
 それは要撃級の一撃で歪み亀裂の走った管制ユニットの隙間へ挿し込む格納庫内の照明だった。
 脳震盪を起こしているのを自覚しながら間接思考制御を用い網膜に機体ステータスを表示させる。
 ノイズの酷い周辺画像の上にポップアップするウィンドウ。 目を凝らす必要もなく、右半身が赤く染まりシグナルがロストしていることが分かった。
 管制ユニットに亀裂が走るほどの衝撃を受けた機体が無事で済むわけがない。 にもかかわらず、自分は生きている。 本当ならそれを喜ぶべきなのだろうが、今の少女のそんな余裕は無かった。

「―――くそッ!!」

 最早この機体では戦闘は愚か、満足に歩くことすら出来ない。
 これでは・・・・・・BETAを殺すことなんて出来やしない。

『真奈美、その機体はもう無理よ!! 放棄して脱出しなさいッ!! 隆達と一緒に運ぶから、なんとか下まで降りてきてッ!!』

「了解・・・しました」

 栞の指示に従い強化外骨格の機動レバーを引くも、先程の一撃で制御系がイカれたのか、緊急時に衛士を守る強化外骨格は機動しなかった。
 仕方なく歪んだハッチの隙間から抜けだし、喧騒轟く格納庫の内部へと身を晒す。
 胸部から肩部へと飛び移り、機体に押しつぶされて歪んだキャットウォークへ降り立った真奈美が振り向けば、整備担架の一つに寄りかかるようにして自機が倒れており、その向こうには全身を36㎜で撃ち貫かれた要撃級の死体が転がっている。
 栞の不知火がBETA迎撃を続ける姿を脇目に、キャットウォークの手摺に凭れかかりながら眼下に目を向けると、ソコには血溜まりの中に倒れる隆とその応急処置を行っている葵と洋平の姿があった。

「―――くッ!!」
 
 視界が涙で滲む。
 それは隆の姿に同情してか。
 それとも腑甲斐ない自分を呪ってか。
 溢れかえる感情に翻弄される真奈美は、自分の感情がそのどちらなのかが分からない。

 だが、自学出来る確かな思いが一つある。
 それは殺意だ。
 彼を・・・・・・傷つけた、大切な仲間を傷つけたBETAへ向ける殺意。

 絶対に殺す。

 殺し尽くす。

 だが自分には武器が無い。 BETAを殺す為の術が無い。

(衛士だって言っても、戦術機が無くちゃ何も出来ない・・・・・・BETAを殺すことなんて出来ないッ!!)

 胸中で己の無力を嘆く真奈美。
 だが一瞬後に少女は・・・・・一機の戦術機の存在に気付いた。
 傾斜したキャットウォークの先、管制ユニットのハッチが開け放たれたまま固定されている不知火壱型丙に。
 迷うこと無く真奈美は壱型丙に向かって走りだす。
 その姿を葵や洋平が見れば止めただろう。 未だ壱型丙と管制ユニットのメインCPUであるAsura-daの接続は出来てない。
 たとえ乗り込んだとしても、動かない戦術機など高価な棺桶に過ぎない。
 だがそんなことなど露知らず、真奈美は俊敏な身のこなしで壱型丙に取り付き、管制ユニットの内部へ滑り込んだ。
 シートに座ると同時、強化装備と機体がリンクし網膜に様々な項目が映しだされるも・・・・・・その全てがエラーを示す赤で染まる。 それを見て、どうしようもない絶望感を感じて俯く真奈美。

 暗闇が支配する管制ユニットの中、一人絶望に暮れる少女。
 突撃砲が奏でる轟音も、廃材が舞い散る汚れた空気も此処には存在しない。
 そこは完全に外界と隔離された世界。
 自分一人だけの、孤独に包まれた世界。

 あの時と同じ。 三年前、BETAが来ると聞いて家族と逃げた時と同じだ。
 母と姉と離れ離れになって、不安と絶望に押しつぶされた時と同じ。
 このままでは・・・・・・自分だけが取り残される。
 また皆・・・・・・自分の周りから居なくなってしまう。

 ―――嫌だ。 あの時と同じになるのは・・・・・・絶対に嫌だ。

「・・・・・・動いて」

 真奈美は操縦桿に手を添え・・・・・・俯いたまま呟いた。

『チェック・・・・・・エラー。 接続できません』
 
 無慈悲なAsura-daの回答が管制ユニットの中に響く。

「動いて・・・・・・動いて・・・・・・動いて・・・・・・動いてよぉ」

 真奈美は操縦桿をきつく握り締め、何度も何度も呟く。

 全ては自分の未熟さが招いた結果だと後悔しながら。
 自身が余計なことを口走らなければ。
 躊躇わず戦車級を撃っていれば。
 皆は・・・・・・隆は・・・・・・こんな危険な状況に陥ることは無かった。

「―――お願いだから動いてッ!!」

 だから彼女は懇願する。

「Asura-da、このままじゃ皆が死んじゃう。 皆・・・・・・BETAに食べられちゃう・・・・・・だから・・・・・・・動いて」

『―――エラー。 接続できません』

「―――神様・・・・・・皆を助けて」

 それは祈りだった。
 家族を失った時、神の存在を否定した少女が願う祈り。
 少女に信仰心と呼べるものは無い。 だが今の少女に出来ることは、神に縋ることしか無かった。

『―――エラー。 接続できません』

 だが神はいない。
 人間にとって都合のいい神など存在しない。
 奇跡などと言う、都合の良い偶然など起き得ない。
 
 しかし・・・・・・必然はある。
 必然が偶然を、奇跡を呼ぶ。
 運命の悪戯でも曖昧な神の奇跡でも無く、必然こそが絶望を打ち砕く。
 奇跡は神に祈ることで起きるのでは無い・・・・・・人の手で起こすべき事柄なのだ。
 多くの人の願いや思い、そして積み重ねてきた行動。
 本人達が気づかなくとも、それらに意味はある、必然を生む力となる。

 だからこそ、人が起こした奇跡は何時だって絶望的な運命をねじ曲げるッ!!

「―――くぉのぉぉぉわからずやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 激昂した真奈美は力任せにコンソールに拳を振り下ろす。
 それは奇しくも、隣接する格納庫にてもう一人の少女が呟いたのと同時だった。

『―――外部より信号を受信・・・・・・機体接続チェック・・・・・・オールグリーン。 システム、マキシマム』

 一瞬後、真奈美の網膜に映る機体ステータスが全て青く塗りつぶされた。

「え? ・・・・・・ええ?」

 目の錯覚かと真奈美が混乱している間にも主機が低い駆動音を立てて起動し、壱型丙の頭部、人間の双眼を模したセンサーが・・・・・・力強い光を放った。






 
 「あ・・・・・・あぁぁ・・・・・・足が・・・・・・俺の・・・・・・足がぁぁぁぁぁ」

 「隆さん見ちゃ駄目ッ!! 助かる・・・・・・きっと皆助かるから私だけを見ててッ!!」

 そう葵は叫ぶも、その可能性は限りなく低かった。
 隆はフォークリフトごと戦車級に足を喰われた。 なんとか止血は出来たものの、失った血と、その外傷を見た精神的ショックは並大抵ではない。
 人は腕や足を失った痛みとショックで、その場でショック死することもあるのだ。 何時隆がショック症状に陥り、心停止するか分からない。 

「・・・・・・くぅ!!」

 葵とて隆の傷口を直視することが出来ない。
 太腿の半ばから先を失った彼の足。 生体接着剤で固めたとは言え、半透明の皮膜の向こうには生々しいピンク色の筋肉と白い骨が見え隠れしている。
 モルヒネで痛みは和らいでいるようだが、直ぐに適切な処置を施さなければ彼の命は持たないだろう。 ・・・・・・だが半径数十kmに渡ってそんな処置が出来る施設など存在しない。
 このままでは彼は死ぬ。
 避けられないその事実に、葵の思考は暗澹とした思いで溢れかえりそうになる。

「・・・・・・ッ!!」

 視界が突然悪くなった。 それが溢れ出た自身の涙だと気付いた葵は、隆の血で濡れた自分の手で拭い取る。

「・・・・・・あ、葵」

「な、なにッ!? 隆さん、どうしたのッ!?」

 か細い声で自分を呼ぶ声に気づき、葵は隆の顔を覗き込む。

 サングラスの無い彼の顔。
 今までにも何度か見たことがある彼の素顔。
 その顔が・・・・・・これで見納めになるかもしれない。

「・・・大丈夫・・・か?」

 苦痛を訴えるのかと思いきや、彼が呟いたのは気遣いの言葉だった。

「な、なに言ってるのよ!! 私なんかよりも、隆さんのほうがよっぽど重症なのよッ!!」

「・・・・・・だって・・・・・・お前・・・・・・血が」
 
 言って彼は震える手を伸ばす。
 血を失いすぎて意識が朦朧としているのか、もしくは目がもう碌に見えていないのか。
 彼の血で濡れた頬に、彼の手が触れる。
 こんな、こんな状況なのに、彼は私の身体の心配をしてくれている。

「大丈夫。 私は大丈夫だから・・・・・・」
 
 泣き出しそうになるのを必死に堪えながら、葵は隆の手を両手で抱き抱える。
 まだ温かい彼の手。
 この暖かさは何時まで感じていられるのだろうか?
 後、何分、こうして感じていられるのだろうか?
 
 彼を助けたい。 彼を死なせたく無い。 
 仲間だから? それとも自分の仕事を手伝ってくれる人だから?
 最初は怪しくて疑いを抱いた人なのに、それが何時からか彼と一緒にいるのが当たり前になっていた。
 だからもう・・・・・・彼のいない日常なんて考えられない。

(―――ッ!! 部長と連絡が取れればッ!!)

 ある閃きが葵の脳裏に過ぎる。 
 以前、自身が所属した部署。 戦術機のデータ開発を隠れ蓑に存続する、帝国の・・・・・・いや世界の医療技術の根底を創りだした場所。
 既に基地から退避しているだろうが、彼なら隆を救えるかもしれない。

「Asura-daッ!! 外部との通信は出来な・・・・・・」

 戦術機の、Asura-daの通信機ならば基地から脱出した彼と連絡が取れるかもしれない。
 僅かな望みを抱き、葵は動かないはずの壱型丙を見上げて・・・・・・硬直してしまう。

『あああああぁぁぁぁああああああああああああッ!!』

 聞きなれた少女の絶叫を上げながら、壱型丙が機体を固定するロックボルトを次々と引き剥がしている。
 何故? と葵が思うよりも早く、整備担架の拘束から抜けだした壱型丙は格納庫の入り口に姿を見せた要撃級に向けて走りだす。
 繰り出された要撃級の衝角を潜りぬけ、腕部ナイフシースから抜き放った短刀を深々と柔らかい脇腹へとねじ込む壱型丙。
 何故、突然壱型丙が起動したのか?
 当然の疑問が葵の脳裏に過ぎるも、鬼気迫る壱型丙の姿に彼女は呆然と呟くことしか出来なかった。

「―――泣いてるの? ・・・・・・マナちゃん」








 ・・・・・・・・・殺す。

 ・・・・・・殺す。

 ・・・殺す。

 殺す。

「ああああああああああああああああああああああッ!!」

 咆哮。
 しかしその声は、発した本人には届かない。
 少女はただ目の前のBETAを殺す。
 ただそれだけを考えて動く。
 
「死ねぇぇぇぇええええええええええええッ!!」

 少女の殺意が機体を動かす。
 その殺意を忠実に反映する、壱型丙。
 狭い格納庫の中が、壱型丙によってキリング・フィールドと化す。
 脆弱なマニュピレーターが歪むのも構わず、要撃級の身体を何度も何度も、その原型が崩れるまで短刀で突き刺し続ける。
 黒き塗装は剥離し、格納庫の床には夥しいBETAの体液が広がる。
 そのどす黒い液体を踏み躙り、まるで此処から先は血の一滴すら通さんとばかりに立つ壱型丙。 その背後には生身を晒す三人の仲間と、呆気に取られた友軍機がいる。
 刃の欠けた短刀を格納庫の入り口に姿を見せた戦車級へ投げつけ、代わりの武器とばかりに要撃級の骸から衝角をもぎ取る。 
 ダイヤモンドに勝る高度と、カーボンナノチューブを超える強度を持つ衝角を携え、壱型丙は駆け出す。

 それは戦術機の概念に無い動きだった。
 それは機械が処理できる限界を越えた動きだった。
 それはまるで・・・・・・白き獣の再来と呼べる動きだった。

 出鱈目に衝角を振り回し、近寄る戦車級をただ叩き潰す。

 だが足りない。
 こんな武器では足りない。
 連中を殺すのにはもっと強力な武器が必要だと、真奈美の心が訴える。

「・・・・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ」

 興奮し血走った瞳には狂気の色が見え隠れする。
 だからこそ少女は気づかない・・・・・・今この瞬間、少女の瞳から止めどなく涙が溢れ出ていることを。

『―――三時方向、突撃級接近』

 Asura-daの警告音声が響いた直後、近くにあった資材庫を突き破り、BETA屈指の装甲を持つ突撃級が姿を見せる。
 アスファルトを削りながら爆走する突撃級。 壱型丙は手にした衝角を投げ付け、勢いが怯んだ隙に突撃級へ取り付いた。

「邪魔するなぁぁぁぁぁああああああああッ!!」

 通常の不知火よりも高出力の主基を搭載した壱型丙。
 壱型丙はその大出力を生かして強引に突撃級の進路を逸らし、隣の18番格納庫へと転がり込んで行った。







 外壁をぶち抜き、突撃級と共に一機の戦術機が飛び込んでくる。
 既にバランスを崩していた突撃級は外壁を破った衝撃で転倒し、幾つもの整備担架をなぎ倒して止まる。 一緒に飛び込んできた戦術機も、似たような姿で格納庫の床を削りながら凛の乗る不知火に激突し動きを止めた。

「―――壱型丙だと? 誰が乗っているッ!?」

 麻美の疑問に答える者は誰もいない、代わりとばかりに耳障りな金属音を上げて立ち上がる壱型丙。
 横転し藻掻く突撃級に一瞥をくれ、おもむろに壱型丙が手を伸ばす先にあるのは・・・・・・凛の機体が保持する試作99型砲だった。

「止めろ!! それはどのみち作動しないッ!!」

 そう唯依が静止するも壱型丙は止まらない。 激突した衝撃で凛は気を失っているのか、何ら抵抗をすることも無く試作99型砲を壱型丙に奪われてしまう。
 作動するハズがない。
 その場にいる誰もがそう思う中、壱型丙が保持する試作99型砲が甲高い音を響かせ始める。
 それはブラックボックスから供給された大電力によって砲が駆動する音だった。
 
「そんな・・・・・・馬鹿な」

 呆けた様子で呟く唯依を尻目に、麻美は試作99型砲の発砲によって起こる惨状を想像する。
 初速が秒速数キロにも達する砲弾が齎す被害。
 それは突撃砲の比では無い。 音速を遥かに超える物体が起こす衝撃波は、間違い無く全てを吹き飛ばす。

「撃つなぁぁぁぁぁッ!! 」

 麻美の叫びも虚しく、壱型丙はトリガーを引いた。
 試作99型砲に繋がる装弾ベルト、そこに残った僅かな120㎜砲弾が眩い閃光と共に吐き出される。

「―――ッ!!」

 無駄と分かりつつ、麻美は両手で顔を覆い衝撃に備えた。

 ―――だが覚悟した衝撃は一切こなかった。

「・・・・・・??」

 意識を保つ己に疑問を思うも、麻美は咄嗟に眼前を庇った腕を下げて再び壱型丙を仰ぎ見る。
 試作99型砲に装填されていた僅かな砲弾は確かに射出され、目標となった突撃級を貫き、その向こうにあった格納庫の残骸、戦車級、それら一切合切をその圧倒的な力で粉砕した。
 その力は放った試作99型砲自体にも多大な被害を齎し、壱型丙が保持する砲は砲身基部を残して崩壊していた。
 見る影も無く荒れ果てた格納庫の内部、だがその惨状は全て壱型丙の向こう側で起きていた。 機体より後方にいた自分達の側には一切被害が無い。

 その理由は・・・・・・一人の少女の存在だった。

「―――マユッ!!」

 惨状の境界線とも言える起点は、正確には少女が居た場所だった。
 麻美が声を掛けると同時、特異な力を持った少女の小さな背中が揺れ、そのまま力無く崩れ落ちる。
 慌ててマユに駆け寄りながら、麻美は自分達を守ったのがこの少女だと気付いた。
 だが、気付いたところで何も変わらない。
 人ならざる力を得たとしても、それは万能の力ではない。
 過ぎた力は身を滅ぼす、人が人の殻を打ち破ることはそれ相応の代償を必要とするのだ。

「マユッ!! 真由美ッ!! お願い目を開けてッ!!」

 麻美の懇願も虚しく、少女が目を開け口を開くことは無い
 急速に冷えていく少女の身体。 
 その生命の灯火が消えかけているのを麻美は肌で感じ、少しでも温もりを逃さぬようにときつく抱き締める。

「駄目・・・駄目ッ!! 逝っちゃ駄目ッ!! 貴女が死んだら私・・・・・・隆さんに顔向け出来ないッ!!」

「―――凛ッ!! 起きなさいッ!! マユを貴方の不知火に乗せるわッ!! 準備してッ!!」

 ミースの指示で凛が搭乗する不知火が麻美とマユに近づいて行く。
 麻美はただ、ぐったりと横たわる少女を抱きながら叫び続ける。



 再び放たれた試作99型砲の一斉射にて、僅かな時間ではあるも彼らの周囲からBETAの驚異は消えた。
 だが悲劇は去ったわけでは無い。
 運命はこれまでの幸運の代償とばかりに、彼らに悲劇を齎す。



 ―――確かに奇跡は起きた。



 ―――だが悲痛な悲劇もまた起きる。



 ―――奇跡など塗り潰す、絶望的な悲劇の幕はまだ上がったばかりなのだ。





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ソ連編 10話

第二部







 ソ連編  かれらの責務



 2001年 8月19日
 ソ連軍 ц04前線補給基地・某所

 壁面に幾つもの大型ディスプレイが埋め込まれた管制室の中は・・・・・・ただひたすらに混乱していた。
 原因はコード991の発令。
 基地から15㎞と離れていない地点に突如としてBETAが出現したのだ。
 瞬く間に通信回線は混沌とした情報で溢れかえり、試験を行う小隊の現状は愚か、出現したBETAの進路予想すら掴めない状況に陥ってしまった。 
 コンソールを前にしたオペレーターが浮かべる表情は困惑と恐怖に彩られている。
 が、それも致し方無い。 この管制室・・・・・・正確には大型トラックを改修して建造された移動型管制室は、日本の一企業である光菱が用意した車両なのだ。 当然、オペレーターは軍属の人間では無く光菱の社員たちが務めている。 実戦の経験など皆無に等しい彼らに、警報が鳴り響く中で冷静な対処を求めるのは酷な話だろう。

「―――いやぁ、メンツに拘る人たちのお膳立ては流石としか言いようがないねぇ。 ・・・・・・しかしこうなると、君の上司はこの状況すら織り込み済みでアレを一局に渡した気がするなぁ」

 幾つものディスプレイがエラーと表示されて赤く塗染まるのを眺めていた石井が、振り向くこと無く背後にいる孝之へそう問うた。

「―――確かに、例えこの状況を香月副司令が推測していなくとも、終わった後で全て計算尽くだった・・・・・・と、あの人なら平然と言うかもしれませんね。 兎にも角にもハッタリと人を欺くのが大好きな人ですから」

 横浜にいる本当の上司の姿を思い出しながら孝之が答え大きく肩を竦めると・・・・・・小さな金属音が幾つも響き渡った。
 カチン、カチンと、硬い金属が触れ合う音。 それは孝之が身に付けた強化装備を構成する装甲板が触れ合う音だった。 
 一見するとソレは衛士が着用する強化装備にも見えるが、衛士強化装備の一番の特徴たる半透明保護皮膜をソレは一切使用しておらず、胸部や大腿部と言った箇所は分厚い装甲板で覆われていた。
 スマートな衛士強化装備と違い・・・・・・ソレのイメージに一番近いのは中世の騎士が纏う鎧だ。
 だが流麗な騎士甲冑と違い、その鎧は艶のない黒で塗り固められており、文様のない無骨な表面は見る者に圧迫感を持たせるだろう。

 ―――そんな夜よりも深い闇色の鎧が、身に付けた孝之の動きに合わせて甲高い金属音を響かせている。

「そうそう、あの手の人は他人を利用することに悦を感じる厄介な性癖を持ってるんだよねぇ。 でも逆に自分が利用されてると知るや激怒するから・・・・・・いやぁまいったまいった」

 ポンっと自分の頭に手をあて困った相振りを見せる石井だが、彼が浮かべるニコヤカな表情を見ていると、その言葉が本心からのものとは到底思えない。 むしろ、先述した人間を手玉に取って楽しんでいるように見えてしまう・・・・・・あくまで孝之の主観ではあるが。

「ほんと気難しい人だね、香月副司令は。 ミツコさんと違って人情味に欠けるのがなんとも・・・・・・まぁ彼女が抱えているものを考えると、ソレも仕方の無いことだとは思うけどねぇ。 ・・・・・・きっと彼も大変な思いをしてるんだろうなぁ、うんうん」

 目の前で右往左往するオペレーター達の様子など目に入らないのか、気楽に世間話をし始めた石井の姿に孝之は軽い目眩を覚える。 
 これから自分達が行うことに何ら緊張感を感じていないのかと、孝之が冷めた目で石井を見ていると・・・・・・彼の背後にある重厚な扉が空気の漏れる音と共に開き、二人の男が入室してきた。

 一人はロシア人だった。
 大小様々な勲章が飾られたソ連軍制服の上に白衣を着こみ、一見して科学者然とした風体をしている。
 無表情を作り一見冷静を装っている風にも見えるが、その瞳は不安げにキョロキョロと動き周囲の様子を注意深く伺っていた。
 ・・・・・・もう一人の男は何ら周囲の様子を気にかけること無く、孝之の横に並び口を開く。

「―――部長、準備が整いました」

 淡々とした口調でそう告げる黒尽くめの男。
 アジア系にありがちな黒い髪と黒い瞳を持ち、黒のシャツの上に黒いコートを羽織るといった、見るだけで陰惨とした雰囲気をその男は醸し出していたが、一切振れる事無く佇むその姿は・・・・・・まるで鋭利な刃物を匂わせる。

「―――ん、ご苦労様、黒 (ヘイ) 君」

 男・・・・・・黒にそう答え、石井は満足そうに頷いて椅子から立ち上がる。
 黒と呼ばれた男、そしてその背後に控えるロシア人、最後に孝之に視線を向けてから、石井は浮かべる笑みをより一層深くして口を開く。

「観客が少ないのが残念だけど折角の機会だからね、これを利用しない手は無いでしょ。 ・・・・・・皆さん、手筈通り宜しくお願いしますよ?」

 その言葉に孝之と黒は無言で敬礼した後、足早に管制室から退室して行く。
 残ったのは石井とロシア人のみ。 石井は再び壁面に埋め込まれた大型ディスプレイに向き直り、楽しそうに・・・・・・心から楽しそうに笑いながら呟いた。

「―――歴史の闇に埋もれた技術の一端。 出来るなら、次はもっと大っぴらにお披露目出来るといいですねぇ」







 前線補給基地・南ゲート付近

「―――はい。 受け入れは予定通りに・・・・・・ええ、必要とあれば国際法を振りかざすべきかと」

 背後から聞こえるその声を聞きながら、慎二は基地から脱出する車両や輸送ヘリの姿を仰ぎ見ていた。
 スピーカーから流れていた警報が、BETA出現を知らせるコード991から何時の間にか基地放棄を伝えるコード202に切り替わっている。 この短時間で基地の放棄が決定されたと言うことは、かなり不味い場所にBETAが出現したのだろう。

(―――これじゃ奈華宮大尉を迎えに行くどころじゃ無いな)

 慎二は内心でそう嘆息し、ルームミラーで後部座席に座る麻香の姿を確認した。
 コード991が鳴り響いた直後から、彼女は自前の通信機で自らが指揮する補給部隊へ幾つもの指示を与え、今は何処かと連絡を取り合っている。 会話の内容から察するに、相手は恐らくカムチャッキー基地に停泊中の母艦だろう。
 ・・・・・・そんな麻香の姿は、先ほど狼狽した様子で声一つ出せなかった女性とは思えないほど毅然としたものだった。

 誰も崩せなかった麻香のポーカーフェイス。 それが突然破綻した理由で思いつくのは一人の男。
 今回の遠征に合わせて帝国軍から派遣された衛士の中で、絶えずサングラスを掛けて素顔を晒さなかった社とか言う男と顔を合わせた瞬間・・・・・・麻香はその表情を一変させたのだ。
 何らかの接点が二人にはあるのだろう。 それが何かは分からないが、あの男は麻香に動揺を与えるほどの人物に違いは無い。

 ―――社隆。
 社と言う名だけならば聞き覚えがある。 夕呼に付き従っていた少女が確か同じ名前だと記憶している。 親類とは思えないが、二人にも何らかの接点があるのかもしれない。

(・・・・・・篁中尉は良く知っているようだったな。 機会があれば後で聞いてみるか)

 そう思いながら慎二は唯依が消えた方角へ目を向ける。
 唯依は警報が響いた直後に走り去ってしまった。 恐らく試作99型砲が格納されている第18番ハンガーに向かったのだろう。 あっという間のことで確認したわけではないが、彼女の立場を考えれば十中八九間違い無い。
 帝国軍の二人も、彼らが用意していたLAVに乗ってその後を追って行った。 彼らもまた自分達の乗機がある第19番ハンガーへ向かったのだろう。

「―――ええ、実は先程三澤大尉から話しを・・・・・・・・・・・・ちッ」

 思案に耽っていた慎二は、突然聞こえた舌打ちは自分の気のせいだと思った。
 だが再びルームミラーで背後を確認すると、忌々しげに通信機を睨みつけている麻香の姿がミラーに写っている。
 それを見た慎二は再び息を飲む。 先ほどの狼狽した姿もそうだが、苛立ちを見せる姿も普段の彼女からは想像もつかない姿だからだ。
 通信機にトラブルでも起きたのか、それとも相手の返答が面白くなかったのかは分からないが、笑顔で部下や知人に毒舌と直接的暴力を振るう女性が明らかにイライラしている・・・・・・ 慎二はBETAと相対した時とは違った恐怖を覚悟し竦み上がってしまった。

「―――平中尉」

「は、はいッ!!」

 その麻香に呼びかけられ、慎二は反射的に背筋を伸ばして返事をする。

「ご苦労様でした。 此処でけっこうです」
 
 なのにあっさりと麻香はそう言い放ち、ドアを開けて車外へ降り立つ。 そして後続に控えていた帝国海軍所属の輸送車に向けて歩き出してしまう。
 
「―――金谷大尉ッ!!」

 慌てて慎二は彼女を呼び止めるが、続く言葉を見つけられずに途方に暮れる。
 驚愕と苛立ちと言う、普段の麻香には似つかわしく無い表情を浮かべた今の彼女の様子は明らかにおかしい。 
 だが、声を・・・・・・彼女へ掛けるべき言葉が見つからない。
 麻美なら、彼女の実妹たる彼女なら、こんな時なんと言うのだろうか?
 自分や孝之へ言うように、自らの責務を果たせと姉にも言うのろうか?
 二年と言う、決して短くは無い時間を共に過ごした彼女の性格を考え慎二は逡巡するも、

「―――くッ」

 唇を噛むことしか出来ない。
 彼女たちの背景。 奈華宮家の実情を朧気にしか知らない自分が想像で搾り出した言葉など、麻香に言ったところで何ら意味は無いだろう。

「―――私はこのままカムチャッキー基地へ向かいます」

 そんな慎二の苦悩を察したのか、麻香は振り返らずに答えた。

「平中尉、貴方は貴方の責務を果たしなさい・・・・・・ 貴方にもやらねばならないことがあるはずでしょう?」

「―――ッ!!」

 やはり二人は姉妹なのだと、慎二は心の何処かで深く納得する。
 掛けるべき言葉を逆に掛けられた、そのことに気恥ずかしさを感じながらも自分の責務を思い出した慎二は、直ぐ様車の向きを変える。

 石井から聞いていたプランとは若干違うも、これだけの騒ぎが起きれば何らかの動きが双方にあってもおかしくは無い。
 石井が動くと言うことは・・・・・・間違い無く、この基地へ秘密裏に運び込んだアレらを使用するはずだ。
 孝之がマユの代わりに白百合へ搭乗することは事前に知らされている。
 彼には、あの腐れ縁の男には、伝えなければならない言葉がある。 
 彼自身も分かっているだろうが、肝心なことは何時も自分で決められない男には周りが教えてやるほか無い。

 横浜へ、あの二人の元へ孝之を帰すために。
 それこそが麻香に言われた自分の責務だ。

(・・・・・・ったく、損な役回りばっかりだな、俺って男はッ!!)

 逸る気持ちをそのままに慎二はアクセルを強く踏み込む。
 麻香が輸送車に乗り込むのを脇目に見ながら、慎二は基地の中心へと引き返して行った。







 ミリコヴォ地区西岸部 F地点 

『見えたッ!! あそこが指定座標だッ!!』

 歓喜を含んだユウヤの叫び声がスピーカーから響く。
 網膜に表示される戦術マップに目を向ければ、確かに先程HQから指示された地点がマップ内に確認できた。  
 だが真奈美は、指定地域に到着すれば次の指示があると思っているユウヤと違い、胸中に湧き上がる不安を押し殺すのに必死だった。
 基地近郊にBETAが出現したとの報があり、その後一方的にこの地点への退避を通達されたのみで、基地が今どんな状況になっているのかは全く知らされていないのだ。
あの前線基地には僅かな兵力しか残されていない、出現したBETAがどれほどの規模かは分からないが、もし旅団規模以上であれば瞬く間に蹂躙されてしまだろう。

(―――壱型丙は兎も角、完調の不知火が二機あるんだ。 いざとなったらそれに乗って逃げるはずだから、皆大丈夫・・・・・・大丈夫だよね)

 基地に残してきた三人の仲間、そして日本から同行している多くのスタッフの安否ばかり考えてしまう。
 出来れば直ぐにでも引き返して仲間の脱出を支援したい。 皆が無事に基地を脱出する姿を見届けなければ、この不安が消えることは無い。

 ―――自分の知らないところで大切な誰かが死ぬ。

 母と姉をそうして亡くした真奈美は、そんな結果だけは絶対に回避したいのだが、帝国軍人として私情で動くことは到底許される行為では無かった。
 今護衛に就いているアルゴス試験小隊が運用する弐型やACTVは、将来日本の・・・・・・いや人類の新たな剣となる貴重な機体なのだ。 その重要性は今基地に取り残されている全ての人間の命よりも・・・・・・遥かに重い。

「・・・・・・ッ」

 強く噛み締めた唇から血が流れるも、後悔に囚われた真奈美にはその鉄の味を感じることが出来なかった。

 この状況は・・・・・・もしかしたら自分の迂闊な発言が招いた結果なのかもしれない。
 ブリーフィングにてユウヤの出撃を自分が後押ししなければ・・・・・・ 弐型が出撃せず、部隊の護衛機がACTVだけならば、帝国軍とは関係無いと言い捨てて基地へ帰還することが出来たかもしれない。
 周囲の仲間は誰もソレを口にしないが、その可能性を考えてしまった真奈美は自責の念に囚われ続けた。

 12機の編隊、試験小隊を中心に右翼をジャール、左翼をランサーズの小隊で固めた編隊は、重光線級の出現を万が一に備えNOEで地面スレスレを飛行し続けた。
 やがて編隊は戦術マップにF地点と明記された圏内に入り、緩やかに跳躍ユニットの出力を落として主脚走行へと切り替える。
 真奈美も機体姿勢を調整しようとフットペダルに微細な力を掛けようとしたのだが、視界に端に何か光るもの見て顔を上げる。

「・・・・・・え?」
 
 小隊のトップ、静流が乗る機体のセンサーがチカチカと点滅している。
 その意味を直ぐには理解出来なかった真奈美だが、一瞬後にはそれが発光信号と気づき、即座に脳裏でその意味を読み取る。

(―――背部兵装担架のセーフティ解除・・・・・・逆噴射制動用意・・・・・・反転後、速やか噴射滑走・・・・・・10秒後・・・・・・・・・・・今ッ!!)

 先頭を行く弐型が地面に足を付けた瞬間、タイミングを見計らったかのように四機の不知火が逆噴射制動を掛けて速度を殺し反転する。
 アルゴス試験小隊やジャール隊の各機がその行為に気づくより速く、反転した四機の不知火は跳躍ユニットに火を入れ、砂煙と轟音を残して基地の方向へと飛び立って行った。

『何をしているランサー01ッ!! 』

 爆発的な加速に翻弄される中、ジャール隊の小隊指揮官の叫びがスピーカーから響き渡る。
 相変わらず通信にフィルターが掛かっているせいで声しか送られてこないが、小隊長である少女が憤慨しているのが声の調子から見て取れた。
 
『―――基地に忘れ物をしたのでな、我々は此処までにさせて貰う』

『なんだとッ!? 貴様達は試験小隊の護衛を放棄するつもりかッ!?』

 ご尤もな発言に、真奈美も内心で同意してしまう。
 自分達の任務である試験小隊護衛を放棄したのだから、これは明らかな命令違反だ。
 自分が必死になって堪えた私情、此処に来て静流がそれに流されて任務を放棄した・・・・・・とは考え難いが、突然の行動に納得出来ていないのは確かだ。

『―――問題ない、護衛なら代わりが来る予定だ』

『なに? ・・・・・・レーダーに反応? ・・・・・・この識別信号・・・・・・JN (日本帝国海軍) だとッ!?』

 少女の叫びと共に、戦術マップの端に四つの光点が表示された。
 何れも友軍を示す青。 そして少女が言った通り、不知火のIFFも光点を帝国軍所属機と表示している。
 
 機体識別は日本帝国海軍所属機、国連軍コードはTYPE98。
 日本での名は【流星】。
 不運な背景から生産数が少ない希少機として有名な機体だ。
 専用空母を持たない帝国海軍が保有する数少ない戦術機が四機、アルゴス試験小隊が辿り着いたF地点へ向かっている。

 一体何処から? そして何故このタイミングで?

 真奈美の脳裏にそんな疑問が幾つも湧き上がるも、答えは一つしか無い。
 静流と麻香、二人が何らかのやり取りをした結果がコレなのだろう。
 三人を残してきたこと、そして海軍へ護衛を引き継いでまで基地に戻る理由・・・・・・漸く真奈美も静流が描く思惑の一端を掴むことが出来たが、それでもどうしても腑に落ちない点が一つだけあった。
 流星が登場したタイミングが余りにも出来過ぎている。
 ブリーフィングの直後に静流が麻香へ何かを提案したとしても、僅か数時間の間にアヴァチャ湾に停泊している艦隊から此処までの距離を移動できる訳がない。
 ・・・・・・この状況が予想されていなければ起き得ない行動の速さに、真奈美は疑問を抱かずにはいられなかった。

『だとしてもだッ!! 全ての試験小隊は我が軍の指揮下に入るよう通達された筈だッ!! 勝手な真似は許さんッ!! 直ちに停止しろッ!!』

 脅し・・・・・・だとは思いたいが、ジャール隊のSU-27が此方をロックしたことを報せるウィンドウが網膜に表示される。
 既に互いの有効射程圏外だが、真奈美は背部兵装担架に搭載した突撃砲の照準を彼らに向ける。 あくまで手動で、銃口を向けていることを悟られないよう照準用レーダーは発信せずに。

『―――悪いが、我々は帝国軍だ。 国連軍でも、ましてやソ連軍でも無い。 しかも今は帝国海軍の命で動いている・・・・・・文句があるなら、今頃オホーツク海を北上中の艦隊に打診するんだな』

『―――なッ!!』

 珍しく強い口調で静流が言い放った言葉に、ジャール隊の小隊指揮官が息を飲むのが分かった。
 その間にも見る見るうちに彼我の距離は開き、やがてジャール隊の機体が目視出来ない地点を越える。 真奈美はホッと安堵の吐息を漏らし操縦桿のトリガーから指を離した 
 BETAに銃口を向けるのに躊躇いは無いが、相手が人間ならば話は別だ。
 人殺しをするために衛士になることを志願したわけじゃない、出来る事なら金輪際こんな真似はしたくなかった。

『ま、待ってくれ!! だったら俺達も今からアンタ達の旗下に入る!! 基地に残っている仲間を助けに行きたいんだッ!!』

 二人の会話に割り込む形で、ユウヤの懇願する声がスピーカーから聞こえてきた。
 彼の気持ちは痛いほど分かる・・・・・・分かるが、彼らと自分達とでは立場が違う。
 試験小隊のメンバーはただの衛士では無い。
 彼らは人類の剣たる戦術機を生み出せる技能を持った、言うなればマイスターたる存在だ。 そんな貴重な人材たる彼らが、必要以上のリスクを負う必要は無い。 基地要員の救助は、例え死んでも大局に影響を及ぼさない一兵士が行うのが望ましい。
 静流は一応のケジメをつけるために、HQが指定した退避地点までは護衛の任を続けたのだろう。 海軍の命、と言うのが嘘か誠かは分からないが、彼女が根拠のないハッタリをするとは思えない。
 ・・・・・・最初から彼女は、何らかの動きがあった場合基地に帰還するつもりだったのだろう。

『―――さっきからグチグチ五月蝿いのよアンタはッ!!』

 唐突にスピーカーから響いた怒声に、真奈美は自分が叱責されたのかと思いビクっと身体を震わせる。
 
『仲間を助けたいとかナマ言ってんじゃないわよ!! あんたブリーフィングであれだけ駄々こねたくせに、これ以上自分の我侭を通したいわけッ!?』

 ・・・・・・が、それは真奈美の気のせいだった。
 網膜にはツリ目で怒り狂っている栞と、その剣幕に圧され気味のユウヤのウィンドウが表示されている。 

『なッ!! そんな個人的感情で言ってるんじゃねえ!! スタッフ達に何かあれば、計画そのものに支障をきたすと考えて言ってるんだッ!! あんたらだって手は多いほうがいいだろう? 弐型の推進剤にはまだ余裕があるんだ!! 突撃砲だって撃てる!! だから同行させてくれッ!!』

『調整も済んでない機体で巫山戯たこと言ってんじゃないわよッ!! アンタらに何があったら誰が責任取ると思ってんのよッ!! ウダウダ言ってないでアンタらはそこで大人しく待ってなさいッ!!』

『指咥えて待ってるなんて出来るわ・・・・・・』

『うっさいッ!! こっちはねぇ、あんたの我侭なんか聞いてる暇無いのよッ!! 以上、交信終わりッ!!』

 尚も何かを言いたそうなユウヤの言葉を一方的に遮り、栞は通信をカットしてしまった。

『―――ったく、これ以上イライラさせるんじゃないわよ』

 ブツブツと呟く栞の声を聞きながら、真奈美は場違いと思いつつも嬉しくて仕方がなかった。
 ユウヤの言葉に怒って喚いてイラついて、それは全て基地に残してきた仲間が心配で焦っているせいだろう。
 それを露にする彼女の態度は・・・・・・ここ最近の何処か無理をした姿では無い。
 自分に正直で、周りの迷惑なんてコレっぽっちも考えていない、以前の彼女そのものだ。

(栞さん、素直じゃないなぁ)

 堪えきれずクスっと真奈美が苦笑を漏らしていると、栞の他にウィンドウが二つ網膜に立ち上がる。

『さて・・・・・・お前たち、後でMPに絞られる覚悟だけはしておけよ?』

 開口一番、ニヤリと口元を歪めた静流がそう言った。

『・・・・・・絞られるだけなら構いませんが、任務放棄で軍法会議直行・・・・・・って可能性も考えたほうが良さそうですね』

 久志が肩を竦め、呆れた口調で答える。

『うへぇ・・・・・・ 禁錮刑って暇なのよねぇ、やることなくて』

 ついさっきまで怒りで眉根を釣り上げていた栞が、うんざりした様子で何度も頭を振る。

「・・・・・・禁錮室に入ったことあるんですか?」

 真奈美は思わずそう質問してしまった。
 どこぞのグラサンが百里に赴任した直後、基地内での戦術機の無断使用で禁錮室にぶち込まれてはいたが・・・・・・彼女までそんな場所に入ったなんて初耳だった。

『ふふん・・・・・・ナ・イ・ショ。 いい女には秘密がつきものでしょ?』

 ウィンクして何時もの調子で答える栞に、三人は揃って苦笑を漏らす。
 先日までの態度は何処にいったんだと、此処に隆がいれば間違いなくそう叫んだだろう。
 無論、三人もそう言いたかったが、現金な彼女の性格に一番振り回されたのは隆だ。 ソレを言う権利は隆にあるだろう。 三人は申し合わせたわけでもないのに同じ考えに至り、揃って苦笑してしまったのだ。

『ふん、図太い部下を持てた私は果報者だな。 では、残りの連中の様子でも見に行くとするか・・・・・・データリンクが機能しない以上、基地の状況は行ってみなければ分からん。 もぬけの殻ならいいが、万が一連中が残っていれば何をしていようと強制的に引っ張ってこい・・・・・・いいな?』

『『「了解ッ!!」』』

『よし。 03は私と一緒に滑走路へ、06、07は格納庫へ迎え。 推進剤の消費を考え、BETAとの交戦は原則禁止とする。 いいか? 生き残ることだけを考えろよ・・・・・・此処は私たちが死ぬ場所では決して無いからな』

『―――下手に部下に死なれると、隊長の指揮管理能力が問われますからね』

『―――桐島、貴様の言うとおりだよ。 だが私は百里には全員で帰りたいんだ・・・・・・欧州か此処まで欠けること無く来た、だから此処に来ての欠員など・・・・・・私は絶対に許さんからな』

『―――どうしたんですか隊長? 珍しく塩らしいこと言っちゃって・・・・・・』

「そうですよ。 作戦前にそう言った弱気な言葉は言うもんじゃないって隆さんが言ってましたよ・・・・・・フラグでしったけ? 言うと縁起が悪い言葉があるとかなんとか」

『―――そうだな。 ならば言葉を変えるとしよう・・・・・・お前たち、いつも通りそつ無くこなせ。 私からは以上だ』

 その言語を最後に静流のウィンドウが網膜から消える。
 珍しい彼女の態度を怪訝に思うも、真奈美は基地に残された仲間の安否を考え、不知火の機動に集中することにした。







 補給基地内 兵員宿舎付近

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 つんざくような葵の悲鳴が響く中、隆はブレーキペダルを勢いよく踏み込んだ。
 ガクンっと減速Gによって車重のあるLAVの車体が前のめりに傾き、アスファルトに接していた後輪の接地感が希薄になる。
 隆はシート越しに伝わってくるその感覚を捉え、ステアリングを右に切ってサイドブレーキを引く。 途端、盛大なスキール音とタイヤ痕をアスファルトに残しながらLAVは横滑りし、前方を塞いでいた輸送車の列を掠めてやり過ごして行った。
 輸送車のステアリングを握っていた隊員は猛烈な勢いで滑りこんでくるLAVとの激突に備えて身構えていたのだが、姿勢を回復させ何事も無かったかのように走り去って行ったLAVの姿に唖然とした顔を浮かべてしまう。

「―――まだ洋平と連絡は取れないのかッ!?」

 サイドミラーでそんな彼らの表情を一瞥しながら、隆は助手席に座る葵へそう質問する。

「え、ええ、無線はさっきからノイズばかりで・・・・・・ひぃッ!!」

 トラックとトラックの間を通り抜けた瞬間、押し殺した悲鳴を漏らして身体を縮こませる葵。
 さっきから幾度と無く見せる彼女の姿に呆れつつ、隆は小刻みにステアリングを切って鈍重なLAVを疾走させる。

「くそッ!! なんなんだよ一体ッ!!」

 横Gで安定しない身体をドアに押し付けた膝で保持し、隆は苛立気に叫んだ。

 突然のBETA出現。
 その後一方的に通達された基地放棄。
 何故か繋がらない無線。
 そして・・・・・・よく知る女性の存在。

 一辺に色々なことが起き過ぎて、正直隆の頭はパンク寸前だった。

 格納庫に向かわないと。 葵がそう言ってこなければ、あそこで何時までも思考停止していたに違いない。

(―――でも麻香さんだった・・・・・・間違いなくあの人は麻香さんだったッ!!)

 だが、どんなに冷静になろうと心がけても、先ほど顔を合わせた女性の存在はそんな努力を容易く崩してしまう。
 彼女は麻香だ、麻美の実姉たる中村麻香だ。 
 麻美とよく似た彼女の顔を間違える筈がない・・・・・・他人の空似など絶対に有り得ない。
 麻香がいると言うことは・・・・・・この世界にも麻美がいるに違い無い。
 当たり前のことだが、この世界にも自分が愛した女性がいるのだ。
 この世界の彼女達がどうなっているのかを知るのが怖くて、必死に意識しないよう心がけてきたと言うのに・・・・・・まさか向こうから現れるなんて誰が予想出来ただろうか?

(こんな場所で麻香さんに会えるなんてな・・・・・・ ん? さっき・・・・・・篁中尉は麻香さんのことなんて言った? 聞き間違えじゃ無ければ、かな・・・)

 そう何かに気付きかけた隆だが、突然響き渡った自走砲部隊が吐き出す轟音で我に返り、轍に取られるステアリング操作に集中する。
 基地に残してある予備兵力まで投入・・・・・・しかも射程が30㎞にも満たない榴弾を形振り構わず砲撃していると言うことは、BETAの出現位置は思った以上に基地に近いのだろう。
 そんな自走砲部隊を脇目に、基地の西ゲートに向かって突き進む戦車隊の隙間を縫うようにして走り抜けると、

「いやぁっぁぁぁあ!! もう私だめぇぇぇ!!」

「葵、喚くな!! 気が散る!!」

 隆が葵に向けて叫ぶと、彼女は身体を固定するためにダッシュボードに足を乗せ、紅潮した顔でキッと隆を睨み付けた。

「喚きたくもなるわよッ!! 基地内でこんなにスピードだして!! 死ぬ気!? 隆さん正気なのッ!?」

「俺がそんなヘマするかッ!! ロールがちょっくらキツイがこの程度・・・・・・ぬぉッ!!」

 突然格納庫の影から現れた小型トラックを辛くも避ける。
 が、車重のある車体は慣性の力に従い大きく右に傾く。 地面に車体を縫い付けるかのように、ストロークのあるサスが大きく沈み込むも、姿勢を崩した車体はその許容範囲をあっさりと越えてしまう。

「なんとぉぉぉぉぉッ!!」

 LAVがスピン状態に陥る寸前、隆は意図的にギアをニュートラルに入れてサイドブレーキを引いた。

「ひやぁぁぁぁっぁぁあ!!」

 葵の悲鳴をBGMにフロントガラス越しの風景が横に流れ・・・・・・車体は横滑りしながら一回転した後、何事も無かったかのように走り続ける。

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・ 私、知らなかった。 隆さんって運転上手いのね・・・・・・ で、でも・・・・・・うッ・・・・・・なんか気持ち悪くなってきた」

「おいおい・・・・・・戦術機の機動に比べればどうってことないだろう?」

「それとはベクトルが違うわよッ!! ハンドル握ってるのが隆さんよッ!! 信用しろってのが無理な話じゃないッ!!」

 顔を真赤にして何やら失礼なことを喚き散らす葵なのだが、隆は半目でそれを聞き流しつつ、先程から気になっていたことを彼女に指摘した。

「―――どうでもいいが、その格好だと見えるぞ」

「・・・・・・何が?」

 揺れる車体の中、キョトンとした顔を見せる葵。
 隆はそんな彼女のある一点を無言で指差す。
 今の葵の格好は、常日頃から良家の淑女たらんとする普段の彼女であれば絶対にしないであろう態勢を取っている。 なんたって椅子に座りながらダッシュボードに足を当てているものだから、タイトスカートの裾が腰までめくれ上がってしまい、彼女の長い足を包む黒ストッキングが腰元まで露になってしまっているのだ。
 しかも、黒地の奥にうっすらと透けて見える白いラインは・・・・・・言うまでもなくアレだろう。

「ちょ、ちょっとそんなトコ見ないでッ!! きゃぁぁぁ!!」

 ワタワタと焦った様子で必死にスカートを降ろそうとする葵だが、再び隆が横合いから出てきた車両を避けるためにステアリングを切ったお陰でますます酷い状況に陥っていった。

「だ、駄目ッ!! 隆さんこっち見ないで・・・・・・ああぁぁもう!! このベルト、なんでこんなトコに食い込むのよッ!!」

(・・・・・・何やってるんだか)

 下半身丸出しにしてベルト相手に悪戦苦闘している葵を横目に、隆はチラチラと何度もルームミラーを確認して後を気にしていた。
 すれ違う車両は基地から脱出するものばかりで、少なくとも自分達を追いかけてくるような車は今の処無い。
 静流から示唆された話も杞憂で終わるかと、隆が安堵した瞬間、

(―――来たかッ!?)

 バックミラーに突如として現れた一台の装甲車。
 その姿を見て隆は確信する。 基地放棄が決定している最中に自分達を追いかけてくる物好きなど・・・・・・余程の理由が無ければ居るはずがない。
 
『そこの帝国軍所属の車両、直ちに停車しろッ!! コード202が聞こえないのかッ!? 』

 装甲車は速度を上げ、LAVと並走しながら至極真っ当な警告を伝えてくるも、隆はそれを無視してアクセルを踏み続ける。

「た、隆さん、止まったほうがいいわよ」

「止まって、そのまま車ごと吹っ飛ばされてもか?」

「―――隊長が言ってたこと、本気で信じてるの?」

 不安気に聞いてくる葵に隆は無言で頷いた。
 確かに荒唐無稽な話ではあるが、あの静流が示唆した話を一蹴出来るほど、隆は軍事に詳しくは無い。
 表向きは壱型丙の不調が原因で基地待機を命じられた自分と葵、そして洋平。 それを指示した静流は三人に一つの可能性を伝えて出撃して行った。
 抽象的な表現であり、しかもそれに明確な確証は無い。 現に葵は静流の言葉に半信半疑のようだが、こうして追われている以上、その可能性を真っ向から否定するのは安直過ぎる。

(―――とはいえ幾ら静流さんでも、流石にBETAは予想外だっただろうな)

 停止勧告を無視して走り続けると、並走していた装甲車は速度を落としLAVの後ろへと回りこんだ。

『これ以上警告に応じない場合は実力行使に訴えるッ!! 停車し、こちらの指示に従えッ!!』

 苛立ち気な声の後、数秒の間をおいたかと思った瞬間、金属が弾ける嫌な音が室内に響き渡った。

「う、撃ってきたッ!? 本気なのあの人達ッ!?」

「マジなんだろうなぁ!! きっとッ!!」

 言って隆はハンドルを大きく左に切って、格納庫の間にある連絡路へ車体を滑りこませた。
 7.62㎜弾程度でLAVの装甲板を撃ち抜けるとは思えないが、追いかけてくる装甲車は12.7㎜の重機関銃も装備している。 流石にその口径の砲弾を使われれば、LAVの装甲が耐えられる保証は無い。 
 今はまだ牽制と警告がいり混じっているのか、向こうの射手もソレを使う気は無い様子だが、このまま逃げ続ければ本当の意味で攻撃される可能性があった。

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
 
 装甲が銃弾を弾く音に葵が悲鳴を上げる。
 隆だって悲鳴を上げたかった。 出来る事なら直ぐに止まりたかった。
 BETAと戦場で幾度と無く戦った隆だが、人間に銃を向けられることなどコレが初めてだ。
 所詮彼は一介のサラリーマン、明確な意志の元で銃を向けられて正気でいられる訳がない。
 
「―――ッ!!」

 漏れそうになる悲鳴を押し殺し、鳴り響く金属音から耳を背け、隆は必死に逃げ続ける。
 止まれば楽になれる、そんな考えが脳裏に浮かぶが、助手席で身体を震わせている葵を見て即座に馬鹿な考えと振り払う。
 警告の後とは言え、他国に所属する車両へ発砲してきた連中だ。 指示に従い、停車した後・・・・・・どんな扱いを受けるのか分かったもんじゃない!!

(―――くそッ!! このままじゃジリ貧だッ!!)

 車体を左右に振りながら隆は内心で弱音を吐き出す。
 小回りはコチラがきくかもしれないが、地の利は向こうにある。 しかも今は一台だが、援軍が現れれば逃げ切る可能性は低くなる。
 既に幾度と無く誘導路を横切り、様々な車両やコンテナを避け続けたお陰で、自分が何処を走っているか隆には分からなくなっていた。 目的地は機体が格納されている19番ハンガーなのに、ソレがどの方向にあるのかすら分からない。
 途方に暮れながらルームミラーに視線を向ければ、何時の間にか二台目の装甲車が映っていた。
 最悪な予想が的中したと確信した瞬間、視界の端を何かが通りすぎて行く。
 気のせいかと思いつつサイドミラーに目を向ければ、炉端の砂利をまき散らしながら疾走するバイクの姿がソコに映っていた。
 何だ? と隆が疑問に思うより速く、バイクに乗る人物はLAVを追いかける一台の装甲車に向けて何かを撃ち出した。
 煙の尾を引いて突き進んだソレは、装甲車のボンネットに触れた瞬間・・・・・・爆発する。

「―――んなッ!?」

 ミラーに映った光景に目を剥く隆。
 撃ち出されたのはグレネードの類だろうか? しかし衝撃と熱で対象にダメージを与えるグレネードでは、生身の人間なら兎も角、装甲車の装甲は破れない。

 ―――破れないが、搭乗者にショックを与えることは出来る。

 流石に自分達が攻撃を受けるとは思っていなかったのか、グレネードの直撃を受けた装甲車はスピードを落とし、格納庫の横に積まれていた何らかのコンテナに接触して動きを止めた。
 その様子を見て、残る一台も明らかに動揺した挙動を見せるも、その直後に容赦なく撃ち出された二発目のグレネードによって一台目と同じ運命を辿っていった。
 二台の装甲車を瞬く間に片付けたバイクはUターンをして隆達が乗るLAVに追いつき、横並びに並走し始める。
 そこで隆は初めてバイクに跨る人物の姿を確認する。
 黒いコートを翻し、ヘルメットも付けずにバイクを操る黒髪の男。
 知らない男だ。 少なくとも隆が知っている人物では無い。
 男を警戒し、車体を遠ざけようとする隆だが、

「―――黒さん?」

 葵が呆然とした様子で呟くのを耳にして、隆は内心の警戒レベルを少し落とした。

「葵、知り合いか?」

「ええ、第参開発局のメンバーの一人よ。 あまり顔を合わせた機会は無かったけど・・・・・・間違いないわ」

「・・・・・・そう・・・か」

 葵の言葉を聞き、隆はステアリングを握り締めていた手の力を抜いた。
 小刻みに震える自分の指を見て、力無い笑みを浮かべる隆。 驚異が去ったことで緊張感が抜けたのか、今更になって彼の身体は恐怖で竦み始めていた。

(この程度で・・・・・・我ながら情けないもんだ)

「隆さん、見て」
 
 葵に言われて視線を向ければ、黒が片手を上げて何かを伝えようとしていた。

(―――付いて来いってことか?)

 何処に案内されるかは分からないが、当ても無く基地内を彷徨うよりはマシと判断した隆は、頷いてその指示に従った。







 基地内某所 

 ソ連軍警備兵の一団は二つの大型コンテナの前で蹈鞴を踏んでいた。
 数日前、補給物資に紛れて基地に搬入されたソレは、資材置き場の影に隠れるように置かれて今まで放置されていた。 コンテナの表面には一切何も書かれておらず、窓があるわけでもないソレの中身が何なのか、外からでは一切窺い知ることは出来ない。
 この明らかに不信なコンテナが搬入される際、基地の警備部隊は当然の職務として内部のチェックを行おうとしたのだが、上から一切関わるなと突然通達されたお陰で碌なチェックもせずに基地へ搬入してしまっていた。
 本来ならばその指示を怪訝に思うべきなのだが、試作99型砲による凱旋祝賀一色の基地内の雰囲気は彼らに気の緩みを与え、余計な仕事をせずに済んだと喜ばせてしまったのだ。
 だが現在、基地はコード202が発令され総員退去が決定している。
 規定に従い基地に残る人員に退去を促していた彼らは、このコンテナの周りに人影が集まっているとの情報を聞いて駆け付けたのだが、

「警報が聞こえないのかッ!? もうすぐ此処にはBETAがくるんだッ!! 死にたくなかったら速く逃げろッ!!」

「・・・・・・」

 日本人らしきスタッフに声を掛けるも、彼らは一切取り合おうとしない。
 その反応に苛立ちがつのり、警備部隊の指揮官は彼らを見捨てて脱出するのも已む無しと思うも、相手が例え他国の人間とて職務を放棄し見捨てて逃げようものなら・・・・・・後で政治将校のチェックリストに名を連ねる可能性がある。
 だからこんな場所で蹈鞴を踏んでいるわけにはいかない。 この場所の他にも同じコンテナが設置された場所が基地内には後『三ヶ所』もあるのだ。
 BETAへの恐怖と、自身の保身と、二重の楔に囚われた彼らは必死に退避する旨を告げるのだが、彼らは一切耳を貸さずに何らかの作業を続けていた。

「―――いいのか?」

 喚き散らすソ連軍警備部隊を脇目に、孝之は機体整備を担当していた整備主任に問うた。

「構いません。 それに中尉の搭乗を確認した後、自分達もすぐさま脱出しますのでお気遣い無く・・・・・・ 先程も言いましたが、今回はデバイスが搭乗しておりませんので仕様はB装備で調整してあります。 合わせて跳躍ユニットも換装しましたので通常の戦術機と同じ機動も可能です」

 整備主任の説明を頷いて聞く孝之なのだが、含まれた言葉に胸がチクリと痛んだ。
 デバイス・・・・・・彼がそう呼ぶ代物が、あの白い少女であることは孝之も知っている。
 人と同じ見た目、中身なのに、一部からは人として扱われることの無い少女に同情してしまうのは、それが他人事だと思っていないせいだろう。

「では鳴海中尉、お気をつけて。 この機体も・・・・・・そして中尉も、部長の計画には欠かすことの出来ない存在ですので、無事の帰還をお待ちしております」

「分かってるさ・・・・・・退避、早くしろよ」

 そう答え、孝之は外部から完全に隔絶されたコンテナの中へ入る。
 彼の心境は複雑だった、マユをデバイスと言った男が発した先ほどの言葉・・・・・・欠かすことの出来ない存在。
 それは人としての存在では無い。 彼が言った言葉の本当の意味は、G弾の被験者として貴重なモルモットをこんな場所で失いたくない・・・・・・有り体言えばそんな処だろう。

(―――ったく、早いとこ水月や遙がいる横浜に帰りたいよ)

 大きく肩を竦めた孝之は、着慣れない強化装備に辟易しながらタラップへ上る手摺に手を伸ばした。

「孝之ッ!!」

 しかし唐突に名を叫ばれ背後を振り向くと、強化装備に着替えた慎二が走って追いかけてくる姿が見えた。

「―――よう慎二、よく間に合ったな?」

 肩で息をする悪友へ苦笑を送りつつ孝之はそう告げた。
 彼もまた強化装備を身に付けていた、但し自分とは違う通常の衛士強化装備だ。

「はぁ・・・はぁ・・・突撃癖のあるお前を・・・・・・一人で行かせられるかよ。 俺はな、奈華宮大尉から自分の代わりにお前の手綱を握ってろって言われただぜ?」

 息を整えた慎二はそう言ってニヤリと笑う。

「よく言うぜ、何時も俺に付いてくるので精一杯の奴が」

「だからお前は気兼ねなく突っ込める・・・・・・そうだろ?」

 皮肉交じりの応酬に二人は揃って笑みを浮かべる。
 数奇な運命を歩む者同士の連帯感、もしくは単に訓練校からの付き合いで気心が知れた相手だからか、二人の関係は悪友のソレだった。

 ―――そして二人は、申し合わせたかのように目の前に横たわる機体に視線を向けた。

 整備担架に固定されたその機体の全容を、二人の位置からでは把握することは出来ない。
 だがその機体を形作る装甲の色は見ることが出来る。
 最低限の照明しか設置されていないコンテナの中にあっても、純白に煌く白き装甲板を。
 孝之が着る漆黒の強化装備と相反する色を持った白亜の戦術機、ソレが今から彼が乗り込む機体だ。
 光菱が第参開発局に渡した機体を彼らの持つ技術で改良を施し、通常の戦術機とは一線を越える代物になってしまった戦術機。

 ―――白百合。 

 それは正式名称では無い。 第参開発局のメンバーが勝手に呼ぶ便宜上の呼び名だ。
 試験以外で運用された機会は此れ迄にたったの二回。 そしてその何れも搭乗したのはマユであり、彼女以外の人物を乗せて機動するのは・・・・・・今回が初めてだった。

「―――死ぬなよ、孝之。 あの二人のためにも」

 噛み締めるように呟いた慎二の言葉に、孝之は深く頷いて答えた。
 無論、こんな場所で死ぬつもりは無い。
 横浜にいる二人の顔をもう一度見るまで死ねない、死ぬわけにはいか無い。

 だが、どうしてそうまでして彼女達との再会を望むのか、明確な理由に孝之は気づいてはいない。

 同期だったからか、
 仲間だったからか、
 競い合うライバルだったからか、
 
 ―――それとももっと別の何かか、

「―――ああ、お前もな」

 それは二人に再会した時に確認すればいいだろう。
 今はただ、目の前の悪友と生き残ることだけを考え、孝之は白百合に搭乗すべくタラップを上り始めた。
 白百合の隣には慎二が乗る壱型丙も固定されている。
 慎二も足早にそちらへ向かおうとするも、

「秘匿通信? ・・・・・・ソ連側のコードで回線が繋がっている?」

 何かに気付いた彼の声が、薄暗いコンテナ内部に響き渡った。







 補給基地 第19番格納庫付近

 黒が駆るバイクに先導されLAVで走り続けると、漸く自分達が目指していた格納庫が見えてきた。
 ここまで来ると、周囲にすれ違う車両の姿は何処にも見えなかった。 格納庫群の中でも一番西側に位置する区画なので、何処よりも速く退避が行われたのだろう。

「―――洋平ッ!! 何処にいるんだッ!?」

 格納庫の出入り口にLAVを横付けし、車から飛び出した隆は叫びながら内部へ足を踏み入れた。
 だが日本から来た整備員や光菱の人間で溢れていた格納庫の内部には誰一人おらず、不気味なほどに静まり返っていた。 12機もある整備担架にも空きが目立つため、殊更に閑散とした雰囲気を作り出している。
 静寂が支配する内部の様子に、隆の脳裏に最悪な想像が幾つも過ぎる。
 先ほど自分達を追い掛けてきた連中、それと同じ考えを持った人間に此処にいた人たちが襲われたのではないかと考えてしまう。
 床や周囲に人が争った形跡は無いので、警報を聞いて退避したと思いたいのだが・・・・・・

「―――隆さん・・・・・・ もしかして」

 葵も同じ想像に至ったのか、顔色を真っ青にして周囲の様子を伺っていた。
 整備を行っていた整備員の中には光菱から出向してきた人間もいる。 軍属でも無い彼らに何かあれば、本国で彼らの帰りを待っている人になんと伝えればいいのか、そんな葵の気持が痛いほど隆には分かった。

「―――ッ!! 誰か、誰かいないのかッ!?」

 消沈した葵の姿を見ていられなくなった隆は、声を張り上げて奥へ足を進める・・・・・・と、

「―――なんやお前らか、随分と遅いご到着やな」

 ひょっこりと、近くのコンソールの陰から洋平が顔を見せた。

「無事・・・・・・だったか。 他の皆は?」

 その姿に胸を撫で下ろした隆は、そう言って他に誰かいないのかと周囲を見回す。

「他の連中ならとっくに退避させたわ。 ソ連さんがエライ親切でなぁ・・・・・・ 警報鳴った直後に輸送ヘリで迎えに来たんや」

 言葉とは裏腹に、不満そうに鼻を鳴らしながら答える洋平なのだが、その回答を聞いた葵はペタリと冷たい床に座り込んでしまう。

「良かった・・・・・・ 皆、無事なのね」

 心から安堵したかのように呟く葵、隆は彼女の細い肩をポンっと叩き洋平に質問した。

「洋平、お前は一緒に逃げなかったのか?」

「そうしたかったんやけどなぁ、三澤隊長からアレコレ言われてたし・・・・・・何よりお前らがきっと戻ってくると思ってな。 ・・・・・・誰も残ってなかったら寂しいやろ?」

「はッ、ぬかしてろ。 けど無事で何よりだ・・・・・・てっきりソ連軍の連中と一悶着ぐらいはあったと思ってたからな」

 その一言に思い当たる節があったのか、洋平は忌々しげに眉尻を上げる。

「そうやそうや、なんなんやアイツら? 胸くそ悪い高圧的な態度で退避しろって言ってきたわ。 わいは残るって言ってるのに耳を貸そうとせぇへんしなぁ、しかも緊急時だから不知火で迎撃にあたれとか寝ぼけたこと言ってくる始末やし・・・・・・ まぁそんな物騒な雰囲気で凄まれたんは確かやけど、コレ見せたら連中スゴスゴと逃げ出して行ったわ」

 そう言って洋平は近くに停車していた輸送車の後部ドアを開ける。
 輸送車の車体側面にはJNの二文字、帝国海軍が保有している車両だ。
 先んじて海軍の輸送部隊は基地から撤退したはずなのに、それが何故かまだ一台残っている。
 隆が疑問に思いながらも輸送車の空いた後部ドアから中を覗くと、そこには大量の重火器が所狭しと並んでいた。

「海軍さん、帰り際にこの一台を置いてってな、どうやら隊長が話しを通しといてくれたらしいんや」

 隆は洋平の言葉に頷きながら、黒光りする銃火器を呆然とした面持ちで眺め続ける。
 単純な小銃もあれば、分隊支援火器である重機関銃もある。 他には、手榴弾を含む各種爆薬、果てはSMAW(対戦車ロケット)まで用意されているのを見て、頼もしいはずの武器なのに何故か言いようのない不安を感じてしまう。

(静流さん・・・・・・貴女は一体何と戦わせる気だったんだ?)

 これだけの武器があればBETAの小型種程度ならば相手に出来るだろうが、果たして彼女はそう考えて海軍にコレを用意させたのか。
 BETAの出現だけは誰にも予想出来ない。
 念には念を、ならばいいが・・・・・彼女は必要とあれば自分達にコレを 【人間】 に向けて使わせる気だったのだろうか?
 確かにソ連軍の動向には注意しろと言われ、必要とあればいかなる自衛の手段を用いても構わんと言われた。
 だが・・・・・・人に銃を向けるなど、人に危害を加える覚悟など、自分にあるわけが無い。

「―――川井中尉、一機用意できたわ」

 思案に耽る隆の耳に、女性の声が届く。

「ベールレイ中尉? それに七瀬少尉も・・・・・・君達まで残ってたのか?」

 声が聞こえたほうへ隆が視線を向けると、担架に固定された不知火の足元、そこに設置されたコンソールで作業を続ける二人の女性の姿があった。

「ええ、気がついたら川井中尉に機体の機動準備を頼まれてね」

「よく言うわ、人が逃げろって言ったをきかんかったくせに。 隆、その姉ちゃん見た目に反して随分と頑固やで」

 ニッコリと笑みを浮かべて答えるミースをジト目で見る洋平。
 そんな呑気な二人の姿に安堵の吐息を漏らしていると、何時の間にかバイクから降りた黒がミースや凛の元へ近づいていく。

「黒さん、どうして此処に? 確か部長から要件を頼まれてたはずじゃ・・・」

「それはもう済んだ。 二人とも、部長からのメッセージだ。 『穏便に済ませられるなら、それにこしたことは無い』 意味は分かるな?」

 凛の言葉を遮り、黒は隆たちには聞き取れない声音で二人に声を掛けた。

「―――ええ、でもご覧の通り。 不確定要素だらけで予定通りには進みそうにないわ」

「―――分かった。 なら後は鳴海と平に任せ、俺達は基地から離脱するぞ」

「―――そうしたいのは山々なんだけど・・・・・・ね」

 答えながらミースが視線を上げる。
 その先にあるのは胸部ハッチが開いたままの壱型丙。

『―――社中尉、お戻りをお待ちしておりました。 このまま置いて行かれるのではないかと、不安に思っていましたので』

「なんだよ、こんな時だけ敬語かお前は? まぁ俺としては置いて行っても構わなかったんだが・・・・・・」

 頭上から響く声にうんざりした様子で答えた隆は、ヨロヨロと立ち上がる葵を一瞥して肩を竦める。

「―――そうもいかないからな。 アシュ公、壱型丙との接続はやはり無理か?」

『―――チェック。 ・・・・・・エラー、起動出来ません』

「駄目か。 さて・・・・・・どうしたもんかね」

 Asura-daの返答に隆が腕を組んで悩み始めると同時、格納庫の外からスキール音が聞こえてくる。
 見れば隣のハンガーの前に駐車した高機動車から唯依が降りてくる所だった。

「皆さんッ!? まだ残ってたのですかッ!?」

 こちらに気付いた唯依が駆け寄ってくるも、彼女の視線は隣のハンガーに釘付けた。
 説明されずとも、彼女が此処に現れた理由が試作99型砲であることぐらいは分かる。
 だが自分達よりも先に此処に向かったはずの彼女の到着が遅かったことに疑問が残る。 何処かで別の案件を処理していたのか、それとも自分達と同じように追われでもしていたのだろうか?

「社中尉、試作99型砲のスタッフの姿が見え無いのですが、全員先に退避したのですかッ!?」

 なんてこちらの心配を他所に血相を変えて詰め寄ってくる唯依。 その剣幕に圧され、隆は後ずさりながら洋平を指さして答えた。

「す、すまない篁中尉、詳しい事情はそこの洋平に聞いてくれ」
 
 彼女の心中を察しながらも隆はそう言い切って周囲を見回す
 格納庫の外から聞こえてくる重低音は次第に大きくなってきている。 それは紛れも無くBETAが接近している証拠だろう。

(どうする・・・・・・ベストな回答を考えろ)

 唯依は試作99型砲を守りたい。
 葵はAsura-daを守りたい。
 だが使える手段はそう多く無い。
 それに時間もそれ程残されちゃいない。
 何かを守るために何かを失う。
 失う何かを少なくするために、隆は思案を続ける。

 ―――そして自分達の立場と、守るべき物の優先度を考えたすえ・・・・・・

「機動準備が終わった不知火で、試作99型砲の運搬を行うべきだな」

「隆さん!! それじゃAsura-daが・・・」

 言いかけた葵を手で制し、隆は言葉を続ける。

「ベールレイ中尉、残り一機の不知火は?」

「機体整備は整備班の人たちが避難する前に終わらせてくれたから、後は管制ユニットさえ搭載すれば行けるわ」

「よし、だったら俺達はもう一機の不知火を機動させてAsura-daを運ぶ・・・・・・君たちは隣で篁中尉の作業を手伝ってくれ。 こちらの進捗状況に関わらず、危険と判断したらそのまま脱出してくれて構わない」

「待つんや隆。 不知火を使わせるにしても、わいらがこっちの作業してたら誰が乗るんや?」

 唯依への説明を終えた洋平が聞いてきた質問に、隆はその場にいた全員を眺め・・・・・・一人の少女に視線で止めた。

「―――七瀬少尉、君が不知火に乗るんだ」

「なッ!? し、しかし私はシミュレーターでしか機体の搭乗経験が・・・・・・」

「非常時だ、悪いがやってくれ。 ―――篁中尉、彼女たちが試作99型砲の運搬に手を貸す。 本当なら俺達もそうしなければならないんだろうが・・・・・・こちらにも事情があってね」

「はい、ある程度は城崎中尉から聞いております。 しかし・・・・・・宜しいのですか?」

「宜しいも何も、それはこっちの台詞だよ・・・・・・後で職務放棄したとか上に告げ口しないでくれよな?」

 隆は苦笑しながら唯依にそう告げる。
 彼女は一瞬複雑な表情を浮かべはしたものの、直ぐざま隣の19番ハンガーへ向けて走り出して行った。
 責務と情、その狭間で揺れた彼女の顔に隆が苦笑を漏らしていると、

「珍しいもんやな・・・・・・お前さんが率先して指示を出すなんて」

 シミジミと洋平がそう呟いた。
 確かに彼の言うとおりだろう。 今まで隆はこのような状況の中では何も発言せずに、周囲の発言を待ってその行動に従っていた。
 百里やナルサルスアークで起きた事件は例外中の例外だ。
 洋平が知る限り、彼は周囲に指示を出すような決断をしたことは余り無い。
 決断するような立場にいなかった・・・・・・と言うほうが正しいのかもしれないが。

「―――黙って流されてるだけじゃ、何時まで経っても成長しないからな」

 肩を竦めてそう答える隆。
 洋平はそんな隆の態度に 「さよか」 とぶっきらぼうな返事を返す。
 しかし彼としては、隆の心境の変化は寧ろ好ましいものであった。
 絶えず一歩引いた場所から周囲を見まわし、それでいて何かあれば躊躇いなく踏み込んでくる。 だがそれは日常でのことであり、軍事が絡むと酷く消極的で自分から率先して動く気配が無くなる。
 それが洋平の抱く社隆と言う男の人物像なのだが、此処に来て僅かながらも前に出た隆の態度には期待せざる得なかった。
 20代も半ばをから過ぎての成長。 人からは遅咲きと言われるかもしれないが、ここで一皮向ければ・・・・・・隆はきっと上に立つに相応しい資質を得るだろう。

「まぁええわ。 じゃ、わいらはわいらの仕事をするとしますか? 社小隊長殿?」

「止めろ、お前にそんなこと言われると身体中がむず痒くなる。 葵、システムの立ち上げはお前に任せる。 俺と洋平は管制ユニットの準備だな・・・・・・ フォークリフトか、乗り方忘れてないといいが」

「大丈夫よ隆さんなら・・・・・・ タイヤが付いてれば手足見たいに動かせるわよ」

「そりゃ誤解だ。 洋平も知っての通り二輪は全く駄目だからな・・・・・・ それは兎も角、フォークリフトなんて前にバイトで乗った以来だから・・・・・・あ、いや、なんでも無い。 さっさと準備するぞッ!!」

 わざとらしく激を飛ばした隆の背後で、凛が搭乗した不知火がゆっくりと格納庫から出て行く。
 本人は自身が無さそうだったが、危なげ無く格納庫のゲートを潜る不知火の姿を見るに問題はなさそうだ。

『―――社中尉、一つ宜しいでしょうか?』

 準備を始めようかと、歩き出した隆の頭上から声が響く。 隆は顔を上げ、管制ユニットが解放された状態の壱型丙に目を向けた。

「なんだ?」

『この状況の中、私を回収するプランを作成頂きありがとうございます。 ・・・・・・ですが、この機体はどうするつもりなのでしょうか?』

「置いていくさ。 使えない機体なんだから当然だろう?」

 Asura-daの質問に隆は迷うこと無く答えた。
 壱型丙に今から別の管制ユニットを搭載し、出撃出来るよう調整を施す時間などある訳がない。 
 貴重な機体を残して行かねばならいのは心残りだが、打つ手が無い以上仕方のないことだった。

『―――そうですか、とても残念です』

 機械音声に感情は無い。
 だと言うのにも、Asura-daが答えた声は・・・・・・落胆した人間のソレだった。






 コリャーク自治管区 ウスチ=ボリシェレツク地区

「―――【ウィッチーズ】、試験小隊と合流した模様です」

「―――そう。 すると三澤大尉の部隊は?」

「基地に引き返したとの報告が・・・・・・ 妙高から送られてきた監視衛星のデータでは、既に相当数のBETAが基地に侵入している模様です」

 部下の言葉に麻香はもう一度「そう」とだけ答え、既に見えなくなったц04前線補給基地が存在する方角へ視線を向けた。
 彼女の部下はそんな麻香の態度に戸惑っている様子ではあったが、報告すべき内容を続ける。

「―――ц03基地からの迎撃部隊の出撃を確認しました。 それ以外にも、エリゾヴォ地区に展開していた部隊にも収集が掛けられた様子です・・・・・・例え基地がBETAに占領されても、直ぐに取り返せる戦力が整いつつあります」

「―――こうなることを予想していた。 で、なければ有り得ない布陣ね」

 麻香の言葉に情報士官は頷きかけ・・・・・・首を横に振った。

「ソ連軍はBETAの行動を予測出来る術を持っている・・・・・・大尉はそうお考えなんでしょうか?」

 それは有り得ない事実だ。
 確かにハイヴ周辺に群れるBETA群の個体数から、ある程度の進行時期の予想は出来る。 だがそれはある程度であり、明確な時間までは指定出来無い。
 その瞬間まで部隊を待機させるにしても、それに関わるコストを考えれば現実的な手段とは言えないだろう。

「予測・・・・・・じゃなく、現れるのを待っていた。 そんな処でしょうね」

「・・・・・・ソ連なら、確かにやりかねませんが」

 コスト・・・・・・少なくとも人的なコストであれば、ソ連は如何様にも捻出出来るだろう。
 先程の考えに自信を持てなくなった彼は、変わらず窓の外を眺める上司の言葉を待った。

「―――妙高の現在位置は?」

 だが聞かれた言葉は、彼が望むものとは別の言葉だった。
 それでも彼は不満を漏らすこと無く、麻香の質問に答える。

「現在、オクチャブリスキーの南西20㎞を、時速14ノットで北上中・・・・・・既にц04基地は有効射程圏内です」

「貴方は艦長が撃つと思う? 」

「まさか・・・・・・BETAが襲撃中とは言え他国の基地です。 下手に手を出せば国際問題になりかねません」

「―――そうね。 ・・・・・・国際問題になると知っていれば、撃たないでしょうね」

 意味深な言葉を呟き、麻香は微笑を浮かべる。
 いつも浮かべる、作り物めいた笑みだ。
 彼はその笑みを浮かべる彼女が嫌いでは無かった。
 武家の身でありながら、陸軍では無く海軍に鞍替えした麻香。
 幾ら瀬戸少将の後押しがあったからとは言え、敵対派閥とも言える海軍の中で彼女が生きていくのは並大抵のことでは無かった。
 だから彼女は、本音を相手に悟られること無く、絶えず余裕を浮かべて周囲に弱音を見せないための微笑を浮かべ続けた。
 それを続け、決して崩さなかった麻香を、彼は強い女性だと心から敬愛していた。
 
 ―――だが

「・・・・・・・・・・・・」

 微笑を消し去り、物憂げな表情で窓の外を眺める彼女の横顔は、彼の知っている麻香の顔では無い。
 あの前線基地で何かあったのかと、出過ぎた真似だと自覚しつつも彼が質問しようとしたが、

「どうやら、私たちに出来ることは何も無いようね。 ・・・・・・悪いけど少し寝るわ。 色々あって疲れたから」

 そう先に言い放たれ、彼は質問する機会を失ってしまった。
 麻香は眼を閉じる前に、もう一度ц04前線基地があった方角に目を向け・・・・・・

「事情は後で必ず聞かせて貰うわ・・・・・・隆」

 誰にも聞こえない小さな声で、そう呟いた。








 ц04前線基地 19番格納庫内

『七瀬少尉ッ!! 今から三番ガントリーのロックを解除する。 マウントアームでの接続はそちらに任せるぞッ!!』

「りょ、了解ですッ!!」

 震える声で唯依へ答えながら、凛は握りしめた操縦桿を少しだけ傾けた。
 凛の操作に従い、彼女が搭乗する不知火が格納庫の中をゆっくりと進み始める。 一歩一歩確実に、足元を邪魔する雑多な機材を踏まないように。 それは搭乗者に負担が掛かる細かなマニュアル制御では無く、機体のセンサーが最適な足場を見つけて自動で足を踏み出す自律制御で行われていた。
 だがそれでも狭苦しい格納庫の中で戦術機を動かす行為は、凛の神経を加速度的に摩耗させていく。

(シミュレーターと実機で・・・・・・こんなにも感触が違うなんてッ!!)

 厳しい訓練によって、自分の身体に染み付いたと思った技能がまるで生かされていないことに、内心で悲鳴を上げる凛。
 それも無理の無い話だ。 凛が衛士資格を取得したのは斯衛軍専用の訓練校であり、そこにあるシミュレーターには瑞鶴、そして武御雷のデータしか使われていない。
 搭乗機を限定する斯衛、その体制が齎す弊害に凛は直面していたのだ。
 シミュレーターですら搭乗したことの無い機体、しかも実機を動かす精神的疲労は並ではない。
 自分よりも戦術機への搭乗経験がある唯依が乗ればと思うも、計画責任者である彼女にしか出来ない作業が残されているのでそれは出来なかった。
 ミスをしても、初めてだから、なんて言い訳は絶対に許されない。
 凛は精神を擦り切らせる思いで不知火を動かし、重圧に押し潰されそうになる自分を必死に奮い立たせていた。

「・・・・・・いきますッ!!」

 意を決し、機体を試作99型砲の前で屈ませ、肩部に接続されたマウントフレームを操作する。
 長大な試作99型砲を機体に接続出来るこのマウントフレームは、各種戦術機が採用する背部兵装担架に代表される汎用品では無い。 弐型、もしくは壱型丙の肩部装甲にのみ接続出来るよう設計されている専用品だった。
 二者の原型機である不知火は辛うじて設置は出来るものの、接続部分の強度不足から砲撃は出来ない。
 だが保持するだけならば問題無いと唯依が判断し、マウントフレームを用いて試作99型砲を運び出す算段となったのだ。
 うして肩に試作99型砲を搭載出来れば、両手で給弾コンテナも運び出すことが出来る。
 一機の機体の管制ユニットに、四人もの人間を乗せるのはかなり厳しいが、これが現状で出来る最良の手だった。

 凛の操作に従い、不知火の肩に接続されたマウントフレームのアームが伸びる。
 ゆっくりと伸びたアームが試作99型砲本体の接続箇所と接触すると同時に・・・・・・

「―――ッ!?」

 アラーム音と共に網膜にポップアップされる警告表示。
 BETA接近、その表示を凛が読み取るよりも速く、外部スピーカーが発砲音を拾う。
 何時の間にか数体の戦車級が格納庫のゲート付近に姿を見せていた。
 赤い蜘蛛を思わせる外見、だがその造形には思わず嫌悪感を抱かせる歪さが備わっている。
 全長20m近い不知火から見れば、戦車級など歯牙にも欠ける相手では無いのだが、初めて肉眼で見たBETAの姿に凛の身体は竦んでしまう。

「凛ッ!! 黒だけじゃ長く持たない!! 作業を中断して戦車級を排除しなさいッ!!」

 ミースの叫びで我に返り、凛は機体を格納庫のゲートへ向ける。

(―――こんな初歩的なミスを犯すなんてッ!!)

 BETAの接近に今の今まで気付かなかったのは、戦術マップのウィンドウを表示していなかったせいだ。
 幾らデータリンクが途絶されていても、機体に搭載された振動検知機で接近するBETAの存在に気づけたはずなのに!!
 凛は内心で己を罵倒しつつ、動きが制限される格納庫の中を進みながら思考を巡らせる。

(突撃砲は使えない・・・・・・ナイフならッ!!)

 一瞬、背部兵装担架に格納されている突撃砲に目が行くも、ミースや唯依が間近にいる以上衝撃波と轟音を吐き出す火器は使えない。
 視線で腕部に格納されている65式近接戦闘短刀を選択。 即座にナイフシースから短刀が吐き出され、機体にそれを装備させて進ませる。
 黒が帝国軍から拝借した重機関銃で牽制している戦車級は二体。
 たった二体、大丈夫、落ち着いて対処すれば短刀一本でも十分殺れる。

「はぁぁっぁぁあッ!!」

 不必要だと理解しつつも雄叫びを上げ、短刀を戦車級へ突き立てる。
 鋭い刃はあっさりと戦車級を刺し貫き潰し、尚も止まらずアスファルトの床に深々と突き刺さる。
 赤黒い肉塊へ変貌した戦車級の絶命を確認し、直ぐ様残る一体へ目を向けると、目前で仲間が殺されたことに怯む様子も無く、戦車級は蹄の音を鳴り響かせながら自機へ近寄ってくる。
 ガチガチと、歯を噛み合わせる音までもがヘッドセットのスピーカから聞こえた。
 身の毛もよだつその音は、平静と取り繕っていた凛の精神の糸を切らせるのには十分だった。

「ち、近寄るなぁぁぁッ!!」

 恐怖で逸る気持ちを押え切れず、凛は操縦桿を必死に動す。
 結果、必要以上の力が短刀へ掛かってしまい、刀身が半ばから折れてしまった。
 走り寄る戦車級は速く、その一瞬の間で不知火へと飛び掛かった。

「い、いやぁぁぁぁぁぁあッ!!」

 眼前に広がる醜悪な戦車級の姿。
 不知火を屈ませていたのが災いしてか、戦車級は不知火の頭部へ張り付き、その頑強な顎でセンサーへ喰らい付く。

「やだッ!! こないでぇぇぇぇ!!」

 頭部センサーが損傷したことで網膜に映る映像が次々に欠けて行く。
 凛は自分の顔が齧られていると錯覚してしまい、必死に払い除けようと操縦桿から手を離してしまう。 途端、機体が姿勢を崩して側面に倒れそうになるが、オートバランサーが即座に起動し、機体が転倒するのを防ごうと自動的に姿勢を制御した。
 脚部に設置されたセンサーは、足元にあった小型トラックの存在を感知していたが、機体を統括するCPUは機体姿勢を保つことを優先させ躊躇うこと無く足を踏み出させる。
 小型トラックは不知火に踏み潰された衝撃で粉々になり、その部品の一部が・・・・・コンソールを操作していたミースと唯依を襲う。

「きゃぁぁぁッ!!」

 二人の悲鳴を耳にし、凛は少しだけ平静を取り戻す。
 戦車級が装甲を齧る音から必死に耳を背け、震える指で再度操縦桿を掴み機体を操作する。
 不知火の両手が持ち上がり、頭部にへばり付く戦車級を掴み、そのまま握りつぶした。 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」

 肩で何度も息を吐いて動悸を沈め、沈黙した頭部センサーから予備の胸部センサーへ切り替えて床に倒れている二人の状態を確認する。 
 トラックの破片が直撃したコンソールは大きくひしゃげているも、二人の外見には特に目立った外傷は見つけられなかった。 二人に駆け寄った黒も問題無いと此方に手を振っている。

(―――良かった)

 そう安堵した凛だが、改めて網膜に映る戦術マップに視線を向け・・・・・・愕然とする。
 何時の間にか格納庫の周囲は、多くの赤い光点で塗り潰されていた。
 今さっき相手にした二体どころの騒ぎではない、数十・・・・・・下手をすれば百体以上のBETAが周囲に被占めている。

「―――ッ!!」

 漏れそうになる悲鳴を必死に抑える凛。
 もし声を上げてしまえば、その赤い光点が一斉に襲いかかってくると考えてしまったからだ。
 だが・・・・・・そんな彼女の努力を嘲笑うかのように、赤い光点は次々と格納庫の中へ侵入してくる。

「黒さん!! もう無理です、二人を連れて退避すべきです!!」

 戦車級のみならず闘士級の姿まで確認した凛は、不知火に防衛行動を取らせるのも忘れて悲鳴混じりの声でそう叫んだ。
 動きの速い闘士級の相手は、歩兵のみならず戦術機にも荷が重い。
 何せ的が小さすぎるのだ。 36㎜砲弾の斉射でどうにかなる相手だが、突撃砲が使えないこの閉所空間では闘士級が小さすぎて対処の仕様が無い。
 闘士級には戦術機の装甲を破る力は無いので無視してもいいのだが、生身の三人はそうもいかない。
 試作99型砲の回収は最早無理だ。 即刻三人を拾いあげて退避するべきだと凛は判断するも、

「―――駄目だ七瀬少尉・・・・・・私は置いて行ってくれて構わん。 だが99型砲だけは・・・・・・試作99型砲だけは回収してくれ」
 
 唯依の消え入りそうな声が耳に届く。
 彼女の責務を考えれば、その回答は当然とも言えるだろう。
 自分の命よりも、帝国にとって利を成すモノを守る。
 それは斯衛の一員として・・・・・・いや武家の人間として模範的な答えだった。
 武家の息女として恥ずかしくないように、何時かは自分も彼女の境地へ達しなければならない。
 だが何も・・・・・・それは今でなければ駄目なのだろうか?
 だって怖いのだ、BETAが。 出来ることなら今すぐにでも逃げ出したい。 このまま不知火の跳躍ユニットに火を入れ、三人を見捨てて逃げ出したい。

「ええいッ!!」

 そんなこと出来るわけがない!!
 斯衛の白を纏うものとして、第参開発局のメンバーとして、戦術機を駆る衛士として、
 何より・・・・・・そんな恥知らずな行為をしようものなら敬愛する兄へ金輪際顔向け出来ないッ!!

(お兄様・・・・・・不肖の愚昧をお許しくださいッ!!)

 不知火に残るもう一本の短刀を装備させ、凛は侵入してくるBETAに立ち向かう。

 覚悟は決まった。 だが操縦桿を握る手と、フットペダルに添えた足は、未だに震えが止まらない。
 だから凛は今一度自分の立場を、与えられた責務を思い出す。
 当初は監視だった。
 奈華宮家の息女を監視しろと言われたのが始まりだった。 
 武家社会に大きな歪を齎した奈華宮家は一部から危険視されており、現当主は半ば更迭状態、その後を継ぐ娘たちも斯衛からは程遠い場所に追いやられている。
 だがそれでも、彼女たちを恐れる一派は存在しており、必要以上の措置を取ろうと画策していた。
 何らかの失態、もしくは不穏な動きがあれば即座に報告しろと言われた凛だが・・・・・・第参開発局に配属後、そんな考えはあっさりと霧散してしまった。
 恐らく凛を差し向けた一派も、今頃は諦めているに違い無い。
 第参開発局・・・・・・何より石井正と言う男に敵対する行為は、彼ら自身の首を締める結果になるからだ。
 名目上の理由を失った凛は、麻美から新たな責務を言い渡される。

 ―――生きて経験を積み、何れ七瀬家の頭首となる兄の良き協力者になること。

 当たり前のことだが、それが麻美から改めて言われた自身の責務だった。
 どんな思いで、彼女がそれを自分に告げたのか・・・・・・それを考えた凛は複雑な気持になってしまう。
 自分が出来なかったことを私に託そうとしている、そんな思いがその言語には含まれているような気がするのだ。

「黒さんッ!! 確か試作99型砲にはメンテナンス用のハッチが幾つもあったはずです。 そこに二人と一緒に身を隠してください。 乗り心地は悪いでしょうが、その状態で砲ごと皆さんを運びますッ!!」

 だからそう、此処で死ぬわけにはいかない。 兄を支えるものとして、臆病風に吹かれるわけにはいかなかった。
 凛の告げた意図が伝わったのか、黒は直ぐ様二人を抱えて走りだす。
 後は時間稼ぎをすればいいと、群がってくる戦車級へ意識を向ける凛。
 短刀一本で何処まで出来るかは分からないが、三人が試作99型砲に乗り込むまで此処から一歩も引くわけにはいかない。

 凛が覚悟を決めたその瞬間・・・・・・一体の戦車級の感覚器官が突然吹き飛んだ。

 「―――え?」

 その光景の意味を認識できず間の抜けた声を上げる凛。 その間にも、格納庫に侵入してきた戦車級の感覚器官が次々と吹き飛んでいく。
 全て一撃、正確無比な狙撃で放たれた銃弾が戦車級を撃ち貫く。
 一射で戦車級を無力化できる砲弾を撃てる武器は、戦術機や戦車の兵装以外では大口径の対物ライフルしか存在しない。
 現に不知火の音響センサーは、砲弾の着弾後に響いてくる重低音を捉えていた。
 銃弾は全て不知火の後方、BETAが侵入してくるゲートとは逆の基地南側に面したゲートから飛来してきている。
 凛が不知火の後部モニターに目を向けると、一台の高機動車が砂煙を上げながら格納庫へ近寄ってくるのが見えた。
 さらに倍率を上げると、車外に上半身を晒し長大なライフルを構えた女性の姿が確認できる。

 断続的に光るマズルフラッシュ。
 放たれた砲弾は不知火の股を潜って戦車級へ襲いかかる。

 凛は知っている。
 斯衛でただ一人、米衛士顔負けの射撃センスを持つ一人の女性を。
 それもそのはず、その人は斯衛で唯一米軍へ出向していた人物であり、国内情勢が反米感情に傾かなければ、斯衛の教導官にすら抜擢されたかもしれない逸材なのだ。

 ―――誰よりも強くて。
 ―――誰よりも厳しくて。
 ―――誰よりも権力の坩堝に飲まれた人。
 監視対象だったはずなのに、何時の間にか目標となった女性の名を、凛は呼んだ。

「―――奈華宮大尉ッ!!」







 19番格納庫内

 ―――状況は最悪を通り越して、最早絶望的だった。

「うぁぁぁぁぁッ!!」

 重機関銃の反動を身体全体で押さえつけながら、隆はトリガーを引き続ける。
 格納庫のゲートを食い破り内部へ侵入しようとしてくる戦車級が、12.7㎜砲弾をその身に受け、体液をまき散らしながら崩れ落ちる。
 イヤープロテクターを装着せずに発砲しているせいか、発砲音に晒された耳が痛む。
 一射ごとに身体を突き抜ける反動を抑えこむのが次第に辛くなっていく。

(くそッ!! あと少しだったのにッ!!)

 内心で人生の不条理を叫ぶ隆。
 既に管制ユニットの搭載は終わっている。 後は不知火を固定する整備担架のロックボルトをパージし、葵のシステムの立ち上げを待って機体に乗り込むだけなのだが・・・・・・次々と格納庫へ侵入してくるBETAは、そんな余裕を与えてくれなかった。

「くそがぁぁぁっぁぁぁぁッ!!」

 コンテナの上に重機関銃を設置した洋平も叫びながらトリガーを引き続ける。
 二丁の重機関銃で濃密な弾幕を形成するも、押し寄せてくる戦車級の前に次第に彼我の距離は狭まりつつあった。
 数百発の銃弾をあっという間に撃ち尽くしたと同時、時間稼ぎのために手榴弾を放り投げ直ぐ様給弾作業に取り掛かる。
 本来であれば2~3人のチームで扱う兵装を、たった一人でやり繰りするには相当の無茶が必要になる。
 火傷も厭わずに熱を帯びた銃身を引き上げて弾装を交換する。
 そして再びトリガーを引くも、

(―――照準が・・・・・・上手く定まらないッ!!)

 声には出さずに、隆は胸中で苦悶を漏らす。
 幾ら三脚で固定してあるからと言っても、フルオートでの斉射は凄まじい反動を射手に与える。
 それに隆がこれだけの重火器を扱った経験は、横浜でまりもに指導を受けた時だけなのだ。
 必死にまりもに受けた訓練を思い出そうとするも、身体は碌に言う事を聞かず、曖昧な照準のままトリガーを引き続けてしまう。
 幾ら戦術機に乗って戦場でBETAと戦うことに慣れても、生身でBETAと殺り合う場面に彼が平静を保てるわけが無かった。

『―――三時方向から戦車級2、接近』

 頭上から響くAsura-daの声を聞いて右手に視線を向けると、隔壁の壁を食い破って侵入してくる戦車級の姿が確認出来た。

「くそったれッ!! 手が回らんわッ!!」

「ちぃ!! 俺が行く!! 此処はお前が持たせろ!!」

 隆はそう叫び、数個の手榴弾とSMAWを手に走り出した。
 怖い、途轍もなく怖い。 つい先ほどソ連軍の装甲車に追われた時に感じた恐怖などとは比べ物にならない恐怖が身体を蝕んでいる。
 それなのに・・・・・・足が動く。
 もう一年近くも前になるが、この世界に飛ばされた直後、兵士級を前にして恐怖で竦みあがった自分が、何故か今は恐怖を感じながらも走ることが出来る。

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ」

 ともすればもつれそうになる足を前に出し、コンテナの影を縫うように走り続ける。

 誰だって怖い。 洋平だって葵だって・・・・・・死ぬのが怖いわけ無い。
 だから走る、自分だけじゃなく二人を死なせないためにも走る。

 機関銃の音に呼ばれるように、二体の戦車級はコンテナを乗り越えながら洋平へ向けて突き進む。

(は・・・・・・間近で見るとランクルと同じ大きさだな)

 整備担架のクレーンの陰からその姿を見て、隆は皮肉気に笑う。
 そして再びまりもに教わった訓練を思い出しながら、手にした手榴弾のピンを抜き戦車級へ向けて投擲する。
 投げたと同時に再びクレーンの影に隠れ、爆音と衝撃に備える。
 一瞬後に腹に響くような衝撃と共に爆音が響き渡った。
 直ぐ様隆は身を翻し、SMAWを肩に担いで照準を戦車級へ合わせる。
 舞い上がった煙の中、足を吹き飛ばされコンテナの上で藻掻く二体の戦車級の姿を確認し、躊躇うことなくトリガーを引く。
 シュポっと軽い音を立てて吐き出された成形炸薬弾は一瞬で戦車級へ到達し、手榴弾とは比べ物にならない爆発を引き起こした。

「―――ッ!!」

 吹き飛ぶ戦車級の姿を確認したと同時、足に猛烈な痛みを感じて隆は顔を顰めた。
 それは針を挿したような痛みだ。 隆は自分の背後を見て舌打ちをする。
 背部を考えずにSMAWを使用したお陰で、SMAW後部から吹き出した燃焼ガスが後ろにあったコンテナで吹き返り、足に火傷を負わせてしまったのだ。
 
「くそッ!! 俺は一体彼女から何を教わってきたんだよッ!!」

 酷くなる足の痛みと、自分自身の不甲斐なさに悪態を付いた直後、

「きゃぁぁぁぁぁッ!!」

 葵の悲鳴が響き渡る。
 慌てて隆が振り向くと、12.7㎜の弾幕を掻い潜った戦車級が一体、二人へ近づきつつあった。
 射手が一人減ったお陰で弾幕が薄くなり接近を許してしまったのだろう。 
 洋平は弾が切れたM2機関銃を手放して手近にあった小銃を撃つも、5.56㎜弾で戦車級は止まらない。
 コンソールを操作していた葵も小銃を構えるが、例え二丁に増えたところで結果は変わらない。

 このままでは二人が死ぬ。 喰い殺される。
 死体も残らず・・・・・・人としての尊厳すら残らない形でこの世界から消え失せる。

「やらせるかぁぁぁぁぁッ!!」

 らしくない咆哮を上げた隆は、痛みを振り払って全力で駆け出した。
 なんとしてでも二人を助ける。
 だが武器が無い、今から輸送車に寄って武器を調達する時間などあるわけが無い。
 走りながら隆は考える、武器になりそうなもの、なにか戦車級の注意を引けそうなもの。
 周囲を見回した隆の目がある一点で止まる。 管制ユニットを運ぶ時に使用したフォークリフト。 鍵は挿しっぱなしで動力はまだ生きている。 
 瞬時にそれを判断した隆はフォークリフトに飛び乗りアクセルを踏み込んだ。
 初期トルクに優れるモーターが唸りを上げて回転し、車体を一気に加速させる。 
 レバーを操作し前部の爪を持ち上げ、二人に襲いかかろうとしていた戦車級に横合いから突撃した。
 爪が戦車級に喰い込み赤黒い体液を周囲に撒き散らす、それでも隆はアクセルを緩めること無く踏み続け、戦車級ごとコンテナに激突する。
 耳障りな金属音が響き渡り、戦車級から零れ落ちた体液から硫黄の匂いが立ち上る。

「くぅ・・・・・・」

 激突した衝撃でハンドルに胸を打ち付けた隆が呻き声を上げた直後、フォークリフトのキャビンが戦車級に殴られた衝撃で砕け散る。
 爪で身体を刺し貫かれ、おびただしい体液をまき散らしながらも、戦車級はまだ生きていた。

「・・・・・・しぶといんだよッ!!」

 割れたガラスの破片をその身に浴びながらも、隆はハンドルを切ってアクセルを全力で踏み付けた。 
 タイヤが白煙を上げながら回転し、滑るように横合いに振り切られた爪はそのまま戦車級の肉を抉り続け、やがてその身体を横一文字に引き裂いた。
 グチャッと音を立てて崩れ落ちる戦車級、まだ息はあるようだが二度と動きまわることは出来ないだろう。

「ざまぁ・・・・・・みろ」

 息も絶え絶えに返り血をBDUの袖で拭う隆。
 気がつけばサングラスを掛けていないことに気づく。 今の衝撃で何処かに弾き飛ばしてしまったのかもしれないが、今はそんなことにかまけている余裕は無かった。
 無理をさせたせいか、動かなくなったフォークリフトから離れようとした瞬間、格納庫に激震が走る。
 
 耳をつんざくような轟音と衝撃。 ゲート付近にいた戦車級がまとめで吹き飛び、見慣れた機体が格納庫へ滑りこんで来る。

『―――三人ともッ!! 無事ですかッ!?』

 機体から轟く真奈美の声、そして彼女が駆る不知火の姿を見た三人は一様に胸を撫で下ろす。
 そして格納庫の外から断続的に聞こえる36㎜砲弾の発射音。 真奈美だけはない、他にも誰かが駆けつけてくれたようだ。

「・・・・・・助かった・・・・・・つぅ!!」

 プッツリと緊張の糸が切れたのか、足の痛みを思い出した隆が顔を顰める。

 ―――その瞬間。

「隆ッ!! 余所見するんや無いッ!!」

 洋平の叱責が聞こえたと思った直後・・・・・・これ以上ない衝撃を受けた隆はフォークリフトごと宙を舞った。







 19番格納庫・南ゲート付近

「―――聞こえるかそこの不知火ッ!! 誰が乗っているッ!?」

 耳につけたインカムに向けてそう叫ぶも、聞こえるのは先程から変わらぬノイズのみ。
 目視出来る距離でありながらも無線が使えないことに苛立ちを覚えながら、麻美は手にしたバレットM82を構えて発砲。
 ライフルを固定した高機動車の車体が反動で軋むも、放たれた砲弾は不知火へ近寄る戦車級の感覚器官を正確に吹き飛ばした。
 
(随分と間の悪い時に合流したものねッ!!)

 内心で悪態を付きつつ次弾を装填。
 瀬戸の計らいで慎二の迎えを待たずにカムチャッキー基地から出発出来たはいいも、まさか目的地である補給基地がBETA襲撃の真っ最中だと誰が思うだろうか?

「マユッ!! このまま格納庫の中に侵入してッ!!」

 インカムを放り投げ高機動車のステアリングを握る少女へそう指示して、麻美は再びライフルのトリガーを引く。
 二人の他に搭乗者がいれば、間違いなく生きた心地がしなかっただろう。
 何せ高機動車のステアリングを握るのは・・・・・・少女だ。
 シートを目いっぱい前にズラして、それでも足りなくて背中にクッションを当て、手足をこれでもかと伸ばした少女が高機動車を操っているのだ。

「うん、任せてお姉ちゃんッ!!」

 だが少女は器用にステアリングを操作して格納庫のゲートをくぐり抜け、不知火の背後へ車両を停車させた。

「全員、無事かッ!?」

「軽傷が二名だ。 ・・・・・・まさか間に合うとは思っていなかった」

 黒は試作99型砲にミースと唯依を横たえながら、高機動車から飛び降りてきた麻美へそう答えた。

「―――優秀な姉のいらぬ善意のお陰だ。 不知火には誰が乗っている?」

「七瀬だ」

「凛が? 何故、帝国軍機に凛が・・・・・・まぁいい、凛、聞こえるなッ!?」

 怪訝な顔を一瞬見せた後、麻美は頭部を失った不知火へそう叫ぶ。
 
『は、はい!! 聞こえていますッ!!』

「よくやった、お前のお陰で三人は無事のようだ。 最早遠慮することは無い、背部兵装担架の突撃砲で奴らを薙ぎ払えッ!!」

『しかし、閉所空間での36㎜砲弾の使用は・・・・・・』

「私たちに気を使うな。 鼓膜と命、天秤に掛ける必要が何処にある?」

『―――了解ッ!!』

 力強い返答の後、不知火の背部兵装担架が展開しBETAへ向けて36㎜砲弾を吐き出した。
 一斉射でゲート付近に群がっていた戦車級がミンチに変わる。

「んにゃぁ~~耳が痛いよぉぉ」

 ヨロヨロと、耳を抑えながらマユが高機動車から降りてくるのを見て麻美の頬が僅かに綻ぶ。

「奈華宮、状況の説明は必要か?」

「いや・・・・・・」

 黒へ生返事を返しながら麻美は周囲を見渡し、

「必要無い。 大方その試作99型砲とやらを運搬するのに手こずっている、そんな処だろう?」

 と答えると彼は無言で頷いた。

「―――で、そこのメンテナンスハッチに乗り込み砲ごと凛に運んで貰うか。 まぁ妥当なプランだな」

「ベールレイは俺が連れて行く。 奈華宮は彼女を頼む」

 一方的に黒はそう言って、ミースを担いで試作99型砲に取り付けられたタラップを登り始める。
 唯依に肩を貸そうと麻美がしゃがみこむと、気を失っていた彼女が目を覚ました。

「奈華宮・・・・・・大尉? どうして・・・・・・此処に?」

「いいから喋るな。 気絶していたところ見るに頭でも打ったのだろう? 説明なら後でゆっくりしてやるから今は大人しくしていろ」

「し、しかし・・・・・・試作99型砲が・・・・・・それに不知火一機では運搬し支障が・・・・・・」

「大丈夫だ、壱型丙に搭乗した慎二が此処に向かって・・・・・・」

「平中尉が? どうして壱型丙に・・・・・・―――ッ!! 大尉ッ!! 後ろです!!」

 唯依の言葉に麻美は慌てて背後を振り向くと、コンテナの影から現れた闘士級が、その長い鼻を彼女へ向けて飛び掛る瞬間だった。
 その鼻のような手が麻美の頭部を掴み、まるでトマトを潰すかの如く赤い飛沫が飛び散る。



 ―――はずだった。



 何の前触れも無く、麻美に襲いかかろうとしていた闘士級の脚部が吹き飛ぶ。
 足を失った闘士級がアスファルトに体液の跡を残しながらのた打ち回るのを見て、唯依は眼前の状況が把握出来ずに混乱してしまう。
 銃撃の音は聞こえなかった・・・・・・何の脈絡も無く吹き飛んだのだ。 しかもその吹き飛び方は銃弾によるものでは無く、もっと違う・・・・・・不可思議な力が内部で破裂したようにも見えた。

「―――な、なにが?」

 何が起きたのかを理解できず、唯依は呆然とした表情で麻美に視線を向け続けるも、彼女は目の前で起きたことも、唯依の視線にも気にした様子を一切見せず、顔にこびり付いた闘士級の体液を服の袖で拭い落としていた。
 その姿にほんの少し冷静さを取り戻した唯依だが、再び現れた闘士級の姿に息を飲む。
 既に格納庫の外壁は戦車級が食い破って穴だらけだ、小型種である闘士級が何処から現れてもおかしくは無い。

「大尉ッ!! 早く退避をッ!!」

 痛む身体に鞭打って、唯依は麻美へそう声を掛けて立ち上がるも、見た目とは裏腹に機敏な動きを見せる闘士級は一足飛びに二人へ襲いかかった。
 武器を・・・・・・と唯依が闘士級を迎え撃とうと周囲に目を向ける。
 だが麻美は微動だにせず、飛び掛ってくる闘士級に視線を向けたままポツリと呟いた。

「―――マユ、やれ」

 直後・・・・・・鈴の音のような、少女の声が唯依の耳に届いた。

「―――潰れちゃえ」

 悪意の欠片も無い、無邪気な少女の声。
 だがその声が響くと同時に、再び闘士級の脚部が吹き飛んだ。
 先の一体と同じく、アスファルトに体液を撒き散らして蠢く闘士級。 
 足を失っても尚、二人に襲いかかろうと鼻を伸ばすのだが・・・・・・ 一瞬後、グチャッとと嫌な音を立てて二体の闘士級は肉塊へと成り果てた。

「・・・・・・・・・・・・」

 一言も漏らすことができず、その光景を呆然と見ている唯依の前に、白い少女が軽やかな足取りで現れる。

「むぅ、服が汚れちゃった・・・・・・ウジ虫の血・・・・・・キモチ悪いなぁ」

 っと呟く少女の言葉とは裏腹に、その表情には薄い笑みが浮かんでいた。
 楽しそうにクスクスと・・・・・・場違いな笑みを浮かべて少女は笑っている。
 その笑みを見た唯依は、言いようのない不安と悪寒を感じて竦み上がってしまう。

 見てはいけない。 これは見ることも、知ることもいけないモノだ。
 唯依の直感がそう告げている。 目の前にいる白い少女は、自分の理解の及ぶ範囲の遥か外に位置していると。

「―――篁」

 ただ名を呼ばれただけなのに、唯依の背中に冷たい汗が流れる。
 振り返り、自分を呼んだ麻美を見れば・・・・・・彼女は酷く寂しげな表情を浮かべながら言葉を続けた。

「これから見ることは全て忘れろ。 ―――お前まで日陰者になることは無い」

 その言葉に、唯依はただ黙って頷くことしか出来なかった。







 第19番格納庫

(―――間に合ったッ!! 皆生きてるッ!!)

 三人の姿を確認した真奈美は内心で歓喜の叫びを上げた。
 基地に到着する前からチラホラと出現し始めたBETAを迂回し、漸く基地に到着してみれば西側はBETAで埋め尽くされている始末。
 障害となる個体のみを排除して自分達が使用していた格納庫に到着してみれば、ソコには内部に出入りする多くの戦車級の姿があった。
 外から見た格納庫の姿に、もし三人が此処に残っていれば絶望的だと思っていたのだが、

『―――助かった』

 集音マイクが隆の声を拾う。

「ランサー06、三人を確認しましたッ!! 無事です、生きてますッ!!」

 喜びで震えそうになる声を必死に抑えつつ、真奈美は格納庫の外で戦車級を牽制している栞へそう伝えた。
 
『―――了解。 流石、しぶとい連中ね。 一人ぐらい減ってるかもって、覚悟したのが無駄になったわ』

 返ってきた軽口に苦笑する他無い。
 本当なら誰よりも速く彼らの無事を確認したかったはずなのに、その任を自分に譲って周辺の掃討を買ってでた栞。
 ・・・・・・もしかしたら皆が死体になっている姿を見たくなかった。 そんな思いがあったのかもしれないが、三人が無事なことを喜ぶ気持は同じだった。

「―――突撃砲を廃棄し、三人を回収します」

『待って、その前に格納庫周囲の戦車級を排除して安全を確保するわ。 07はそこから中に入り込もうとしている戦車級を叩いて。 私はその間に周囲をある程度・・・・・・』

 そんなハキハキとした栞の指示に耳を傾けた直後―――

『隆、余所見するんや無いッ!!』

 唐突に、洋平の叫び声がスピーカーから響き渡った。
 真奈美は慌てて足元にいる三人へ視線を落とすと、フォークリフトに乗った隆へ一体の戦車級が襲いかかる瞬間だった。

(―――ッ!!)

 真奈美が息を飲むよりも速く戦車級はフォークリフトに激突し、衝撃で隆が宙に投げ出される。

『隆さんッ!!』

 受身も取れずにコンクリートの床に叩き付けられ、転がり回る彼の姿を見た葵が悲鳴を上げる。
 力無く床に横たわった隆へ、蹄の音を響かせながら戦車級が迫る。
 洋平が機関銃の銃口を向けて発砲するも戦車級は止まらない。 

 自分も何かしなければ。
 彼を助けないと。
 だが哀しいかな、戦術機の装備を振るうことは出来ない。 
 突撃砲が放つ36㎜砲弾や120㎜砲弾では、戦車級諸共隆を吹き飛ばしてしまう。
 短刀へ装備を切り替える時間は無い。

(―――ああ、あああぁぁぁぁっぁぁッ!!)

 焦る気持が冷静な判断を阻害し、目の前の光景を止める最良の行動に移せない。




 コンマ一瞬、誰も何も反応が出来ない一瞬が過ぎ去り。








「があぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああッ!!」









 ―――皆の目の前で、隆が喰われた。








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ソ連編 9話

第二部





 ―――人生とは言わば監獄だ。
 
 冷たい壁と頑強な鉄格子は、社会を構成する法律や規律。
 時折様子を見にやって来る看守は、法に反した者を罰する国家の犬。
 厳しい労働は人生を歩むために必要な代価。
 唯一の楽しみである食事も、それはマスコミによってコントロールされた毒入りの果実。
 最後の審判である刑の執行は、人生最後の瞬間。

 人間は生まれ落ちた瞬間から、人生と言う監獄の中で生きている。
 監獄から出られるのは死んだ時のみ。 ・・・・・・もし輪廻転生を信じているなら、その解放は新たな収監への再手続きに過ぎない。
 イスラム的な考えでは、現世の苦痛は全て死んだ後天国へ逝くのに必要な代価の前払いらしいが、これまでの人生、神様を信じるどころか人様に言えないことを幾つもやってきた自分が今更天国に行けるとは思えない。
 だから結局、例え人生が苦痛の連続であっても、人は黙ってそれを受け入れるしかない。
 苦しみも幸せも、人生を飽きること無く続けるスパイスだと思えば良い。 不幸ばかり続くのは・・・・・・運がなかったと諦めるほか無い。 きっと不幸が長く続けば続くほど、訪れた囁かな幸せに感動することが出来る。
 この苦行もそう、予め決まっていた通過儀礼だと思えばいい。 喉元過ぎればなんとやらだ、終わればきっと楽しいことが待っているに違いない。

 だがそれでも疑問を思わずにはいられないのが・・・・・・人間の業だろうか?
  
(―――どうしてこうなった?)

 先程から現実逃避を続けていた隆は、喘ぐように内心でそう呟き空を仰ごうとするも生憎とここは室内であり、凡人たる隆の瞳が壁を透視することなど出来る訳も無く、視線は天井に備え付けられた照明を見るに留まった。
 ―――随分と高さのあるリビング、恐らく天井まで5メートルはあるだろう。
 たっぷりと陽の光を室内に注ぎこむ窓ガラスも、室内のサイズに合わせてかなり大型のものが使用されている。 隆が案内されたそのリビングは、これまで彼が見たことも無いくらい開放的な作りをしていた。

 ぼんやりと隆が視線を向ける先には、天井からぶら下がるシーリングファン付きの照明があった。
 ファンを回転させて空気の循環を行うそれは、高さのある室内には必要不可欠な代物だろう。 内部のモーターが稼働する小さな駆動音と風切り音に耳を澄ませながら、隆は回転する羽を暫し見つめ続けた。
 
 永遠と回り続けるファン。 まるで流され続ける自分のようだと隆は思う。
 周り、流され、グルグルと。
 出口の無い袋小路の中をひたすら永遠に・・・・・・生きる目的も無く、ただ惰性に身を任せるかの如く周り続ける。
 その流れに足掻らい、人生に変革を齎すためにはどうすればいいのだろうか?

(―――電源切ればいいだけだな)

 そんな身も蓋もない答えを導き出し、自分の人生も好きな時に切り替えできればなと、やや物騒な思考で小さく嘆息すると、

「―――何か気になるものでもあるのかしら?」

 酷く冷たく、そして突き放すような声を聞き、隆は天井に向けていた視線をゆっくりと落とした。
 彼が座るソファの対面、長方形のガラステーブルを挟んだ向こうに、それまで眺めていた雑誌から顔を上げて隆を見ている女性がいる。
 赤みがかった長い黒髪は陽の光を浴びて絶妙なコントラストを生み出し、髪の隙間から覗く切れ長なブラウンの瞳は眠たげに細められているも、白く極め細やかな肌と整った顔立ちが生み出す絶妙なバランスが、そんな仕草すら魅力的なモノに引き立てている。 暇そうに頬杖をつく指は細さとしなやかさを兼ね備え、見るものに感嘆の吐息を漏らさせるほどの優美さを漂わせているが、スチール缶を片手で潰す握力を自分の目で見、体感した隆には、その指は恐怖の対象でしかなかったりする。

「い、いえ。 その・・・・・・立派な家だなと思いまして」

 ―――中村麻香。 
 先日観に行った花火大会で初めて会った麻美の姉。
 自分を見据える彼女の視線を直視せずに、青々とした芝が広がる庭を窓越しに見ながら隆はそう答えた。

「そう。 でも、だからといって人様の家の中でキョロキョロするのはどうかと思うわ」

「あ・・・ す、すみません」

「―――もしかして、後で盗みに入る魂胆でもあるの? 生憎と見かけはいいけど、お金になるようなモノはこの家には大して無いわよ」

「い、いや、そんなつもりは・・・・・・」

「父が身の程も弁えずにこの家を建てたものだから、ウチの家計は火の車なのよ。 ・・・・・・借金の残額教えましょうか?」

 微妙に噛み合ってない会話に隆が肩を竦め 「・・・・・・結構です」 と答えると、麻香は興味を失ったのか 「そう」 と小さく言い放ち、再び視線を雑誌に落としてしまった。
 その様子を脇目で見ながら隆は内心で安堵の吐息を漏らし、

(―――どうしてこうなった?)
 
 再び自問を繰り返した。

 電話で麻美に泣き付かれたのが始まりだったと記憶している。
 昨年購入したスノーボードの板を物置から引っ張り出したところ、保管する前に施行した保護ワックスの処理が十分で無かったらしく、エッジの金属部分に錆が浮いているから助けてとかなんとか・・・ 仕方なく錆取りやヒートワックスを再施行するために麻美の自宅、ここ中村家に隆は訪問したのだ。
 そして今いる場所は家の中であるリビング。
 実のところ隆は、何時も麻美の送り迎えをするだけで、中村家の敷居を跨いだことはおろか、庭先にすら入ったことが無かった。
 家が建っている場所は、何処の地域にもある郊外の住宅地だ。 元は山だったのか、段々畑よろしく高低差を利用した住宅地の一角、やや高台にある外周を塀で囲まれた一戸建ての家が麻美の自宅だった。
 門を潜り、隆が初めて視認した中村家の大きさは、土地面積が大凡600㎡強 (200坪) 、建物面積は400㎡ (100坪) 程はある、郊外の住宅地にはやや不釣合な豪邸だった。 
 父親が建築系の仕事に就いていると聞いていたので、モデルハウス顔負けのデザイン (坪単価100万ぐらい) には納得こそ出来たが・・・・・・ 立派すぎる家を目の当たりにした瞬間、思わず尻込みしてしまった隆をヘタレと言う人物はよっぽど目が肥えているに違い無い。
 幾ら郊外だから土地が安いとしても、建物の建築費用と土地代を合わせた総額ではかなりの額だろう。 億・・・・・・には流石に届かないだろうが、これだけの家を建て、尚且つ二人の娘を大学にまで行かせた中村家のご主人は相当な稼ぎがあるのだろう。
 先程、見た目は立派でも内情は借金で火の車だと麻香に教えられたが、二人の娘の身なりやリビングにある調度品、車庫の中にあったキャンピングカーを見る限り、とてもソレが真実だとは思え無い。

 現状把握のため、そんな中村家の外見を脳裏に浮かべていると、隆はふと自分の実家のことを思い出してしまう。
 隆の実家は平屋の一戸建て。 平屋だけに、大きさはそれなりにあったが、それをこの家と比べるのは失礼な話だろう。 父と子、たった二人で住むには十分だったし、尚且つ父親は仕事の都合で帰ってくることが少なかったので、実家の大きさに不満を持つことなど無かった。

(・・・・・・ま、もしこんな家に住めても色々と持て余すだろうなぁ)

 内心でそう嘆息し、隆は目の前で寛いでいる麻香に視線を向ける。
 目の前にいるのが彼女で安心すべきなのだろうか? 
 もしかして麻美の両親に会うかもしれない。 そんな緊張感を持って訪問したわけだが、生憎と両親は出かけており、その不安も杞憂で終わってしまった。 結果、気兼ねなく物置でボードの手入れをした後、麻美がお茶でも飲む?との申し出を受けて家に上がったのだが、そこでソファで寛いでいる麻香に遭遇したのだ
 考えて見れば不思議なことじゃない、今日は天下の休日である日曜日。 そして此処は麻美の自宅でもあり、彼女の自宅なのだから、麻香が居る可能性を十分考慮すべきだったのだ。

「―――ん?」

 自分の視線に気づいた麻香が顔をあげるのを見て、隆は慌てて明後日の方向に視線を向けた。
 
「―――???」

 彼女の怪訝な気配が伝わってくる。 隆は平常心を胸に必死に平静を保ってやり過ごそうとしたのだが、脳裏に焼き付いた光景がソレを阻害する。
 ここは彼女の家だ、例えどんな格好をしていても部外者たる隆がソレを咎める権利は無い。
 リビングで寛ぐのにきちっとした服を着る必要が無いのは分かる。 部屋着が楽なのは分かる。 そして部屋着だからちょっとばかりラフなのも分かる。

(―――ってもなぁ・・・・・・客の前なんだから、少しは恥じらいを持って欲しいもんだ)

 小さな溜息を漏らしつつ切実な願いを隆は内心で呟くも、麻香の性格からして彼を客と思っていない可能性は十分あり得る。 それどころか麻美の彼氏、いや男として隆を認識しているかどうかすら危うい。
 休日を満喫しているのは分かるが、先程から彼女の態度は無防備すぎるのだ・・・・・・ベージュ色の大きめのセーターから伸びる素足を何度も組み換え、大きく開いた胸元から時折チラチラチラチラチラチラチラチラチラチ見える胸の谷間が目に毒ったらありゃしない。
 健康的なスリムボディ (褒め言葉) な麻美と違い、麻香はグラビアモデル顔負けのナイスバディ・・・・・・ほんとにあんたら姉妹なのか!?っと言いたい気持をグッと抑え続ける隆。

(はぁ・・・・・・目の前にぶら下がった餌がどう見ても罠にしか見えないのはキツイなぁ)

 麻美には無縁な物体を今一度見ようとチラリと麻香を一瞥する隆だったが、

「―――へ? は? ・・・ぬぅ? ・・・ほぅ ・・・・・・むひょ」
 
 突如目の前に現れた物体を脳が認識できず、素っ頓狂な声を上げて目を白黒させてしまう。
 
 一言で言えば肌色の深い渓谷。
 柔らかそうな双丘の隙間に生まれたソレは奥が見えないほどに深く、しかもブルブルと左右に揺れるので谷の幅がはっきりせず、視界の端には双丘に押し上げられたセーターが見えたりする。 
 ―――と、なるとコレは明らかにアレだ。 しかも重力と慣性に従って縦横無尽に揺れてるってことは・・・・・・もしかしなくてもアレを付けて無い?
 アレなのにアレを未装着、ならば先程から時折見える肌色とはちょっと違う桜色の物体や、膨らんだセーターの先に存在する突起物はまさしく―――

「―――減るもんじゃないし、見たかったら好きなだけ見てもいいけど・・・・・・ガン見はちょっと頂けないわね」

「はひッ!? な、なんのことですか? って、ってか近い!! 近いですよ麻香さんッ!!」

 頭上から聞こえてきた声に反応した隆が見上げると、麻香が微笑を浮かべて見下ろしている。
 さっきまで無表情だったのに、微笑を浮かべている。
 口元だけだが。

「―――むっつり?」

 ガシッと隆の頭頂部に手を置き、麻香はニコヤカな笑顔を浮かべて質問する。
 むろん、笑顔は口元だけ。

「否定しませんッ!! だがしかし、男は全てむっつりな生物だと今後は認識してください!! だからお願い!! それ以上力を籠めないでッ!! 俺の頭はリンゴじゃないんですッ!!」

「―――パイナップルまでならイケルけど? ・・・・・・記録更新も悪くないか」

「NOッ!! そ、それは出来ればテレビの前で!! び、美人さんが笑顔で果物握り潰す光景はお茶の間で大絶賛されるの間違い無し!! だからこんな場所でチャレンジしないでぇぇぇ!!」

「―――美人は良いけど、その後が頂けないわね。 なにあなた? 私をメスゴリラとして世間に紹介にしたいわけ? それで婚期逃したらどう責任取ってくれるかしら?」  

「責任ッ!? 言うに事欠いて責任ッ!? 脅迫してる立場でッ!? あ、ちょ、ちょと待って、そろそろヤバい、なんて言うか耳鳴りがする。 目の前が暗い、さっきまで見えてた桃源郷は何処に? くぅぉぉぉぉぉ、神は言っているお前はこんな場所で死ぬべきではないとぉぉぉぉ」

 ミシミシっと耳鳴の向こうに聞こえるかなり不味い音に隆が絶叫を上げると、「あなたって何処までが本気か分からないわね」 と麻香の呆れた声と共に手が離れていく。

「はぁはぁはぁ・・・・・・死ぬかと思った」

 青ざめた顔で呟く隆だが、セクハラまがいの視姦をしたのだから当然の報いと言える。 むしろ命があるだけありがたいと思うべきだろう。

「・・・・・・ま、麻美のアレじゃ物足りないのは分かるけどね」

 そんな隆を見ながら麻香は呆れたように言って肩を竦める。
 竦めると同時、たわなな膨らみがまたもや揺れるが、隆は鉄の意志でソレに目線を向けるのを堪えた。

(おかしい・・・・・・確かに家に入る時は緊張したが・・・・・・それは命の危機を感じるようなもんとは無縁なはずなのに)

 どんな男だって、彼女の家に初めて足を踏み入れる時は緊張するものだ。
 必然的に訪れる家族との邂逅。 それは倒すべき壁である父親との接見と、懐に潜り込むべき母親との駆け引きの始まりを意味する。
 否応無しに避けては通れない修羅の道。 その先にあるのがパライソか人生の墓場かはさておき、男には必ず訪れる試練の時なのだが・・・・・・少なくともそこで命の心配をする必要は無いはずだ。

(い、いや待てよ・・・・・・この人と麻美の父親だぞ? 素手でロボットぶち壊すどこぞの師匠みたいな人の可能性は十分にあり得るんじゃないのか?)

 などと、まだ見ぬ二人の両親を想像した隆の耳に聞き慣れた麻美の声が届く。

「ん~・・・・・・ねえお姉ぇ。 コーヒーのミルクが無いんだけど・・・・・・知ってる?」

 そう言ってリビングに隣接したキッチンから呑気な顔を覗かせる麻美。 
 お茶を用意すると言ってリビングに取り残されてはや10数分。 あの天然娘は自分で茶の一つも煎れられないのかと理不尽な怒りがこみ上げてくるも、何故かその声を聞いてホッとしてしまう隆だった。
 だってほら、目の前の姉の注意が必然的に逸れるわけだし。

「ミルク? ・・・・・・こっちに持ってきたら入れてあげるわよ」

「へ? なんだ、そっちにミルクあるんだ。 頑張って探した自分が馬鹿みた―――」

「麻美の貧相なモノじゃ無理でしょうけど、私のなら絞れば出るんじゃない?」

「―――は? 貧相? 絞る?」

 っとオウム返しに麻香の言葉を呟く麻美。 そして必死に笑いを堪える隆を見て漸く気がついたのか、

「お、お姉ぇだって出るわけないでしょッ!!」

 バンっと手にしていたお盆を手近のテーブルに叩きつけ、顔を真赤にしてそう叫ぶ。
 それを見た隆は、俺が言ったら問答無用で関節キメるくせに相手が姉だとやらないんだな~、と冷静に判断してしまう。

「知らないの? 刺激与えれば妊娠してなくても出る時あるのよ」

「うっそマジでッ!?」

「ちょっとタカちゃんッ!! お姉ぇの戯言に食いつかないッ!!」

「信じないの? 仕方ないわね・・・・・・ちょっと貴方手伝ってくれる?」

「もち、よろこんでッ!! ―――んがッ!!」

「―――タカちゃん、後でお仕置きね♡」

 隆に盆を投げつけた姿勢のまま可愛らしい語尾をつけて麻美はそう言い残し、再びキッチンの奥へと消えていった。

(いてぇ・・・・・・くそぉ、相変わらず手加減しない女だ)

 痛みに顔を顰めつつ隆は床に落ちたお盆を拾い、キッチンまで届けようとソファから立ち上がる。

「―――こないだも思ったけど、仲良いわねあなた達」

「へ? ・・・・・・そうですか?」

 そう答え、隆は足を踏み出すのを止めて麻香を見やる。
 相変わらず無表情な彼女だが、興味深そうな瞳で自分を見ていることに気づいた。
 ・・・・・・例えるならそう、動物園で珍獣を見た時のソレに似ている。

「そうね。 私が今まで見た麻美の彼氏・・・・・・なのかどうかは知らないけど、あの子の傍にいたこれまでの男と比べて、貴方は随分と麻美と仲良くしてるように見えるわ」

「ふぅん・・・・・・ 自覚はありませんけど、麻香さんが言うならそうなんでしょうね」

 ポリポリと頬を指で掻きながら隆は頷く。
 聞いたことは無いが、麻美が自分と付き合う前に別の誰かと付き合っていても不思議じゃない。 現に自分だって麻美の前に彼女と呼べるような女性は・・・・・・一応何人か居た。
 麻香の言う、前の彼氏とやらと麻美がどんなやり取りをしていたかに興味が無いと言えば嘘になるが、今の自分達には関係の無い話だ。

「―――顔が険しくなってるわよ、タカちゃん?」

「―――ッ!? あ、麻香さん、からかうのは止めて下さい」

 麻香に指摘され、無意識の内に不快感を露にしていた顔を指で揉みほぐす。 そんな様子を麻香は口元に手を当てて、クスクスと笑いながら見ていた。

 それは初めて見る彼女の笑顔だった。 先程浮かべていた微笑もどきの冷笑では無く、口元だけが笑うでも無く、普通に・・・・・・楽しいことに喜ぶ女性の笑顔を麻香は浮かべた。 
 やはり姉妹と言うべきか、その笑みは麻美によく似ていた。 楽しいこと、嬉しいこと、面白いこと、そんな場面で麻美が見せる笑みに。

(―――っと、いかんいかん。 相手は麻美の姉ちゃんだぞ)

 思わず見惚れてしまった自分を叱責し、小さく頭を振って雑念を振り払う隆。

「別に悪気があって言ったわけじゃないのよ。 気分を悪くさせたなら謝るわ・・・・・・ ごめんなさい」

「いえ・・・・・・大丈夫です。 気にしてませんから」

 隆がそう答えると、麻香はソファに深く腰を沈め、笑みを浮かべたまま口を開いた。

「麻美ね、ああ見えてあんまり自分のことを話さないのよ? それなのに貴方のことは家でよく話題にするのよ・・・・・・ 最初の頃は文句が多かったかしら? 気に入らないだの、スカしてるだの、皆絶対に騙されてるってね」

「は、はぁ・・・・・・そうですか」

「それが暫くしたら掌を返したかのようにべた褒めの嵐。 ・・・・・・正直、変な男に捕まったんじゃないかと心配したわ」

 言って麻香はおもむろに立ち上がり、棒立ちしていた隆の胸に指を突きつける。
 自分をべた褒めしていた話の内容を知りたかったが、目の前の麻香の視線に射すくめられて言葉を発することが出来なかった。

「―――ま、こないだ会った時にそれが杞憂だってことは分かったけど、貴方見たいな人が麻美をねぇ・・・・・・見た目に反して随分とモノ好きなのね?」

「も、モノ好きですか? いえ、寧ろ自分なんかと付き合ってくれた麻美さんのほうが・・・・・・」

「変に堅苦しい敬語は止めなさい。 それに麻美【さん】なんて聞くと寒気が走るわ」

 唐突にピシャリと言い放たれ、隆は口を紡ぐ。

「麻美の一つ上ってことは、私の一つ下なんでしょ? 彼女の姉だからって変に気を使う必要は無いわ・・・・・・とは言っても、最低限の敬意はちゃんと払いなさい」

 その有無を言わさぬ迫力に押された隆がコクコクと頷くと、麻香は満足そうに頷いて指を離した。

「私が言いたいのは、よくもまぁ麻美で満足できわねってことよ」

 そう意味ありげに笑う麻香に隆は苦笑することしか出来ない。
 満足も何も、自分は麻美の内面に惹かれたのだ・・・・・・それに外見がくっついて来ただけなのだから、アレコレと贅沢を言うべきでは無い。

「―――満足も何も、アレは麻美の個性の一つじゃないですか? それに不満を漏らすきなんてサラサラ・・・・・・」

 と、強がり混じりの発言をするのだが、

「そう・・・・・・物足りないなら、ちょっとぐらいコレを自由にさせてあげても良かったのに」

「是非お願いしますお姉様ッ!!」

 目の前のチャンスを逃せるわけがない。

 だってデカイのだ。
 目の前の膨らみは何時も見ている偽乳じゃない、中にちゃんと柔肉が詰まった膨らみなのだ。
 それを自分の自由にしていいと彼女は言う。 ってことは触っていいのだ、揉んでいいのだ、もしかした麻美じゃ無理なアレやコレも試せるかもしれないのに・・・・・・断る馬鹿が何処にいるだろうかッ!!

「―――冗談よ。 もう少し早く会ってたら許してたかもしれないけどね」

 なのに麻香は意地悪な笑みを浮かべてそう言い放つ。 ジャンピング土下座をする覚悟だった隆は、ガックリと肩を落としてその場に崩れ落ちてしまう。

「くそぉ・・・・・・俺の純情を弄びやがって。 だから巨乳は嫌いなんだ・・・・・・あの中に詰まってるのは希望なんかじゃ無い、きっと男を惑わす禁断の果実の名残なんだ・・・・・・畜生・・・・・・巨乳なんか二次元だけで十分だ」

「そんなに残念? ・・・・・・結婚を控えている女性を組み伏せる勇気があるなら、お好きにどうぞ?」

「―――は? ・・・・・・結婚?」

 思わぬ言葉を耳にした隆は妄想の世界に逃げるのを止めて顔を上げた。

「ええ、挙式の予定は来年の7月・・・・・・ 貴方にも招待状を出すから絶対に来るのよ?」

「そ、そうなんですか・・・・・・その・・・・・・おめでとうございます」

 上手い言葉が見つからず、在り来りな言葉しか言えなかったのだが、麻香は先ほどと同じ柔らかな笑みを浮かべて 「ありがとう」 と答えてくれた。
 この女性と結婚する相手が気にはなったが、麻美の彼氏とは言えまだ部外者でしか無い自分が質問すべき内容では無いと思い、隆は肩を竦めて床から立ち上がった。

「そんな残念そうな顔しないの。 どうせ貴方・・・・・・今までいい思いをしてきたんでしょう? 結構な数の女の子を泣かしてきてそうだし・・・・・・」

 言ってニヤリと笑う麻香の言葉を真っ向から否定出来ない。
 まだ20年ちょっとだが、隆だって色々あったのだ。 いい思いや、結構な数はさておき、誰かを泣かせた思い出の一つぐらいはある。

「そんな男を捕まえた妹を持てて私も鼻が高いわ。 これからも麻美を宜しく・・・・・・タカちゃん?」

「―――隆でいいですよ。 麻香さん」

「―――ふふ、浮かれてるのか緊張してるのか知らないけど、あの子がちゃん付けする男は貴方が初めてなのよ? 私もそう言っちゃ駄目かしら?」

「―――駄目です。 麻美は俺の 『彼女』 だから許すんです。 この年でちゃん付けなんて・・・・・・結構恥ずかしいんですよ?」

「―――あら残念ね。 なら私のこともお姉様とかお姉さんとか言うのも禁止するわ」

「―――それは・・・・・・こっちから願い下げですよ」

 そんな含みのある言い合いをした後、二人は揃って声を上げて笑った。
 隆も緊張していたが、それは麻香も同じだったのだ。
 本当の意味で理解し合うのはまだ先かもしれないが、少なくとも相手の人となりはお互いに好感を持てた。
 今はソレが分かっただけで十分、きっとこれから良好な関係が築けるに違い無い。 二人はそう思い、笑うことが出来たのだ。

「お姉ぇが笑ってる。 ・・・・・・二人とも何話してたの?」

 二人の笑い声を耳にした麻美が、ひょっこりとキッチンから顔を出して唖然とした顔でそう呟いた。
 そんな麻美と、目の前で笑う麻香。 二人の姉妹を見比べた隆は、漠然とした思いを胸に抱く。

 癖のある姉妹だがこれからも一緒にいたい。 そして何時かは、麻香をお姉さんと言うのも悪くないな・・・・・・と。





 ―――だがこの日を最後に、隆は二度と麻香の笑顔を見ることは無いのだが・・・・・・それはまた別のお話。







 ソ連編  かれの後悔のはじまり



 2001年8月18日
 ソ連軍ц04補給基地・帝国軍専用格納庫


『―――社中尉。 ―――社中尉』

 微睡む思考の中、麻香とは別な意味で冷たい声を耳にした隆は、意識を振り絞って何時の間にか閉じていた瞳を開けた。
 まず見えたのは輪郭が少しぼやけた格納庫の隔壁と、その向こうにうっすらと見える管制ユニットの内壁。 もう慣れたと思っていても、網膜投影によって映し出される映像にはやはり違和感がある。 実際に見える視界に上書きされる形で、周囲の風景や様々なウィンドウが視界に浮かび上がるのだ。
 管制ユニットの中に液晶パネルを置くスペースを考えずにすみ、尚且つ搭乗する衛士の視力問題をも考えなくていいこの技術は確かに画期的なのだが、寝ぼけた頭で見ると、この光景が現実なのか、それとも夢の続きなのかが分からなくなる。

 だが少なくともこの場所は・・・・・・あの陽だまりが差し込むリビングではない。
 どんなに目を凝らしても、仲睦まじ気に話す姉妹の影は何処にも無かった。

『―――社中尉、意識レベルが著しく低下していました。 機体調整中とは言え、少々気が緩み過ぎでは無いのでしょうか?』

 再びヘッドセットのスピーカーから響く機械音声で、隆の意識が現実に引き戻される。

「―――ん・・・・・・すまん。 ・・・・・・最近寝不足でね」

 隆は目を擦りながら自分の尻の下に収まっているAsura-daにそう答え、視界に浮かぶ目障りなウィンドウを間接思考制御を用いて全て閉じた。 視界に残った重なる二つの壁も、透明度を変更して実際に見える映像のみに切り替える。 薄暗い管制ユニット内には、ぼんやりと発光するコントロールパネルの光だけが残った。 

「―――アシュ公、ハッチ解放。 空気の入れ替えをしてくれ」

『―――管制ユニット内の循環装置は正常に機能しています』

「つべこべ言わずにやれ。 どうせ向こうが進まんことには俺達がやることなんて何も無いんだ」

『―――了解』

 渋々 (ニュアンスでなんとなく判断) と言った返答をAsura-daは隆に返し、管制ユニットのハッチを解放する。 開いていくハッチの隙間から挿し込んできた照明の光に目を細め、隆は大きく溜息を付いた。
 どうにも調子が悪い。 その理由は先程語った寝不足が主な原因なのだが、本質はもっと別な所にあったりする。

(・・・・・・不味いな、これじゃまた静流さんに説教されるかもしれん)

 以前、オルフィーナの件で静流と話した内容が隆の脳裏を過ぎる。 状況は違えど男女間の問題に違いは無いのだが、どうケジメを付けていいかサッパリ分からない。

 ―――あの日以来、様子がおかしくなった栞。 それでも夜になれば部屋に突入してくるだろうと鷹を括って待っていたが、何時まで待っても彼女は来ず、そのまま朝を迎えること早幾日・・・・・・そろそろ隆の疲労がピークに近づきつつあった。

「・・・・・・むぅ」

 隆はそう呻き声を漏らしグリグリと目元を指で揉みほぐす。
 人の心情を察するのが隆のモットーなのだが、矢張りというか当たり前というか、女性の気持だけは中々読めなかった。 あの単純で天然が少し入った麻美ですら時として持て余していたのだから、彼自身が思っている程女心が読めないのは当然だろう。

(―――ま、これでいいのかもな。 俺と橘はただの同僚・・・・・・それ以上でも、それ以下でも無いんだ)

 考えるまでもなく、今の栞との関係はこれまでに比べて至極真っ当なものであり、そこに疑問を持ったり以前の関係に戻す必要性は全く無い。 このまま下手に動かず現状を続けていくことが、自分や周囲にとって一番良い状態なのかもしれない。

「―――大丈夫ですか、社中尉?」

 不意に声を掛けられた隆は顔を上げ、開いた管制ユニットのハッチから自分を見ている一人の少女と目が合う。 

「ん? ・・・・・・ああ、大丈夫だ七瀬少尉。 下の連中の調子はどうだい?」

 小さく頭を振って答えると、少女・・・・・・第参開発局所属の七瀬凛少尉は曖昧な笑みを浮かべて肩を竦めた。
 その姿を見た隆が苦笑を漏らすと、手にしていたドリンクパックを彼に差し出してから凛は口を開いた。

「見たところ、あまり芳しくない様子でした。 私も何かお手伝いが出来ればいいんですが・・・・・・私程度の知識では足手纏いになるのが関の山で・・・・・・」

「おいおい、自分を卑下することはないだろう? 何事も専門家に任せるのが一番だし、君は君が出来ることをしっかりと果たせばいいだけだよ」

 しょぼくれた様子の凛をフォローしようと隆はそう声を掛けるも、彼女は力無い笑を浮かべて 「そうですね」 と答えるだけだった。
 続く言葉を見つけられず、隆は途方に暮れてしまう。
 彼女の身の上を知っていれば何か良い言い回しを考えられたかもしれないが、隆と凛は先程顔を合わせたばかりなので、凛が武家の出身であることや第参開発局に派遣されている理由を知る由も無かった。
 ただそれでも、凛を見てなんとなく真奈美に似ているなと隆は感じていた。
 年齢には不相応とも言える落ち着いた振る舞い。 それはこの世界の若い世代には至極当たり前のように備わっているが、二人が纏う雰囲気には何処と無くそれ以上のモノを感じる。 ただそれが何なのか・・・・・・隆は上手く言葉にすることが出来ない。

(―――生い立ち・・・・・・ いや覚悟とか信念みたいなもんなのかね)

 自分が持ち得ない二人の背景を考え隆が小さく嘆息したと同時に、

『―――隆さん、もういいわ。 機体から降りて、こっちまで来てくれる?』

 ヘッドセットから響く葵の声を聞き、隆はヤレヤレと肩を竦めながら狭苦しい管制ユニットから外に這い出した。 整備担架のキャットウォークに降り立ち、搭乗していた乗機を見上げる。

 ―――国連軍識別コードTYPE94SM。
 日本帝国軍では壱型丙と呼ばれる不知火の性能向上機。 それが隆に与えられた新たな戦術機だった。
 その機体を見上げ、隆は自分には過ぎたものだと自嘲気味に笑う。
 戦術機なんて高価な代物を任された挙句、碌に使いこなすことも出来ずにまた別の機体に乗れと言われる。
 だが果たして自分に、人類の剣であり盾である戦術機に乗る資格などあるのだろうか?
 高価な機体を幾つも損傷させるばかりで、自分はこの世界に貢献は愚か不利益を与えているだけではないのか?

「―――だからコイツは俺に愛想を尽かした。 ・・・・・なんて単純な問題ならありがたいんだけどな」

「・・・・・・?」

 その呟きを耳にした凛が不思議そうに首を傾げるのに気づき、隆は壱型丙に背を向けて歩き始めた。
 先の戦闘で損傷させた不知火の代わりとして送られてきた壱型丙なのだが、隆はこの機体の実機訓練は愚か機動すら未だに出来ずにいた。 正確には、隆がコレまで使用していた複座型管制ユニット・・・・・・Asura-daを搭載した管制ユニットでは機体側が反応しないのだ。
 システム面の不具合なのか、それとも機体との物理的な接続に問題があるのか、基地に搬入されて二日経った今でも何が根本的な問題なのか分からずにいた。

「社中尉、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」

 タラップを降りる途中、背後に居た凛に質問されて隆は振り返る。
 緊張した面持ちで自分を見る凛の視線にむず痒さを感じつつ、隆は頷いて彼女に先を促すと、凛は言い難そうに口を開け閉めし、意を決したかのように隆の顔を見ながら口を開いた、

「―――私の勘違いでしたら申し訳ありませんが・・・・・・何処かでお会いしたことがあったでしょうか?」

「―――ッ!?」

 唐突な質問に息を飲む隆。
 遂にこの世界に元々いた金谷隆の関係者に見つかったのかと、驚きと不安で額に冷たい汗を流し震える隆だが、凛はその様子を気にした風もなく言葉を続けた。

「正確に何時だったかは覚えていないのですが、社中尉を以前何処かで見かけたような気がするんです」

「・・・・・・へぇ、こんなサングラスを掛けた変人が俺以外にも居るとは驚きだな」

 内心の動揺を隠すために、軽口を叩いて大仰に肩を竦める隆。

「あ、すみません・・・・・・そのサングラスのことは先に中尉とお会いした部隊の上官に聞いております。 ・・・・・・お気を悪くさせてしまったでしょうか?」

「いんや、気にしてないから大丈夫だ。 ・・・・・・生憎と俺には七瀬少尉と会った記憶が無いから、それは君の気のせいだと思うよ」

「でも何処かで・・・・・・・・・・・・七瀬と言う名に覚えはありませんか?」

「七瀬? いや・・・・・・無い・・・な」

 記憶を掘り返してみてもそんな名前に心当たりは無い。 少なくともこの世界に来てから七瀬なんて名前の知り合いは一人もいなかった気がする。

「そうですか・・・・・・てっきり兄のお知り合いで、たまに送られてくる写真に社中尉が映っていたかも・・・・・・なんて思ったんですが、私の気のせいですね」

 言って微笑を浮かべる凛に苦笑を返し、隆は止まっていた歩を再び進める。

「―――七瀬少尉には兄さんがいるのか?」

「はい。 本国の相馬原基地に籍を置いております」

「相馬原・・・・・・北関東絶対防衛戦の要じゃないか。 凄い場所にいるんだな、君の兄さんは」

 思わず感嘆の声を漏らす隆。 群馬県にある相馬原基地と言えば、佐渡ヶ島ハイヴと帝都東京の中間に存在する重要拠点である。 戦術機だけでも300機は配備されており、後方にあり予備部隊と再教育部隊しか配備されていない百里とは雲泥の差がある基地だ。

「す、凄いだなんてそんな・・・・・・海外を渡り歩く社中尉たちのほうがよっぽど―――」

「いやいや、俺達は愚連隊みたいなもんだ。 問題ありすぎて国内じゃ使えないから、外にほっぽり出されたんだよ」

 それは卑下でも何でもない、在籍しているメンバーの性格を考えればそうであっても驚くには値しない。

「―――そんな俺達と少尉の兄さんを比べるのはお門違いだよ。 日本を守るために最前線基地に身を置く・・・・・・その話しを聞いただけでも、君の兄さんは尊敬に値する人だよ」

「はい・・・・・・ 兄は・・・・・・私の誇りです」

 気恥しそうに答える凛の顔を見て満足気に頷く隆。 だがその心の中では、彼女の兄がこの世界の自分を知っている可能性を考え、ばったりと何処かで出くわさないようにと心のメモ帳にしっかり記載していたりする。

(日本に帰ったら調べてみたいが・・・・・・ツテも無いのにどうやって調べるかね)

 タンタンとタラップを降りながら隆は思案に耽る。
 夕呼のあの調子では素直に協力してくれるとは思えない。 だからと言って自分で調べようにも、軍内部のツテなど無きに等しい自分にはどうすることも出来ないのが現実だった。
 静流や洋平に頼めばとも思うが、なんと言って協力を求めるか・・・・・・流石に真実を語るわけにはいかないだろう。

「静流さんは当然、洋平もアレで中々鋭いところがあるからな・・・・・・上手い嘘を考えないと厳しいなぁ」

 色々と考えてみるが、上手い案が一つとして思いつかない。
 そうしている内にタラップを降りきり、壱型丙に繋がれたコンソールがあるほうへと足を向けると、その傍で話し合いをしていた集団の中の一人、スーツを着た男が自分を見つけて声を掛けてきた。

「いや~隆君、長い間座りっぱなしにさせて本当に悪かったねぇ」

「―――いえ、ただ座っていただけですのでお気づかい頂かなくて大丈夫です・・・・・・それで、原因は分かったんですか?」

 そう聞き返すも、第参開発局の長である石井は浮かべる笑みを苦笑に変えて首を横に振った。
 XFJ計画のオブザーバとしてアルゴス試験小隊に随伴している第参開発局は、葵の話ではAsura-daを生み出した部署でもあるらしい。 だから葵や日本から同行しているスタッフが機体を機動出来ない原因が分からずとも、彼らがいるから大丈夫だろうと高を括っていたのだが、どうやら問題はかなり深刻なようだ。

「―――機体との接続は何度確認しても問題無し。 かと言ってシステムに自己診断プログラムを走らせても異常無し・・・・・・ ねぇミース、言いたくはないけど私は不良品を押し付けられたのかしら?」

「―――今まで問題なく使用していたくせに今更不良品とは心外ね。 寧ろ今回の問題は葵がAsura-daを酷使し過ぎたのが原因なんじゃないの? 何に載せるはそちらの自由だけど・・・・・・ 不知火は兎も角、F/A-18やF-14Dなんて米軍機に載せるなんてこっちが想定してると思う?」

「―――管制ユニットは国際共通規格で製造するのが基本でしょ? どの機体でも使用できなきゃ意味ないじゃない」

「―――はぁ・・・・・・カスタムメイドをそこらの汎用品と一緒にしないで欲しいわ。 ・・・・・・ほら見なさいよ、Asura-daの機体制御コマンドの累積マップ。 量が膨大過ぎて飽和状態、普通の管制ユニットだったらとっくにフリーズ起こすか熱暴走で吹っ飛んでてもおかしくないわよ?」

「―――そ、それは・・・・・・多くの機体のデータが必要なのよ。 本格的に売り込む際には、運用する機体に合ったデータを揃えたほうが顧客の獲得も上手く・・・・・・」

「―――それは光菱の問題よね? それに機体ごとの稼働データの算出は岡崎の実験場でやってるって聞いてるけど? ―――あの有名なイルカ乗りを使って」

「―――確かにそうだけど、実戦でのデータに勝るものは無いでしょ? その実戦を生き抜くためにも、Asura-daには搭乗者の操作補助を・・・・・・」

「―――そうね、データが多ければAsura-daの緊急自立モード時の対応が格段に上がるのは分かるわ。 でもそれは管制ユニットが大事だから? それとも搭乗している衛士が大切だから・・・・・・どちらなのかしら?」

「―――い、今はそんな話しをしてる時じゃないでしょう!! ・・・・・・まったくッ!! 隆さんを乗せれば機動出来るかもって言ってたくせに!!」

「―――システムの本格起動には登録した衛士の生体データを認証が必要とは言ったけど・・・・・・所詮 【彼】 は仮初のライダーだったってことかしら」

 壱型丙に繋がれたコンソールを前にして話し込む、葵とミース。 隆にはその内容がさっぱり分からなかったが、ますますヒートアップしていく二人の会話に苦笑を漏らして石井へ向き直った。 

「―――石井大佐は二人の会話に混ざらなくてもいいんですか?」

 特に何をするでも無く、機体を見上げている彼に当然の疑問を投げかけるも

「ん~僕もそっち方面の技術はからっきしだからねぇ、余計な口は挟めないんだなコレが」

 あっさりとそう返答されてしまう。

「へ? そうなんですか?」

 思わず聞き返す隆に石井はうんうんと何度も頷いて見せる。
 
「僕の仕事は関係各所とのやり取りが殆どだよ。 研究や開発は発想力のある若い人達に任せるのが一番だからねぇ」

「はぁ・・・・・・そうですか」

(―――ほんとに見たまんまの中間管理職なんだな・・・・・・この人)

 本音を内心で漏らし呆然と頷くことしか出来ない隆なのだが、石井は気を悪くした様子も無く話しを続けた。

「それにAsura-daの基礎理論を構築したのは香月博士だから、実は僕たちも詳しいことは・・・・・・ああ、香月博士と言っても、隆君が知ってる横浜の香月副司令じゃないから間違わないように。 香月モトコさんって言う彼女のお姉さんだから」

 そう教えられた隆の脳裏に、まだ見ぬ夕呼の姉の姿が浮かび上がる。
 長女のミツコと三女の夕呼に挟まれた次女・・・・・・間違い無くドSな美女に違いないだろう。

(会いたいような会いたくないような・・・・・・ にしても俺の周りにいる年上の女性はSな人が多いなぁ。 もっとこう母性に溢れた優しい人がいて欲しいもんだ)

 そう内心で嘆息した隆は、コンソールを操作する二人の女性・・・・・・正確にはミースに目を向ける。
 豊かな胸は母性の象徴、などと昔の人は上手いこと言ったものだが、静流といい麻香といい・・・・・・ 巨乳=母性なんて言葉が当てはまるとは到底信じられない。 
 だが待て、行き過ぎると母性がSな心を上回るのか? 現に彼女は色々な母性に溢れていたわけだし。

(ああ・・・・・・瞳ちゃんに癒されたい)

 などと日本で新型の運用試験を行っている天然巨乳娘のことを考えていると、何時の間にかミースが自分を見ていることに隆は気づいた。
 ニッコリと極上の笑みを浮かべて自分を見つめる彼女の視線を直視できず、思わず目を逸らす隆。 彼女を見て邪な想像をしていた自分に恥ずかしさを感じたせいなのだが、今度は逸らした方向にいた凛と目が合う。
 何処かで見た・・・・・・そう、真奈美がよく見せる冷めた目線で自分を見る凛。
 ―――この態度、やはり彼女は真奈美に似ているなと隆はくだらない確信を抱いた。

「ま、まぁそれは兎も角。 この調子じゃ次の作戦には参加できそうにないか・・・・・・ ったく幾ら雑用が出来ても、肝心な仕事が出来なんじゃ欠陥品もいいトコだな」

 言って深々と溜息を付き、隆は傍に石井が居ることを思い出して硬直する。
 幾ら人の良さそうな石井でも、目の前で自分の部署が作った代物を欠陥品呼ばわりされては流石に怒るだろうと思い恐る恐る石井の顔を確認すると、彼は特に気にした様子も無く相変わらずニコニコと笑みを浮かべて自分を見ていた。

『―――社中尉。 貴官に欠陥品と言われる筋合いはありません』

 そんな石井の代わりとばかりに、Asura-daの機械音声がコンソールのスピーカーから響き渡る。
 名指して呼ばれたことで周囲の視線が集まる。 隆は何処か居心地の悪さを感じながらも、壱型丙を見上げながら悪態をついた。

「―――んだよ、事実を言ったまでだろう? 戦術機を動かすことの出来ない管制ユニットなんざ鉄クズと同じだ。 それとも何か? ご自慢の美声と計算能力が活かせる事務畑にでも転職するか?」

『―――魅力的な提案をありがとうございます。 確かに、戦術機の操縦は愚か女性への接し方も不出来な中尉殿よりは、多くの方々の役に立てそうです』

「―――なんだと?」

『―――なにか?』

 隆にしては珍しく、明確な怒りを見せてAsura-daが格納されている壱型丙の胸部を睨みつける。
 火の入っていない機体が何らかの反応を返すわけもなく、ただ直立して沈黙しているが、その物言わぬ壱型丙が自分を見下しているような気がして、隆の怒りがますます燃え上がる。
 機械に図星を挿されて逆ギレするなど、一人の人間として恥ずかしい行為だ。 普段の隆であれば当然のように自重しただろうが、今の彼は寝不足の疲れで正常な判断をする余裕が無かった。

「『・・・・・・』」

 睨み合う(?)隆とAsura-daに周囲の人間がどうしたものかと困り果てていると、場の雰囲気にそぐわない押し殺した笑い声が響き渡った。

「―――これは失礼。 ですが・・・・・・随分と隆くんはAsura-daと仲が宜しいようで」

 小さく肩を竦め、隆と壱型丙を見比べながら石井は心底感心したかのようにそう呟いた。
 
「止めてください・・・・・・ 仲が良いも何も、アレは所詮機械ですよ?」

 壱型丙を指差しながら隆は忌々しげに石井に答えた。
 Asura-daは所詮管制ユニットに搭載されたコンピューターだ。 擬似的な会話が出来るからと言って、隆はAsura-daを人と同じように見る気は無かった。
 心を持った機械の話は元の世界でアニメや漫画の中で見たことはある。 戦艦や戦闘機、人型ロボットはさておき、果ては車にまで人の心を模したコンピューターが搭載されていた。
 が、それらは架空の話だ。 どんなに精巧なロジックを組み上げても、変動的な心のカオスを再現できるワケが無い。 例えこの世界が戦術機なんて代物を開発できる技術があっても・・・・・・だ。
 しかし・・・・・・Asura-daの中身が【人】そのものであれば、どうだ?
 Asura-daのユニットには人が入れる大きさはないが、例えばそう・・・・・・脳髄だけなら余裕で収納出来るスペースはある。
 人の脳をコンピューターとして利用する。 鼻で笑いたくなる話だが、今は戦時下だ・・・・・・旧大戦のさなかのように、非人道的な研究が行われていても不思議じゃ無い。

(―――なんてな。 そんな物騒な代物を葵が許すわけないか)

 我ながら馬鹿な発想だと思う。
 もし仮にそんな代物がアレの中に入っていれば、その維持には凄まじい手間暇が掛かるに違いない。
 だが、そんな大掛かりな作業をしているのを見たことがあるか? 無い、とはっきり言える。 それに熊蜂にAsura-daが搭載されていた頃、欧州での戦いにおいて碌なメンテナンスもせずに何週間も前線で酷使し続けたのだ。 ・・・・・・馬鹿な発想も休み休みに言えと、自分を叱責したくなる。
 
「ま、そういう事にしておきましょう・・・・・・ ですが一言だけいいかな? 隆君」

 言って作り物めいた笑みを見せる石井。
 その時初めて隆はその笑顔に苛立を覚えた。
 愛想笑いを浮かべ過ぎて、それがそのまま固まったかのような石井の笑みに・・・・・・不快感を感じてしまったのだ。
 だが、そんな隆の心情などお構いなしに石井はゆっくりと口を開いた・・・・・・


「―――これかもAsura-daを宜しくお願いします・・・・・・ それがきっと、君の望みを叶える近道になりますからね」






※ ここからの内容はTE第三巻 (121P付近から) に目を通しながら読んで頂かないと、文章の流れが分かり難い箇所が多々ありますので予めご了承下さい。

 8月19日
 XFJ計画計画専用・第8格納庫 衛士詰所

「―――全然理解出来ねぇなぁ!!」

 少女の苛烈な怒声が狭苦しい室内に響き渡った。
 ブリーフィングに参加していた全員が声を発したタリサに視線を向ける中、静流は誰にも気づかれること無くこの茶番劇の様相に軽く呆れていた。

「―――黙れマナンダル!! 貴様は―――」

「構いませんドーゥル中尉、続けさせてさせてください」

 アルゴス試験小隊長であるイブラヒムを制した唯依はタリサに向き直り、先を促すかのように彼女を見据えた。
 茶番の立役者である唯依と、場の状況が掴めず呆然とした表情を浮かべるユウヤ。 二人に視線を向けた静流は肩を竦めてこの様相を静観することに決めた。

 ―――先日に引き続き、再度発令されたBETA上陸警報。
 残ったカリキュラムを消化するために再び試験小隊の出撃が決定され、静流も護衛部隊の指揮官として部下とと共にブリーフィングへ参加することになったわけだが、先程から始まった不毛な口論は今だに終わる気配が無かった。
 事の始まりは、XFJ計画責任者の一人である唯依が告げた試作99型砲の動作不良。 それに付随した弐型の出撃不参加に異議を唱える試験衛士と開発メーカーの人間、それを擁護するソ連側の責任者らしき男が語る不自然な提案。
 一見、様々な人間の思惑が渦巻く混沌とした様相に見えなくも無いが―――

「―――ふざけんな!! アンタに・・・アンタなんかに、ユウヤが掛け替えのない存在だなんて言う資格はない!!」

 意識を再び眼前で繰り広げられる口論に戻せば、激昂した様子で怒りを隠そうともせずにタリサがそう叫んだ瞬間だった。
 ・・・・・・言いたくはないが、当事者では無い者にとってこの口論はどう見ても痴話喧嘩の類にしか見えない。 内容は違えど、唯依とタリサは二人ともユウヤの身を案じた発言をしている・・・・・・口論と言っても、その種はお互いの立場と主観の相違が生み出すスレ違いに過ぎない。

「―――それで結構だ。 満足したか?」

 タリサとは対照的に、そう酷く冷めた口調で言い放つ唯依の剣幕に、室内が騒然とした雰囲気になる。
 負けじとタリサが口を開こうとした瞬間―――

「―――満足できません。 どのような形であれ、ブリッジス少尉は弐型にて作戦へ参加すべきだと思います」

 小さく、だがはっきりと堅い意志が籠められた声が横手から聞こえてくる。
 静流は驚きを隠せないまま、自分の隣に座っていた真奈美に視線を向ける。 気づけば室内にいる全員が自分を・・・・・・いや、隣に座る真奈美を見ていた。
 
「―――悪いが瀬戸少尉。 計画とは関係の無い貴官には黙っていて貰いたい」

 無表情だった唯依が初めて険しげな瞳を見せてそう警告するも、真奈美は椅子から立ち上がり彼女の視線を真っ向から受け止めて口を開いた。

「―――篁中尉。 お言葉ですが、私は自分がXFJ計画と無関係だとは思っておりません。 中尉達が心血を注いで開発している弐型、それはいずれ自分達帝国軍衛士が搭乗する機体です。 将来、命を預ける機体の開発を黙って見過ごすことなど私には出来ません」

 真奈美の言った内容は至極真っ当な話だ。 幾ら優秀な機体を開発したところで、現場の意志が反映されていない機体開発などメーカーと開発者達の自慰行為に過ぎない。
 真奈美と同じ思いを持つので異論を挟むつもりは無いのだが・・・・・・彼女が出過ぎた真似をしていることに違いは無く、現に数人・・・・・・ドーゥル中尉やサンダーク中尉が意味ありげな視線を送ってきている。
 止めるべきか、それとも言わせてやるべきか。
 静流は一瞬の逡巡を挟んだ後、真奈美の好きにさせてやることに決めた。 無責任とも取れる判断だが、ここで下手な禍根を残せば後々のためにならないと判断したのだ。 

「―――今は貴官の個人的感情を討論する気は無い。 先程ハイネマン氏が仰った通り、衛士の思惑や心情だけで計画を動かすわけにはいかないんだ」

「―――ならば開発メーカーとしてはどうでしょう? 今回の作戦に参加しなければ、弐型の開発計画に大きな影響を及ぼすのではないでしょうか? もしもの話ですが、今回の決定で後々弐型の開発が滞り、日本に配備されることが遅れればどうなるか・・・・・・篁中尉はその可能性をお考えにはならないのでしょうか?」

「―――貴官に言われずとも、私も帝国軍の一士官として祖国の現状には憂いている。 だが今此処で、未調整の機体で出撃させ、帝国軍機に精通した貴重な試験衛士を失うことは・・・・・・絶対にあってはならない」

「―――篁中尉は多くの帝国軍将兵の命よりもブリッジス少尉の命が大事だと、そう認識しても宜しいのですね」

 ―――それにだ、興味がある。
 発言は帝国軍衛士の立場としての言葉だが、裏を返せばユウヤの出撃を後押ししている内容だ。
 あれほどユウヤを敵視していた真奈美が、どうして今更彼の肩を持つ気になったのか? 
 彼女はこう言った席で無鉄砲に発言する性格ではない。 どこぞのグラサンと同じく、部屋の隅で黙って話しを聞くタイプなのに、今は周囲の注目を集めながらも口論に参加している。

 積極性を持ったと思えば喜ばしいことではあるのだが、もし個人的な感情を押え切れないのであれば―――

「―――まぁまぁ二人共少し落ち着いてください。 しかし、弐型を欲している帝国軍の方にこうまで言われては・・・・・・篁中尉も立つ瀬がありませんねぇ?」

 不意にハイネマンが口を開き、唯依と真奈美を見比べてから大仰に肩を竦めて見せた。

「これ以上の論争は時間の無駄でしょう。 数時間後にはBETAが上陸してくるのですから、時間的余裕はそれ程残されていないのですよ? 篁中尉のお気持ちは十分理解しました、その上で私は再び弐型の出撃を要請します」

 勿体ぶった言い回しに唯依が眉根を寄せるが、ハイネマンは構わず言葉を続ける。

「貴重な実験機とその試験衛士が参加する試験に慎重になるのはわかりますが、試験と言っても随伴機としての出撃。 加えて帝国軍の方々が直掩に就いて下さるのですから、過剰な心配は彼らを侮辱していると取られてしまいますよ?」

 言ってハイネマンはチラリと静流に視線を送る。

「―――今回、ジャール隊の護衛には別の部隊を用意している。 前回と違い帝国軍の貴官達は部隊を分担すること無く、全力でアルゴス小隊の護衛を務めてもらいたい」

 ハイネマンの言葉を後押しするかのように、ソ連側の開発責任者であるサンダークが突然の事実を付け加える。
 キート隊が壊滅した以上、別部隊がその任を引き継ぐのは当然なのだが、突然の配置転換には裏があるように思えてならない。

(―――自分達の実力を見せ付けるはずが、その当てが外れたからか? ・・・・・・いや、次の作戦ではコチラに見せたく無い何かがでもあるのか?)

 幾つかの可能性を考えた後、それまで固く口を閉ざしていた静流は小さく嘆息した後、仕方無しに口を開いた。

「―――だ、そうだ篁中尉。 時間が差し迫っている以上、私もこの論争は時間の無駄だと思うよ・・・・・・ どのような形であれ弐型は出撃させるべきだな」

 やや真奈美とはニュアンスの異なる言い回しに気づいたのか、唯依は静流の言葉に小さく頷く。

「―――分かりました。 弐型は随伴機として出撃させます。 ―――ただし搭乗する衛士はブリッジス少尉では無く、私が搭乗します」

 その発言で再び室内にどよめきが巻き起こり、抗議の声がそこら中で挙がる。 だがそれは、先程まで積極的に発言していた、ハイネマン、サンダークと言った開発側の人間ではなく、ユウヤと同じ試験衛士たちの声が殆どだった。
 ハイネマンはボーニングの人間として、どのような形であれ機体の試験が行われることを望むのは分かる。 だが全く関係の無いソ連側の責任者が満足気な顔をしている理由が分からない。
 彼にも、どうしてもユウヤを出撃させたい理由があるのか? 善意だけで動くような連中では決して無い、何か自分達に利があるからこそ、弐型とユウヤを出撃させたいのだろう。

 ―――と、なるとソレは何か?

 弐型のデータ収集? 今更そんなものを彼らが望むだろうか?
 ユウヤの技量向上? それが彼らの利に繋がるとは思えない。

 考え方を少し変えよう。 
 自分達の突然の配置転換は何故? ジャール隊の姿を見せたく無い、もしくは一箇所に部隊を留めて置きたいから?
 前者でならばいい、だが後者であれば? 部隊を集めさせ・・・・・・弐型の警護に集中させるために?
 今回の試験は試作99型砲が使用出来ない以上、内容は近接戦闘が主体となるので、安全を確保するために護衛を多くしたいのは分かる。
 分かるが・・・・・・それは日本側の考えだ。 ソ連側の人間が気にするところでは無い。

 可能性は幾つでも考えつくが、物事の本質が全く見えない。
 余計な考えを棄て、原点に立ち返ってみればどうだろう? XFJ計画に関わることでソ連側が利益を得るものは・・・・・・

「・・・・・・ふむ」

 ふと、静流の脳裏に漠然とした考えが浮かぶ。
 確証は無い。 あったとしてもおいそれと発言出来る内容では無く、ただの一士官が首を突っ込んで得をする問題でも無い。
 
(予防線を張るぐらいか・・・・・・私に出来るのは)

 杞憂であって欲しいと思いつつ部下への指示を考えていると、ユウヤが唯依の意見を肯定する胸の発言が耳に届いた。

 出撃を辞退し、弐型は唯依に任せると。
 試験衛士としてはあるまじき発言だが、そう言い放った彼の顔は異論の余地を挟む必要は無いとばかりに自信に満ち溢れていた。
 その横顔を見て、静流は彼の評価を大幅に修正する。
 初見では、実力に裏付けされた鼻っ柱を武器に、誰かれ構わず突っかかる青二才だと思ったが、今は周囲の人間の立場や自分の立ち位置をよく理解した上で発言している。
 ほんの数日で随分と様変わりしたものだ。 恐らく試作99型砲という機密に携わったことで、己に課せられた責任とあり方に気づいたのだろう。

(―――男子三日会わざれば刮目して見よ・・・・・・か。 何処かの誰かにも見習って貰いたいものだ)

 壱型丙の調整に駆り出された隆のことを考えている内に、ブリーフィングは終焉を迎えつつあった。
 どうあってもハイネマンとサンダークはユウヤと弐型を出撃させたいらしく、結局腹を決めたユウヤの考えを無下にする形で弐型の出撃は決定されブリーフィングは解散となった。

「―――篁中尉・・・・・・少しいいかな?」

 退出する唯依に近寄り、静流はそっと耳打ちするかのように呟く。

「三澤大尉・・・・・・ 申し訳ありません、先程は見苦しい姿を見せてしまいまして・・・・・・」

「いや、こちらこそ部下の非礼を詫びたい。 公の場で中尉に恥をかかせてすまなかったな・・・・・・後できつく言っておくよ」

「それには及びません。 彼女と同じ気持は私も持っておりますから・・・・・・」


「・・・・・・そう言ってくれると助かるよ。  詫びのついでと言ってはなんだが・・・・・・実はもう一つ詫びたいころがあってね」

 肩を落とす唯依の態度に苦笑を漏らしつつ、静流は誰にも聞かれていないことを確認してから彼女へ告げた。

「―――次の作戦、悪いがウチからは一個小隊しか出せない」






 ▽
 第9格納庫脇・連絡路

 ロッカーで強化装備に着替えた真奈美は、一人肩を落としながら乗機が待つ格納庫へ向かっていた。
 BETA接近の報を受け、出撃準備に追われた基地は喧騒に包まれている。 準備が出来た部隊が我先にと基地から出撃する中、発着場に向かう弐型とACTVの姿が真奈美の視界に映る。
 その姿を確認した瞬間、真奈美の足が止まる。
 地響きを立て、主脚歩行で進む弐型に目を向けた真奈美の脳裏に様々な思いが過ぎる。

(―――結局、ブリッジス少尉と話せなかったな)

 彼に先日の非礼を詫びたかった。 
 彼に感謝の気持を伝えたかった。

 だが結局、その機会は訪れることが無かった。
 代わりに訪れたのは、先程のブリーフィングで彼の希望を後押しする機会。
 あれで・・・・・・良かったのだろうか? スマートとなやり方だったとは思わないが、ユウヤの希望を叶えるために篁中尉の考えを覆すためには、ああ言うしか他に思いつかなかったのだ。
 ただ何故、ユウヤの願いを叶えてやりたいと思ったのか・・・・・・その理由は冷静になった今でも良く分からない。

(余計なことだったかなぁ・・・・・・隊長にも怒られちゃったし)

 自分が言わずとも、あのボーニングの代表がユウヤの出撃を唯依に飲ませた気がする。
 自らの立場を弁えない発言をしたことで、「後で、お仕置きだ」 と静流から釘を刺されるし・・・・・・やはり隆を見習って大人しくしていれば良かった。

「・・・・・・はぁ」

 気の抜けた溜息を漏らし視線を前に戻すと、格納庫の外に見知った人物がいるのに気づいた。

(あれ? ・・・・・・隆さん?)

 機体の整備不良が原因で今回の出撃に参加しない彼が、格納庫の壁に背を預けて佇んでいたのだ。

「―――こんなとこで何してるんですか?」

 当然の疑問を投げ掛け、真奈美は彼に近づいて行く。
 彼女に気づいた隆は壁から背を離し、目の前に停車しているLAV (軽装甲機動車) に顎を向け答えた。

「司令部で葵がCPを務めるんだとさ。 暇人がその送り迎えを仰せつかったわけだ」

 言って隆はわざとらしく肩を竦めて苦笑した後、それとなく周囲を見回した。 ・・・・・・サングラスで目元は見えなくても、そのちょっとした仕草で彼が何を考えているかぐらいは分かる。

「―――栞さんを待ってたんですね」

 的を射過ぎた質問に、隆の笑みが凍りつく。

「―――私より先に着替えてハンガーに向かいましたけど・・・・・・会わなかったんですか?」

 返ってくる答えを予想しながら真奈美は隆に問う。
 会っていたら、こんな場所に一人で佇んでいるわけが無い。

「―――そうか。 何処かですれ違ったかな?」

 そう言って所在無さ気に笑う隆を見て、真奈美はどう声を掛けていいか分からなかった。

 隆と栞、二人の関係がぎこちないのは今更語るまでも無い。
 その状況をなんとかしようと、珍しく隆が彼女へ歩み寄ろうとしているのだが・・・・・・傍から見ている限り、全て空回りで終わっている。
 当人どうしの問題である以上、周囲が語るべき言葉は何も無いのだが、黙って見ていることしか出来ないのは正直言って辛いものがある。

「―――なんか、らしくないですよ、今の隆さん」

「―――そうか?」

 聞き返してくる隆に 「そうですよ」 と、ぎこちない笑みを浮かべて頷く。

「らしくないか・・・・・・そうだな、確かに俺らしくないかもな」

 まるで自分に言い聞かせるように彼はそう呟き、何かに吹っ切れたかのような顔で言った。

「ま、お前に言うことじゃないけどさ・・・・・・橘のこと宜しく頼むよ」

 今回の戦闘に参加出来ない負い目でも感じていたのか、何時になく寂しげな笑みを浮かべる彼の懇願に・・・・・・真奈美は頷いて答えることしか出来なかった。







 本部棟二階 展望デッキ

「―――嫌なもんだな・・・・・・ 見送ることしか出来ないってことは」

 肌寒い展望デッキに一人出た隆は、出撃する多くの車両、戦術機の姿を見下ろしながらそう呟いた。

 隆の脳裏に、出撃する仲間の背を見送った記憶が蘇る。
 欧州の前線基地に居た頃、遡れば初めて実戦に参加した時のことを思い出してしまう。
 北海道に派遣され初めて実戦に参加した時も、胡蜂の整備に手間取って、仲間と共に出撃することが出来なかった。
 あの時と今の状況は同じ・・・・・・では無い。
 遅れこそしたが、整備の終わった胡蜂で出撃して栞と葵の危機に間に合うことができた。
 だが今回は・・・・・・出撃すら出来ない。
 部隊の仲間に何かあっても、自分は何もすることが出来ない。

「―――ま・・・・・・今更連中に何かあるとは思えないけどな」

 そう言って隆は自嘲気味に笑う。
 死傷者が付き物のBETA戦だが、これまで隆の仲間に被害が出たことは無い。 
 今回だってそうだ、試験部隊の警護なんて任務で彼らに何かがあるとは思えない。 何せ今回は、始まる前から勝ち戦だと決まっているような作戦なのだ。
 上陸が予想されるBETAの個体数は、監視衛星からの情報では4000ほどらしく、この基地が持つ迎撃能力を考えれば驚異と感じる数では無い。 それにだ、前回の試作99型砲が見せた光景が、多くの兵士に高い士気を保たせている
 だから前回と同じように、彼らはBETAを殲滅して戻ってくるはずだ。

「・・・・・・さて。 ハンガーに戻ってまたアイツの相手でもするかね」

 隆はそう呟いてフェンスから後ずさり、またあのお喋りコンピューターの相手をすることと、出撃前に静流から言われたことを思い出して渋い表情を浮かべる。
 
(・・・・・・ったく、肉体労働は洋平にだけ頼んでくれよ。 俺はどっちかと言えば事務方の人間だってのに)

 などと内心で呟く隆だが、格納庫で番犬まがいのことをしている洋平の姿を思い出して苦笑する。
 洋平が他所様に迷惑を掛ける前に戻るかと、展望デッキの入り口に振り返った隆は、

「―――タカシ?」

 辿々しい声で自分を呼ぶイーニァを見つけた。
 強化装備の上にBDUを羽織り、風で乱れる髪を抑えながらテクテクと近付いて来る少女。

「こんなところでなにしてるの?」

「ああ、いや特に理由は無いんだが・・・・・・ っと先日は助かったよ。 君等のお陰で生きて―――」

 そう礼を言おうとした隆だったが、先程までイーニァが居たデッキの入り口に少女とよく似た女性の姿を見つけて慌てて口を閉じた。 クリスカが刺すような視線で自分を睨みつけている・・・・・・もしイーニァに余計なことを言えば即座に殺す。 そんな恐ろしい想像をさせる圧力がその視線に含まれていた。

「―――こんな場所で一人呆けているは・・・・・・呑気なものだ。 貴様には衛士としての誇りは無いのか?」

 カツカツとコンクリートを踏み締めて近づいてきたクリスカは、イーニァと隆の間に立ち、剣呑な雰囲気を隠そうともせずにそう言い放った。

「―――誇りね。 んな大層なものが、俺にあったらどれほど楽なことか・・・」

 小さく呟いたその声がクリスカに届くことは無かった。
 元より聞かせるために言ったわけじゃない、今の自分を表すために思わず吐いた言葉だ。

「君等こそこんな場所で何してるんだ? 出撃前に散歩とは・・・・・・随分と余裕だな?」

 軽い気持ちで聞いた質問なのに、クリスカの表情が険しくなる。
 イーニァは兎も角、クリスカと円滑な人間関係を築くのは無理かもしれないなと、その顔を見た隆は内心で確信してしまう。

「ちがうよタカシ。 わたしがそらをみたかったから、クリスカにつれてきてもらったんだよ」

「空・・・・・・ねぇ」

 イーニァの言葉につられ、隆は空を仰いだ。
 晴れ・・・・・・てはいるが、雲が多くて快晴とは言えない空だ。

「そうか・・・・・・でも、此処は風が強いから身体冷やして体調を崩さないようにな・・・・・・出撃前なんだし」

 その言葉にイーニァは笑顔で頷いてくれる。 その傍らにいるクリスカは・・・・・・不快感を更に増している様子だった。 隆はそんな二人の顔を見比べた後、邪魔者はさっさと立ち去るかと足を踏み出したのだが、

「―――どうしてまだおこってるの?」

 イーニァの呟きに、隆は足を止めざる得なかった。

「―――怒ってる? 俺が? ・・・・・・まだ?」

「―――うん。 タカシはずっとおこってる。 なにがそんなにきらいなの?」

 意味が分からず聞き返すも、イーニァは頷いてそう答えるだけで本質的な理由は言葉にしなかった。
 隆は首を傾げ、無垢な瞳で自分を見上げる少女を見つめる。
 何処と無く霞に似たイーニァ。 もし・・・・・・この少女もまた人の心が読めるのであれば、きっと自覚していないだけで自分は何かに怒っているのかもしれない。
 
(・・・・・・何に、怒るんだ? 確かにクリスカには少々思うところはあるが・・・・・・だったら質問してはこないよな)

 考えても答えが出ない。
 無意識の内なのか、それとも知らずに抑えこんでいる何かなのか・・・・・・だが考えても答えが出ない程度の怒りであれば気にする必要は無いだろう。

「―――イーニァ、それは君の気のせいだ。 俺は別に怒っちゃいないから気にしないでくれ。 ・・・・・・けど心配してくれてありがとな。 今回俺は出撃出来ないから・・・・・・君等の幸運を祈ってるよ」

 ヒラヒラと手を振って隆は二人に背を向けて立ち去っていく。
 去り際に見えたイーニァ・・・・・・そしてクリスカの憐憫に満ちた顔が気にはなったが、隆は止まること無く足を進める。 背中に視線を感じるが、構わずデッキから屋内に入り、誰もいない廊下を歩き続ける。

 やることは山ほど残っている、些事を何時までも気にしている暇は無いんだ。 誰かを怒り続けるなんて、熱しやすく冷めやすい自分がそんなネチッこい感情を持ち合わせている筈がない。
 ―――それに嫌いだ? どんな相手でも良い場所を探して好きになろうと努力する自分が誰かを嫌いになるなんて・・・・・・無い。

 そう無いんだ・・・・・・だって自分が嫌いな人間は一人で十分だから。
 ソイツだけは、どんなに良い場所を探しても見つかるわけが無いから。

 八方美人な愛想笑いを浮かべて誰にでも媚び諂い、肝心なことから逃げ続けて、それを自覚しない臆病者。
 虚勢で塗り固められた外側は兎も角、保身と自己擁護で心の底が一杯な男を好きになどなれない。

 この感情が、麻美の好意を無為にするものだと自覚している。
 だが止められない・・・・・・止めることは出来ない。

「―――ッ!!」

 隆は足を止めて窓ガラスを睨みつけながら、漸くイーニァが語った言葉の意味を理解した。

 怒り、嫌う相手・・・・・・今も昔も変わらないそれは。



 ―――自分自身だ。









 BETA迎撃開始より65分 司令部棟付近

(私もまだまだ未熟だな・・・・・・ドーゥル中尉にいらぬ気遣いをさせてしまうとは)

 司令部棟の地下深くにある戦闘指揮所から地上に上がり、唯依は灰色の空を見上げながら皮肉げに口元を歪めた。

 BETAの迎撃は既に始まっており、作戦は順調に推移している。
 出撃前に突然通達された帝国軍機の出撃不参加も、作戦の遂行に支障をきたすことは無かった。
 ただ気になることと言えば、それをサンダークとハイネマンに告げた際、僅かだが二人が微妙に表情を曇らせたことだ。 機体に不備があるのは一機のみ、だと言うのに三人の衛士を作戦に参加させなかった静流の意図は唯依にも読めない。
 計画責任者の立場を使い、強制的に残り二人を出撃させることも出来たのだが・・・・・・

「―――三澤大尉は・・・・・・何かに気づいているのか?」

 思わず口に出した言葉に唯依は足を止めて考えこむ。
 戦闘指揮所でも感じていたこの作戦への違和感。 ユウヤと、そして弐型を取り巻く状況があまりにもキナ臭い。  漠然とした違和感を持つ自分と違い、静流は明確な何かを感じ取っているのだろうか?

(これが・・・・・・前線に身を置くものと違いか)

 山吹を纏う斯衛の一員だとしても、長らく戦場に身を置いてきた彼女との経験差は如何ともし難い。
 武家だなんだと持て囃されそうとも、所詮小娘に過ぎない自分には見えないものが多々あるのだろう。

「・・・・・・これでは奈華宮大尉に顔向け出来んな」

 自嘲気味に笑いながら唯依はそう口にして、空を見上げるのを止めた。
 アラスカを出発する前に麻美に言われた言葉を思い出す。
 ・・・・・・己の責務を果たせ。
 だがこんな無様な自分に、その責務が果たせるかどうか・・・・・・無事にユウヤと弐型をアラスカに返せるかどうか分からない。

 思案に耽る唯依の傍を、多くの車両が列をなして通りすぎていく。
 その中の一台が唯依の傍で停車し、ハンドルを握る男が窓を開けて彼女に声を掛けた。

「―――篁中尉、司令部にいなくていいのか?」

「平中尉? ・・・・・・貴方こそどうして?」

 不意に呼び止められ、その相手を確認した唯依は思わずそう聞き返してしまう。
 車列をなす車両の殆どは、カムチャッキー基地から輸送物資を届けにきた帝国海軍所属のトラックだ。 その中に第参開発局所属の慎二が乗る車が混じっていれば、唯依が疑問に思うのも当然だった。

「ああ、奈華宮大尉がカムチャッキー基地に到着したって連絡があったんでね。 金谷大尉を送りつつ、迎えに行くところなんだよ」

 言いながら背後に一瞥を送る彼の視線につられて目を向ければ、後部座席に座る麻香と目が合う、 慌てて唯依が敬礼を送ると、麻香は微笑を浮かべたまま後部ドアの窓を開けて彼女に声を掛けた。

「ご苦労様です篁中尉。 平中尉が言ったとおり、既に作戦が始まっているにも関わらずどちらへ?」

 穏やかな声だが、有無を言わさぬ迫力がその声にはある。
 斯衛から追放されたと言っても彼女の影響力が完全に消えたわけではない。 彼女の一言でXFJ計画から解任される可能性も・・・・・・全く無いとは言えないのだ。
 
「はッ!! 計画責任者として試作99型砲の進捗状況を直接確認に行こうかと。 試験部隊の作戦指揮はドーゥル中尉が引き継いでおります」

 折り目正しく唯依が毅然とした態度で答えると、麻香は満足そうに頷いた後、申し訳なさそうに顔を伏せてしまう。

「―――壱型丙といい試作99型砲といい、何ら力になれずに申し訳ありません」

 唐突にそう詫びられ、唯依はどう返答したらいいのかと困窮してしまう。
 壱型丙は兎も角、試作99型砲の件に彼女は何ら関わっていない・・・・・・確かに予備砲弾と各種消耗品を届けてはくれたが、それが原因で試作99型砲に異常が出たとは考え憎い。
 彼女が責任を感じる必要は無いのだ。 むしろ彼女が届けてくれた部品が無ければ、今頃弐型は未調整のまま出撃させることになり、今以上の不安を抱えることになっただろう。

「―――いえ、大尉はお気になさらないでください。 此度の補給支援・・・・・・心より感謝致します」

 弐型の調整を間に合わせてくれヴィンセントにも礼を言わねばと思いながら、唯依は深々と麻香に一礼する。

「―――立派になりましたね、篁中尉。 父君も、今のあなたを見ればどれほど誇らしく思うか・・・・・・」

「そう・・・でしょうか? 私などまだまだ若輩・・・・・・ 失礼ですが、金谷大尉は父に会ったことが?」

 感慨深く頷く麻香に唯依は気恥ずさを感じながら答えようとして、その疑問に思い当たった。

「―――ええ、貴方の父君には・・・・・・私も何かとお世話になりました」

 あっさりとそれを肯定する麻香。
 奈華宮家と篁家、確かに同じ九条の外様武家なので、何らかの交流があったとしてもおかしくは無いが・・・・・・家の者にも、巌谷中佐にも、父と麻香に接点があったなどと聞いた試しが無い。
 麻香が武家から追放されたことで、皆口を塞いで事実を無かったことにしているのだろうか?
 有り得ない話では無い。 だがそうだとしても、戦術機の開発に携わっていた父が、斯衛、海軍と渡り歩いた麻香と接点を持つ機会が何処にあったのだろうか?

 釈然としない思いを唯依が抱いたと同時、目の前の二人とは別の聞きなれた声が耳に届いてくる。
 
「どうしたの隆さん・・・・・・険しい顔してるわよ?」

「―――気にすんな、久しぶりに嫌な奴を思い出してイライラしてるだけだから。 ・・・・・・それよりいいのか? 司令部から抜け出して来て?」

「ええ、あの調子なら何も心配いらないでしょ。 後はちゃんと引き継いできたし・・・・・・皆が帰ってくるのを待ちながら、早く問題を解決しないと。 ・・・・・・ミースに言われた通り、まずはデータを吸い出して真っさらな状態にしてみて・・・・・・でも、アレだけの容量を何に移し替えようかしら・・・・・・流石に妙高のメインフレームは使えないだろうし」

「―――お~い、自分の世界に入るのはいいけど回り見て歩いたほうが・・・・・・そのまま行くと轢かれるぞ?」

「ん? 何よ隆さん、貴方にだって人事じゃ・・・・・・ きゃぁッ!!」

 自分が歩いてきたほうへ目を向けると、眼前を通り過ぎて行ったトラックに驚いて尻餅をつく葵の姿が見えた。
 何かに熱中すると周囲が見えなくなる葵の性格を知っている唯依は、その姿を見て思わず苦笑を漏らしてしまう。 話によると試作99型砲の問題と同じく、彼女が携わっている機材の調子も芳しくないらしいので、あそこまで考え込んでいるだろう。

「ったく、大丈夫か?」

「もう!! 教えてくれてもいいじゃない!! ・・・・・・あら?」

 隆の手を取って立ち上がった葵は漸くこちらに気づいたのか、照れくさそうにバインダーで口元を隠しながらゆっくりとした足取りで近づいてくる。

「お、お疲れ様、唯依。 ・・・・・・でもあなた、司令部にいなくていいの?」

 三度目になる質問に唯依は肩を竦ませてしまう。

「ドーゥル中尉が居るから私はお役御免だよ。 ・・・・・・葵と同じく、気になってるものもあるしな」

「そう・・・ね。 ほんと、お互い大変ね」

 そう言い合い二人で苦笑を見せていると、彼女の背後に居た隆が、不思議そうな顔で麻香の乗る車両に視線を向けているのに気づいた。

「どうかしましたか? 社中尉?」

「いや・・・・・・もしかしてその車に乗ってるのは・・・・・・海軍の人かな?」

「はい、此度の補給部隊を指揮されていた方がお乗りです」

「やっぱりそうか、いや、俺が壊した機体の代えを持ってきてくれたわけだし、礼の一つも言わないと失礼だなと思ってたんだよ。 会ったことのある静流さんや真奈美は誰だが教えてくれないし・・・・・・帰り際でも会えて良かった」

 言いながら彼は気さくな笑みを浮かべ、麻香の乗る車両へと近づいて行く。
 後部座席に座る麻香は彼の顔が見えないのか、不思議そうに首を傾げて自分を見ている。
 二人を互いに紹介すべきかと、唯依が思案している内に、

「っと・・・・・・帝国軍百里基地所属の社隆中尉であります。 私の不始末で御足労願い大変恐しゅ・・・・・・」

 ヒョコッと後部ドアから麻香に顔を見せ敬礼しつつ礼を述べる隆だが、その言葉が尻窄みになっていくのを聞いて唯依の顔が青くなる。 相手は麻香だ、そんなおざなりの敬意では彼女の機嫌を損ねてもおかしくは無い。

「か、金谷大尉!! 社中尉はその・・・・・・」

 なんとかフォローしようとするも、上手い言葉が見つからない。
 それでも中腰で車内を覗き込む隆の態度を改めさせようと手を伸ばす唯依だが、

「「・・・・・・」」

 隆と麻香、二人が目を合わせたまま硬直しているのを見て唯依は動きを止める
 サングラスがズリ落ち、呆然とした面持ちでいる隆はさておき、あの麻香が驚きに目を見開いて驚愕を露にしている。

「・・・・・・・・・・・・あ、麻香・・・・・・さん?」

 ポツリと呟いた隆の声に、麻香が息を飲むのが気配で分かった。
 隆が彼女を知っていることよりも、初めて見た麻香の表情に唯依が驚いていると、

「―――ん? ・・・・・・地震かしら?」

「―――お・・・・・・ほんとだ・・・・・・珍しいな」

 葵と慎二が周囲を見回しながらそう呟く。
 その直後、




 ―――コード991を知らせる警報が基地中に響き渡った。




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ソ連編 8話

第二部


 ソ連編  かれの苦悩は終わらない


 2001年8月15日
 ソ連軍ц04補給基地・帝国軍専用格納庫

「―――微妙に機体の挙動が変なのよ。 イメージとズレてるって言うか・・・・・・うまく言葉に出来ないけど、なんとなくしっくりこないのよね・・・・・・ 原因わかる?」

「う~ん・・・・・・記録簿を見る限り前回のフェイズ点検時に特に問題は見つかってませんね。 ただ、少尉達用にと送られてきたこれらの不知火はアイライン (メーカー送り) される予定を急遽変更してまわしたらしいので、万全とは言い難い状態なのは確かです・・・・・・ 出来る事なら全機オーバーホールしたいんですが、その時間も無ければ整備員の殆どが例の試作機の整備を優先するように言われてまして・・・・・・」

「―――人手も足りないと?」

「情けない話ですがその通りです。 重要性を考えれば当然の判断なのでしょうが、戦術機の整備を預かるものとして、衛士の要望に応えられない自分を恥ずかしく思いますよ」

「まぁまぁ、そう深刻に考えなくていいから。 どうせ私たちはここじゃ粗外様なんだからさ、いざBETAが攻めてきても無理して矢面に立つ必要は無いんだし。 整備はそっちの都合でゆっくりやって貰ってかまわないわよ」

「そう言って頂けると助かります。 不知火のメンテナンスはどうしても時間が掛かりますので・・・・・・性能は一級なんでしょうが、整備班泣かせの機体ですよ、コイツは」

「でしょうねぇ、見た目からして撃震や陽炎と比べて複雑そうだし・・・・・・ メンテもきっとめんどいんでしょう?」

「いえ、メンテナンスのしやすさ云々では無く、交換部品の問題ですね。 撃震や陽炎は元となったF-4やF-15が世界中て使用されているので比較的簡単にパーツを調達できるのですが・・・・・・ 純国産機である不知火の場合、必要な部品は全て本国経由で生産国から送って貰うしかありませんので」

「ああ・・・・・・西日本の太平洋ベルトが壊滅してから向こう任せなのよね。 東北の工業地帯の拡充も色々問題あって遅々として進んでないとか葵が言ってたわねぇ」

「ええ、純国産機に拘った弊害が一昨年前の本土進行による被害で顕著になりつつあります・・・・・・ 到底、技術廠の方々の前で言える台詞ではありませんが」

「ふふ、そうね。 まぁ部品云々は兎も角、貴方達には感謝してるわ。 こんな僻地でも不知火を使えるようにしてくれるんだから」
 
「それが我々の仕事ですので。 それに機体調整には、少尉達が先月まで派遣されていた欧州での実働データを参考にさせて頂いてます。 湿度の違いこそあれ、温度管理の点では此処も欧州も似たようなものですから」

「へぇそうなんだ? あんな場所まで行ったのも無駄じゃ無かったわけだ・・・・・・ 悪かったわ、忙しいトコ捕まえっちゃって」

「いえ。 では自分は引継ぎがありますので、これで失礼します」

「はいは~い、ご苦労様。 ・・・・・・あれ? 隆、何時からそこにいたの?」

「―――あ、いや、さっきからいたんだが・・・・・・ そ、それはさておき機体調整お疲れさん。 ドリンクあるけど飲むか?」

「ん、貰う。 気が利くじゃない、どう言う風の吹き回し?」

「い、いやぁ他意は無いんだが・・・・・・ほら、俺って機体をオシャカにしたからやることないんだろ? 今日には交換部品が届くって話だけど、損傷の度合いからいって暫く俺が出来ることなんてないだろうし。 暇してるのもなんだから少しでも皆の役に立てればと思ってな」

「ふぅん~ ま、なんでもいいけどね。 ・・・・・・あッ!! 葵ちょっといい~!? 今日不知火の部品が届くって話聞いてるけど、整備班の人たち手が足りてないんだからあんまり急かすんじゃないわよ~」

「お、おい、橘・・・・・・」

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おかしい)

 決して美味しいとは言えない栄養パックを咥え、二人の様子を見ていた真奈美は訝しげに眉根を寄せた。
 傍目から見る分には二人のやり取りは至って普通に見えるだろう。 だが、彼らと付き合いの長い真奈美は、二人の間に漂う微妙な違和感に気づいていた。
 ここ最近の栞の様子が少し変だったので、そのせいかと真奈美は最初思ったが、よくよく二人を観察しているうちに自分の予想に確信が持てなくなっていた。
 数日前まで、浮き沈みに偏りがある栞が無理して平静を装っている風に見えたのだが、今の彼女は至って普通に見える。
 ・・・・・いや普通なのは良い事なのだけど、整備員との機体整備の打ち合わせや、部隊の仲間と談笑する時なども普通なのだ・・・・・・傍に隆がいても。
 彼女をよく知る人間ならば、それがどれだけ異質なことかは今更説明する必要も無いだろう。

「―――栞さん、また何か変な手でも思いついたのかな?」

 もごもごと、栄養パックを咥えながら真奈美は整備員から渡されたチェックシートに目を通す。
 様子がちょっと変でも鬱ぎ込まれるよりはいいし、隆を軽くあしらうのは何らかの策を考えたせいに違いない。 真奈美はそんなことを考えながらチェック項目にペンを走らせる。
 確定情報ではないが、BETAが再び侵攻してくる確率が高いらしい。
 試験小隊はまだ幾つもの試験項目を残しており、BETAの侵攻があればまた防衛戦に参加するそうだ。 真奈美たちは前回と同じくその警護に就く予定なのだが、あの試作99型砲が次も振るわれる機会があれば、自分たちの出番など皆無だろうと考えていた。 

「ま・・・・・・BETAをたくさん倒せる武器だし、文句は無いんだけどね」

 ポツリと真奈美はそう呟き、自機のメンテを行っていた整備員にシートを手渡す。
 二、三、機体のことで打ち合わせをしつつ脇目でしっかりと隆達の様子を伺うと、機体の機動点検を終えた栞が葵を連れて格納庫から出て行き、その後ろを躊躇いがちな足取りで隆が付いていくところだった。
 そんな隆の姿を見て、真奈美は思わず溜息を漏らしてしまう。
 軍人らしくないのは今に始まったことでは無いが、どうにも今日の隆は一人の人間としても何処か頼りなさすぎる。 何時も以上にヘラヘラしてるし・・・・・・はっきり言えば、カッコ悪い。

「・・・・・・なんかやだなぁ」

 整備員との打ち合わえを終え、空になった栄養パックをダストボックスに放り投げて肩を落としていると、来客が来たと伝えられて席を外していた静流が格納庫に戻ってきた。

「―――どうした真奈美? 何か面白いことでもあったのか?」

「へ? ・・・・・・隊長、私そんな顔してました?」

 声を掛けられた真奈美が聞き返すも、静流は苦笑を浮かべるだけで何も答えなかった。
 怪訝な顔で彼女を見返しながら自分の頬をグニグニと指で揉み始めた真奈美の視界に、静流の背後にいた女性の姿が飛び込んでくる。
 相手の顔を確認するよりも早く、襟に光る大尉の階級章を確認した真奈美は反射的に頬から手を離して敬礼を送る。
 真っ白な軍服を見にまとい、赤みがかった長い黒髪を窮屈そうに制帽の中に押し込めた女性は、真奈美へきっちりと答礼を返して微笑を浮かべる。 その顔を確認した真奈美は、口元をピキッと引き攣らせ様々な疑問を抱くのだが、そんなことなどお構いなしとばかりに女性は口を開いた。

「―――久しぶりですね真奈美。 元気そうで何よりです」

「・・・・・・は、はぁ、10日も経ってないと思うんですが、金谷大尉もお変わりないご様子で」

 ピクピクと、口元ならず頬までも引き攣らせて答えた返答に、彼女・・・・・・帝国海軍所属の金谷麻香大尉は不満そうに眉根を寄せた。

「?? ・・・・・・金谷大尉? なにか?」

 そう問い掛けるが返事は無い。
 何か失礼なこと言ってしまったのだろうかと、真奈美が自分の発言を思い返していると、麻香は小さく溜息を漏らしてポツリと呟いた。

「―――私、傷つきました」

 その一言だけで合点がいった。
 彼女が望む言葉を思い浮かべながら真奈美は躊躇いがちに口を開き・・・・・・諦めた。
 無理だ、不可能だ、上官侮辱罪云々じゃなくて、この人にそんな言葉を掛けるのは何かが間違っている気がする。 幾ら脅迫に近い訴えだとしても、譲れない何かはきっとあるはずだ・・・・・多分。

「―――あ、麻香さん。 お、お元気でしたか?」

 麻香の真摯な眼差し?を何とか跳ね除けて答える真奈美。
 その頬が先程よりも引き攣っているのは言うまでも無い。 だがしかし、彼女が身を切るような思いで言ったにも関わらず、麻香はどこからか取り出したハンカチを目に当て悲しそうに顔を伏せた。

「―――お姉様とは言ってくれないのですね」

「無理です!! それだけは無理です!! だって私たちそんな関係じゃありませんし・・・・・・ あ、そんな関係って勿論怪しい意味じゃありませんよッ!! 姉妹とか従姉妹とか義姉妹とか、そう言った意味ですからね!! 三澤隊長!! なに意味ありげに笑ってるんですかッ!? 変な誤解は隆さんにだけしてくださいよ、もうッ!!」

 そう必死に捲し立てるも、静流は楽しいネタを見つけたとばかりにニヤニヤと笑い続けた。 麻香に弁明を求めようにも、諸悪の根源である彼女は正直言ってアテにならない。
 そうだ、全てこの風変わりな海軍士官が悪い。 ってかなんで船乗りのくせに陸にいるのよこの人?

「ふふ・・・・・・ 金谷大尉、何時の間に私の部下と親交を深めたのですか?」

「あら? 私が真奈美と親しくなることに何か問題でもあるのでしょうか三澤大尉?」

「ええ、それなりに。 将来有望な人間が他所に目を付けられるのは個人的にあまり面白くありませんので」

「なるほど、ですがそれは杞憂です。 少なくとも私は真奈美を海軍へ誘う気は欠片もありませんし、彼女もまたそのような道は望まないでしょう。 私は真奈美に何かを強制するのでは無く、一人の先任として陰ながら彼女を手助けできればと」

「ふむ・・・・・・具体的にはどのようなことを?」

「先日、本人から武御雷に搭乗したいと聞きましたので、時期を見て斯衛へ推薦しようかと・・・・・・」

「ほほぅ、真奈美は斯衛軍に行きたいと? それは初耳でした。 そうなのか真奈美?」

「はぃぃぃッ!? ちょ、ちょっと待ってください!! こないだの話は麻香さんが勝手に・・・・・・いえ、私も武御雷には興味ありますけど・・・・・・ ってそうじゃないッ!! なんでいつの間にそんな話になってるんですかッ!? 私の進退ってこんな場所で決めるようなことなんですかッ!?」

 そんなこんなで真奈美が含みのある物言いでお互いを牽制し始めた二人に戸惑っている間に、一輌の87式自走整備支援担架が格納庫に侵入してきた。
 わらわらと不知火の整備を行っていた整備員達が支援担架に集まる様子を見て、真奈美の視線がそちらに引き寄せられるも、支援担架のコンテナ部分はシートに包まれており、中に何が搭載されているのかは分からなかった。

「―――ご要望の品です。 カムチャッキー基地からココまで、なかなかの長旅でした」

 静流や真奈美の視線に答えるかのように、麻香は支援担架をチラリと一瞥してそう言った。
 意味が分からず真奈美は車両と麻香を見比べる。
 確かに本日、損傷した隆の機体を修理するためにアナディリに停泊している帝国海軍から部品が届けられるとは聞いていたが、到着したのは戦術機を丸々一機運搬できる大型トレーラー・・・・・・他にも細々とした輸送車の姿は見えるが、そのサイズから言って戦術機に必要な部品を搭載しているとは思えない。
 聞いていた話と違うんじゃないかと、真奈美は首を傾げ・・・・・・漸く麻香が此処にいる理由に気付いて愕然とした。
 先程の発言通り、麻香は補給部隊に同行してカムチャッキー基地からこの前線基地まで来たのだろう。 防衛戦の内側である内陸部であっても半島の殆どが危険区域にしていされているこのカムチャッカ半島を、足の遅い車両と共に渡ってきたと彼女は言ったのだ。

(・・・・・・感謝すべきなんだよね)

 内心ではそう思うものの、それを指示した人物のことを考えてしまい真奈美は複雑な気分になってしまった。
 危険を冒してまで来てくれた麻香に感謝したくとも、あの男の影が脳裏にチラついては素直になることが出来ない。 子どもっぽい蟠りだと自分でも分かっているが、一度考えてしまうと麻香の好意的な態度すら意図的にやっているのではないかと疑ってしまいそうになる。
それでも幾許かの敬意を麻香に向けているうちに、支援担架のコンテナが垂直に持ち上がり、整備員達の手によってシートが剥がされコンテナの中身が露になった。
 日本軍機の特徴ともいえる頭部のブレードアンテナ。 第三世代機にありがちな上半身にボリュームのあるマッシブなスタイル。 外見は現在使用している不知火とほぼ同じだが、装甲やセンサー類の僅かな差異に真奈美は見覚えがあった。

(―――壱型丙?)

「・・・・・・修理部品を頼んだはずが、蓋を開けてみれば特注の改良機がお目見えとは・・・・・・ 海軍は随分と気前がいいのですね?」

 真奈美が抱いた疑問を麻香に投げかける静流。 真奈美は壱型丙と麻香を見比べながらその返答を待った。

「―――いえ、この機体はとある方々からあなた方へと・・・・・・私たちはその仲介をしたに過ぎません」

 変わらぬ笑みを浮かべて答える麻香。
 だが一瞬だけ、笑みの中に悲しさが見えた気がした。

「―――随分と気前の良いアシナガオジサンがいたものです。 ・・・・・・宜しければその先方とやらを教えて頂けますか?」

「はい、本国からXFJ計画のために派遣されている技術廠の方々です」

「ほぅ・・・・・・彼らがコレを」

 あっさりと答えが帰ってきたことに納得出来ないのか、静流は鋭い目付きで麻香を見据える。
 真奈美も素性がいまいちよく分からない人たちの気前のよさに不信感を覚えたが、元は葵がいた部署だったことを思い出し、また彼女が自分のコネを使って無茶をしたのだろうと一人で納得してしまった。

「―――腑に落ちない点はありますが、戦力の補充はこちらとしても願ったり叶ったりです。 ありがたく使わせて頂くことにしましょう」

 静流も似たような考えに辿り着いたのか、肩を竦めて納得したようだった。

「それが宜しいかと。 ・・・・・・差し支えなければ、この機体に乗る予定の衛士を教えて頂けませんか?」

「衛士・・・・・・ですか? 何か気になることでも?」

「いえ、個人的な興味です。 陸軍では扱いにくいとされた壱型丙ですが、空母からの艦載機として扱うのであれば欠点とされた航続距離や稼働時間はさしたる問題でもありません。 もし現存する機体が海軍に配備されることになれば壱型丙に搭乗した衛士の話は貴重ですので、後ほど色々な話しを聞くためにもまずは挨拶でもと思いまして・・・・・・」

 微笑を浮かべて答える麻香だが、その回答に真奈美は疑問を覚えた。
 確かに様々な点で難有りとされた壱型丙だが、上陸地点の確保や支援目的と言った限定的な運用であればその性能を遺憾なく発揮できるに違い無い。
 ―――だが、日本海軍は国際条約で空母の保有を認められていない。 壱型丙を艦載機として扱おうにも、搭載する空母がいなくては話にならないはずだ。

「・・・・・・なろほど。 断る理由もありませんのでお答えしたいところですが、届いたのが壱型丙となると機体を損傷させた人間をそのまま載せるわけにもいきませんので・・・・・・ 真奈美、この機体お前が乗ってみるか?」

 当然それを理解していると思った静流があっさりと頷き、唐突な質問をしてきたことに真奈美は目を白黒させてしまう。

「へ? え、いえ・・・・・・その・・・・・・興味はありますが、此処はやはり隊長か川井中尉ではないかと。 以前も言いましたが、高性能機は指揮官か部隊で一番腕の良い人が乗るべきです」

「―――真奈美、それは謙遜ですか? 部外者の私が口を挟むことではありませんが、先日行われた防衛戦の戦闘映像を見て、私は自分の目に狂いが無かったことを確信しました。 あなたの機動は衛士となって一年足らずの人間が出来るものではありません。 その実力を得るまでに、どれほどの努力と・・・・・・そして実戦を経験してきたか私は知りませんが、あなたの技量は間違いなく一流と言って差し支えないでしょう。 ですからもっと自分自身に自信を持ちなさい・・・・・・もし誰かからの妬みの言葉を恐れ、そう思えないなら私を思い出しなさい。 ・・・・・・私はあなたを卑下する人間を許しません。 もしそんな人を見かけた時には、私の左手が光って唸って轟叫びます。 ・・・・・・意地っ張りな愚妹すら泣き叫んだ技ですので、効果は折り紙付きですよ」

「え、えっと・・・・・・よく分かりませんけど、取りあえずありがとうございます」

 何処まで本気か分からず、更に途中から変な流れになってしまったが、強い眼差しで告げる麻香の表情から世辞を言っている風には到底思えず、真奈美は心の中に燻っていた蟠りが薄れた気がした。 

「―――妹ね。 兎も角、金谷大尉にご足労頂いたからには、機体を損傷させた本人にも礼の一つを言わせんと示しが付かないな。 ・・・・・・真奈美、あの暇人が何処にいるか知っているか?」

 その問いに真奈美は力強く頷いた。 今この部隊で暇人はただ一人、先程栞を追いかけて格納庫を出て行った変態しかいない。
 
「隆さ・・・・・・社中尉でしたら、先程、橘少尉達と格納庫から出て行く姿を確認しました」

 部外者である麻香の手前、それなりに肩苦しい態度で答える真奈美。 幾らあんな変態でも他所様の前で上官をさん付けて呼ぶのは不味いと思ったからだ。
 しかしそんな彼女の心情とは裏腹に、麻香は浮かべていた笑みを消し去って顎に指を当て、考えこむような仕草を見せていた。
 
「あの・・・・・・麻香さん?」

「・・・・・・っと、これはいけませんね。 どうにもその名前を聞くとイラつ・・・・・・失礼。 不快な気分になってしまいます」

 再び眉根を寄せて頭を振る麻香。
 真奈美は曖昧な笑みで頷きつつもその実すごく気になっていた。 こんなにも不快に思われながらも麻香と結婚した旦那さんがどんな人なのか・・・・・・ それを聞いてみたい欲求に駆られると同時、静流の指示が耳に飛び込んでくる。

「―――悪いが真奈美、隆を呼んできて貰えるか?」

「はい、了解しま・・・・・・」

「いえ、それには及びません。 件の衛士とは機会があれば何時か顔を合わせることもあるでしょう。 三澤大尉、お手数ですがあちらで機体の受領書にサインを・・・・・・真奈美は機体のチェックをお願いします」

 真奈美の言葉を遮り、麻香はきっぱりとそう言って静流を連れ格納庫の詰所に行ってしまった。

(・・・・・・本人に会えばはっきり別人だって納得出来ると思うんだけど・・・・・・まぁいいか)
 
 立ち去る二人の背を見送り、真奈美は搬入された壱型丙へ向かって歩き始める。
 遠目には分からなかったが、担架に固定された壱型丙も自分たちにあてがわれた不知火と同じように、随分と酷使された機体のようだ。 関節やセンサー類は新品に交換されているようだが、装甲に刻まれた細かいキズや汚れを見れば、BETAとの戦闘を経験してきた機体だと見て取れる。
 わずか100機程度しか生産されなかった壱型丙だが、その殆どは98年の本土侵攻、その翌年の明星作戦に投入されたと聞いている。
 この機体もその例に漏れず、二つの大規模作戦に参加した機体なのかもしれない。

「・・・・・・壱型丙かぁ」

 ポツリと呟く言葉とは裏腹に、真奈美の脳裏には壱型丙では無い別の機体の姿が浮かぶ。
 壱型丙から連想される機体・・・・・・それは純白の装甲を持った所属不明機。

 ―――【白い機体】

 あの新潟での接触以降、姿を見ることはおろか噂すら聞くことは無く、一部から夢でも見てたんじゃないかと聞かれたが、圧倒的な力で蹂躙された記憶は確かに残っている。 損傷した機体と言う物証と、真奈美のみならず隆や静流が覚えている以上、幻や幻覚の類なわけがない
 再び敵として相まみえるかは分からないが、再びあの【白い機体】と相対した時、果たして自分はどれだけ戦えるのだろうか?
 また無様な姿を晒せば、今度こそ誰かを守りきれないかもしれない。
 あの悔しさを二度と経験しないよう、真奈美はこれまで努力を続けてきた・・・・・・ あの機体に立ち向かう技術を得ようと足掻いた結果、彼女は強くなれたのだ。
 先程の麻香のようにそれを部隊の仲間は認めてくれつつあるが、果たして周囲が言うほど自分は優秀なのだろうか?
 手も足も出なかったあの機体と、今なら満足に戦うことが出来るのだろうか?
 人類がBETAとの生存競争に明け暮れる中で、戦術機同士の戦闘など起きるわけが無いのだが、真奈美は自分が再びあの機体と戦う運命にあると予感していた。

(不知火じゃ・・・・・・きっと勝てない。 麻香さんが言った通り武御雷なら・・・・・・あるいは)

 自身の腕を過信したわけでも、不知火のスペックを甘くみたわけでもない無い。 
 だがそれが事実だ、あの出鱈目な運動性と膂力を持った 【白い機体】 と不知火では、スペックに開きがありすぎる。 せめて武御雷があればと、ありもしない希望を抱いてしまうほど 【白い機体】 の圧倒的な姿が真奈美の記憶に焼き付いていた。
 色々な不安を考えながら壱型丙を見上げる真奈美だったが、不意に気配を感じて背後を振り向いた。
 突然振り向いた彼女に驚いたのか、一組の男女が戸惑いの表情を浮かべながら真奈美へ近づいてくる。

「瀬戸少尉・・・・・・だったか? すまない、邪魔をするつもりは無かったんだ」

「い、いえ!! ご苦労様です、篁中尉ッ!!」

 申し訳なさそうに謝罪する唯依に、真奈美は慌てて敬礼を作り返答した。
 唯依の背後にいたユウヤにも一応の敬礼をし、真奈美はなんでこの二人がここに居るのかと首を傾げた。
 アルゴス試験小隊が占有している格納庫は隣のブロックだ。 帝国軍が間借りしているこの格納庫に二人が訪れる理由など無いはずだが・・・・・・ そんな真奈美の疑問を他所に、唯依は生真面目な顔を作って彼女に問うた。

「金谷大尉がこちらに居ると聞いたのだが・・・・・・ 知っているか?」

「―――はい、金谷大尉でしたら三澤大尉とあちらへ・・・・・・」

 なるほどと内心で納得しながら、真奈美は二人が向かった詰所を指差す。
 唯依は軽く頷き立ち去ろうとするも、ユウヤは壱型丙を見上げてその場から動かない。 数歩進んだところで唯依がそれに気付いて振り返り、怪訝な表情を作って彼に問いかけた。

「―――どうしたブリッジス少尉?」

「―――篁中尉、俺まで挨拶する必要は無いと思う」

「それはそうだが・・・・・・いいのか?」

「ああ、礼は一度言った。 あの人の姉なら、あまり遜るのは逆効果だと思うしな」

 ユウヤの嘆息混じりに言葉に唯依は肩を竦めて 「それもそうだな」 と答え、彼を残して立ち去ってしまった。

「・・・・・・」

 唯依が麻香達の後を追って立ち去ってしまい、残された二人の間に気まずい空気が流れる。
 真奈美的には、どうしてユウヤは唯依と一緒に行かなかったのだろうかと当然の疑問を抱くものの、麻美と似た外見を持ちながらも独特の雰囲気を持っている麻香を、ユウヤが苦手に思っているなどと真奈美が知る由もない。

「・・・・・・壱型 (ファースト) か」

 ポツリとユウヤが壱型丙を見上げて呟く。 声の調子からして沈黙に嫌気がさして言ったとは思えないが、独り言にしてはやや声量の大きな声だった。
 真奈美が彼に視線を向けると、ユウヤもまた彼女を見ていた。
 お互い初めて顔を合わせてからと言うもの、相手を罵り合うことばかりを口にしていた。 今回もまたそうなるのかと、隠痛な気持を真奈美は抱いてしまう。 
 彼が気に入らないのは確かだか、その理由が何かと問われても・・・・・・真奈美は直ぐに答えることが出来なかった。
 米軍出身でアメリカに生を享けた日系人だから ・・・・・・などと分かりやすい偏見に満ちた思いは無い。
 真奈美は欧州にて、米軍から派遣されたジャックやハティと一緒の部隊で戦ってきた。 アメリカへの蟠りなど、あの賑やかな二人を見てとっくに霧散してしまった。
 ユウヤもあの二人ぐらい気の良い人間だったら良かったのにと思うが、もしそうだとしても何故か彼とは馬が合わない気がする。 ・・・・・・まぁ例え馬が合ったとしても、自分を子供呼ばわりし、不知火と日本を馬鹿にした男と仲良くする気など一切無いが。

「・・・・・・一つ聞いていいか?」

「・・・・・・なんでしょうか?」

 込み上がる感情を抑え真奈美は努めて平静を保ったつもりだったが、返答した声には隠しきれ無い苛立が含まれていた。
 ユウヤはそれに気づいていないのか、壱型丙を見上げて言葉を続けた。

「お前たちは・・・・・・TYPE94に何を望むんだ?」

「・・・・・・?」

 ユウヤの質問の意図が見えず、真奈美は怪訝な顔で彼の横顔を見続ける。
 先日、不知火のポテンシャルが低いと貶しそれに乗る日本の衛士を不憫とまで言った男が、突然自分に意見を求めてくる・・・・・・此処数日の間で彼の心境に劇的な変化でもあったのだろうか?

「―――勿論、開発の目的は知っている。 日本側の使用要求には目を通したさ・・・・・・だが実際にTYPE94に搭乗しているお前たちは、あの機体に何を望んでいるんだ? 計画に参加している日本の連中は誰もそれを口にしない。 まるで俺が自分で気付くのを待っているかのように・・・・・・聞いても答えちゃくれないんだ」

 疑問を持つ真奈美を他所に、ユウヤは淡々と言葉を続けていく。 ・・・・・・だがその顔には、隠しきれ無い焦りが垣間見えた。

「―――俺はF-22に搭乗した経験がある。 同じ第三世代機でもTYPE94とF-22じゃ、性能のベクトルが・・・・・・機体の特性がまったく違うことに気付いたよ。 総合性能ではF-22に軍配が上がるかもしれないが、不知火の持つ運動性の粘り強さはF-22よりも上だ。 それが近接格闘型の特徴なんだろうが、正直言って俺はそれを活かし切れているとは言い難い。 ・・・・・・カタナを使うと実感するよ、未だに機体に振り回されてるってな。 俺が生身でカタナを振り回した経験でもあれば少しは違うんだろうが・・・・・・」

 ふうっと彼は小さく溜息を付き、皮肉げな笑みを浮かべた。

「こんなこと言っちゃ試験衛士として失格だな。 ・・・・・・だけど必ずモノにしてみせる、TYPE94の近接機動格闘能力を更に引き上げてみせる。 ・・・・・・それがお前たち、日本の衛士が望むTYPE94なんだろう?」

 再び真奈美へ視線を向けて問い掛けるユウヤの顔には、焦りと何かに縋りつこうとする必死さがあった。
 ユウヤに変化を促し、こうまで駆り立てる理由はなんなのか?
 先日の試作99型砲がその一端を担っているのは間違いなだろうが、それ以外の理由に検討が付かない。
 彼に同意を求められた真奈美は、腑に落ちない点を幾つも感じながら答えた。

「・・・・・・私も他国の第三世代機であるEF-2000に搭乗した経験があります」

 真奈美の言葉にユウヤは驚いたように目を見開いた。
 実戦部隊の人間、しかも自分よりも明らかに年若い少女が、他国の最新鋭機に搭乗した経験があると言われればその反応も当然と言えるだろう。
 ユウヤが見せた驚きの表情を見て、真奈美は少しだけ気を良くしながら話しを続ける。

「私から見てEF-2000と不知火の性能差にそれ程の開きがあるとは思えません。 ・・・・・・それにスペックではEF-2000のほうが上だと理解していますが、操作フィーリングが不知火に似ていたので扱いに困ることもありませんでした」

 噂ではあるがEF-2000の開発には日本の技術が参考にされたらしい。 そう考えると、機種転換訓練に労を困じなかったのは、言うなれば源流を同じとする機体だったせいなのかもしれない。
 
「F-22も一度だけ戦場で見る機会がありましたが・・・・・・アレは不知火やEF-2000とは全くの別物ですね。 ブリッジス少尉の言うとおり、一見しただけで開発思想からして違うことが伺えました。 優秀な機体なのでしょうけど、砲撃戦に重点を置き格闘戦をそれほど重視していないF-22は日本の戦場では不向きな機体です」

 そこで真奈美は一度言葉を区切り壱型丙を見上げて逡巡する。 ユウヤは沈黙を貫き、そんな彼女の言葉を待った。
 ユウヤの意見を肯定していいのだろうかと、真奈美は僅かに躊躇う。
 彼は誰に教えられるでもなく、日本の思想を理解し、それを叶えようとしている。
 人間性はどうあれ、試験衛士としての思いは本物なのだろうが・・・・・・それを素直に納得出来ない自分がいる。
 
「―――BETAとの正面対決を余儀なくされる日本には、近接格闘に特化した戦術機が必要なんです」

 だがこれ以上、素直に語ってくれた彼に子供じみた反感を抱くのは失礼だと思った真奈美は、目を伏せながらそう告げた。

「そうだよな・・・・・・ やっぱり弐型には近接戦闘が必要なんだ。 その経験を積むことで弐型は本物になり・・・・・・俺も衛士として更に上にいけるはずだ」

 拳に力を籠めて満足気に頷くユウヤの言葉に、真奈美は自分が抱いていた彼への不信感が形となりハッと我に返った。

「―――あなたは本当に弐型に経験を積ませたいんですか?」

「・・・・・・なんのことだ?」

 訝しげな瞳で自分を見るユウヤを真っ向から睨みつけ、真奈美は激昂しそうになる自分を抑えながら口を開く。

「―――アメリカで日系人がどんな扱いを受けているのかを私が知らないと思いましたか? 知人に各国を飛び回っていた人がいるので私は他国の事情を少しばかり耳にしているんですよ。 ・・・・・・大変でしょう? 日系人のあなたが米軍内で地位を築くのは? 計画のためと国連に派遣されてきたそうですが、派遣ではなく本当は志願したんじゃないんですか?」

 止めろと、真奈美が内心で自分を止めようとするが、口火を切ってしまった口は止まらない。

「日本人は同族意識が強いところがあります。 そこを巧みに利用することを思いついた貴方は、計画に参加する風を装い米軍に有益な情報を持ち帰る・・・・・・ 全ては米軍内での地位を確立するために。 それが貴方の本心なんでしょう?」

 可能性の一つとしては考えていたが、心の底からそう思っていたわけじゃない。
 彼が悪いんだ。 好き好んでBETAとの戦闘を望むその姿勢が、いらぬ疑惑を考えさせてしまう。

「あなたのエゴに・・・・・・不知火を巻き込まないでください」

 ピシャリとそう言い放ち、真奈美はまたやってしまったと内心では深く後悔した。
 恐らくまた口論になるのだろう、騒ぎになれば静流や唯依、果ては麻香にその姿を見られることになるが・・・・・仕方がない、全ては自分が自分がまいた種だ。 彼には悪いが付き合って貰うほか無い。
 きっと怒声が返ってくるだろうと、真奈美は覚悟を決めたのだが・・・・・・

「・・・・・・久しぶりだな、そう罵られるのも」

 返って来たのは拍子抜けするほどあっさりとした嘆息混じりの声だった。

「お前の言うとおりだ。 米軍じゃ・・・・・・俺みたいなハーフに対する風当たりは強い。 忘れてたよ、最近は嫌味を聞くこともあまり無かったからな。 ったく、ヴィンセントに言われたばっかりだったのに何焦ってんだよ俺は」

 ポカンとする真奈美を他所に、ユウヤは苦笑を浮かべて後頭部を指で掻いた。

「自分で言うのもなんだが、俺は戦術機に乗ることしか能がない人間だ。 そんな人間が自分の地位だとか名誉に拘ると思うか?」

「・・・・・・知りませんよ、貴方のことなんか」

「だろうな。 だが一つだけ覚えておいてくれ、俺は自分の私利私欲だけで弐型に載ってるわけじゃない、確かに自分の腕を引き上げるために弐型を利用しているのは認めるが、弐型を完成させたい思いは本当なんだ・・・・・・ 弐型を中途半端な機体にしたら、俺に機体を託してくれた篁中尉や、切っ掛けを与えてくれた奈華宮大尉に申し訳が立たない・・・・・・」

「だから知りませんよッ!! 貴方のことなんかッ!!」

 とうとう堪えきれずに、真奈美は声を荒らげてユウヤを拒絶した。
 駆動する機械音で騒がしい格納庫に激昂した真奈美の声がどこまでも響き渡り、壱型丙の納入チェックや他の機体に張り付いていた整備員の注目を集めてしまう。
 幾つもの視線を受けながらも真奈美は止まらない。 止めることが出来ない。

「そんなこと言われたって信じられるわけないッ!! 平和なアメリカに生きて、BETAの怖さ・・・・・・うぅん、戦場の怖さを知らない貴方が口にする言葉なんて私は信じないッ!!」

 感情の昂ぶりで視界が歪む。
 自分は今どんな顔をしているのだろうか?
 怒っているのか、それとも泣き出しそうなのか?
 ユウヤへの怒りと、失った家族を思い出した哀しみに苛まれながら、不安定な心で真奈美は尚も叫び続けた。

「私は見て、そして経験してきた。 戦場で人が迎える無残な死に様を、BETAに住む場所を追われた人がどんな暮らしをしているか。 それを貴方は知らないから、自分の腕を磨くなんてことをヌケヌケと言けるんだッ!! そんな平和ボケした人が戦場にこないでッ!!」

「平和ボケ・・・・・・だと?」

「違うの? 違うって言えるの? BETAの恐怖なんて知らない国に生まれた貴方がッ!! 一体今までどんな苦労や哀しみをしてきたって言うのよッ!! 私はね・・・・・・私なんかね・・・・・・父親に棄てられて・・・・・・残った家族をBETAに奪われて・・・・・一杯色んな人の死や醜い部分を見てきたんだよ。 ・・・・・・辛いことが多すぎて何度も心が壊れそうになって何度も死にたいって思ったけど、これまで必死に足掻いてきたのッ!!」

 こんな弱音、誰かに吐いたことなんて無い。
 葵にだって、隆にだって、聞かせるわけにはいかない本音の言葉。
 言えば自分が駄目になる。 周囲に心配を掛けないよう、必死に取り繕っていた仮面が無駄になってしまう。
 それなのに何故、ユウヤにはこうまで本音をぶつけられるのか?
 妬み・・・・・・なのかもしれない。 米軍内で人種差別による迫害を受けたかもしれないが、あの生地獄のような生活とは無縁だった彼を妬んだから、本音を叫んでしまったに違い無い。
 ユウヤを睨み続ける真奈美、だが彼はそんな彼女を冷ややかな目で眺め、何かに落胆したかのように肩を竦めた。

「―――確か瀬戸とか言ったな? 言いたいことは分かったが・・・・・・まさか自分だけが不幸だなんて勘違いしてないよな?」

「ッ!!・・・・・・そんな・・・・・・こと・・・ない」

 少なくとも貴方よりは不幸だと、そう言いかけた言葉を飲み込んで真奈美は答えた。

「―――だろうな。 今の世の中誰だって不幸だよ。 BETAのせいで人生狂った奴なんてゴマンと居る・・・・・・お前、親父に棄てられたって言ったな? 奇遇だな・・・・・・俺の親父も俺たちの家族を棄てやがった」

 呆れ顔だったユウヤの表情に僅かな影が降りる。
 真奈美はその変化と、ユウヤが告げた言葉に少なからずショックを受けていた。

「棄てられた? ・・・・・・貴方も? ・・・・・・・・・・・・なんで・・・・・・」

「・・・・・・知るかよ。 親父は何も言わずに・・・・・・俺がまだお袋の腹の中にいる間に消えたんだ。 なのにお袋は、誰かを救うために出て行ったと思い続けた・・・・・・そう思わなければ、きっと心がもたなかったんだろう」

「・・・・・・少尉のお母さんは?」

「三年前に死んだ。 結局、親父は最後の最後までお袋に会いにこなかったな・・・・・・ お前もそうなら、日本の父親ってのは総じて家族を棄てる連中ばかりか」

 彼が漏らした侮蔑混じりの言葉に真奈美は何も言い返すことが出来なかった。
 全ては・・・・・・真奈美の一方的な空回りだったのだ。
 ユウヤの苛烈な生い立ちと複雑な家庭環境を知っていれば、真奈美は彼に接する態度を改めたに違いない。 だがユウヤの周りでも一部の人間しか知らない彼のプライベートな情報を、本人の口以外から得るのは到底不可能だ。
 アメリカ人と言うだけで、彼が幸せな人生を送ってきたと思い込んでしまった真奈美。
 自分がいかに卑しく、また小さい人間だと思い知らされた気がして、ユウヤの顔をまともに見れなくなってしまう。

「・・・・・・俺とお前、もしかしたら似てるのかもな」

 真奈美の態度を見たユウヤは肩を落とし、そう言い残して足早に立ち去ってしまった。
 残された真奈美はユウヤの後ろ姿を呆然と眺めている内に、漸く彼に向けていた自分の感情の正体に気づいた。
 ―――同族嫌悪、近親憎悪と言った言葉にするのもバカバカしい感情。
 我知らず、真奈美はユウヤに自分と同じ不幸の匂いを嗅ぎつけ、結果拒絶し苛立を感じていたのだ。
 それに気付いてしまった今、勘違いで激昂していた熱は急速に下がるものの、今度は恥ずかしさで顔が熱くなっていく。
 これでは彼に子供扱いされるのも当然だ。
 ユウヤは試験衛士としての責務を果たそうとし、尚且つ自分を捨てた親との割り切りを済ませている。
 それに比べて自分はどうか?
 つまらない考えを巡らせ、彼に八つ当たりにも似たヒステリーをぶつけ、未だ父親に蟠りを残している自分は・・・・・・なんて惨めなことか。

「―――ほんと・・・・・・馬鹿みたい」

 肩を震わせながら真奈美はポツリと呟き、不知火の脚部に力無くもたれ掛かった。
 ひんやりとした装甲の冷たさが熱を帯びた身体には心地良く、恥ずかしさで一杯だった思考もクリアになっていく。
 次にユウヤに会ったとき、謝罪と、感謝を告げようと真奈美は決めた。
 場当たり的に噛み付いてしまったことへの謝罪と、自分だけが不幸だと、心の中で思い込んでいた考えを戒めてくれたことへの感謝を。 
 ユウヤの性格では今更どんな言葉を掛けても意味を成さないかもしれないが、麻香と静流が戻ってくるまで真奈美は自分と何処か似ている彼のことを考え続けたのだった。







 基地内PX

 昼時だけあってPXは喧騒で賑わっていた。
 普段は政治将校の目を恐れ粛々とした雰囲気に包まれるPXなのだが、今この基地は国連から来た試験部隊を受け入れているせいか普段とは考えられないほどの賑やかな雰囲気に包まれていた。
 敬愛し畏怖すべき共産党の威光など異に介さない彼らと、未だ基地内に漂う試作99型砲の興奮がその賑わいに拍車を掛けているのだろう。
 ・・・・・・が、そんな多くの笑い声に包まれたPXの中にあって、周囲から明らかに浮いている人物が一人いた。

「―――なんだろう、この虚しさは」

 ひとり寂しく窓際の席に座る隆。 その口から漏れるのは溜息か弱音だけ。
 周囲には彼の様子を遠巻きに眺める人たちがいるが、誰ひとりとして声を掛けるものはいなかった。
 当然だろう・・・・・・グラサンを掛けた怪しい東洋人に好き好んで声を掛ける人などいる筈がない。
 これが野郎では無く女性 (勿論美人) だったら、どこぞの絵に描いたようなイタリア人だったり、お人好しすぎるが故に流されて親友の恋人とニャンニャンしてしまう可能性がある日本人が放っておかなかっただろうが、哀しいかな隆は男だった。
 故に誰も声を掛けない、賑わう集団から距離を置かれたボッチでハブな状態で隆はPXにいた。

(・・・・・・あんまり一人でいる時って無かったからなぁ。 ・・・・・・畜生こんなことでへこたれてたまるか、残業で深夜に一人で肉まん食ってた時よりは遥かにマシだ)

 でも肉まん久しく食ってないあなぁ、と元の世界へ哀愁を馳せた隆の腹がグゥっと鳴る。 正直な自分の身体に肩を竦め、仕方なく隆は席を立って食事を受け取る列へ並んだ。
 列に並んでいると、初めて霞と一緒にPXに来た時のことを思い出してしまう隆、色々な意味で末期だ。
 先程の言葉通り、確かに隆はこの世界に来てから一人でいたことが少ない。 それは軍隊と言う、ある種の集団行動を強制される組織に属してしまったからとも言える。
 横浜では霞や水月達と楽しくやり、帝国軍に派遣されてからは今の仲間と賑やかにして、欧州では姫様と不思議っ子に翻弄され、ソ連では子供たちに好かれると・・・・・・軍隊ってのはそんな場所なのだ(嘘です、例外中の例外です。むしろフィクションです。
 そんな恵まれた?環境で過ごした隆だが、ここ数日は一人でいることが多い・・・・・・ 部隊の仲間やジャール隊の面々は次に控えた作戦の準備で忙しく、機体を失ったニート衛士を構う人など何処にもいなかった。
 周囲に誰もいないことに寂しさを感じる27歳の男・・・・・・色々な意味でやはり末期だ。

(違うッ!! んなことはどーでもいいんだ!! 今は橘のことを考えにゃならんッ!!)

 軽く欝になりかけた思考を内心で振り払い、隆は先日の一件以来様子のおかしい栞のことを考える。
 思い出すだけで後悔に押し潰されそうになる彼女とのやりとり。 我乍らなんて意志が弱いのだろうとあの後一人で凹み、お預け食らってりゃ当然だと身勝手な言い訳で自分を納得させはしたものの、翌日からの栞との接し方を考えて一晩過ごしてしまった。
 今まで散々拒否してたクセに雰囲気に流されて彼女を受け入れるような態度をとってしまった・・・・・・ 栞が突然部屋を飛び出したことが気掛かりだが、どうせ何事も無かったかのように再度アタックしてくるに違いない。
 ああ、範例って一度作ると厄介ってこのことなのねと、隆は激化する狼さんと猟師君の関係を想像して次の日の朝に望んだわけなのだが、想像していたことは何一つとして起こらなかった。
 飯時も、仕事中も、休憩中でさえも、栞は一度として隆に襲いかかる (語弊では無い) ことは無く、平然とした素振りで他の連中と談笑していた。
 無論、談笑の相手には隆も入る。 会話を振られるたびに心拍が跳ね上がり、ぎこちない受け答え方しか出来なかった自分が情けない。
 兎も角、そんな普通極まりない態度をされると・・・・・・いや、大人しいのは結構なことだけど積極性が足りないと逆に物足りなさを感じると言うか・・・・・・などと考えてしまうようでは、今までどっちが相手にされていたか分からない。

「―――なんて言うか・・・・・・ヘタレだな、今の俺は」

 あんたは前からヘタレでしょ? っと脳裏に過ぎる何処かの誰かのツッコミを無視しつつ、よく分からない料理が載ったトレイを受け取って席に戻ろうとするも、先程までいた窓際の席は何処かの一団が何時の間にか占拠しており、座る席すら失ったことに気付いて暫し途方に暮れてしまう。
 そして更に追い打ちを掛けるかのように、

「ちょっとあんたッ!! そんなとこでボケッと突っ立てないでくれるッ!?」

「あ・・・・・・す、すみません」

 通行の邪魔になっていたのか、通りかかった女性に叱責されてしまう。
 謝罪する隆を女性はふんっと鼻を鳴らして睨みつける。 隆は彼女を一瞬日本人かと思ったが、襟にウィングマークをつけた日本人で隆が知らない人がいるとは思えない。

(確か試験小隊の一つに中国系の部隊があったな・・・・・・そこの衛士か?)
 
 お団子頭から伸びる髪を揺らしながら立ち去る女性を呆然と眺めていると、再び隆に声を掛ける人がいた。

「―――んぁ? おい、あんた帝国軍の人間だろう? 珍しいな、一人でいるなんて」

 褐色の肌をした少女が隆を見て怪訝そうに眉根を寄せる。
 その声に気付いた隆は近くのテーブルに座る少女に視線を向け、記憶にある名前を思い出しながら答えた。

「ああ、ブリッジス少尉と同じ部隊の・・・・・・マナンダル少尉だったか?」

「タリサでいいぜ。 あんたとは先日の作戦じゃ組まなかったよな? お仲間の連中に礼を言っといてくれよ。 ユウヤがあの大砲をぶっ放すまでの間、周囲の露払いを買ってくれて感謝してるんだ」

 楽しそうに言った彼女の台詞を聞いて胸に小さな痛みを感じるも、隆は軽く頭を振って湧き上がる感情を振り払った。
 ラトロワから引きずる形を決めろと言われ、それを受け入れた以上、何時までも感傷を引きずるべきではない。

「―――わかった、あいつらに伝えておくよ。 ・・・・・・そっちこそ他の連中は一緒じゃないのか?」

 アルゴス試験小隊は四人編成だったはずだが、テーブルには二人の姿しか見えない。
 座っているのは屈託の無い笑顔を見せるタリサと涼し気な瞳を隆へ向けるステラだけ、残り二人の姿は周囲を見回しても何処にもいなかった。

「あぁ、VGはどこぞの女性士官としけ込み中。 ユウヤは篁中尉に呼ばれてどっかに行っちまったんだ。 なんだ? 二人に用でもあったのか・・・・・・えぇっと・・・・・・」

「社中尉よ、タリサ。 所属は違えど、中尉は上官なんですから言葉を選びなさい」

 口篭ったタリサに助け舟と忠告を促すステラ。 そんな二人のちょっとしたやり取りを見た隆は、肩を竦めて苦笑を送るしかなかった。

「いや、別に気にしなくていいさ。 肩肘張った話し方されると疲れるんでね」

 階級で上下関係を決める軍の在り方は分かるが、隆は必要以上にソレに縛られるのが嫌だった。 それに中尉なんて肩書きは、まっとうな実績や能力で得たものでは無く、夕呼の気まぐれで決まった偽りの階級に過ぎない。 そんな隆がエリートである試験衛士の二人に上官風など吹かせるはずも無く、それにそんな態度は彼の柄ではなかった。
 ・・・・・・本当の所属で言えば隆は国連軍なのでステラが言った所属が違うとの話は間違いなのだが、それも訂正する気は隆には無かった。

「へへ、いい感じだぜあんた。 日本人ってのは全部が全部篁中尉見たいな堅物かと思ったけど、案外話のわかる奴が多くてあたしは嬉しいぜ」

「ん~俺達は少々特殊だからなぁ。 日本にいる連中は彼女見たいに真面目な人も多い・・・・・・ と思う」

 ふと記憶を掘り返して見るが、糞真面目な人物には余り心当たりがないような気がする・・・・・・ いや、きっと気のせいだ。 百里や横浜がアレなだけで・・・・・・ほら、沙霧大尉とか斯衛の月詠中尉とか堅物を絵に書いたような人物はちゃんといたし、他の基地の部隊は大戦中の帝国軍人のような立派な軍人ばかりに違いない・・・・・・はず。

「ん? どうかしたのか?」

「―――いや、気にしないでくれ。 悪かったな食事の邪魔して。 次の試験が何時になるかは分からないが、君等の足を引っ張らないように努力するよ」

 軽い頭痛を誤魔化すかのように、ヒラヒラと手を振って二人にそう告げて立ち去ろうとした隆だったが、

「―――中尉さえ宜しければご一緒にどうですか?」

 そんなステラの声を聞いて踏み出そうとした隆の足が止まる。
 視線を再び彼女たちに向ければ、二人とも好意的な笑みを浮かべて隆が座るスペースを作ってくれていた。

「あ~気を使わなくても・・・・・・」

「はッ、あたしがそんなタマに見えるのか? いいから座りなよ。 ってかあんたって何時もグラサン掛けてるよな? なんでだ?」

「―――禁則事項です」

「は? 禁則?」

「ゴホンッ!! まぁなんだ、コレは気にしないでくれると助かる」

「愉快な人ですね、社中尉は。 どうぞ座ってください、今から席を探すのは大変ですよ?」

 ステラにそう促され、隆は大人しくテーブルにトレイを置いて席についた。
 この光景を栞に見られるのは何となく不味いような気がするが、折角のお誘いを断るほど隆も野暮な男では無い。
 ―――決して一人でいるのが心細かったからではない・・・・・・決してだッ!!

「で? なんで今日は一人なんだ? 何時も面子は? VGやシンジがいっつも羨ましがってたぜ? 怪しい男のくせに、美人をはべらせてるってな」

 ケラケラと笑いながらタリサはそう言う。
 おかしい、そのVGとシンジとやらは、一緒にいた洋平や久志に気付かなかったのだろうか?
 ってか怪しい男ってなんだよ、もうアレですか? 自分は怪しいって文字が服来て歩いてるレベルなんですか?

「いやぁ、そりゃ誤解だよ・・・・・・ まぁなんだ、今日は連中忙しくてな、飯食う時間が合わなかっただけなんだ」

 様々なツッコミを内心に押し止め、タリサに無難な返答を返す隆。
 実際のところ隆が暇なのには理由がある・・・・・・機体を損傷させたのは確かだが、それとは別にちゃんとした理由があるのだ。
 隆が搭乗する不知火にのみ搭載されたシステム、彼にとっては皮肉製造マシーンでしかないAsura-daが、機体調整、整備班との打ち合わせ、果ては部品の発注から報告書の作成までこなしてしまうので彼は暇を謳歌できるのだ。

(あの糞喧しいお喋り機能さえなければどんなにありがたいことか・・・・・・)

 余りにも五月蝿いので整備班に会話機能をカットしてくれと頼んだのだが、便利だから却下しますと一蹴されてしまったので我慢するしかない・・・・・・ 戦闘中はそれなりに無口になるので、最低限の節度はあるのだと信じているが。

「あら? 傍目から見てとても仲が宜しいように見えましたが?」

「・・・・・・それはさておきだ、さっきの話・・・・・・篁中尉はやっぱり堅いのか?」

 隆はステラの言葉を受け流し、強引に話題を変更させた。

「唯依姫? ああ、ありゃ堅物だね。 奈華宮大尉も堅物だけど、唯依姫よりは話が分かる人だったな」

 ウンウンと頷くタリサだが、隆は耳慣れない人物の名を聞いて首を傾げた。

「奈華宮大尉? 篁中尉以外に計画に参加している日本人がいるのか?」

「オブザーバーとして、帝国から派遣されてきた第参開発局の主任のことです。 今回の試験には同行しませんでしたが、社中尉に負けず劣らず楽しい女性ですよ」

「ドSだけどな。 ・・・・・・あとちょっと抜けてるとこあるけど」

 言って苦笑する二人。
 話だけではどんな人物か分かる訳ないのだが、何故か隆の脳裏には麻美の姿が浮かび上がっていた。
 もしかしたらと淡い期待を一瞬抱くが、名前も違うし、あの抜けてる麻美が軍の要職に就くなど想像出来ない。
 隆は二人に気づかれないように小さく溜息をつき、自分の妄想を笑って誤魔化した。

「なるほどね・・・・・・ ま、いない人はさておき、篁中尉が堅いのには困ったなぁ・・・・・・そんなんで君たちと上手くやれてるのか? 彼女は?」

「お? なんだよあんた、唯依姫の肩を持つのか?」

「いや、以前ちょっとしたアドバイスをした手前・・・・・・ね。 人間、そうそう簡単に変わるわけないか」

 落胆したように呟く隆だが、部下であるタリサに唯依姫などと呼ばれているのだから、それなりに上手くやっているのだろうと内心で勝手に判断していた。

「んぁ? 知り合いなのか? ・・・・・・そんな話聞いてないけどな」

「日本にいた頃、ちょっと話す機会があっただけだよ。 此処で偶然再開したのはいいけど忙しそうで話す機会が中々ね・・・・・・ 弐型のことだとか、試作99型砲のことで手一杯なんだろうな、きっと」

「―――今はユウヤにお熱ですから・・・・・・彼女は」

 と、意味ありげに笑うステラ。 タリサは特に気にした様子も無かったが、隆はそれだけで彼女が言いたいことを概ね把握できた。 

「ほほぅ・・・・・・なるほどなるほど。 あの兄ちゃん、朴念仁に見えてやることはやってるわけか」

 初対面でいきなりケンカ売ってきた (原因は隆) 相手とは言え、人のドロドロした恋路ほど見ていて面白いものは無い。
 ってか流石は試験衛士なんてやってるエリートさんだ。 高収入な特別国家公務員、しかも美形でハーフとくれば今まで引っ張りだこだったに違いない。

「日本とソ連、正しく国家に股を掛けたわけだな。 ・・・・・・ぬぅ、もげてしまえばいいのに」

「ん? 何がだ?」

「タリサ、あなたには関係無いから大丈夫よ。 社中尉、先程の日本との話は分かりますが・・・・・・ソ連とは?」

「ブレーメル少尉・・・・・・とぼけたって無駄だぞ? 見てりゃ分かるさ、あのソ連の試験小隊にいるビャーチェノワ少尉・・・・・・ ユウヤのコレだろ?」

 小指をピンッと立てた手をステラに向けると、彼女が柔和な笑みに戸惑いを張り付かせて眉根を寄せた。
 そんな予想外の彼女の表情に隆も戸惑ってしまう。 話の流れについていけないタリサだけが 「二人してなんの話だよ~」 と不満げな声を漏らしていた。

「社中尉・・・・・・ 冗談にしては少々たちが悪いかと」

「へ? え? そうなの? 俺の勘違い? おかしいなぁ~あの様子じゃデキててもおかしく無いと思ったんだけどなぁ・・・・・・ まだそこまで発展してないだけか?」

「・・・・・・あんたが何考えてるかわかんないけどさ、ビャーチェノワって 【紅の姉妹】 の片割れだろ? あんないけ好かねぇ共産主義者が何だってんだよ」

「・・・・・・凄い物言いだな。 あれ? ネパールって・・・・・・ああ、確か王制か」

 明らかに不快の色を浮かべたタリサの態度に先程とは違う意味で戸惑つつ、隆は自分の迂闊な考えでまたもやユウヤを怒らせることにならなくて良かったと安堵した。
 ユウヤとクリスカとの関係は今だはっきりしないが、公の場でそのネタを使って二人を茶化すのは止めたほうが良さそうだ。

「複雑だな・・・・・・試験小隊同士の関係って奴は」

「ふふ、実際は至ってシンプルな話ですよ。 皆、自分の腕が一番だと思っている単純な人たちばかりですから」

「ふぅん・・・・・・それは君もか? ブレーメル少尉?」

 そう問い返すが、ステラは表情が読めない微笑を浮かべるだけで何も答えなかった。
 単純かどうかはさておき、試験衛士なんて仕事は自分の腕に確固たる自身が無ければ務まらないだろう。
 衛士の命を載せ、更に多くの人命を背負い、人類の剣たる戦術機の開発に携わるのだ。 ・・・・・・その重責を想像しただけで隆は気分が悪くなってしまう。 

(大したもんだな・・・・・・試験小隊の連中は)

 隆は内心でそう考えながらタリサとステラを見比べてた。
 二人も、そして此処にはいないユウヤやクリスカ達も、若いくせに立派な生き方を送っている。
 彼らを見ていると戦時下の人間の精神は平時のソレに比べて格段に発達する・・・・・・なんて何処かで聞いた話しを思い出してしまう。
 この世界に生きる人間の生き様を垣間見るたびに、人として未熟さを指摘されているような気がして隆は言い様のない不安に苛まれる。
 自分の人生を振り返り、なんと怠惰な人生を送ってきたのかと後悔し・・・・・・隆は眼を閉じて頭を振った。
 止めだ、考えるだけ無駄だ。
 ギャップを感じて落ち込むのはもういい。
 割り切れ、引きずる形を決めろ、悩んだところで現実は変わらない。

「―――社中尉?」

 ステラの声で隆は我に返り、ポリポリと後頭部を掻いた。

「あ~・・・・・・なんだ、ブリッジス少尉がいないのは残念だな。 俺も彼に礼を言いたかったんだよ」

 誤魔化しにしては強引過ぎると思いつつも、隆はそう言って二人の注意を引くためにわざとらしく話題を変えた。
 だが言った言葉は真実だ。
 彼には命を救ってもらった礼がある。 あの支援砲撃が無ければ、今頃キート大隊の面々と一緒にBETAの腹の中だったに違いない。
 先日はロバノフの死に動揺して素直に礼を言え無かったが、今の自分なら大丈夫・・・・・・きっと彼に感謝の言葉を送れるはずだ。

「礼ねぇ・・・・・・ 試作99型砲の件なら触れないほうがいいぜ? あたしは別に気にすること無いと思うんだけどさ、あいつアレ使ったことで結構ナーバスになってんだよ」

「へ? 何を気にするってんだ? 勲章まで貰ったのに・・・・・・名誉なことじゃないか?」

「ソ連にとって勲章とは党の権威を振りかざす飾りに過ぎません。 ・・・・・・アレを貰って名誉と感じるのは一部の人間だけですよ」

 そう言って涼し気だった顔を露骨に歪ませるステラ。 
 隆は彼女の出身国を思い出し、この世界においても東欧諸国とソ連の確執が根強いことを実感した。
 
「そう・・・か。 人それぞれ色々あるわけだ・・・・・・」

 深々と溜息を付いて隆は椅子に深く背もたれを預けた。 ステラはそんな隆に気を悪くした風もなく 「いえ、気にしてません」 と答えて再び微笑を浮かべた。
 その笑みを見ながら、自分の感が鈍っていることを自覚して自嘲気味に笑う隆。
 少し前までは人の気持を気にして行動していたのに、今じゃすっかり相手のことなんて考えなくなっている。
 覚えることが多くて、生きるのに精一杯で、慣れない仕事ばかりをしていたせいで、心に余裕が無くなってしまった。 これでは元の世界に戻っても、以前と同じ会社勤めが出来るかどうか・・・・・・。

 (―――そんなんだから今の栞の気持が理解出来ないわけだな)

 そう隆が自分の不甲斐無さに落胆していると、

「あれ? あそこにいるの・・・・・・あんたのお仲間じゃないのか?」

 タリサの呟きを聞いて隆が振り向くと、カウンターに並ぶ列に部隊の仲間の姿を見つけることが出来た。
 彼らも気づいたのかテーブルに座る隆に視線を向け・・・・・・揃って怪訝な表情を浮かべる。
 無理も無い、仕事もせずにフラフラしてた同僚の姿が見えないと思ったら、PXで呑気に他の部隊の女性と仲良く食事しているのを見れば当然だろう。
 
「あ・・・・・・やばい」

 冷や汗を流しながらポツリと隆が呟くも、既に仲間は自分を見つけてしまっている。
 ギロっとガンを飛ばしてくる洋平、久志はニヤニヤと笑いながらカメラを取り出し、静流は呆れたように首を降る。 ここまではまぁいい想定の範囲内だ。 
 問題はここから・・・・・・まるでゴミを見るような目の真奈美、目尻を釣り上げ不快感を現わにする葵・・・・・・そして・・・・・・

「おばちゃ~んッ!! 私のは大盛りで宜しくッ!!」

 ドンッとトレイをカウンターに置いてそう叫ぶ栞。
 彼女もこちらを見ていた。 気づいていたはずなのに、特に気にした様子も無く鼻歌混じりで厨房のおばちゃんと話し込んでる。
 思わず呆けてしまう隆たが、一緒にいる部隊の連中も彼女の姿を呆然と眺めていた。

「どうかされまして?」

 こちらの事情など知る由も無いステラの問いかけに、隆は少しだけ我に返る。

「いや・・・・・・女心と冬の風はくるくる変わる・・・・・・か」

「なんだそりゃ?」

「確か・・・・・・イギリスのことわざかしら」

 首を傾げるタリサとステラ。 そんな二人を他所に、隆は思ったよりも事態が深刻になっていることを感して天井を仰ぎ脳裏に忘れることが出来ない人を思い浮かべ、

(ったく・・・・・・麻美だったら、寝て起きればあっさり機嫌が治るんだけどなぁ)

「面白くないことで一日を始めるの嫌なの。それに朝からタカちゃんと喧嘩したくないよ・・・・・・」 なんて言葉を膨れっ面で言った彼女に会いたくなってしまった。







同時刻
日本・神奈川県 横須賀IC付近

「―――クシュッ!!」

「はぇ? ・・・・・・お姉ちゃん、また風邪ひいちゃったの~?」

「・・・・・・エアコンの温度が低すぎたか? すまなかったな、麻美」

「―――いや、大丈夫だ真那。 ・・・・・・何処かで噂でもされたんだろう」

 ハンドルを握る真那にそう答え麻美はぐずる鼻を手で抑える。
 先日、輸送機の中でうたた寝したのがいけなかったのか、それとも度重なる気温の変化にやられたのか・・・・・・ 不甲斐ない自分に嘆息し麻美はシートに深く体重を預けて窓の外に視線を向けた。
 三人を載せた車は国連軍横浜基地から横山横須賀道路を南下し一路横須賀港へ向かっていた。
 高台に走る幹線道路からは湾に浮かぶ多くの船舶の姿を一望することができる。 大型タンカーや海軍の艦船など、東京湾に程近いこの海域には様々な船が航行していた。
 それら船舶を眺めている内に、麻美は海軍にいる自身の姉のことを思い出してしまう。

 奈華宮麻香・・・・・・近衛軍から帝国海軍に籍を移し奈華宮の名を捨てた実の姉。
 親族は勘当した人間など忘れろと言うが、たった一人の姉を忘れ去ることなど出来るわけがない。 
 確かに彼女は家名に傷をつけたが、全てを彼女に押し付けようとした親族にも責任はあるはずだ。 それに麻香は些細な・・・・・・女としてほんの些細な我侭を通しただけに過ぎない。 それなのに多くの人は姉の行為を早計と言い、武家の息女として恥じるべきだと口々に罵った。 そしてさもそれが当然とばかりに、姉は後ろ指を指されそれまでの立場を全て失った。
 分からない・・・・・・ 武家という血筋や体面を重んじる一族の子として生まれただけで、人としての尊厳や幸せを捨てるべきなのだろうか? 
 数百年に渡って積み上げてきた歴史とは、そうまでして守るべきなのだろうか?
 理解はできるが、納得することは出来ない。
 米軍に出向する前の麻美であれば、麻香の行為を他の人間と同じように罵り姉妹としての縁を切っていたかもしれないが、アメリカの自由な空気に触れたお陰で武家社会の歪さに違和感を覚えた今では、麻香のとった行動が間違っているとは思えなかった。
 麻美は麻香の行為を否定しなかった・・・・・・だが、羨ましいと思った。 妬ましいとさえ思ってしまった。
 自分自身に正直になれた麻香が、武家の世界から飛び出しっていった実の姉が。
 幼き頃から自分よりも何歩も先に進み、その背中を見続けることしか出来なかった麻香の転落をみて、羨望と嫉妬がいり混じった複雑な感情を麻美は抱いた。
 米軍に出向した理由も斯衛の中にいては姉に追いつくことが出来ないと感じたからだ。 周囲の反対を押し切ってまで向こうで鍛錬に勤しんだと言うのに・・・・・・その目標がいなければ、あの苦労はなんだったのかと喚き散らしたく鳴る。

(・・・・・・それでも・・・・・・あの人のお陰で今の私がいるか)

 内心でそう呟き麻美は自嘲気味に小さく笑い、全ては済んだことだと自分に言い聞かせて海に向けていた視線を周囲の風景へと移した。
 雄大な海と違い、幹線道路周辺に広がっているのは剥き出しの地面と無数の瓦礫の山。
 元は住居だった建物や、海岸沿いに居並んでいたコンビナート群の成れの果てで形成される瓦礫の大地・・・・・・横須賀港を中心にして復旧作業は進められているのだが、この辺りは未だに無残な姿を晒し続けている。
 ―――これは全て傷跡だ。 一昨年前に決行された明星作戦と、それ以前に繰り広げられていた間引き作戦の。

(・・・・・・まだこの辺りには、戦闘の名残が色濃いな)

 真新しく舗装された道路の脇には、見るものが見れば分かる異形のオブジェが幾つも並んでいる。
 それらは茶褐色に染まった突撃級の装甲殻や要撃級の衝角だ。 砲弾すら弾くBETAの殻は、体組織が高熱で焼き尽くされた後であっても未だその形を残している。
 戦闘によった寸断されたインフラを早急に整備することが円滑な復旧作業に繋がるのは分かるが、汚染物質を完全に撤去する前に道路整備を指示した官僚の無能さに呆れ返るも、BETAの残骸の隙間から時折垣間見える溶けた金属の塊を見て、その思いは霧散してしまった。
 元は戦車か、それとも戦術機か、BETAの死骸処理に用いられるナパーム弾で溶けきったソレを見た麻美の脳裏にあの激戦の光景が過ぎる。

 甲22号、横浜ハイヴを攻略するために、多くの将兵が此処三浦半島から上陸しハイヴへ向けて進攻したのだ。
 揚陸艇から吐き出された戦車に続き、鬨の声を上げて必死に走る歩兵達。
 幾条にも空に瞬く、軌道上から降下するダイバースの煌き。
 相模湾に展開した艦船が撃ち出すミサイルや砲弾を空に仰ぎ。
 重金属の雲の下へ向けて飛び立つ無数の戦術機・・・・・・

 その光景を麻美はしっかりと覚えている。
 麻美もまた此処にいたのだ。
 ―――ハイヴへ向けて、この場所を 【彼】 と共に駆け抜けたのだ。 

「お姉ちゃん、今度はお船に乗るの?」

 後部座席から身を乗り出したマユが問い掛けたことで過去の哀愁に酔っていた麻美は我に返る。

「―――ええ、そうよ・・・・・・また移動ばかりになるけど、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。 私、飛行機よりはお船のほうが好きだから」

 心から楽しそうにマユが言うのを聞いて麻美は安心して胸を撫で下ろした。
 一見元気そうに見えても、マユはベッドから起き上がれるようになってからまだ一年も経っていない身体なのだ。 此処暫くは落ち着いている様子だが、何かあった時に自分だけでは不安なのが麻美の本音だった 
 専門医である香月博士がいればいいのだが、多忙な彼女が筑波の研究所から出てくることは不可能だろう。 ならばマユの治療と調整に携わったミースをと思うも、彼女は石井の指示でソ連に向かってしまった。
 肌寒いソ連の大地にマユを行かせたくなっかたから自分の都合に同行させたと言うのに・・・・・・最終的にソ連に行くのでは、気温云々よりも移動に掛かる負担のほうが懸念材料になってくる。
 そもそも、何故石井は自分達を呼ぶのか?
 当初の予定通りアラスカへ直行できれば何の問題も無いというのに・・・・・・

「ふぅ・・・・・・」

 上司の笑い顔を想像して思わず溜息をつく麻美。 そんな自分を不思議そうに見るマユを見て、子供は強いなと彼女はつくづく思う。

「・・・・・・難儀だな、貴様も」

「・・・・・・分けてやろうか? 私の苦労を」

 言って軽口を叩く真那を睨みつけるも 「遠慮しておこう」 と涼し気な顔で返答されてしまう。
 皮肉には皮肉でとも思ったが、わざわざ港まで送ると言ってくれた彼女に言えるわけもなく、麻美は旧友の横顔に苦笑することしか出来なかった。

 真那とその従姉妹である真耶は、麻美の古い友人だ。
 二人、いや正確には 【四人】 の出会いは斯衛の大学寮時代に遡る。
 まだ十を越えたばかりの年齢でありながら既にその才覚を顕にしていた月詠家の二人と、大学寮始まって以来の才女と呼ばれた奈華宮麻香とその妹である麻美は、学校内で明らかに浮いた存在だった。
 彼女たちに問題があったわけでは無い、周囲にいた人間が問題だったのだ。
 数百年の歴史を積み重ねた斯衛の大学寮には、武家の子息達の中でも一部の人間しか入ることが叶わない。 位階で言うところの従五位以上の者たち・・・・・・白など論外、山吹、ましてや赤ですら条件次第で弾かれる程の学び舎なのだ。
 そのような場所で優秀な成績を見せる子は、総じて斯衛内部の政略に利用される。
 赤の血と、山吹の血、どちらが優劣かを知らしめという、言うなれば武家同士の対立抗争に四人は巻き込まれたのだ。
 特に麻美と月詠家の二人は同じ年と言うこともあり、比較されることが多かった。
 麻美は姉に追いつくために、そして家の名に泥を塗らぬようにと躍起になったものの、重く伸し掛る重責に疲れ果てた結果とある事件を起こしてしまう。
 その事件が切っ掛けで月詠家の二人と親交を深めることが出来たのだが・・・・・・考えてみると、麻香が変わってしまったのはあれからだ。 次期当主として振舞っていた彼女が、家や自らの立場を顧みなくなったのは・・・・・・
 それはさておき、四人は得難い友が出来たことを喜んだものの、彼女達の家はソレを快く思わなかった。
 そもそも月詠家と奈華宮家は、赤と山吹いった位階だけでは無く、支えるべき主が決定的に違う。
 煌武院家の譜代武家である月詠家、九条家の外様武家である奈華宮家・・・・・ 御輿が違う両者は本来相入ることは許されない間柄だ。
 付け加えれば、奈華宮家は麻香の不祥事によって九条分家内での立場を著しく落としている。
 月詠家が何らかの政略に奈華宮家を利用しようにも、力の無い家に多くは望めない・・・・・・ 例えば、煌武院家の末席たる御剣家の人間に奉公することを強制することぐらいしかだ。

 そんな斯衛内に置いて微妙な立場である自分と未だに親しくしてくれる真那へ、言葉にこそださないが麻美は深く感謝していた。

「ねぇねぇ、マナマナは一緒にソ連ってとこに行かないの~?」

「―――その名は止めろと何度言えば・・・・・・・・・・・・ 私は行けん。 主の元を離れるわけにはいかんからな」

 マユに泣きそうな顔でもされたのか、言葉を選んで答える真那の姿に思わず麻美は笑ってしまう。
 斯衛内で、赤夜叉とも鬼姫とも言われる彼女だが、中身は心優しい一人の女性に過ぎないのを麻美はよく知っている。

「真那も忙しいの。 分かってあげて、マユ」

「は~い。 ・・・・・・皆元気かなぁ、イーニァちゃんまた泣いてないといいけど。 ヘタレは相変わずヘタレで慎二やミースに迷惑を掛けてるんだろうなぁ。 まったく、私がいないと駄目なんだから」

「ふぅん・・・・・・鳴海が心配なの?」

「うん、だってヘタレだし。 ・・・・・・お兄ちゃんぐらいしっかりしてれば安心するんだけどなぁ」

「お兄ちゃんね・・・・・・マユ、幾ら優しそうな人でも、もう知らない人に付いてっちゃ駄目よ?」

「え~~だってお兄ちゃんだよ? 私、お姉ちゃんと同じくらいお兄ちゃんが好きなのに・・・・・・」

「・・・・・・随分と好かれた男がいたものだな。 できる事なら一度顔を拝見したいものだ」

 真那がそう呟くと、マユは首を傾げて答えた。

「あれ? マナマナはお兄ちゃんと会ってるよ? 忘れちゃったの?」

「・・・・・・そうなのか? ・・・・・・初耳だぞ」

「なに? 待て、そんな記憶は無いが・・・・・・ ああ、確かに無い。 何時の話だマユミ? 前にお前と会ったのは・・・・・・新潟で行った式の後だったな。 あの時一緒にいたのは確か女性・・・・・・」

「ッ!! ち、違うよ!! 私の勘違いだよ!! ごめんなさいマナマナ!!」

 慌てた様子で否定するマユに、麻美と真那はやや呆気に取られながら頷く。
 ポツリと 「・・・・・・お兄ちゃんとの約束忘れてた」 とマユが呟いたのを二人は気付かなかった。
 ともあれ真那がハンドルを握る車は多くのトラックが行き交う港内に進入し、係留所に程近いターミナルビルの近くに停車した。

「わ~い!! 海の匂いがするよお姉ちゃん!!」

「こら、あんまりはしゃぐと躓いて転ぶわよ!! ・・・・・・真那、わざわざ送って貰ってすまなかったな」

 一足先に車から飛び出したマユを叱責し、車から降りようとした麻美は感謝の言葉を真那に送った。

「―――なに、多忙な貴様をわざわざ呼び出したのだ・・・・・・コレぐらいはさせてくれ」

 そう答える真那の表情が一瞬曇る。
 目ざとくソレに気付いた麻美は助手席のドアを開けながら、真那が自分達を送ってきた理由を察して肩を竦めた。
 自分達の送迎など、彼女の直属の部下である白の三人の誰かに任せればいいのに、彼女が進んでそれを買ってでたのは、恐らく落ち込む彼女の主を見たくなかったからだろう。
 麻美とて真那の主である少女のことを気に掛けていないわけではない。
 帝国から横浜へ引き渡された人身御供・・・・・・くだらない政略に翻弄された経験がある麻美は、あの少女を他人事のように見ることは出来なかった。

「―――気に病むな、アレは仕方のない結果だ。 言っては悪いが・・・・・・あの小隊ではどう足掻いても試験に合格することは不可能だろう」

 麻美は小さく溜息をつきながら、ジャングルを駆けずり回っていた五人の少女の姿を思い出した。
 訓練兵の身でありながら個人個人のスキルは皆一芸に秀でており目を見張るものがあったが、それだけでは衛士になることは叶わない。

「―――ああ、私もそう思う・・・・・・ そう思ってしまった私は逆臣者だ。 主に忠義を尽くしているつもりが、その願いが潰えたことにも安堵しているのだからな」

 絞りだすような真那の声に麻美は眉根を寄せる。
 彼女が愚痴を漏らすのは珍しい。 いや、漏らす相手がいないせいもあるのだが、真那の弱音らしい弱音を聞いたことが無い麻美は、これは重症だなと判断した。

「―――何が逆臣だ。 むしろ良き臣従者ではないか・・・・・・主が死地に赴くのを喜ぶ臣下などいてたまるか。 それに貴様がどんなに気を病もうとも結果は変わらん。 まぁ・・・・・・あの様子では二度目の試験も落ちるだろうがな」

 麻美の突き放した物言いを耳にした真那は視線を細めて不快感を露にした。
 その気配を感じて、扱いやすい女だと内心で嘆息しつつ麻美は言葉を続ける。

「あの編成、誰の差金か知らんがよく出来ているよ・・・・・・ 今回の試験を見る限りでは、城内省の圧力など必要無いだろう。 仲間内の疑心暗鬼が拭えぬ連中が何度試験を受けたところで衛士になどなれん・・・・・・少なくとも私はそんな部下を持ちたくはないな」

 そう言った麻美の胸がチクリと痛む。
 部下を騙し、今尚欺き続けているのは誰だと?
 鳴海と平、二人に真実を隠して手元に置いているのが石井の指示だとしても、その片棒を担いでいる自分に仲間内の信頼を語る資格はあるのだろうか?

「―――彼女たちは特殊だ。 それぞれに立場がある・・・・・・簡単に相容れるわけが無い。 私と貴様のように・・・・・・な」

 麻美は振り向き、真那の視線を正面から受け止める。
 彼女の琥珀色の双眸は昔から変わらない・・・・・・ あの時と同じく、強い意志で迷いを押し殺した瞳は揺れること無く自分を見据えている。

「―――そうだな。 冥夜様を指導する教官・・・・・・確か神宮司とか言ったか? 直接話したことは無いが、一目で優秀な人間だと分かったよ。 話では富士出身だと言うではないか? そんな人間が何故国連軍に移籍させられたかは知らんが・・・・・・まぁそれはいい、問題はそんな彼女ですら二の足を踏まざる得ない背景をあの子たちが背負っていることだな。 ・・・・・・誰かいればいいのだがな、私とお前が分かり合う切っ掛けになった 【彼】 のような人が・・・・・・」

 麻美の淡々とした言葉を聞いて、彼女に向けていた視線を伏せる真那。
 自分だけでなく、真那もあの事件を忘却の彼方に置くことが出来ないこと知りながら、それを話した自分は間違いなく卑怯者だろう。
 だが仕方がない、今の真那を奮い立たせるには今一度自分の立場を見据えてもらう他無いのだから。

「―――真那・・・・・・己の責務を果たせ。 それが我々の唯一出来ることだ」

「―――わかっている」

 小さな声だが、頷く真那の姿を見て安心した麻美は今度こそ車を降りる。

「―――変わったな、麻美。 姉に似て強くなったんだな・・・・・・貴様は」

 その背に投げ掛けられる真那の言葉に麻美は振り返らずに答えた。

「―――いや、寧ろ弱く・・・・・・臆病になったよ。 あの人の強さに追いつくことが出来ないと知ったあの日からな」







 ▽
 ソ連軍・ц04前線基地某所

「―――いやぁ助かりました。 貴方の協力が無かったら、こうも簡単に持ち込むことは不可能でしたよ」

「―――例の試作兵器のお陰だよ。 あれのせいで基地中が浮ついた気分になっているからな、搬送されてきた補給物資のチェックを誤魔化すのは簡単だったさ」

「―――それは結構なことで。 ますます試作99型砲の開発に携われなかったことを悔しく思いますねぇ」

「―――よく言う、元々そんなつもりなど無かったんだろう? それで、貴君が持ち込んだ 【アレ】 が一体何なのか、良ければ教えてもらっても構わんかね?」

「―――ふむ。 一時期、そちらでも熱心に研究した成果の名残ですよ。 アラスカでも似たような研究はされてますので・・・・・・貴方にとってそう珍しいものでも無いでしょう?」

「―――なるほど、だが何故そんなものを此処に持ち込んだ? ・・・・・同志サンダークにも接触したのは分かっている・・・・・・ この地で何を企んでいる?」

「―――企むなんてそんな、以前の 【同志】 を信じてくださいよ? 僕だって人類の勝利に尽力していることに違いは無いんですから」

「―――アカデミーとロスアラモスを煙に撒いた男が言う台詞かね? ・・・・・・まぁいい、相変わらず上は貴君を泳がせているようだが、行動に移さないのはまだ利用価値があると踏んでいるからに過ぎない。 やり過ぎれば・・・・・・何時かは消されるぞ?」

「―――おやおや、相変わらず彼らの心は狭いようで・・・・・・ せいぜい見限られないようにゴマでも擦りますか」

「―――それがいい、例のデータは見させて貰ったよ。 驚くべき数値だが、これを見た中央がなんと言うかを想像して私は怖いな。 同じ結果を出せと言われても、こちらの素体ではどう足掻いても不可能だろう・・・・・・どうやってその素体を調整したのか教えて欲しいぐらいだ」

「―――調整など・・・・・・全て本人の意志ですよ。 アレは偶然の産物、いえ・・・・・・必然なのかもしれませんね。 人の思いの強さは時として我々科学者の理解の範疇を越えることがある・・・・・・そんなよくある話ですよ」

「―――思い・・・・・・か。 詭弁に聞こえるが、貴君が言うとそうとも思えんね。 まぁいい・・・・・・処で例の件だが・・・・・・」

「―――今のところ順調・・・・・・とは言え無いのが辛いですねぇ。 何せ向こうは稀代の魔女・・・・・・そう安々と契約を持ち込めるようでは、その神秘性の価値が半減してしまうでしょう。 それに捧げる供物を入念に仕上げないことには、魔女の鍋に放り込まれてお終い・・・・・・との可能性もありますしね」

「―――呑気なものだな。 こちらはソロソロ尻に火が付いてきた、早めの対処を頼むよ」

「―――心得ておりますよ。 まぁ近いうちに直接私が訪問することにしましょう・・・・・・ 魔女の住まう横浜に・・・・・・ね」


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ソ連編 7話

第二部





 ソ連編  かのじょの嘆き


 2001年8月13日
 ソ連軍ц04補給基地


「お・・・・・・ 英雄達の御帰還だ」

 朝焼けに染まった空を仰ぎ見ながら、感慨深い声で慎二がそう呟いた。
 声につられるように孝之が顔を上げると、基地への帰還の途に付く多くの戦術機や戦闘ヘリの姿が見えた。
 ―――【英雄】を含む仲間の無事な姿を確認し、基地のそこかしこから熱狂的な歓声が上がる。
 基地要員や整備員、先に帰還していた隊員たちが、彼らの姿に熱い視線と喝采を送る。 その誰もが興奮を全身で表し、中には喜びで咽び泣くものまでいた。

「―――やった!! あいつ、やりやがった!! やりやっがたぜ、ちくしょうッ!!」

 発着場に到着した弐型に指さしながら、大声で叫ぶヴィンセント。

(やったな・・・・・・ブリッジス)

 孝之はそんな彼の姿に苦笑を送り、内心で安堵の吐息を漏らした。
 数多くの護衛に囲まれた上での試験だったが、弐型の姿を目の当たりにするまで、孝之は弐型とユウヤの安否が気掛かりで仕方がなかった。
 アルゴス小隊が試験を行うと知らされた時、自分たちもその警護に就くと思っていたのだが、第参開発局のメンバーからは誰一人として選ばれることがなかった。
 当然、孝之や慎二は石井に抗議した。
 アラスカにて秘密裏にBETAとの実戦を経験したと言っても、ユウヤは本物の実戦を経験したわけでは無い。 
 戦術機の操縦技能には文句のつけようも無い彼だが、技術に見合った実戦への心構えが出来ているとは言い難く、少しでも護衛は増えたほうがいいと提案したのではあるが・・・・・・

「大丈夫、彼の護衛は万全ですよ。 なんと言っても百里の槍・・・・・・白百合を退けた部隊ですからね」

 何時もの笑顔を浮かべた石井に、朗らかにそう言い返されてしまった。
 孝之はその言葉に渋々納得し・・・・・・驚愕した。
 白百合を退けた衛士。 そんな相手など、孝之は新潟で接触した二機の不知火と、イレギュラーとも言えるF/A-18【胡蜂】で構成された部隊しか知らない。
 今回のソ連で行う試験に合わせて、帝国から派遣された来た部隊が彼らだと石井は言うのだ。
 直前までソレを知らされなかったことから、石井が彼らの素性を自分に隠していたと思い、胸中に疑念が湧きはしたもののNeed to knowの言葉を思い出し、孝之は馬鹿な思いつきを振り払った。
 だがどんなに自分に言い聞かせようとも、アラスカを出発する前に麻美に言われた言葉が、何度も脳裏も過ぎる。

―――【己の責務を果たせ】

 自分の責務とは、ユウヤを無事にアラスカへ送り返すことだと思っていたが・・・・・・石井はソレを望んでいるのだろうか?

(・・・・・・石井部長と奈華宮大尉の考えはイコールじゃないってことか?)

 なら自分はどちらに付くべきなのだろう?
 思わずそう考え、苦笑しながら孝之は頭を振った。
 どちらに付くも無い、自分の本来の所属は第四計画の実行部隊・・・・・・A-01連隊だ。
 香月副司令の指示があれば、直ちに横浜に戻らなければならない自分が、この第参開発局での進退を考えるなどナンセンスにも程がある。
 
「―――予想以上の成果ね。 流石の麻美もあの光景を見ればお褒めの一言ぐらいは漏らすかしら?」

 ふと聞き慣れた声を耳にし、孝之が何時の間にか地面に落としていた顔を上げると、ミースと凛が発着場へ視線を送りながら歩いてくる姿が見えた。

「―――どうだかな。 大尉の採点は男に厳しいから・・・・・・ ああ、でもブリッジスには甘いとこあるんだよなぁ」

「は? 甘い? アレでか?」

 慎二が漏らした言葉に思わず聞き返してしまう。
 確かに自分や慎二が受けている扱きに比べればまだまだ甘いが、他所に所属する人間にするには少々度が過ぎているように思える。

「慎二の言うとおりね。 孝之、あなた気付かなかったの?」

「いや・・・・・・全く・・・・・・」

「・・・・・・ミース。 コイツに女性の仕草から心情を察するなんて真似が出来るわけ無いだろう」

 呆れたように呟く慎二に反論することが出来無い。
 んなことは言われなくてもわかってる。 自分が不甲斐ないから、遙を泣かせたり水月を苛立たせたりするわけで・・・・・・ よそう、それを考えると欝になる。

「ええ、鳴海中尉にそんな甲斐性を求めるだけ無駄ですよ」

「七瀬・・・・・・ お前、後で覚えてろよ」

 ニッコリと笑顔で皮肉を口にする凛に恨みがましい目を向ける孝之。

「―――麻美もブリッジス少尉には思うところがあるんでしょ・・・・・・ 先輩としてね」

 ポツリとミースは意味ありげな言葉を漏らし、発着場に降り立った弐型へ視線を向けた。

「―――ま、あの奈華宮大尉でも、今回の結果を見れば素直に褒めるんじゃないか? 聞いた話じゃ、見事な砲撃支援だったそうだし・・・・・・ キルスコアは確か・・・・・・」

「正確な数字は未だ出ていませんが、4000オーバーは確実だそうです。 ・・・・・・人類史に残る数字ですね」

 何時もと違い、やや昂った声音で慎二の後に続く凛。
 一見冷静を取り繕っているように見えるが、内心では彼女が酷く興奮していることを孝之は何となく察することが出来た。 ・・・・・・無理も無い話だ。 一度の戦闘で4000を超えるBETAを撃破した衛士など孝之は知らない。
 世界中を探せば累積でその数字に届く猛者はいるだろうが、一度の戦闘となると・・・・・・まず存在しないだろう。

(―――核を搭載した、特攻使用のMIG-25ならあり得たかもしれないけどな)

 単独でのハイヴ到達を前提に設計され、衛士から片道切符と揶揄された機体を思い浮かべながら、孝之は耳に当てていたレシーバーの電源を入れた。
 ソ連に同行しなかった麻美に変り、ユウヤに労いの言葉でも掛けようと思ったのだが・・・・・・

『―――てめぇは突っ立ってトリガー引いただけなんだよッ!!』

「ッ!?」

 出し抜けに聞こえてきた言葉に自分の耳を疑ってしまう。

『―――これが実戦だなんて思ったら大間違いだぜ、ぼくちゃんよぉ!!』

『―――あのキャノン無しでやってみろよ!! 話はそれからだ腰抜け野郎!!』

 それがユウヤに向けられている罵声だと、孝之は直ぐに気づいた。
 気付き、口を開けようとしたが・・・・・・語るべき言葉を直ぐに見つけることが出来なかった。

(・・・・・・くそッ!!)

 孝之は内心で舌打ちする。
 ユウヤの技能があったからこそ、試作99型砲はその真価を発揮したのかもしれないが、逆に言えばユウヤの技能と弐型だけでは、アレほどの戦果を生むことは間違い無く不可能だろう。 だから彼らの言葉は全て真実、前線で砲撃を目にした人間にしてみれば、ユウヤは後方から試作99型砲のトリガーをひいた存在でしかない。
 それだけで英雄視されてしまう彼を許せない気持は分かる、だが彼は此処に来るまでの間、弐型を自分のモノにしようと必死に足掻いて努力を続けてきた。 比喩ではなく、一歩間違えば死ぬような試験を幾つもくぐり抜けてきたのだ。 それを間近で見て来た孝之にとって、今尚ユウヤに向けられている罵声は聞くに耐えない言葉だった。

『―――聞いてんのかよ糞ヤンキーッ!!』

『―――ダンマリしかできねぇのかッ!? どこまでチキンなんだ、てめぇはよぉ!!』

 何も答えないユウヤに向けて、尚も続けられる罵声。
 己の不甲斐なさを呪いながら、孝之はレシーバーのスイッチを切ろうとするが・・・・・・

『―――お、おい!! ちょっと待てッ!! 1番誘導路を見ろよ・・・・・・アレって・・・・・・』

『―――あん? なんだよ・・・・・・・・・・・・チッ!! 中央のデカパイ女の機体じゃねぇか!! アレがどうしたってんだよ!!』

『―――ッ!! 馬鹿!! 何処見てんのよあんた!! その隣・・・・・・帝国のTYPE94が見えないのッ!?』

『―――あの機体番号・・・・・・ 帝国のグラサン野郎が乗ってるヤツかよッ!!』

 罵声が一瞬で止み、騒然とした会話がレシーバーから響き渡る。
 確認しようにも、孝之の居る場所から1番誘導路は見えなかった。 何が起きているか分からない孝之を他所に、動揺を隠しきれ無い会話は続けられる。

『―――自立できないぐらい損傷してやがる・・・・・・ い、生きてるよな・・・・・・アイツ?』

『―――知らないわよッ!! 中央は・・・・・・私等だけじゃなくて、関係の無い他国の人も巻き込むのッ!? ターシャッ!! あの人のバイタルとかそっちで確認出来ないのッ!?』

『―――ッ!! お前たち直ぐに回線を切れッ!! 駄々漏れだぞッ!!』

 その声を最後に、レシーバーが沈黙する。
 何も聞こえなくなったヘッドセットに手を当てながら、帝国軍から来た連中に何があったのかと孝之が思案を巡らせるも、不意にミースが呟いた言葉に邪魔されてしまった。

「―――そうそう二人とも。 とっても楽しい話があるんだけど聞きたい?」

 何かとても面白いことを見つけたかのように、ニッコリと子供っぽい笑みを浮かべるミース。
 肩に掛かる髪を指で弄び、東欧の少女に見られる儚げなさを残した彼女の笑みは、瞬時に相手を虜にしてしまいそうな魅力を持つのだが、孝之と慎二はジト目でその笑顔を見返した。
 彼女がこんな笑顔を浮かべる時は決まって碌でも無いことが起きる。 短い付き合いではあるが、ソレを二人は骨身に沁みる程経験していた。

「その楽しいって話は・・・・・・ 俺達にとっても楽しい話なのか?」

 慎二が欠片も期待していない声で質問し返すと、ミースは首を全力で横に振って否定し、落胆する二人を他所に口を開いた。

「麻美が合流するわ」

「「―――やっぱり」」

 声をハモらせ、がっくりと項垂れる。
 短いバカンス、鬼のいぬ間になんとやらは、どうやら終了の時刻が迫ってきたようだ。

「・・・・・・斯衛の用事、思ったよりも早く終わったんだな」

「わざわざ大尉を呼び出すくらいだから、二ヶ月ぐらいは平穏だと思ったのに・・・・・・またあの理不尽な扱きが始まるのか」

 呆然と呟く慎二に頷きながら、麻美が合流した後の自分たちの処遇を考えて身震いする孝之。
 とは言え、あの扱きが無い日常では物足りない・・・・・・ と思う気持ちは勘違いだと思いたい。

「・・・・・・奈華宮大尉ですけど、多分不機嫌で帰ってくると思います。 二人とも頑張ってくださいね」

 と、何やら事情を知っていそうな凛が、物憂げな顔で物騒なことを口にする。
 斯衛の事情に疎い孝之と慎二が、その内容に気付くことは無かったが、少なくとも機嫌が悪い麻美を想像することぐらいは出来た。

(―――先日、大尉の姉さんに脅されたばっかりなのにぁ・・・・・・ん?)

 ふと、輸送艦の中で麻美の姉に出会ったことを思い出し、あることに気付く。 麻美が合流すると言うことは、このソ連の大地で姉妹が再開すると言うことだ。 あの姉妹がどんな会話をするのか想像できないが・・・・・・ソコに居合わせようものなら、きっと数十秒で胃に穴が開く、しかも複数。

「さっき報告を受けたから・・・・・・ 恐らく五日後ぐらいには合流できるでしょうね。 麻美がどんな顔をするのか・・・・・・楽しみね、ほんと」

 色々想像してしまい青ざめた孝之を他所に、ミースは言葉とは裏腹に寂しげな笑みを浮かべる。
 ミースを囲む三人は、そんな彼女の様子を見て訝しげに首を傾げるものの、結局その理由を知ることは出来なかった。









 ▽
 ソ連軍ц04補給基地内PX

「勇気ある少尉殿の行動に感服致しました!! 多くの同胞の命を救って頂き、誠にありがとうございますッ!!」

 年重・・・・・・と言うほどではないが、30代手前と思しき下士官は、テーブルに座るブリッジスの傍に近寄ると、背筋を伸ばし見事な敬礼をしながら彼に感謝の言葉を送った。
 幾度と無く掛けられた同じ言葉に、ユウヤは頬の筋肉が引き攣るのを自覚しつつも、なんとか笑顔を見せながら答礼し、なんでこんなことになったんだ、と自問する。 
 基地に帰還後、ソ連軍の将校から突然勲章が授与され、偉大なる功績を上げた英雄に感謝するとか何とか・・・・・・そう適当な理由を付けられて催された先勝会に参加することを強制された。 幾ら好意で催された宴とは言え、自分がその宴を盛り上げる肴になっていては、楽しむことなど出来るわけが無い。

(苦手なんだよ・・・・・・ こういった雰囲気は)

 立ち去る男の背を見ながら、ユウヤは慣れない作り笑いの下で本音を漏らす。
 今の男のように、ただの礼儀として声を掛けてくるだけならいい。 だが、馴れ馴れしく古参兵に肩を叩かれたり、艶っぽい女性士官からお誘いを受けた時、彼は正直どう対応していいか分からなかった。 
 皮肉や妬みの的になったことは何度もある。 だがその逆は・・・・・・数えるほどしか無い。
 国連に出向される前、米軍に在籍してた頃は、例えどんな成績を残そうとも、周囲にいる連中に認められることなど滅多に無かった。
 何時だって彼は一人だった。
 軍に入隊する前も、入隊した後も、彼は何時も一人だった。
 ・・・・・生粋の米国人では無い自分が、米軍の中で浮いた存在であることは重々承知していた。 そんな己の苦境を覆すために、自分の存在意義を見出すために、ただがむしゃらに足掻いて努力を続けた結果がそれだ。
 ヴィンセントや以前所属していた部隊の何人かは自分の腕を認めてくれたが、大多数の周囲から自分に向けられる冷ややかな視線が変わることがなかった。
 だが今は、多くの人間が自身の功績を讃え、心から祝福と感謝の気持を送ってくれる。
 自分の腕をこの基地の人間が認めてくれた。 だから好意的に接してくれる・・・・・・ と思えば気が楽だが、彼らが喜ぶあの凄まじい戦果は、試作99型砲の威力があったから成し得たものだと、ユウヤは誰よりも自覚していた。
 ジャール隊の連中が言うように、自分はただ、あの場所でトリガーを引いただけだ。

「・・・・・・それに、周りをあいつらが固めてくれなきゃ、マトモに撃てなかっただろうしな」

 ユウヤは噛み締めるように呟き、喧騒の中心で騒いでいる仲間に目を向けた、

「くぁぁぁっぁ!! 胃にくるなヴォトカって奴は!! ロキシィもいいけど、これはこれで乙なもんだぜッ!!」

「そこのお嬢さ~んッ!! 俺とツンドラを溶かし尽くしちまうような熱い一夜を共に過ごさないかッ!!」

 ギャハハっと、酔って楽しそうに騒ぐヴァレリオとタリサ。 先程までステラも一緒にいたはずなのだが、気づけば姿を消していた。 それもまた彼女らしいと思い、ユウヤは嘆息して視線を再びグラスに落とす。
 ・・・・・・あの頃と今は違う。 今は背中を預けられる仲間がいる。 目指すべき場所に立つ人がしっかりと見える。
 此処には、自分を蹴落そうとする連中の姿は無く、侮蔑を含んだ祖父母の視線も無く、悲しいすれ違いをしてしまった母もいない。

(―――感謝すべきなのかもな・・・・・・弐型を任せてくれた篁中尉に)

 国連に派遣されてからと言うもの、彼の周囲はとても居心地のいい環境になりつつあった。 いがみ合った彼女との関係も、初期の頃に比べれば随分と良好になってきている。
 お互いが歩み寄ったのか、それともどちらかが折れたのか・・・・・・ どちらにせよ、弐型と試作99型砲を用意してくれた彼女には改めて一度礼を言うべきだろうと、彼にしては珍しく殊勝な考えを抱いていると、

「―――酒の肴役は大変だな。 英雄殿」

 唐突に、嘆息混じりの言葉を掛けられてユウヤが顔を上げると、ハーフフレームの眼鏡を掛けた女性士官が何時の間にかテーブルの傍に立っていた。
 微笑を浮かべて自分を見下ろす彼女に向け、ユウヤは肩を竦めながら口を開く。

「三澤大尉・・・・・・ 止してください、俺は英雄なんて呼ばれるような人間じゃありません」

 ソ連軍への支援砲撃を行う瞬間、自機の周囲を警戒していたのは彼女の部隊だ。 殆どの連中は結果だけを見て自分を英雄と持て囃しているが、彼女は自分が何をしていたかを間近で見ていたはずだ。 そんな人物からの言葉を黙って受け入れられるほど、ユウヤは自分に甘い男では無い。

「―――ふむ。 謙遜する気持は分からないでもないが・・・・・・大人しく受け入れることだな。 軍にとって、士気を鼓舞するための道化は必要不可欠だ」

「道化・・・・・・ですか? くだらない、祭り上げられた方にとっちゃいい迷惑ですよ」
 
 自らの立場をはっきりと口にされ、ユウヤは少しの苛立を含んだ言葉を吐く。
 そんな彼に、涼し気な瞳を向けて静流は答えた。

「・・・・・・今までBETAに苦しめられた人間は今回の結果に喜びは隠せんよ。 長年の鬱積が晴らせた勝利だからな・・・・・・ 私には、彼らの羽目を外して喜ぶ気持が痛いほど分かる・・・・・・ 迷惑なのは分かるがな、少尉は彼らが抱いた希望に水を差すつもりか?」

「いや・・・・・・しかし・・・・・・」

「・・・・・・彼らに希望を見せたのは試作99型砲だと言いたいのだろう? だがな、ソレを扱ったのは紛れもなくブリッジス少尉、貴官だ。 ・・・・・・過程はどうアレ、結果には胸を晴れ、それだけのことを少尉はしたのだからな」

 呆れながら、それでいて諭すような口調で言われた瞬間、ユウヤは改めて静流の顔をマジマジと見上げた。
 分からない・・・・・・確信すら持てないが、もし此処に麻美がいれば同じことを言うだろうと、ユウヤは静流の姿からそれを想像してしまった。
 そう感じたのは、彼女が同じ帝国軍人・・・・・・いや、日本人だからだろうか?
 麻美と静流に接点を見出そうとしたユウヤは、そこで初めて彼女の背後に一組の男女がいることに気づいた。
 どちらも彼女の部下だ。 目付きの悪い男は・・・・・・確か川井とか言う中尉で、少女のほうはユウヤにとっても忘れることが出来無い相手だった。

「―――私もな、少尉の支援砲撃のお陰で部下が命拾いした。 部隊を預かるものとして、貴官に礼を言いたい」

 ユウヤの視線に気がついたのか、静流は背後の二人へ一瞥を送そう言い・・・・・・深々と頭を下げた。
 
「「・・・・・・ッ!?」」

 背後の二人が息を飲むのが分かる。 ユウヤも、目の前で頭を下げる静流の姿に目を白黒させていたが、不意にその姿が先日同じように頭を下げた男と重なり、ユウヤが持つ日本人への先入観が再び壊れそうになる。
 違う、そうじゃない。 あんた達は、もっと不遜で傲慢な態度を取るべきなんだ。
 そうしてくれないと・・・・・・自分を捨てた身勝手な男に対する怒りまで揺らいでしまう。
 
「なんやかなぁ・・・・・・隊長、ちょっと隆に毒され過ぎてへんか? 上官なんてもんは、とことん威張り腐って、下から嫌われてナンボやと思うんやけど」

「―――そうですよ。 隊長まで隆さん見たいになっちゃったら、部隊の信用が日本海溝の底まで下がっちゃいます」

 困惑するユウヤは他所に、静流の部下は頭を下げた自分の上司へ冷ややかな目線送っていた。

「―――ほぅ、とっくにマントルの下辺りまで落ちたと思っていたがな、真奈美の頭の中では思いのほか上にあったようだ。 ・・・・・・言っておくがな二人とも、部下の命を救ってくれた人間に礼も言わない上司が何処にいる? まったく・・・・・・無節操に頭を下げるアイツと一緒にするな」

「今更そう言われても・・・・・・説得力の欠片も見つけられへんわ」

「ふふ ・・・・・・私の上司ってどうしてこうアレな人ばっかりなんだろう・・・・・・・・・・・・欧州でフェノンリーブ少佐の下にいた頃が、一番軍人やってるって実感あったなぁ」

 上官の叱責に耳を貸さず、半目でそっぽを向く川井と真奈美の姿に、これって上官侮辱罪にならないのか?とユウヤは疑問を感じるも、静流はそんな二人に苦笑を送るだけで特にソレ以上追求することは無かった。

「まぁいい、取り敢えず貴様達もブリッジス少尉に礼を言え。 ・・・・・・医務室に担ぎ込まれた隆の分もな」

「むぅ、一番感謝せにゃならんのはアイツやと思うんやけど・・・・・・まぁええわ。 ユウヤ・・・・・・ブリッジス少尉やったか? 若いのにたいしたもやな。 あんな精密支援砲撃、今までお目にかかったことないわ。 ・・・・・・ちょっくらヒヤッとする場面もあったが、お前さんのお陰でワイらの部隊には被害が無かった・・・・・・ホンマ感謝するわ」

「いや・・・・・・こっちこそ、あんたらの仲間には助けて貰ったんだ、お互い様だよ」

 差し出された手を握りながら、ユウヤは力無い笑みを浮かべてそう答えた。
 彼は言った、自分たちの部隊には被害が無かったと。 クリスカやイーニァが所属するイーダル試験小隊を警護していた大隊に、少なくない被害が出たのをユウヤは聞いている。 ・・・・・・その大隊の直掩に彼らがついていたことも。
 礼を言った洋平が下がると、彼の後ろに控えていた真奈美が一歩前に出てきた。 真奈美は今までユウヤに越えを掛けてきた人とは真逆の様相を浮かべていた。
 目を細め、不満そうに頬を軽く膨らませた彼女の様子にユウヤは軽く戸惑いつつも、先日彼女から掛けられた言葉を思い出すことで納得できた。
 
「―――隊長や隆さんの手前・・・・・・礼は言います。 ありがとうございます、ブリッジス少尉。 ・・・・・・・・・・・・ですが、私が本当に礼を言いたいのは、試作99型砲を製作した日本のスタッフたちです」

 自分と弐型を拒絶した少女の言葉は、今最もユウヤが欲していた言葉だった。
 機体を降着後、初めて送られた侮蔑の言葉だが、ユウヤには逆にそれが心地良かった。 

「そうだな・・・・・・お前の言うとおり、試作99型砲を開発した日本の技術力は賞賛に値するよ。 俺はその恩恵に預かれたことを光栄に思うべきなんだろうな」

 だからなのか、ユウヤの口から自然と本音が漏れる。
 基地に帰還した後にジャール隊の衛士から言われた通り、自分は戦場で試作99型砲のトリガーを引いたに過ぎない。 絶大な戦果は試作99型砲が齎したものであり、勲章も名誉も賛辞も、本当に受け取るべきなのは真奈美の言う通りアレを開発した日本のスタッフ達だ。
 そもそも、試作99型砲の試験など自分の本来の仕事では無い。 試験衛士として、弐型を完成させることこそが自分の責務だ。 なのに今回、戦闘に参加する機会があったにも関わらず、弐型で本物の戦闘を経験することが出来なかった。 ユーコン基地で第三開発局にけしかけられたBETAなど、先程の戦闘に比べれば児戯に等しい数だ。 あの経験が無駄とは言わないが、本物の乱戦を弐型で経験しなければ、日本が望む機体を作ることなど出来るわけが無い。

(俺はまだ、あんたの言った責務ってやつを果たして無い・・・・・・ そんな俺を見て、あんたはなんて言うんだろうな)

 ユウヤの脳裏に、辛辣な言葉と態度で様々な技術を教えてくれた女性の姿が過ぎる。
 米軍の戦術思想に染まった自分へ、何故帝国軍の衛士である彼女がアドバイス出来るのかを最初は不思議に思った。 だが一度彼女と相対し、その技量を間近で見たユウヤは、所属の違いなど些細なことだと思い始めている。
 何処で、どんな教育を受けようとも、本物は確かにいるのだ。
 弐型の試験も本来なら彼女がすればとも思うが、何らかの事情で彼女は必要以上に計画に関わることを許されないらしい。 本人の能力を蔑ろにする、そんなくだらないしがらみを作る日本の体質に嫌気が差すが、彼女自身がそれを不服に思っていない以上、部外者の自分が語るべき言葉は無かった。
 実力を振るえない彼女に代わり、自分が弐型を完成させる・・・・・・ そこに彼女の尽力があったと知れば、彼女を蔑ろにした連中の鼻を明かせるはずだ。

(・・・・・・絶対に此処で弐型をものにしてみせる。 奈華宮大尉、次に会ったとき・・・・・・まずはあんたの度肝を抜いてやるさ)

 だが例え目を見張る成長を遂げても、恐らく麻美は 「・・・・・・まぁまぁだな」 と、アッサリとした態度で言い放つに違いない。
 それでこそ彼女だと、ユウヤは思う。
 だから立ち止まらず、これまで以上の努力を続けることが出来る。

 ―――何時の日か、ユウヤが麻美を越えた時、麻美がどんな言葉をユウヤに掛けるのかは・・・・・・ その時になって見ないと、誰にも分からない。









 同時刻・ソ連軍将校用宿舎

「―――適当に腰掛けて構わん、楽にしてろ」

 部屋の主にそう促され、隆は 「ありがとうございます」 と一言礼を告げてからソファへ腰を下ろした。
 カムチャッカ基地と同じ、殺風景な室内に視線を巡らせた後、何故こうなってしまったのだろうと考える。
 戦場で醜態を晒し機体を損傷させた後、クリスカとイーニァのお陰で無事に基地まで帰還することができた。 医務室で一通りの検査を受け、身体に何も問題が無いことを告げられてから外に出ると、何時の間にか補給基地が戦勝ムード一色に染まっていて唖然としてしまった。
 すれ違う人が叫ぶ歓喜の言葉を耳しながらPXに向かってみれば、丁度ユウヤが何かの勲章をソ連のお偉いさんから授与されている場面だった。 ユウヤ本人は引きつった笑みを浮かべていたが、PXに集まっていた基地の隊員達は、これ以上無いほどの満面の笑みを浮かべ、彼に向けて拍手と喝采を送っていた。

 ・・・・・・自分は、その光景を直視することが出来なかった。

 BETAに勝利した喜びを皆で分かち合う、その気持は分かる。 ・・・・・・分かるが、その勝利の裏側で起きた悲劇から目を逸らして喜ぶことが、隆には出来なかった。
 目を伏せ、逃げるようにPXから離れたはいいが、宿舎に戻れば仲間と鉢合わせになる可能性がある。 別に会うのが嫌では無いのだが、無様な姿を晒した後なのでどうにも気まずい。 格納庫とも考えたが、機体を損傷させたことについて、日本から来ている整備員に小言を言われるのが目に見えている。
 結果、行く当ても無く、基地の中をふらついていた隆を拾ったのは、先日彼を呼び出したこの部屋の主人だった。

「―――機体を損傷させたと聞いているが、体は大丈夫なのか?」

「え、ええ ・・・・・・特に問題は無いそうです。 幸運でした・・・・・・イーダル試験小隊のSU-37UBに助けられなかったら、今頃戦車級の腹の中でしたよ」

 彼女からの思いもしなかった気遣いの言葉にハッと顔を上げて答える隆。
 手にしていたバインダーを机の上に放り投げ、部屋の主であるフィカーツィア・ラトロワ中佐は、隆が座るソファの対面に腰を降ろして口を開いた。

「イーダルね・・・・・・ その口調では、機体を損傷させたことを悔やんでPXから逃げたわけでは無さそうだな?」

「なッ!? み、見てたんですか? 自分のことを?」

 思わず聞き返すと、彼女は胸ポケットからシガレットケースを取り出してあっさりと頷いた。

「あそこに長居する気も無かったんでな、用意された酒を何本か頂いて立ち去ろうとしたら、偶然貴官の姿を見つけたんだよ。 ・・・・・・キョロキョロしながら基地内を彷徨く姿は中々滑稽だったぞ?」

 恥ずい、あまりにも恥ずい。
 ずり落ちそうになるサングラスを押さえるふりをして、隆は熱を帯び始めた自分の顔を必死に隠そうとした。
 自分の感情を優先して楽しげな輪に入らない・・・・・・意地っ張りな子供か俺は?
 心の何処かでそれを自覚はしていたが、まさか誰かに見られているなんて考えもしなかった。

「しかし・・・・・・忠告を忘れたのか? 目を付けられていると教えてやったのにも関わらず、一人で基地内をウロウロと・・・・・・此処はソ連軍の前線補給基地だ、カムチャッカのような国連との共同基地では無い。 何があってもおかしくないことを自覚しろ」

「う・・・・・・申し訳ありません」

 彼女の言うとおりだ、前線基地で一人ぐらい消えても疑問に思う人間なんていやしない。
 部隊の仲間は信じないだろうが、BETAとの戦闘に怖くなって逃げ出した・・・・・・なんて理由を付けられたら、自分の性格を知らない大多数の人間はそれを信じるだろう。

「―――で? 何を思い悩んでいる?」

 煙草を口に加え、シュポっとオイルライターに火をつけるラトロワ。

「は? い、いえ私的なことですので・・・・・・中佐の耳にいれるようなことでは決して・・・・・・」

「ふん、実を言えば私も貴官の悩みなどに興味は無い。 ・・・・・・だが、部下たちがどうもな。 下手な忠告などせず、早々に消えてもらえば良かったな」

 紫煙を吐き出して呟く彼女の表情から、その言葉が冗談だとは到底思えない。
 今基地内は先勝ムード一色だ。 殆どの人間がPXに集まって浮かれており・・・・・・人がいない場所がそこかしこに出来上がっている。 そんな暗がりに連れていかれてブッスリ・・・・・・いや、この部屋でグサッと・・・・・・
 などと、色々な想像した隆の全身から冷や汗が噴き出る。

「―――が、今となっては逆効果だ。 命拾いしたな、社中尉」

「そ、そうですか、それは良かった・・・・・・」

 このまま消される、そう覚悟させるだけの迫力を見せた彼女が付け加えた言葉を聞いて、隆は額に浮き出た汗を袖で拭って安堵の吐息を漏らした。。

「・・・・・・ふん、トボけたフリをして、人心掌握の技術は大したものだ。 それで? 言いたいことがあれば聞いてやる・・・・・・とっとと立ち直ってもらわんと、こちらも困るのでな」

 再度、隆にそう促すラトロワ。
 先程の雰囲気といい、正直に話さないと退出すら許されないような気がして、仕方なく隆は答えることにした。

「―――ギャップって奴に、少々絶えきれなくなったんです」

「ギャップ?」

 オウム返しに呟くラトロワに 「ええ」 と応え、隆は言葉を続けた。

「大なり小なり、今までも同じようなことはありました。 自分たちは戦争をやっている、だから戦闘で誰かが死ぬのは避けられない・・・・・・ そう割り切っていたはずなのに、今回は上手く自分自身を納得させることが出来ないんです」

 今まで奇跡的にも身近の仲間が死ぬことは無かったが、大隊を組んだ別の中隊や、支援に向かった先で共闘した部隊の兵士が死ぬのを、隆は幾度となく見てきた。 そして、悲鳴、絶叫、嘆き、懇願、悲痛な声が交錯する戦場で、隆は人の死を見、その現実に絶えきれなくなって一度は壊れた。
 碌な訓練も、碌な心構えも、覚悟らしい覚悟すら無い人間が、戦場などと言う非現実的な環境に放り込まれればそれは当然の結果だろう。
 後催眠による暗示と、持ち前の割り切りの良さで、何とか現実から目を背け続けた隆だが、その処理限界を越える現実を目の当たりにしたことで、彼は自身が自覚出来ないほど揺れていた。

「―――アルゴス試験小隊が使用した試作99型砲のお陰で、今回の防衛戦における損害は微々たるものでした。 その結果に基地中が喜びに湧いている」

「・・・・・・」

 何も答えないラトロワから顔を背け、隆はテーブルの上に載った灰皿に視線を落とす。

「―――ですが、今回の作戦で死んだ人がいます。 今までより少ないかもしれませんが、死んだ人間は・・・・・・確かにいるんです」

「―――ロヴァノフと、その部下が何人か死んだそうだな」

 ラトロワは確認するかのように言って紫煙を吐き出す。

「―――要領こそ悪いが実直でいい男だっだな・・・・・・ 貴官の隊の案内役を務めていたのは、確か奴の恋人だったか?」

「ええ、そうです。 ・・・・・・アクロウ中尉の目の間で・・・・・・ロヴァノフ大尉は死にました」

 脳裏に、爆散するMIG-21の姿が過ぎる。
 アクロウの目の前でロヴァノフは死んだ。 しかも、仲間の放った砲弾で・・・・・・BETA諸共。

「親しくしていた人間が死んで辛い・・・・・・いや、残されたモノが嘆き悲しむ姿を見て辛い・・・・・・か?」

 隆は黙って頷き、無意識に自分の立場とアクロウの立場を入れ替えて想像してしまった。
 仲間・・・・・・もしくは大切な人・・・・・・が、自分の目の前で死ぬ。 BETAに喰われ、砲弾で身体を粉々に砕かれ、推進剤とオイルの炎に炙られ・・・・・・死体すら残らない死に方をする。
 誰かの・・・・・・顔が脳裏を過ぎる。
 それが麻美なのか、それとも霞なのか・・・・・・別の誰かなのか、想像の中のことなのに、隆はその顔を知覚することが出来なかった。
 急に感じた寒気に身震いし、言い様のない不安感を感じ始めていると・・・・・・

「―――社中尉。 軍規に抵触しない範囲で、貴官の経歴を私に話してみろ」

 唐突に、意図の見えない質問をラトロワに問われる。
 隆は目を白黒させて戸惑ながらも素直に答えた。
 とはいえ、自分の事情を知らない彼女に語れることなど殆ど無い。 本来は国連軍に所属しており、帝国軍に派遣される前のことは機密なので答えられないと言った後、この世界で経験したことを掻い摘んで説明した。
 日本にいた頃に起きたこと、欧州に派遣された先で起きたこと。 ・・・・・・殆ど戦闘の話だ。 この世界にもう一年もいるのに、それ以外に話すことが無い。
 密度の濃い一年だと思っていたが、言葉にするとこんなにも軽いものなのかと、隆が軽いショックを感じていると、ラトロワが小さく頷いてから口を開いた。

「―――なるほどな。 合点がいったよ、達観した風を装いながらも怯えていたのは、衛士としてまだ一年も経っていないヒヨッ子だったからか・・・・・・ いや、欧州の戦場を経験した貴官を、ヒヨッ子呼ばわりするのは流石に失礼かな?」

「―――いえ、確かに自分は図体ばかり大きなヒヨッ子ですよ。 兵士としての覚悟や実力も、中佐の部下の足元にも及びません」

 子供と言って差支えのないジャール隊の衛士だが、彼らは子供である前に一人の立派な兵士だ。
 遊ぶことも甘えることも出来無い戦場で育った彼らを、見た目だけで判断していた自分が嫌になる。

「覚悟か・・・・・・そんなものを持つ余裕すら、我々には無いんだがな」

「・・・・・・?」

 ラトロワがポツリと呟いた言葉を、隆はうまく聞き取れなかった。 
 党の政略のもと、ソ連の人民は全て軍属に就いている。 生まれた時から軍人で、それが当たり前の人生において、戦う覚悟などあっても意味が無い。
 そんな実態のないものを引き合いに出した隆は、自分たちと根本的に違う人種なのだとラトロワは感じた。
 彼女は一度紫煙を肺に吸い込み、隆を見据えながら自分が彼へ伝えるべき言葉を口にする。

「―――社中尉。 分を弁えろ・・・・・・とは言わん。 貴様は自分の立ち位置をよく理解しているようだからな」

 紫煙を吐きながらそう呟く彼女の瞳には、隆以外の誰かが写っている。
 だが、垣間見えた優しげな表情を一転させ、彼女は厳しい表情で隆を睨みつけた。

「だが、折り合いをつけろ。 戦場には不釣合な甘さを抱くのもいいが、何かを引きずるのであれば、引きずる形を決めろ」

「引きずる・・・・・・形ですか?」

 彼女の迫力に圧され、オウム返して答えることしか出来無い隆。

「そうだ、赤の他人が死んだ程度で思い悩んでいるようでは・・・・・・ 今後、仲間や、貴様が大切に思う人が死んだ時、自分が正気でいられると思うか?」

「それは・・・・・・わかりません」

 想像は出来る。 だが、実際にそうなった時、そんな理不尽な現実を見て、自分の心が耐えられるかなんて・・・・・・分かる訳がない。

「わかりませんか・・・・・・ 私は恨ましいよ、貴様のことが」

 何故? と質問することが隆には出来なかった。
 ラトロワの瞳に映る激情が、安易に口を挟むことを許していない。

「・・・・・・わからないと言えるのは、今までそういった経験を一度もしてこなかった人間だけだ」

「ッ!!」

 隔絶。 この世界の人間と、自分との間にある確かな隔たり。
 平和な世界で呑気に生きたものと、BETAに苦しめられた世界で生きてきたものの違い。
 この世界の人間は、大なり小なりBETAのせいで起きた、悲しく辛い記憶を背負っている。
 真奈美と久志は家族を失った。
 洋平は故郷を失った。
 静流や葵、そして橘も、声にこそ出さないが何らかの悲しみを持ってるはずだ。
 だが、自分にはソレが無い。
 ソレが無いことを・・・・・・初めて他人に突きつけられた。

「だから甘いことを口にできるわけだ・・・・・・ その甘さを嗅ぎ付けていたのかもな、私の部下たちは」

「―――甘い・・・・・・か」

 前にも言われた言葉だ。
 戦うのが嫌で、何処かへ逃げ出したくて、誰も救えない自分に絶望した時に、拳と共に叩き込まれた言葉。
 無様に地面へ崩れ落ちた自分に、彼女は優しや甘さは必要無いと、そんなモノ、BETAの前では無意味だと告げた。
 躊躇うな、トリガーを引け、目の前のBETAを殺せ。 考えてみると、ロヴァノフを撃ったパブリチェンコは、その言葉を忠実に実行したわけだ。

(アザリー・・・・・・ ほんと、お前には色々と世話になりっぱなしだよ。 元の世界に帰ったら、一度くらいは会いに行ってやるからな)
 
 記憶にある意地っ張りな少女と、衛士になった女性の姿を交互に思い浮かべ、隆は自分を冷ややかに見つめるラトロワを見据えた。

「何となくですが・・・・・・分かった気がします」

「・・・・・・ほぅ?」

「今までも切っ掛けはあったんです。 あったのに・・・・・・俺はそれと向き合わなかった。 向き合ったふりをして、傷付くことから避けてたんだ・・・・・・でも、それも限界です。 俺は俺が抱えた気持ちと向き合って、中佐の言う・・・・・・引きずる形ってやつをちゃんと決めないといけないんだ」

「・・・・・・・・・・・・」

「ほんと・・・・・・今更ですね。 今まで俺は一体何をしてきたんだか・・・・・・戦場で何を見てきたんだか」

 目を閉じ、これまでに見てきた幾つもの光景を瞼の裏に再生する。
 絶望の中で泣き崩れ、救いを求めていた少女・・・・・・ 安易な死を選ばず、BETAに最後まで歯向かったその叫びを。 言葉を残すことも出来ず、一瞬で空に散った誰かの姿を。 
 思い出すだけで酷い頭痛をともなったのに・・・・・・今は何故か頭痛を感じることは無かった。
 だが、代わりに・・・・・・どうしようも無い後悔の念が、胸を押し潰すかのように膨らんでいく。
 あの時、ああすれば・・・・・・一言、何かを言えば・・・・・・躊躇ず、トリガーを引いていれば・・・・・・幾つもの可能性を考え、再び震え始めた身体を必死に抱きしめて押さえつける。
 退室すべきだ。 これ以上無様な姿を、赤の他人であるラトロワに見せるわけにはいかない。 欠片ほどの冷静さを残した頭で隆はそう判断し、なんとか立ち上がろうとするも、

「―――まだ、退室を許可した覚えはないが?」

 ラトロワの涼し気な声が耳に届く。 同時に、テーブルの上へグラスが二つ置かれた。

「一人で飲むのはつまらんのでな・・・・・・悪いが付き合って貰うぞ、社中尉」

 ラトロワは呆然とグラスを見下ろす隆を苦笑混じりの顔で見ながら、どこから取り出したのか、琥珀色の液体が入ったビンを掲げてそう言った。









 基地内・士官用宿舎通路

「隆さん、何処に行っちゃったのかな」

 一人でトボトボと薄暗い通路を歩きながら、真奈美は溜息混じりの声で呟いた。
 基地に帰還後、医務室に運ばれた隆に付き添わなかったのは、今にして思えば失態だった。 外傷らしい外傷も無かったので大丈夫だろうと思っていたのだが、まさかそのまま所在不明になるなんて誰が予想できただろう?
 PXでユウヤに礼を言った後、直ぐ医務室に向かったのだが、そこに隆の姿は無かった。 行き違いになったのかと思いPXに戻ってみたが、あの目立つ風貌の彼は発見できず、ウロウロと格納庫や宿舎にまで足を運んで見たのだが、目撃情報の一つも得ることが出来なかった。

「・・・・・・大丈夫、だよね」

 口から漏れた言葉は、誰かに同意を求めての言葉ではなく、自分自信に言い聞かせるものだ。
 きっと自分の気のせいだ、随伴していたキート隊に大きな被害が出たせいで、彼も動転していたに違い無い。
 そうに決まっている、それに自分は殆ど覚えてないから確証なんて持てない。
 ―――機体から出てきた彼の顔が、欧州で見せた壊れる前の笑顔と重なって見えたのは・・・・・・

「・・・・・・ッ!!」

 パンっと自分に活を入れるかのように、真奈美は自分の頬を叩いた。
 だがそれでも、胸の中にあるシコリのようなものは消えない。 PXでの賑やかな宴を見てから出来たソレは、次第に大きくなっているような気がする。
 そう・・・・・・大きくなって、いらぬ不安を私に押し付けてくる。

(・・・・・・もし・・・・・・隆さんが・・・・・・)

 最悪の事態を想像して、必死に頭を振る真奈美。
 彼は強い、あんなに強くて優しい人を私は他に知らない。
 だから自分で死を選ぶわけなんて無い、そう必死に自分に言い聞かせる真奈美は気づいていない。
 ―――本当に強い人ならば、後催眠など処置されるわけが無いことに。
 
「あら? マナちゃん・・・・・・こんな所で何してるの?」

 不意に声を掛けられて顔を上げれば、通路の向こうから歩いて来る葵と目があった。

「―――さ、散歩です。 ちょっとあの雰囲気に馴染めなくて」

 彼の様子がおかしくて探していた、などと説明出来るわけが無い。
 葵の背後にいた栞が怪訝な表情を浮かべるも、真奈美は作り笑顔を見せて乗り切ろうと決めた。
 隆さんの様子を二人に伝えれば、私なんかよりも必死になって探すに決まっている。 今日の出撃で疲れている二人に、いらぬ心労の種を与えるべきではない・・・・・・ ジャール隊と共同でBETAの掃討戦を行った彼女たちは、自分たちよりも長く戦場に留まっていたのだから。

「ふうん・・・・・・気持はわかるけど、一人でウロウロするのは関心しないわね」

 メッと、眉根を寄せて怒ったような顔を作る葵。
 どんな時でも自分を心配してくれる彼女に感謝しつつ、真奈美は今まで二人がいた先のことを聞いた。

「―――えっと、アクロウ中尉の様子を見に行ったんですよね? ・・・・・・どうでしたか?」

 話題の逸らし方としては最高で最悪な手だ。 幾ら二人のためとは言え、人の不幸をネタにする自分が少し嫌になった。

「ん・・・・・・彼女ね・・・・・・」

 言い難そうに口を開きかけた葵は、何かを確認するかのように栞に一瞥を送る。

「―――至って普通よ。 部隊の再編が大変だって嘆いていたわ・・・・・・ 旧大戦でどっかの人が言ってたけど、永久凍土に生を受けた人間は打たれ強いってやつは本当ね」

 葵の代わりに、肩を竦め呆れと関心が入り混じった声で答える栞。
 言葉に含まれているものや、二人の態度から凡そのことを想像した真奈美は、ニッコリと作り笑顔を浮かべて「そうですか」 とだけ答えた。
 アクロウ中尉は、衛士であり軍人だ。
 例え目の前で婚約者が死んだとしても・・・・・・泣き崩れることは許されない。
 帰還後、特に損傷が激しかった部隊を預かる指揮官は、報告書や上申書の作成で忙殺される。
 泣くのはそれらの仕事が終わった後だ。 誰にも見られず、誰にも迷惑をかけない場所で・・・・・・一人で泣く。
 ポッカリと、心に大きく空いた穴の空虚さに絶望して、二度と埋まることの無い寂しさを抱えて。

「・・・・・・ま、他人の私達が首を突っ込むことじゃないから・・・・・・ ああ、それにしてもお腹減った。 ・・・・・・PXで宴会してるんでしょ?マシな食べ物あった?」

「マシな・・・・・・ えっと・・・・・・お酒はたくさんありましたよ?」

 葵がクスクスと、お腹を押さえる栞を見て笑うのを横目に、真奈美はPXのテーブルに並んでいた酒瓶の山を思い浮かべた。

「酒ねぇ・・・・・・空きっ腹に酒はちょっと嫌・・・・・・ん? 酒?」

 ウンザリとした様子で呟いた栞は、何かに気付いたかのように顔を上げ、ガシッと真奈美の細い肩を掴んで引き寄せた。
 
「真奈美・・・・・・正直に答えなさい」

「は、はい・・・・・・ な、なんでしょうか?」

 鼻が触れ合うほどに迫る栞の顔。 
 瞳孔開いてません? などと聞けるわけも無く、ギリギリと締め上げられる肩の痛みに耐えながら、栞の言葉を待つと、

「あの・・・・・・ロリシスグラサンジゴロショタの様子はどうだった?」

 あ、なんかそれってヨーロッパの妖怪みたいな名前ですね? と言いたかった。 心の底から真奈美はそう言いたかった。 
 だって栞さんだけじゃなくて、葵さんも真っ暗な瞳で私のこと見てるしッ!! さっきのシリアスな雰囲気は何処に行っちゃったのさッ!?

「マナちゃん・・・・・・ 隆さん、誰に襲いかかってたの?」

「お、襲うッ!?」

 それはちょっと言い過ぎだと思うよ、葵さん。

「真奈美・・・・・・ 隆は、一体誰の胸を揉んでたわけ?」

「も、揉むッ!?」

 少なくとも私の胸を揉んだことないよ、栞さん。

「「早く言いなさい・・・・・・でないと・・・・・・」」

「ひ、ひぃッ!!」

 二人の迫力に圧されて、一歩、二歩と後ずさると・・・・・・足が柔らかいものを踏み、続いてドンっと背中が何かにぶつかった。
 慌てて背後を振り向くと、キョトンとした顔で久志さんが私達を見下ろしていた。

「―――何をやってるんだ、お前たちは?」

「え、ええっとですね・・・・・・コレは・・・・・・その」

 肩を栞さんに掴まれたままなので、首だけ向けて答えようとするも、どう説明したらいいか分からない。
 取り敢えず、冤罪で隆さんの命が危険ですッ!! と口にしようとするも、久志さんはみなまで言うなとばかりに首を振ってそれを遮った。

「事情は凡そわかった。 ・・・・・・そんなお前たちに聞くのもなんだが、隆を知っているか?」

「「??」」

 久志の質問に首を傾げる二人。 真奈美は 「しまった」 っと顔を青くさせるが、時既に遅く、栞は真奈美の肩から手を離して久志に歩み寄る。

「一緒にPXで飲んでたんじゃないの?」

「ああ、俺もそのつもりだったんだが、何時まで待っても奴が姿を見せなくてな。 仕方なく探してるんだが、部屋にいないのか?」

「さっき部屋の前を通ったけど、灯りは・・・・・・ついて無かったと思うわ」

 顎に手を当てて首を傾げる葵。
 マズイ、とてもマズイことになった・・・・・・ まさか久志さんまで隆さんを探しているとは思わなかった。 真奈美は額に掻いた汗を拭いもせずに、この状況をどうしたものかと考える。

「・・・・・・隆さん・・・・・・何処にもいないんですよ」

 考えた結果、正直に話すことに決めた。
 三人がその気になって探し始めたら、何処にも彼がいないことが直ぐに分かる。 だから隠すのは止めだ、アルゴス小隊の警護をしていた三人には悪いけど、隆さんを探すのを手伝って貰うほか無い。

「何処にもいないって・・・・・・マナちゃん、それどういうことなの?」

「そのままなんです葵さん。 基地中・・・・・・と言っても行けるトコなんて限られてるけど、自由に出這入りできる場所は全部見て回ったのに・・・・・・隆さん、何処にもいないんです」

「・・・・・・・・・・・・トイレか?」

 色々とぶち壊しです久志さん、少しは空気読んでください。
 口にこそ出さずに、真奈美は内心でツッコミを入れて久志を睨むも、久志は苦笑を浮かべて三人に背を向ける。

「―――探しに行くんですか?」

 だったら私も、と続けようとしたが、ソレよりも早く久志は真奈美の問いに答えた。

「いや、ほっとくさ。 隆を見かけたら言っておいてくれ、飲む気があるなら部屋で待ってるとな」

 PXからくすねてきたのか、そう言って久志は酒が入ったビンを掲げて立ち去ってしまった。
 その背を暫く眺めた後、思い出したかのように真奈美は栞と葵に向き直る。 二人とも、きっと隆を心配して青い顔をしていると思ったのだが・・・・・・葵は兎も角、栞は涼し気な顔で久志の背を見送っていた。

「さ、探しにいかないとッ!! 隆さんに何かあったら大変よッ!!」

 我に返った葵が、慌てた様子でそう促すも・・・・・・

「大丈夫でしょ、子供じゃないんだし・・・・・・心配するだけ無駄よ」

 あっけらかんと栞はそう答え、二人を残してスタスタと歩き始めてしまう。

「ま、待ってください栞さんッ!! 隆さんのこと心配じゃないんですか? 」

「たかが姿が見えないくらいで心配しないの・・・・・・ どっかで酔いつぶれて寝てるかもよ?」

「余計心配じゃないッ!! 夜中になったら凍死・・・・・・は、この季節じゃしないけど、身体には良くないでしょう!!」

「はいはい、そうなったら隆の自業自得だから・・・・・・私はね、さっき言ったとおりお腹が空いたの。 だからPXでご飯を食べる、二人だってお腹空いてるでしょ? ほら、とっととPXで私達も英雄さんのご相伴を頂くわよ」

 取り付く間もなく、栞は二人の腕を引いて掴んで歩き出す。
 葵が尚も抗議の声を挙げるも、真奈美はやけに冷めた栞の横顔を見て何も言えなかった。









 数時間後・士官用宿舎

「ん~~~~ 思ったよりもキツイなぁ、ヴォトカってやつは」

 ボフッとベッドに倒れ込み、隆は呻くような声で呟いた。
 酔っているせいか、何時もは堅いだけのベットがやたらと心地良く感じる。 本当は寝てる暇なんて無いぞ、機体を損傷させた報告書の下書きを・・・・・・などと冷静さを保った心の何処かが囁くが、隆はゴロンと寝返りをうって微睡みを優先することに決めた。
 こんな頭でやっても仕方が無いし、どうせ暫くは出撃も無いだろうから、明日ゆっくりと作ればいい。

「む~~~~ 中佐、酒強すぎだ・・・・・・流石は水の代わりにアルコールを摂取している人種なだけあるなぁ」

 コンクリが剥き出しの天井を睨みつけながら、先程までの光景を思い浮かべてしまう。。
 ラトロワ中佐の懺悔部屋。 ・・・・・・などと言えば間違いなく一部の人間から刺されそうだが、自分の身勝手な愚痴に呆れながらも付き合ってくれたラトロワ中佐は、少なくとも自分の上司よりも人間が出来てると思う。
 しかも秘蔵の酒が解禁されたとかで、貴重なヴォトカまで振舞ってくれた。 なんでもそれはブリッジス少尉のお陰だとかなんとか・・・・・・ その時初めて彼に感謝する気持ちが生まれたのは此処だけの秘密だ。
 遠慮無く頂いたが、記憶を失うほど酔っていないので・・・・・・ 酔った勢いで彼女に失礼なことはしていないと思う。

(間違って手を出したら殺されそうだからな・・・・・・色々な意味で)

 ラトロワのみならず、彼女の部下であるターシャ達の顔まで脳裏を過ぎる。
 あの小生意気な年少兵達が、ラトロワに従っている理由が漸く分かった。 ジャール隊の指揮官である彼女は、厳しく、甘えなど許さない雰囲気を醸し出している。 その圧力に最初は圧倒されたが、隆は彼女の厳しさの中に温かさ・・・・・・母性のようなモノを感じ取ってしまった。 
 年少兵と言う特殊な部下を持つが故なのか、それとも彼女の性格なのか・・・・・・少なくとも、指揮官であり、母親でもある、それがジャール隊を統べる彼女の本質なのだろう。
 ―――幼き頃に母を亡くした隆は、母親の温かさを良く覚えていない。 だがあの窘めるような物言いは・・・・・・記憶の奥底に眠る母親の姿と重なったような気がする。

(・・・・・・マザコンか俺は? これ以上恥ずかしいネタを増やしてどうするつもりだよ)

 そう嘆息し、一眠りするためにサングラスを外す。
 恥ずかしい姿を晒したが、少なくともソ連に来たことは無駄では無かった。
 ラトロワと言う女性に会えた事実は、隆にある種の救いを齎してくれた。

「引きずる・・・・・・形か」

 彼女が言った言葉を口ずさむ。
 悲しみを、人の死を、悼み続けるのであれば、それを引きずる形を決めろと。
 どう決めるべきかは、それがあまりにも抽象的過ぎて直ぐには決められない。
 だが今まで通りでいることはもう出来無い。 割り切ったふりをして、目の前の現実から逃げることは・・・・・・もう出来無い。

「―――都合の良い現実だけしか受け入れなかった・・・・・・向こうでもこっちでも、やってることは同じ。 成長してないな、俺ってヤツは」

 隆は自分で呟いた言葉に苦笑を浮かべた。
 【向こう】 元の世界をそう言ってしまったことに。
 酔いが回った頭で考えるのにも疲れ、今日はこのまま寝ようと瞳を閉じた瞬間、コンコンっと控えめにドアをノックする音が響き渡った。

「・・・・・・ん ・・・・・・誰だこんな時間に」

 眼を指で擦りながらガチャっとドアを開けると、見知った女性の顔が視界に飛び込んできた。

「―――橘? どうしたんだ? 何か用か?」

「―――何よ、用事が無いと来ちゃ駄目なわけ?」

 ムスっと、頬を膨らませて不満を漏らし、栞は手にしたトレイを隆へつき出す。 トレイの上には、パンとボルシチ (もちろん合成品) が入った椀が載っていた。

「PXに姿を見せなかったって聞いたから・・・・・・ 夕食、食べてないんでしょ?」

「ん、ああ・・・・・・そう言えばそうだったな」

 栞の問いに生返事を返すことしか出来無い。
 確かに祝賀会が開かれているPXには近寄らなかったが、ラトロワの部屋でヴォトカとちょっとしたツマミを腹に入れた、などとわざわざ食事を持ってきてくれた彼女に言えるはずがなかった。

「・・・・・・で? 何時まで通せんぼしてるつもりなの?」

「っと、すまん」

 トレイを渡して帰る、そんなつもりなど彼女には無かったようだ。 当然のように入室し、備え付けのテーブルの上にトレイを置いて栞はベッドに座り込んだ。 座る場所を奪われてしまい、仕方なく隆は壁に立て掛けられたパイプ椅子を用意する。
 狭苦しい室内、必然的に二人の距離は近くなるが、隆は気にする事無く食事に手を伸ばした。 パンを千切り、ボルシチに浸す・・・・・・正式な食べ方ではないが、こうでもしないと固く乾燥したパンは食べられない。
 たまには焼きたてのパンが食べたいものだと、隆は辟易しながら口にパンを放り込むも、思ったよりもボルシチが冷めており、パンは恐ろしく固いままだった。 思わず栞に文句を言いかけたが、ボルシチが冷めている理由になんとなく気づき、隆は無言で食べ続けることを決めた。
 空腹、と言うわけでも無かったが、戦闘後の体はアルコールよりも栄養を欲していたらしく、黙々と食べることに集中してしまう。

「・・・・・・なんかお酒臭くない?」

「あ~PXには寄らなかったけど、他でちょっと飲んだからな・・・・・・そのせいだよ」

 スンスンと鼻を鳴らして呟く栞の問いに、隆は内心で冷や汗を流しながら答えた。
 下手な嘘はバレたときに死を招く。 ならば情報を少なくした真実を与えたほうがマシ・・・・・・と考えて言った言葉に、栞は 「ふ~ん と気のない返事を返してきた。」
 その様子に違和感を感じて顔を上げると、スッと目の前に何かが差し出される。

「何のつもりだ ・・・・・・コレ?」

「霞なら、こういったことするかなと思って」

 フォークに突き刺した人参を半目で見る隆に、栞は生真面目な顔でそう答えた。
 確かに霞は人参が嫌いだが、こんな無理やり人に食べさせるような真似はしない。 
 
「―――食べないの?」

 人参を突き出したまま首を傾げる栞を見て・・・・・・隆の心は折れた。
 小さく溜息をついた後、身を乗り出して人参に齧り付く。 大して上手くもない人参もどきを食べると、栞はポカンっとした表情で、フォークと隆の顔を見比べてポツリと呟いた。

「―――ほんとに食べると思わなかった」

「ムグムグ・・・・・・そうか?」

「そうよ」

 即答で返され、隆は返答に詰まる。
 確かに今までの態度を見ていれば、そう思うのも当然かもしれない。
 気まぐれだよ・・・・・・なんて失礼なことを言えるわけも無く、隆はふと今の状況から思い出したことを口にした。

「―――なんて言うかさ、久しぶりだよな・・・・・・」

 隆が呟いた言葉の意味が分からないのか、栞は眉根を寄せて怪訝な表情を浮かべた。
 そんな栞の様子を横目に、隆は苦笑しながら椅子に背を預けて、煤けた天井を仰ぎ見る。

「お前とゆっくり飯を食うことだよ。 最初は・・・・・・アレだ、俺が静流さんの書類を夜中まで整理してた時だよ。 夜中だってのに、わざわざ夜食持ってきてくれたよな?」

 もう一年近く前になる記憶を引っ張りだして、隆はシミジミと呟いた。。
 横浜から百里に出向した当初、国連と帝国の軋轢をまざまざと見せ付けられた自分は、憂さ晴らしをするかのように書類仕事に没頭していた。
 いや・・・・・・正確には、寂しさを紛らわすためにやっていたのかもしれない。

「・・・・・・うん、そんなこともあったね。 誰にも相手にされなくて、一人でいじけてた国連の兵隊さん」

 そんな気持はお見通しだったとばかりに、栞はニヒッと憎たらしい笑みを浮かべて頷いた。

「はッ、否定出来無いのが痛いとこだ・・・・・・ でもまぁ、お前のお陰であの時は助かったよ。 後から湯田班長に聞いたんだけどさ、俺のために色々としてくれたらしいじゃん・・・・・・・・・・・・今さらだけど、ありがとな」

「急にどうしたの? なんだか隆らしくないんだけど・・・・・・」

「俺だってたまには殊勝な心にもなるさ。 言いたかったことを言えないで終わるのは・・・・・・嫌だからな」

「―――止めてよ ・・・・・・まるでこれから死ぬ見たいな言い方」

 言って栞は顔を伏せてしまった。
 確かにそう聞こえるかもな、と隆は自分の発言の思い返して反省した。
 死ぬつもりなんて無い。
 これからも俺はこの世界で生き続け、絶対に元の世界に帰って見せる。 
 それが・・・・・・俺がこの世界で生きる理由だから。

「死ねるかよ。 俺はやり残したことがたくさんあるんだ・・・・・・こんな世界で、死んでたまるか」

「・・・・・・世界?」

「ん? ああ・・・・・・ソ連とか、他所の国でってことだよ」

 聞き返す栞へ、迂闊な自分を心の中で叱責しながら、努めて平静を装い答える。
 顔を伏せベッドの縁を握り締めていた栞は、漸く顔を上げて寂しげな視線を送ってくる。 

「やり残したことって・・・・・・なに?」

「なんだろうな・・・・・・色々あって何を言えば良いやら・・・・・・ まぁ直ぐに思いつくのは、霞との思い出作りが中途半端ってことかな」

 そう言うと、栞は力無い笑みを浮かべて 「それは隆らしいわ」 と言った。
 その顔は隆の知らない栞の顔。 何時もの明るい顔でも、気を引くためのしょぼくれた顔でも無い。
 何かに怯える、知らない女の顔だった。

「・・・・・・なぁ、橘」

「・・・・・・なに?」

 彼女の反応が酷く薄い。
 二人っきりで一つの部屋にいるのに、碌なアプローチも掛けてこないなんて、以前の栞ではあり得ない。
 ここ最近、彼女の様子がおかしいことには気づいていた・・・・・・正確には、欧州でグリーンランドの基地に転がり込んだ後からだが。
 その理由に・・・・・・恐らく自分が関係していると、隆は薄々察していた。 忙しかったから、自分のことで精一杯だったから・・・・・・彼女が大人しくなってホッとしていたから・・・・・・ そんな幾らでも挙げられる言い訳じみた理由で、彼女の様子を察していながらも今まで自分は何もしないでいた。
 ラトロワが言った引きずる形、彼女への気持は・・・・・・ちゃんと形を決めないといけないのに、自分はそれから逃げていた。
 彼女の好意を否定し・・・・・・それまでの関係が壊れるのが怖くて。

「・・・・・・なんて言うか・・・・・・お前、今楽しいか?」
 
 切っ掛けは些細なことでいい、最初の一歩さえ踏み出せれば・・・・・・後は進むだけだ。
 特に深い意味があって言った訳では無い。 彼女との話の切っ掛けになればと思って掛けた言葉なのだが、栞は驚いたように目を見開いて動きを止めた。

「・・・・・・何か悩んでるなら言えよ・・・・・・ たった一度の人生、楽しまなくちゃ損だぞ?」

 そう言って深々と溜息を付く。 彼女に言っておきながら、これは自分自身に言い聞かせた言葉だ。
 現実を上手く直視できず、足を踏み出せないでいる自分自身へ。
 栞の悩みがどんなものか、隆は全てを知らない。
 ただ漠然と分かっていても、あの明るかった笑顔を曇らせてしまった理由までは分からない。
 出来れば彼女にはこれからも笑っていて欲しい。 女の子の笑みってやつは、見てるだけで気分が良くなる魔法が掛かっているのだから。

「・・・・・・」

 栞の返答を待っていると、彼女は無言でベッドから立ち上がった。
 自分の身勝手な質問で怒らせてしまったか? と隆が一抹の不安を感じた直後、テーブルに載ったトレイが乾いた音を立てて床に落ちた。 その音を遠くに聞きながら、隆は自分の身に起きたことを理解するのに時間を要した。
 立ち上がった栞が手を伸ばし、自分の胸ぐらを掴んだ後、天地が逆転した。 一瞬の浮遊感の後、軽くは無い衝撃の後に視界に映ったのは、先程まで見上げていた煤けた天井だった。
 投げ飛ばされた・・・・・・ ことに気付くよりも早く、馬乗りになった栞と目が合う。

「ちょ、ちょっと・・・・・・橘、落ち着け」

 落ちた場所がベッドで良かった。 ノリウム張りの床に叩き付けられては、暫くは動けなかったに違い無い。
 それでも背中をしたたかに打ち付け、咳き込みそうになるのを必死に我慢し、今尚胸ぐらを掴んだままの栞に声を掛ける。
 何が彼女の琴線に触れたのかは分からない。 だが例によって例の如く、栞が暴走するキーを回してしまったに違いなにのだが・・・・・・何か様子がおかしい。
 俯いたまま、何も語らない栞の態度に隆が疑問を感じていると、ゆっくりと胸ぐらを掴んだ彼女の手が離れていく。 掴んだ力で千切れたのか、シャツのボタンが彼女の手から溢れ・・・・・・自分の胸の上に落ちた。

「―――隆って、ズルイよね」

 顔を伏せたまま、栞が小さく呟く。

「―――何時だって優しくて、誰にだって優しくて、他人の幸せばかり考えてる」

 それは違う、と隆は言いたかった。

「―――だから隆は、誰かの悲しみまで背負おうとする。 優しいから・・・・・・その人の気持を考えちゃうから、無意識のうちに抱え込まなくていいものまで自分の中に入れちゃう」

 ただ俺は、人の顔色を伺って生きてるだけなんだ。 

「―――どうしよう無く優しくて弱い人。 それを知った人は皆ね、隆を守ろうって気持ちになるの・・・・・・部隊の皆、インパルスの瞳大尉、欧州で会ったオルフィーナやアザリー ・・・・・・そして霞もかな? 皆、隆のために必死になる・・・・・・皆が何処かに置いてきてしまった、優しさと甘さを持っている大切な人だから守りたくなる」

 誰かに嫌われたく無いから、偽善で塗り固めた行いをしているだけなんだ。

「―――しかもそれが狡猾なのよ。 皆の心に、ご厄介になりま~すとか言って、ヘコヘコしながら滑りこんでくる。 どんなに扉を固く閉ざしても、開けるまでドンドン叩いて粘るから、どんな人でも結局最後には開けちゃうのよね」

 だからそんな目で・・・・・・俺を見ないでくれ。

「―――勿論、私の心の中にもズカズカ入り込んできてくれた。 もう隆のことで胸が一杯、他の人が入り込む余地なんて残って無い」

 漸く、栞が顔を上げる。
 笑顔が・・・・・・見える。 嬉しさと、寂しさと、切なさが入り混じった複雑な笑顔が。

「人の心ってさ、不思議だよね。 好きな人がいれば、その人のことだけで胸が一杯になる。 その人を考えるだけで、嬉しくなったり、辛くなったりできる・・・・・・・・・・・・ だからその分、その人がいなくなった時が大変なのよね」

 そこで栞は初めて、逡巡するかのように言葉を詰まらせたが、窓の外に目を向けて重々しく口を開いた。

「さっきね、アクロウ中尉のとこに行ってきたのよ・・・・・・色々と世話になってるしね、大丈夫かなって思って」

 面倒見のいい栞だから、婚約者を失った彼女を放っておけなかったのだろうか。

「拍子抜けするぐらいに普通に振舞ってた。 これからが大変だとか、上からお叱りを受けるだとか・・・・・・どうでもいい事を愚痴られたわ。 でもね、それを話してる時分かったの・・・・・・アクロウ中尉、心が死んでた」

「ッ!!」

 知りたくなかった現実を知らされ、言葉にならない声が口から漏れる。

「喜怒哀楽って言葉あるじゃん。 その感情のうち・・・・・・きっと彼女はもう哀しみしか残っていない。 喜びや楽しみを共感したい彼はもういない、BETAに怒りを向けても彼は絶対に戻ってこない。 出来るのは・・・・・・彼を失った悲しみに暮れるだけ」

 目の前でロヴァノフが死んだ事実が、彼女の心にどれだけ大きな傷を残したのかは分からない。
 だが栞の言うとおり、失ったものが大きすぎるから、空いた心の穴が大きすぎるから、もう修復出来ないから、心が死んでしまったのだろう。

「人間って脆いの、何かに縋ってなきゃ生きていけない。 だから私ね、隆が死んだらきっと耐えられない。 ううん、耐えようなんて思わない・・・・・・隆がいない世界なんて生きてる意味が無いから」

 淡々と言葉を紡ぎながら、栞は再び隆に視線を落とした。

「―――でもね」

 そっと、自分のお腹に手を触れ、栞はニッコリと笑う。
 ソレまでの憂いを帯びた笑みではなく、心からの喜びを表すかのような極上の笑みを。

「―――隆の子供がいれば、例え隆がいない世界でも・・・・・・生きていられるような気がするの」

「・・・・・・・・・・・・どんな脅迫だよ、それ」

 カラカラに乾いた喉を震わせ、必死に苦笑いを浮かべながら隆は言った。

「失礼ね、私のささやかな希望を脅迫と言うわけ?」

「何がささやかだよ・・・・・・悪いがな、そんな無責任な真似できるわけ無いだろう。 種だけ残してさよならって・・・・・・一番最低だろうが、最後まで責任持てない男に、子供なんて作る資格はないんだよ」

 吐き捨てるように隆はそう捲し立て、力強い声で続けて言った。

「何が、出来るかもわからない子供だよ。 んな可能性よりもな、俺が死んだ後のことを考えるなら、俺の代わりに霞を守ってくれ。 あの娘の傍にいてやってくれよ」

 それは、一辺の嘘や偽善も無い、彼の偽らざる本音だった。
 兄として一緒にいてやると、たくさんの思い出を作ると約束した義妹。 自分が死んだ後、もしくは何時の日か元の世界に帰ることができたら・・・・・・あの子を誰に託せばいいのだろうか?
 
 彼にとって最大の心残り。 一番辛いことだが・・・・・・何時かは引きずる形を決めなければならない関係。

 そんな隆にとっての最大の悩みを・・・・・・ 栞はあっさりとぶち壊した。

「―――当然じゃない、霞は私が守るわ」

 まるでそれが当然とばかりに、栞はそう言い切った。

「あんな国連の基地からは無理矢理にでも引っ張り出す。 もしそれが出来なかったら、帝国軍辞めて国連軍に志願する。 どんな手段を使ってでも、私が隆の代わりに霞の傍にいてあげるわよ。 ・・・・・・なんで? なんて巫山戯たこと言わないでよ? 隆が大切にした人だからよッ!! あなたの心残りにならないように、あなたが関わったものは私が全部守って見せるッ!! 何もかも、あなたの影があるものは、私が全部独占してみせるッ!!」

 言葉の途中で感情が昂ぶってきたのか、最後には上擦った声を漏らして力無く隆の胸に顔を埋めた。

「・・・・・・そうしないと・・・・・・隆がいなくなった穴を埋められない・・・・・・埋められないのよ・・・・・・」

「・・・・・・」

 隆は無言で、肩を震わせる彼女を見続ける。
 彼女なら・・・・・・橘栞と言う女であれば、自分の代わりに霞を任せてもいいと思う。
 この世界で知り合った人の中で、彼女ほど隆の傍にいた人はいない。
 最初はお節介、次は好奇心、そして純粋な好意・・・・・・様々な感情を隆に向け、何時いかなる時も傍にいてくれた女性。
 同じ時を過ごせば絆と信用が生まれる。 隆の信用を一番得た彼女に、隆が全てを任せてもいいと思うのは当然だった。
 だがそれは、彼女の人生を奪うと言うことだ。 こちらの一方的な押し付けと、彼女の気持を利用して、霞という鎖で一生縛り続ける。
 できない、そんなことしたくない。
 だが自分が死ねば、彼女はソレを望むと言う。 自ら進んで・・・・・・鎖に囚われると言う。
 そう言わせてしまった時点で、隆の偽善的な思いなど既に遅い。 彼女は、隆と言う鎖を自らに巻きつけてしまっている。
 それを実感した隆は、自分はどうなのだろうか? と考える。
 今も尚、自分の胸の上で泣く女を亡くした時・・・・・・果たして自分はどうなるのだろうか?
 泣き、嘆き、喚き・・・・・・それから? それからどうする?
 明確なビジョンが何も浮かばない。 彼女が死んだ後、自分が何をすべきなのか・・・・・・何も想像出来無い。

「―――だからお願い・・・・・・私が生きたいって理由を・・・・・・頂戴」

 涙でくしゃくしゃにした顔を上げて、栞がおずおずと隆の頬に手を伸ばす。
 触れればあっさりと壊れてしまう砂の城を触るかの如く、ゆっくりと力無く差し出された手は暖かかった。 生きている温もりが感じられる手だった。
 彼女の手が触れて初めて、隆は自分が何時ものサングラスを掛けていないことに気づいた。

(俺は・・・・・・最低だ)

 目の前に迫る彼女の顔を見ながら、彼は内心で己を罵る。
 振りほどこうと思えば出来る。 栞は彼を拘束などしていない。 その軽い肢体を、ただ隆の上に横たえているだけだ

(麻美を理由に・・・・・・彼女の気持から逃げていたんだ)

 隆はもう抵抗すること無く、彼女を受け入れた。
 栞の顔が視界一杯に広がった後、女性特有の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

「・・・・・・ん」

 彼女の吐息が聞こえる。 瞼を閉じ、よりいっそう鋭敏になった皮膚の感覚が、唇に触れる柔らかな感触を増幅してくれる。
 オルフィーナの時とは違う、ただのキス。 唇と唇が触れ合うだけのキス。
 もたれ掛る彼女の身体を実感し、触れ合った唇から広がる温かさに酔いそうになる。
 何秒その温かさを甘受していたのか、スッと栞が顔を離すのを感じて瞳を開けると、顔を真っ赤にして照れている彼女と目が合う。
 これもまた見た頃のない顔だった。
 恥ずかしそうに目を伏せ、でも嬉しさを隠しきれ無い様子で口元を歪ませる女の顔。
 隆も恥ずかしさを誤魔化すかのように、そっと栞の背中に手を回す。 途端、彼女は驚いたように目を見開いた後、嬉しくて仕方が無いと言ったばかりに目を細めた。
 まるで猫のようだと、その愛らしい表情の変化に隆が笑った瞬間・・・・・・チャリっと金属片が重なる音が響く。

「「・・・・・・?」」

 申し合わせたのように、二人は視線を落とす。
 落とした先にあるのは、隆の首に下がった一本のチェーン。
 二人の視線と意識が、チェーンに向けられる。
 ・・・・・・正確には、ドックタグと一緒にチェーンに通された小さな指輪へ。

「・・・・・・これ・・・・・・」

 魅入った様子で栞が指輪に手を伸ばす。
 大きさを確認するかのように指輪を摘みあげ・・・・・・内側に彫ってある麻美の名前を見た瞬間、背中に回されていた隆の手を振り払いベッドから立ち上がった。

「―――ごめん。 忘れて、今言ったこと全部」

 シャツの袖で涙を拭い、ベットから立ち上がった栞は、隆に背を向けて早口でそう告げた。 そして隆が何かを言うよりも早く、彼女は一切振り向こと無く逃げるように部屋から出て行ってしまった。
 一人残された隆は状況が理解できず、ただ呆然とすることしか出来ない。 なんとか平静を取り戻し、慌てて部屋を飛び出した頃には・・・・・・薄暗い廊下に彼女の姿は無かった。


 これが・・・・・・二人の心が触れ合った最後の瞬間だった・・・・・・










―――駄目だ。

 誰もいない廊下を走り。

―――私じゃ駄目なんだッ!!

 誰もいない屋上への階段を駆け上がり。
 
「―――私は隆に相応しくないッ!!」

 誰もいない屋上のフェンスを掴み、漸く彼女は声を発することが出来た。 そして、ガシャッとフェンスに頭を当てズルズルと座り込む、
 息が荒い。 動悸が収まらない。 たいした距離を走ったわけでもないのに、身体は疲労を訴えていた。
 だが、頭はこれ以上ないくらいに酷く冷めていた。 先程まで、信じられ無いぐらいに胸が一杯だったのに・・・・・・今は空虚な気持しか残っていない。

「・・・・・・・・・・・・」

 泣きたいのに、涙が出てこない・・・・・・叫びたいのに、声が出てこない。
 あんなに隆のことが好きだったのに、抱いて欲しいって心から願っていたのに、逃げてしまった。
 後悔と、自責と、整理のつかない感情を制御できず、栞は何度もフェンスに頭をぶつけ・・・・・・思い出したかのように、自分の手を空にかざした。
 月の光で浮かび上がるのは、女性らしさの欠片も無い・・・・・・ゴツゴツと節くれた自分の手。

 ―――この手では、あの指輪をはめることなんて出来無い。

 戦術機なんて代物に乗るために、過酷な訓練で女性らしさを失ってしまった自分の身体。
 今までそんなことを考えたことなんて無かった。 あの訓練の辛さに恨みを抱いても、訓練で生まれた自分の身体を恨むなんてことは一度も無かった。
 彼には、あの心優しき人には、自分のような血と硝煙に塗れた女は似合わない。
 あの指輪が簡単に通せる人、血生臭い世界とは無縁な世界に生きてる女性でないと、彼の隣にいる資格なんて無い。
 だって彼はそんな女性を選んだのだから。 彼は私と出会う前に、あの指輪がはめられる女性と結婚の約束をしたのだから。
 そんな彼の優しさに漬け込んで、自分の我侭を通しそうになった自分が嫌になる。
 もういい、もう我侭を彼に押し付ける必要は無いんだ。
 一時でも誰かを本気で愛することが出来た・・・・・・この世界で最も幸運な思いを抱くことが出来たんだから。
 その思いだけで・・・・・・きっと私は生きていける。
 彼との子供を授かるなど、自分には過ぎた願いだったのだ。

「・・・・・・・・・・・・う」

 漸く・・・・・・口から嗚咽が漏れる。
 一度漏らしてしまえば、後は止めることなんて出来なかった。

「う・・・・・・うう・・・・・・うぁぁぁぁぁああああ」

 ポロポロと零れ落ちた声と涙。
 誰もいない屋上に・・・・・・その声は彼女の心が枯れるまで響き続けた。







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ソ連編 6話

第二部


 ―――閃光が瞬く戦場。

『なんなんだ、なんなんだよコイツらッ!!』

『駄目だ、跳躍ユニットをやられたッ!! 飛べないッ!!』

『冗談じゃないッ!! 中央のお守りで死ぬなんて俺は嫌だぁぁぁッ!!』

『エレメントを崩すなッ!! 全機後退、体勢を立て直せッ!!』

『キート05ッ!! 返事をしなさいッ!! ゴランッ!!』

『オイ、そこのウスノロッ!! 突っ立てないで援護しろよッ!!』

 ―――閃光が瞬く合間に、数多くの絶叫と怒声が交錯する。

『手痛いしっぺ返しやなッ!! 連中の動きは予想できへん・・・・・・これだからBETA戦ってやつは始末が悪いんやッ!!』

『無駄口を叩くなランサー02ッ!! ランサー05よりCPへ!! 連中の進路が変わったッ!! 第一区に上陸したBETA群は方位をSWに変更、俺たちだけじゃ塞き止められない!! 直掩機を回すか砲撃支援を・・・・・・しまッ!?』

「ッ!! 隆さんッ!?」

 僚機が突撃級に弾き飛ばされる光景を目の当たりにし、真奈美は漸く現実に引き戻された。
 大地に叩き伏せられた僚機の元へ駆け寄るべく、跳躍ユニットに火を入れた不知火の背後で再び閃光が起きる。
 夕空を切り裂く光、そして大気を震わせる轟音が響き渡った直後、戦術マップの大部分を占める赤い光点がごっそりと消え失せた。
 その様を脇目に見ながら、真奈美は向かってくるBETAを長刀で切り伏せ、こちらに見向きもしないBETAの横をすり抜け、混乱に飲まれた戦場を疾走する。 

(なんで・・・・・・)

 操縦桿を握り締めながら彼女は自問する。
 あの光を、あの神々しいまでの光に、一刻とはいえ希望を抱いたのがいけなかったのだろうか?
 
「・・・・・・ッ!!」

 驚異的な旋回力で持って、突然目の前に現れた要撃級に息を飲む真奈美。
 だが、無意識領域にまで操縦技能が叩き込まれた彼女の体は、本人が意識せずとも戦術機を操る。
 薙ぐように振るわれた衝角をくぐり抜け、一方の跳躍ユニットの出力を上げてその場で旋回、その勢いを利用して手にした多目的追加装甲で横合いから殴りつける。 装甲が要撃級の感覚器官に触れた瞬間、装甲表面に設置された指向性爆薬が起爆、衝撃と爆圧で要撃級の後ろ半分が吹き飛ぶ。
 無駄のない、流れるような動作で放たれた一撃だ。 見るものが見れば感嘆の吐息を漏らしたであろう。
 観客のいない戦場でダンスを踊る真奈美、鬼気迫るステップを踏みながら有象無象のBETAを葬る。

(希望なんて・・・・・・ あるわけないッ!!)

 使い物にならなくなった多目的追加装甲を放棄し、背部兵装担架から引き抜きいた長刀で突撃級の足をすれ違いざまに両断する。

「すがるような希望なんて私には必要無いッ!!」

 押えきれない思いを口から吐き出し、真奈美は尚も前に進む。

 他者から与えられ、見せられる希望など彼女は必要としていない。
 いや、そんなものに期待していないと言うべきだろう。
 彼女は一度、本物の絶望を味わっている。
 希望なんて欠片もない、思い出すだけで吐き気がする絶望をだ。
 だから彼女は力を求め衛士になった。
 与えられた希望にすがるのではなく、自分で未来を選ぶために衛士になったのだ。

「ああああああァァっァァァァっ!!」

 絶望に満ちた世界で彼女は剣を振るう。

 理想や信念では無く、ただ己のためだけに・・・・・・















 ソ連編  かれらが見た希望と絶望


―――冒頭より30分前
 2001年8月13日
 カムチャッカ州 コリャーク自治管区 ミリコヴォ地区
 第一区・BETA上陸予想地点


『BETA上陸予定時刻より45分が経過。 依然としてソノブイに感無し』

「・・・・・・はふ・・・・・・そりゃ結構。 何事も平和が一番だ」

 ヘッドセットから定期的に聞こえてくる機械音声。 その声に気のない返事を返しながら、隆は網膜に映る周囲の光景に視線を巡らせた。
 前面に展開した機甲部隊、後方に控える打撃支援部隊、洋上を哨戒する戦艦群。
 いつも通りの布陣だ。 これまでに参加したほぼ全ての作戦における、対BETA戦のセオリー。
 強いて違うと言えば、打撃支援部隊よりも更に後方・・・・・・ 待機中のヘリ部隊と低空を飛翔する爆撃機の編隊といった、この地方でのみ有効に稼働する航空戦力の存在だろう。

(―――ついでにアイツらもか)

 彼自身が搭乗する不知火を含め、一個大隊規模の戦術機に周囲を囲まれている一機のソ連軍機に隆は目を向ける。
 ソ連製準第三世代戦術機・SU-37UB、紫と白に塗分けられた露軍迷彩が鮮やかなその機体は、多くの戦術機たちの中にあって明らかに異彩を放っていた。
 
「イーダル・・・・・・試験小隊ねぇ・・・・・・」

 呟いた彼の脳裏に、先日出会った二人の少女の姿が過ぎる。
 決して友好的とは言えない出会いと別れを果たした二人、その護衛の一端を自分が担うことになるとは・・・・・・どうにも運命って奴は無駄な出会いはさせないらしい。
 直接二人と顔を合わせたわけではないが、あのSU-37UBに搭乗しているのが、クリスカとイーニァだと言うことはキート隊の面々の話から間違いないだろう。
 ジャール隊の年少兵ほどではないが、キート隊の彼らもまた試験小隊の存在を快く思っていないようだった。 
 それも無理の無い話だろう。 用意された舞台でしか戦闘を許可されない試験小隊が使用する新鋭機に比べ、今後も前線に居座り戦闘を継続しなければならない彼らが使用する機体は、破損したMIG-27の代わりに用意された旧式のMIG-21だ。

(―――ま、試験部隊なんてエリートは、前線から尊敬されるよりも妬まれるほうが多いんだろうな)

 彼らと似たような立場であるインパルスの姿が脳裏に浮かぶ。
 インパルスと同じように、試験衛士なんて立場であるクリスカやイーニァは、見た目とは裏腹に凄腕の衛士に違いない。 キート隊の戦力低下に伴い、増援として自分を含めた三機の不知火が彼女たちの直掩についたわけだが・・・・・・他の二人は兎も角、自分にその任が務まるのだろうか?

(・・・・・・っても啖呵切った手前、無様な姿は見せられないからなぁ)

 先日のやりとりを思い出しながら、隆が内心で唸っていると・・・・・・

『・・・・・・暇やなぁ』

『・・・・・・暇ですねぇ』

 戦闘を前にしていると言うのに、そんな緊張感ゼロの言葉がヘッドセットから聞こえてくる。
 隆にソレを言う権利は一切ないのだが、一応小隊の指揮官を任されている彼は、僚機を叱責すべくレシーバーのスイッチを押す。

「あ~テステス。 ・・・・・・二人とも、周りの連中には聞こえてないが海軍さんの耳には入ってること忘れるなよ?」

 機密保持のために、帝国軍機は全て帝国海軍のデータリンク網を通してソ連軍側とリンクを繋げている。
 それは常時接続と言った形では無く、必要に応じて接続する方式なので、コチラの無駄口を聞き咎められることはないのだが、中継してくれている帝国海軍には筒抜けなのだ。
 ―――だから静流とタメ張って真奈美が恐れる海軍大尉の耳に入るのは、とってもとってもよくないような気がする。

『・・・・・・了解です』

『・・・・・・了解や』

 思いのほか素直に返ってきた返事に満足し、隆は自分が随分とリラックスしていることに気付いた。
 BETAの上陸予定時刻はとっくに過ぎているが、早期警戒衛星が捉えたBETA群の侵攻に間違いはない。
 もう直ぐ・・・・・・必ず奴らはやってくる。 人間の尊厳を喰い荒らすために現れるはずだ。

「・・・・・・ふん」

 海岸から上陸するBETAの姿を想像し、隆は小さな失笑を漏らす。
 それはBETAを侮ってのことではない。 最初は失禁するほど恐れていた相手だと言うのに、奴らとの戦闘を前にして特に焦りもしない自分自身に笑ったのだ。
 最早慣れてしまったのかもしれない・・・・・・ BETAと戦うことに。
 この世界に飛ばされ、戦車級や兵士級に追い掛け回されたのが始まりだった。 その後、衛士なんて職業に就き、北海道、新潟、欧州の各地で様々な戦闘に参加し、腕は兎も角、隆は戦闘経験だけなら既にベテランの域に片足を踏み込んでいた。
 最早彼は、『死の八分』なんて言葉で怯える新兵とは違うのだ。
 例え望んでいないくとも、戦場で積み重ねた経験は彼をこの世界の色に染めつつあった。

(戦争なんて血生臭いことに慣れる・・・・・・か。 引き返せるうちにとっととこんな仕事から逃げ出したいんだけど・・・・・・まぁもう暫くは無理か)

 今は8月、帝国軍への派遣期間終了まで残り2ヶ月ある。
 以前、派遣が終了したら次は光菱に行けと夕呼が言っていた。 もしそれが本当ならば、戦争行為からは距離が置けるに違い無い。

(早いもんだな、もう少しで一年か・・・・・・ この世界の経験は俺自身を成長させたのか堕落させたのか・・・・・・どっちなんだろうな?)

 と、内心の自問に答えてくれる人など居る筈もない。
 仕方なく、少しぐらいは度胸が付いたかな? と、一人で彼が納得していると、

『社中尉。 脈拍に乱れを確認。 緊張しているのか?』

 ―――訂正、体は感情と違い正直らしい。

「・・・・・・かもな。 だけどソレはお前なんかと一緒に乗ってるせいだよ」

 隆は嘆息しつつ、先程から聞こえる機械音声の主にそう答えた。

『一緒にと言うことは、複座の機体に社中尉のみが乗っていることに不安を感じていると推察。 砲手がいなくとも当機体の運用には何ら支障が無いと既に説明済みだが、もう一度説明を要求するのか?』

 スラスラと淀みなく隆の言葉に答えるのは、彼が座る複座型管制ユニットに搭載されたAsura-daと呼ばれる人ではない機械だ。
 人工知能、もしくはAI。 そう言った言語はこの世界に存在していないが、元の世界で見たSFに登場するそれらと同じようなものだろう。
 葵の話では、当初この不知火に搭載する予定はなかったそうだが、専門の技師のお陰で調整が済んだらしく、データ取りも含めて急遽搭載する運びとなったらしい。

「結構だ。 その点は気にしちゃいないが・・・・・・ いざという時、強化外骨格も無しで脱出せにゃならんかと思うと・・・・・・気が滅入るよ」

 Asura-daを積んでいるお陰で、機体を捨てる際衛士の最後の頼みの綱である強化外骨格をこの複座の管制ユニットは搭載していない。 その事実のほうが、後席に誰も乗っていないことより隆の心情を不安にさせていた。

『損傷しなければ問題ない』

「はッ? 当たらなければなんとやらか? 瞳ちゃんクラスの腕を持ってればそう言い切れるが、生憎とそこまでの腕を俺に求められても困るぞ」

『機体ログから社中尉の操縦データは確認済み。 杉原大尉が搭乗したと仮想した状況に対し、社中尉の操縦では機動性と安定性が著しく欠落する。 生存率においては、30%ほど下方修正が必要になるだろう』

 Asura-daの回答に、隆はぐうの音も出なかった。
 それは紛れもない事実であり、隆は少しでも彼らの頂に近づこうと足掻いてはいるものの、多少の努力で届くほどその高みは低く無い。

「―――ご指摘ありがとうよ。 善処するさ・・・・・・・・・・・・ にしても操縦補助だけじゃなく、CPの真似事もこなせるんだな、お前は?」
 
 容赦無く事実のみを伝えられたことに肩を竦め、彼は手元のコンソールを弄ること無く表示される様々な情報を目にして、Asura-daの有効性を実感していた。
 搭乗者総合支援システム、端的に言えばそれがAsura-daの果たす役割だそうだ。
 操縦補助から戦域管制、果ては搭乗者をリラックスさせるためのおしゃべり機能と・・・・・・ コレを作った連中が何処か狂っているのは間違いないが、システムとしての性能だけは十分実用レベルにあるだろう。

『当然だ。 社中尉のような未熟な衛士を生かすために私は作られた』

「私・・・・・・私ね。 人間臭い奴だよな、お前って奴は・・・・・・」

 まるで人間のように自己を語るAsura-daの返答は隆の笑いを誘った。
 人のように会話が出来ても所詮は機械だ、この会話も予め登録された会話パターンに従って返されているのだろう。 
 当たり前だが機械に自我は無い。 元の世界に比べれば遥かに巫山戯た世界だが、コンピューターに自我を持たせられる程の技術を確立しているとは到底思えない。

『先程、杉原大尉と比べて生還率が30%は落ちると伝えたが、私がバックアップをする限り15%までは引き上げられる。 余計なことは考えず、社中尉は操縦に専念して貰いたい』

 と、自身満々と言った様子?で答えるAsura-da。
 だが、不知火の機体動作パターンの算出が十分で無いことから、以前見せた自立機動は不可能だろうと葵から報告を受けている。 機械が大見得を切るはずが無いとは思うが、恐らくは今までに蓄積した数少ないデータで補正した結果を言っているのだろう。
 そんな気遣いともとれるAsura-daの言葉に隆は苦笑するしか無かった。

(くだらない話でも、会話をしていれば退屈しなくて済む・・・・・・か。 ムカつく口調だが、気晴らしになるのは間違いないな・・・・・・)

 上空を飛び退る哨戒ヘリを目で追いながら、何処かで動きでもないかと受信専用にしたオープン回線を開くと、ここ数日で聞き慣れた声が幾つも耳に入ってきた。


『―――ったく、いい迷惑だよなぁ、甘ちゃんたちのお守りなんてさぁ!!』

『ホント、貧乏クジもいいとこだよな。 流れ弾でとっとと死んでくれば楽なんだけどよ』

 いきなりの暴言に面を喰らったものの、会話の内容と発言している連中の声から、それがジャール隊の年少兵たちのものだと隆は気づいた。

(・・・・・・またか。 アイツらよっぽどブリッジスで遊びたいのか?)

 槍玉に挙がっているのはどうやらブリッジスのようだ。
 皮肉や妬みをぶつけやすいのだろう・・・・・・彼が米国人だからこそ。
 ジャール隊の年少兵にとって、恐らくその捌け口の相手は誰でもいいはずだ。 たまたまソ連に派遣された試験部隊に中に米国人の彼がいたからこそ矛先はブリッジスに向けられたが、もしかしたら隆がブリッジスの立場になっていたかもしれない。
 正直、気の毒だとは思うが犬に噛まれたと思って貰う他無い。
 それにこう言ってはなんだが、ジャール隊の年少兵の境遇に比べればブリッジスは遥かにマシな生活をアメリカで送ってきたはずだ・・・・・・妬まれるのも当然と言えるだろう。

「っと・・・・・・それを言えば一番妬まれるのは俺だな・・・・・・間違い無く」

 隆は、誰にも語ることが出来無い記憶を思い返し、自嘲気味な笑みを浮かべた。
 どんなにこの世界のアメリカが他の国より裕福だとしても、生まれただけで勝ち組と言われた元の世界の日本と比べれば遥かに見劣りするに違いない。
 幸せ・・・・・・なのだ、隆は。
 確かに彼はこの世界で悲惨な現実を体験したが、それは一時的なものであり、このどうしようも無い世界で長い年月を積み重ねてきた訳ではない。
 例えこれから先何年この世界で生きようとも、元の世界の平和な暮らしを知っている彼は、本質的な意味でこの世界の人間の境遇に共感することは出来無い。
 それが不幸なのか、それとも幸福なのか・・・・・・ そのことにすら気づかない隆に判断出来るわけが無いだろう。

『―――オイ、聞こえてくるくせにだんまりかよ。 情けないねぇッ!!』

『こっちは守ってやってるってのに、礼儀知らずなアメ公だなッ!!』

 ブリッジスへの暴言は苛烈さを増しつつあった。
 誰かが止めるべきなのだろうが、アルゴス試験小隊の周囲を囲んでいるのはジャール隊の面々と帝国軍から派遣された彼の同僚達。
 ジャール隊の指揮官であるラトロワが何も言わない以上、彼の仲間が口を挟む道理は無い。 
 まぁ例え道理があったとしても、向こうにいる彼の上司や仲間が他所の揉め事に首を突っ込むとは思えないが。

(いや、橘あたりがしゃしゃり出てもおかしくはないんだけどな・・・・・・ まぁ、好き好んで米国人の擁護はするわけないか)

 帝国軍人であれば、何らかの禍根を米国人に抱いていてもおかしくはない。
 だからこそ、世話焼きな彼女でもブリッジスを庇おうとしないのかもしれないが・・・・・・ 出撃前、少々様子がおかしかった彼女の姿を隆は思い出した。
 当初の予定では、複座の管制ユニットに隆が搭乗した際には彼女が同席する予定だったのだが、キート隊の人数不足からそれが叶わなくなり、こうして隆が一人で乗る羽目になった。
 そのことに関して間違いなく彼女が不平不満を垂れるであろうと隆は予測していたのだが、静流からそのことを告げられた栞は予想に反し特に意を挟むこと無くあっさりと承諾してしまったのだ。
 その時の彼女は・・・・・・ 普段と比べて何処かおかしかった。

(橘に何かあった・・・・・・とは聞いてないんだが・・・・・・)

 普段は見せない、彼女の作り物めいた笑みが隆の脳裏に浮かぶ。
 何かあったのかと葵に話を聞こうとしても、彼女も彼女で態度がおかしく声を掛けても顔を真赤にして口も聞いてくれなかった。

「・・・・・・なんだってんだよ。 ああ・・・・・・もしかして二人ともあの日か?」

 と、デリカシーゼロな発言を彼が呟いた直後、

『―――賑やかですね・・・・・・向こうは』 

 ヘッドセットから不意に聞こえてきた暗い声を聞いて、隆は自身の心拍数が跳ね上がったような・・・・・・気がした。 

「いや、賑やかでは・・・・・・ないと思うぞ? 向こうの試験小隊の連中にとっちゃ、青スジ立ててもおかしく無い話だし」

 むしろコイツがあの日か? と網膜に映る不機嫌そうな真奈美の顔を見ながら返答する隆。
 ・・・・・・正確には合成食料と各種薬剤の服用によって、前線で戦う女性兵士は女性特有の辛い日から解放されているのだが・・・・・・それはまた別のお話。

『―――そうですか? 私は聞いてて何度も頷いちゃったんですけど』

 何故か可愛らしく首を傾げて答える真奈美。
 ブリッジスへの罵倒を聞いて頷くようではマズイ、彼女のストレスが結構限界近くまで来てるんじゃないかと隆は判断したくなった。

(ああ・・・・・・静流さん言うとおりだったんだなぁ)

 網膜に映るバストアップされた真奈美を眺めつつ、ほんの数時間前に静流に言われた言葉を隆は思い出していた。
 イーダル試験小隊の警護につくキート隊の戦力が整っていないため、こちらから何人か増援として回す必要があると話していた時のことだ。。
 候補に上がったのは隆、洋平、そして真奈美。
 それを伝えられた際、隆は人選に問題ありと静流に変更を願い出た。
 イーダル試験小隊にはクリスカとイーニァが所属している。 先日のいざこざを考えて、自分が二人の警護につくのは互いのためにならないと思ったからだ。

「―――ふむ・・・・・・事情は分かった。 が、今回は真奈美を優先する・・・・・・ 色々溜め込んでいる様子だからな、これ以上ストレスを抱え込むのはチト問題だ」

 それを聞いた静流はあっさりとそう言い放ち、隆の願いが聞き入られることは無かった。
 現場にいなかったのでよく分からないが、久志の話によると真奈美はアルゴス試験小隊・・・・・・正確にはブリッジスと先日一悶着あったらしい。 真奈美の心情は理解できる、と久志が言うくらいだから彼女に問題があったとは思いたくない。
 ようは、その辺りを鑑みてアルゴス試験小隊から真奈美を遠ざけるために、彼女をジャール隊の警護に回すと決めたそうだ。
 自分も同じなんですけど、と隆は静流に言ってみたが 「子供じゃないんだ、そつ無くこなせ」 と一蹴されてしまい諦めるしか無かった。
 任務に私情を挟む真奈美は軍人として失格だが、どんなに衛士として優秀でも彼女はまだ18歳の子供だ。 
 大人として彼女をフォローしてやるのは当然と言えるのだが・・・・・・

(だからって俺が小隊指揮官かよ・・・・・・・・・・・・人の命を預かるなんて柄じゃないだけどな)

 半ば押し付けられた立場に彼が肩を落としていると、

『・・・・・・二人とも聞き耳を立てるなとは言わへんが、障子に耳あててスクランブルを聞き逃すなんてヘマするんやないで』

「―――流石は洋平、いいタイミングで突っ込んでくれる。 ・・・・・・そんな冷静な川井中尉殿に、臨時小隊長の任をお任せしたいのですが?」

 助け舟とはこのことか、隆は真奈美の暗い問答をスルーし、もう一機の僚機である洋平に軽口を叩いた。

『謹んで自体するわ、社臨時小隊長殿。 折角隊長から仰せつかった任を投げ出すのは関心せんなぁ』

「あんだよ、適材適所ってやつを知らんのか? 静流さんの思惑はどうあれ、操縦練度も戦闘経験もお前のほうが上だろう? 先任は先任らしく、後任のお守りをしてくれよ」

 我ながらなんと情けない言葉を言っているのだろうと隆は実感していたが、事実は事実だ。
 お前には適正があるとかなんとか静流は言っていたが、にわか軍人より歴戦の軍人が指揮を取ったほうがいいに決まっている。

『はッ 以前のヒヨッコに毛が生えた程度の隆だったらそうするわ。 ・・・・・・今のお前は自分で思ってるほど無能やないで? それが分かってるから隊長も指揮を命じたんや、もっと自分に自身を持つんやな』

 だと言うのにも、洋平はニヤリと笑いながらそう言い放つ。
 その笑みを見て、彼が今の状況を楽しんでいるだけと隆は気づいた。

「洋平・・・・・・前衛はお前に任せるからな、BETAだけじゃなく背中にも気をつけろよ。 ・・・・・・生憎と俺はまだこの機体に慣れてないからなぁ」

 ガシャガシャと、背部兵装担架に搭載した突撃砲を展開しながら暗い声で答える隆。
 
『何言っとるんや? 乗り始めて一週間とは思えんほど不知火を乗りこなしとるくせに・・・・・・』 

 呆れと関心が入り雑じった声で洋平はそう答え、何処か遠くを見るような瞳で続けた。

『―――実戦完熟が前線の作法か・・・・・・あながち間違いではないわけやな』

 そんな珍しい彼の態度に隆が首を傾げた直後、

『振動波感知。 波形パターンネガティブ。 HQよりコード911の発令を確認』

 Asura-daの報告と同時、ヘッドセットから警報が鳴り響く。
 様々な通信が交差し、騒然とした雰囲気が周囲に形成されていくのを肌で感じる。

「お出ましか・・・・・・ 回れ右してウチに帰ればいいものを」

 周囲の状況を他所に、隆は嘆息を漏らしながら待機状態だった乗機の出力を上げる。
 操縦桿を握る手は・・・・・・振るえちゃいない。
 大丈夫、今回も何時ものように上手く立ちまわるだけ、そう自分に言い聞かせながら眼を閉じて深呼吸をする隆。

『振動源増大。 BETA群、上陸まで残り10・・・・・・9・・・・・・8・・・・・・』

 それは殺し合いが始まるまでのカウントダウンであり、非日常の世界へ誘うハーメルンが奏でる音色。
 Asura-daの機械音声に促されるように、周囲に展開した戦術機大隊が突撃砲の銃口を海岸に向ける。 
 
『4・・・・・・3・・・・・・2・・・・・・1・・・・・・エネミーコンタクト』

 機械に感情など無い。
 ただ事実を告げられた直後、海岸に幾つもの水柱が立ち上った。
 浅瀬に浮かぶ機雷が爆発することで出来上がった水柱の向こうに、見慣れた異形の生物が見え隠れするも、続く砲弾とミサイル群によってBETA群の先陣は脆くも吹き飛んだ。
 幾ら強靭な生命力を持つBETAといえど、それら圧倒的な火力の前には無力にも見えたが・・・・・・

『・・・・・・薄いな~ これじゃ面制圧で削れる数もたかがしれとるわ』

『戦車が足りませんからね、その分私達が頑張る必要があるんでしょうけど・・・・・・』

 砲火を前に、冷静に呟き合う僚機。
 その言葉の通り、圧倒的に見える砲撃も無限に続けられるわけではない。 装填や冷却といったプロセスを消化する際に生じる間を無くすために、各車両が効率的なローテーションを組むことで途切れのない砲撃を可能とするわけだが・・・・・・ この区域に展開している砲撃部隊は従来の規定数を大幅に割り込んでいる。
 その穴を埋めるかのようにTu-22部隊が低空をフライパスして爆弾を投下していくが、所詮は一時的なものでしか無く、砲撃の合間を縫うようにしてBETAが次々と上陸を果たして行く。
 隆はその光景を眺めながら、予定よりも早く自分たちの出番が回ってくるだろうと予想していると、

『―――アルゴス01よりジャール01。 支援砲撃強化を要請すべき認む』

 砲撃が薄いことを察したのか、ブリッジスが護衛部隊の指揮官へ援護の要請を求む通信が耳に届いた。

『・・・・・・ふん。 あの人、この程度で支援を求めるんですね』

 真奈美もそれを聞いていたのか、心底呆れた声でそう呟いた。
 声にこそ出さなかったが隆も彼女と同じ気持ちだった。
 BETAとの戦闘において、満足な支援が望めない状況など幾らでもある。 特に欧州での戦闘は複雑な地形と内陸部での戦闘が多かったため、打撃支援が望めない機会が多々あった。
 この程度は想定の範囲内だ、一々わめき散らすようでは程度が知れる。
 
(・・・・・・米軍・・・・・・いや試験衛士ってことで優遇されてたのかね)

 ブリッジスに軽い失望を漏らす隆。
 だが隆たちは知らない。
 ブリッジス達よりも一足空きにこの地に訪問し、ソ連軍と共に戦闘に参加していたことで彼らはブリッジス達が知ることが出来ないソ連軍の実情を知っていたことを。
 当然、ソレはブリッジス達に伝わっていると思っていたのだが、彼ら試験部隊はその性質上半ば隔離された状態であり、更にソ連軍側が必死になって隠匿していたせいで知る由も無かった。

『キート01よりランサー05へ。 司令部より命令がきた、ブリーフィングに変更は無しとのことだ。 ・・・・・・情けない話だが、宜しく頼む』

 ブリッジスの通信を冷めた気持ちで聞いていた隆に、キート大隊を率いるロヴァノフより通信が入る。

「ランサー05了解。 精々逃げまわって見せますよ」

 MIG-21より圧倒的に勝る不知火の機動性を持ってBETAを撹乱、陽動、それが彼ら帝国軍の衛士に任された役割である。 
 自らの力不足を恥じ入るロヴァノフだが、全ては効率を優先させた結果であり、陽動を務める彼らも納得して参加している以上、恥を感じる必要はなかった。
 確かに陽動任務は危険だが、所詮ここは光線級が存在しない戦場だ。 いざとなったら高度を上げればいいだけだと隆は考えていた。
 上陸を果たしたBETAの先陣が地雷原に突入したことで、盛大な土煙が巻き起こる。
 足を吹き飛ばされ、それでも地面を這う突撃級の滑稽な姿が目に映るも、次第に戦線は内陸に近づきつつある。 次の斉射で戦車隊は一端後方に退避し、代わって戦術機甲部隊による遅滞戦闘が始まるだろう。

「前衛は二人に任せる。 離れたとこから見ててやるから頑張って跳ね回れよ?」

 僚機へそう声を掛けて跳躍ユニットに火を入れようとした隆だったが、自分達よりも前に進む機体を目にしたことでその動きを止めるしかなかった。

『イーダル01からキート01へ。 こちらは作戦計画に従い試験項目を消化する』

 クリスカの抑揚の無い声がヘッドセットから聞こえてくる。
 彼女たちは後方支援のはずでは? と隆が当初のブリーフィングの内容を思い出していると、ロヴァノフが厳しい口調で彼女を止めに入った。

『待てイーダル01、貴官達は後方支援の任が命令されているはずだ。 今回の作戦における試験部隊のテストは、帝国軍機が扱う新型火器による支援砲撃のみ。 焦る気持ちは分かるが、作戦に従って行動して貰いたい』

 言い聞かせるような内容だが、その言葉には苛立が含まれていた。
 貴重な機体にもし何かあれば、その責任は警護部隊を指揮する彼に集中するに違い無い。
 ただでさえイーダル試験小隊は、当初この作戦には組み込まれていなかった部隊だ。 警護部隊の拡充と言う、余計な手間が増える原因になった彼女たちを快く思うわけがない。

『―――問題ない。 先ほど司令部から許可が出たはずだ』

『なに? ・・・・・・待て、確認する』

 その心情を他所に、堂々と言い放つクリスカの物言いを耳にしたロヴァノフは、直ぐ様部隊に待機を命じて司令部へ通信を繋いだ。
 そのやり取りを脇目に見ながら隆は上陸を果たしたBETA群に目を向けると、左翼に展開していたジャール隊のSU-27が、地雷、砲撃をくぐり抜けた突撃級へ向けて機動砲撃を行っている場面だった。

「へぇ・・・・・・ 大したもんだな、あの連中」

 統率された動きでもってBETAを次々と狩るSU-27の集団を見た隆は、素直な感想を口から漏らした。
 生意気な子供ばかりだと思っていたが、あの大層な口ぶりは明確な実力に裏付けされたものだったようだ。
 彼らを子供扱いした自分だが、それは彼らのプライドを傷つける行為でしかなかったのかもしれない。
 そんな今更な後悔を隆が感じ始めていると、再びロヴァノフから通信が入る。

『・・・・・・キート01より各機へ。 司令部から戦車隊の後退が開始されたとの通達があった。 我々は現区域において彼らの後退を支援する。 ・・・・・・喜べジャール01、その支援に貴様を参加させろとのことだ』

 唸るような声音から、彼がその命令を心から承服していないことが伺い知れる。

『了解した。 先方は我々が務める。 貴官たちはこの場所で迎撃に当たられたし』

 クリスカはそう言い放ち、機体を一歩前進させる。
 一緒に搭乗しているイーニァが何も発言しないことを隆は訝しげに思ったが、作戦中は年かさのクリスカが全ての発言権を握っているのだろうと判断した。 そして、自ら先方を務めると言い出した彼女の態度を見て、クリスカに感じていた軍規に縛られた冷たい女というイメージを訂正した。

『それは許可できない。 交戦許可は出たが貴官達は試験小隊だ。 必要以上に戦闘に参加し、貴重な機体にいらぬ傷をつけることは我々だけでなく祖国や党にとって不利益なことになる。 ブリーフィング通り、帝国軍の彼らの力を借りての遅延戦闘を行う』

『―――我々の大地を自らの手で守ろうとせず、属国風情に任せるというのか?』

『言葉を慎めビャーチェノワ少尉。 随分と自信有り気だが、生憎と我々のMIG-21では貴官のSU-37UBの援護を行うことは性能的に不可能だ。 たった一機の機体で何をするつもりだ?』

『愚問だ。 我々はBETAを葬る。 それ以外に何がある?』

 余程の自信があるのか、それとも会話の意図が通じていないのか、一歩も引く態度を見せないクリスカの態度を察し隆は仕方なく横から口を挟んだ。

「・・・・・・押し問答もいいが、無駄な時間を費やす分だけ多くの同志とやらが危険に晒される可能性が増えるってこと・・・・・・わかってるか?」

『・・・・・・』

 クリスカは何も答えない。 答えないが、ソレ以上の軽口は許さんとばかりに、無言の圧力を送ってきているように隆は感じた。

『―――すまないランサー05、貴官の言う通りだ。 ・・・・・・悪いがイーダル01の支援、そちらに任せても構わないだろうか?』

「ん? あ、ああ、ランサー05了解。 こちらとしては問題ないんだが・・・・・・」

 突然振られた問いに曖昧な返事を返すほかない。

『―――キート01、私にコイツらと飛べと言うのか?』

『そうだ。 彼ら帝国軍が使用している機体は噂に名高いTYPE94、第三世代機ならば貴官に追従できると思うが? そんなに戦いたければ彼らと行動を共にしろ、でなければ貴官達には戦車隊の随伴にまわってもらう。 それも支援行動に違いは無いからな』

 ロヴァノフの物言いに、クリスカは一言 『了解』 とだけ答えた。
 その言葉には、BETAへの憎しみよりも戦闘行為への執着心が勝っているようにも感じ取れたが、戦闘狂なら兎も角、クリスカがそんな自分の意志を優先させるような人間には見えない。
 ・・・・・・オルフィーナとは違った意味で、クリスカも自己が欠落しているように見える。

『なんや・・・・・・ 面倒なことになったもんや・・・・・・』

 キート隊を後方に従え進出するBETA群に向けて噴射跳躍を行うと、それまで黙っていた洋平がポツリと呟いた。
 隆は何も答えず自機の背後にピッタリと追従してくるSU-37UBに視線を送り・・・・・・洋平と同じく、面倒なことになったと内心で肩を竦めた。
 不知火とSU-37UBで連携を組む・・・・・・異種機体間では連携を取りづらいとされるが、それは彼らに取ってさしたる問題ではない。 異種機間での連携など、隆が胡蜂で百里に来てから当たり前のように行ってきたからだ。
 問題は搭乗者の癖や、向こうの機体のスペックが分からないと言うことだ。 試験部隊が扱っているような機体のデータなど、不知火のデータバンクには登録されてはいない。

(・・・・・・武装を見る限り強襲掃討仕様か。 俺と一緒に後方からの砲撃を任せればいいか)

 SU-37UBの武装を確認した隆はそう判断し、伝えようとレシーバーのスイッチを押した瞬間・・・・・・






 ―――戦場の空を、神々しい光が切り裂いた。








 ▽
 妙高級重巡洋艦・妙高
 艦内CIC

「・・・・・・これほどとはな」

 モニターに映し出された戦場の光景を目の当たりにし、瀬戸は心から感嘆とした声音でそう呟いた。
 弐型・・・・・・いや、試作99型砲の威力は絶大だった。
 たった一度の射撃で数百体のBETAを屠るその威力は、単機の持つ火力として規格外と言っても過言ではない。 妙高のCICにて戦域管制を務める情報士官たちも、これまでに見たことのない戦場の様相を垣間見て、コンソールを操作する手が止まっていた。

「・・・・・・海兵隊が、アレの制式採用を躍起になって推し進める理由が分かりましたね」

 ポツリと、抑揚のない麻香の声がCICに響き渡る。 その声を耳にした情報士官たちは一斉に我に帰り、自分たちの仕事を再開し始める。

「―――確かにな。 これだけの威力を見せ付けられれば、誰もが咽から手が出るほど欲しがるだろう。・・・・・・現に私も、アレを機動力のある駆逐艦に搭載できればと考えてしまったよ」

 傍らに立つ麻香へ瀬戸はそう答えながら、内心では今後起きるであろう権利争いを想像して小さく溜息をついた。
 今回、試作99型砲が齎した戦果は帝国軍に様々な混乱を生むだろう。 今まで机上の空論とされていた技術が実証され、明確な形となって結果を見せたのだ。 それまで試作99型砲に見向きもしなかった連中が、今回の結果を目にして群がってくるのが容易に想像できる。
 そんな瀬戸の不安を他所に、再び弐型が使用した試作99型砲によって多くのBETAがレーダーから消える。

「―――試作99型砲の威力もさることながら・・・・・・ 弐型を操る試験衛士、ユウヤ・ブリッジス少尉だったかな? いい腕をしている。 流石は米軍の衛士・・・・・・シミュレーターでの経験も無しに、アレだけの巨砲を苦も無く扱っているのだからな」

 自身の不安を打ち消すかのように、微笑を浮かべながら瀬戸は麻香へ声を掛けた。
 混戦の中、ブリッジスは見事な射撃で的確にBETAを狙撃し続けている。 同じ不知火を扱う帝国衛士の中でも、あれだけの狙撃能力を持つ人間は果たして何人いるだろうか?

「・・・・・・・・・・・・」

 瀬戸の言葉を受け、モニターに映る弐型を見据える麻香の脳裏に、それを可能とする衛士が一人浮かんだ。

「ふむ・・・・・・麻美君ならば、彼と同じようにアレを扱えるかな?」

 ポツリと呟いた瀬戸の言葉に麻香は頭を横に振った。
 帝国軍、いや斯衛軍において、射撃技能に関しては並ぶモノがいないとまで言われた逸材である麻美は、二人の共通の知己である。 そんな彼女の腕を知っているために、どうやら同じ人物に思いついてしまったらしい。
 だが麻香は、瀬戸ほど自分の妹の腕を評価していなかった。

「―――いえ、麻美の得意分野は高機動砲撃戦ですので・・・・・・ 彼ほどの狙撃能力は持ちあわせてはいないでしょう」

 端的に事実のみを伝える麻香。
 確かに彼女の妹は卓越した砲撃能力を持っている。 その技術の裏付けがブリッジスと同じものだとしても、あの落ち着きの無い妹に狙撃のセンスなどあるはずがない。

「―――相変わらず君は麻美君に厳しいな・・・・・・ 帝国軍の衛士なら兎も角、米軍へ出向経験のある斯衛軍の衛士など中々いないと言うのに・・・・・・」

「その経験を碌に活かせなかった愚妹です。 ・・・・・・私に言わせれば、閣下こそアレに少々甘過ぎるように見えますが?」

 有無を言わさぬ麻香の返答に、瀬戸は小さく肩を竦めて頭を振った。
 奈華宮麻美は五年前・・・・・・まだ日米友好条約が正常に機能していた頃に、日米技術交流の一環としてアメリカに身を寄せいていた時期がある。 その頃に培った技術があるからこそ今の彼女がいるわけだが・・・・・・ 当時なら兎も角、現在の帝国に米国に身を寄せていた武家の息女を好意的に思うものは少ない。
 だが、それは色眼鏡で見るモノたちの話であり、家族である彼女までもが厳しく言う必要はないのだが・・・・・・ そう言わざる得ない彼女の立場を思い返し、瀬戸は溜息混じりの言葉を吐き出した。

「甘いか・・・・・・確かに甘いかもしれんな。 だがソレは、他でも無い君の妹だからだ。 金谷麻香・・・・・・いや、奈華宮麻香の妹だから私は彼女を甘く見てしまうのだよ。 ・・・・・・ふん、これでは軍人として失格だな」

 言って瀬戸は帽子を深くかぶり直し、自嘲気味に口元を歪める。

「閣下・・・・・・ 申し訳ありません、言葉が過ぎました」

 深々と、自分の発言の非礼を詫びる麻香。

「―――構わんよ。 君の立場であれば、そう言わざるえないのは理解している。 だが、麻美君はあの米海軍が誇る特殊機甲強襲連隊・・・・・・ ストライク・ワイバーンズに所属し優秀な結果を残したのだ。 同じ船乗りとして、連中の鼻を明かしてくれた彼女を悪く言う人間は海軍の何処にもいやせんよ・・・・・・ いや、いたとしても俺が許さんがな」

 鼻を鳴らして話していた瀬戸だったが、最後にはニヤリと笑みを浮かべてそう言い放った。
 その笑みに戸惑いながら麻香は、心の中で再度部下に・・・・・・いや家族に甘い上官へ深々と一礼した。

 そのとき、そんな二人のやり取りに水を差すような声がCICに響き渡る。

「いや~ 綺麗なもんですねぇ~ まるで花火じゃないですか~?」

 相変わらず脳天気な言葉を吐きながら現れる石井の姿に、二人は小さく溜息をつくことしか出来なかった。

「・・・・・・BETAの血煙と破片が舞い散る光景が花火ですか。 石井大佐の狂った価値観は今尚健在のようですね」

「む、酷いですね麻香さん。 確かに本場の花火に比べれば風情は事欠きますが、この光景は人々を楽しませることに変わりはありませんよ?」

「・・・・・・楽しむ? ・・・・・・この光景をですか?」

 訝しげな麻香の問いに、石井は満面の笑みを浮かべて頷く。

「ええ、勿論ッ!! あのBETAがまるで水風船のようにはじけ飛ぶ姿なんて・・・・・・ 連中に煮え湯を飲まされた人々なら諸手を挙げて喜んでくれるに違いありませんよ!!」

 心底、心底楽しそうに石井は両手を広げてそう叫ぶ。
 不謹慎な物言いではあるが、その言葉には一理あった。
 家族を、戦友を、住む場所を、大切なものをBETAに奪われた人間は数多く存在している。
 だからBETAを憎むことを否定することなど出来無い。
 麻香にもBETAを憎む気持ちはある。 亡き彼女の夫も、間接的に見ればBETAに殺されたようなものだからだ。
 だが・・・・・・顔に笑みを貼りつけ、心底楽しそうにモニターを眺める男の心には、BETAに対する憎しみなど本当にあるのだろうか?

 ある・・・・・・に、違い無い。 その理由を知っているが故に麻香もソレを確信しているが、道化じみた彼の普段の姿を見ていると、その本心を忘れてしまいそうになる。

「―――喜ぶのもいいが・・・・・・いいのかね? アレ以上の見せ場・・・・・・君は用意できるのかな」

 瀬戸から一瞥と共に送られた言葉に石井は、「問題ないでしょう」 っと気楽に答えた。

「第壱開発局とウチとじゃベクトルが違いますからねぇ・・・・・・ それに試作99型砲は素晴らしい兵器ですが、量産の目処が未だに立ってない欠陥品です。 だと言うのに、それでお茶を濁そうとする巌谷中佐には少々失望しましたが・・・・・・ まぁあの人の思惑を考えれば、あんなモノに固執する必要など無いんでしょうけどね」

 ヘラヘラと笑いながら一端そこで言葉を区切り、大仰に肩を竦めて彼は続けた。

「利用出来るものは最大限に利用する。 その気概は僕も同じです・・・・・・ 見せ場なんてものは幾らでも用意してみせますよ。 そのために今回は閣下のお手を拝借したわけですし」

「・・・・・・それが無駄手間にならないことを願うばかりだな」

 皮肉にも聞こえる返答を返された石井だが、特に気にした様子も無くモニターに映る弐型に視線を向ける。

「―――第壱開発局の皆さんはアレの解析に難儀しているようですが・・・・・・ 僕も気になりますねぇ、一体、どうやってあの出力を確保しているのか」

 心意の読み取れない笑みを浮かべ、ポツリと石井は呟く。
 モニターは試作99型砲が放つ光条によって幾度となく激しい光を放っている。 その光に照らされながら、石井は涼し気な口調で続けた。

「・・・・・・魔術の秘技。 その根源を解き明かすことが科学の発展に繋がる・・・・・・ だからこそ行き過ぎた科学は魔術と混同される。 人ならざる手によって生み出された外法であるが故に・・・・・・ね」

 喜怒哀楽の一切を見せない微笑の仮面、その奥に潜む真意を伺い知ることは出来無い。
 
 石井正、この男の台頭によって世界は変わる。
 ゆるやかに・・・・・・だが確実に、世界を渡る男が望む未来とは別個の未来が築かれる。

 【ものがたり】は始まる ・・・・・このソ連の大地から。








 ▽

『な、なんですかッ!? 何が起きたんですかッ!?』

 突然の光景を見て軽くパニックに陥った真奈美の叫びに、隆は呆けていた意識を覚醒させた。

「アシュ公ッ!! 状況報告ッ!!」

 隆はCPに説明を仰ぐよりも、搭乗している機体に搭載された支援システムに聞いたほうが早いと判断。 その予想通りAsura-daは簡潔に現状を知らせてくれた。

『アルゴス試験小隊が試作火器を使用した模様。 凡そ300程の個体がレーダーから消えている』

(一瞬で300ッ!? レールガンって奴はそんなに威力あるのかよッ!!)

 内心で驚愕しつつ、隆は再び戦場を震わせる轟音と閃光に肩を竦める。
 直後、戦術マップに表示されていた赤い光点が、隣の区画から一直線に伸びた形でごっそりと消えている
 その表示結果に戦慄を覚え、試作99型砲を扱っている弐型をズームアップした瞬間、目を潰さんばかりの閃光が銃口から煌き、再びBETAの光点が大量に消え失せた。

『・・・・・・戦場が変わる・・・・・・ BETAとの戦いがコレで変わるかもしれへん』

 ポツリと洋平が呟いた言葉に、隆を含めてその場にいた全ての将兵が頷いた。
 たった一機の機体が持つ火力で数百、いや数千のBETAを殺せる。 今はまだ試作段階かもしれないが、アレが量産され前線に配備されれば、死と隣り合わせの戦いから抜け出せるかもしれない。

 誰もがそんな未来を夢見、ユウヤが搭乗する弐型が放つ閃光に見惚れ・・・・・・・・・・・・現実に引き戻された。

『―――BETAを前に、余裕だな貴様らは』

「ッ!!」

 クリスカの冷淡な言葉を耳にし、隆を含めた三人の帝国軍人は直ぐ様我に帰ったが、展開していたキート大隊の面々はその反応が一瞬遅れ、結果数機のMIG-21がBETAの波に飲み込まれた。

『こ、こいら急に進路を変え・・・・・・あぁぁぁっぁぁッ!!』

『なんなんだ、なんなんだよコイツらッ!!』

『駄目だ、跳躍ユニットをやられたッ!! 飛べないッ!!』

『冗談じゃないッ!! 中央のお守りで死ぬなんて俺は嫌だぁぁぁッ!!』

『エレメントを崩すなッ!! 全機後退、体勢を立て直すッ!!』

 ロヴァノフが必死になって部隊の統制を回復させようとするも、彼の部下の反応は絶叫と共に次々と消え失せる。

「くそ・・・・・・ こんな動き、見たことないぞッ!!」

 こちらに向けてただひたすら突進してきたBETAだったが、その動きが突如として変わった。
 何か目的のモノを見つけたかのように、一斉にその進路を変えたのだ。
 予想外の行動に対処できなかったキート隊のMIG-21が数機墜ちたが、BETAが目の前の敵を無視して動き出すなど誰にも予想できるワケが無い。

『進路算出。 アルゴス試験小隊所属機、不知火弐型がいる地点に向けて進路を変えたと推測』

「はぁ!? レールガンなんて火器があるから、BETAの脅威度が変わったってっかッ!? いい迷惑だな、オイッ!!」

 Asura-daの回答に戦技教本の一項目を思い出しながら隆は叫んだ。
 歩兵よりは戦車を、戦車よりは戦術機を、戦術機よりはミサイルを、BETAは脅威度の高い順に狙いをつける習性があるとされる。
 差し当たって、この戦域では弐型と試作99型砲が最も驚異とBETAに判断されたと思えば、この突然の進路変更にも頷ける。

『手痛いしっぺ返しやなッ!! 連中の予測は全くできへん・・・・・これだからBETA戦ってやつは始末が悪いんやッ!!』

『無駄口を叩くなランサー02ッ!! ランサー05よりCPへ!! 連中の進路が変わったッ!! 第一区に上陸したBETA群は方位をSWに変更、俺たちだけじゃ塞き止められない!! 直掩機を回すか砲撃支援を・・・・・・しまッ!?』

『6時。 突撃級3』

 自身の驚愕とAsura-daの警告音が重なる。

 「ッ!! んなくそぉぉぉッ!!」

 機体を反転させて背後から迫る突撃級へ120㎜を放つが、撃ち貫けたのは二体のみ。
 残った一体が土煙を上げながら迫る。 必死に回避コマンドを入力するが・・・・・・・・・機体が動きだすと同時、突撃級の衝角が不知火を襲った。

「ぐぉぉぉぉぉぉッ!!」

 凄まじい衝撃に体を揺さぶられれ苦悶の声を上げる隆。 飛びそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、揺れる視界で機体の状況を確認する。 右脚部がロスト、どうやら突撃級の衝角をモロに喰らって吹き飛んだらしい。 回避機動中だったせいか、それ以外の箇所に大きな損傷が無いのは救いだった。

「ッ!! 隆さんッ!?」

 真奈美の悲痛な叫びが耳に届く。 だが、その声が聞こえることに隆は感謝した。

(生きてる・・・・・・ まだ生きてるッ!!)

 最早二度と歩けない状態ではあるが、死んでいなければどうにかなる。
 殆どのBETAが一直線に弐型に向かっており、動きを止めた自機に向かってくる個体はいなかった。
 だが状況は予断を許さない、連中の気まぐれがこちらに向けばそれで終わりだ。

『社中尉。 システムの再起動は済んだ。 戦闘の続行は可能』

「・・・・・・はいはい、全くお前のその口調をプログラムしたのはどんな奴なのかね・・・・・・ 会ったら嫌味の一つでも言わないと気が済まなないぞ」

 急かすAsura-daにそう答え、隆は機体を立て直そうとするも・・・・・・片足を失った戦術機に満足な戦闘は望めない。 幸い武装の類は問題ないので、この場所で固定砲台の真似事はできるが・・・・・・

(・・・・・・銃口向けた途端に襲いかかってきたら、今度こそ終わりだな)

 悲惨な現実を想像し、隆の背筋に冷たい汗が流れる。
 慣れた・・・・・・もう感じ無いと思っていた恐怖が、鎌首をもたげて自分を狙っている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 要撃級の一体と、目があったような気がした。
 その瞬間、頭痛と同時に悲惨な死体の姿が彼の脳裏に幾つも浮かび上がる。
 脈拍が、心拍が、意志とは裏腹に乱れていくのが自覚できる。
 悲鳴を漏らしそうになる口をなんとか閉じ、湧き上がる恐怖に足掻らいながら、隆は機体をなんとか立たせようと操縦桿を押し込んだ直後・・・・・・

『3時方向。 要撃級2』

 絶望的な状況に相応しい、Asura-daの無機質な機械音声。
 視線をそちらに向ければ、土煙を上げながら突進してくる二体の要撃級の姿が確認できる。
 這いつくばった状態ではあるが、右腕の突撃砲を向けて36㎜砲弾を斉射。 砲弾は一体の要撃級の脚部を砕き、その場に転倒させることに成功。 もう一体も、近づいてきたところを冷静に120㎜砲弾で狙い撃って撃破。
 辛くも危機を脱出したかに見えたが、その光景に引き寄せられたのかのように、戦車級の一群がワラワラとはい寄って来る。

 【戦死した仲間の墓参りがしたければ、戦場で戦車級を拝め】

 誰から聞いたか忘れたが、そんな格言にも似た忠告が隆の脳裏に過ぎる。

「―――死ねるかぁぁっぁぁぁッ!! こんな場所でぇぇぇぇぇッ!!」

 戦車級を間近にしたことで、隆の中で何かが・・・・・・切れた。 
 両手の突撃砲、そして背部兵装担架に搭載した突撃砲を稼働させ、水平掃射で戦車級を迎え撃つ。
 残弾が凄まじい勢いで減っていくにも構わずにトリガーを絞り続ける隆。
 そんな目の前の敵しか見えていない隆は・・・・・・指揮官として間違いなく失格だった。 僚機の存在を確認するよりも、目の前のBETAを殺すことを優先させてしまったのだ。

 恐怖感から、などという言い訳は通用しない。
 軍人として適切な教育を受けていないから、などという言い訳は更に通用しない。
 彼の実力と判断力を評価して、静流は彼に小隊の指揮官を命じたのだ。
 隆はそんな彼女の機体を裏切った・・・・・ 一番、見苦しい形で裏切ってしまったのだ。

 重ねて言う、例えこの恐慌が過去に受けた後催眠暗示による結果だとしても、言い訳にはならない。

「・・・・・・た、弾切れッ!? 弾装の交換を・・・・・・ッ!!」

 突撃砲の残弾がゼロになって、隆は初めてソレに気付く。
 地に伏した状態では、副腕を用いても腰部に収納された弾装を取り出すことは出来無い。
 カチ、カチ、っと反応の無いトリガーを引き続ける間にも、仲間の死骸を乗り越えて戦車級が次第に距離を詰めてくる。
 このままでは喰われる。 あの強靭な顎で、戦術機の装甲ごと貪り食われる。
 咄嗟に機体から脱出しようかと考えたが、この機体には強化外骨格が搭載されていない。 生身一つで外に出るなど・・・・・・出来るわけがないッ!!

「くそッ!!」

 意を決し、突撃砲を捨て腕部ナイフシースから短刀を引き抜く。
 その鈍く光る刃の刀身を見て、漸く隆の理性が少しだけ回復する。
 僚機は? 真奈美と洋平の不知火は? キート隊のMIG-21は一体何処にいる?
 自分を救ってくれる存在を思い出した直後、周囲に近づいてきた戦車級に砲弾の雨が降り注いた。
 安堵と、未だ拭えぬ恐怖心の狭間で、隆は自分を救ってくれた機体を仰ぎ見る。

 紫と白で塗り分けられ、凶悪な面構えを持ちながらも儚げな二人の少女が操る戦術機を。

『タカシ。 こわがらなくてもだいじょうぶだよ』

 まるで子供に言い聞かせるかのような、優しげな声が彼の耳に届く。
 それがイーニァの声だと隆が理解するよりも早く、両手に持った突撃砲をBETAに向けたSU-37UBが不知火の前に降り立った。

『マユミからいわれてるの。 おにいちゃんにあったらまもってあげてって・・・・・・だからまもるよ。 ね? クリスカ?』

『・・・・・・・・・・・・祖国の大地を、貴様のような奴の血で汚したくないだけだ』

 恐ろしく素直なのか、それとも弄れているのか、ぶっきらぼうに答えるクリスカの言葉に呆気に取られている間に、二人が乗るSU-37UBは向かってくるBETAの迎撃を始める。

『隆さんッ!! 生きてますかッ!? 隆さんッ!!』

『落ち着くんや真奈美ッ!! バイタルで生きとるのは確認できるわ。 隆、さっさと起きるんやッ!! 寝腐っとる場合やないでッ!!』

 SU-37UBが迎撃行動に移ると直ぐに、悲痛な叫び声を上げながら真奈美と洋平の乗る不知火が近づいてきた。
 三機の戦術機に周囲を守られ、パニックに陥りかけていた隆の脳が次第に冷静さを取り戻していく。

「・・・・・・すまん・・・・・・大丈夫だ」

 頭を振って搾り出すような声で二人にそう答える。
 両手に保持した残弾の無い突撃砲を破棄、開いた手で機体の上半身を起こすも、足の無い不知火ではソレが精一杯だった。

『機体を放棄しろ。 貴様が脱出するぐらいの時間は作ってやる』

『ソ連さんの言うとおりや、メットつけてさっさと出てくるんやッ!!』

『私の機体に乗ってくださいッ!! 隆さんが出てきたら直ぐにハッチを開けますッ!!』

 隆の状態を確認したクリスカの提案に同意する二人。
 この状況でその案を否定することは出来ないのだが・・・・・・ Asura-daのことを考えると隆はどうしても二の足を踏んでしまう。
 この口の聞き方がなってないAIもどきを心配しているわけではなく、葵を初めとする光菱の技術陣がコレに入れ込んでいる姿を見てしまうと、この場で機体ごとAsura-daを放棄するのが心苦しくなってくるのだ。
 僅かな逡巡のすえ、隆は自身の腕を信じることにした。

「機体の放棄は出来無い。 ・・・・・・ビャーチェノワ少尉たちの前で言うことではないが、ここはソ連領内だ。 帝国軍の貴重な機体を・・・・・・残骸とは言え、彼らの手に渡すわけにはいかない」

『なッ!? 何言ってるんですか隆さんッ!! 自分の命よりも機体が大事だって言うんですかッ!!』

「・・・・・・少なくとも、試験小隊の連中ならそう言うだろうな」

 言いながらSU-37UBに視線を向ける隆。 自身の発言に対し、クリスカが何かを言ってくるかと思ったが、彼女は何も語らず向かってくるBETAに砲撃を続けている。
 
『だったらどうするつもりやッ!! この場所を確保できるのも時間の問題やぞッ!?』

「・・・・・・どうやら戦車隊の撤退は済んだようだ、俺達もとっとと撤退することにしよう。 後始末はブリッジスに任せればいいさ」

 試作99型砲の砲撃は今尚断続的に続いている。 あの威力ならば、上陸を果たしたBETAをあらかた殲滅できるだろう。

『退避って、隆さんはそんな状態でどうやって退避するつもりですかっ!?』

 真奈美の言うとおり、足を失った機体で退避するのは不可能に見えるが、生憎と戦術機は人型であって人型では無い。

「―――こうするんだよ。 アシュ公、機体補正は任せるぞ」

『了解』

 内心の動揺を押し殺し余裕たっぷりに口元を歪めた隆は、簡潔に答えるシステムに一抹の不安を覚えつつも、意を決して機体を操作し始めた。
 片足を失った人間は立てない。 杖をつくか、何かに捕まらないと立つことが出来無い。
 だが戦術機はどうか?
 人型と言う、二足歩行で大地を踏みしめる戦術機もその例外では無いが、戦術機には人には無い部分が多々ある。

「・・・・・・・・・・・・潰れるなよ」

 小さな希望を呟き、隆は操縦桿だけでなくコンソールまでも操作して不知火に一連の動作を入力する。
 上半身を持ち上げていた腕部に許容量を超える電力を送り、戦術機の筋肉とも言える電磁伸縮炭素帯が損傷するのも厭わず・・・・・・機体をその場で倒立させる。

『んなッ!?』

 洋平の叫びを他所に、奇跡的に無事だった跳躍ユニットを反転させて機動。
 出力をゆっくりと上昇させて機体を持ち上げようとするが、それよりも早く自重に絶えきれなかった両腕部が過負荷で潰れた。

「んなくそッ!!」

 繊細なスロットル操作を行う余裕は最早無い。
 ロケットモーターにこそ点火しなかったが、隆は跳躍ユニットの出力を一気に上昇させて機体を浮上させた。 
 
「ドルフィンライダーなら・・・・・・コレぐらいの芸当は出来るはずだッ!!」

 フラつく機体を必死に制御し、跳躍ユニットの出力調整と角度調整を駆使して不知火を滞空させる。
 それは綱渡りの芸当だった。 ほんの少しのミスで機体はバランスを崩し、再び地面とキスすることになる。 しかも脆い第三世代機がそう何度も大地に激突して無事て済むハズがな。
 たった一度のミスも許されない繊細な機動操作を要求される芸当だが、あのイルカ乗りたちであればこの程度の曲乗りなど造作無くやってのけるに違い無い。
 彼らの高みを目指している以上、この程度で躓くわけにはいかなかった。

『・・・・・・器用な男だ』

『・・・・・・無茶する奴やなぁ・・・・・・ホンマ』

 呆れたような、それでいて何処か感心した声音で呟く洋平とクリスカだったが、網膜に映る機体ステータスに目を通した隆は乾いた笑みしか返せなかった。
 跳躍ユニットを絶えず吹かしているだけあり、推進剤が目に見えて減っていく。 そう長くは持たない、早急にこの区域を退避する必要があった。

「アシュ公・・・・・・キート隊の状況は?」

 猛烈な勢いで通りすぎていく突撃級を見下ろしながら、隆は同じくBETAに飲まれたキート隊の安否を尋ねる。
 絶大な威力を見せた試作99型砲だが、結果として前線ではそこかしこで混乱が生じていた。
 当たり前だ、事前に知らされていたとしても、突然戦場全体のバランスを崩しかねない力が振るわれたのだ。 今までに見たことの無い光景を前にして、全ての将兵がこの状況に対処できるワケが無い。

『反応がロストした機体は6機。 中破、小破した・・・・・・』

 Asura-daの報告と同じくして、試作99型砲から放たれた砲弾が前方を進むBETAを薙ぎ払った。
 光条が過ぎ去った後、そこには何も残っていなかった。
 BETAは肉塊を残すわけでもなく、砲弾が突き刺さった瞬間に赤黒い血煙となって消えた。 要撃級も突撃級も戦車級もみな等しく、極小の破片か体液の霧へと変貌する。
 音速を越える砲弾が通り過ぎた余波か、轟音と同時に機体を揺さぶる衝撃波が届く。
 衝撃波が機体を震わせる・・・・・・それ程の至近弾が数瞬前に通り過ぎたことに隆は戦慄を覚えた。

『殺す気か糞ヤンキーッ!! 調子の乗ってぶっ放すなワレぇぇぇぇッ!!』

『友軍がいるのにッ!! IFFを見てないのッ!?』

 友軍誤射の恐れを感じた洋平と真奈美がオープン回線で怒声を上げる。
 轟音が響き渡る中、それがブリッジスに通じたかどうかは分からない。
 もし通じていたとしても、己の腕に自信を持っているブリッジスは、そんなヘマはするかと笑っただろう。
 だが彼の実力など、三人は知らない。 
 ブリッジスがトップガンの一員だったと資料で知っていても、そんな紙に書かれた情報だけで彼に全幅の信頼が置けるわけがない。

「フレンドリーファイアをしなければ・・・・・・いいってもんじゃないんだぞブリッジスッ!!」

 そう吐き捨てた隆は、探していたキート隊の機体を漸く確認できた。
 BETAと試作99型砲の砲撃に翻弄されながらも、必死に生き延びようと足掻く彼らの姿を。

「ランサー05よりキート01ッ!! 退避だッ!! こんな状況での遅延戦闘は無意味だッ!!」

 当初の作戦は予想外の力で打ち砕かれた。
 BETAの力でも、天候による災害でもなく、同じ味方が放つ圧倒的な力によって全て崩壊した。
 強すぎる力は混乱を生む、それを肌で感じた隆は直ぐ様撤退すべきだとロヴァノフに伝えたかった。

『了解・・・・・・した。 ・・・・・・こちらも無事な機体から順次後退させる。 ・・・・・・もし可能なら、部下の後退を支援して欲しい』

 返ってきた返答は弱々しく、最悪の状況を隆に予感させた。
 直ぐ様隆はAsura-daに彼の位置を索敵させ、貴重な推進剤を消費しながらも彼が居る場所まで向かう。
 限定的なデータリンクしか繋がっていないことを隆は呪った。 僚機のデータは分かるのに、共闘しているソ連軍機のデータが一切送られてこない。

「ロヴァノフ大尉ッ!! 大尉も直ぐに退避を・・・・・・」

 肉眼で彼の機体を確認した隆はそう叫ぶも、その現状を目の当たりにして絶句してしまう。

『キート11ッ!! トーリャ、早く逃げなさいッ!!』

『できません、大尉達を残して逃げるなんて私には出来ませんッ!!』

『駄目だよトーリャ、君の機体は損傷が少ない。 貴重な戦力をここで失うわけにはいかないんだ』

『パブリチェンコ中尉まで・・・・・・ 嫌です、この部隊は私にとって家族なんですッ!! 家族を失うのはもう嫌なんですッ!!』

 要撃級の一撃を受けたのか、胸部に大穴を開けたロヴァノフの機体の周囲で、三機のMIG-21が必死に彼の機体を守っていた。
 損傷の少ない一機を、残りの二機が退避させようとするも、その一機は退避する気はないとばかりに突撃砲を撃ち続けている。

『・・・・・・トーリャ・・・・・・逃げろ。 俺達を家族だと言うなら・・・・・・生きて、生き延びてくれ』

 息も絶え絶えといった様子で懇願するロヴァノフ。
 バイタルが送られてこないので確認出来ないが、未だに機体から脱出していない様子と苦しそうな口調から見るに、かなり危険な状態なのかもしれない。
 しかも彼らの周囲には他の機体が存在しない・・・・・・既に脱出したと思いたいが、BETAの隙間から見え隠れする装甲片は少なく無かった

『なんで・・・・・・なんで、そんなこと言うんですか? 大尉だってアクロウ中尉のために死んじゃ駄目ですッ!! 二人の結婚式・・・・・・私だって楽しみに・・・・・・』

 感情の高ぶりで緊張の糸が切れてしまったのか、群がる戦車級を前にして棒立ちになるMIG-21。
 二機がそれに気づき、フォローに入ろうとしたが間に合わない。 戦車級がその脚部に飛び付き、搭乗している少女ごと食い荒らそうと顎を開く。

『トーリャッ!! 逃げてッ!!』

 アクロウの叫びも虚しく少女はその短い命を散らせる・・・・・・かに思えたが、少女が乗るMIG-21の傍に降り立ったSU-37UBが、腕部のモーターブレードで取り付いた戦車級を引き裂いた。
 その光景に呆気にとられた数瞬の間にも、獲物を定めた戦車級は次々と二機に飛び掛かるが、SU-37UBはモーターブレードを振るい自身と少女が乗るMIG-21に近づくことを許さなかった。

『司令部より、当区域からの撤退が指示された。 全機速やかに退避しろ』

 クリスカの声と共に、BETAの返り血を体中に浴びたSU-37UBがゆっくりと振り返る。
 紫と白の装甲はBETAの体液で赤黒く様変わりしているにも関わらず、その獰猛な猛禽類にも似た特徴的な頭部センサーは強い光を放っていた。
 その姿を間近で見たMIG-21に乗る少女は、我に帰ったかのように小さく呟く。

 【紅の姉妹】・・・・・・と。

『キート11、何を呆けている? ・・・・・・名前の通り、鈍重なキート【鯨】のつもりか?』

『・・・・・・なッ!?』

『貴様が乗る機体が党の貴重な財産だと言うことを忘れたのか? 呆けるなら、他の同志に機体を渡してからにして貰いたい』

 絶句する少女を他所に、クリスカは噴射跳躍を行い隆の機体に貼り付く。
 同じく滞空していた洋平と真奈美が反応するよりも早く、SU-37UBは隆の不知火の肩を掴み上げ、その区域から離れるために跳躍ユニットの出力を上げた。

「お、おいッ!! 彼らを見捨てるつもりかッ!?」

『そんなつもりはない。 私の助力が無くとも、損傷が少ない機体は自力で退避できるはずだ。 ランサー05・・・・・・社隆と言ったな? 私は貴様達帝国軍の衛士を何としてでも無事に帰還させろとの指示を受けた。 その命令に従い、今から貴様を安全区域まで退避させる』

 有無を言わさぬ口調で彼女にそう告げられ、隆の思考が疑問で埋め尽くされる。
 損傷が少ない機体? ロヴァノフ大尉の機体はその勘定に入っているのか?
 帝国軍の退避を命令? ソ連軍の司令部がなんで俺たちの生死に拘る?
 だが、声に出さない隆の疑問にクリスカが答えてくれるはずがなく、無情にもキート隊の機体を残したまま機体はクリスカの手によって戦域から遠ざかっていく。

『・・・・・・トーリャ、いやパーブロブナ少尉。 君も早く彼らの後を終うんだ』

 通信は・・・・・・まだ繋がっていた。
 ロヴァノフと二人の上官に促され、少女が乗るMIG-21が飛び立ったのが見える。
 上官を、仲間を置いて逃げたことが悔しいのか、泣きじゃくる少女の声を聞いていると、以前聞いた少女の絶叫が隆の脳裏に過ぎる。
 あの欧州の地で、助けられなった少女、救え・・・・・・いや殺してあげられなかった少女の絶叫が何故か聞こえた。

「・・・・・・ッ!!」

 強い頭痛を感じ、隆は顔を顰める。
 暗示により、思い出すことが無かった叫びが、少女の泣き声と重なって聞こえる。 
 あの戦場で、目を閉じれば聞こえた断末魔の絶叫が。
 頭痛と共に絶叫が脳裏に響く、それは後催眠による暗示が解けかかっている前兆なのだが、隆がそれに気付くわけもなく、泣きじゃくる少女の声と悲痛な絶叫に苛まれ、言い様のない不快感を感じていた。

『つらいおもいで・・・・・・ おもいださなくていいんだよ。 わすれてていいんだよ?』

 そんな隆を救済するかのように、優しげな天使の声が響き渡る。
 
『たのしいことをおもいだして。 そうじゃないと・・・・・・タカシはほんとうにこわれちゃうよ?』

『ソ連軍の衛士に告げる。 それ以上、社中尉に声を掛けることを止めて頂きたい』

 天使の声を遮るのは、魂無き合成音によって作られた偽りの声。

『?? あなたはだぁれ?』

『私はAsura-da。 この機体に搭載されたシステムだ』

『・・・・・・・・・・・・? ・・・・・・・・・・・・どうして・・・・・・・・・・・・二人いるの?』

『質問の意図が不明。 ・・・・・・バッフワイト素子に微弱な反応を検出。 対象を確認。 ESP発現個体と推定。 AL4、対ESP要項三条に従いAECMを起動・・・・・・・・・・・・エラー・・・・・・・再起動・・・・・・・・・・・・エラー・・・・・・・・・・・・』

『・・・・・・・・・・・・マユミのおにいちゃんはどっち? ・・・・・・あなたはちがう。 あなたはわたしとおなじつくりものだから』

『いやぁぁぁぁぁっぁぁぁッ!!』

 ―――不可思議なやり取りは絶叫によって切り裂かれた。

 ノイズが起きるほどの絶叫を耳にした隆が我に返ると、弐型の砲撃に混じって放たれた砲弾が、戦車級ごと・・・・・・ロヴァノフが乗るMIG-21を貫く瞬間だった。
 群がっていた戦車級の一角が一瞬で消し飛び、戦車級に齧られ半壊していたMIG-21が粉砕される様から、使用されたのは大口径の砲弾だろう。 その着弾は脚部から漏れ出していた推進剤に引火を促し、彼の機体は戦車級諸共吹き飛んだ・・・・・・
 空に滞空する二機のMIG-21が生み出された火球に照らされて、太陽が沈みかけた空に浮かび上がる。
 
『―――あ? あ・・・・・・ああ・・・・・・・・・・・・』

 パラパラと彼の機体の残骸が熱風に煽られて巻き上がる。 そして彼自身のものか、それとも戦車級のものか分からない肉片を目にしたアクロウが呆然とした面持ちで意味を成さない言葉を漏らした。

 彼は死んだ。

 状況から見るに、助けられないと悟った僚機が引導を渡したのだろう。

 これが戦場だと隆は自分に言い聞かせる。
 誰も彼もがあっさりと死ぬ。 先程まで話していた相手がいなくなる、もう二度と話せなくなる。
 それがどんな人間でも、誰に愛されていようと、死は何時だってそんなものとはお構いなしにやってくる。
 
『キート03より、キート02へ。 大隊長であるキート01が戦死したことにより、指揮はキート02が引き継ぐべきと具申。 尚、早急に現区域からの撤退を提案する』

 大口径の巨砲を携えたMIG-21を駆るパヴリチェンコはそう言って、アクロウに撤退を促すも、

『・・・・・・・・・・・・パヴリチェンコ中尉。 何故・・・・・・彼を撃ったの?』

 怨念が込められていそうな声音で返答するうアクロウ。
 目の前でフィアンセを殺された彼女の心情を鑑みれば、それも当然の反応と言えた。 だが、ここは戦場だ。 人の私情などBETAの前ではゴミどころか、足枷にしかならない。

『―――命令だから』

 だからこそか、アクロウに答えるパヴリチェンコの言葉に躊躇いはおろか罪悪感といった感情は何も込められていなかった。

『なんでッ!! なんで彼を撃ったのッ!? 助けられたかもしれないのに!! 貴女が殺さなければ助けられたかもしれないのにッ!!』

『無理だよ。 どう足掻いてもニカは助けられなかった・・・・・・それはターニャも分かってるでしょ? 要撃級の一撃でニカの体は管制ユニットごと半分潰れてたんだ。 ・・・・・・だからトーリャが抜けて、戦車級が取り付いた時にニカは言ったんだ。 【殺してくれって】 ね。 僕はソレに応えただけ・・・・・・ 本当ならターニャが応えなきゃならなかったんだよ?』

『私が彼を殺せるわけがないじゃないッ!!』

『知ってる。 だから僕が撃ったんだ』

 淡々とした声音で答えるパヴリチェンコの態度に、隆は酷い違和感を覚えた。
 僕・・・・・・と言ってはいるが、パヴリチェンコはアクロウと同じソ連軍の女性衛士だ。 ブリーフィングや何やらで幾度となく顔を合わせたことがあり、隆は彼女のことをボーイッシュで活発な女性と言うイメージを抱いていた。
 だが、今はその影を潜め、感情の見えない冷徹な声でアクロウの問いに答えている。
 それは恋人を目の前で失い、錯乱しかけたアクロウを止めるための術だと思いたいが、その物言いや態度から決してそれだけではないと隆は感じた。
 物事を無理やり合理的に考え、感情と理性が何処かで狂ってしまったかのような・・・・・・狂気を。

『僕だってニカを撃ちたかったわけじゃない。 ・・・・・・ニカとの付き合いはターニャより僕のほうが長かったんだよ?』

『・・・・・・だからってッ!!』

『・・・・・・もういいよ、これ以上の問答はターニャのためにならないよ。 この通信だって聞かれてるんだ。 ・・・・・・折角生き残ったターニャが、戦意喪失、敵前逃亡の恐れありなんて嫌疑を掛けられたら、ニカが浮かばれないよ・・・・・・』

『・・・・・・スューラ・・・・・・あなた』

『だからね、帰ろう? ・・・・・・ターニャまで僕の手で殺したくないからさ』

 今さっき、ロヴァノフを撃ちぬいた巨砲を彼女へ向け、パヴリチェンコは明るい口調でそう告げた。
 アクロウが息を飲むのがヘッドセット越しに感じる。
 無理もない、パヴリチェンコが搭乗しているMIG-21が保持する火器は、試作99型砲と同じように戦術機には少々規格外な代物だ。
 ソ連軍が大戦中に使用していたデクチャリョーフPTRD1941と呼ばれる対戦車ライフルを、戦術機サイズまで巨大化させた砲を彼女が乗るMIG-21は装備している。
 反動があまりにも大きいため、第一世代の機体でなければフレームが歪むとされている代物をだ。
 要塞級や突撃級の装甲殻を正面から安々と撃ち貫ける代物を向けられたアウロウは、彼女の言葉に従うしかなかった。

―――三人がどんな関係だったが、隆は知らない。 

 恐らく今後も知ることはないだろうが、結婚を約束した女性を残して彼は死んだ。

 イーダル試験小隊の警護に付いたキート大隊は、大隊長を含む10機の機体が生還しなかった。
 だが、試作99型砲の活躍によって、今回の防衛作戦は人類側に圧倒的な勝利を齎した。 ・・・・・・機甲部隊における10機程度の損失など、何時もの被害に比べれば希少だと判断された。

 隆は弐型の戦果に色めき立つカムチャッカ基地に無事到着した後、歓声に包まれた弐型と試作99型砲に背を向けた。


 どんなに素晴らしい戦果が上がっても、その影で悲劇は必ず起きている。

 悲しみに暮れる人間を目の当たりにしてしまった隆は、英雄の姿を直視することが出来なかった。







 ―――後に真奈美は語る、あの日を境にして隆は変わってしまったと。
 


 本当の意味で彼の心に変革を促す事件は今暫く先の話だが ・・・・・・あの弐型と試作99型砲が齎した光と影が全ての始まりだったと、真奈美は彼の義妹に語ることになる。


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ソ連編 5話

第二部


 ソ連編  かれらの交錯する思い


 2001年8月9日
 アヴァチャ湾洋上
 おおすみ型輸送艦・【さきしま】艦内


「―――狭い」

 ポツリと、彼はここ数日で幾度となく漏らした言葉を呟いた。

「―――我慢して」

 だが、その言葉に答える女性の声には気遣いの欠片すら含まれていない。
 予想通りの返答に嘆息し、彼・・・・・・鳴海孝之は渋々と言った様子で、自身の体格には少々狭苦しい管制ユニットの中に体を収めた。
 LPD、ドッグ型揚陸艦であるおおすみ型の格納庫は、一個中隊の戦術機が収容できるほどに広い。
 しかし、設置された殆どの整備パレットは空で、本来であれば騒がしいはずの格納庫には先程から二人の話し声しか響いておらず、内部は閑散とした空気を醸し出していた。

「調整が済めば内部のレイアウトを少しは変えるから・・・・・・・ リンク、繋がった?」

 動かないようにと、何本ものワイヤーで格納甲板に固定された管制ユニット。
 本来、戦術機の胸部に収まるべきソレの傍らに立ち、手元のコンソールを操作しながら彼女・・・・・・ミリースラ・ベールレイは孝之に声を掛けた。

「ちょっと待ってくれ・・・・・・ きた ・・・・・・っても真っ白で何も見えない」

「当たり前でしょ? 光学情報はいいから、艦とのリンクはどう?」

 言ってミースは管制ユニットに接続された大小様々なケーブルが伸びる先、真っ白なシートで覆われた整備パレットへ視線を向ける。
 効率を優先するのであれば、管制ユニットを搭載した状態で調整を行うのが一番なのだが、今現在 【白百合】 は艤装を交換中のために万が一を考えて管制ユニットを搭載していない。
 最も汎用性の高い兵器と言われる戦術機だが、生憎と 【白百合】 はその範例に当て嵌らない。 出撃する戦場、任務の目的に応じて念入りな調整と整備が必要になる。 
 性能は一級かもしれないが所詮は実験機、過酷な戦場に耐えられるほどの耐久性は有していない・・・・・・ 元々、そんな状況を想定して製造された機体ではないので、それは当たり前のことなのだが。

「―――確認した。 処理も悪くない、問題は無さそうだな」

「良かった、OSの二重設置でメモリにかなりの負荷が掛かると思ったけど・・・・・・ 流石は香月博士ね」

「ああ、ソ連に来る前に渡されたアレか? 元々は香月博士が開発したんじゃなくて、横浜の香月副司令由来の代物なんだろ?」

 ゴソゴソと狭苦しい管制ユニットの中で呟く孝之、先程から自分にとってベストなポジションを探しているのだが、どうにもしっくりこないのだ。
 【白百合】の管制ユニットは形状からして、通常の強化外骨格が組み込まれているような管制ユニットとは全く違う。
 特に差異があるのが内部構造で、比較的ゆとりをもって製造された通常の代物と違い、【白百合】 の管制ユニットは成人男性が収まるには少々狭い。
 その原因になっているのが、内部スペースの6割を占めている表面にAl-zardと書かれた円形の筐体であり、完全に密閉されたソレは外部からは中に何が入っているかを確認することは出来無かった。
 孝之は、それが 【白百合】 を駆動させるのに必要不可欠な機材であり、あの動物的な機動を可能とする演算システムだと教えられていた。
 それをもっとも効率的に操作できるのがマユと言う少女だけであり、この機体は彼女を守るためだけに製造されているとも。
 そう教えられた情報以外、孝之は深く詮索するようなマネはしなかった。 疑問こそ残るが、マユと言少女の特異性と、元々彼が所属していたA-01にて教えられた Need to know との言葉に従い、彼は与えられた任務に没頭している。

「―――そうね、最初は実装するのを迷ったけど・・・・・・ 部長が言うとおり杞憂でしかなかった見たいね」

「天才姉妹が作った代物だからな、部長も信用してるんだろうけど・・・・・・ そ~いやその部長は何処いったんだ? 暫く姿を見てない・・・・・・」

「―――鳴海君、僕を呼んだかな~?」

 孝之がそう言いかけた直後、呑気な声と共にひょっこりと格納甲板に姿を現す中肉中背の中年男。
 上司である石井正の姿を視界に収めた二人は、相変わらずなその姿に苦笑を漏らした。

「部長、ご要件はお済みになったのですか?」

「いやぁ~大変だったよ~ 彼らの秘密主義は相変わらずだけど、自分たちが特権階級だって信じ込んでいるのがねぇ・・・・・・ そのくせちょっと上役から揺さぶられるとあっさり折れるあたりプライドってものが・・・・・・・・・ ああ、すまないねミース君。 君と同じ祖国の人たちを悪く言って」

「―――いえ、私にとって故郷と呼べるような国はありませんので、どうぞ気になさらないでください」

 淡々とした口調で答えるミースの声を聞いて、孝之は狭苦しい管制ユニットの中で小さく肩を竦める。
 第参開発局で禁句とされている話題の一つに、ミースの過去は詮索しないことがある。
 その話題を事もなげに口にする部長、それは彼の人となりが可能にしているのだろう・・・・・・ 少なくとも孝之はミースの過去を口にしたり、【麻美の前でその身体的特徴】 を口にする度胸は一切無い。

「―――部長、本当にコイツを出すんですが? ・・・・・・アラスカにも持っていかなったのに、なんでソ連なんかで使用する気に・・・・・・」

「まぁまぁ鳴海君、狭いからって文句を言わないの。 白百合もテストをしなければならない項目が幾つもあるからねぇ、それに何時までもマユにばかりに負担を強いるのは君も本意ではないだろう?」

「そりゃ・・・・・・そうですけど。 今になって突然じゃないですか? 一時は白百合の使用禁止まで出てたのに・・・・・・今回はアレまで持ち出すなんて」

 開け放たれた管制ユニットのハッチから見える、格納庫の隅に設置された黒い三つのコンテナを一瞥しながら孝之がそう呟くと、石井は少しだけ困ったかのように苦笑を浮かべて口を開いた。

「政治ってのには色々あるもんだ、悪鬼幽鬼が蔓延る世界だからねぇ。 まぁ、内々のお披露目がお偉いさん達の希望でもあるわけだし、悪いけどもう暫くは不自由な思いをしてもらうよ」

「それは構いませんが・・・・・・ 次に試験部隊が参加する予定の作戦には、正直間に合いそうにありません。 管制ユニットの調整もですが、艤装の交換が予定よりも進んでおりませんので・・・・・・」

「あ~それは大丈夫、次の作戦で出すわけじゃないから。 最初の華は第壱開発局に務めてもらうさ・・・・・・ アレと一緒に登場したら、嫌でも目立つからねぇ」

 あっさりとそう言い放つ石井の言葉に二人は首を傾げたが、作業の手を止めるわけにもいかないので管制ユニットの調整作業を続けた。
 特に仕事をするわけでもないのだが、石井がいると何故か作業の効率が良くなる。
 そんないるだけで周囲の調子を良くする雰囲気を持った石井が傍にいたせいか、本日予定していた作業は滞りなく終わり、漸く孝之は狭苦しい管制ユニットから這い出すことが出来た。
 
(―――考えてみると、俺じゃなくて七瀬が乗ればよかったんじゃないのか? マユと背格好が一番近いのはアイツなんだから)

 凝り固まった体をほぐしていると、そんな明暗が彼の脳裏に過ぎる。
 とはいえ、斯衛軍の一員であり武家の息女でもある七瀬凛は未だに実戦を経験していない。 慣れ親しんだ機体なら兎も角、初の実戦でシミュレーターですら搭乗したことのない機体に載せるのは少々酷な話だろう。
 作業が終了したので、石井とミースは連れ立ってその場から離れていく。 その様子から見て、どうやら石井が此処に現れた理由は彼女に用があったのだろう。

「―――それでミース君、向こうはどうだったかな?」

「―――はい。 確認したところ、確かに機動していました。 ―――しかも驚くほど正常に」

「―――正常、ね。 それはユニットとしてかな? それとも・・・・・・」

「―――残念ながら、ユニットとして正常に機能していました。 光菱の人間は歓喜しているようでしたが・・・・・・」

「―――ふむ、喜ばしいことだね。 これで彼らへの義理の半分は返せたわけだ」

「―――部長は・・・・・・それで宜しいんですか?」

「―――ダメもとで作ったコピーが、必要とされる性能はちゃんと発揮したんだから十分。 うん、本当に十分だよ」

(―――何をこそこそやってるんだか)

 何事かを呟きながら格納庫から出て行く二人の後ろ姿に嘆息を漏らし、孝之は自分も格納庫から出るべく足を踏み出す。

「っと、そうそう・・・・・・ 遙に手紙の返事を書かないとな・・・・・・」

 先日届いた手紙の内容に新しく配属される予定の新任が楽しみだと書いてあったので、新任が水月の影響を受けないように注意しろと遙には忠告しておいたほうがいいだろう。
 手紙などではなく、通信機が使えれば直接ソレを伝える事もできるのだが、二人が所属しているA-01は秘匿部隊故に外部との連絡手段は制限されている。 無理をすれば話をすることも出来るだろうが、二人の迷惑になりかねないので自粛すべきだろう。

「・・・・・・ん?」

 二人に送る手紙の内容を考えながら格納庫を後にしようとした孝之だったが、誰もいないはずの格納庫に人影を見つけて足を止めた、
 帝国海軍が採用している真っ白な士官服を見にまとい、ややクセのある赤茶けた髪を長く伸ばした女性が一人、機体が固定された数少ない整備パレットの前に立っていた。

「そこの、こんなところで何を・・・・・・」

 人払いが済んでいるはずの格納庫に、自分たちとは違う所属の人間がいる。
 孝之はそのことに疑問を感じながらも、声を掛けて早く出ていくように促そうとした。
 シートやコンテナで隠されているとは言え、此処には部外者にとって見ると不幸になるものが多い。
 見かけたのが自分で良かったと思いながら女性へ近づいていき、その横顔を確認した瞬間、突然足が鉛を括りつけられたかのように重くなった。

(―――あれ?)

 思考が気づく前に、体に染み付いた何かがいち早く察知したらしい。
 足が重い、額に冷や汗が流れる、言い様のない不安が胸中に湧き上がる。
 それは決して間違いではない。 孝之の目の前で不知火壱型丙を見上げる女性は、彼が恐れる上司ですら畏怖する女傑なのだから。

「―――貴方達が、この機体を使っているんですね」

 凛として、それでいて何処か寂しげな声。 それを発した主が目の前の女性であると知覚した孝之は、額の汗を袖で拭い何度も頷いて肯定の意を伝えた。
 女性はそんな孝之を一瞥し、 「そう」 、とだけ呟いて再び壱型丙を見上げる。
 広い格納庫において、他と違いカバーもされずに固定されている二機の不知火壱型丙。 その機体に何か思い入れでもあるのか、女性は何処か遠い瞳で見上げ続けている。
 そんな女性の姿を見て、孝之は自分が感じているプレッシャーの正体に漸く気づいた。
 女性の佇まいが、彼のよく知る人物に非常によく似ていたからだ。

 ―――体型は似てない。 少なくとも体型だけは似ていない。

「・・・・・・」

 パクパクと、鯉のように口を開け閉めするだけで何と声を掛けていいか分からなかった孝之だが、不意に女性は壱型丙から視線を外し、その切れ長の瞳を孝之へ向けて口を開いた。

「―――帝国海軍所属、金谷麻香大尉よ。 旧姓は奈華宮・・・・・・と言えば分かるかしら?」

「は、はッ!! 帝国軍技術廠第参開発局所属、鳴海孝之中尉であります!! 大尉殿の妹御であらされる奈華宮大尉には常日頃から良き上官としてお世話になっております!! 金谷大尉の事は奈華宮大尉から少しばかり聞き及んでおりました!!」

 自分に出来る最高の敬意を払いながら、孝之は麻香へ敬礼を送った。
 それで気を良くするような彼女ではないのだが、一見すると穏やかな微笑を浮かべて孝之の言葉に頷く。

「―――アレは私のことをなんて?」

 そう首を傾げて問う麻香だが、その目は全く笑って無かったりする。

「じ、自分には過ぎた姉だと!! もし出会った時は最大限の敬意を持って接するべしと仰っておりました」

 嘘だ。 そもそも麻美は自分の家のことは殆ど話さない。
 凛の話では奈華宮家は武家の中でも微妙な立場にあるらしく、それが原因で余り口に出すことがないそうだ。
 目の前の女性が麻美の姉だと気付いたのは、石井が麻美のことをからかった時、金谷・・・・・・と言う家に、武家の身分を捨ててまで嫁いだ勇気ある女性だと言っていたのを覚えていたからだ。

「―――そう。 見え透いた嘘は身を滅ぼしますよ、鳴海中尉」

(気づかれたッ!!)

 予想よりもあっさりと見抜かれた事実に孝之は戦慄するも、麻香は特に気にした風も無く、再び壱型丙を見上げた。
 背中に汗を掻きながら孝之もつられるように壱型丙を見上げる。
 以前、新潟で彼が使用した機体だ。 アラスカに持ち込むわけにもいかなかったので筑波に置いてきたのだが、今回の試験に合わせて白百合と・・・・・・慎二の分の壱型丙と共に輸送されてきたのだ。
 自分が白百合に搭乗するなら、この機体は誰が使うのだろうか?
 当初は七瀬が乗るのかと思っていたが、石井やミースは今のところ七瀬に何も指示していない。 前述した通り、斯衛軍出身の七瀬は瑞鶴や武御雷の搭乗経験しか無いので、もし壱型丙に載せるのであれば今のうちにシミュレーターなり実機なりで経験を積ませる必要があるのだが・・・・・・

「―――失礼ですが金谷大尉、この格納庫は関係者以外立ち入り禁止となっております。 出来れば、早急に退去して頂ければありがたいのですが・・・・・・」

 何時までも壱型丙を見上げていても埒が明かない、そう思った孝之はやんわりとした口調でそう麻香に告げた。

「―――関係者、と言うのであれば私は間違いなく関係者です。 それに、この艦は私が所属する艦隊の艦です。 そこに私が入れない区画があるなど・・・・・・ありえません」

「は、はぁ・・・・・・」

「それでも私を此処から排除すると言うのであれば・・・・・・実力行使も辞しませんが?」

「そ、そんなことは考えてません!! ほ、本当です!! だからそのコンプレッサーを降ろしてください!!」

 むんずッと、手近にあったコンプレッサーを両手で掲げた麻香に必死に弁明する孝之。
 その姿を見れば大多数の人間が彼を 【ヘタレ】 と言うかもしれないが、小型とは言え自重が数十㎏もあるコンプレッサーをあっさりと目の前で振り上げられれば無理もない。

「ふむ、麻美の部下にしては思った以上に軟弱ですね・・・・・・ オホーツク海で一度根性を鍛え直しますか?」

 ドスンと、やたらリアルな音を立ててコンプレッサーを床に下ろした麻香は、眉根を寄せながら孝之へ死刑宣告を告げる。

「い、いえ、やり残したことが多々ありますので、まだ人生をリタイアしたくないんですが・・・・・・」

「そうですか、それは残念です。 ・・・・・・・・・冗談で言ったつもりなのですが、そこまで震えられると少し傷つきますね」

「す、すいませんでしたッ!!」

 シュンっと、しょぼくれたように肩を竦めた麻香の姿に孝之は慌てて謝罪をするのだが、

「―――カムチャッカ半島、フルマラソンにしますか」

「さっき冗談だって言いませんでしたか大尉ッ!?」

 ある意味麻美よりも怖い、そう孝之は心から思った。
 物理的な暴力はさておき、発言だけでコチラの心を抉る麻香のやり方は正直言って質が悪い。
 麻香がどこまで本気なのか? それを会ったばかりの孝之が知るわけがないのだが、あの麻美の姉なのだからほぼ100%本気だと思って間違いないと彼は判断した。
 無論、その判断は何一つとして間違っておらず、もしこの場にサングラスを掛けたロリコンがいれば 『ナイスな判断だッ!!』 と賛辞を送っただろう、多分。

「―――騒がしい人ね。 相変わらず部下の躾が出来ていない愚妹ね、アレは。 ・・・・・・何にせよ、良い物を見せて頂きました鳴海中尉。 この機体、誰が乗るかは知りませんが大切に使ってあげてください」

 一方的にそう告げて、麻香は孝之の横をすり抜けて立ち去っていく。
 呆気に取られていた孝之だったが、はっと我に帰り、立ち去ろうとする麻香の背中に疑問を投げ掛けた。

「か、金谷大尉は、この壱型丙を見るためにわざわざ此処へ?」

「? ええ、石井大佐より、この機体がこの艦に搭載されていると聞きましたから・・・・・ それ以外の機体に用はありません。 私はこの壱型丙以外、何もこの艦では見ていないので安心してください」

 立ち止まり、顔だけ振り向いて答える麻香。 その言葉通り、彼女は一切壱型丙のモノに視線を向けてはいなかった。
 明らかに注意を惹くであろう、白いシートで覆われた白百合や、その奥にある三つの黒いコンテナなど、まるで見えていないかのように振舞っている。
 石井大佐のお墨付きがあるのであれば、恐らくソレラを見ても問題無いと思うのだが、彼女は一切の興味を示すことは無かった。

「そうですか・・・・・・ 失礼ですが、金谷大尉はこの機体をご存知なんですか?」

 彼にとっても、この不知火壱型丙とは思い入れのある機体だった。
 あの横浜で・・・・・・明星作戦の最中、自分と慎二を救ってくれた衛士が使用していた機体が、この壱型丙と同じだからだ。
 
「―――ええ、よく存じております。 私の夫が・・・・・・最後まで搭乗していた機体ですから」

 目を伏せ感慨深く答える麻香。 孝之はその姿を見て、自分が迂闊な質問をしてしまったことに気づいた。
 だが、彼は知らない。
 麻香の言う夫が搭乗していた機体とは、この 【壱型丙そのもの】 であると言うことに。
 石井に教えられたわけでも、ましてや機体の製造番号を確認したわけではないのだが、麻香はこの壱型丙が夫の機体だと気づいていた。
 壱型丙の総製造数は凡そ100機弱。 それは量産機としては異例の少なさであり、その全てが全く同じ形状をしていないのが、壱型丙が試作機の域を出ない急増機であったとこを知らしめている。
 頭部センサーの形状、肩部、胸部に使用されている装甲板の差異。 それは、98年と言う、BETA侵攻に晒された最中で製造された表れでもあり、そんな機体の運搬に携わった麻香は機体事の差異をよく覚えていた。 
 だからこそ麻香は気づいた。 細かいキズこそ増えているものの、この機体は間違いなく夫が最後まで使用していた機体だと。

「―――申し訳ありません。 大尉の気持ちも考えず、無神経な質問をしてしまいまして」

 そう謝罪する孝之だが、その事実に気がつかないのを責めることなど誰にも出来ない。
 戦術機とは所詮消耗品、それは中に乗っている衛士も例外ではない。
 ハードとソフト、その両者が組み合わさって戦術機はBETAを殺す剣となる。 新しいソフトを得て、再び戦場へ赴く戦術機に過去を思い出を投影し哀愁や郷愁を抱く必要は無いのだ。
 それを理解している麻香が、此処に訪れたのは単なる気まぐれに過ぎない。
 悲しみを乗り越えたといえば嘘になるが、何時までもその事実を引きずる程彼女は自分に甘い女性では無かった。
 申し訳なさそうに肩を落としている孝之を一瞥し、再度壱型丙を見上げた麻香はポツリと呟いた。

「――――――」

 小さく、か細い声で麻香が呟いた言葉を孝之は聞き取ることは出来なかったが、彼女が浮かべる寂しげな笑みを見て、迂闊な発言をした自分を更に恥じた。

 孝之は知らない、麻香の夫に自分が助けられたことを。

 孝之は知らない、今も尚、その夫に自分が守られていることを。 

 麻香は知っている、もう夫は二度と自分の前に現れないことを。

 麻香は知っている、自分が逃げた現実に妹は未だに囚われていることを。




 ―――多くの人命を奪い、多くの人の運命をねじ曲げたG弾。




 二人もまた、あの爆発に翻弄された憐れな被害者だった。






 ▽
 カムチャッキー基地 PX

「―――人材不足とは聞いていたが」

 唐突に、煙草を吸っていた上司が口を開いた。

「キール隊の彼ら、次の作戦にも同行するそうだ」

 その言葉の意味を栞が理解するよりも早く、隣に座る葵が訝しげな表情を浮かべて上司へ問う。
 
「次の・・・・・・と言うのは、試験部隊の警護ですか?」

 その問いに紫煙を吸い込みながら頷く静流。
 先日参加したブリーフィングにて知らされた、早期警戒衛星が捉えたBETA群の最新観測情報。
 エヴェンスク・ハイヴから流失したBETA群がオホーツク海を渡り、前回と同じくティギリ沿岸に上陸すると予想され、その上陸阻止作戦の最中にアラスカから来た各試験部隊が各々に課せられた実戦試験を行う手筈になっていた。
 帝国から派遣された彼女たちは、ソ連軍から選出された部隊と共にその試験部隊に随伴し、周辺警護と言う名の露払いを命じられている。

「詳細は後でブリーフィングにて知らせるが、警護の本命はジャール大隊。 試験小隊の直掩は私達とキール大隊が行う予定だ」

「―――しかしロヴァノフ大尉が指揮するキールは、先日の戦闘で戦術機の稼働率が60%まで落ちたと聞いていますが・・・・・・」

「アナディリから予備機が送られてくるらしい。 本人達も承服していない様子だったが、ソ連の上層部は今度の試験に彼らをどうしても参加させたいようだな」

「―――機体が間に合っても、搭乗させる衛士は・・・・・・」

「だから人材不足だと言ったんだよ。 大隊数に満たせない状態でも構わず参加させるんだからな。 ・・・・・・まぁ、それは私達が言えた義理では無いが」

(・・・・・・日本も日本で、余裕なんて何処にもないからね)

 そう内心で上司の言葉に同意して、栞は肩を竦めながら合成ペリメニを口に運ぶ。
 口の中に広がる合成食料特有の薬臭さ。 その味に眉をひそめつつ、最前線でも場所によって合成食料の味は違うものだなと一人納得してしまう。
 食料の問題もさることながら、各国とも人材の減少には頭を抱えているのが現状だ。
 日本は特例が認められない限り、16歳で徴兵されて軍役に就く。 早過ぎるとの意見もあるが、一応、16歳までは 【民間人】 として扱われるのだ。
 全てを共産党政府の管理下におかれ、生まれた時から民間人として扱われないこの国と比べれば、日本はまだ幸せなのかもしれない。
 国民全てが軍属、民間人などと言う言葉が存在しない国家で生きることの辛さを、彼女は想像でしか知ることが出来無かった。

「―――アクロウ中尉あたりは大丈夫なんですか? 隆のお陰で墜落こそしなかったけど、かなりまいってる様子に見えましたよ」

 ポツリと、ソ連軍の女性士官を思い浮かべながら栞は二人の会話に割って入る。

「ロヴァノフ大尉の話では何ら問題無いとのことだが・・・・・・まぁ、何かあってもそう言うしかないだろう。 問題があるなどと他国の人間に露見しようものなら、問答無用で更迭されるだろうしな・・・・・・」

 溜息混じりで返ってきた静流の言葉に、栞は一切の私情を挟まないソ連軍人の在り方に敬意を内心で送り、同時に言い様の無い悲しさを覚えた。

「辛いでしょうね・・・・・・ロヴァノフ大尉」

「そりゃ・・・・・・ね。 でも私情を挟んでいたら部下に示しがつかないし・・・・・・ 何よりBETA相手にそんな甘いことを言ってる余裕なんて無いわよ」

「それは分かってるけど・・・・・・ ソ連の体制化では貴重な自由恋愛じゃない? 本人たちの意志を無視して、政府が勝手に遺伝子プールで組み合わせたカップルじゃないのに・・・・・・」

「他所様のお国の事情に私達が首突っ込むべきじゃないわよ。 それに日本だって似たような法案が議会に提出されてるって聞くし、決められたことには従わなければいけない、そうでしょう? それにロヴァノフ大尉が本気でアクロウ中尉を思ってるなら、とっとと孕ませてアラスカへ移送させればいいじゃない」

 葵との会話に苛立を覚えた栞は、鼻を鳴らしながら乱暴にそう言い放った。

「―――懐妊には宗教的な制約や、本国での受け入れ準備もあるからな・・・・・・ まぁ妊娠すら自由に出来無いのがこの国の現状だが・・・・・・」

 二人の会話を聞いていた静流がそう口を挟み、一度紫煙を肺に入れてから二人を見据える。

「こんな場所でなんだが、何時かはお前たちに言う必要がある思っていたことがある」

 何時もの投げやりな口調を一転させ、静流は二人に何かを言い聞かせるように言葉を紡いだ。

「―――いい加減、好きなら好きとはっきり言え」

「「ッ!?」」

 目を見開いて驚く二人を他所に、静流は灰皿の底に煙草を押し付け、再び胸ポケットから煙草を取り出す。
 余裕たっぷりな上司と対照的に言われた二人は明らかに狼狽した様子で、口をパクパクとさせるだけで自分の言いたいことが言えずにいた。

「い、いきなりなんですか?」

「そ、そうです。 す、好きとかなんとか・・・・・・不謹慎ですッ!」

「お前たちに後悔して欲しくないから言ったんだよ・・・・・・上司では無く、年長者から出来る数少ないアドバイスだ」

 漸く再起動したのか、二人が額に汗を流しながら訴えた言葉に静流は苦笑しながらそう答えた。
 愕然とした表情を見せる二人たが、その表情を見るに言葉の受け取り方は全く異なるようだ。
 顔を真赤にして、狼狽えている葵。
 顔を真っ青にして、狼狽えている栞。
 そんな二人の顔を見比べ、静流は静かな口調で言葉を紡いだ。

「このご時世、何時もの明日が再び来るとは思うなよ? 今まで大丈夫だったからと言って、次の実戦で・・・・・・いや、こうしている間にも奴に何かある可能性は十分にある」

 二人には教えていないが、それでなくとも今あのグラサン男はソ連軍の将校から出頭を命じられているのだ。
 
「だから二人に言っておく・・・・・・ 思いなんてものは態度だけでは決して伝わらない、はっきりと言葉にしなければ相手には分かって貰えないんだよ。 ・・・・・・特にあの男には、オルフィーナばりのアクションを起こさないと絶対に伝わらないだろうな」

 そこで静流は言葉を区切り、煙草に火を付け紫煙を吸い込む。

「―――後で後悔しないよう、チャンスがある内に言うんだな。 ・・・・・・さて、私は少々ヤボ用が出来た。 お前たちは先に宿舎に戻って構わん」

 PXの出入口を一瞥し、伝えるのはそれまでだと言わんばかりに、静流は席を立つ。

「ま、待ってください隊長ッ!! 何か勘違いしてます、私は別に隆さんにそんな気持ちなんて!!」

 慌てて葵は静流を追いかけるのだが、栞はそんな二人の後ろ姿を呆然と見続けることしか出来なかった。

 ―――思いを伝える。

 そう考えた彼女の脳裏に様々な情景が過ぎる。
 
 親しげに、古巣である横浜の女性たちと会話をする彼の姿。

 俯きながらも、彼に付いて歩く儚げな少女。

 歴戦の衛士でありながらも、天真爛漫な笑みを浮かべて彼と共に戦ったエース。
 
 口調こそ悪いが、彼のために尽力したドイツの女性。

 そして・・・・・・自分の気持を表現することが苦手だった女性が、意を決したかのように彼に思いを伝える姿。

 ―――果たして自分は彼に自らの思いを伝えたことがあっただろうか?

 ―――果たして自分には、デンマークの姫君のように、大粒の涙を浮かべ喉が裂けんばかりの声量で彼に思いを伝えられるのか?

 モヤモヤしていた気持ちは、あの輸送機で見た光景で吹っ切れたはずだった。
 だが、静流の言うとおり、今のままの状態が今後も続くとは限らない。
 例えお互いを愛しあうことが出来たとしても、戦場に赴く自分達が何時その生命を散らすとも限らない。
 愛し、愛された程度で、神がその慈悲を向けてくれることなど決して無い。
 
(――――――ッ!!)

 戦車級にたかられ、命を落としかけたアクロウ中尉。 婚約者の危機に、悲痛な叫びを上げたロヴァノフ大尉。
 そんな先日垣間見た光景を思い出し、彼女の不安は加速する。

 【好きに生きろ】 以前、名も知らない男に言われた言葉。
 私はアレから好きに生きて来たはずだ・・・・・・ 好きに生きて、今ここにいるはずだ。

 だったら今、【私が本当にしたいことはなんなのだ】?

 栞は作戦前の貴重な時間にも関わらず、PXでその答えを暫くの間考え続けた・・・・・・





 ▽
 カムチャッカ基地・ソ連軍将校用官舎

 ―――ソビエト社会主義共和国連邦。
 1920年代に設立された世界で初めての社会主義国家。 
 米国と唯一肩を並べられる国力を持ち、東側諸国の中核を成す超大国である。
 連邦国家と名売っているが、実際は共産党政府の一党独裁国家であり、主義として掲げられる社会主義もマルクスが唱えた階級社会の脱却と言うソレとは異なり、レーニン、あるいはスターリン主義とされる独自の主張を持っていた。
 第一次、第二次大戦を利用して肥大したソ連は周辺諸国を衛星国として取り込み、ワルシャワ条約機構など東側諸国のリーダーとしてNATOを初めとする西側諸国と対立した。 対立は冷戦構造を生み出し、朝鮮戦争やベトナム戦争と言った代理戦争を勃発させ、両陣営がこぞって開発した核兵器は世界の終末を予感させる代物だった。
 スターリン死後、新たな指導者となったフルシチョフの采配で、ソ連は独裁国家としての道を脱却しようと足掻いたものの、後任であるブレジネフによってソ連は再び階級社会としての独裁的政策を進めることとなる。
 蔓延する官僚腐敗によって引き起こされた経済不況、食料問題、国際社会での信用の失墜。 人民は長年に渡る圧政に苦しめられ続けたが、ミハイル・ゴルバチョフ政権が推し進めたペレストロイカとグラスノスチによって政治体制の改革が行われることになる。 だが、その改革によって民族運動が活発化し、連邦からの独立を求める動きが共和国内部で次々に起こったが、ゴルバチョフはソビエト連邦が有していた権限を各国へ譲渡し、民主的な手段による各共和国との調整を進めた。
 1983年、ゴルバチョフは新ベオグラード宣言によってブレジネフ・ドクトリンを否定し、東側諸国の本格的な民主化を初め、1989年には当時のアメリカ大統領、ジョージ・H・W・ブッシュとマルタで会談し、長きに渡って続いた冷戦の集結を宣言した。
 そして1991年、ウクライナの独立を持ってソ連は主権国家としての意味合いを失い、同年12月26日、ソビエト社会主義連邦共和国は崩壊した。
 
 ―――そんな、義務教育で学習した程度の情報を脳裏に羅列しながら、彼・・・・・・社隆は目の前に座る女性将校を見据える。

「・・・・・・・・・」

 女性将校、この部屋の主であるフィカーツィア・ラトロワ中佐は彼が入室してからと言うもの、 「少し待て」 と告げ、机の上に並ぶ書類に次々と目を通し、判を押し続けている。
 隆は自分の上司もコレぐらい書類仕事をテキパキとやってくれればなと、そんな期待出来無い希望を抱きながら、まだ終わりそうにない書類整理から目を逸らし、直立の姿勢を保ったまま目線だけで室内を見回した。
 とは言っても、室内に彼が興味を持てるような代物は皆無だった。
 部屋の主が今座っている事務机、応接用の机とソファ、壁に並ぶ勲章や何らかの記念品の数々、将校用の部屋としてはやや狭いような気がする室内にあるのはそれだけだった。
 殺風景な室内の光景に内心で嘆息しながら、数少ない調度品である勲章や記念品に目を向けるも、生憎と隆はロシア語は解読出来ないので、ソレが何なのか理解することは出来なかった。
 ―――唯一、事務机の上にある伏せられた写真立てが気にはなったものの、書類整理を終えたラトロワの姿が目に入り、再び彼女に注意を向けた。
 
「―――すまなかったな。 呼び出した上に待たせて」

 彼女は書類を束ね、悪びれたように肩を竦めながら隆にそう言った。

「―――いえ。 中佐殿の流れるような手際の良さを拝見できて光栄です」

「ふん、世辞の上手い男だ・・・・・・ 座ってかまわんぞ」

 苦笑する彼女にそう促され、隆は来客用とおぼしきソファに腰を下ろした。
 ニコニコと愛想笑いを浮かべているものの、彼の頭の中では今現在コード991が鳴りっぱなしだ。
 何故? と幾度となく浮かんだ疑問が脳裏に浮かぶ。
 つい小一時間程前、機体調整を終えPXに向かった際にロヴァノフ大尉に呼び止められ、先日要注意人物にリストアップしたばかりのラトロワ中佐が自分を呼んでいると告げられたのだ。
 一体何の用があって彼女が自分を呼び出したのかさっぱり検討がつかない。
 
「作戦の前後は書類が増えて困る。 優秀な秘書官でもいれば話は別だが、私如きの立場ではそれは無理な話だからな・・・・・・」

 そんな卑下とも愚痴とも取れる言葉を吐きながら、ラトロワは一本の葉巻を手に隆とは反対側のソファに腰を下ろした。
 
「―――もっとも欲しているのは人材。 それは日本もソ連も変わらないのでしょうね」

「ああ、その通りだ。 ―――だからこそ、貴様をこうして呼び出したわけだが」

 シュポっとジッポで葉巻に火をつけながら、ラトロワは隆を見据えてそう呟いた。
 その瞳を見て、隆の警戒レベルが更に上げる。
 
「一つ聞くが、日本の衛士は諜報の真似事までするのか?」

「・・・・・・・・・・・・へ?」

 予想外の質問に、隆の脳裏が?で埋め尽くされる。

「―――ふん、真っ向から貴様は 【スパイ】 か? と聞かれて答えるバカはいないだろうが・・・・・・ その態度を見るに、何時ものコミッサールの早とちりか」

「へ? は? スパイ?」

 鼻を鳴らし、聞きなれない相手に向けて嘲笑を送る彼女の話に隆はついていけない。
 ラトロワはそんな目の前の男の態度に、もしこれでスパイなら大した演技だと内心で賞賛を送り、苦笑しながら隆にある事実を告げた。

「社・・・・・・隆とか言ったな? 貴様は我が党の政治将校達に目を付けられているんだよ。 その理由は・・・・・・自分の胸に手を当てれば凡その察しは付くな?」

「・・・・・・いえ、まったく」

 呆然とした面持ちで答える隆を見て、ラトロワは先程下した彼の評価を下方修正した。

「私の部下と随分親しげじゃないか・・・・・・ お陰で私まで疑われたぞ」

「親しげ・・・・・・ですか? ・・・・・・少し話して、飴を渡しただけで?」

「貴様の国では問題にならんのかもしれんがな、この国では他国の人間とそのような接し方をすれば十分疑いの対象になるんだよ」

 そう事もなげに言い放たれ、隆はやはりこの国の常識が自分の尺度では測れないと実感した。
 正直、スパイか? と言われたことに気づいた瞬間は、この世界にいた金谷隆のことを思い出し、ついにテロリストとして捕まるのかと内心で冷や汗を掻いたのだが、どうやら目の前に座るソ連の女性将校は何やら見当違いの想像をしていたようだ。

「―――ラトロワ中佐。 それでしたら、今こうして自分と話している事実は、あなたにとって由々しき事態なのでは?」

「―――ロシア人としての経歴を気にするのであれば確かに貴様の言うとおりだが、これも命令の一環なんだよ・・・・・・ お前に付いての報告書を作成しろとな」

「報告書・・・・・・で、ありますか?」

「ああ、実際の処、未だに貴様が生きていることが私には驚嘆だよ。 他国の人間といえど、事故に見せかけて殺すぐらいは簡単にする連中もいるからな。 なのに、そんな連中が慎重になってお前の周辺を探っている・・・・・・何らかの取引が日本とあったのか、それとも貴様には余程力のあるパトロンでもいるのか・・・・・・」

 パトロンとの言葉に、隆の最大の理解者であり横浜にて絶大な権力を持つ女性の姿が彼の脳裏に過ぎる。

「―――その表情を見るに、心当たりはあると言うことか・・・・・・ 見かけどおり、喰えん男だな貴様は」

 紫煙を吐きながら告げるラトロワの瞳が、警戒しているかのようにスッと細くなる。

「あ、いえ・・・・・・ 心当たりが無いと言えば嘘になりますが、誤解です。 自分は他意があって中佐の部下と接触したわけではありません」

「・・・・・・それを信じろと?」

「信じるか信じないかはソチラの受け取り次第ですが・・・・・・ 【子供】 と遊ぶのに、理由が必要ですか?」

 子供、との言葉を聞いて、彼女は改めて隆の顔を見る。
 入室してから一度も外す気配が無いサングラスのお陰で目元は見えないが、肩を竦め呆れた様子に見える男の言葉がどこまで本気なのかを、彼女は見極めようとした。

「子供・・・・・・か。 中尉、貴様は我が祖国についてどれだけのことを知っている?」

「―――申し訳ありません。 失礼を承知でお答えしますが、私は貴国の現状に付いてそれ程深い知識を持ちあわせておりません」

 隆が知っているソ連は、この世界とは別のソ連だ。
 十八番の口八丁で乗り切ろうかとも思ったが、目の前の女性にソレが通じるとは到底思えず、彼は正直にそう答えた。

「ふむ・・・・・・ 我が祖国に民間人が一人として存在していないことは知っているな?」

 自分の答えで気分を害するかに見えたのだが、彼女は特に気にした様子も無く、事実を確認するような口調で彼に質問してきた。
 「はい」 っと隆が答え頷いたのを見て、ラトロワは自身にとって本意では無いのだが、指揮官として告げなければならない事実を彼へ伝えた。

「ならば結構。 中尉もそれが分かっているのであれば・・・・・・連中を 【子供】 などと不抜けた言葉で呼ぶな。 政策に従っているとは言え、我々は我々の信念の元に軍務に就いている。 その責務を、その誇りを、根底から覆すような温い言葉を連中に吐かれるのは迷惑だ」

「―――ッ!!」

 静かなラトロワの剣幕に押され、隆は思わず息を飲んだ。
 そして告げられた言葉で、ソビエト連邦と言う国の本当の姿を垣間見たような気がした。
 
「―――中佐は・・・・・・彼らを年相応の子供として扱ったことはないんですか?」

「―――それは貴様に答えねばならん話か? だが・・・・・・そうだな、一つ教えてやる。 何時死ぬか分からない部下に愛情を注いだとして、ソレを失い続ける辛さに人が耐えられると思うか?」

「それは・・・・・・」

 YESとも、NOとも、隆は答えることは出来なかった。
 状況を想像することは出来る。 だが実際のその状況に自分が置かれたことが一度も無い彼は、何も答えることが出来ず口篭ってしまった。
 狼狽する隆の様子を見て、ラトロワは心底呆れ果てたように溜息と共に紫煙を吐き出す。

「ふん・・・・・・ 存外、甘い男のようだな貴様は。 そのサングラスは甘い自分を隠すための仮面か?」

「・・・・・・考えすぎです中佐。 俺は中佐の言うとおり、ただの甘い男ですよ」

 彼もまた、何も答えることが出来無い自分自身に呆れていた。
 何時まで、自分の尺度で物事を見ている気だと。
 自分の価値観が、この世界で通用しないことなんて今に知ったことではないだろう。
 それが分かっているくせに、何時になれば自分はこの世界の現実を見て違和感を感じ無くなるのだろうか?

(―――馬鹿か俺は)

 元の世界に帰るのに、この世界の常識なんて必要無い。
 なのに俺は、この世界の一員になれないことを嘆いている。
 俺は本当に・・・・・・ 元の世界に帰りたいと思っているんだろうか?
 この世界に来て、もうそろそろ一年になろうとしている。 だが、今の今まで、元の世界に戻る何らかの方法を見つけることや、夕呼からその件についての連絡が何も無かった。
 【因果】 を探せと彼女は言った。
 自分をこの世界に呼びこむ原因となった因果を見つけろといったが・・・・・・皆目見当がつかない。
 だから無意識の内に、もう元の世界には戻れないと諦めているのかもしれない。
 この世界で生きていくことを・・・・・・覚悟しているのかもしれない。

「―――ッ」

 ギリっと、隆は強く奥歯を噛んで小さく頭を振った。 その姿をラトロワが怪訝そうに見ているが、彼は構わずに自身の考えを否定した。
 お前の覚悟はその程度だったのかと。
 この世界に骨を埋め、向こうの世界を無かったことにしたいのかと。
 麻美との思い出と、全て無駄にするつもりかと。
 結婚まで申し込んだ、麻美への気持ちはなんだったかと。

 ―――諦めない、諦めるわけにはいかない。

 どんなに慣れても、この世界は自分の世界では無い。
 必ずあの世界に帰る、例え何年かかろうとも必ず帰って麻美にもう一度会いたい。
 何が 【因果】 だ。 こんな世界に引きずり込みやがって、いらぬ経験を幾つもさせやがって、決して忘れることが出来無い記憶を植えつけやがって。 もし、その因果とやらを見つけたら、一発ぶん殴ってやらないと気が済ますない。

「―――随分と思い悩んでいるようだが・・・・・・安心しろ。 これ以上余計な真似をしなければ、貴様の身に何かが起きる可能性は少ないだろう」

 ラトロワにそう声を掛けられ、隆は没頭しかけていた思考を中断し、曖昧な笑みを浮かべて頷いた。

「はい、肝に銘じておきます。 ご忠告ありがとうございました」

 深々と頭を下げて感謝の意を示す隆へ、ラトロワは 「かまわんよ」 と言って葉巻を咥える。
 話はそれだけだったらしく、隆は立ち上がって彼女へ敬礼を送り退室しようとしたのだが・・・・・・

「―――中尉、一つ聞いていいか?」

 紫煙を吐き出し、ラトロワは背を向けた隆へ声を掛けた。

「―――他意がないのであれば、何故あの連中と懇意にしようとした?」

 衛士、いや軍人として何処か歪な男が、何のために自分の部下と接触したのか。
 短い間ではあるが隆を観察していたラトロワは、どうしてもその答えを見つけることが出来なかった。

「・・・・・・えっと・・・・・・」

「連中が、先程貴様が言った 【子供】 だったからか? そうなると・・・・・・考えたくはないが、貴様は随分と特殊な性癖を持っているようだな。 ふむ・・・・・・コミッサールの連中とは別の理由で、私は貴様を警戒すべきか・・・・・・」

 言いよどむ隆の姿に真剣な顔でそう呟いて考えこむラトロワだが、隆は必死に首を横に降った後、一瞬の逡巡を交えながら口を開いた。

「まぁ、その・・・・・・なんて言いますか・・・・・・ 重ねてしまったんですよ」

「重ねる? 何にだ?」

「―――妹です。 俺には妹・・・・・・っても義妹がおりまして。 その娘がロシア人だったから・・・・・・中佐の部下にその面影を重ねてしまったんです」

 言い難そうに、それでいて照れくさそうに話す隆を見て、ラトロワは彼の言う言葉を信じてみるのもいいかもしれないと思った。

「そうか・・・・・・ 妹の生まれは?」

「それが・・・・・・話してくれないんです。 言いたくないとはっきり言われまして・・・・・・ 知らないのは寂しいんですが、無理に聞くのもなんだか悪い気がして・・・・・・」

 彼の返答にラトロワは内心で納得していた。
 その妹とやらは、恐らくユーラシアからアラスカ以外に脱出したロシア人の一員だろう。
 サハリンを通り、多くの同胞が日本へ亡命したのは知っているが、その後彼らがどうなったかまでは彼女の知るところでは無なかった。
 逃げ延びた先が、先の大戦で敵対した日本と言う事実を踏まえ、亡命者の多くは世間の目に触れない場所で、過酷な労働にでも就かされていると彼女は想像していた。
 だがどうだ? 目の前の男は同胞を過酷な労働に、もしくは虐待するような人間だろうか?
 答えは否。 短い時間とは言え、彼を観察したラトロワはその結論を確信していた。
 もし逃げ延びだ同胞が全て、こんな男がいる家に引き取られるのであれば、日本へ行った同胞は幸せだろう。
 ロシア人の娘を養子に持つ彼の背景が気にはなったが、妹がソ連にいた頃の話をしたがらないのは、祖国で経験した様々な出来事を思い出したく無いからだろう。
 悲惨、その一言で片づけられないほど、ユーラシアから脱出する際の混乱は過酷なものだった。
 アラスカと言う名ばかりの新天地。 聞こえはいいが、住み慣れた土地を追い出された国民の不安と焦燥が齎した様々な悲劇は、多くの悲しみと犠牲を生んだ。

 ―――ソ連を統治する共産党政府は、その犠牲すら全て織り込み済みだったようだが、

「なるほど・・・・・・ どうやら日本は、私が思っていたよりもいい国のようだな」

 心からそう思い、彼女は目を伏せてそう呟いた。

「そうでしょうか? ・・・・・・同じ最前線、日本も此処とさして変わりはありませんよ」

「それでもだよ。 どうやら貴様には礼を言わねばならんようだな・・・・・・ 同胞を受け入れてくれたこと、感謝する」

「い、いえ、コチラこそ・・・・・・ あんな可愛らしい子が妹になってくれて嬉しいやら勿体無いやら・・・・・・って、何言ってるんだ俺は」

 当然頭を下げたラトロワの態度に慌てる隆。 彼女はそんな隆の姿を見て初めて微笑を浮かべ、彼が部屋から出て行く間際、彼の耳にまでは届かない小さな声でポツリと呟いた。

「―――私の子も、貴様のような上司に恵まれていればいいのだがな」






 ▽
 第三特設格納庫・衛士詰所

「へぇぇぇぇ、ってことはアレか? TYPE94はこうガッ―――っと来て、ズバッ―――って来る感じなのかッ!?」

「ちゃうちゃう!! ええか!? 不知火って機体はな、ズザッ―――って感じで、ガキガキって感じなんやッ!!」

「そうか!! ガキガキッ!! て感じなのか!!」

 などと詰所の片隅で繰り広げられている不可解な会話。
 第三者が聞いてもさっぱり理解出来無い内容なのだが、会話をしている当人達の間ではきちんと会話として成立しているらしい。
 整備員や計画関係者が苦笑いを浮かべながらも遠巻きで見ているその二人とは、日本帝国において斯衛軍にすら一目置かれるほどの衛士である川井洋平中尉と、ネパール軍から出向中の試験衛士、タリサ・マナンダル少尉だ。
 人種だけでなく、所属や年齢までもが違う二人なのだが、顔合わせをしたのが30分前とは思えないほど意気投合していた。
 会話の切っ掛けは些細なことだ。 プロミネンス計画の一員として日米合同で行われているXFJ計画に協力しているタリサだが、今回行われる試験が終了後、自身の乗機がF-15ACTVからユウヤとは別の弐型に変更になると耳にし、帝国軍から派兵された衛士に不知火の話を聞きに来たのが始まりだった。
 本来であれば同型機を運用しているユウヤに聞くのが一番なのだろうが、不知火を現場で運用している人間に聞いたほうが、より実戦での感覚を感じ取れるとタリサは判断したのだ。
 お互いが最前線国家に属しているからこそ気心が通じるのかもしれないが、こういった柔軟性を垣間見ると彼女が試験衛士としての適性に優れているのが見て取れる。

「―――申し訳ありません桐嶋中尉。 あの子、戦術機の話になると何時も止まらなくて・・・・・・」

「―――いや、気にしなくて結構だ。 アイツも色々と話したがってたからな・・・・・・お互い様だ、ブレーメル少尉」

 そう洋平とタリサの傍らで肩を竦めながら呟き合うのは、桐嶋久志中尉とステラ・ブレーメル少尉。
 こちらもまた祖国が日本とスゥエーデンと違う二人なのだが、物事を傍観的に見合う性格が似ているせいか、洋平やタリサと同じように談笑しあっていた。

「ステラッ、聞いてくれよ!! TYPE94って面白そうな機体だぜ!! ユウヤが乗ってるのを見て思ってたけどさ、ACTVとは違う意味で乗りこなしがいがありそうだッ!!」

「そんなに興奮しないの。 F-15Eから帝国軍機への乗り換に苦戦してたユウヤをあなたも見てたでしょ? 自分で思ってるほど簡単じゃないわよ、きっと」

「ふむ・・・・・・スペック表で見せてもらったが、あのACTVって機体を十二分に扱えるなら、不知火に乗り換えてもそう手こずるとは思えないが?」

「そや、久志の言う通りやで。 帝国軍機の特徴はそのトルク特性や、ぶっといトルクを持ってるACTVで繊細な機動ができるなら、不知火の機動特性も直ぐに掴めるはずや。 空力やなんやもあるけど、ようはスロットル操作の問題やからな」

「むふふふ~♪ まぁな~あたしが乗ればTYPE94をあんたら好みの機体に仕上げてみせるぜ!!」

「―――まったく ・・・・・・調子に乗ってこの子は」

 自身の腕に賛辞を送られ、タリサは上機嫌な様子で鼻を鳴らした。 そんな彼女の姿に呆れるステラだが、やはり仲間の腕が認められたことは彼女にとっても嬉しいのか、言葉とは裏腹に表情には微笑が浮かんでいた。

(―――試験衛士はいいね、テストだけやってればいんだし)

 そんな四人の姿を遠くに眺めながら、彼女・・・・・・杉原真奈美は頬杖を突きながらそんな言葉を胸中で呟いた。
 同じ試験部隊であるインパルスの姿を知っている真奈美は、試験衛士としての仕事を馬鹿にしているわけでは無いのだが、今の彼女は手放しに彼らの仕事に賛辞を送る気にはなれなかった。

「・・・・・・」

 チラリと、詰所の窓から見える弐型に目を向ける。
その瞳に宿るそれは、新型機の姿に憧れる憧憬では無い。
 あるのは嫌悪と疑念、真奈美は弐型の存在自体に強い拒絶感を覚えていた。
 彼女に取って弐型は鏡写しの自分。 それを間近で見ていると、現実を突きつけられているような気がして酷く気分が悪くなる。
 ―――だが、今の彼女を一番不快にさせている原因は実は弐型ではない。

「おい、ユウヤッ!! お前もちょっと話にまざれよッ!!」

「―――パスだ。 悪いがそんな気分じゃない」

 上機嫌なタリサの誘いをやんわりと断る男。
 弐型の首席試験衛士である、ユウヤ・ブリッジス少尉。
 彼は話の輪に入るでもなく、真奈美が座っているパイプ椅子の傍にあるロッカーに寄りかかりながら、退屈そうに弐型を見上げていた。

(―――なんで此処にいるんだろう・・・・・・この人)
 
 その疑問が、先程から真奈美の胸中に渦巻いていた。
 ユウヤとしては、一番この場所が弐型を見るのに適した場所だという単純な理由なのだが、それに真奈美が気付くはずがない。
 何となく居心地の悪さを感じながら、真奈美は脇目でユウヤを一瞥する。
 試験衛士にしては協調性の無い人間、それが真奈美がユウヤに抱いた第一印象であり、それは今になっても変わってはいない。
 洋平や久志と談笑する二人の試験衛士。 繰り広げられているのは取り留め無い会話かもしれないが、コミニュケーションを取ることで、互いに必要な情報を交換しあっているはずだ。
ユウヤは不知火の改良型の開発に携わっているのだから、現場で不知火を扱っている自分たちに積極的に意見を求めてもいいはずなのだが、顔合わせをした先日から今まで特に質問らしい質問を何もしてこない。
 きっとプライドが物凄く高いのだろう。 静流から彼が米軍の教導隊出身と聞いていたので、真奈美はそう思うことにしていた。
 協調性が無いと思ってしまうのも、彼をきっと同じ 【日本人】 として見ているせいだ。
 外見に東洋人の特徴があったとしても、彼の血の半分はアメリカ人の血であり、彼が生まれ育った場所は平和なアメリカ本土だ。
 価値観の押し付けは良くない。 真奈美は自分にそう言い聞かせ、此処にいても退屈なだけなので上司がいるPXに向かおうと思った矢先、

「―――お前見たいなのが、不知火に乗ってるのか」

 そうユウヤがポツリと呟いた言葉を耳にし、真奈美は踏み出そうとした足を止めた。

「―――私が不知火に乗ってると、何か問題があるんですか?」

 突然 「お前」 よばわりしたユウヤに向けて、はっきりとした不快の意志を込めて真奈美は返答した。
 そのことに気づいているのかいないのか、ユウヤは弐型と真奈美を見比べながら言葉を続ける。

「いや、ソ連の連中も同じだが・・・・・・ユーラシア、いや最前線ってのは子供が戦場に立つのが当たり前なんだな・・・・・・」

「ッ!? 当たり前・・・・・・? 好きで・・・・・・戦場になんて行くわけないじゃないですかッ」

 必死に怒りを押し殺し、震える声で答える真奈美。 
 本当なら叫びたい、巫山戯るなと大声で伝えたい。
 だが、目の前の男にとってその事実は紛れもなく他人事であり、叫んだ所で自分の気持を理解してくれるとは到底思えない。
 
(・・・・・・くッ)

 頭に鈍い痛みが走る。
 それが、欧州で経験した戦場を思い出そうとすると起きる頭痛だと真奈美は知っている。
 後催眠と薬によって無かったことにされている記憶。 その記憶を考えると決まってその頭痛が起きるのだ。

「それでもお前達は、祖国の忠義とやらを胸にBETAと戦うんだろう? ・・・・・・愛国心は分かるが、子供にまでその理想を押し付ける日本は間違いなく何処か歪んでるな」

「・・・・・・誰かのために剣を持つのは愚かだと、ブリッジス少尉はそう言いたいんですか?」

「そうは言わない。 ・・・・・・合理的に動けず、くだらない思想や理念に縛られたお前たちが不憫だと、俺は言いたいんだよ」

「不憫? 私達が不憫・・・・・・?」

「ああ、弐型・・・・・・TYPE94の仕上がりは良くなってきたが、元々のポテンシャルを考えるとアレに乗ることを余儀なくされている日本の衛士は本当に不憫だな。 だが、弐型が完成すれば衛士の損耗率は間違いなく減少する。 そうなれば、お前みたいな子供が戦場に立つ必要はきっと無くなるさ」

 そう真奈美に告げたユウヤは、自信あり気な笑みを浮かべた。
 今言った言葉はユウヤの本心であり、決して皮肉や悪気などは含まれていない。
 日本人を毛嫌いしていた彼だが、唯依や第参開発局の人間と知り合うことで、彼の中の日本人像は以前と比べて随分と軟化している。
 だからこそ、彼なりに真奈美たちの現状を憂い、自信を持って開発に着手している弐型が完成すれば、彼らの現状を少しは打開できるだろうと思い、そう口にしたのだ。

 ―――元々、他人の心を気遣う気持ちが皆無だった彼にして見れば、それは大した進歩なのだが、正直、今は慣れないことをするべきではなかった・・・・・・

「―――何が、弐型ですか」

「?」

「―――貴方が後生大事に仕上げている不知火・・・・・・ ソレを日本の衛士が心から待ち望んでいると思っているなら、それは貴方の傲慢です」

 真奈美はもう堪えきれず、静かな怒りを見せながらユウヤを睨みつける。
 ユウヤとしても真奈美の反応は予想外だった。
 弐型の開発は、現状の不知火の性能に不満を持った日本の衛士の総意だと思っていたからだ。
 試験衛士として計画への協力を要請された以上、己の責務を果たすべく尽力していた彼だが、その根底を揺るがす言葉を真奈美は吐き出す。

「―――不知火は・・・・・・日本の戦術機です。 それを、日本を見捨て、G弾で多くの人命を奪った貴方達が、平気な顔で弄繰り回した不知火を、私達が好意的に使うと本気で思っているんですかッ!?」

 無け無しの理性を総動員していた真奈美だったが、ついには堪えきれずに声を荒らげてしまう。
 談笑をしていた四人が二人の様子に気づいたようだったが、真奈美は構わずにユウヤを睨み続ける。

「・・・・・・」

 真奈美の剣幕に押され、後ずさることしか出来ないユウヤ。
 そんな彼に殺意すら孕んだ視線を向け、真奈美は吐き捨てるように呟いた。

「―――例え弐型が完成しても・・・・・・・・・・・・ 私は貴方のような人が作った機体には、絶対に乗りません」







 ▽
「―――どう思いますか、同志タイラスキー?」

「―――ブリッジスの鈍感さは知っていたが、まさかアレほどとは・・・・・・」

「―――俺的にはアレでも随分改善したと思うんですけどねぇ」

「―――同志ヴィンスキー。 確かに俺もそう思うが・・・・・・ アレはマズイ。 奈華宮大尉に聞かれてたら 【指の関節を一本一本丁寧に外される】 並にマズイ」

「―――恐ろしい。 大尉がソ連に同行しなくて本当に良かったわけですね」

「―――ああ、俺たちにとってもお前たちにとっても今の状況は幸運以外の何ものでもないん。 ・・・・・・ん? 同志ヴィンスキー、同志ヴァレスキーは何処に行った?」

「―――はッ、先程PXに帝国軍から派兵された三人の美女がいると聞き、無謀にも単身で乗り込んでいきました!! 特攻は日本だけの専売特許では無いとのことですッ!!」

「―――バカが早まりやがって・・・・・・俺達も行くぞ!! 同志の手柄は皆のもの・・・・・・違うッ!! 同志の死を無駄にしないためだ!!」

「―――了解でありますッ!!」

「―――何やってるんですか? 平中尉にローウェル軍曹」

「「ッ!?」」

「―――今回、暇だからって油売ってると大尉にその旨報告しますよ?」

「ま、待ってくれ!! 七瀬、後生だからそれだけはやめてくれ!!」

「―――ローウェル軍曹、出撃は明日なのに随分と余裕ですね? 受け持ち機の最終チェック、報告書が上がってきていないと篁中尉が探していましたよ」

「げッ!! 今、唯依姫の機嫌を損ねるのはマズイッ!!」

「―――ちなみに二人とも。 ジアコーザ少尉なら向こうで項垂れてます。 手に火傷を作って」

「「おお、同志ヴァレスキーよ。 失敗したのか、なんと情けない・・・・・・」」

「―――いつまでバカやってるんですか、早く自分の持ち場に帰ってください・・・・・・はぁ」








 ▽
 カムチャッキー基地・第8格納庫付近

「懸念が現実になったか・・・・・・ あれだけ静流さんに言われてたのに、迂闊だなぁ俺ってやつは・・・・・・」

 トボトボと力無い足取りで宿舎へ向かう隆は、先程のやり取りを思い出して自己嫌悪に陥っていた。
 彼の不安は杞憂に過ぎないのだが、ソ連と言う、ある種閉鎖的な空間にいるせいで何時も通り物事を楽観視することが出来ないのだ。

(―――何事にもポジティブシンキングが俺のモットウなんだが)

 そう内心で考え、はぁ、っと溜息を付いてしまう。
 実際のところ、彼は彼自身が思っている程ポジティブな思考を持ち合わせてはいないのだが、物事を全て他人事として考える自身の気質だけは自覚しているが故に、彼は自分自身をポジティブな人間だと勘違いしている。
 義妹の身の上に憂い、戦場の光景を見て精神に失調を来すような繊細な精神を持つ彼が、本当の意味でポジティブな人間であるはずがない。
 
「ま・・・・・・ 一応静流さんには報告しておくか・・・・・・」

 ポリポリと後頭部を掻きながらその結論に達し、宿舎へと戻る足を速める。
 上司に目立つなと再三注意されている以上、先日のような揉め事に首を突っ込むのは論外だ。
 此処は国連管轄区だがれっきとしたソ連の領土であり、ソ連とは社会主義で秘密主義な国だ。 さっきの中佐殿のようにおっかない人が犇めいているに違い無い。
 そんな誇張した思い込みを胸に、周囲に目を向ける事無く通用路を早足で進む隆だったが・・・・・・

 ―――彼はいつだって、物事の渦中に巻き込まれる運命にある。

「―――止まれ」

 不意に横手から投げ掛けられた言葉。 それが自分に向けられたものだと最初は気付かなかったが、隆は刺すような視線を感じて歩調を緩め、ゆっくりと顔をそちらへ向ける。
 薄暗い通用路の奥、街灯の灯りがギリギリ届く場所に一人の女性が立っていた。

(―――はて?)

 女性の姿を見た瞬間、隆の脳裏に疑問が過ぎる。
 見覚えがある女性だ。
 つい先日、震えながら地面に座り込んでいた女性なのだが、今は刺すような視線と剣呑な雰囲気を全身から醸し出しており、一瞬同じ女性とは思えなかった。

「ああ・・・・・・ ブリッジス少尉の彼女さん」

 殺気、のようなものを肌で感じながらも、そう呟く隆。
 言った直後、再び彼は自分の迂闊さを呪い、その言葉を耳にした女性が露骨に眉根を寄せたのを見て、更に後悔した。
 よく分からないけど殺されるかもな~ と、隆が額に冷や汗を流しながら考えていると、女性はゆっくりと彼に近づきながら口を開いた。

「意味が良くわからない・・・・・・ ブリッジスの彼女とはどう言う意味だ?」

 怒りで眉根を寄せたのではなく、言葉の意味を理解出来なくて顰めっ面をしたようだ。
 それを察した隆はがっくりと肩を落とし、国によって言葉の言い回しに違いがあるもんだと、改めて実感した。

「―――いや、なんでもない。 ・・・・・・もう大丈夫なのか?」

「なにがだ?」

「なにがって・・・・・・・・・ まぁ見た感じ、大丈夫っぽいから別にいいけど」

 ジャール隊の年少兵に絡まれ、震えるほど怯えていたはずなのだが、今の女性の立ち振る舞いにあの時の脆さは見受けられない。
 克服したのか、それとも強がっているだけなのか・・・・・・きっとそのどちらかなのだろうと隆は考え、女性に感じた違和感を脳裏から締め出した。

(ふむ、先日も思ったけど・・・・・・ やっぱり何処と無く霞に似てるな)

 近づいてくる女性を眺めながら、記憶にある義妹の姿と女性の姿を比べる隆。
 年齢、体格、髪や瞳の色等、外見的な霞との類似点は少ないのだが、雰囲気・・・・・・が良く似ていると隆は思った。

(本人は意味が理解できなかったっぽいけど、あの様子を見る限り間違いなくブリッジスといい仲だよなぁ・・・・・・・・・ 霞と似てる女の子かブリッジスといい仲・・・・・・ なんだ・・・・・・この言いようのない不安感は)

 先ほどとは違った意味で額に冷や汗が流れる。
 それは俗に言う、娘を何処かの馬の骨に掠め取られるお父さんの心境に近いものがあるのだが、隆は目の前の女性は霞とは別人だと自分に言い聞かせて雑念を振り払った。

「ブリッジスには後で嫌がらせを・・・・・・ゲフンゲフン それで、少尉は俺に何か用でもあるのかな?」

 大人気ない本音を少しだけ漏らしながら、女性が纏うフライトジャケットの襟に光る階級章を目ざとく見つける隆。

「―――いや、私は貴様に用件など無い」

「―――あっそう。 ・・・・・・なんだんだ? ブリッジスと言いこの子といい、試験小隊の連中は揃いも揃って口の聞き方がなってないぞ・・・・・・・・・俺が言えた義理じゃないが、これで問題にならないのか?」

 っと、昨今の若者の無礼さにブツブツと文句を言っていると、鈴が鳴っているような声音が女性の背後から聞こえてくる。

「―――クリスカ、わたしがはなしてもだいじょうぶ?」

「―――本当にこの人なのか? イーニァが言う、サングラスを掛けた東洋人はこの人しか見つけられなかったけど・・・・・・」

「うん、このひとだよ。 しんぱいしないでクリスカ」

「・・・・・・わかった」

 渋々と言った様子で女性が頷き体を横にどけると、その背後にいた少女の姿が隆の視界に入ってくる。

「ッ!!」

「こんにちは・・・・・・えっと・・・・・・さんぐらすのひと」

 隆の動揺を他所に、辿々しい口調で挨拶してくる少女。
 最初に話しかけてきた女性よりも幼い容姿を持った少女は、先程よりも深く義妹の姿を連想させた。

「あ、いや・・・・・・ こんにちは」

 一瞬、今度は本当に霞が現れたのかと思った。
 最近霞分が足りてないから禁断症状が出ているのかもなと、笑えない冗談を内心で考えながら取り繕った笑みを浮かべる隆。
 似ている・・・・・・と言ったが、少女もまた霞とは雰囲気が似ているだけで、容姿はそれほど似てはいない。
 特に瞳が、霞とは決定的に違う。
 霞は自分の感情を表すことが苦手だ。 だから自分自身に自信が無いのか、瞳はつねに不安で揺れている。
 だが今目の前にいる少女の瞳から感じ取れるのは、無垢で無邪気な子供のソレ。

(霞よりも・・・・・・マユちゃんに近いのかもな、この子は)

 霞と同じく、久しく会っていない少女のことを思い浮かべていると、

「―――あなたが、おにいちゃんなの?」

 キョトンと隆を見上げながら呟く少女。
 その姿を見て、隆の脳裏にマユと初めて出会った時のことが思い出される。

「―――おにいちゃんか、久しく聞いてなかったな・・・・・・ 確かに俺には妹がいるよ」

 霞やマユのことを考えていたせいで、隆は少女の呟きが持つ意味を正しく理解していなかった。
 だが少女は返ってきた答えに疑問を挟むことはなく、ニッコリと笑みを浮かべて言葉を続けた。

「うん、やさしいおにいちゃんなんだね、さんぐらすのひとは」

「さて・・・・・・どうだろう。 優しさと甘さは違うから、俺が優しいお兄ちゃんなのかは自身を持っては言えないな・・・・・・ 未だに霞との約束も守れてないし」

「やくそく? やくそくはまもらないとだめだよ?」

「そうだね、後でちゃんと謝っておかないと・・・・・・ それで? 君は俺に何か用でもあるのかな?」

 コチラから聞かないと何時まで経っても本題に入らない。 そう判断した隆は苦笑しながら少女に問いかけると、少女は何かを思い出したのような顔を見せた後、ペコリと一礼して感謝の言葉を隆に告げた。

「こないだはありがとう、さんぐらすのひと」

「いや、知り合いってほど知り合いでもないが・・・・・・知人が迷惑を掛けてるのを止めただけだから、礼を言われる必要はないんだけど・・・・・・ そのサングラスの人っての、止めてくれないか? 一応、俺には社隆って名前があるんだ」

「??? さんぐらすのひとはおにいちゃんじゃないの?」

「えっと・・・・・・ 君からも言ってくれないか?」

 隆は不思議そうに自分を見上げる少女に困り果て、少女の背後で沈黙し続けていた女性へ思わず助けを求めてしまう。
 無邪気な少女と違い、鋭い目付きで隆を警戒していた女性は、その姿勢を崩さずそっと少女に声を掛けた。

「イーニァ、サングラスは人の名前じゃないのよ。 おにいちゃんって言葉も個体識別用の名称とは違うから」

「でも、マユはおにいちゃんっていってたよ? ちがうの?」

「―――マユ? 君たちはマユちゃんと知り合いなのか?」

 少女の口から零れ出た言葉に口を挟んでしまう隆。

「うん、マユとわたしはともだち。 クリスカとおねえちゃんもともだち・・・・・・そうだよね?」

「・・・・・・え、ええ、そうねイーニァ」

 あっさりと肯定し、同意を求める少女の言葉に女性は何故か狼狽した様子で頷いていた。
 どうやら試験小隊同士で横の繋がりがあるようだ。 笑みを浮かべる少女の姿から、彼女たちとXFJ計画の連中の仲は良好なのだろうと隆は想像した。
 それならば、ブリッジスと女性の仲も納得出来る。
 この世界において微妙な関係にあるアメリカとソ連。 その両国にそれぞれ所属している衛士が好い仲になるのは中々難しいだろうなと思っていたが、周囲が良好な関係を気付いているのであればそれも不可能な話でもないだろう。
 当初は、ハリウッド映画ばりに悲運な運命に翻弄されるカップルか、007のように女性を手玉にとる・・・・・・もとい、手玉にとられるブリッジスの姿を想像してしまったのだが、よく考えなくても彼にそこまでの甲斐性があるとは到底思えない。

「―――タカシってよべばいいの?」

「ん? あ、ああ、そうだ。 好きに呼んでくれてかまわないけど、俺も君たちも立場ってのがあるからその辺を考えて呼んでくれよな?」

「うん、わかったよタカシ」

 ―――この子絶対に分かってない。
 確信めいた事実を胸にしまい込み、隆は肩を竦めながら二人を見比べる。

「それで、君たちの名前は?」

「何故、貴様に名乗る必要がある」

(言葉のキャッチボールって難しい!! 文化が違うと余計に!!)

 質問を一蹴されて、軽いカルチャーショックを覚える。
 少女とも話が通じなかったが、憮然とした面持ちで相変わらず警戒色を色濃く見せてる女性とも会話が成り立たないようだ。

「―――わたしはイーニァ、イーニァ・シェスチナだよ」

 とは言え、少女・・・・・・イーニァには隆の意図は伝わったようだ。 
 答えてくれた少女に安堵の笑みを向けていると、女性も不満そうにしながらも名乗りを上げてくれた。

「―――クリスカだ・・・・・・ クリスカ・ビャーチェノワだ」

 教えてくれた二人の名前だったが、それを聞いた隆の胸中にふとした疑問が湧き上がる。
 他国の人間の名前を覚えたり発音したりするのが苦手な彼だが、二人の名前が何処と無く他のソ連の人間とは違うような気がしたのだ。
 うまく言葉には出来無い。 例えば、言葉そのものに意味があるような印象を持ったのだが、余計なことを口走って相手の機嫌・・・・・・特にクリスカの機嫌を損ねるのは得策ではないと察した隆は、その疑問を口にすること無く、他の話題を二人に振った。

「いい名前だな。 それで? わざわざ先日の礼を言うために二人は俺を探してたのか?」

「そうだよ、タカシにおれいがいいたかったの」

「貴様にそう言えと言われたから探したまでだ。 党の指示は兎も角、イーニァの頼みがなければ誰か貴様など・・・・・・」

「―――お前さんは、随分と刺のある物言いしかしないんだな? まぁ、さっきも言ったとおり恩を感じる必要は無いけど、それでも言いようってもんがあるんじゃないのか?」

「西側の隷属となった国家の人間へ、私が礼節を払う必要性は皆無だ」

「―――あっそう。 まぁ別に俺は気にしないが・・・・・・ もうちょっと要領良く生きたほうが、人生ってのは楽しいぞ」

「それが党のためになるのであれば、私は喜んでその方法を模索しよう」

 今のが会話として成り立っているのか疑問だが、クリスカと言う女性は先程会話をしたラトロワ中佐よりも愛国心に溢れる軍人なのだろうと隆は判断した。
 だが、その毅然とした彼女の姿に先程締め出した疑問が再燃する。
 愛国心に溢れ自他に厳しい態度を見せる彼女が、どうして先日ジャール隊の年少兵に絡まれただけで震えて座り込んでいたのか?
 人数が多かったから?
 階級が上だったから?
 そんなことで、今尚自分を睨みつけている彼女があんな風になってしまうのだろうか?

(ふむ・・・・・・・・・ なんだ? この違和感は?)

 先日とは別人、なんてオチは流石にないだろう。 
 違和感を感じるが、明確な疑問として言葉にすることが出来無い。
 答えを探すべく思案に耽りそうな隆だったが、それはイーニァの呟きによって阻害されてしまう。

「―――タカシ、おこってるの?」

「へ? ・・・・・・そう見えたか? 別に怒ってないから安心してくれ」

 不安気に眉根を寄せるイーニァの姿から、いつの間にか怒った表情をしていたに違い無い。
 クリスカへの疑問を考えつつ確かに内心では彼女の態度に苛立ちを感じていたが、それは彼女自身に向けたものではなく、そうなってしまった彼女の育った環境に苛立を募らせていたのであり、そんなぶつける場所も無い抽象的な怒りなど考えないようにしていたのだが・・・・・・どうやら無意識の内に表に現れていたようだ。

「おこってないの?」

「ああ、怒ってなんていないよ。 ・・・・・・悪かったな、不安にさせて」

 自分を見上げるイーニァを宥めるべく、隆はその頭を撫でようとした。
 以前、震える霞にしてあげたように、少女が感じる不安を少しでも取り除くために手を伸ばしたのだが・・・・・・

「触るなッ!!」

 その手が、横手から乱暴に弾かれる。
 隆が痛みで顔をしかめている間に、クリスカはイーニァを引き寄せて彼から遠ざけた。
 まるで我が子が危険な相手に狙われた豹のように、明らかに敵意を孕んだ視線を隆に向けるクリスカ。
 イーニァの頭を撫でようとしたことが、彼女の怒りを買ったのだろうか?
 隆が想像した答えはあながちハズレではないのだが、クリスカが警戒した本当の理由は、イーニァを撫でようとした彼の手が、少女が頭につけているヘッドセットらしきモノに触れそうになったからだど、隆が気付くはずがない。

「―――用件は済んだ。 もう貴様と会うこともないだろうが、念のために言っておく。 ・・・・・・二度とイーニァには近づくな」

 しっかりとイーニァを抱きしめながら忠告するクリスカ、隆はその言葉に大きく肩を竦めて溜息をついた。

「そうしたいのは山々だがな・・・・・・君等、ソ連の試験衛士なんだろう? イーダル小隊とか言ったか? 生憎と今度の試験で、ソ連側の部隊と合同で君たちの周辺警護も仰せつかってるんだよ。 君がそう言っても、嫌でもまた会うことになろだろうな」

「ッ!! 貴様のような低俗な人間の助けなど必要ない!!」

「はいはい、だったらその旨を自分の上司にでも言っておいてくれ・・・・・・ 正直、こっちも君のお守りなんて御免被るよ」

 この場に隆を知る人間がいれば、間違いなく今の隆の態度に驚いただろう。
 喜怒哀楽の内、怒りなんて感情とは無縁と言った態度しか見せない彼が、明確に・・・・・・しかも女性に対して苛立を向けているのだ。
 少なからずクリスカに原因があるとしても、それを表に見せるなど何時もの隆ならばあり得ない筈だった。

「今の発言は・・・・・・ 我々への侮辱と受け取ってもいいのだな?」

「好きにしろ。 だが、なれない環境でこっちも疲れてるんだ・・・・・・面倒はこれ以上増やさないでくれ」

 冷淡に目を細めるクリスカへ剣呑な態度で持って返答する隆。
 まさに一触即発の事態になるかに見えた両者だったが、その緊張はあっさりと破られることになる。

「だめだよふたりとも。 けんかはだめだよ・・・・・・なかよくして」

 消え入るような声音で静止を促すイーニァ。 二人はその声を耳にしてはいたが、険悪な雰囲気を崩すつもりは無かった。

 ―――が、

「おい、アンタ、こんなところで何してるんだ?」

 隆を見かけた別の少女が一人、訝しげな顔をしながら彼にそう声を掛けた。
 その声にクリスカへの注意を逸らされ自分を呼ぶほうへ隆が目を向ければ、ナスターシャを初めとするジャール隊の面々がポカンッと口を開けて通用路に佇んでいた。

「お~この前のグラサンの兄ちゃんじゃん。 中佐に呼び出されたって聞いてたけど、もう終わったのか?」

「なぁなぁ、こないだのアメダマって奴、もうないのか? 貰った分、部隊の皆で食ったらあっという間に無くなっちまってさぁ」

「暇してるなら私等と遊ぼうよ~ 良い事してあげるからさ♪」

 などと、思い思いの言葉を吐きながら隆に近寄ってくる年少兵たちだったが、クリスカとイーニァの姿を確認した瞬間、それまで浮かべていた友好的な笑みを消し去り露骨に顔を歪めた。

「ちッ!! 中央のエリートさん達かよ・・・・・・おい兄ちゃん、まさかコイツらと乳繰り合って・・・・・・ る、雰囲気じゃなさそうだな」

「喧嘩でも売られてるのかい? いいぜ、あたしらが手助けしてやるよ」

「フザケやがって。 俺らだけじゃ飽きたらず、他の国の連中にまで威張り腐った態度を見せてんのかよ?」

「―――どうした? 何か揉め事でもあったのか?」

 敵意を剥き出しにする年少兵の中にあっても、やはりナスターシャは別格と言うべきか。 大尉の階級を持つ少女は、落ち着いた口調で隆へそう聞いた。

「―――何でもない、気にするな」

 彼らの登場ですっかり毒気を抜かれてしまった隆は苦笑しながらそう答え、クリスカとイーニァに一瞥を送った後に背を向けた。

「ま、お互い自分の仕事だけはきっちりやるとしよう。 ―――そうすれば、余計な干渉をせずに済むからな」

「当然だ、私達にミスなどあり得ない」

 しっかりと返ってきた返答に 「そりゃ結構」 と答え、隆はジャール隊の面々に視線を向ける。
 明らかに不満そうな彼らの姿に内心で嘆息し、ラトロワ中佐に忠告されたにも関わらず、今回もまたこの子供たちを宥めなければならない自分の身の上を呪った。
 
「やれやれ、忠告されたのにもうコレか・・・・・・ ソ連にいる間は、管制ユニットの中にでも引き篭ってるべきなのかね」

「?? なんの話だ?」

「こっちの話だ。 ・・・・・・何時までも睨んでるな。 ほら、行くぞお前ら」

 クリスカ達を尚も睨みつける彼らを促し、隆は居心地の悪くなったその場から立ち去ろうとする。
 素直に礼を言ってくれたイーニァには悪いことをしたと思っているが、心の奥底で燻っていたナニかに火が付いてしまった以上、ああ言った物言いしか出来なかった。
 出来ればマユと友達だと言ったイーニァには、機会があれば霞とも友達になって欲しかったが・・・・・・それは無理な話だろう。

「―――タカシ」

 もう会話は終わったはずだが、不意にそう呼び止められて振り向くと、クリスカに抱き締めながらもイーニァが必死に口を開いていた。

「わたし、ともだちになりたい」

「・・・・・・?」

「ともだちはおおいほうがたのしいってマユがいってたの。 だからわたし、ともだちがほしい」

 不明瞭な少女の言葉に隆が首を傾げていると、彼と一緒にその場を立ち去ろうとしたジャール隊の面々が、顔を歪めて口々につぶやき始める。

「―――何言ってんだ、アイツ?」

「―――頭おかしいんじゃね?」

「―――はッ、友達なんかより、お前たちには色々良くしてくれる連中がたくさんいるだろ?」

「―――それこそおもちゃの世話から、下の世話までな」

「―――おいおい、それはむしろコイツらが媚びうるためにやってんだろ?」

 そんな卑下た言葉を耳にしながら、隆の脳裏に一つの想像がよぎるが・・・・・・馬鹿らしい考えだと鼻で笑い、思考からその可能性を追いやった。
 世の中、そうそう特別な力を持った人間がいるわけない。 イーニァの雰囲気が霞に似ていたから、そんな突拍子も無い想像をしてしまったのだと。

「おい、くだらないことをペラペラ話すな。 ―――幾らお前たちでも、聞いてて気分が悪い」

「なッ!? なんだよ・・・・・・別のアンタに言ってるわけじゃないのに・・・・・・」

「それでもだ。 あの二人の味方をするわけじゃないが、吠えたところで現状は変わらん。 自分たちが子供じゃないと言い張るなら、場当たり的な怒りなんざ我慢しろ」

 言い聞かせるように周囲の年少兵にそう言った隆は、浴びせられた罵倒に怯えてしまったイーニァへ苦笑しながら答えた。

「あ~~~ マユちゃんがそう言うんじゃ仕方ないな・・・・・・ そこのおっかないお姉ちゃんがいない時にでも遊ぼうな、イーニャちゃん」

「クリスカはこわくないよ、こわいのはマユのおねえちゃん・・・・・・・・・ それにわたしのなまえはイーニァだよ」

「ぬぁ・・・・・・ ごめん」

 頬を膨らませて訂正してきたイーニァに謝りながら、隆はやっぱりロシアな人の名前は発音し難と思い、更にイーニァを抱きしめるクリスカの殺気(?)が倍増した気がしたので、イーニァに手を振り早足でその場を後にした。

 通用路を抜け車両が走行する舗装路に出ると、目の前を一台の高機動車が通りすぎていく。
 その車両に見知った顔が乗っていると気づいた直後、高機動車はスキール音を上げながら停車し、乗っていたブリッジス少尉が、自分が歩いてきたのとは別の通用路を走っていく。
 
(―――何やってんだアイツ?)

 その姿に、ふとした疑問を感じた直後、

「ったくよぉ、なんなんだよアイツら・・・・・・ エリート様ってのは言葉からして通じないもんなのかよ」

「もぅ、いいよ。 なんだかアイツら気持ち悪いし・・・・・・ ちょっかい掛けるの止めようよ」

 自分の後を付いてきたのか、ジャール隊の年少兵がそうブツブツ言いながら通用路から出てくる。

「―――大丈夫か、アンタ?」

 そんな彼らの先頭を歩くナスターシャが、眉根を寄せながらそう言って隆を見上げる。

「ああ、なんだか自分でも変な感じだったが大丈夫だ・・・・・・ なんだナスターシャ? 俺のこと心配してくれるのか?」

「はッ、誰が心配するかよ」

 と、鼻を鳴らして一蹴するナスターシャだが、浮かべる表情には何処か陰りがあった。

「・・・・・・ん? 何か俺に言いたいことでもあるのか?」

 それに気づいた隆は少女へそう促すが、ナスターシャは 「・・・・・・別に」 とだけ言ってそっぽ向いてしまう。

「別に、じゃない。 はっきり言えよ? お前らしくないなぁ」

「・・・・・・なら・・・・・・教えろ」

「何をだ?」

「―――ラトロワ中佐と、何を話してたんだ?」

 何を言うのかと思いきや、ナスターシャはそんな不可解な質問を隆へ投げかけた。
 質問の意図が理解できず首を傾げる隆だが、ナスターシャを初めとするジャール隊の年少兵が皆、自分を見ていることに気付いて更に首を傾げる。
 だが、彼らの瞳が不安で揺れていることに気づき、隆は彼らの言いたいことと何となく察しって問いに答えた。

「―――心配してたぞ、お前たちのこと」

 その返答に目を見開く子供たち。
 ―――そう、子供たちだ。
 自分たちの母親が、何処の馬の骨とも分からない男をわざわざ名指しで呼び出した。
 そう考えてしまい、きっと不安だったのだろう。

「そ、そっか・・・・・・ 中佐が私達のことを」

「なんだよ~ 中佐まで俺達を子供扱いかよ~ 情けねぇな、オイ」

「はいはい。 そのニヤケ顔をどうにかしてから吠えな、マザコン」

「あぁん!? 犯られてぇのかてめぇ!!」

「事実でしょ? 男ってのはコレだから嫌よねぇ・・・・・・ 中佐にそんな気苦労をさせてるんだから、もっと自分を恥じなさいよ」

「ぬぐッ!! ・・・・・・ちッ、わかってるよ、んなこと」

 隆の返答の内容に満足したのか、会話の内用はさておき、子供らしい無邪気な笑みを浮かべて口々に騒ぎ立てる年少兵たち。
 そんな彼らの姿を、隆は心から笑って見ることが出来なかった。
 イーニァもこの子たちも、成長すればクリスカのような人間になってしまうのだろうか?
 人間らしい何かを捨て、全てを国に捧げた人形のような人になってしまうのだろうか?
 漸く、隆は自分の中にあった小さな違和感に気づいた。
 霞にとってこの国は祖国なのだろうが、隆はこのソ連と言う国を好きになれそうにない。
 平和な日本で、極々普通に生きてきた隆にとって、この世界においてのソ連は余りにも歪に、そして異質に見えた。
 価値観が違う。 この世界に染まるとかではなく、根本的な価値観が自分とこの国の人間は違うのだ。

(―――ほんと・・・・・・ 嫌な世界だ)

 この世界に来てからもう幾度無く呟いた言葉を、隆は目の間にいる子供たちや先程会った二人の少女を思い返しながら、静かに内心で呟いた。







 ▽
 カムチャッキー基地・某所

 様々な計測機器が並ぶ薄暗い室内。
 白衣を来た科学者と思しき人間たちが、モニターに表示される様々なデータの変化に目を懲らしている。

「結果は良好です。 アラスカで観測した時ほどではありませんが・・・・・・ 300番の神経パルスに変化が見られました」

 興奮した様子で研究員の一人が、科学者が犇めく室内で異彩を放つ人物にそう報告する。

「―――そうか」

 鋭い眼光と独特のオーラを持ったその男は、研究員の報告にそう短く答えた。
 ―――男、ソ連軍イーダル試験部隊を率いるイェジー・サンダーク中尉は、科学者から受け取った書類に目を通し、その良好な結果とやらを忌々しげに眺めた。
 科学者が言うとおり喜ばしい結果なのだが、両手を振って受け入れるほど今回の指令に彼は納得などしていない。
 上層部が突如として接触を促した対象。 それが、自分たちが入念に調べ上げた米国人では無く、今回のソ連派兵に偶然居合わせた日本人の衛士だと言うことで、サンダークは上層部に強い不信感を抱いていた。
 確かに以前から、不可解な命令は幾つもあった。
 アラスカにて受けた指令の一つ。 日本側の研究機関、第参開発局とか言う部署に所属している数人と接触させること。
 あの指示が全ての始まりだった。 あの指示に従い、二人をあの連中と接触させてから・・・・・・何かが狂い始めたとサンダークは確信していた。
 だがそれが分かっていっても、自身が中央から与えた権限は部隊の運用だけであり、計画責任者としての権限までは有していないことから、何の手段も抗じることが出来ずにいた。
 中央の信頼を得られるような実績を挙げれば話は別だろうが、未だあの二人はその機会が得られる戦場を与えらていない。
 今回、祖国の大地で行われる試験こそが、計画の有意義性を中央に知らしめる絶好の機会だったのだが・・・・・・

「・・・・・・日本を侮りすぎたか」

 ポツリと漏らしたサンダークの呟きは、データに釘づけとなっている科学者たちの耳に入ることはなかった。
 先日のブリーフィングにて知らされた日本帝国軍が用意した試作兵器。
 スペック表通りの性能を発揮するかは未知数だが、アレがその性能を予定通りに振るえば・・・・・・ 舞台の照明は間違いなく彼らを照らすことになるだろう。
 レールガンなどと言う兵器を、実戦で使用出来る段階にまで開発した日本側の技術力は賞賛に値するが、今回ばかりはコチラの計画の障害となる可能性が高い。
 何か、何がしかの実績を今回の試験で挙げなければ、今後の進退に悪影響を及ぼすと彼は確信していた。

「・・・・・・・・・・・・」

 無言で、自身の胸ポケットに入っているメモリースティックの重さを確認する。
 つい先日、見ず知らずの東洋人が突然渡してきた代物だ。
 凡そ信頼に足るものでは無く信憑性に乏しい情報が中に記録されていたが、もしこの情報が事実であれば、使いようによっては自身にこの上無い利益を齎すものだった。
 この情報を信じるか、それとももっと別の手を打つべきか。
 サンダークは思考する。 自身にとって、党にとって、最良の結果とは一体何か?
 幸い、受け取ったデータを吟味する時間はまだ残されてる。


 彼はその鉄面皮の下、慎重に、それでいて狡猾に、今後のことを静かに考え続けた・・・・・・・・・







 ▽
 同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地・副司令執務室

「―――まさか、ソチラからご連絡頂けるとは思ってもおりませんでしたわ」

 外線を受け取った夕呼が発した声音には、彼女にしては珍しく緊張感が漂っていた。
 受話器越し、数千キロも離れている相手にそのような態度をとったところで無意味なのだが、微笑を浮かべ、余裕を含ませた態度で椅子に深く座り込む夕呼。
 何時もとはやや違う夕呼の態度に気付いた霞は、作業をしていた手を止めて夕呼へ視線を向ける。

「―――ええ、お噂は兼ね兼ね。 素晴らしい研究を幾つもなさっていると」

 相手が誰なのか、それは霞には分からない。
 秘書官であるイリーナが受け取り、怪訝に思いながらも夕呼に繋いだ電話の主は、霞にとっても無関係な相手では無いのだが、声も姿も見えない以上、霞が相手を推察する術は何も無い。
 リーディングによる対象の思考知覚、と言う術はあるのだが、生憎と夕呼にはソレが通用しない。
 だから霞はそれ以上考えるのを止めて、夕呼に頼まれた仕事を続けることにした。
 少なくも夕呼の声の調子から見て、相手は霞が待ち望んでいる相手とは違うようだから。 
 
「―――お褒め頂き光栄ですわ。 ですが私の構想など、ソチラから流出した技術が無ければ実現不可能な部分が多々ありましたので、コチラこそ何時かは礼を差し上げなければと思っておりました」

 兄に対して、夕呼があんな口調で話すはずがない。
 態度や言葉こそいつも通り尊大な振る舞いを見せる夕呼だが、兄と接した時だけソレはほんの少しばかり影を潜めている。
 それが、甘さなのか優しさなのか、それとも秘密を持っているがゆえの共感から来るモノなのかは霞には分からない。
 だがそれでも、兄の存在が自分だけでなく、彼女にとっても救いになっているような気がする。
 感情、というものを兄によって少しばかり得た霞は、素直にそう思うことが出来た。

(―――でも、連絡が無いのは・・・・・・少し、残念です)

 以前と違い、遙や水月、それに伊隅やまりもが暇を見つけては相手をしてくれる。
 それもこれも兄が皆と引き合わせてくれたからだと自覚はしているが、その当の本人がもう半年近くもいないことを許す理由にはならない。
 先日、赴任先のソ連から連絡をくれたようだが、時間が遅すぎたために出ることが出来なかった。 
 出れなかったことを残念と思うよりも、何故前もってこの日に連絡すると伝えてくれなかったのだろうか?

 ―――教えてくれていれば、待っていたと言うのに。

「―――ソレを信じろと仰る? 噂には聞いておりましたが、随分とユニークな方ですわね」

 苦笑混じりの夕呼の声を耳にして、霞は没頭しかけていた思考を中断する。
 兄と知り合って、感情と言うものを知ってしまったのは喜ぶべきなのだろうが、時々ソレが作業効率を著しく阻害する要因になっている。
 夕呼はソレを注意しつつも歓迎しているようだが、霞自身は自分の不甲斐なさを恥じる機会が多い。
 不甲斐なく感じること自体、霞が成長している証の一つでもあるのだが、当の本人はソレに全く気付いていない。
 再び作業に集中しようとする霞だが、一度考えてしまったことを思考から押し出すことは容易では無い。
 しかもそれは、一番気にかけている兄に関するものなのだ。 幾ら理性的に考えても、霞の頭の中は以前から考えていた兄への不満で一杯になってしまった。

(・・・・・・一緒に思い出を作る。 そう言ってくれたのは嘘だったんでしょうか?)
 
 兄が嘘を付くはずがない。 それは分かっているのだが、霞はそんなちょっとした不満を兄へ伝えたくて仕方がなかった。
 まるで年頃の少女が兄へ我侭を言って困らせる・・・・・・のとはちょっと違うかもしれないが、自分を何時までも待たせている兄へ何か出来ないかと彼女が考えていると、

「―――ええ、面白い男なのに違いありません。 しかし何を勘ぐっているが存じませんが、彼は 【社隆】 です。 妹思いの風変わりな衛士、その事実しか彼にはありませんわ」

 兄の名前が夕呼の口から漏れたことで、霞の意識は再び夕呼へと向けられる。

「―――私としても優秀な手駒の一つを何処かに差し出すようなマネは致しませんわ。 帝国軍への派遣が終わり次第、光菱へ出向させる予定はありますが・・・・・・それも確定ではありませんので。 ・・・・・・ソチラへ? それは無理な話です・・・・・・それ相応の見返りがあるのでしたら話は別ですが」

 夕呼が座る、デューロン社のハイバックチェア (先日、デンマーク王国より親善の品として送られてきた) が軋む音が静かな室内に響き渡る。

「―――荒唐無稽な話に付き合う時間はありません。 連中の思考は読み取れ無い、それは計画の一部に携わったあなた方にも周知の事実・・・・・・・・・・・・・・・はい・・・・・・・・・・・・・・・なるほど、意図的なものであれば確かに可能性はゼロではありませんが・・・・・・・・・・・・」

 それまで夕呼が浮かべていた笑みが、次第に忌々しげなものへと変わっていく。

「―――流石はかの国と言うべきでしょうか? 確証の無いお話でしたが、そうなる可能性を全て否定することは出来ませんわね。 ・・・・・・・・・しかし、今の話を私に聞かせるあたり、責任の一端が私にあると仰りたいのですか?」

 刺を含む夕呼の質問に対して、受話器の向こうの相手が大きく笑い声を上げたのが霞にも分かった。
 夕呼の口調と忌々しげな態度から、霞は受話器越しの相手が情報省の鎧衣課長ではないかと思っていたが、 彼女が耳に当てていた受話器を離すほど大きな声量で笑うような真似を彼がするはずが無いと思い、その考えを改めた。

「―――見返りの一つがソレですか・・・・・・どうやら、あまり私にとって益のあるお話では無いようで。 私としては別段アレがどうなろうと関知致しませんので。 そちらで・・・・・・・・・・・・ええ、好きにやって頂いて結構ですわ」

 誰・・・・・・なのだろうか?
 霞は夕呼が接する人物の全てを知る訳ではないが、それでも彼女の仕事を補佐する傍らで、多くの人物を見てきた。
 彼女が進めている計画の進捗状況を憂慮する人物であっても、その殆どは謙った態度を見せ、彼女を不快にさせるようなことはしなかったのだが、今会話をしている相手はその範例に当て嵌らない。

「―――お話はわかりました。 有意義・・・・・・とは素直に思えませんが、アナタの人となりが垣間見えましたので、この会話が無意味だったとは思わないでおきます。 それに教えて頂いた話が真実であれば、今後のお付き合いも考えますが・・・・・・・・・いえ、それには及びませんわ。 直接お会いするのは・・・・・・・運命・・・・・・いえ、【因果】 の巡り合わせに期待するとしましょう。 で、なければ会った瞬間に口から何が飛び出すかわかりませんから」

 それは彼女が持つ尊大さか、それとも無け無しの矜持なのか、微少を浮かべてそう締め括った夕呼は静かに受話器を置いた。
 受話器を置いた後、暫く何かを考えるかのように沈黙していた彼女だったが 「はッ」 っと鼻を鳴らすような声を漏らし、椅子に深くもたれ掛かって天井を見上げる。

「―――やってくれるわ、漸く尻尾を掴んだと思ったら先手を打ってくるなんて・・・・・・・・・全部向こうの計算通りってことなのかしら・・・・・・・・・・・・癪な話ね、ほんと」

 静かな口調ではあるものの、その声音にははっきりと怒りが含まれていた。
 それを敏感に感じ取ってしまった霞は、怯えるウサギのように震えていたのだが、目ざとくそれを見つけた夕呼はその姿に何かを思うところを見つけたらしく、ポツリと軽い口調で霞へ声を掛けた。

「―――霞」

 そう声を掛けつつ、自分が霞を 【社】 と呼ばなくなったのは何時からだろうと考える。
 はっきりとは覚えていないが、きっと隆の名前を 【社】 にした時から、霞を霞と呼んでいるような気がした。

「は、はい」

 小さな声で答え、椅子から立ち上がる霞。
 彼女の頭の中は、何通りもの夕呼ゴマすり案 (隆直伝) が並んでおり、果たして自分にソレが上手く実行出来るかどうかのことで一杯になっていた。
 だから気付かなかった、夕呼が浮かべる意地の悪そうな笑みに。

「―――隆ね、もう戻ってこないかもしれないわ」

 その笑みは一瞬だけであり、言葉に驚いた霞が夕呼を直視した瞬間には、彼女は生真面目な表情を作っていた。

「―――兄さんが・・・・・・帰ってこないんですか?」

「―――その可能性もあるわ。 覚悟・・・・・・だけはしておきなさい。 貴女も隆も元々は違うかもしれないけど今は軍属なのだから、身内が無事に戦場から帰るなんて奇跡がそうそう続かないってことにね」

 呆けたように呟く霞に夕呼はそう言い放ち、椅子を回して背を向ける。
 憂さ晴らしの意味も含めて霞に呟いた夕呼だが、その心境は言った直後で大きく様変わりしていた。
 自分が霞に求めていたものが当初と大きくかけ離れたものになりつつある。
 オルタⅢの遺児をオルタ計画責任者の権限を用いて手元に起き、彼女が持つ特殊能力を研究し、00ユニットの開発に尽力することを求めたはずが、今では計画が一向に進んでいないのにも関わらず、少女の反応を見て楽しんでいる自分がいる。
 気まぐれ・・・・・・ならばいい。 だが、甘えや執着に結びつくのであれば、霞に接する態度をコレを機に構築し直す必要があると彼女は考えた。

 作られた命であり、漸く感情というものを理解し始めた少女は、夕呼の言葉によって自分の考えに根本的な間違いがあったことに気付いた。
 突然現れ、特殊な自身の境遇も気にせずに、優しさを与えてくれた兄。
 一緒に過ごした期間は短いものだったが、密度の濃い日常を経験させてくれた兄。
 帝国軍へ派遣されたせいで時々しか会えなくなってしまったが、お土産を持って帰ってきてくれる兄。
 いつの間にか自分にとって欠くことの出来無い存在になってしまった兄。
 その兄が何時も何時も無事で帰って来てくれるとは限らないことに・・・・・・・・・ 兄が帰ってこない可能性など、一度足りとも少女は考えたことが無かったのだが、夕呼の言葉でその未来を想像してしまった。。


 奇しくもこの時、夕呼が口にした言葉はやがて現実のものとなる。
 この時、わざわざ連絡をしてきた相手の言葉を夕呼が信じ、何かしかの手を打てば未来は変えられたかもしれない。
 だが運命は、因果と言う呪縛は、どのような手を打ったとしても往々にして様々な結果を生み出す。
 それが幸運か、それとも不幸かは・・・・・・結果に辿りつくまで誰にも知ることは出来無い。

 逃れられない因果に囚われた少女の兄は、遠く離れた少女の祖国で、ゆっくりと・・・・・・だが確実に世界の歪みに巻き込まれることになる。







 ―――幸運と不幸が誰に降り注ぐかは、まだ誰も分からない。







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ソ連編 4話

第二部



 ソ連編  かれらの邂逅


 2001年8月3日
 日本・愛知県名古屋市
 光菱重工業名古屋先進技術研究所 


「・・・・・・ふぇ?」

 ―――沈黙が支配する室内に、唐突にそんな気の抜けた声が響き渡った。
 室内ですることも無く待機していた面々は、言葉を発した本人である杉原瞳大尉に訝しげな視線を送る。

「ん~~~~?」

 だが彼女は、そんな視線などを意に介した様子も無く、窓の外を眺めて唸り続けていた。

「―――どうした瞳、何か見えたのか・・・?」

 彼女の態度に疑問を感じているくせに誰一人として問い掛ける様子が無かったので、仕方なく彼は閉じていた瞼を気怠けに開き彼女にそう声を掛けた。

「む~~ 隆さんの声が聞こえた気がするの~」

「―――隆? ああ、グラサンのことか・・・」

 彼女の返答を聞いて、彼の脳裏にサングラスを決して手放さない風変わりなの男の姿が過ぎる。

「どうしたんだろう・・・・・・何かあったのかなぁ?」

 心配そうに眉根を寄せて呟く瞳。 何を感じ取ったか知らないが、相変わらずマイペースな彼女の態度に苦笑しながら、彼・・・・・・松土礼二少佐は内心で小さく安堵の吐息を漏らした。

 先日、欧州への派遣任務を終え無事に帰国した瞳。 向こうで発作を起こしていたと聞いて懸念していた体の容態だが、帰国後の検査では異常と言える程の異常は見つからなかったそうだ。
 結果的に何事も無かったわけだが、重金属による心肺機能の異常疾患を抱えた部下を欧州へ派遣させることに、彼は賛成だったわけではない。 だが、一軍人として彼は上からの命令に私情を挟むことなど出来るわけがなかった。 
 まぁ、嫌がらせとして、瞳の代わりに柿崎を送り込もうと画策はしていたが・・・・・・

(―――全ては杞憂だったわけだ。 静流に感謝すべきかな・・・・・・コレは)

 古くからの知人を思い出しながら苦笑し、松土は室内で退屈そうにしている部下の姿を眺めた。
 
「隆さん、大丈夫かな~ とっても、とっても不安なの~」

「社中尉ね・・・。 確か今はソ連だったか? ランサーズは?」

「ああ、静流さんトコも大変だよ。 欧州行ってソ連行って・・・・・・下手したら今度は中東にでも行けとか言われるんじゃないのか?」

「―――どっちがいいんだろうな、俺たちと連中。 まぁ・・・・・・首輪付きに違いは無いだろうが」

「さてな、少なくとも国粋主義の連中から見れば・・・・・・ 俺たちは使い勝手のいい駒に違いは無い」

 話しのネタとしては余りいいものではないが、暇を持て余している部下が見つけた切っ掛けを咎めることなど出来るわけもなく、松土は話し始める部下を横目に再び瞼を閉じようとしたが・・・・・・

「―――皆さん、お待たせして申し訳ありません」

 唐突に室内に入って来た人物に邪魔されてしまった。 閉じかけていた瞼を半分開けて見れば、スーツ姿の男が一人、無表情な顔でドアの脇に佇んでいた。

「・・・ったく、用件を直前まで知らせないのは相変わらずだが、俺達を無駄に待たせるとは・・・・・・光菱にしては随分と段取りが悪いな?」

「緊急の案件が重なりまして、皆さんにご不便をお掛けしたことは謝罪致します」

 柿崎の皮肉混じり言葉を受けても、男は顔色一つ変えずにそう答えた。 しかし、答えた言葉の内容とは裏腹に、謝罪の色が見えない男の態度に数人の部下が怒りを表にしたが、松土は軽く手を振ってソレを抑え、男の指示に従って部屋を後にした。
 男の後に続き施設を出ると、外には数台の車両が用意されており、それに乗車するように促される。 車に乗り込み動き出して暫くしてから、松土は一緒に同乗した案内役らしき男に向けて口を開いた。

「―――さっき言ってた緊急な案件ってのは、俺たちの仕事に関係あるのか?」

 それは特に意味を持って質問をしたのではなく、初めて訪れるこの施設に少なからず不安を感じている彼が気を紛らわすために言った世間話的なものだった。

 先進技術研究所などと命名された当施設ではあるが、見た目は幾つかの施設が点在するだけの荒野に過ぎない。 それで研究所などと大仰に言うのは問題かもしれないが、2年前までBETAの支配下にあったこの場所の背景を鑑みれば、この有様は当然と言えば当然なのかもしれない。
 
98年に起きたBETAの本土侵攻により、一時期西日本はBETAの占領下にあった。
 明星作戦の成功と、佐渡ヶ島にBETAを押し止めることが出来た昨今、限定的ではあるが西日本の一部地域が復興されつつはあるが、それは旧帝都である京都、朝鮮半島に近い九州、BETA侵攻の被害に晒されることが無かった沖縄と言った主要拠点のみの話である。
 少なくともこの地は、それら戦略的に重要とされる箇所に当てはまる事無く、復興は後回しにされるはずなのだが、窓から見える外の景色にはBETA戦後に付きものである、腐り、大地を汚すBETAの死骸が何処にも見えない。
 誰がこの地を整理したのか? 答えは考えるまでも無い、国内においてそれだけの事業を行えるのは、四大財閥の何れか以外あり得ない。

「―――ええ、半ば諦めていたデータなのですが、先程突然送られてきまして。 皆さんに関係があると言えば・・・・・・データのお陰で試験項目の幾つかを削ることが出来そうですので、この何も無い不毛の土地に滞在して頂く時間が短くなったことでしょうか?」

 男はそう淡々と言葉を紡いだ後、何かを思い出しかのように松土へ顔を向けて笑みを浮かべた。

「皆さんのお噂は兼ね兼ね聞き及んでいます。 高名なドルフィンライダーとお会い出来て光栄です」

 男が浮かべる明らかに作り物めいた笑みを見て、松土はその言葉が男の本心だと到底思えなかった。

「―――噂ねぇ。 まぁ、碌でも無い噂なんだろうな」

 それを想像し気分を害した彼の様子に気づいたのか、男は言葉を付け加えてきた。

「―――いえ。 妹からの報告では、皆さんは噂通り優秀な衛士だと・・・・・・ 彼女か送られてきたデータからも、ソレが偽りでは無いと確証しております」

「あん? ―――妹?」

 男が発した言葉は松土が予想した答えのどれでも無く、むしろ聞き逃すことが出来無い単語が含まれていた。 
 思わず聞き返した言葉に、ええ、っと抑揚の無い声で答える男。 松土はその横顔を眺めながら、記憶にある光菱関係者と照らし合わせ始めた。
 年齢は・・・・・・静流かグラサンあたりと同じくらい、二十代半ばから後半といった処か。 中肉中背、黒髪、黒目、先程から表情一つ変えることの無い、まるで機械なような横顔から連想出来る人物に覚えは無かったが、先程見た男の立ち居振る舞いから感じ取ったある種のクセを思い出し、一人の人物が脳裏に浮かび上がる。

「―――城崎の嬢ちゃんのことか?」

 気品と言うべきかだろうか? 男の振る舞いからは、物腰一つ一つの間のとり方に穏やかさが垣間見えた。 それが武家特有の緊張感を孕んだものでなく、優雅さを兼ね備えたものであるならば、裕福な暮らしをしていた人物の関係者に違いないと彼は推察した。

「その通りです。 ・・・・・・良く出来た妹ですよ・・・・・・少なくとも、私などよりはね」

 あっさりと肯定し、男は再び小さな笑みを浮かべた。
 だがその笑みは先程の作り物めいた笑みとは違い、ある種の人間臭さを孕んでいることに松土は気づいた。 それは何処か自虐的で・・・・・・少なくとも、見ていて余り気分の良い笑みでは無かった。

「―――城崎秋斗 (しろさきあきと) と申します。 皆さんが参加して頂く計画の進捗を本社に報告するために派遣されまして、以後お見知りおきを・・・・・・」

 松土の内心を他所に、男は一瞬浮かべた笑みを消し去って自分の立場を語った。

「ああ、宜しく頼むよ・・・・・・ で? ここ暫く色々なテストをやらされたが、その集大成でも完成したのか?」

「はい。 皆さんのお陰で計画は滞り無く進み、別所で行われているテストベッドの経過も良好なことから、そろそろ次の段階に進むべきだと決定致しました。 ・・・・・・無理を承知で皆さんに御足労願ったのは、新型の実証試験を一任して頂くためです」

「―――新型ね。 魅力的な話ではあるが、その新型とやらの行き先に当てはあるのか? 防衛省が進めている次期主力機の選定には・・・・・・ ここだけの話だが、米国企業の横槍が入るのが濃厚と聞いているぞ?」

 帝国が保有する様々な新兵器の試験を行っている富士教導隊。 その中に旧知がいる松土は、帝国軍が次に採用する予定の時期主力機について、米国共同で弐型の開発を行い始めた頃より米国企業のロビー活動が活発になったと聞き及んでいた。 また、言葉にこそしていないが、人類初のハイヴ攻略を成し遂げた帝国軍は現在急ピッチで戦力補充を行っているため、性能も判明していない新型を購入する予算を捻出するとは思えない。 現主力機である94式の生産すら追いついていないのが現状であり、耐用年数が近づいてきた77式の代替えとして97式が候補として挙がっている背景には、各企業の製造ラインが昨年より配備され始めた武御雷の生産に追われているとの話もある。

「ええ、それは聞き及んでおりますよ。 そもそも弐型の開発を行うと聞いた時より、国内の戦術機産業に米国が絡んでくるのは眼に見えておりましたから・・・・・・ 開発を推進した技術廠の方は、その辺りの事情を見越していたのかもしれませんがね」

「―――構わないのか? F-15をベースにしたとは言え、純国産の機体を作り上げた矜持を根底から否定されるようなものだぞ?」

「あちらの進んだ技術が手に入るのであれば、そのような安っぽいプライドなど幾らでも彼らに差し上げますよ。 我々が得たいのは名声や権力ではありません・・・・・・ 利益、それを求めることが企業の本質です」

「利益か・・・・・・流石は企業の人間だ、その合理的な考えには恐れ入るよ。 だが、そうなると余計に新型とやらの行く宛はどうするつもりだ? 利益を得るにも、相手に購入の意志が無ければ・・・・・・全てが無駄になるのでは?」

 言った松土の脳裏に、以前米国に派遣された際に目にした一機の戦術機が過ぎる。
 高性能だったにも関わらず、運用用途が軍のドクトリンに合わなかったために不採用となった不運の機体。 莫大な予算を注ぎ込み、量産に移行するのを確信していた開発企業は、その選定に落胆を隠せなかったそうだ。 そして開発に掛けた資金が回収出来なかったのが原因なのかは分からないが、その企業は別の企業に吸収合併されたと聞く。
 その企業と光菱が同じ道を歩のではないかと、松土が一抹の不安を覚えるのも無理はなかった。

「―――少佐の言うことに一理ありますが、それは日本政府の話です。 企業として、ビジネスパートナーの相手を一つに限定するのは少々リスクが高い。 戦術機を欲している国は数多く存在します・・・・・・EU、大東亜連合、アフリカ諸国、オセアニア・・・・・・国連軍の中核を成し、世界で最も戦力を持つ米国も例外ではありません。 F-22は無事ロールアウトが済んだようですが、主力たるF-35の開発が予定より遅れているそうですから・・・・・・ソコへ横槍を入れるのも決して悪い話ではありませんね」

「―――米企業を挑発するつもりか?」

「挑発など、不知火を発表した時点から私たちは彼らと同じフィールドに立っているつもりです。 重ねて言いますが、利益の追求こそが企業の求める目的です。 それを最も効率良く行える戦術機産業へ更に食い込むことに、今更躊躇いなどありませんよ」

「―――話しの内容が少々物騒過ぎるな・・・・・・ 情報省の連中に聞かれでもしたら、技術漏洩の礼状を引っさげて公安の連中が大挙してくるぞ?」

 戦術機とは先進技術の塊である。進んだ技術は、それだけで一種の外交カードとしても利用できる。 それを国益以外・・・・・・ましてや一企業の利益のために他国に売り渡すなど、外務省のみならず通産省や防衛省の役人が許すわけが無い。

「確かにその通りですね、光菱の力とて一国の政府を抑えつけるだけの力は未だありません。 しかし松戸少佐、私は貴方だからこそ今の話しをしたまでです。 今の日本に・・・・・・固執するメリットなど何処にも無いのは貴方もご存知でしょう?」

 忠告を含んだ言葉をあっさりと肯定した秋斗は、意味ありげな言葉を松土に返した。

「はっ、流石は光菱だ。 ―――今の話しは聞かなかったことにしておく」

 鼻で笑い、肩を竦めてそう答える松土だったが、それは一瞬脳裏に浮かんでしまった男の影を振り払うためのポーズでしか無かった。

「ええ、少佐のお好きなようにしてください」

 またもや秋斗が浮かべた胡散臭い笑みに松土が辟易していると、乗車している車はトンネルらしき通路へ入り込んでいった。

「―――地下なのか?」

「ええ、生憎と地上は見張られておりますから」

 言って天井を指差す秋斗。 それが意味するところは、軌道上に存在する監視衛星だと松土は直ぐに気付くことが出来た。
 BETAが衛星を攻撃しない理由は不明だが、衛星軌道からハイヴ周辺の様子を監視出来る衛星の利点は多く、その中には同じ人間を監視する意図も含まれていた。

 地下通路と思しきトンネルを暫く進み、車両は一際大きな隔壁の前で停車した。 後続の車に載っていた部下と同じく降車し、秋斗の後に続いて隔壁の前に立つと同時、巨大な隔壁がゆっくりと開いていった。
 戦術機が悠々と出入り出来る大きさでありながら隔壁の厚さは核シェルター並に分厚い。 その様相を見て。これだけの地下施設が此処に存在していることに松土は違和感を覚えた。
 西日本の復興から今日までの月日を考えても、一企業にこれだけの地下施設を建造する時間的余裕など無いはずだ。 以前から計画され、密かに実行されてきたのか・・・・・・それとももっと別の何かか?
 そんな疑問を抱いた松土だったが、目の前に広がった光景を見て、その答えを考えることを止めた。

 ―――開け放たれた隔壁の向こうには、無数の機体が整備パレットに固定された状態で立ち並んでいた。

 隔壁の大きさと比例するように、格納庫と思しき中は広大な広さを持っていた。 奥行きがあるせいで、立ち並ぶ機体の全てを見通すことが出来無い。 目に付く限りでも10機以上の機体が鎮座しており、格納庫内に全部で何機の機体があるのかを把握することが出来なかった。

(―――最低でも一個大隊規模か? 実証試験もまだの機体をコレだけ揃えるとは・・・・・・余程自信があると見える)

 松土はチラリと秋斗の横顔を盗み見るが、立ち並ぶ機体をただの風景のように眺めている男の表情から何かを感じ取ることは出来なかった。
 仕方なく松土は無駄な推察を止め、新型らしき機体へ視線を向けた。

 不知火や吹雪に通じる第三世代機特有とも言える細身の体を持った機体。 艤装が施されていないせいでこれと言って特徴らしい特徴は無いのだが、天井に吊るされている白色灯の明かりを反射し、鏡のように艶を放つ装甲色がその機体の特徴と言えるかもしれない。
 帝国軍が正式採用している暗雲色の塗装よりも更に深い闇色の装甲を持った新型は、機体の各所にケーブルが繋がれており、今尚調整中だと言うことが見て取れた。

「・・・・・・ん?」

 新型を眺めていた誰かが疑問の声を上げた。 それと同じくして、ドルフィンライダーの面々はその戦術機に共通の違和感を覚えた。

「―――あれ? この子小さいんだねぇ」

 呑気な声で呟く瞳。 だが、それこそが彼らが内心で感じた違和感の正体だった。
 整備パレットに固定された新型の全高は、今まで彼らが見たどの機体によりも低い。 漆黒の機体に注目して気づかなかったが、格納庫には他にも数機の戦術機が格納されており、漆黒の機体はそれらの機体よりも頭一つ分は小さかった。

「あ~~~ッ!! もしかして猫ちゃん? そうだよね~?」

 っと、先程の疑問は何処にいったのやら、何かを見つけた瞳が嬉しそうな声を上げながら向かう先には、米海軍が運用しているF-14Dがあった。 視線をずらせば、F-14Dの横手には欧州が誇る第三世代機である、EF-2000が二機鎮座している。 その更に奥には、見慣れない機体が一機鎮座していた。

(・・・・・・確か・・・・・・グリペンとか言ったか?)

 漆黒の機体と同じく、他と比べて小柄な機体の素性をカタログで得た知識で思い出そうとしていると、

「機体のコンセプトはサーグの機体を参考にしています。 とはいえ、多用途における発展性はコチラが上だと自負しておりますが」

 グリペンを眺める視線に気付いたのか、秋斗が付け加えた説明を聞いて松土は再び視線を漆黒の機体に向けた。

「―――戦術機の小型化か。 しかし、既存の火器が使用できないのは問題じゃないのか?」

 整備性や調達コストといった会計屋が頭を悩ませる問題よりも、実際の運用における疑問を秋斗に投げかける松土。
 機体が小型になったと言うことは、現在帝国軍の戦術機が使用している火器が使用できない可能性がある。 マニュピュレータのサイズ云々よりも、機体サイズに見合わない火器を放てば、その反動で機体が損傷してしまう結果が容易に想像できる。

「火器につきましては機体開発と同時進行で開発が進んでおります。 それらがラインに乗るまではライセンス品に頼るしかないのが現状ですが・・・・・・ インフラが整ってから配備されるモノなどありません。 それは兵器しかり、民生品しかりです。 先見性がある企業や、成果を上げ優秀と認められればインフラで利権を得ようとする企業がこぞって参入してくるでしょう」

 まるでソレが当たり前になると核心しているかのように、秋斗は平然と言い放った。 そして、その小型の機体の前に立ち、漆黒の装甲に手を当てて言葉を紡いだ。

「皆さんには、今後数カ月に渡ってこの機体の問題点を洗い出して頂く予定です。 少々既存の機体とは違いますので、最初は手こずるとは思いますが・・・・・・皆さんの腕でしたら何ら問題ないでしょう」

「はっ、買い被られたもんだな・・・・・・ で? 俺達が乗るこいつの名前をそろそろ教えて貰えると嬉しいんだが」

 松土の問いかけに秋斗は一旦言葉を区切り、演技とも感じる仕草で漆黒の機体を見上げながら呟いた。

「―――戦術歩行支援機、試TYPE01・心神。 光菱が世に送り出す、新しい概念を持つ機体の名称です」









 同日・カムチャッキー基地
 国連軍方面司令部ビル地下2階 第3ブリーフィングルーム

<三澤 静流>

「―――本試験の目的は、主として不知火・弐型とF-15・ACTVの実戦における即応性、並びに僚機との緊密なコンビネーションにおける問題点の洗い出しであり・・・・・・」

 多種多様な国籍を持つ衛士の前で、トルコ共和国出身であるイブラヒム・ドーゥル中尉が淡々とした口調で手元の資料を読み上げている。

 ―――後日、カムチャッカ半島で行われる予定の運用評価試験。 その説明として開かれたブリーフィングに参加しているのだが、事前にある程度の情報を与えられている自分にとって、それは退屈極まり無い時間だった。 会議が始まる前に渡された資料は既に目を通し、その中から自分たちの任務に必要な要点は頭に叩き込んである。 例の試作兵器に関しての情報が何処にも記載されていなかったところを見るに、後ほど担当管が直接説明でもするのだろう。
 
「・・・・・・むぅ」

 隣に座る部下が小さく呻くのを耳にしながら、私は壇上に立つドーゥル中尉へ視線を向ける試験小隊の面々でも眺めて時間を潰すことにした。
 アルゴス小隊と命名され、日米合同で行われているXFJ計画に協力している試験衛士達は、皆一様に真剣な表情で話に耳を傾けている。 事前に試験衛士の素性に付いての報告書に目を通していたが、帝国で使用する機体を開発しているのにも関わらず、日本人の衛士が参加していない当計画のあり方には疑念を覚えてしまう。
 不知火の開発と並行して進められているF-15の派生機ならばまだ分かるが、機動砲撃を主とする米軍に籍を置く衛士に不知火を任せるとは・・・・・・正直、この計画を推し進めた連中の浅はかさに目眩を覚える。
 昨今の日米関係を鑑みれば、帝国軍の衛士が何のわだかまりも無く米国主導で開発された機体を扱えるとは思えない。 無論、道具でしか無い戦術機に思い入れなど不要であり、帝国軍の衛士もその点の割り切りは出来ると思うのだが、表面で平静を装っても内心で感じている疑念を果たして振り払えるだろうか?
 恐らくだが、この選定には日本と米国、いや各国の企業同士で何らかのやり取りがあったに違い無い。 個人の感情などを考慮しない、全くもって企業らしいやり方だ。

(―――となると、彼も憐れな生贄と言う事か。 優秀なようだが、とんだ貧乏くじを引かされたようだな)

 最前列に座る男、不知火に搭乗する首席試験衛士、ユウヤ・ブリッジス少尉に視線を向ける。
 資料で見る限り、その腕に疑念を挟む余地は無い。 まだ年若い身でありながら、米国陸軍戦技研部隊にて幾つもの好成績を叩き出し、トップガンの何恥ぬ実力を持つ混血の衛士。
 そう、名前から推測出来るように、彼は日本人の父親と米国人の母を持つハーフなのだ。 不知火弐型が日本と米国による共同開発ならば、それを駆る衛士もまた日米のハーフと言う事実・・・・・・ますますもって、この計画そのものがプロパガンダの一環として組まれていても何ら不思議はない。
 それを一番分かっているのは本人だろう。 だが、壇上に立つドーゥル中尉に視線を送る彼の横顔は真剣そのもの。 それが見せかけのポーズでは無く、彼の本心であることを祈るばかりだが・・・・・・ 

(しかし皆、良い面構えだな・・・・・・試験衛士としての矜持、インパルスの連中にも見習って貰いたいものだ)

 生真面目な試験衛士達の姿と古い知人を比べて嘆息していると、先程から視界の端でフラフラと揺れている部下の呟きが再び耳に入ってくる。

「ぬぅ、疲れがとれん。 たかが戦闘後に徹夜したぐらいで・・・・・・ 年か? 年なのか? そ~いやソロソロ27歳か俺・・・・・・ あぁ三十路の壁が迫ってるなぁ」

「―――隆、少しはシャキッとしろ・・・・・・」

 様々な関係者が列席する場なだけに仕方なく隆に向けて注意するも、その理由に心当たりがあるせいか余り強く言えない自分がいた。
 
 ―――先日、ソ連軍からの支援要請を受けて参加した掃討戦。 その作戦中に何かを掴んだのか、基地に戻るやいなや不知火のスペックについて調べ始めた隆。 乗機の特性を理解することは、戦術機を操る上で必要不可欠なことであり、それを熱心に調べることを止めることなど出来ようも無い。 
 ただまぁ・・・・・・集中力があるのはいいが、整備員まで巻き込んで夜通し管制ユニットに引き篭るのはどうかと思うが・・・・・・

「でも静流さん。 あっちの奴も何やら疲れた顔でフラフラしてますよ?」

 サングラスで見えないが、恐らく目元に隈を作っているであろう隆に促され、自分たちの反対側の壁際に座る1人組の男女に視線を向ける。

「―――ちょっと孝之、少しはシャキッとしなさいよ」

「体がギシギシなんだ、勘弁してくれよ。 狭すぎなんだよ白百合の管制ユニット、あんなトコに座れだなんて・・・・・・ マユ用の席に俺を無理やり押し込むか? 普通?」

「そんな泣き言言ってると、またマユにヘタレって言われるわよ? それに、今の貴方を麻美が見たら・・・・・・どんな顔をするかしらね?」

 小声で話す二人の会話がはっきり聞こえた訳ではない。 口の動きから凡その会話を脳裏に組み上げて予想した内容なのだが、隆と同じようにフラフラしていた男が傍らの女性に何事かを告げられると、一瞬で姿勢を正して生真面目な顔を作った。 ・・・・・・・その顔色がやたら青白ようにも見えるが、きっと気のせいだろう。

「―――では、評価試験スケジュールに追加された試作兵装について私から説明する」

 余計な思案に耽っていたせいか、いつの間にか壇上には一人の女性がドーゥル中尉に代わって立っていた。

 XFJ計画における日本側の開発主任、篁唯依中尉。
 黒髪、黒目、日本人らしい特徴と身に纏う雰囲気から一目で彼女が武家・・・・・・いや斯衛の人間だと推察できた。 良くも悪くも、対面を重んじる斯衛の人間は皆独特の雰囲気がある。 帝都にいた頃、それを嫌と言うほど目の当たりにしていたせいか、彼女の持つ雰囲気が斯衛のソレだと気づいてしまった。

「へぇ、篁中尉か・・・・・・まさかこんな所で再会するとは思わなかったなぁ」

「? 隆、お前彼女と知り合いなのか?」

 ポツリと呟いた隆の言葉は私にとって意外なものだった。 この風変わりな部下が、武家の人間と接点があるなど考えもしなかった。

「ええ、百里でちょっと。 あれは・・・・・・航空祭が始まる前ぐらいだったかな? 相変わらず堅苦しい様子ですけど、元気そうで何より・・・・・・」

 と、感慨深く答える隆だったが、篁中尉が発した言葉によって生じたざわめきで彼の言葉は霧散してしまった。

―――『試作99型電磁投射砲』
 
 スクリーンに映るざわめきの源。 前日、奈華宮大尉からその資料を受け取っていた私は驚くに値しなかったが、試験小隊の関係者は初見なのか一様に驚きの表情を浮かべていた。
 兵装の機密性を鑑みれば当然の処置なのだろうが、実証実験が済んでいない兵器の試験を実戦で行わされる彼らには同乗したくなる。 だが、それこそが彼らの仕事なのだから、無用な感情は侮辱でしかないだろう。

「電磁投射砲・・・・・・ね。 なるほど、俺が北海道から今まで試験してた支援砲は、コレのテストベッドの兼ね合いもあったわけだ」

 などと、スクリーンに映る試作99型砲の3Dモデリングを見て隆が感慨深く呟いた。 彼の言うとおり、胡蜂や熊蜂、そして先日の掃討戦で使用した支援砲と試作99型砲の外見に類似点は多い。 恐らくは源流と同じとする派生種の類なのだろう

「さて、どうだろうな? 確かに形状は似通ってはいるが・・・・・・ 製造に関わっている企業に光菱の名が見当たらん」

「ん? あ、ほんとだ・・・・・・ でも待てよ。 前に葵が悔しそうに話してた代物ってコレのことなのか?」

 ブツブツと資料に目を通しながら首を捻る隆だが、電磁投射砲なんて武装の存在に何ら違和感を感じていないその姿に、私は軽く感心してしまった。

「―――他の連中は少なからず動揺しているのだが、お前はそれ程驚かないんだな?」

 試験衛士は兎も角、メーカーの関係者と思しき男や、一見してソ連側と分かる男すら食い入いるように資料に目を落としていると言うのに、彼らと同じく何ら事前情報を持っていない隆は平然とその存在を受け止めていた。

「いや驚くも何も、戦術機なんて代物に比べたらコレぐらい・・・・・・ って、いや、なんでもありません。 えっと・・・・・・ほら、夕呼さんの下にいると色々とんでも無い代物を見る機会が多いから、それで耐性が付いたんでしょうね」

 言って苦笑いをする隆。 やや腑に落ちない点があったが、夕呼の下にいた彼の立場を考えると、確かにこの程度の刺激ではパンチが足りないのかもしれない。

「・・・・・・にしてもコレ、手持ちの兵装としては規格外過ぎませんか? 俺が使った支援砲も結構な重量ありましたし、投射砲ってことは携行する砲弾の量も比べ物にならないでしょ? 威力は凄いのかもしれませんけど、機動性がウリなはずの戦術機の特性を殺したら元も子も無いと思うんだけどな・・・・・・」

「確かにお前の言うとおりだが安心しろ。 私が帝都にいた頃に聞いた話だが、コレを実戦で運用する予定の機体は海神だそうだ」

「―――ああ、なるほど。 だったら搭載重量はそれ程気にしなくても・・・・・・ はて? だったらなんで不知火を使って試験するんだ? そもそも試験なら、海神に搭載して新潟なり北海道でやればいいのに・・・・・・」

 もっともな疑問に気づいたのか、そう言って隆は腕を組んで首を傾げた。

「―――何にせよ、構想はあっても実用化が出来なかった兵器だ。 それをお披露目したいんだろうな・・・・・・海外の目があるところで」

「―――政治ですか。 やれやれ、俺の足りないオツムじゃ偉いさんの高尚な考えなんて理解出来そうにないですよ」

 肩を竦めて隆は皮肉げな言葉を漏らした。 それを咎めるつもりなど一切ない。 言葉にこそしないが、自分も彼と同意見だったからだ。

「でも、外交的な利用価値なんてあるんですかね? 基礎理論は数十年前からあったわけだし、戦術機が製造できる技術がある以上、実用化はさして困難なことじゃ無いように思えるんですけど・・・・・・」

 戦術機の製造技術と電磁砲の開発技術を同じベクトルで考えている部下の言葉に呆れながら、私は試作99型砲の資料にあるキモとも言える箇所を指さしながら答えた。

「摩耗による砲身の劣化、大電力を必要とするコアユニットの開発、それを実用段階にまで漕ぎつけた開発陣の努力は並大抵のものではないぞ」

「・・・・・・素朴な疑問なんですけどね。 今言った問題ってやり方によってはクリア出来ませんか? 運用用途を防衛戦や上陸地点を確保とする面制圧に使用するのを想定しているのであれば、今静流さんが言った電力と砲身の問題をどうにかすればいいわけでしょう? 電力は原潜なり空母なりの動力炉からケーブル引っ張って確保して、劣化問題は交換が可能な替えの砲身を用意すればいいわけだし。 数さえ揃ってれば、砲身の交換作業中に生じる空白時間もクリアできるような気が・・・・・・・・・」

 かなりの問題点こそあれ、コストを度外視すれば実現不可能ではない隆の話しを聞いて、脳裏に空母の甲板で電磁投射砲を構えたA-10一個大隊の姿が過ぎる・・・・・・きっと凄まじい面制圧能力を見せてくれるに違い無い。

「言いたいことは分かるが却下だ。 第一、帝国海軍には原子炉搭載型の艦船は存在せん。 今お前が言った妄言を可能とするのは、アメリカかソ連くらいしか存在せん」

 くだらない妄想を頭を振って脳裏から追い出し、嘆息しながらそう言い放つと、隆は 「冗談ですって」 と苦笑しながら答えた。
 試作99型砲と言う重要性の高い議題の説明があったにも関わらず、そんなムダ話を隆と繰り広げている間にブリーフィングは終了の時間となってしまった。

「―――では、これにてブリーフィングは終了とする。 各自、資料を読み返し、概要を頭に叩き込んでおけ」

 そう言って締め括ったドーゥル中尉へ皆が敬礼を送り退室していく中、私と隆は壇上に立つ篁中尉の元へ近づいていった。

「―――申し訳ありません三澤大尉。 上陸作業が予定よりも遅れておりまして・・・・・・ そちら部隊の面々との顔合わせは次のブリーフィングの時にでも時間を作らさせて頂きます」

 私を前にして、彼女は開口一番で謝罪の言葉を述べ深々と頭を下げた。 彼女の後ろに控えるブリッジス少尉が訝しげな表情を浮かべたのが見えたが、私は気にするなとばかりに手を振りながら答えた。

「ああ、気を使ってくれなくて結構。 それに私の部下は小心者が多いのでね、優秀な試験衛士の顔を見て緊張されても困る。 そちらの護衛を任された我々が足を引っ張っては本末転倒だからな」

 ヒラヒラと手を振りながら答えた私の背後で、 「・・・・・・何処に小心者なんているんだよ」 などと呟く声が聞こえたので、問答無用で隆のつま先を踵で踏みつぶしてやった。

「そう言って頂けると助かります。 では今回、試作99型砲を運用する機体、不知火弐型に搭乗する試験衛士を紹介します」

「―――ユウヤ・ブリッジス少尉であります」

 篁中尉に紹介され、一歩前に出て敬礼するブリッジス少尉。

「帝国陸軍、三澤静流大尉だ。 ―――短い間だが宜しく頼むよ」

 言って差し出した手を躊躇いがちに握るブリッジス少尉。 米軍出身とは言え、ジャックのように女慣れはしていないようだ。
 ブリッジス少尉の態度に軽い好意を抱いていると、後ろで痛みに肩を震わせていた隆が、私と同じように手を差し伸べながら彼に声を掛けた。

「社隆中尉だ。 足手まといの筆頭だが全力でカバーするよ。 ・・・・・・にしてもユウヤって名前と、その顔立ちからしてハーフなのか? 羨ましいな・・・・・・」

 隆としては軽い気持ちで聞いたのだろうが、その言葉を発した直後、目に見えてブリッジス少尉の表情が歪んだ。

「―――なにが、羨ましいんですか? 中尉殿」

 何故、その言葉が彼の怒りに触れたのかは分からないが、険しい顔で隆を睨むブリッジス少尉の態度に隆が息を飲むのが気配で分かった。 
自分たちの後に続き、近づいてきた技術廠の二人組は事情を知っているのか、肩を竦めて呆れたように首を横に降っている。

「止めろブリッジスッ! 相手は上官だぞ!!」

「教えてくださいよ中尉殿、一体ハーフの何が羨ましいんですか?」

 静止する篁中尉を他所に、隆へ詰め寄るブリッジス少尉。 部下の手綱を掴めていない篁中尉に軽い落胆を覚えつつ、どうしたものかと思案していると・・・・・・

「いや・・・・・・その、なんだ。 特に他意があったわけじゃない、純粋に羨